家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 追尾する弾丸の絡繰り、それは恐らく目視による手動の操作。または心音、あるいは呼吸音。

 

 追尾する弾丸はまるで視力がついたように、或いはその音を聞き分けるように攻撃をしてきた。

 

 煙の中では呼吸音を狙い、街中や家の中では視界による追尾、物置小屋では荒い呼吸の魔道技師に弾丸は飛び込んで行った。加護の特性を推測するには、充分だ。

 

 ここまで強力な力を持っていながら、足一本と頬をかすめたことのみという詰めの甘さは逆に不気味であったが、考えられる理由としたら練度不足。

 

 自分の加護のテイムもそうであったが、ただ使うだけでも強力な力ではあるのだが思考錯誤や繰り返し扱うことで使役対象の拡大や使役数を増やすことが可能になった。ならば、カリナはどうであろうか。

 

 彼女の主な役割は、帝都における親族の権力を利用したレントの為の根回しが主だった。そしてカリナがレントの信者になった頃には、彼女よりも強力な戦闘職が何名か取り巻きにいたため、仲間として加護を与えたにしても使う機会があまりなかったのだろう。

 

 暗殺に利用するという使い方はできるが、奇襲からの殺人が主となる殺し方では試行錯誤の幅が狭くなるし、なにより暗殺とは本番よりも事前の情報収集や行動パターンの分析、対象の思考を考えたり暗殺後の事後処理と殺しじたいよりも前準備や後始末の方が大変だ。そしてその手の役目は、自分の仕事だった。ますますカリナには、実戦で加護に対する知識を深めることはない。

 

 少し疑問なのは、帝都の根回しが主な仕事の人物がモスコーにいるということ。彼女の存在はさして重要ではなくなったということか。レントは、カリナを利用した根回しでいったい帝都でなにをしていたのだろうか。思考停止をして、命令服従を恩返しに動いていた自分は彼がなにを最終目標にしていたのかは知らない。

 

 だが、今はどうでも良い。

 

 足から布越しに血が滲むのが分かる。階段を昇りながら、最上階を目指して足を引きずりながら進んでいく。

 

 首筋には新しい絞められたような痣、手には未だ炎が弱々しく灯る魔術具のグローブから小さな炎水晶の欠片がぽろぽろと零れ落ちた。

 

 視界で敵を探しているなら、暗闇の中に入り込み、呼吸音で敵を見つけるならば、自身の呼吸を最低限の音量まで絞めてしまえば良い。

 

 上着を棒きれやガラクタを組み合わせた適当な大きさの人型に被せ、自分はその足元で姿勢を低くする。普通に呼吸をしていれば、座り込んだ自分の居場所はバレる為、忌々しい狐の尾っぽに首を絞めてもらい微かな呼吸音を漏らすに留める。そうすれば、練度の足りないカリナは大まかな居場所しか特定できないと踏んだ。

 

 大まかな位置を特定し視線を向ければ、暗闇の中に浮かび上がる人型のシルエット。そこに飛び込んで来るタイミングを見計らい、近距離で見れば目が焼けるとベレーザが忠告していた炎水晶に火を入れる。

 

 聞き込みで大量に購入していた一番安値の炎水晶でも、ジャラジャラと音が鳴るまで買い込めば即席の閃光爆弾となり暗順応した視界を潰して焼くには充分すぎるほどの効果を生んだ。こちらは、猫の目だ、暗闇の視界は昼間と変わらない。着火の瞬間、眼を瞑れば良いだけだ。

 

 三階の扉の前まで訪れ、扉を押し開く。扉の外からでも聞こえていたが、眼球を強い光で焼かれ叫び声をあげてうずくまるカリナの姿がそこにあった。

 

 負傷していない足で、腹部を蹴り上げる。胃液と血を嘔吐しながら転げまわるカリナに、ショートソードを抜いて利き腕である右腕を貫ぬき、床に縫い付ける。反撃の芽は、先に潰しておかなければならない。元仲間とかの躊躇はない、自分等はお互い相手のことが大嫌いだからだ。

 

 「やあ、カリナ。散々苦労させられたよまったく」

 

 痛みで叫び声をあげるカリナの返事は特にはなかった。そんな叫び声を聞いたら、外の動く死体みたいな化物が集まってくるんじゃないかな。まあ一階は閉鎖してあるから、そう簡単には入って来れないだろうけど。

