家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 散乱した道具類をひとまとめにし、床の上から余計な物を片付ける。どれがどこに入っていたかは流石に分からないが、見栄えはだけはつくように棚の中や小物入れにしまっておいた。遺品整理といっていたが、死後空き家になれば、家を売りたい役所のものが勝手にまとめてゴミにだすからそれで良いということだ。

 

 机の上を濡らした布で拭き、彫り込まれた植物の彫刻の溝まで綺麗に吹き上げる。しかし、彫刻の目利きはさっぱりではあるがこうしてみると改めて見事なものだ。細部まで、荒や手抜きは見られない。

 

 「何故盲目で彫刻家を目指そうと?」

 

 「それしか、能がなかったからね」

 

 聞いてから、自分の考え無さを恥じる。このご時世、盲目者がつける職業は物乞いか見世物くらいだ。奴隷解放等弱者救済の動きは様々な形で存在しているが、身体にハンデを持つ者に対してのケアまでまだ届かない。

 

 視力を無くしたのは後天的だと語っていた。それまで技術を培ってきたのなら、いかにそれが茨の道であろうとその道を進むしかなかったのだろう。それこそ、文字通り血のにじむ努力をしてきた筈だ。

 

 「すまない」

 

 「良いんだ、気にしないで。この目を潰したのは、自分の意思だからね」

 

 机の掃除を終え、棚の上を拭きにかかる。あまり塵や埃は積もっていないのは、普段からマメに拭き掃除をしているのだろう。

 

 フフ、という笑い声が聞こえる。声の方を見ると、疲れたような顔を少しだけ緩ませサグレは笑っていた。

 

 「聞かないんだ。結構衝撃発言をしたつもりだけど」

 

 「話したくないことかと思ったが」

 

 「誰かの思い出くらいには、残しておきたいのかもね」

 

 恐らくベレーザすらも聞いたこともない話ということは、吸血鬼化となにか関係があるのだろう。伝承でしか聞いたことがない存在になりかけている者との対話。変異の症状等恐らく研究畑の人間には金を払ってでも聞きたい話なのだろうが、踏み込んで聞いて良いことなのか分からない。先程、それで失敗したばかりというのに。

 

 だがサグレが話したいのであれば、聞く。手を止めることなく、続きが語られるのを待つ。

 

 「夕焼けが怖いんだ。私の家から外に出れば、時間帯によっては夕日が沈んでいくのがよく見える。それを見るとね、身体がゾクゾクと疼くんだ。両親が死んでからはそれが加速した。朱色の夕日を見る以外にも、布地の赤や塗装された赤色にも興奮するようになってね。それが嫌だったから、潰したのさ。幸い、経験則で銀を使えば再生はしないことは知っていたしね」

 

 ナイフを床から引き抜く音。音の方を見ると、手の中でナイフを弄んでいた。

 

 「実際潰したことはある程度は正解だったよ。赤色が視界から除かれるだけで、かなり心に平穏は戻った。ただその代わり、嗅覚が優れちゃってね。困ったことになったから、それ以来ベレーザにはこの家の中で刃物や彫刻刀握らせたことがないんだ。万が一のことがおこったらね」

 

 「我慢ができないか」

 

 「そうだね。でもまあ、血を流さなけばまだ大丈夫だし、かすり傷くらいなら我慢することはできた。そういえばランザさん、貴方からも血の臭いがするかな。気を悪くしたら謝るけど、古い血の臭い、死臭のようなものを漂わせているよ。ベレーザが最初、どこの殺し屋を連れてきたと思ったものさ。……クーラちゃんにもね」

 

 人妖との戦闘においては、血を流し血を浴びるような戦闘が続く。ましてその戦闘でジークリンデの力に頼ってしまえばなおさらだ。死闘の終わりに、文字通りの血の雨が降り注ぐ。拭っても消えない微かな臭いを死臭と称するなら、そうなのであろう。

 

