家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 石畳みを叩く下駄の音。騒動のおこる街中を、一人の女は進む。

 

 逃げ惑う民衆や食屍鬼は、まるで女が目に入らないといった様子であった。誰もが近づかず、まるで海を割る預言者のように堂々と混沌とした街中を闊歩する。

 

 だが、そんな女の前に立つ男が一人現れた。血塗れの鎖を蛇のように宙に浮かせ、返り血一つないくたびれたコートを纏う男が前に立った。

 

 「あら、ガスパルさん。良い夜ですね、こんばんは」

 

 「良い夜ってのは、静かに酒を呑める夜のことだ。空を見ながら静かに安酒を呑むのは、今晩は無理くせぇだろうが、狐」

 

 「あら、ならばお少しでも楽しくお酒を呑めるようにお酌でもしてあげましょうか?実は、練習していた時期があるものですから。偶には師を、弟子から労ってもバチはあたらないでしょう」

 

 ガスパルは、苦笑いを浮かべた。見た目こそ絶世の美女といえる狐娘であるが、そのうちに潜む者は自分にも理解できないものがある。なにより、内心他者のことを考えられながら酌をされたとしても興覚めも良いところだ。

 

 自分を師と呼ぶテンは、恐らく内心師に対して敬意の一つ払っていないだろう。それを気にする程、入れ込んでいる訳でもないが。

 

 「あら、こう見えても敬意の一つ抱いておりますよ」

 

 「人のツラから内心を察するな。だから可愛げがないんだよお前さんは」

 

 「ふふ、可愛げがないですか。中身はともかく、少なくともこの容姿、私は非常に優れたものであると自覚しているのですが」

 

 妖艶に微笑むテンに、ガスパルは肩をすくめる。なにを言っても暖簾に腕押し、相手にするだけ時間の無駄であろう。そんなことより、気になることが一つある。ガスパルにとって、今回の騒動にて一つだけ疑問があった。

 

 「あの吸血鬼は人妖じゃない。千年近くぶりに先祖返りをおこした天然物、マジモンの吸血鬼だ。いかに竜の力を借りようが、その竜だって全盛期に比べてれば弱体に弱体を重ねた抜け殻みたいなものだろう。お前の親父には、少々荷がかちすぎていないか」

 

 まともに考えて、ランザがサグレという吸血鬼に負ける確率は、九割五分程度。今までランザがギリギリ血反吐を吐いて勝てるレベルの人妖を用意し続けたのは、死闘を経験させ奴の成長を促し、待ちに待った殺し合いのさい簡単に殺されない実力を身に着けさせること。

 

 もしも自分がランザなら、と考えた策はある。だがしかし、それを実行できるかどうかは分からない。人道に背きすぎた、外道用の策であるからだ。非情になれるかどうか、根底が未だ甘いランザがそれを行うことができるかどうかは分からない。

 

 とにもかくにも、サグレはその気になればあっさりとランザを殺害できる。それをにやけ面で拝んでられるような存在ではない筈だ。

 

 「ええ、だから手助けをしてあげようかと。間接的に、ですが」

 

 「間接的に…な。だから、この先か」

 

 「流石はガスパルさん、私の師ですね。考えが悪辣です。私も、ようやく師に追いつき始めたでしょうか?」

 

 「性悪という意味では俺はお前の足元には及ばんよ。俺は対価に応じて情報を与えるだけだ。時代が流れ、必要性が皆無となった今であってもそれは変わらん。それが俺という悪魔の存在意義だからな」

 

 ざわりと、二人の間の空気が変わる。一夜にして凄まじい人外に変異を遂げた人狐と、古より贄と引き換えに様々な恩恵を与え続けた悪魔。それは、混乱する異常な状況のモスコーの中でも更に異質な空気を放っていた。

 

 「謙遜はやめてください。吸血鬼と同様、極々稀に発現する人妖を安定して製造する方法。それを伝えてくださった師には感謝の言葉もありません。尊敬する貴方の悪辣さに近づけて、こう見えて私は嬉しいのですよ」

 

 「あくまで俺を立てようとするか。だが、悪辣さで立てられても嬉しかぁねえな。まあ、人畜無害と言われたら否定するしかないがね」

 

 ガスパル自身も、テンの行動には興味を抱いていた。これだけの力を持ちながら、それを使う方向はただ一人の個人に自分を殺させるだけの実力を身に着けさせること。だからこそ、テンの行動により得た情報はランザに流してやった。

 