 

 「治療してほしい?」

 

 「あたり…まえでしょう!この私にこんな真似してただですむとっ!」

 

 「そんなどこでも聞くような言葉はいらないよ。なんで、ランザを狙ったのかな?それを答えてくれれば、止血くらいはしてあげるけど」

 

 喚き声には付き合わない、だがこれ以上過剰な暴力は行わない。生殺与奪を餌にした取引のみを相手に与えて、追い込みすぎないように動く、過剰な拷問からの情報は、その信憑性が非常に怪しい。相手次第や状況次第であるが、痛みに慣れていないお嬢様育ちにはこれで充分だ。

 

 「レント様がそれを許すことは…」

 

 「じゃあレント様に助けてもらいな。自分はトドメも刺さない、外の化物達が血の臭いを嗅ぎつけ集まり、一階の扉が破られるまでゆっくり助けを待てば良い。やったね、君は助かる…来ればだけど」

 

 恐らくレントにとってカリナは既に役割を終えた、居れば多少は役に立つかもしれないが、いなくても支障はない程度の駒だろう。さて、別行動をとっているレントが英雄同様助けに来てくれるかどうかだが、自分は助けに来ない方に賭ける。

 

 奴隷解放というパフォーマンスに対して、丁度良く虐げられた半獣奴隷という旨味がある存在。それが多少暗殺の役に立ってくれただけの駒。お互い使い捨ての対象と推測できるからこそ、賭けの対象にするとしたら全力でそちらに有り金つぎ込むことができるというものだ。

 

 「……暇だし、そろそろ避難しようかな。むっつり黙り込むお前を見るのも飽きてきたよ」

 

 「待て!いや待って…待ってください!話します、話しますからこのまま置いていかないで!治療して連れて行ってください!お願いします!」

 

 治療の他に、安全地帯までの護衛まで勘定に入れてきた。ちゃっかりしているというか、ある意味強かというか、呆れたもんだね。目が焼かれ視力が死んでいるなら、自身安全を保障することと引き換えならば当然の要求ではあるかもしれないが。

 

 「レント様は…ランザ=ランテに注目している。お前が裏切った代わりに、監視をして情報を集めてくれと言われた」

 

 「理由は?」

 

 「分からない。そもそも、ひと悶着あったにしてもあんな一個人をわざわざ見張る必要性なんてない。理由も聞いていないのよ…いや、です」

 

 こればかりは責められない。自分も、何故対象を暗殺する必要があるのかというのを考えたことはなかった。正確には、一度は考えたが考えることを放棄した。思考停止、命令服従。過去の自分をぶん殴りたくなるが、恐らくこの女もそれと同じなのだろう。カリナがどんなきっかけで、レントに酔ったのかは分からない。命を救われるくらいのことは、あったのだろう。

 

 「監視をしていた相手を殺そうとした理由は?」

 

 「この騒ぎに乗じて死んでしまったことにすれば、その話だけを持ってすぐにレント様の元に戻ることができるからです。本当に、それだけのことなんですっ!信じてください…腕が…痛いの、早く治療を」

 

 「ついでに裏切者の自分を殺せば万々歳、世は事も無しか。まあ、もう聞くこともないかな」

 

 カリナとは元から犬猿、自分を殺す機会があれば理由はいらないのは分かる。ランザは、あの事件のせいかレントに目をつけられた。暗殺はカリナの暴走であるが、何故レントはランザの情報を集めようとしているのか。ひょっとしたら、自分の仲間に入れようとしているのだろうか。いや、あの女しか囲わないような男が一度は口論までした相手を引き入れようとするだろうか。

 

 疑問はあるが、なんにせよもう聞くことはなさそうだ。治療を求めるカリナは、ほっと安心したような顔をする。何故そんな顔ができるのかなぁ。

 

 ショートソードを傷口から引き抜いてカリナの首筋を掴み、無理矢理立たせる。再度蹴りを腹部に喰らわせ、後ろによろつかせる。

 

 突然のことに、動揺するカリナ。その後ろには、先程まで狙撃を行っていた窓があった。姿勢を崩し、背中から地面に落ちそうになるところだったが、咄嗟に窓枠に無事な手を掴み落下を防ぐ。