 だがクーラはどうなのだろうか。リザードマンと戦闘の際、背後に迫る敵を倒す為に足と頭蓋を吹き飛ばしたがそれのせいで血や脳漿が派手にかかってしまっていた。だが、同じような臭いがするというならば、クーラの臭いも自分と同じように重ねてきた同質のものだろうか。

 

 クーラは元々暗殺を生業としている半獣だ。今現在殺しの仕事はしていないし、させるつもりもないが、それ以前はどこで何人狩りとってきたのか、本人は語ることはなく、語らせる気もない。出来うるなら、忘れてほしいと願っている。

 

 「だから、気兼ねなく頼めたのかもね。自殺をしくじった時の、介錯をさ」

 

 「こんな殺し屋じみた真似は、二度とごめんだがな」

 

 「本当に、無理を頼んだね」

 

 会話の間に掃き掃除まで終わり、一通り掃除を終えたということで使用した用具を元に戻す。家主の寝室は流石に遠慮をした。妻でもない恋人でもない女性の寝室など、男がおいそれと手を出す訳にもいかない。そこは了承しているだろう、サグレもこれ以上の催促はしてこなかった。

 

 「後は遺書の代筆についてだが」

 

 「静かに」

 

 サグレの言葉に、口を止め気配を殺す。ドンドンと扉を叩かれる音が響いた。

 

 「ベレーザだ、いるか?」

 

 ベレーザの声を聞き、サグレはなにかに怯えるように表情を歪ませた。出る訳にもいかない為息を殺す。しばらくの静寂の後、扉の前から小さなため息を漏らすような音が響く。

 

 「もし会いたくないなら、それで良い。昨日の指輪、もしまだ家の中にあったら処分を頼む。特に名前や文字を刻んだ訳じゃないから、それなりの値段で売れる筈だからよ。それじゃあ俺は彫刻だけ回収させてもらうなぁ」

 

 気配が家の側面を通り裏側に回る。裏にある小さな工房には、商人に卸す為の彫刻を回収しているのだろう。ベレーザの足止めを遠回しにクーラに頼んでおいたが、向こうも仕事としてここに来る用事がある為期待はしていなかった。ベレーザの近くに、クーラの気配はない。家に帰らずまっすぐここに来たならば、足止めは当然空振りだ。

 

 数分おいてから再度足音が家の外側を通り過ぎ、無言でベレーザは去って行った。机の上に残されていた、銀の指輪。シンプルな婚約指輪であるが、この手の装飾品は相応に高い。

 

 冒険者組合の仕事をこなしながら、貧しい食事で耐え凌いでいた理由が、これなのだろう。これで良いのか?とは聞かない。事情は察するが、サグレは覚悟を持ってベレーザの求婚を拒んだのだろう。他人がそれをどうこう言えようものか。

 

 例えばこれが、大衆小説であったのならばここでベレーザを追うように声をかけるだろう。全てが上手くいく解決策が土壇場で出てくるかもしれない。だがしかし、現実は違う。

 

 サグレだって、こうなるまで座して待っていた訳ではないだろう。そのうえで、この道を選びとったのに高々出会って三日程度の自分になにができようか。諦めるとか、諦めないとかの問題ではない。その問題の土俵にする立てていないのだ。

 

 本当に、嫌な役回りだ。クーラを連れて来なくて本当に良かった。

 

 「ランザさん。独身?」

 

 「今はな」

 

 「今はね…奥さんがいたことがあったんだ。幸せだった?」

 

 終わりは悲劇だったが、幸せだった。家族の為に一喜一憂できる。妻は少々危なかっしい人間だった。料理も下手、赤ん坊をあやすのも不得意、買い物をすれば言葉巧みな商人に余計な物を買わされそうになる。顔はクールな鉄面皮だったくせに、中身はポンコツだった。手がかからないテンとは真逆のタイプで、心配事は増えてしまったがそれでも楽しいし幸せだったのは確かだ。

 

 「幸せだった。上手く言えないが…そうだな。毎日が新鮮だったよ、良い意味でな」

 