 それはつまり、テンが生み出した人妖の居場所。次の修行相手に対しての道案内。その対価として、人妖の一部を融通してもらっていたがそれは表向きの情報に対する報酬にすぎない。テンが、この風変りな弟子が、いったいこの先どうなっていくのか。興味を惹かれるのは確かだからだ。

 

 「私はお父様の勝利の為に、動きます。そのためには、彼の力が必要不可欠ですので」

 

 テンの手の中で、扇が開く。それをゆっくり大きく掲げ、舞うように下へ。視界が歪み、場所が転移をする。出現した場所は、モスコーの高所住宅街。吸血鬼と化した、サグレの自宅。

 

 唸り声をあげ汗を流し、顔色悪くベッドで横になるベレーザに、テンはその白い指を這わせる。指先から青白い光が溢れ、蛇のように光が身体を這い抉られた傷口を覆った。包帯の下で肉が盛り上がり、皮膚が再構築される。深手であった傷口はみるみる完治していった。

 

 「それが、どんな過程であろうがか」

 

 「はい。これでお父様は、最善の手を打つことができます。そして、その後も…ね」

 

 二人の人外は、揃って笑みを浮かべる。

 

 それから、数分後。目を覚ましたベレーザは、ベッドから起き上がる。体力が低下し朦朧とした意識のなかで見回した視界。その先には、テンもガスパルもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街が、焼けていく。良い思い出も悪い思い出も沢山あるモスコーは、今は死体と人間が入り混じり殺し合いを行う戦場と化している。

 

 良い人間も、悪い人間も区別なく死んでいく。領主ウラヌスが護ったモスコーの地と歴史は、今日で終わりだ。

 

 私は、迫害した人達に復讐を行いたかったのだろうか、それともただそこに人間という他種が存在していたから攻撃を行ったのだろうか。

 

 いや、もう迫害や復讐なんて言葉は頭の中から綺麗に抜けている。ただの実験の結果がこの惨状だ。力を使うのが楽しくて、楽しくて、仕方がなかった。それは初めて思い通りに彫刻を彫れた快感の、何倍も上回る。そのための犠牲が、このモスコー。

 

 ありがとう、蛮族に滅ばされないでくれて。おかげで私は、ここを踏み台にして理想の力を手に入れた。

 

 なりそこないの食屍鬼とは違う、本当の同族を増やすことができる力。これで、ベレーザを迎えに行く。彼だけじゃない、ランザさんもクーラちゃんも、私と彼の数少ない友人も同じ力を持ってもらう。

 

 私より力は劣るが、同じ能力を持つ吸血鬼が四名。各々が成長し段階を踏みながら食屍鬼も増やしていけば、そのうち大陸最強の帝国軍でさえ相手にならなくなるだろう。

 

 何者も恐れることなく、全てのしがらみから解放された世界で、私は今度こそベレーザと愛を紡ぐことができる。それはきっと素晴しい毎日となる。そうなったら、私はまた彫刻を彫り始めようか。生活の為に彫るのではなく、彫りたい物を彫りながら毎日を過ごす。

 

 クーラちゃんの為に、ランザさんが、クーラちゃんとずっと一緒にいられるように誓約でもかけてあげようか。永劫に続く年の差カップル、それはそれで尊い。

 

 子供も、生まれるだろうか。そうすれば一族がどんどん増えて行くのかな。今度こそ、幸せな家庭というのを築ける。私が欲しくて、手に入れられなかったかつての輝きを。

 

 末路に絶望するまで、優しかった父と母の記憶。それを子供に与えてやれる。暖かい、家庭だ。

 

 家はこの城が良いだろうか。しばらくは掃除が大変で仕方なさそうだけど、眷属以下で食屍鬼以上の知性と能力を持つ存在を作ることができれば肩代わりさせられるだろうか。ああ、早くも新しい目標ができてしまった。この力の使い方、もっと深く体得をしなくちゃね。

 

 サグレは、モスコー城内、石造りの通路で立ち止まる。ベレーザとランザ達を眷属にした頃には、まだ実験用の人間は街から調達できるだろうか。そんなことを考えながら、外の景色を見る為の四角い、城壁に空いた穴から外を見た。全盲のサグレが外を見た、というのはおかしな話だが。とにかく外に向け顔を向けた。

 

 そんなサグレの目の前に、無粋な鋼の穴が出現する。

 

 大鳥の足に腕を掴み、散弾銃を構えた男が目の前に現れた。

 

 「あら」

 

 銃声が、響く。サグレの頭蓋と顔面が砕けて吹き飛び身体が後ろに吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しゃおらああああ!頭吹き飛んだぜ!」

 