 

 窓下、正面入口付近には動く死体が集まっていた。このまま落ちれば、まあ助からないだろう。

 

 必死に戻ろうとするカリナの腹部に靴裏をあて、ショートソードで木枠を掴む指に添える。

 

 「なんで!助けるって、治療するって言ったのに!」

 

 「馬鹿。ランザを狙ったお前を許す訳ないじゃん。いや、そもそもお前のことは殺してやりたいくらい大嫌いだった。お前もそれは同じだろう?偶々、レントという重い石があったからお互い行動に移らないだけだ」

 

 「そう、それでも殺し合いはしなかった!レントが怒るから…私を殺したら、レントが許さない!ランザもろともお前は死ぬことになる!」

 

 「それはおかしいな、カリナ=イコライは偶々モスコーの観光に来ていて、騒動に巻き込まれ、動く死体に激しく暴行を受けて死んだ。ランザや自分になんの関係がある?」

 

 足に力を込めていく。

 

 初めての暗殺を、思い出す。いや忘れることすら困難だ。カリナ=イコライの父の政敵。その暗殺。

 

 表向きのパフォーマンスだっただけかもしれないが、彼は博愛主義者であり差別撤廃に向け動き、半獣という存在にもなんとか最低限の権利や福祉を与えようとしている動きもあった。そんな相手を、自分は暗殺した。

 

 本来ならばレントの掲げる正義の理想と共に歩ける人材を暗殺するという矛盾を内心疑問に思いながら、半獣の為にまで動こうとしていた相手の暗殺。そして政敵を無くした、カリナの父親の躍進により帝都内ではさらに民族至上主義が増えた気がする。

 

 確かにカリナの父親は、世論に乗る形で奴隷解放と人身売買撤廃を帝都内で進めていたが、その不満のはけ口を半獣等にすり替えガス抜きをすることを同時に進めていた。

 

 そのことに気づき、吐いた。レントは必要な犠牲だったといい、今の半獣差別もなんとかする準備はあると囁いた。当時はその言葉を救いにしたが、今はもうなにも信じられない。

 

 ここでカリナを殺せば、少しでも気は晴れるだろうか。

 

 命乞いの言葉とレントを出汁にした脅しが、ちゃんちゃらおかしい。そもそも差別主義者が、被差別民に情けをかけられるとほんの少しでも思ったのか。そもそも自分本位にランザを殺そうとして、お前を許すと思ったのか。

 

 ランザは、殺したい相手がいる。その相手に向けて一直線に向かっている。その露払いをするのが自分の役目、そしてそこに導くのが『私』の役目なんだ。

 

 「虐げられる立場は、環境が変われば虐げる立場に変わるんだよ。少しでも、半獣に優しく…いや、やっぱりそれでも、殺すか」

 

 「や…あっ…」

 

 窓枠を掴む指を少しづつ斬りこんでいく。一思いに斬り裂いてしまっても良いかもしれないが、そんなことはしない。

 

 「個人的にお前は万死に値する。カリナ、もしかしたら環境や状況次第ではお前を元仲間のよしみで一度は生かす選択肢があったかもしれない。だがもうダメだ、お前が善人でもそれはない。自分はね、ランザに一度壊された。殺されかけてさ、首を絞められてね。

 酸欠で脳がくたばりそうになると、視界が極端に狭くなるんだ。その中で、暗闇に包まれる中で、あの爛々としたイカれた輝きは…もう最高だったんだよ。ああいうのを、昔の伝承では邪眼とかって言うのかな?御伽噺みたいな話だよね。でもあるんだよ、空想を超えたなにかっていうのは。

 そして気づいてしまった、その瞳は本来自分に向けられたものではないく別の誰かに向けられている。ああもう羨ましいよ。あれがもし自分に…なんて思うとさ、こう…ゾクゾクして身体が火照るというか、濡れるというか…フフ、興奮するんだ。

 ああもうお前には理解不能で意味不明だと思うけど全部言っちゃう。実はね、全てを思い出した。狐からのご褒美だ」

 

 カリナは、もう絶句していた。今から殺されようとしているのに、恐怖で顔が引きつっている。命乞いの言葉すらもう出てこない。ただ震えながら、理解不能のなにかを前にしながら怯えていた。

 

 「夢の中でっ!あの目をっ!向けられながらねっ!首を絞めてもらったんだよっ!それも…死ぬまでね!ああもうなんで一時的にでも忘れていたのかな、ランザがこんな自分を…痛めつけ、締め上げて、見つめて睨んで、殺してくれたんだ!あれが何度でも味わえるとしたら…それ以上なにがいる!?

