家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
二つに裂けた身体が下半身から癒着していく。頭を吹き飛ばして死なない、身体を裂いても死なない、痛みはあるのかは分からないが、こうまでしても悲鳴一つあげない。
だがしかし、こうして油断して近づいてくれればとれる策が一つあった。荷物袋から一つの小さな塊を取り出す。手のひらで弾ませるそれは、ベレーザからサグレへと贈るつもりだった小さな小さな、銀の指輪だった。
「悪いがやはり、俺からベレーザに返すことはできないな」
既に胸元まで再生していっている身体の中に指輪を握る込んだ拳をねじ込む。拳の周囲を囲むように遺物を避けて再構築されていく身体。その内部に、指輪を置いて手を引き抜いた。
サグレの言動、過去の記録。銀は吸血鬼の弱点だというのは疑いようはない。ならば、そんな遺物を体内に入れられればどのような反応を見せるのか。銀製の婚約指輪は、サグレの中でどのような毒となるか。
いや、反応など見る暇なんてない。首元まで再生していく身体に向け近接格闘を試みる。不意打ちの頭突きは身体の液体化をされずに有効打になった。ならば、再生という能力を使っている最中ならばどうだ。
吸血されていない無傷の足が半月の軌道で蹴りを肝臓に叩きこむ。華奢な身体が揺れたところで裏拳を喉元に打ち込み振り抜く。液状にならない身体に二つの打撃が食い込んだのを確認。体重の軽いサグレの身体が再度よろめいたのを見て、追撃に移行する。
腕を絡め交差、踵を上げてでサグレの膝を踏みつぶし体重をかけて潰し、背負い投げで再生していく頭部から地面に落とす。スタンピングで首から口まで踏みつぶそうとしたが、手が動き足首を掴まれる。
握りつぶされると、悪寒がした瞬間ジークリンデの刃が手首を切断。認めたくはないが、危機を救われる形となった。吸血鬼になりかけの状態でさえ、彫刻の素材をやすやすと握りつぶす握力だ、まともに喰らえば骨も肉も潰れた肉の塊となる。
連結刃の柄を掴んで退避。投げ飛ばした銀のナイフを回収しようとするが、液状の物が蠢く音を聞いて緊急回避。ナイフに固執し飛び込んでいたら、腹部を中心に身体が二つに裂けていた。
「ランザ…さん。残念だよ」
顔まで再生したのだろう。手首から先を切断され、そこから溢れる血液を武器としたサグレが怒りを込めて呟いた。
「そんなに私が嫌い?吸血鬼がいや?」
「ただの意地だ。気にするな」
ジークリンデの誘いも、サグレの勧誘もこうして抗い続けているのは、本当にただの意地。
人外を殺す為に人外になる。一番てっとり早い、テンを殺害する為のてっとり早い手段だろう。だがしかし、テンの変異を目の当たりにしてから、人以外の怪物になった者達の悲劇を多く目の当たりにしてきた。もうサグレは気にもしないだろうが、このモスコーに住む者達は既にかなりの死者をだしている。
その中には、家族連れの観光客もいただろう。公園で遊んでいたあの子供達もいただろう。全員が無事に逃げ切っているのを願うしかないが、それは希望的観測にすぎない。つまり、死者の数だけ近しい者に絶望に悲観、憎悪と怨恨を産む。
吸血鬼になってしまえば、クーラと俺は同じ立場となってしまう。それだけは、意地でもごめんこうむりたい。自分を正義の側だと思ったことは一度もないが、喜々として目的の為に他者を踏みつぶす輩には人並み以上には嫌悪感はある。
サグレの切断された手首の先から出た血の糸が落ちた手首に繋がり、再生する。再生能力に衰えのようなものは、見えない。
散弾銃の弾丸を装填。連結刃の柄を握りしめ臨戦態勢。こちらに向け直進してくるサグレに向け鞭のように刃が振るわれる。袈裟懸け、横薙ぎの刃を身体を大きく弾ませ回避される。着地地点を制限し散弾銃を叩きこむ、レイピア持ちの食屍鬼に行った策を行おうとしたが、あれよりもさらに間合いを詰めるスピードが速い。
銃口を包むように手で掴まれ、明後日の方向に向けられる。
「無駄だよ。もう、なに一つ攻撃は喰らってあげない。全てすり抜けさせる」
舌打ちをしつつ、引き金を引く。
サグレの顔に、疑問符が張り付く。宣言通り液状になる筈が、何故かなんの能力も無い鉛の散弾が手のひらから上と、四本の指を吹き飛ばした。
「効果アリ…なのか?」
色々な感情か、感覚か、ごちゃ混ぜになり気づけなかったのか。サグレは今更のように、指輪を埋め込んできた部位に視線を落とす。
吸血鬼ってのは痛覚の鈍るのか。それとも何度も身体が吹き飛んだり再構築したりしているから、単純に気づけなかったのか。サグレの家、ベレーザの血を吸った直後、最初に散弾銃で吹き飛ばした身体の穴に火薬袋を置いてきた時も、サグレは肉片に引っかかったそれに注意を払うことはしなかった。
