家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
遺書の代筆。既に書き示した物を改めて聞きながら再度書き直すだけかと考えていたが、会話相手がいるせいか心境に変化があったのか、内容は最初に用意されてあったものに比べ増大していた。それに書き直しまで加われば、想定以上に時間がかかった。サグレの髪には金色への変色が多くなり、いつの間にか口から八重歯のようなものが見え隠れしている。
時間がかかった。それじたいに文句はないが、精神的な疲弊がデカイ。少しでも長くいるとやはり情もその分湧くもので、変異していく様子を見てやはり、殺しておかなければならないと思うが、酷な話だと首を振りたくなる。
だが、遺書は書き上げることはできた。ベレーザはもう既にモスコーにはいないが、郵便で彼の宅へ届けるようにすれば何時かは目につくだろう。
「手順を確認する」
散弾銃の銃身を折り、弾丸の装弾状況を確認。吸血鬼相手にまともな銃弾は致命傷にはならないが、自ずと巨体化することの多い人妖を相手にする際、面での破壊力とストッピングパワーのある散弾は効果的だった。人と大して大きさの変わらない吸血鬼相手であるならば、殺せなくても身体の一部を吹き飛ばし脚を留める威力はある。
「時間は、俺の体内時計で恐縮だが、そちらの希望で三分間猶予をとることにする。それを過ぎたり、少しでもこちらに対して加虐、或いは逃亡の気配があり次第こいつで動きを留めて、予備の銀製ナイフで俺がトドメを刺す。問題はないか」
受け取った、銀製のナイフを見せる。よく磨かれており、切れ味も良い。人の皮膚くらいは容易に引き裂けそうである。吸血鬼は常識外れの生命力と再生を繰り返すタフさを持っているが、身体が岩のように固い等といった話は聞いたことはない。致命傷かどうかは別として、少なくとも、並みの人体同様に傷はつく。
動きを止めたら、狙いは頭部か心臓。このどちらを狙うことになるかは、状況によるだろう。
「大丈夫だよ。それと…」
ベッドに腰掛けるサグレの視界がチラリと動く。テーブルに乗せられた指輪を見てから、小さくため息をつきこちらを見た。ベレーザに処分を任されたが、サグレはどう思うだろうか。
「指輪か」
「うん、まあね。色々考えたけど、その便箋に入れておこうかなと思う。やっぱり、断ったからにはちゃんと持ち主に返さなきゃね」
「墓に共に入れることもできるが」
「墓ね。そこまでアフターケアをしてくれるつもりかい?でも良いよ、ただでさえ死体を担いで墓地や山まで歩いたら、どんな深夜でも万が一人目につくことがある。ランザが殺人者で指名手配なんてされたら、目も当てられないじゃないか、ベレーザにいらない誤解も与えるよ。それにこれは、クーラちゃんには内緒の筈だ。墓穴掘りなんて見られたら、言い訳一つできやしない」
墓穴くらいは用意してやるつもりだったが、サグレは肩をすくめ断る。あくまで、盲目の女性がただ自殺した事件として全てを終わらせようとしているのだろう。ここに俺がいるのは、あくまでも保険の為だ。
「分かった、それなら…銃身を戻すぞ」
弾丸を装填した銃身を、元に戻す。それが三分という猶予の合図だ。
盲目ではあるが、瞼を強く閉じている。これまでの様々な走馬灯が頭をよぎるっているのだろうが、酷く落ち着いた顔をしていた。
その顔に銃口を向ける。それだけの行為でも、やはり気持ちの良いものではない。だがしかし、体内時計だけは出来る限り正確にカウントする。それはサグレに対する、最大限の敬意だ。覚悟には、覚悟で応じる。
二分が経過した。目を開いたサグレは、ナイフの刀身を少し指でなぞった。指先から煙があがり軽い火傷のように赤く変色し、小さな煙があがっている。効果の再確認をしたのか、それに満足したように頷き刀身を喉に向けた。