 理解しなくていい、理解しないでほしい!あの鋭利に磨かれた暴力性が刻まれる感覚は、自分だけが知っていれば良い、この権利は誰にも譲りたくないんだよ!……本当はね。でもランザは、それをぶつける相手を決めている、ならばおこぼれをもらっていくしかないのさ。ああ、人格的にも好いているんだ。こんな半獣の為に里親探しや居場所作りまで骨を折ってくれてさ、そこも純粋に好き、大好き。だからお前は許さない、彼の闘争を邪魔するな。消えろ消えろ消えろ消えろ!そこから落ちて、消えてしまえ!」

 

 指を全て斬り落とし、足に力を込め突き落とす。間の抜けた叫び声をあげならカリナは落下。動く死体達はそんな半死半生で這いずり建物から離れようとするカリナに群がり、覆いつくす。

 

 まず二の腕が噛み千切られる。巻いた栗毛が掴まれぶちぶちと髪の毛が引き抜かれながら首が持ち上げられ、頬を齧られる。服が千切れられ白い肌に歯が食い込み、失禁する様子が見えた。落ちた時足から地面についたせいか、両足が変な方向に曲がっている。そんな足も引きちぎられ、大量の出血が石畳みを濡らした。

 

 あれだけ身体を壊されたら、蘇ってもなにもできないだろう。

 

 視線をそらし、壁に寄りかかり座り込む。応急処置しかしていない足を再度治療しなおす。といっても、便利な治療道具なんてないが、至急の止血が必要だ。それと、落ち着く時間がいる。

 

 まだ熱が火照るグローブを傷口に近づける。幸い弾丸は貫通しているようであり、考えるのは止血だけで良い。

 

 「イ゛…ア゛ァ…」

 

 熱した鉄を押し付けたかのような痛み。熱により傷口に熱凝固をおこし、無理矢理出血を止める。焼き印を押された時に似た、懐かしい痛みだ。おそらくこの火傷は、残り続けるだろう。

 

 だがしかし、そんなことはどうでも良い。この騒ぎ、サグレがおこし、ランザはそれを止めに向かっている。サグレの異変は分からないが、ランザは最初からそれを阻止しようと動いていたのだろう。

 

 自分は、それを邪魔してしまった。それを取り返したい、なんて思わないが、せめて彼の盾になりに行くことくらいはできる筈だ。

 

 「よお、随分と苦労しているな」

 

 窓の外から、声。飛びのきショートソードを構えると、見覚えがある男が屋根に立ちこちらを見ていた。

 

 くたびれたコートを着込み、無精ひげを生やしたグレーももじゃ毛。モスコーに訪れた最初の日に出会った中年、ガスパルがそこにいた。

 

 「なんでここに」

 

 「なに、顧客からの依頼を果たすためだ。だが渡しに行くのが面倒くせぇ。落とすなよ?割れ物注意だ」

 

 ガスパルは革袋を投げる。落とすなよと言う割に、随分と雑な扱いだがなんとか落とさずそれをキャッチすることができた。

 

 「ランザに渡せ。奴は今、古城を目指している」

 

 「なんで、分かるの?そもそも顧客って…」

 

 「うるせぇな。俺は可能な限り働きたくないんだ。余計な問答も無しにしてくれ、面倒くせぇ」

 

 ガスパルは窓際から離れ、飛び降りる。カリナに群がっていた幾人かの動く死体が、派手な音を立て飛び降りた対象に狙いをつけ群がり始める。

 

 鼻で笑い、不動の姿勢。だがそのコートの下から、幾本もの鎖が現れる。鋼鉄の鞭が乱舞し、群がる死体の頭部を破壊。まるで台風のように歩く度、鈍器で殴られたように身体の一部が爆ぜ割れ吹き飛んでいく。障害物があっても、無機物有機物問わず吹き飛ばす光景は、まるで小さな災害だ。