 「そっかぁ」

 

 サグレの肩が震える。身体を抱きしめ、身体を小さく丸める。

 

 「クーラちゃんは?好きな人がいるとか聞いたことある?」

 

 「さあな。まだ長い付き合いでもない、成り行きの出会いだ。そのうち良い男でも見つけるだろう」

 

 「そうだね。でも、女の子の成長は早いよ?そのうちなんて言っていても、もうランザさんロックオンされてたりして」

 

 小さな笑いがおこる。既に涙は流し終えたと言わんばかりの顔でサグレは、冗談を言った。馬鹿いえと、笑いながら返しておく。彼女の中で、もう涙は十二分に流したのだろう。出てくるのは空元気、精一杯の強がりだ。

 

 立ち上がり、机の前に並ぶ。便箋に包まれた遺書があり、開けるように促され中を見てみる。触って感触を確かめ微調整できる彫刻とは違い、触ってもよく分からない字は分かるような分からないようなミミズが這ったような文字であった。

 

 「書き写すのもありかと思ったが、すまん読めない。口頭で伝えてくれると助かる」

 

 「遺書を読み上げるなんて、なんか恥ずかしいなぁ。でも頼んだのは私だしね、よろしくお願いします」

 

 新しい紙に、ペンを添える。サグレの読み上げる覚悟を、一文字一句違わず書き残しておく。ベレーザに向けた、最後のメッセージを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必要なものをサグレの工房から回収し、一度自宅に戻る。少し時間は早いが今から出ないと丁度いい時間に宿場町に到着できないからだ。別に野宿をしても良いかもしれいないが、商品を片手にのんびりと寝ていられる程肝が太いわけではない。

 

 盗まれて困るものがある訳ではないが、それでも家の戸締りだけはキチンとしなければいけないだろう。もしもまだランザやクーラが残っていたら、申し訳ないがその時点でチェックアウトしてもらうしかない。

 

 家の前に立ち、扉を開けようとしたら靴跡のようなものがついていた。誰だ蹴り開けようとした奴は。少し腹は立つが率先して綺麗にする気は今はおきない、どうせ誰が気にする訳でもないのだから。

 

 扉を開け中に入ると、クーラが壁を眺めながら布団を抱きしめ呆然としていた。迂闊にも耳も尻尾も出しっぱなしだ。どこか心ここにあらずといった様子で、放心している。出自が出自だ、気配には敏感に反応して自身の身体を隠すことには気を使っていたように思えたが具合でも悪いのかどこか呆然としていた。

 

 「あ…お帰り」

 

 「おう。ランザは?」

 

 「知人のところに行くってさ。戻れるか怪しいみたいで、ベレーザにいろいろ礼をしろって」

 

 知人。そういえば、モスコーに来た理由は祭りではなく知人の訪問といっていたような気がする。クーラもその知人についてはよく知らないようであり、別段興味を向けるそぶりもないように見えた。もしかして、自分に話を持ち掛けたように、クーラをどこか孤児院なり里親なり探す活動を続けているのかもしれない。そうであれば、ランザと共にいたがるクーラがそれに同行しないのも頷けるだろう。

 

 「礼?」

 

 「屋根を貸してくれた」

 

 クーラの指が天井をさす。モスコーで祭りの期間まともな宿をとるならば、事前に部屋を確保しておくのは必須だ。それをしないのは、世間知らずか長居する理由がないからか。ランザは、前者にはあまり見えない。

 

 それなのに滞在をしたということは、長居する理由ができたのだろう。祭りを楽しんでいる風にも見えなかったし、もしかしたらクーラを預かってくれる候補が見つかり交渉事を進めているのかもしれない。

 

 「気にすんなよ。せっかくモスコーに来たのに、変なところに泊まって嫌な思いをするくらいならなぁ。ギルド経営の宿はともかく、そこらの安宿は、安いなりの理由がある」

 