 大鳥の上、男がガッツポーズをとる。常識的に考えて頭蓋の脳内を地面にぶちまけてしまえば生きている生物はいない。だがしかし、常識が通用しないのが人妖で、吸血鬼だ。

 

 頭が再構築される前に、その胴体、心臓部に銀のナイフを突き刺さなければならない。

 

 身体を大きく揺らし、人一人なんとか通れる穴から城内に向け飛び込む。ナイフを突き刺そうと、腰の鞘から引き抜き突き刺そうとするが頭が完全に再生する前に腕が伸び、持ちての腕を掴まれた。

 

 力任せに引き寄せられ、振り回され、投げ飛ばされる。通路の端まで吹き飛び壁に背中をぶつける。やはり身体能力に関しては、並みの人妖よりもタチが悪い。

 

 元々目に頼らない生活をしていたが、頭ごと耳を吹き飛ばしても行動をとれるのは文字通りの化物だな。

 

 「やあ、こんばんはランザさん。良い月の夜になったわね」

 

 「ご機嫌そうだなサグレ。取り敢えず、罵倒くらいなら聞く覚悟できたが」

 

 「罵倒?」

 

 サグレは笑いながら、小さく首をかしげる。といっても、まだ口までしか形作れていない為鼻から下しかない顔で微笑むのは不気味ではあったが。

 

 「お前を殺してやれなかった。今のお前がどう思っているかは知らないが、約束を護ってやれなかったのは俺だ」

 

 「ああ、ふふ。律儀なんだね」

 

 顔が完全に再生する。纏う服はボロボロになっていたが、それでも上位の存在としての圧のようなものを感じる。奇襲は失敗、間合いをとられた。吸血鬼の戦い方は高速移動と膂力を両立した機動戦が得意。だがしかし、それだけの敵ならば時の権力者や英雄が手を焼く理由にはならない。他には、どんな攻撃手段がある。

 

 「おい兄ちゃん!なんであの女まだ生きてるんだ!」

 

 外でライフルを向けながら魔獣使いが叫んだ。大鳥に乗っている以上、屋上や入口から経由をするしか内部に入る方法はない。

 

 「外を任せる!跳ね橋付近に食屍鬼や避難民が城に近づいてきたら追い払ってくれ!」

 

 「おいお前それは…クソッ!死ぬんじゃないぞ!」

 

 大鳥が城から離れていく。跳ね橋は、駆動部が数百年前の骨董品で修理もしていない為動くことはない。入ろうと思えば、食屍鬼も避難民も入りたい放題だ。だが、単純な敵である食屍鬼も、それになりかねない市民も等しく不安要素であり邪魔だ。

 

 「死にたくはないがな」

 

 「殺しはしないよ。でも、それ一歩手前まではいってもらおうかな。抵抗されながらだと、手元が狂うかもしれないからね」

 

 自分の腕に鋭い犬歯を押し付け、横に裂く。流れる血が地面に滴り始めた瞬間、重力に逆らい鎌首をもたげるよう鎌のような形になり刃を向けてきた。吸血鬼だから血を操れるってか?ひねりがない。

 

 血の鎌が分裂しつつこちらに向かう。三分裂した一つに向け射撃するが、分裂した鉛玉は液体を散らすのみでまるで意味がない。ならば、こちらしかない。

 

 前に飛び込み三方から襲い来る鎌を回避。背後で血の鎌同士がぶつかり液体が弾けるような音が聞こえた。

 

 銀のナイフを口に加えて剣を引き抜く。横の壁に切っ先を叩きつけると、質量を無視した肉厚の刃と血管に似た連結部が現れる。長物の扱いは、不本意ながらこちらに一日の長がある。この手の武装は間合いに入られるのは苦手だ、身体を縫い付け一撃で銀のナイフを叩きつける為の間合いまで詰めさせてもらう。

 

 連結刃が伸び、石壁を砕きながら横薙ぎに払う。サグレは後ろに飛んでそれを避け、余裕な表情を浮かべた。速さも間合いも足りないとでも言うつもりか。

 

 だがしかし、ついこの間まで彫刻刀しか持ったことのない戦いの素人。戦闘は、安心した瞬間こそが一番危険だ。

 

 手首を折り曲げ、先端を操る。最大射程だと思わせた連結刃、ジークリンデの刃はある程度の長さであれば自在に長さを調節できる。

 

 攻撃を回避した刹那に追撃する刃に、サグレの胴体が斬り裂かれる。上半身と下半身が泣き別れした瞬間、噴き出る血液が互いを繋ぎ引き寄せて身体を再構築。追撃で散弾銃を放ち、まだ間合いが離れているため最大威力の貫通力は期待できないが大きく面で広がった鉛玉が皮膚の表面をまだらに傷つける。