 

 あくびをしながら歩くガスパルの視線の先は、この街で一番巨大な建造物。

 

 「竜と狐に憑かれた男と、産まれたての災厄の対戦か。勝率で考えるなら、九割五分で吸血鬼だが」

 

 小さく笑う。それでも、あの男が勝つ可能性があるとしたら。

 

 「いかに非情になれるかだ。竜の理想通りに、狐の思惑通りにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程から、射撃はやんでいた。いや、正確にはなにか別の物を狙っているようだがこちらに向けライフル弾が飛んで来ることはない。

 

 ギルド内の食屍鬼を無力化しつつ、脱出。少なくとも、これで救いを求めてギルド内に避難しようとした住民達が中で噛まれてしまい動く屍を増やすことはなくなった。

 

 ライフル弾は飛んでは来ていないが、正面入口側、二階の木窓から建物を出る。もう各地で悲鳴や銃声、怒号が聞こえる。災禍は街中に浸透していっているようであった。

 

 吸血鬼としての本能に従い、食屍鬼を作っているのか?それとも、血をすする快楽が止められず意図せず食屍鬼を生み出し続けているのか。その両方か。

 

 石畳みに着地をし駆け出す。吸血鬼が本能に従い向かうとしたら、どこに行く。過去の伝承が人妖対策に役に立つと考え調べたことはあるが、いかんせん浅く広くであることは否定できない。こんなことなら、もっと吸血鬼の伝承の理解を深めていけば良かったか。

 

 しばらく街路を走り、交差広場まで歩みを進める。初日に土産としてパインや酒を購入した区画であるが、屋台は崩れ建物は炎上していた。だがしかし、そこはギルドの中のように悲惨ではなかった。

 

 「おお!お前さんは!」

 

 「辺境警備隊の!」

 

 この区画には、リザードマン討伐で協力していた豚鬼達が詰めていた。大盾やガラクタを並べ街路でバリケードを作り、押し寄せて来る食屍鬼達を圧倒的膂力で押し返している。区画の中央には避難民達がおり、街中を空中から観る出し物をしていた、クーラが興味ありそうにチラ見した大鳥使い数名が避難民を街の外に逃がしている。

 

 「よくこの事態に素早く駆け付けられたな。いや、モスコーの祭りに参加していたのか?」

 

 「この区画、西側には娼館街があるでな。娼婦達を逃がすのに吾輩らが奮闘するのは当たり前であろう。幸い、その流れで他の者達にも協力をつけることが成功し、ここで防衛線を築けた。どうやらこのゾンビみたいな連中は一方向から来ないようだしな」

 

 「いや、俺はこの後ろ、冒険者ギルドの方から来たがもう既に食屍鬼で溢れていた。ギルドも全滅している。街中に被害が広がっているし、別の道からもいずれ湧いてくるぞ。ここで籠城戦を続ければ、お前等の退路がなくなるし囲まれる」

 

 「なんとギルドが…協力を求めに行った勇敢な街の者がいたが、それは恐らく…」

 

 辺境警備隊の隊長である、豚鬼は悲痛な顔を浮かべ、そして赤く紅潮していく。義憤に駆られたのだろうか、怒りに唇を震わせた。

 

 「いずれ四方から食屍鬼が押し寄せて来る。ここは路地が多い、バリケードを張るのは良いかもしれないが、いずれ囲まれ押しつぶされるかもしれない。お前達も非難した方がいい」

 

 「だがそれは少なくとも、ここにいる避難民達を逃がしてからだ。魔獣使いの者が頑張ってくれているが…何時までかかるか分からん」

 

 大鳥に乗れるのは、使役する人物を含めて無理して三人乗りといったところ。避難は進んでいるようであるが、それでもまだ十数人ほど市民が取り残されている。警備隊として職務をまっとうするにあたり、残りの避難民達を残してはいけないのだろう。徒歩で、安全地帯まで護衛というのは現状些か異常に危険だ。

 

 「取りあえず、全方位囲むようにバリケードを作ろう。籠城に向かなかろうが時間を稼げば…「東通路だァ!」」

 

 隊長の言葉を遮るように、誰かが声を張り上げた。

 