 不衛生な寝床やトイレ、本当に食べて良いのかと思えるような食事。素泊まりの木賃宿では、盗難の危険もあり、聞いた話では泊まった旅人を殺して金品を剥ぐようなとんでもないところもあったらしい。

 

 部屋に鍵があっても、ちょっとした細工や力づくで簡単に開くようなものもある。ある時、帝都の端にある集落にある素泊まりの安宿で女性と部屋が隣になったことがある。両腕を広げれば壁に手がつくような、そんな狭い部屋で寝ようかと思った瞬間男が数人乗り込んできたことがあった。

 

 隣の部屋でお楽しみをするので、お前も共犯者になるかこの口留め料で耳と口を塞いでいろという。断ればどうなるか、分からないと脅しをかけられた。

 

 腰のシミターや大鉈を確認、銃器の類は背中にありとっさに抜けないと判断。宿主はおそらくグル、となればここでこのクソ野郎共をぶちのめさないとどうなるか分からない。

 

 騒ぎを聞きつけた治安維持組織が来るまで、棒一本で立ち回りができたのは本当に奇跡だった。それ以来、安宿を扱うのも勧めるのも避けている。

 

 モスコーはそれなりに大きい街中とはいえ、祭りの熱気に当てられた酔客が粗相をしでかさないとはいえない。ランザならなんとかするだろうが、それでも騒ぎを避けるのに家を貸すだけですむなら安いものだ。知り合ったばかりの間柄で信用しすぎな気もするが、万一なにか盗られても本当に盗まれて困るものもない。

 

 「前も話したかもしれないけど、今日、これから俺はまたモスコーを経つんだ。だからまあ、時間もあんま無いし、気にする必要もとくにはねぇなぁ」

 

 「それでも、なにかないかな」

 

 「なにかかぁ」

 

 しばらく考えながら旅の準備を整える。荷物袋に、ここに帰る前に買っておいた携帯し日持ちができる食料を詰め込んでいく。堅くて乾燥ぎみの平パンに、ニンニク。ガチガチに固まったチーズやナッツの類、干し肉を整頓して入れていく。桶から水を出し、鹿の膀胱で作った水筒に入れていく。最初は動物の膀胱を利用した革袋に抵抗があったが、慣れればさして悪いものでもない。そんなことより、なんらかの理由で遭難なりして水場が近くにない時の方が怖い。

 

 旅支度をしている間、クーラはじっとこちらを眺めてきた。手伝いやお礼を言い付けられたのだろうが、そんな目で見られても困る。扉についた蹴り後の清掃も考えたが、別についていたところでなにか思うこともない。多少、蹴りつけた奴に憤りはあるが。

 

 水桶を持ち出し、残った水を全て扉にぶっかける。これからまた家を空けるなら、水を残しておいても悪くなるだけだしこれで清掃完了ということにしよう。

 

 水桶を元に戻そうとすると、フードを深く被り尻尾を隠した何時もの姿にクーラは戻っていた。部屋内にランザの荷物はない。徒歩で旅をする者の荷物は、何時も最低限だ。

 

 「それじゃ、街から出るまで荷物でも持とうか?」

 

 旅道具や彫刻は全部背中のカバンにおさまっている。それなりの大きさがある為、クーラに持たせて良いものか。しっかり持てて歩いたとしても、小さな子供に荷物を押しつけてついてこさせるのは些か抵抗がある。

 

 まあそれでも言うならばと、玄関近くに立てかけていた棒を手に取り、クーラに渡す。多少の長さはあるし、先端を金属で補強しているがそのほとんどは木製だ。ちょっと持ち方を工夫すれば、クーラに負担を与えることはないだろう。

 

 大したことのない手伝いに、クーラは不承不承ではあるようだが言っても仕方ない。だってなんも思いつかん。

 

 家の扉を施錠し、鍵をしまう。モスコーを出てリスムまで行ったら、取りあえず商人に品を卸す。金銭については商業組合を通して、サグレの個人預かりに振り込まれる。本人に直接金銭を渡す訳ではないため、詐欺を働こうとする輩もいるかもしれないが、そうなればサグレはもうその商人相手に商品を卸さないだろう。長期的に見れば損害は大きくなるため、義理人情より金勘定が好きな者だからこそ、そこは安心しても良い筈だ。