二分半、サグレの手が震えていた。だがもう少し待てる。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせているように見える。まだ、引き金を引くのは待て。
十秒後、意を決したようにナイフを握る手に力が込められた瞬間、外から二つの怒声。鍵が閉められた正面扉を、鞘に入れられたままのショートソードと尖端が金属で覆われた棒が叩きつけられ、扉より先にお世辞にも頑丈とは言い難そうな、スライドをしてロックをするタイプの木製の留め金が破壊された。
「「サグレ!」」
二つの声に、驚いたかのようにサグレの動きは止まった。銃口をサグレに向けながら、ベレーザと視線が交わる。
「お前等、どうしてここに」
「っ!」
疑問の言葉に応じるより、ナイフを自分に向けるサグレと、その彼女に銃口を向けるランザ。その異常事態に、ベレーザの判断は早い。何故こんなことをしていると問答をするよりも素早く身体が前進。
銃口をサグレから外し、額の前に銃身を持っていき盾にする。顔面の殴打により昏倒を狙ったか、見切った訳ではないが咄嗟の読みあいに勝ち銃身の金属パーツで棒術の一撃を裁く。
「なにをしているんだお前ぇええええええ!」
なにをしているもなにも、言い訳のしようもない程の自殺幇助。正直にそれを言えばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。サグレの身体も限界近い、出血がでないように無力化しなくては動揺したサグレは何時までもナイフを首に突き刺さない。
選択としては、絞め技。間合いに入り棒術の得意な長さを潰し、格闘により制圧後絞め技に移行する。そこまで頭で構築したが、素早い切り替えしによる連続攻撃が間合いを詰めるのを許さない。散弾銃を盾にしながらなんとか防ぐのみで精一杯であり、狭い室内が側面からの回り込みを封じている。
「退けえええええ!」
地の利は向こうにあるうえに、散弾銃は扱えない。ジークリンデ等もっての他だ。だがそれ以上に、気迫。出来うる限りギリギリまでサグレを殺せなかったランザのそれを、全力でサグレを害する者から護ろうとするベレーザの圧は比べるまでもなかった。
呆気にとられているクーラ。自殺をしようとしているサグレに、何故か散弾銃を向けるランザ。そして全て今のベレーザとランザの戦闘に理解が追い付いていない。
だがしかし、クーラの視線は再度サグレを見た際に事情を大方把握したのか目が険しくなる。
祭りの最終日に、人ではないなにかに変異しているように見えるサグレは、ガスパルの言動とも一致する。人妖、あるいはそれ以上のなにかとんでもないものにサグレは変わっていっている。
殺しに情は必要ない。ショートソードを引き抜き、オロオロするサグレに向けて構える。後で後悔に蝕まれようと、吐き気をおこそうと、悪夢にうなされようと、殺す瞬間だけは無表情、無感情に務める。
百パーセント感情を遮断できる訳ではないが、割り切りという感情がクーラの中には大きく占めている。それは諦めとも言い換えることができた。サグレはなにかに変わろうとしており、ランザはそのサグレを殺害しようとしていた。ならば、ベレーザには悪いがその時点で優先順位は上書きされる。
変異を食い止める為、サグレを討つ!
「よせクーラァ!」
ランザの叫び声も、今は無視。取り敢えず首を落とせば、だいたいの生物は死ぬ。
盲目の女性を相手にした殺害等、背後から対象の首を落とすのとさして変わりはない。しかし、振られたショートソードがサグレの首筋に届くことはなかった。
クーラの尻尾から、まるで淡い炎のようにぼんやりとした白色の尾が、腕に絡まる。そのまま身体全体を巻きつけサグレへの攻撃を中断させ床に落下した。目の前の事象に、一番反応を見せるたのはランザだった。
あの尻尾、あれは間違いなく。
戦闘から思考が離れたせいで、隙が産まれる。肝臓、腹部、胸元へ流れるような三連突きが繰り出され仰け反る。その隙にテーブルを飛び越えベレーザがサグレの元に辿り着く。手に持つナイフを弾き、棒を放り出しサグレの肩を掴んだ。