 東通路の方を見ると、食屍鬼が両手を前に上げ走り寄ってくるのが見えた。まだ、そちらの方向にバリケードは構築していない。

 

 「手すきの者はバリケードを手早くつくれいぃ!辺境警備隊ゴストールの名にかけてこれ以上やらせはせんぞ!」

 

 巨大な双頭斧を手に持ち、隊長は東から来る食屍鬼と対峙する。

 

 「ふぬらあああああああ!」

 

 低く腰だめに構えた斧を振り上げるだけで、三体の食屍鬼が腰から胴体を切断され吹き飛んだ。リザードマンの甲殻をもろともしない力任せの一撃が相手では、元が人間である食屍鬼は散り散りに吹き飛ぶしかない。

 

 だが多勢に無勢。散弾銃を構え前に出る。メイン火力を隊長に補ってもらい、側面から回り込もうとする食屍鬼の頭を散弾で吹き飛ばす。一度は仕事を共にした相手だ、指をくわえて見ていることはできない。

 

 「協力感謝するが、謝礼はだせんぞ!なんせ女遊びで手持ちはすっからかんだ!グハハハハハ!」

 

 「報酬の相談は街の外で、なんて言いたいがこれじゃ金儲けは期待できそうにないな」

 

 軽口に冗談で返答する。危機においてのジョークを言えるのは、心に余裕がある証拠。または、その余裕を無理矢理作り出す手段となる。

 

 本当は、サグレを逃がした時点で報酬謝礼等といったことをいう資格はないのだが、相手の言葉に乗り士気を高める。それは、戦う上で大切なことだ。

 

 普段は一人で戦う為に前に出ることが多いが、強力な前衛がいるとこうもやりやすいものか。ギルド内での戦闘と比べれば、かなりの余裕がある。

 

 「ゴストールの親分!もうすぐバリケードが完成しまさぁ!」

 

 「おおう!ならばもうひと踏ん張り」

 

 敵を蹴散らし、余裕が出たところで隊長は部下の声掛けに反応して振り返った。だがその瞬間、物凄いスピードで詰め寄る男の食屍鬼が懐に入り込み手に持つなにかを突き刺した。

 

 「ぐうおっ」

 

 「こいつ!」

 

 近寄り、散弾銃を鈍器にし縦に振り下ろすが、食屍鬼は手に持つなにかを隊長から引き抜き後ろに飛んだ。

 

 手に持っていたのは、鋭いレイピア。よく見るとそいつは、有象無象の食屍鬼に比べると生気のある肌と綺麗な身体を保ち、その瞳には微かに意思のようなものが見えていた。レイピアを持つ手つきも、理性が失った者や意思を持たない者のそれではない。経験者のように、落ち着き払っている。

 

 なにかが、違う。

 

 散弾銃を構えると、側面に飛び壁に張り付いた。続けて狙いを向けるが更に飛び上がり反対側の建物の中に侵入していく。追う為に建物に入ろうとしたが、その必要はなかった。入口から凄まじい突進速度で迫りくる。迎撃の為引き金を引くと食屍鬼は飛び上がり上からレイピアで脳を貫こうとしてきた。

 

 頭を横にそらしギリギリ回避するが、身体同士がぶつかり互いに床を転がる。急いで立ち上がろうとしたが、それよりも素早く食屍鬼が起き上がり馬乗りになる。鋭い切っ先が腹部を突き刺そうとしたが、散弾銃を挟み込み防御。

 

 弾き返して脳天に狙いをつけ引き金を引くが、射撃前に食屍鬼は後ろに跳ねるように飛び散弾銃を回避した。

 

 「親分!」

 

 「隊長をバリケードの中へ!こいつは俺が止める!」

 

 辺境警備隊の部下達が体調を引きずりバリケードの中に連れていく。散弾銃を装填し、レイピアの食屍鬼を睨みつける。

 

 速いうえに、危機察知能力に優れている。まるで突然変異のようだ。

 

 「バリケードをしめろ!」

 

 「お客人、それは…」

 

 「良いから早くしろ!」

 

 後ろに怒鳴り声を浴びせ、バリケードを積ませる。なるべくなら使いたくはないのが本音だが、時間がない。

 

 『ああ、良いぜ。ちょっと物足りねえが遊んでやるよ』

 

 ジークリンデの声。腰の剣を掴み振るうと、現れるのは連結した刃。

 