 

 あとは、サグレとの仲介役の引退を伝え後の注文に対する仕組みを相談して、自分が行う必要がある一連の流れは終了。その後は、さてどうしようか。

 

 今まではリスムを中心に活動をし、帝国や連合国に偶に行きつつ折を見てモスコーに戻るような生活を続けていたが、今後はモスコーに戻る頻度は減らしても良い。

 

 戻ったところで、サグレとは会い辛くなった。昨日は傷心で二度と会わないなんてことも考えたが、冷静になれば知人として顔をだすことくらいはしても良いだろう。だが、我ながら女々しいことだがしばらくは時間をおいて、傷を癒す必要がある。

 

 いっそ、帝都の観光地巡りでもしてみようか。各地にある冒険者ギルドを利用すれば、微々たるものだが日銭を稼ぎながらフラフラと名所巡りくらいはできるかもしれない。

 

 モスコーにいると、古びた古城も街並みも見慣れたもので感慨は薄いが、観光客はそれを喜んでいる。ならば、自分も各地の名所に辿り着けばそれなりに感動できるものかもしれない。それは多分、傷心を癒すにもちょうどいい筈だ。

 

 まずは帝都北西ある、湯が湧き出る雪山でも目指してみようか。そういうものがあると、リスムで聞いたことがある。

 

 「ねえ、ベレーザ」

 

 「あ…おお。なんだ?」

 

 「なにかあったの?こんなに静かなんて、珍しい。嫌なことでもあった?」

 

 考えながら歩いていたら、それなりの距離無言で来てしまったらしい。ランザ達とモスコーに辿り着くまでの間や、サグレの家に案内するまでの間かなり長いこと話し込んでいたので、クーラには奇妙に思えたのかもしれない。

 

 「なんでもないって言ったら?」

 

 「悪いけど、女の勘って想像以上に鋭いよ。男は理屈で考え、女は感情で考えるって誰かが言ってたけど…それが本当かどうかは別としてね。それでも、この手の読みあいでベレーザが勝てる要素は薄いんじゃない?」

 

 「おお…言ってくれるな」

 

 「それで」

 

 クーラが小走りになり前に出る、こちらを見上げなら小首を傾げる姿があどけないが、この女の子が年頃以上の苦労を重ねてきたのは想像に難くない。下手に子供相手にするように適当な返事をするのは失礼だろうか。

 

 失恋の話をほじくり返したくはないものだが、吐き出してスッキリすることもあるかもしれない。こういうのは、酒の席で親しい友人に涙ながらに吐き出すものだが、その機会はかなり後になりそうだ。

 

 「求婚して振られてた」

 

 クーラの表情が、固まる。相手を確認するまでもないのか、誰が対象者なのかは聞かずに歩きながらまた隣に戻る。

 

 「意外だね。仲良さそうに見えたけど」

 

 「男女に友情は存在しないなんて言葉もあるけど、あるらしいぜ。LOVEとLIKEをはき違えた例の典型かな、今回のはな」

 

 俺の代わりに、クーラが大きくため息を吐いた。心情的にこちらに味方をしていくれるつもりなのか、なにか元気付けようとする言葉を探すように表情がコロコロと代わる。名案を思い付いたとばかりに晴れたと思ったら、その案になにか引っかかりがあるのか表情が曇る。

 

 その顔を見ているだけでも楽しいが、注意をしてみればフードが微かに動いていることに気づかないだろう。あそこに獣の耳があることを知っていれば、そんな動物的な動きに愛らしさを感じてしまう。動物と触れ合うことで日々感じる辛さを軽減できるらしいが、そんなことを言えば怒られるだろうな。

 

 「こ、こっちに来る前に彫刻取に行ったと言っていたよね。その時どうだったの?」

 