「なにを、お前なにやってるんだ!なんなんだこの状況は!」
「あ…ベレーザ、私」
「ふっざけんなお前!俺を振ってもまでやりたかったのはこんなことか!それとも死ぬように脅されたのか!?どうなんだサグレェ!」
サグレの肩を掴み、ベレーザは激しく揺さぶる。引き離すべきか、説得するべきか。相応のダメージを負った身体を立て直そうとテーブルに手をつかんだ瞬間。腰に違和感。確かめるまでもない。
「やめろジークリンデ!」
静止の言葉も聞かず、細い刃が剣から変異をし伸びていく。刃が、ベレーザの肩を背後から斬り裂く。
「ツァッ!」
傷は深くないが、ベレーザは少し仰け反った。刃が振るわれた勢いで血が飛び散り、サグレの頬にかかる。その瞬間、ランザとクーラは目撃した。サグレの顔から、怯えや恐怖といったものが抜け落ち、人らしい感情が抜き落ちた仮面のような顔になるのを。
そしてそれは歓喜へと、変わる。初達した八重歯がベレーザの首筋に襲い掛かり、噛みつく。牙で開けた血から流れ出る血液を、サグレは音を立てながら、下品といった形容ができる程激しくすする。
髪の色素は凄まじい勢いで金色に染まり、元々不健康な肌の色は益々色素が抜けるように透明な白へと微かな変化が見えた。なにより、気配、圧が増してきている。一秒時間が経つごとに、生物として格が上の存在へと変異をしているような。
だがしかし、そこで怯む訳にはいかない。余計なことをしてくれたジークリンデも、床に転がるクーラも今は無視し散弾銃を向けながら突進。
中途半端な位置からでは、散弾によりベレーザにも確実に銃弾が当たってしまう。吸血に夢中のサグレの額に銃口を押し当て、接射。子気味の良い火薬の炸裂音と共に散らばる鉛玉が、サグレの頭蓋と脳髄を破壊し背後の壁やベッドに散乱させた。
身体をのけぞらすサグレの胴体に大雑把に銃口を構え射撃、胸元を狙うつもりだったが胸よりも下の腹部に命中。内臓を散らしながら大穴を開けサグレをベッドに縫い付ける。預かった銀のナイフを、胸に刺そうとしたがサグレの表情には微笑み。
悪寒、身体にブレーキをかけ後ろに飛ぶ。その直後サグレの蹴り上げた足裏が腹部に当たり、背後に吹き飛ぶ。背中から壁に激突、ルーガルーのように分かりやすい変異でないのにかか関わらず、細足の癖にアレと顕色のないパワーが身体を吹き飛ばした。
サグレは身体を起こし、軽く払う。頭蓋と腹部に穴が開いているのにみるみるうちに治癒されていく様子は、もはや人間のそれではない。余裕な笑みを浮かべていたが、腹部に違和感。治りかけの腹に空いた穴には、小さな火花つきの子袋が肉片に引っかかっていた。
散弾銃を握っていた、右腕をあげてやる。蹴り飛ばされると感じた瞬間、後ろに飛ぶ前に弾丸を放ち終えた散弾銃を手放し小物入れから火薬袋を取り出し着火。置き土産として置いてきた。
超速再生により、腹部の中に小袋があっという間に取り込まれる。再生が吸血鬼の専売特許だと思ったら大間違いだ。大なり小なり、人妖には標準搭載されている能力である。
対テン用に考えていた策の一つ。不用意に接近したがる性質を利用し、散弾銃で身体に大穴を開けた後そこに爆発物をねじ込み離脱をする。それでは殺せないかもしれないが、最低限嫌がらせにはなるだろうと考案したものだ。ルーガルー戦後には使いそびれた策であるが、同等の治癒能力を持つであろう吸血鬼には効果的であった。サグレの盲目が、吸血鬼になっても治ってないように見えるのも大きい。双眼の瞼は、未だに閉じたままである。
火薬が、ほんの小さな鉄片をまき散らしながらサグレの腹部で爆発。あの鉄片が銀製ならこれで決着はついただろうが、生憎ながらそんな便利な準備まではしていない。あらゆる状況を見込んで準備をすればと後悔する。これも詰めの甘さか。