 鞭のようにしなる刃が、二回三回と振るわれる。卓越した視力と運動能力で刃の奔流を回避するが、想定内。地面を滑るような刃を飛び上がり回避するが、着地地点を渦巻く刃の群れが選ばせない。

 

 着地をする直前、発砲。両足の太腿が吹き飛び、下腹部から上のみになった身体が前のめりに倒れる、両腕で這いながらこちらにゴキブリの如く這い寄る食屍鬼の頭から下腹部を、振るわれた刃が両断。脳から胴体を二つに割ることで、ようやく動きを止めた。

 

 『玩具作りの練習作品如きにてこずるなよ相棒』

 

 どこか不満そうなジークリンデの声。

 

 「練習作品?」

 

 『気づいていねえのか?こいつは、眷属作りの実験作だよ。そもそも吸血鬼は最初の始祖と呼ばれる連中から枝分かれしてい増えていった。血液感染か、線虫の類か粘菌か、たたでさえレアな吸血鬼の中でもさらに極レアな住血吸虫由来か。まあどんな種類の連中でも似通う特性を持ってやがる。その一つが眷属作りだ。だが調整は難しい、眷属作りの失敗作が食屍鬼の始まりよ』

 

 楽し気に語るジークリンデの刃は、付着した血を吸収した。まるで味わうかのような喉の音までが頭の中に響く。

 

 『だいぶ完成には近づいているな。眷属の肉や血は、熟成されたワインのように甘美なんだぜ。これはまだ熟成手前だが、それなりの味に仕上げてきてやがるよ』

 

 こうならないように、覚悟を決めていたサグレの顔が脳裏に浮かぶ。分かってはいたが、他人を能力の実験台にするほど向こう側に思考を引きずられてしまっているのか。

 

 『サグレを止めてぇか?お前の身体能力じゃ無理だよ、無理無理』

 

 「知るか」

 

 刃を地面に叩きつけ、ただの剣に戻す。バリケードをよじ登り内部に入り、負傷した隊長の様子を尋ねようと近寄る。

 

 「傷は大丈夫そうか」

 

 「あんな小枝みたいな剣、どうってことあるか!…ぐおおお」

 

 包帯を巻かれた身体を抑え起き上がろうとしたが、痛みで悶え、部下が慌てて起き上がるのを留める。大柄な豚鬼の種族でさらにもう一回り巨体なこの身体では、ここから動かして安全地帯に運ぶのは厳しいだろう。大鳥三羽なら運べるかもしれないが、あまり期待はできない。

 

 「元凶を止める」

 

 「元凶?そんな存在が…居場所にあてにはあるのか?」

 

 「いや…ない。街中を虱潰しに探すしか…」

 

 「ならば、空から探したらどうだ」

 

 大鳥を従えた男が歩み寄る。確かに上から探せれば、地上を走り回るより効率は良いだろう。

 

 「避難は?」

 

 「だいたい終わらせた。後は弟子二人に任せていいだろう。元凶、心当たりがあるなら協力させてくれ。モスコーの祭りは安全に稼げる良い機会だったのにそれを滅茶苦茶にした奴がいるなら、是非とも俺もぶん殴りにいかたいからな。兄ちゃん、騒動の大本にいる奴の面が分かるなら、兄ちゃんに協力するのが一番効率が良い」

 

 提案に、頷く。すぐに男は白い大鳥を伏せさせ、その背中にある鞍に跨った。その後ろにある客席に座り込む。

 

 「安全帯を締めてくれ。落下防止の為だ」

 

 革ひもでできた安全帯を締め、準備を終える。飛び上がる直前辺境警備隊の隊長、ゴストールと目が合う。親指を立てながら、腕をあげる。それに頷き返してから、大鳥は飛びあがった。サグレを止めなければ、ゴストールや辺境警備隊の連中まで命を落とす。

 

 これ以上の被害を出す訳には、いかない。

 

 『古城だ。吸血鬼は、本能的にカビたところが好きだからな』

 

 ジークリンデの囁き。妙に協力的なところが不気味だが、男に行き先を伝える。まずは、街の上の方から見ていきたいと、自ずと行き先は、街で一番高いところにある古城になる。

 

 サグレを、必ず止める。

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