 

 弾丸装填されていない散弾銃をホルスターにしまい、駆けながら連結刃を縦に振るう。天井を砕きながら迫る刃を、何度も受けるのは趣味じゃないと言わんばかりに瞬時に血液を自身の近くに戻し頭上に集め刃の形造り盾にした。液体と刃がぶつかり火花をおこす。

 

 さて次は、ナイフの対応かと余裕な顔を浮かべるサグレ。その胸元に向けて繰り出すのは、振りきったばかりの連結刃でも、構えるのにほんの僅かな時間がかかる銀のナイフでもなく、勢いを乗せ繰り出した飛び蹴りだった。

 

 二つの膨らみの間に叩きこまれる踵だが、まるで水面を蹴ったように手応えがない。見ると太腿から先が、サグレの胸元にのめり込むように沈んでいる。

 

 肉体の変異も、自由自在か。舌打ちをして足を抜こうとしたが、それを逃がさないと言わんばかりにサグレの体内にめりこんだ脚部に、先端が鋭い棒のようななにかが大量に食い込む感覚。

 

 「こんなことも、できるんだぁ」

 

 新しい発見に喜ぶようなサグレの呟き、悪寒に身体が震える。無理矢理足を引き抜こうとした瞬間、確かに感じるのは傷口から血を吸い取られるような感覚。

 

 おぞましいのは、吸い殺されると考えた瞬間、背筋を貫くように電流のような快感が走る感覚。力が抜けそうになるが、連結刃が意図的に背中を斬り付け新たな痛みに引きずられそうになった感覚が戻る。足を引き抜き、腑抜けそうな身体の筋力を全力で動かし背後に退く。

 

 小袋から数を考えず煙玉や火薬入りの炸裂球を取り出し足元にばら撒き、石窓から外へ飛び降りる。それなりの高所からの身投げであったが、この祭りの期間下の通路には天幕が幾つも張られ古城の敷地内でも出店がでていた。

 

 天幕の上に身体を落とし衝撃を殺し転げながら外通路に落下。出血は激しいが、違和感があるものの激痛を感じない足。吸血には、痛みを無くする麻酔効果でもあるというのか。確かに、血を吸う時に対象が激痛で激しく動き回れば面倒なものだろうとは思うが。

 

 『吸われたな?落ち着け、奴の体液は多少混入したかもしれねぇがまだ眷属にも食屍鬼にもなる量じゃねえ』

 

 ナイフを口から離し、一度鞘にしまう。上を見るが急いで追撃をしてくる様子はなし。多少なりとも煙玉と炸裂球が足止めの効果を現しているのかもしれない。あるいは、ただ遊んでいるのか。多分後者のほうだろう。

 

 「血を吸われた即アウト、という訳でもないか。それはそれでありがたい」

 

 『だが何度も受ければアウトだ。痛みがないから気にならないかもしれないが、その足だって普通に考えればわりとボロボロだぜ。さて、これからどうする相棒』

 

 「確かに、痛みで言うなら背中の方が痛いくらいだ」

 

 足に違和感を抱えながら露店の間を走る。露店にいたであろう市民や観光客は、逃がすに留めたのか不思議なくらい死体一つなかった。だが床に散る血痕や荒れた様子から考えればなにかがあったことくらいは想像に難くはない。

 

 「どこかに身を隠して一度止血をしたいが、奴は間違いなく血を便りに辿ってくるだろうな。クソ、痛みが無いせいで自分がどれくらいの傷なのかが分かりづらい。見た目は酷いが、なまじ動けている分なおさらだ」

 

 傷の具合を確認しよと足元に視線を落とした瞬間、月明りを遮る陰。反射で飛び込みながら一回転。赤い刃のようなものが自分がいた場所の石畳みを抉っていた。振り向きざまに連結刃を振るうが、月夜に浮かぶ影は苦し紛れの攻撃を背中の翼を羽ばたかせ容易く回避する。

 

 「ねえランザさん。痛くなかったでしょう?どうだった、私の吸血技術は」

 

 「くっそ下手くそな肉ごと血を貪る奴が近くにいてな、それに比べれば上等だ」

 

 「あら、その身体、もうツバでもかけられているのかな?」

 

 炸裂球や散弾銃の弾丸のせいで、サグレの平民服は既にボロボロに千切れ果てており残骸になっていたが、白い肌と傷一つない身体が月明りに照らされ浮かび上がる姿はある種神々しくさえあり、自傷した腕の傷さえ消えている。ほぼ半裸、そんななりであっても、クスクスと微笑みながらこちらを見下ろす様は夜の支配者のようだ。

