家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 リスムの地下迷宮をはじめ、各地には魔獣猛獣、魑魅魍魎が巣くう忘都と呼ばれる古代遺跡が点在している。

 

 冒険者ギルドに入る仕事で、唯一世間で語られる冒険者らしいものは、現在ではこの失われし過去の遺跡たる忘都を探索し、宝物や貴金属、なにより遺物を掘り出すことと言われている。まあ実際は各国の正式な発掘隊が侵入する前の露払いや様子見の捨て駒、情報の持ち帰りくらいなのが関の山である活躍なのであるが。

 

 そんな忘都における最大の掘り出し物が遺物。現在の魔工学問ではいまだ解明しきれない魔術の触媒が掘り出されることがある。

 

 遺物の発掘はかなり珍しく、興味がない人物でも新たな遺物が見つかれば耳に届く程である。記憶に新しいのは、リスム地下迷宮にて長年探索団や冒険者を苦しめていた屍霊術士を名乗る、人外に片足突っ込んだとある人物が装備していた品物が禁忌指定の遺物としてリスム自治政府預かり封印処理を施された。

 

 とある冒険者が、偶然にも生き延び遺物を手に入れ、地下迷宮の一角を溢れ返る動く死体で占拠し、高値の賞金首がついていた。殺された賞金首と殺した人物の話はさておき、問題となったのはこの封印指定された遺物だ。

 

 形状の詳細については公開されていないが、屍を自在に操るその触媒に制御された動く死体は、過去の伝承になぞらえ食屍鬼と便宜的に名付けられた。

 

 その過去の伝承とは、神や悪魔や竜が、徐々に歴史という枠組みではなく、伝承や伝説として語られ始めようとした時代。そんな時代に君臨しようとした死者の王という異名をほしいままにした吸血鬼が率いた使い捨ての雑兵集団。それが本来の名称でいうところの食屍鬼だ。

 

 動きは獣並みで統率は今一つとれず、知能は低い。だが抜きんでた耐久力と知能の低さを逆手にとった恐れなしの猛進、そして噛まれて死んだ者は同じ食屍鬼になるという、人にとっては最大級の恐怖で猛威を振るった。

 

 子供を怖がらせる昔話、物語を盛り上げる為の伝説。古い話には圧制者とその部下をいかにも人外、魔王と称してそれを倒した者達を勇者と祭り上げる風習があった。暴君や圧制者、恐怖政治の数だけ魔王がおり、それを打倒した反乱軍や異国の将軍こそが勇者と祭り上げられる話は山のようにあり各地に根付き、その何れもが誇張されたものだ。

 

 この夜の王とそれに率いられた眷属、そして雑兵である食屍鬼の話もその一つとみなす歴史研究家もいるが、残念なことに少なくとも食屍鬼については本物だと認めざるえないだろう。

 

 向かってくる男女の食屍鬼に散弾銃を向ける。二つの発砲音が響き、女性の頭を吹き飛ばし男の首を引きちぎり、その頭部を床に転がした。

 

 伝承では頭を切り離せば動きは止まるというが、どうだ。

 

 排莢をし新たな弾丸を詰めながら観察、二体の死体はしばらく頭脳無しで前進した後、痙攣しながら倒れ伏した。本当に、伝説というのも馬鹿にはできないものだ。こんなことなら、掲げる大盾にも届けられているだろう、紛い物であっても地下に出没した食屍鬼の情報にも目を通しておくべきだったか。有効な対処法は、多く知り得てこそだ。

 

 銃声に反応し、店内の至る所から人肉を貪っていた食屍鬼が起き上がる。生気のない顔をしている。

 

 カウンターの奥からギルド職員が飛び掛かる。動く屍という特徴に反して素早いのは、死にたてのせいか?いずれにせよ、あの歯に噛まれたら恐らく連中の仲間入り。丁寧に迎撃をしていく必要がある。

 