だがしかし、流石に腹部の中での爆発は堪えたようであり、サグレは小さな悲鳴をあげながらよろつき、背後の壁に力任せにぶつかり破壊をして蝙蝠の翼を生やして逃亡。起き上がり追おうにも、想像以上の痛みに瞬時に起き上がれず喉からせりあがってきた血を吐き出す。
散弾銃を拾い上げ、外を覗く。しかしそらを飛んだサグレの姿は、寝室側。工房と隣家に囲まれた狭い庭からではどちらに飛んで行ったのか目で追うことすら不可能であった。
ベレーザの呻き声。意識が朦朧としており、サグレの名前をか細く呼んでいる。サグレ追跡は諦めベレーザを抱える。首筋にベッドのシーツを押し付け緊急的に止血。携帯用の医療品から消毒の瓶を取り出し乱暴にふりかける。
「ランザ」
クーラの声が聞こえ、立ち上がるような音も響いたが手をだして静止。
「クーラ!テンと会ったのか!?何時だ!どこで出会った!」
「え…あ」
「狐の耳と尻尾を生やしたふざけた服着た雌狐の人妖だ!正直に話せ、お前はどこで!」
振り向くと、クーラは頭を抱えていた。酷く頭痛するのか顔を大きく苦痛に歪めながら、両手で髪の毛をかきむしっている。
「狐…テン。分からない、思い出せない。会った?どこで…」
「クソォ!」
重ねて、迂闊だった。クーラには落ち着いた地で平和に過ごしてほしいと思い、人妖を狩ることは話しても明確な旅の目的、標的であるテンという存在については話していなかった。だが考えてみれば、意味不明な理由で家族を殺した奴が、赤の他人とはいえ旅路に同行するクーラに手をださないと何故言い切れる。
相手は、赤ん坊さえ殺す殺人鬼なのにだ!
弱々しい呻きに冷静さが多少は戻る。あの吸血でだいぶ血を吸われたのか、ベレーザの身体が冷え肌が青ざめている。これはまずい、問答をしている暇はない。
「クーラ!動けるならありったけ湯を沸かせ!暖炉に薪を大量にくべ部屋全体も温めろ!急げ!」
吸血中に散弾銃で頭部を吹き飛ばしたせいで、牙が食い込んでいた肌はナイフで裂かれる傷口が広がっていた。血を大量に失っている。この街に医者がどこにいるのか分からない以上、ここでベレーザを放ってサグレを追えば確実にベレーザは死ぬ。
「あ…はい!」
湯ができるまで出血を止めることが肝心だ。本当は熱湯で茹でて、針を消毒したいがそんな悠長なことは言っていられない。医療バックから針を取り出す。照明台の上で揺らめく炎に炙り急ごしらえの消毒を行ってから、糸を取り出し針に通す。
本職ではないでやや雑にはなるが、急いでこの傷口を塞がないと血液が足りなくなり死亡する。自分自身で縫合したことはあるので、その時のことを思い出しながら針を通す。
それなりの時間が経過しただろうか、ようやく縫合を終える。用意したお湯に乱暴に布地を押し込み、煮込む。雑ではあるがこれで消毒をすませた後、軽く冷まして包帯と重ねて傷口を覆う。本当は乾くまで待った方が良いのかもしれないが、生憎とその時間は残されていない。
「ランザ、サグレは」
「お前はベレーザを見ていろ」
散弾銃に装弾。腰のホルスターに戻す。クーラの言葉を聞く余裕も、今はない。
「自分もっ!」
「大人しくしていろと言っているんだ!」
クーラの中には、テンによりなにかが埋め込まれている。こんな子供にまで、なにを仕込んだ。
異形と化したサグレ、死にかけているベレーザ、蝕まれたクーラ。なにもかもが自分の注意不足、油断、見落とし、詰めの甘さ、そして情けなさだ。壁に拳を叩きつける。こうなったら、全力でサグレ追い仕留めてやるしかない。
異形と化したサグレに、善意の類は期待できない。人妖と化した者は、生前の価値観がズルリと負の方向へ引きずり込まれる。それは抗いようもないものなのであろう。美しい歌声で船を惑わせて座礁させ、船員の生き胆を貪る歌鳥の元になった存在は、歌が好きだが自分の声が嫌いであった。
ただその声を好きだというただ一人に、歌を聞かせることだけが生き甲斐であったが、様々な不幸により不特定多数をおびき寄せて惑わせる歌声として多数の命を奪うのに利用された。