 元気付ける為の打開策を得る為に、情報を集めたいようだ。だがしかし、渡してやれるものがない。

 

 「家に声かけたが、出なかった。多分出掛けている訳じゃないだろうが」

 

 「ああぅ」

 

 サグレの体質では、曇天の空でも日傘を差さなければ家から出ることすら苦労する。今日も曇りではあるが、昨日より厚い雲は張っていない。確実にとは言えないが外を出歩きはしないだろう。ほとんどの確立で、居留守を使われたことになる。

 

 八方塞がり、といった感じでクーラは硬直してしまった。これは脈無しも致し方ないと、内心で結論づいてしまったか。

 

 「次来た時、気まずいね」

 

 「まあそこはあんまし心配するな、その次はだいぶ先になるだろうからよ」

 

 「え?ベレーザはリスムとモスコーを中心に動いていたんじゃ…」

 

 「所謂傷心旅行って奴に行くかなとね。取り敢えず帝国の北西に湯が出る泉がある雪山地帯があるって聞いたことがあるから、そこを目指そうとかなとなぁ。クーラやランザは行ったことあるかい?」

 

 クーラの表情がますます曇る。帝国の版図はこの大陸において凄まじく広大だ。徒歩でそんな帝国の北西にある雪山地帯に向かうとなれば、それこそどれくらいかかるか分からない。それも、路銀を稼ぎながら、寄り道をしつつののんびりした旅になる為少なく見積もっても半年以上はかかるだろうか。

 

 クーラは立ち止まり、ベレーザの服の裾を掴んだ。歩こうとして振り払えないものではないが、それでも有無を言わせない迫力はある。

 

 「それ、サグレには話した?」

 

 「彫刻を受け取ったさい話そうとしたが、出てくれなかったからな。まあそれならそれで踏ん切りが」

 

 「ダメだよ」

 

 首を左右に振ってこちらの手を掴み、方向転換させる。身体が向く先は、当然サグレの家がある方向。

 

 「見知らぬ土地に出向くなら、道中なにがあっても不思議じゃない。それこそ生きてモスコーに帰れないかもしれない。それなのに、こんなお別れの仕方なんて自分が許さないよ」

 

 「でも出てくれるかどうか」

 

 「扉くらいこじ開けてあげるよ、ランザに後で怒られようとね。これが自分が考えたお礼、拒否権はないものとするよ。それにしても、ランザもベレーザも、男ってみんな勝手なんだから。なんでも自己完結しちゃってさ」

 

 「あーそれはまあ、自己完結ってところには異議を挟めないが」

 

 ランザが、おそらくクーラの了解をとらずに里親や土地に根付く行き先を探している。さして深く相談した訳ではないのは、丸わかりだ。それと一緒くたにされても、文句は言えないというやつか。

 

 それでも、と思う。クーラにワンクッション挟んでもらえるなら、お互い感情的にも感傷的にもならず事務的に連絡事項を伝えられるだろうか。正直言えば、あの時点で扉を開けてもらえなくてどこかホッとした自分もいたのは確かだ。

 

 長く離れることや、後のことをサグレを名指しで彫刻を仕入れてくれる商人にお願いすること。一人で話していたら、きっとどこかで感情が漏れて上手いこといかないであろう予想はついた。

 

 子供の前で、これ以上かっこ悪いところを見せたくないという矜持くらいはある。幾分かは、冷静に話し合いができる筈だ。例えそこで塩対応されたとしても、取りあえず涙くらいは節約できるだろう。

 

 「自分は、ベレーザの味方だよ。あの時、ベレーザが自分とランザの味方をしてくれたみたいにね。サグレには悪いけど、ベレーザの側に立ってあげる」

 

 「かなわねぇなぁまったく。んじゃ、よろしく頼むぜクーラ。ほんと、お前とランザに会えて良かったよ」

 

 サグレの家までそれなりに距離があるところまで来てしまったが、引き返して歩きだす。その足取りは、彫刻を取りに行った時と比べ驚くほど軽かった。

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