 飛び掛かるギルド職員の頭部に銃撃。吹き飛ぶ胴体の下を素早くくぐり反対側から噛みつこうと迫る禿頭の男を回避。這いながら足に牙を向けて来る男の背中を踏みつけ、後頭部に向け射撃。

 

 場を移し丸テーブルの上に飛び乗り、更に跳躍する。着地点にいた食屍鬼の額を蹴り倒す。倒れた相手の頭部にストンピングで潰しつつ弾丸を詰めなおす。店の奥川、壁付近まで到着しギルド内をグルリと改めて見直す。

 

 少なくとも見えている範囲で動く死体は七体ほど。動かないまま倒れている死体もあるが、何時動き出すかも分からない為脅威認定しておく。つまりは多勢に無勢。

 

 左の階段からなにかが動く気配。二階から飛び掛かる食屍鬼の顔面を蹴りで押し返し、追撃の銃撃で沈黙させる。二階もやはり、もう無理だろう。ここにいる食屍鬼を殲滅するべきか否か。サグレは既にここにはいない、新たなところで食屍鬼を量産している可能性が高い。だがしかしこいつらを放置すればそれはそれで悪性腫瘍のように街全体に被害と汚染が広がる。

 

 振り向き、木窓を討ち抜く。結論は、殲滅。だがしかし、この建物内で前後左右から襲い来る食屍鬼を回避しつつ仕留めるのは骨が折れる。

 

 ここは一度外に出窓からから、知能の低さと獲物に対して猪突猛進な性質を利用して一体一体片をつけることにする。窓から出ようと顔を出すが、背後から飛び掛かる気配を感じて身をかがめる。

 

 その刹那、ランザの顔があった部分にライフル弾が通過、背後から襲い掛かろうとしていた食屍鬼が代わりに弾丸を受け額から上が貫かれた。

 

 「援護射撃じゃ…ないな」

 

 ライフル弾による狙撃。力を手に入れたばかりの、吸血鬼の仕業ではない。悪意ある人為的な行為。人に怨みを抱かれる覚えはあるが、こんな土壇場で狙い撃ちしてくるなんてどこのイカレだ。

 

 迂闊に外に出れなくなる。ギルドの入口がゆっくり開き、付近の建物にでもいたのか追加の食屍鬼が侵入してくる。サグレどころではなくなった。まずは、脱出口が監視されているこの場を、生きて出られるかどうかだ。

 

 窓から離れ二階を目指す、階下から食屍鬼が迫ってきていた。二階からも新たなうめき声、階段の手すりを乗り越え顔を下によだれを垂らしながら飛び込んで来る。肩を狙い噛みつこうとする落下する食屍鬼の顔面に薙ぎ払うように振るわれた散弾銃の銃身がめり込み、骨が砕ける音が響き顔面を陥没させる。首の骨が曲がり、階段の段差に垂直のまま落下する。

 

 突き刺さるように落ちた食屍鬼の足首を掴み持ち上げ、階下に向け蹴り飛ばし下から迫る脅威に牽制する。それと同時、何故かその胴体にライフルの弾丸が直撃。木窓の位置からは、階段までは水平。壁を貫通し食屍鬼の側面に弾丸が命中するならばともか、どういう絡繰りか背中から弾丸はのめり込み食屍鬼を貫通した。

 

 長距離を飛び、さらに障害物を挟んだせいか、弾丸は直進性を失ったように足元に着弾。まっすぐ飛んでいたら、間に食屍鬼が挟まらなかったら命中したのは俺の心臓だった。

 

 迫る食屍鬼に、奇怪に曲がった弾丸。不気味な現象に、歯噛みする。状況は、悪くなる一方だ。

 

 

 

 

 

 余計なことをした。クーラは、歯噛みする。

 

 状況が分からない故に、ベレーザの為を思い伝えた言葉が全て裏返り最悪の竹箆返しとなり状況を悪化させる。

 

 サグレの変貌、重症のベレーザ、そして焦燥したランザ。ランザのあの言葉は本心ではないとは思う、しかし想像以上にそれは心を抉り、物理的な痛みとなって心中を渦巻いていた。