吸血鬼化が、本質的には人から人外へと成り代わる根本が同様のものだとしたら、サグレはその力をモスコーの者達に向けるのになんら躊躇いはないだろう。
テンになにかをされた、クーラは監視の意味で傍においても良いかもしれない。だがしかし、それ以上になにがおこるか分からない爆弾を抱えたクーラを近くに戦闘をするのはデメリットの方が大きく感じる。
デメリットといえば、連結刃、ジークリンデの存在もそうであるが。残念ながら体術と散弾銃だけで吸血鬼を抑えらえるかと言われれば自信はもてない。技術は膂力に打ち勝つ為にあるものだが、圧倒的な力を前にして自身の技術が通用するかと言われれば不安しかない。
結局は、人外には化物。こいつの力に頼らざるえない。
「クーラ、説教も謝罪も説明も今は全て後回しだ。それに本当のことを言えば、俺もお前に偉そうになにかを言える資格なんてない。サグレはガスパルが示した、人外だ。俺はそれを追い討つ。ただそれだけの話だ」
「でも自分だって、ランザの仲間で」
「仲間?半獣が人間の仲間だなんて言えるか!物珍しさに連れて歩いたがもうごめんだ!これきりにししろ!」
机の上、使えるかどうかは分からないが放置された物品を握り扉を蹴り開け、家から飛び出る。クーラの反応は、確認はしない。酷く傷ついた顔をしているかもしれない、心に根深い亀裂を与えたかもしれない。だがしかし、それでも、テンを狙い狙われ、化物どもと延々と殺しあうこの傍らに立たせ続けるよりはいい。サグレを殺す手伝いをさせるよりはよほど良い。
後悔や心を痛めている暇はない、まずはサグレを探し炙り出す為の人手がいる。初日に、情報収集がてら場所を確認しておいた冒険者ギルドには、有象無象とはいえ常にある程度人数がいる為頭数はそろっている。ギルド長に訳を説明して緊急事態宣言をだして動員すれば、少なくとも町民避難やサグレ捜索の人手として使えるだろう。
地元の警察、もしくは治安維持隊、警備隊は駄目だ。この祭りの警護や酔客の喧嘩のような細々とした厄介ごとの解決に向け散っているだろうし、なによりも余所者が吸血鬼、化物が出たと騒ぎ立てても門前払いにされるのがオチだ。
お役所仕事、門前払いにされかねないという意味では冒険者ギルドも同じだが、余所者の集まりであるギルドは地元の連中よりは多少は聞く耳持ってもらえるだろう。
段差を何段か飛び降り下方へ。通路の曲がり角を勢いをつけて曲がり、どこでも目にする看板を見つけ飛び込む。
叫ぼうとする前に、血臭。冒険者ギルドが、職員やギルド登録の者達は既に鈍い刃を持つ凄まじい暴風に巻き込まれたかのように、死体が散乱していた。
そしてその死体を貪る人の姿。半数近くの生気ない顔をした者達が、転がる死体を貪っている。
ここに来ることをいの一番に予想したのか、サグレは一足早くギルドを襲撃していたようであった。やられた、と考えたがそれよりも凄まじい絶望が襲い掛かる。
食人鬼。吸血鬼伝説は、こんなところまで正確なのか。
目は見えないが、五感の全てが研ぎ澄まされて感じる。杖が無くても、今まで入ったことのない通りでも、どこになにがあるかはまるで住み慣れた自宅のように分かる。
腹部の違和感はそれなりに続いたものの、今は対外に排出されそれに悩まされることももうない。
「フン」
曇天の元、日傘はない為忌々しい太陽が身体を痛めつけるが、この程度なら自動でおこる再生が傷つく端から癒していく。
ステップ。身体をクルリと回し大きく跳ねる。着地先に障害物はなく、華麗に地に足をつける。
「フン♪フフン♪」
狭い路地に翼を降りたたみ床に足をつけた。ゴミ捨て場や汚らしい木箱、空き瓶の類がそこかしろに転がっているが、それにかすりもせずにサグレは跳ね、舞い、踊る。
ダンスを習ったことのないその動きはとても精錬されたものではないが、輝かしい程の金髪と人並み外れた美貌があいまりそれは、名声を得た舞台女優の演目であるような踊りだった。
