家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 崩れる舞台の背景や照明を見て、あたりは騒然としていた。どうやら役者の何人かが巻き添えになったらしく、救助に手を貸すように人手を求める声が舞台から響いている。

 

 「悪いサグレ、少し待っていてくれ」

 

 ベレーザが肩を叩いてそう言った後、飛び出して行った。音や声から判断すると瓦礫となったセットを持ち上げているようであり、誰かを救出したのか大声で叫びかけているのが分かる。

 

 風にのってほのかに血の香りが鼻孔をくすぐる。誰かが出血でもしたのだろうか、甘美な香りであると同時に私には毒だ。だからといって、ベレーザに無断でこの席を立つ訳にはいかない。彼が来るまで待つことはできるだろう。

 

 本当ならば、ベレーザに救助活動には参加させずにすぐに二人でこの場を離れたかった。だがしかし、お人好しな彼のことだ、事故を前にしてじっとしていることはできないだろう。お人好しか、ベレーザは誰に対しても歩み寄りを見せる。ランザさんやクーラちゃんと会った時の話もそうだった。少しだけ嫉妬してしまうな。彼の優しさは私にだけ向けられたものではない。

 

 余計なことを考えたものだ、自己嫌悪で嫌になる。どうせ私はもうすぐ終わる人間だ、嫉妬になんの意味があるのだか。

 

 小さくため息を吐こうとした瞬間、ベンチやステージの側面方向、自分が座る方向とは反対側にある、確か雑木林がある方面から強い血の臭いが漂った。

 

 何故、という疑問が頭によぎる。だが同時にその香りは酷く食欲をそそるものだった。吸い付いて飲み干してみたい、いったいどんな味がするんだろう。自然と頬が緩んでしまう。舞台上の役者は、骨折等はともかく出血という意味ではたいした怪我ではないのだろうが、林の方向にいる人物は今も血の臭いを強めている。

 

 ああクソ、こんなタイミングで、どこの誰だ。こんな美味しそうな匂いをばら撒く奴は。

 

 「こんな曇天で日傘、『めくら』がなにをしに来た。事故がおこっているのに笑うなんて、気持ちの悪い」

 

 誰かは分からない声が聞こえた。声の主は知らないが、聞いたことがある声だ。数か月前だろうか、曇天の日を見計らい食料品を買い込みに出た時何人かに罵声を浴びせられたことがある。暗闇で作業する、盲目なのに彫刻を続ける気味の悪い女。陽に焼ける悪魔の子孫。確かそんなところだった。

 

 どうでも良い存在だったが、今この場においてはよろしくはない。黙ってくれないかな、今自制に必死だというのに。

 

 「ベレーザがいない時にわざわざ嫌味を言いに来たのか?ご苦労なことだね」

 

 「あんなみなしごのクソガキがなんだって?迷惑してるんだよ、俺達は俺達のルールで商売しているのに、かってにそれを荒らしたり外部にお前みたいなやつの品物を売り付けたりな。馬鹿なクソ野郎め、モスコーにはモスコーのルールが」

 

 傘を、取り落とす。思わず声の方向に手を伸ばし、男の首を掴んだ。勢いのまま立ち上がりその首を締め上げる。そのまま立ち上がると、男の身体が宙に浮いた。あんな優しい子を、バカにするのは許さない。

 

 「ベレーザをバカにするな。口先だけのお前達よりよほど人間らしくて、優しくて、私にたいして…」

 

 男が苦し気に声をあげ、周囲で悲鳴がどよめきがおこる。しまった、と慌てて手を離すももう遅い、舞台の上の騒ぎとは別に、ざわめきが自分の周りでもおきはじめている。

 

 アイツだ、あの家の娘だ、親殺し、盲目、不幸を呼んだ、メクラで彫刻を掘る、気が違った女。

 

 傘を回収し、走り出す。濃くなる血の臭い、周囲から投げかけられる悪意、変異していた自分の力。

 

 最悪だ、最低だ、先程まで楽しかったのに。なんでこんなことになった。私は、あの男を一瞬でも絞め殺そうかと考えてしまった。殺すなんて考えたこともない、ましてやそんなことができる膂力なんて自分にはなかった筈なのに、大の男を片手で持ち上げ、殺意をみなぎらせる。私が私でないみたいだ。