 

 全ては、自分のせいだ。情けなくみっともない、今すぐにでも首をくくってしまいたい衝動にすらかられる。

 

 心が、折れそうになる。力なくベレーザを寝かせたサグレのベッドに項垂れていると、背後からなにかの気配。

 

 「ひにゃっ!」

 

 振り向いたそこには、青白く揺らめく狐の尾。それが頭部に襲い掛かり獣耳に突き入れられ頭にザラザラとした感触を与えてくる。気持ち悪いのに、気持ち良い。相反する二つの感覚が頭を中心に全身を覆い、意味の分からない刺激に身体が痙攣した。

 

 『なにをサボっているのですか?』

 

 脳内に声が、響く。これは、この感覚は…思い出した。

 

 テン、ランザが追い続ける、決して語ってくれなかった不俱戴天の仇。占い小屋の、この国にはない他国の奇妙な装束を身にまとう狐耳の女。その女に身体、頭を弄ばれ執拗な、まるで調教とでも言うような洗脳をしてきた相手。

 

 「お前なんだ!クソ…自分の中から、出ていけ!」

 

 『ふふ、それは出来ませんね。色々言いたいことはあるでしょうが、まずはお父様のことです。クーラ、外を見なさい』

 

 これがお父様と呼称する存在。恐らくはランザのことか?身体が軽くなり、まるで操作されているように跳ねあがる。慌てて外に出て、街を一望できる場所から下を覗く。

 

 『そこから少し顎を左へ。酒屋の看板が見えるでしょう?そう、三回建てのデカイ建物です。そこの窓から、ライフル銃を持つ女が見える筈です。見覚えはありませんか?』

 

 「ある。あれは…」

 

 こんな辺境都市で、まだ帝都の一部しか出回っていないオーデン技術連合の最新式ライフルを持つのは、一人しかいない。レントの取り巻きにして腰巾着、今は何故かこんなところにいるが帝都の大物議員を父に持つ差別主義者の塊のような女。カリナ=イコライがなにかに狙いを定めていた。

 

 「カリナ、いったいなにをして」

 

 『彼女は、冒険者ギルドにいるお父様を暗殺しようとしています。雑兵が下らない横槍を挟むものです』

 

 カリナが、ランザを狙う。かつての自分がそうしたように、カリナはレントの命令でランザの暗殺を目論んでいるということか?

 

 怒りが、湧いてくる。例えもう、完膚なきまでに嫌われているとしても、ランザを殺すことだけは許さない!

 

 『あれは、貴女に任せますよクーラ。お父様のお役に立ちなさい。期待していますよ』

 

 耳に突き入れられた尻尾が消え。身体が大きく揺れて膝をつく。石でできた柵に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。ランザを殺そうとするものは、絶対に許さない。例え、かつて同じ相手に従い付き添っていたカリナでも。

 

 と言いつつ、カリナとは水と油だった。ランザを狙ったことで万死に値するが、それでも殺すのに気を病む必要もなさそうだ。

 

 跳躍し、柵から飛び降り屋根の上に着地。酒屋に近づくに連れ片目を閉じたカリナの顔が徐々に露になる。

 

 彼女の戦闘は、土壇場では別行動をとり連携したことは一度もないため分からない。だがしかし、加護を持つとしたらそのライフル銃に関係するなにかだろうと予想はつく。

 

 新たな弾丸を装填するカリナの瞳が動く。こちらに向け直進する半獣を見つけ、カリナの顔は意地が悪い、ニタリとした笑みを浮かべた。

 

 不規則に屋根の上を飛び交い、狙いをつけさせないように飛び移る。カリナの目が見開いた。腰から煙袋を取り出し、足元に投げる。煙の中に身を隠してから敢えて、その場に立ち止まりバックジャンプ。

 

 煙幕の向こう側で、ライフル銃を射撃した音が響いたが、煙幕の壁のせいでまず当たることはない。装弾の間近づこうと足に力を入れた瞬間、頬に痛み。

 