 

 心を揺り動かされる程の光景であるが、それでも月夜に笑う人外の女というシチュエーションは苦手だ。

 

 テンが現れる時は、蒼白の月が何時も浮かんでいたからだ。それに重ねてしまえる光景というだけで、闘志は萎えることがなく湧いて出る。

 

 「ランザさん。貴方の血は苦みが強い。それはそれでコクがあって良いけれど、辛い人生ばかり送って来たんじゃないかな?」

 

 サグレが降り、両手を広げる。敵意はないと言わんばかりの姿。

 

 「大丈夫、どんな辛い記憶もこちら側にくれば些細なことになる。私がそうだったから。ランザさん、貴方やクーラちゃんも私の眷属にしてあげられる準備は整っている。一番大事なのは勿論ベレーザだけど、その友人である二人ともそれなり以上に気に入っているんだ」

 

 「気に入っていると言われて悪い気はしないが、生憎と人間のままが」

 

 「こちらの方が、楽に仇をとれるとしても?」

 

 言葉が、止まる。サグレのような細腕で繰り出される膂力や速さ、血を媒介にした戦闘方法、なにより高速の再生能力。人よりも上位の存在になれば、確かにテンという存在に対して対峙するのに大きなアドバンテージになる。

 

 それはジークリンデの甘言に比べ、多数の人間を殺す必要はない。自分が血に吸われ眷属とやらになり人外の力を容易く手に入れれば良いだけだ。その後は、生きていくのに人を殺す必要が出てくるかもしれないが、大量殺人という選択肢だけは除外ができる。

 

 しかし、何故仇のことをサグレが、知っている。

 

 「不思議そうな顔ね。血が、教えてくれたの。ランザさん、貴方も辛い人生を歩んでいるのね。だからこそ、益々、こちら側に招待したくなっているの。ねえ、もうこれ以上遊ぶ必要はないでしょう、一度私に身体を預けてみないかしら」

 

 誘惑するような笑み。並みの男ならそれだけで、骨抜きになるかもしれない。

 

 「……血だけでそこまで分かるのか。お手上げかもな」

 

 ジークリンデが暴れないように、地面に突き刺す。先端が深々と石畳みに埋まり、剣から手を離し降参するように手をあげた。

 

 「今のままじゃどうあがいてもお前には勝てない。分かった、悪いようにしてくれないならばその申し出を受けるのもやぶさかじゃないな」

 

 「ありがとう。ああでも、そのナイフだけは一度遠くに捨ててくれないかしら。疑う訳じゃないけど、少し気持ち悪いからね」

 

 鞘ごと、ナイフを外し後ろに放り投げる。それを見てサグレは安心したように息をつき、ゆっくり近づいてきた。

 

 両腕をあげたままのこちらの腰と背中に両手を回し、背中の傷を撫でられる。流石に少し痛い。

 

 「酷い傷。でも眷属になれば、新しい吸血鬼になればその傷はすぐ治る。私の眼は時間が経ちすぎていいて治らないけど、ついたばかりの傷ならばどうにでもなるから安心して」

 

 「嬉しい特典だらけだが、流石に少し怖いな。……情けない話だが、腰がぬけそうだ。血を吸う間、抱き着いていても良いか。思い人がいる相手に頼むことじゃないが」

 

 「ふふ、許可してあげる」

 

 サグレの腰に手を回し、力の限り抱きしめる。向こうも優しく抱き返し、牙を首筋に近づけた。

 

 「ねえ、吸血鬼になったら最初にどうしたい?」

 

 「それは重要な、質問か?」

 

 「ええ、重要。血からは強い過去の記憶は分かっても、現在の考えまでは分からないみたいなの。万が一下克上とか考えていたら、残念だけどやめておいた方がいいからね。ランザは眷属、仕方ないことだけど私より下位の存在になるの。どうあがいても勝てないこと、最初に教えておかないとガッカリするかもしれないから」

 

 「ならば、安心してくれ」

 

 サグレを、強く抱きしめる。『逃がさない』ように。

 

 「ここまでしておいてもらったうえで残念極まりないが、やはり化物になる気はない」

 

 ささやいてから、手を離し全力で頭突きを喰らわせる。不意を突かれ液体にもなり損ねたサグレはふらつき、一歩離れた。

 

 石畳みを突き破り、地面の中から複数に枝分かれした連結刃の刃が伸びる。股関節から頭上まで、鋭い刃がサグレの身体を両断した。

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