「フフ♪アハハハハ♪」
濃厚な血の味、世界が祝福してくれるような高揚感。サグレは踊る、踊りながら進む。そして狭い路地から出た先は、比較的大きめな通り。ごろつきと変わらないような連中がたむろする、地域住民は近づかない冒険者ギルドの建物が目の前にあった。
お世辞にもお行儀のよくない余所者がたむろする冒険者ギルドがある一角は、モスコーに住む住民からは人気がない。それを逆手にとり、冒険者ギルドの運営は近くの建物のを買い取り直営の宿に変えており、リスムでも帝都でも似たような手法がとられていると聞いたことがある。
ならばここは、それなりに頑強な男女が集う場だ。実験には丁度いい。
先程は少し失敗した。興奮のあまりベレーザを吸い殺すところだった。頭を吹き飛ばし冷静さを取り戻させてくれたランザさんには感謝しなきゃ。お礼にベレーザと同じく、私の物にしてあげようかな。
そのためにも、まずはこの能力を試さなければならない。彫刻もそうだが、何事も初めては力加減が肝心だ。ここは練習するにはもってこいだ。
ギルドの扉を開けると、安酒を煽りながらつまみを食べるギルド員達がいっせいに見てくる。それはそうだ、血塗れでボロボロになった服を来た女性が入れば嫌でも目に付くだろう。
「なんだァその姿、乱暴でもされたかぁ?」
遠慮のない男の声が近づく。
「助けでも求めに来たかぁ生憎だがここに正義の味方はいねぇ、出すもんだすかその身体で支払いをしてもらわにゃ」
男の首筋に飛び掛かり、押し倒す。酔った男はそのまま床に押し倒され、周囲からは下衆な笑いが巻き起こる。
お嬢ちゃんやるなぁ、情熱的ぃ、などといった声が飛び交い誰も危機を感じていない。男の首筋に牙をたてる。
しばらく飲んで、違和感。まっずい。飲み物としてなんとか体をなしているだけで、褒められた味じゃない。
これで実験する気は、おきないな。口を離し、自分の腕に浮き出る血菅を食いちぎり血を流す。下の男は、まだほんの少し飲んだだけなので、ピンピンとしていた。
「なんだお前、気がちがってんのか!?退け!」
起き上がろうとした男の四肢と首が切断される。両腕から流れる血は意思に従い鋭い血刃となり、鮮魚を裁くように男を裁断した。
突然おきた殺人に、周囲が言葉を失う。少しした後、賢明な者がライフルを構え発砲した。ライフル弾は首筋を貫くが、死なない。更に血が流れ、空気中に新たな刃として精製される。
「死なねぇだと…」
ライフル銃を構えた冒険者が呟いた。
翼を生やし羽ばたきながら飛び掛かり、銃を持つ男を背後から抱きしめる。先程よりは臭くないし、貴方で試してあげようかしら。
首筋に牙を突き立て、吸い上げる。急激に萎れる身体に、血刃が刺しこまれ直接輸血を開始する。吸い込む血と送り込まれる血が循環され、ライフルを持つ冒険者は悲鳴をあげた。
「人のツレに…離れなさいよ!」
双剣が背中に襲い掛かる。男ごとそれを回避し、離してあげる。
身体を激しく痙攣させる男は、眼の焦点が合っていなく諤々と激しく痙攣させていた。その異常な状態に、双剣の女がすがりつき肩を揺さぶる。
「ねえ!どうしたの!?しっかりして、ねっ…え?」
跳ね上がるように起き上がった男は、女の首筋に噛り付いた。成功かと、閉じた瞼の裏側で目を輝かせたが、すぐに獣のような唸り声と肉を貪るような音が響き期待は落胆に代わる。これは、調整を間違えた。上手くすれば、こんなケダモノじみた存在にはならない筈なのに。
まあ上手くいったらいったで殺すけど、『眷属』はそんなに沢山いらない。
「ば…化物だぁ!」
武器を抜く者、逃げ出そうとする者、隠れる者。辺りの気配は騒然となったが、気になるのは味の良し悪し。さっきよりは美味しかったけど、同じ血なのに個体差で味が違うのかな?
銃声が響き渡り、身体のあちこちに穴が開く。まあ、考えるのは後だ。モルモット達に逃げられる前に、実験と練習を終えてしまおう。
サグレは、微笑みを浮かべ両手を大きく広げた。