 弾丸が右頬の肉を抉り流血が後ろに飛ぶ。まぐれ当たりか卓越した射撃センスか。かすめたくらいの傷の為経戦能力に支障はないが、煙玉一つ使ってこれとは運がない。

 

 一度路地に降りて酒屋を目指す。建物を利用し複雑な路地を縫うように進めばカリナからは死角となり、多少時間はかかるが安全に目的地を目指すことができる。本当は近道をしてでもたどり着きたいが、急がば回れ。カリナの加護が分からない以上、先程の命中をまぐれかセンスかで判断することも危険に思える。

 

 先程考えた二つの理由で弾丸が命中したなら、対策も立てられるが、加護によるなんらかの効果が表れていたとしたら、下手な小細工は意味をなさない可能性がある。

 

 銃声。ランザに再度狙いをつけたのか、それともなんらかの意図があり一見無意味な射撃をしたのか。疑問を晴らすため上を見上げると、一発のライフル弾が空中で静止していた。重力や推力に抗い停止する弾丸。疑問符を浮かべるところであったが、刹那、驚愕。

 

 空中に静止した弾丸が、直角に曲がり獲物を見つけた猛禽のように襲い来る。すぐその場を飛びのくと、先程自分がいた場所で弾丸が急停止、生物のように弾丸がこちらを向いた。悪寒がし、ショートソードを抜いて停止していた弾丸に叩きつける。切断はされなかったが、叩かれた虫のように弾丸は地面に落下した。

 

 「誘導…弾?」

 

 言っておいて、脳裏ではありえないと呟いた。自分に与えられた加護、テイムは修行を積んだ魔物使いの能力を簡易化し、薄く広くではあるが即戦力としてその場にいる生物を短期的に支配し役立てる物であった。一方本職は、最大の数体の魔物や魔獣に類する存在を長い間調教して手足にする。

 

 多少方向性は違うが、本職と自分の加護は似たような兄弟じみた能力だ。だが、弾丸を意のままに操り死角にいる対象すら追尾する加護は、能力と言うには些か異常である。

 

 だが、なにか違和感。誘導弾で煙玉の効果範囲にいた自分に攻撃が当たる。それ自体はおかしくはないが、負傷具合がどこか中途半端だ。なぶりものにするつもりで敢えて重症を負わせなかった?これも違う気がする。敵は、なにかを情報にして自動ではなく手動で弾丸を操っている?

 

 疑問は浮かびはするものの、大まかには加護が理解できたのは良しとする…が、これはまずい。攻撃射程の意味では完全に負けているのは最初から理解しているが、追いかけて来る弾丸となるとこの距離の脅威が跳ね上がる。こちらの加護が残っていればなにかしら対応はできるが、現状少し身のこなしが上手い半獣でしかない。

 

 だがしかし、ここで自分が隠れてしまえばランザにあの弾丸が襲い掛かる。それは、避けなければならない。

 

 壁を蹴り上げ再度屋根の上に昇る。弾丸を装填したカリナはこちらに銃身を向けにやついていた。フードを外し、奴の嫌う半獣の耳をあらわにさせる。親指をたて数回自身の頭に突き立て、小首をかしげ、舌をだす。

 

 プライドが高く沸点が低い、これだけの行動でカリナ注意は完全にこちらに引きつけられた。なにやら罵声をあげるように口を動かしてから、弾丸を放とうとトリガーに指をかける。挑発をして注意をこちらに向けたからには、少しでも安全に距離を詰める為に出し惜しみはしない。

 

 煙玉は数に限りがあるが、数個まめて進行方向に投擲。弾丸が放たれてると同時に煙の中へ。

 

 煙から煙に飛び移ると見せかけ、民家二階の木窓に身体を滑り入れる。足裏で窓を破砕し二階の寝室と思われるスペースを直進、風切り音のようなものを耳が感知する。振り向きながら飛んで額を護るようにショートソードを掲げる。