 

 自宅まで走って戻り、傘を叩きつける。玄関先で傘は衝撃でバラバラになり、まるで自分の内心のように砕けて散った。

 

 「なんでだ!」

 

 なんで私の身体はこうなんだ。何故この皮膚は太陽に焼ける、嗅覚は血を求める、腕力は並外れる、感情は人とずれる。私だって太陽の元で歩きたい、汗をかいて作業をしたい、身体をかきむしったところで、昔はまだ時間がかかったのに今では血が出る端から治っていく。

 

 ランザさんはまだギリギリ人間だと言っていたが、どこがだ。もう化物だ、私は。ベレーザのことを少しでも悪く言われた瞬間、相手を引き裂いてしまいたくなった。絞め殺しても良いと思えた。

 

 うずくまって、何時まで泣いていたか。ゆっくりと立ち上がり、部屋の奥に進む。用意をしていた銀のナイフを掴むと、嫌悪感があると同時に自然と心が落ち着いていくような気がした。

 

 首筋に刃を向ける、少しだけ震えた後慌てたように腕はナイフを放り投げた。身体の全身が震え、芯から冷えていく感覚。諸々の感情や感覚を無視して、ベッドに座り込み大きくため息をつく。死ぬなら、約束の一つ果たしてからのしなければならない。クーラちゃんが気に入ってくれた馬のお守り、首飾りにすると約束していた。

 

 道具を準備して、作業を始める。穴を開けた後紐を通すだけの仕事ではあるが、それでも作品と向き合う作業は心を空にできる。

 

 半獣。いろいろ噂は聞いたことがあるが、他人事とは思えない。紐を通し終えた馬の彫刻に、願をかける。どうか貴女は、満ち足りた人生を送れますようにと。

 

 コンコン、と壁が叩かれる。

 

 「すまねえな、遅くなってよ」

 

 ベレーザの声、わざわざ探して走ったのか、息が切れていた。

 

 「謝らないでほしいな。勝手に帰ったのはこっちだ」

 

 「いや、お前を一人にしたらいけなかった。後で騒ぎを聞いて、離れたことを後悔したよ、舞台の」

 

 「舞台の怪我人なんて放っておけば良かった、なんて言わないで。あそこで走りだすのが、ベレーザなんだから」

 

 いや、と呟く声が聞こえる。彼は今日の計画を色々考えてきてくれていたようだった。盲目でも楽しめるような場所を巡る。それを壊してしまったのは、私なのに。

 

 こちらに歩き寄り、椅子に座る私の前に片膝をついたのか座り込むような音。手をとられ、薬指にリングをはめられる。薬指に鈍い痛みが走った。

 

 「ベレーザ、これ」

 

 「金欠の理由だ。リスムの職人に造らせた婚約指輪、今日の最後、お前に渡したいと思っていた。明日俺はまたモスコーを出るからな、それまでに返事がほしくて…少し段階が早すぎるか?」

 

 「ふふ、ははは。まずは、愛の告白とお付き合いからじゃないかな?段階を踏むならね」

 

 「そ、そりゃそうだがもう付き合いは長いっていうか今更そういうのっているのかって気持ちが先走ったという…かっ!と、とにもかくにもだ、受け取ってくれれば」

 

 「ごめんね」

 

 虚を突かれたようなベレーザの息を飲む反応。気持ちに答えてあげたい、受け入れたいと思っても、私は明日には死ぬつもりだ。そうでなければ、未練で生き汚くなれば待ってくれたランザさんに申し訳がたたないし、自殺をしたと後でベレーザが知れば、彼の心に大きな傷と未練を残してしまう。

 

 指輪を外し、そっとテーブルに置く。本当はつけていたいが、それを許さない理由がある。

 

 沈黙が二人の間に流れる。恐らく今は男前になったであろう顔を歪め、彼は傷をついてしまっただろうか。だが、ここで受け入れてしまった方が残酷な結末になる。ベレーザには、私は過去にいた知り合いの一人という立場で思い出にならなければならない。

 