 

 金属音が響き弾丸が剣の腹に突き刺さる。挑発するように頭部を指し示せば、そこを狙ってくる。冷静さを欠いてさえくれれば、ある程度の弾丸軌道における予測はたてられる。

 

 だがしかし、今のような方法は恐らく一度しか使えないだろう。馬鹿正直に何度も頭狙いなら良いが、対策を立てられると知れば執拗にそこを狙うことはしない筈だ。

 

 向こうは狙撃手、獲物に近づかれるのはなによりも嫌がる。次は攻め方を変えてくるかもしれない。こちらもなにか近づく為の方策を考えなければ。

 

 反対側の木窓を突き破り跳躍、隣にあった建物の木窓を蹴り破って中に着地。建物の中、二階部分は進行方向の壁は窓がなく、一階から階段で繋がった吹き抜きぬけのロフトのような構造になっていた。後に改装したのか吹き抜け部には薄いベニヤ板が敷き詰められており、下の階は暗い。なにかの倉庫のようだがどうやら窓も扉も締め切っているらしく一階全体が暗闇に包まれている。

 

 階段手すりやテーブルを見ると覚書が幾つか貼られており、モスコー近くで採掘された鉱石の出荷先が書かれていた。なんらかの特殊な原料の保管場所、太陽の光を可能な限り遮断しているのは、光を当てることで品質の変化してしまうからだろうか。

 

 一階に向け階段を飛び降りた直後、悲鳴。どこかで見た覚えがある顔が慌てたように建物の扉を開け中に入り、閂をかけて倉庫を封鎖し、扉に背を預けズルズルと座り込む。

 

 暗闇の中入ってきた男と目が合ったような気がした。猫の目を持つこちらと違い、暗闇に順応するまで多分ほとんど見えていないだろうが、慌てて耳を隠す。男は、荒い息のままなにか言おうとしていたが上手く口が回らないのか言葉にならない言葉を発していた。

 

 そういえばどこかで見たと思ったが、思い出す。この男は、初日にサグレの家に行く途中で見た炎水晶や照明台に魔術具を使い炎を操り灯を灯していた魔道技師だ。手にはめたグローブに見覚えがあった。

 

 荒い息の男がこちらに手を伸ばす。腰が抜けたから起こしてほしいのだろうか。少し迷った後、引き起こそうとした瞬間、風切り音が耳元を通過した。

 

 高速回転した弾丸が男の口内に突き刺さり、突き抜け、壁に突き刺さる。瞬時に身をかがめる。九死に一生といったところだが、再度疑問。何故ライフル弾は、自分ではなく男を貫いた。お互い暗がりにいたことが、関係しているのか?

 

 もしかしたら…

 

 男の遺体を見て、策をひらめく。いろいろ不安はあるが、こうなればぶっつけ本番だ。

 

 仮説が正しく策が浮かんだとしても、とにもかくにも酒屋に近づかなければならない。

 

 策の為に亡骸に触れ、グローブの形をした魔術具を拝借する。これが炎に関連する技能を扱える物品であるというのは承知済みだ。目を瞑り小さく借りていくと呟いた後、少しサイズの違うそれを腕に嵌めて閂を開け外に出る。

 

 酒屋に近づくに連れ、街のあちこちから射撃音や怒号、騒ぎの音が大きくなってきた。サグレを逃したことでなにか大きな異変が起き始めている。

 

 少し広い通りに出ると、逃げ惑う人々に火がついた屋台と散乱する果物や商品、泣く子供、そして生気のない死者のような群れが闊歩し人々に襲い掛かる地獄絵図が待ち構えていた。倒れた人を、生気のない者が、貪り喰らっている。

 

 レントが言っていた、リスム地下迷宮にいたという食屍鬼という亡者の特徴に似ている気がする。もっとも、こちらはその時別行動をしレントに言い付けられた任務をこなしていた為、伝聞に聞いただけなのだが。

 

 これを、サグレが?怯みそうになるが意を決して逃げ惑う人混みの中にスライディングをし忍び込む。姿を隠し肉を壁にする人の盾。自分を追う弾丸が誰かに命中するかもしれないが、そうなったら許してほしい。普段半獣相手に差別をする者達であるため、罪悪感も半減だが。

 

 人混みに上手く紛れながら、酒屋付近まで近づく。路地を抜け、施錠された扉に向かい爆薬袋を取り出し投げつける。

 

 自分も様々な小道具を使ったが、ランザは主にこういった着火をし投げつけるタイプの子袋を多用している。サグレの腹部を弾き飛ばした爆弾袋は、数は少ないが一個前に持たせてもらったものだ。

 

 小規模な爆発の為、木製の扉でも一発での破壊は不可能だ。だが多少はボロボロになったようであり、そこに身体全体で体当たりをして店内に押し入…れないっ!

 

 「バリケード!?」

 

 カリナがそうしたのか、少しだけ開いた入口から覗く隙間には棚が横倒しになっていた。完全に足を止めてしま。恐らく今の爆発音でカリナも異常を察しただろう。

 

 飛び上がり壁を蹴りつけ、二階の窓から店内に飛び込もうとした瞬間、銃声。弾丸が足を捕え、二階に転がり込みながら着地ができず足から鮮血が飛び散る。

 

 「グッ…うぅ」

 

 弾丸が、左足を貫通していた。鮮血が流れ落ちる。急いで服の一部を食いちぎり足をキツく縛り上げる。止血のつもりだが、ジワリと血が浮かび上がる。これはどれだけ意味というか効果があるかは分からない。

 

 二階は事務室のようであり、テーブルや書類、棚にはいくつかの酒瓶と応接用の長椅子等が置いてあり、開け放たれた窓から明かりが差し込んでいる。

 

 ここでは策には不十分。敵は上にいるが、痛む足を引きずりながら静かに、しかし可能な限り急いで階段を駆け下りる。狙撃手のおひざ元に来たならば、すぐに襲撃が来ると思い向こうは待ち構えているだろう。その逆をつき、敵から離れていく。射程を重視したであろう形状をしたあのライフル銃は連射が効かない。待ち伏せして一撃で仕留めるつもりだろうが、気が変わるまでに理想的な場所を確保しなければならない。

 

 一階に降りると、通路になっていた。スタッフルームや販売所に続いているようである。扉の一つに、地下貯蔵庫と書かれた木板が貼ってある扉を見つける。静かに手をかけ開けると、階段と暗闇が続いていた。思わずニヤリと笑いながら、暗闇の中に向け階段を降りていく。

 

 「おい、狐…どうせ自分の中にいるんだろう?」

 

 白色の尻尾が、伸びる。この暗がりでは、この淡い光を放つ尻尾は目立つと思ったが、何時にもまして半透明。多少は空気を読んでくれたか。

 

 「作戦がある、お前の『お父様』の為に手を貸せ。内容は頭に聞けよ、どうせできるんだろう?」

 

 尻尾が伸び、脳内に再度ザラザラした感覚が走る。数秒してから、それが引き抜かれた。

 

 『ま、良いんじゃないですか?失敗しても、たかだか貴女が死ぬだけですから。お父様の役に立てない駄猫の最後には、丁度いいかと』

 

 「なら」

 

 作戦開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリナは、扉に銃口を向け何時迫るかも分からないクーラに備えていた。

 

 あの半獣の機動力は殺した。自分が相手の立場ならこれ以上飛んだり跳ねたりが無理ならば、外からではなく階段を使い直接ここを叩きに来るだろうと警戒。だがしかし、半獣は二階に留まったままこちらに来る気配はない。

 

 怪我が痛くて動けないなんていう、可愛げのある存在ではないのは理解している。半獣のしぶとさはそれこそゴキブリ並みだ。身体能力、とりわけ身のこなしについては認めざるえない。

 