 「そうかぁ、すまん。絶対いけると思ってたが、どうやら勘違い野郎だったか」

 

 「ベレーザが嫌いじゃないよ、感謝している。でもダメなんだ、私は誰かと一緒にはなりたくない」

 

 ここで体質が、目のハンデが、子供の不安がと漏らせばベレーザは後ろには引かずさらに前に出て説得をしようとしに来るだろう。だから断る理由は出来る限り身勝手でなければならない。

 

 「結局私は外面よく振る舞えるふりをしていても、一人が好きなんだ。偶に遊んだり話をするくらいの関係で丁度いい、昔馴染みといっても必要以上にベタベタする趣味はないしね」

 

 「本心か?」

 

 ベレーザの声が震えているが、言わなければならないだろう。今日分かった、もう私は感情のコントロールすらままならなくなっている。ここで意見を翻し幸せになってしまえば、私はみっともなく生に執着をするだろう。血塗れの手でベレーザを抱きしめ、愛に応える。それはおぞましいことだ、そして彼には酷な話になる。

 

 だから、言わなければならない。この男の手を振りほどき、一人にならなければ。

 

 「気づかなかったのかい?本心だよ。君との遊びは楽しいけど、こういのは正直迷惑なんだ。今仕事の上り調子だし、こんな詰まらないことに時間を費やしたくないんだ。すまないけど疲れた、今日は引き上げてほしいな」

 

 ベレーザは立ち上がる。そのまま離れて玄関まで歩いていくのが足音で分かる。引き止めようと伸ばそうとうする右腕を、左腕で抑える。

 

 待っていかないで傍にいて。そんな言葉をひりだそうとする自分勝手な口を理性がねじ伏せる。顔に笑顔を張り付けろ。ベレーザが振り返った時、酷いことを言ったのに笑顔で見送る女であれ。

 

 扉が開き、閉まる音。再び訪れる慣れ親しんだ静寂。

 

 立ち上がり、支柱の一つである木を指でなぞる。小さいベレーザが彫刻刀を振り回しうっかりつけてしまった傷。

 

 長い間使ったテーブルには、成長した彼がモスコーの外に出て戻ってくる度に各地の思い出話を語ってくれ、さらには昨日はランザさんやクーラちゃんとの談笑も思い出に混じっていた。

 

 この家も、裏の工房も、気軽に外に出れない分その全てに思い出が詰まっている。その思い出が多いがゆえに辛い、心臓が張り裂けそうだ。身体から力が抜け、その場に両手をつく。

 

 なんで私は、あんな良い人の気持ちに応えてあげられない。この身体が憎い、運命が憎い、両親が憎い、この街が憎い。こんな思いをするならば、ベレーザに出会わなければ、両親が私の未来を案じ殺してくれれば、街の住民は遠巻きに罵倒をするだけでなく、暗黒時代の魔女狩りのように取り囲んで、家に直接火でもかけて燃やし殺してくれれば。

 

 なにもかも憎い、この世は何故ここまで生き辛い。閉じた瞼から涙が溢れだす。一度こぼした、水分と化した感情の吐露はとめどなく溢れる。口を押えても嗚咽が収まらない、床に水滴が落ちる音。声を抑えることすらできない。

 

 「何故私は…」

 

 この世に産まれ落ちたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安酒を煽る。

 

 空になった瓶が、地面を転がる。最後の瓶が空になったため、寝転がり空を見上げる。空を覆う曇天のせいで、何時もは綺麗な星空すら見えない。

 

 古城の裏側は木々生い茂る山になっており、林の中で寝転がる。虫の鳴き声のみが耳に届き、街の喧騒はかすかに届くのみにおさまっている。

 

 惨めな気持ちをぶら下げて、賑やかな祭りのさなかにいることはできなかった。幸せそうな顔を見るのが辛かった。

 

 祭り料金で足元を見まくる割高な宿を使うくらいなら、祭の間は滞在してい良いとランザやクーラには伝えてある。冒険者ギルドの運営宿は当然満杯であるし、盗られて困るような高級品は自宅にはないため鍵も開けっぱなしだ。家の鍵は手元にあるものの、今日は帰らなくても二人が困ることはないだろう。

 

 それにしても、我ながら、人懐こいという自覚はある。だがそれは、サグレにとっては鬱陶しいと感じる程のものだったのか。ランザやクーラもそんなことを考えているのだろうか。

 

 それでも俺は楽しかった。ランザやクーラとの談笑もそうだが、なによりサグレとの思い出は楽しいことばかりだ。

 

 中には楽しくない思い出もある。理由は分からないがサグレの両親が急死した時、少し遅れて彼女は両目から光を失った。

 

 どのような事故があったのかは、分からない。もしかしたら故意かもしれないと考えたこともある。それくらいサグレは、両親の死後やさぐれていた。自分自身どうなっても良いような投げやりな生活ばかりおくり、綺麗に整頓された今とは真逆に荒れ果てた家の中で暮らしていた。

 

 目が見えないのにそんな環境にいれば、当然生傷は絶えない。なかには自傷したとしか思えないような傷まであった。

 

 そんなサグレを見ていられなかった。孤児院にいた俺に対して、ある縁から両親共々家族のように気にしてくれていたサグレが、荒れ果てていく姿を見るのはできなかった。

 

 そんなサグレに対して、以前から冷たかった世間の目はますます冷たくなっていく。最初は両親を亡くした年若い女の子に優しくしようという者もいたが、その全てをサグレは口汚く罵り拒絶した。まるで人と距離をとりたいと願うように。

 

 だがそれでも、俺だけはサグレの傍にいたかった。そして、今盲目の彫刻師としてリスム商人の間で人気になった彼女の傍らにいるだけで。家族のように鼻が高い思いをしていた。

 

 しかし、もしかしたら、サグレの内心はあの日からまったく変化していないのだろうか。誰も彼も拒絶をすれば、私生活に悪影響がでるのは当然だ。成長する度に外面を取り繕う社交性を身に着け直し、俺という存在を利用すれば必要最低の外部に対する接触だけで生きていける。

 

 もうリスムには、サグレを名指しで指名をする商人だっている、知る人ぞ知るといった知名度の存在だ。黙っていても、注文は向こうからやってくる。精々俺は便利な伝票と商品の運び役くらいしか役目がない。

 

 「まぁ…釣り合わねぇよなぁ」

 

 孤児で学もなく、棒を振り回すしか能がない、底辺の人材が集まる冒険者組合で仕事を漁る俺と、彫刻という才能を開花させたサグレとは釣り合いがとれない。

 

 利用された、それならそれで良いんだ。怨むこともない、そうしたいと思ったから、そうした。助けになった。それだけの話なのだ。

 

 だが、それでも特別な存在だと思い込んでいた自分自身が気持ち悪かった。受け入れてもらえると、無条件で思い込んでいた自分が。段階も踏まず、相手の気持ちも考えず、全てが独りよがりの行いによる自滅。こんなことなら、今の関係を続けていく方が楽しかった。

 

 「全部自業自得か、気持ちわりぃなぁ俺。でも」

 

 今夜くらいは、気持ち悪く泣かせてくれ。小さい頃、出会ってから気にかけてくれた少し年上の女の子。年頃になり、荒れ果て、自分を返りみない少女。作品について話し合いをしながら、初めて彫刻が売れたと報告した際満面の笑みを浮かべてくれた彼女。

 

 その全てが愛おしかった。

 

 懐を探る。指輪を空に投げようとした見当たらない。机の上に置かれたそれを、回収したと思ったが置いてきてしまったか、もしくはここに来る道中落としてしまったか。

 

 未練を断ち切ろうとして、中途半端な事態になり軽く笑みが戻る。半端物の俺にはお似合いか。

 

 明日、どのツラ下げてだが、サグレの元に向かいリスムで卸す為の作品を回収させてもらったら、それでこの付き合いも終わりにしよう。大丈夫、もうサグレは俺がいなくても生きていける。

 

 こんな惨めな気持ちをぶら下げながら、以前と同じ関係には戻れない。引き止めてくれるだろうか?いや、それはないだろうな。

 

 だから、やはり、今夜は泣かせてくれ。明日は笑顔で別れられるように。

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