 だがしかし、大空を飛行する鳥すら追いすがり撃ち落とす弾丸操縦の加護、追視弾。弾丸に意識を乗せ飛行させ、勢いがなくなるまで追いかけるこれなら殺せる。

 

 だが、当初の目論見からは外れ、絶対命中というあだ名まで持つ名称の加護を受けながら、未だランザもクーラも仕留めていないことに腹が立つ。名前負けとはこのことだ。

 

 煙幕やその他小細工もあり、弾丸の動きじたいが高速なだけあってギリギリの操作まで利かず、視界がぶれて何度も仕留めそこなった。呼吸音で追いすがる術の、練習が必要だ。暗がりにいたさいは、つい呼吸音が大きく聞こえる方に飛び込んでしまい関係ない下民の頭が破裂した。

 

 レントは、どうしても外せない用事があると帝都に向かった。帝都といえば、あたしの実家もあるお父様のおひざ元。当然ついていこうとしたら、ランザとかいうあの男の監視を押し付けられた。

 

 どうしても知っておきたいとこがあると頭を深く下げられたら、従わない訳にはいかないが、こんな田舎の祭りでは埋まらない程苛立ちによる心の穴は消えない。

 

 なにが監視だ。ランザ=ランテさえいなければレントと帝都まで楽しくおしゃべりしながら迎えたというのに。他の女達も今は申し付けられた仕事がある為各地に散っていおり、文字通りお邪魔虫はあの半獣のみだった。

 

 その半獣はあろうことかレントに意見をし怒鳴り付けた男についた。そしてレントは、自分から離してでも重要な駒であるあたしをランザの監視に割り振った。

 

 もとはといえば、あの半獣がランザの始末にしくじらなければ、それも裏切らなければこんな役目は背負わずにすむというのに。

 

 こんな仕事、あたしの役目ではない。レントの傍にいてこそ、あたしの仕事が果たせるのだ。だからこそ、この場でランザとクーラをこの騒ぎに乗じて消して監視という役目じたいを消滅させる。なにがおこっているのかは分からないが、この混乱ならばいくらでも死因は偽装できるしそもそも余所者の死体、調べようとする者もいないだろう。

 

 だからまずは、汚らわしい裏切者。半獣の人間もどき。お前が標的だよクーラ。

 

 来ないなら、こちらから行く。弾丸を射撃。扉の隙間を抜けて弾丸が階段を降りるように二階へ飛び込み、部屋の中央で時間が停止したように静止。

 

 弾丸に意識を乗せ対象を追い詰める。誘導の種明かしは視力、それが使えない状況ならば呼吸音。不思議なことに生物がだす呼吸の音は聞こえても、会話やその他は雑音はいっさい拾えない。しかし息をしない生物はほぼ存在しない。吐息の音のみで標的を追いかけることができる。

 

 二階に呼吸の音は聞こえないが、微かな血の跡が下へと降りる階段へ続いている。破れて汚れた布地の破片、慌てて止血をしたようだがどうやら不十分のようである。

 

 これではどこに行ったか等丸わかりだ。獲物を追いかけるハンターの気分で階段を降り、血の跡をたぐる。血痕はさらに地下、暗闇へと続く扉が開け放たれたままの貯蔵庫に続いていた。闇の中に隠れやり過ごすつもりだろうが馬鹿なことを、こちらは視力のみで追跡をしている訳ではない。

 

 勢い良く地下に飛び込んだ弾丸が再度停止。地下は暗く静寂に満ちているようであるが、よくよく耳を澄ませてみると、微かに、ほんの微かに苦し気な呼吸音が聞こえた。そちらの方向に注意を向けると、暗闇に浮かび上がるシルエット。さあ見つけた。空中で固定された弾丸が人影に向けられる。

 

 その胸元に飛び込もうとした瞬間、シルエットの足元で小さな炎の光が灯る。

 

 上着を脱いで座り込み、目を瞑る半獣が、火がついた魔術具ごしになにか袋を握りしめていた。

 

 それを認識した瞬間、世界に焼け付くような光が溢れだした。

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