吸血鬼になる直前は、銀製ナイフの刀身に触るだけで煙をあげた程だ。それを身体の中に置いてきたことでどんな効果を産むのかは未知数だった。
いくら身体が再生しようが再構築しようが、攻撃を当てられるならばまだ勝ちの目は見える。銀のナイフを回収してからの話にはなるが、四肢を壊し動きを封じてからトドメを刺す。一番最初、変異を遂げる前のサグレに提示した殺し方を実践すれば良い。
散弾銃を胸元に向け射撃し、身体を離して先程ナイフを捨てた場所まで飛びのき間合いを取りなおす。銀のナイフを回収し、構えようとするがそれより前にサグレの手のひらから溢れる血液が空中で停止。四本の鋭い針となり両肩に二本づつ突き刺さり行動を封じられる。そのまま持ち上げられ、足が地面から離れた。
サグレの無事な手の指から爪が鋭く伸びる。このまま身体を裂かれるかと覚悟した瞬間、サグレの頬に風穴が開きライフル弾が顎を貫いて貫通した。
「つああああああああ!」
弾丸の発射地点。空を飛ぶ大鳥から銃を構える魔物使いの男と、その背中から飛び降りる人影。フードを深く被り、足に酷い火傷傷を負っているクーラが、サグレに向け飛びかかった。
手には何時ものショートソードではなく、見覚えのない歪な形状の短刀が握られている。
短刀が二本の血針を切断、身体の一部が自由になる。痛みが身体傷口から広がるが、それを気にする前に身体が振り回され血針から抜けるように放り投げられる。
「ランザ!」
立ち並ぶ屋台の中に放り投げられ、商品が詰まる木箱や看板に身体が叩きつけられる。クーラがこちらに駆け寄ろうとしたが、血刃に阻まれて行動を制限された。そもそも、足の痛みが酷いのか彼女自身何時もの俊敏性が死んでいる。
クーラが懐からなにか袋を取り出し、こちらに放り投げる。足元に落ちる直前、なんとか伸ばした手の中に袋が落ちる。
カシャッと、袋の中身は小さな、なにか割れ物が触れ合うような音が響いた。
異形と化したサグレと対峙する、クーラに握られたのは歪な形状の短刀。
それは、ランザがガスパルの元へ持ち込んだルーガルーの牙を刃物の一部に使用した特注品であった。
吸血鬼と対峙するのに有効なのは、銀の他意外なことに飼いならされた犬や狼がよく使役され吸血鬼に対して一定の効果を得ていた。それについての由来や起源は、過去の人間が多大な犠牲を払いながら得た経験則であり、詳しい理由等の情報は時代の中で紛失してしまっている。
ガスパルに尋ねれば、理屈としては吸血鬼全盛期時代に一番種類が多かったウイルスを由来とした一団に対し、一番の対抗策として、病原菌どうしの相性が悪かった狂犬病の元となる病原菌が…と長々と語るところであるが、生憎とその機会も無ければ語られたとしても理解はできない。ましてウイルスという単語じたいまだ世間には浸透していない。
効果としては銀製品のナイフの方が殺傷能力は高くはあるが、そこら辺の量販店で売りだされているショートソードに比べればただの刃物と考えていても優れたものだった。
クーラにとっては、その切れ味こそが信用におけるものだった。一番長く使い続けていた直刀と比べれ僅かにリーチは劣るが、軽さと小柄な対角でも使いやすい長さはありがたい。
ランザの方向に投げた袋の中にある物品。それはガスパルから預かったものであった。ランザがガスパルに、これらの物品を依頼したのかもしれない。幾つかある品のうち、苦戦しているランザに代わり扱えると思えたものを使わせてもらっているが残りの品に関しての使い道は素直に彼に任せるしかないだろう。
サグレは、未だランザの方向を見ていた。なにか憎々しく、複雑な表情でそちらの方向に足を一歩進めようとする。行かせは、しない。
ショートソードも引き抜き、投げつける。回転しながら飛ぶ剣が、サグレの背中に当たろうとした瞬間顔面から血の刃が伸び、弾きあげる。
黙っていれば見ていれば良いのに、と言いたそうな顔でサグレはこちらに振り向いた。弾丸に破壊された頬と顎が煙をあげながら再生しつつあり、それだけでも普通の人間には真似できない人以外のなにかに代わってしまったのだと理解できるものだった。
治りかけた顎を動かし、サグレがなにかを話そうとするが単語を聞く必要はない。
サグレがなにを話そうが、それは人外の、ランザの敵からの言葉だ。例え知らない間ではないとしても、躊躇や疑問を自分から一時的に切り離し仕事をする時のように淡々とこなしていくのみ。
「お兄さん!」
「おう!」
サグレの手がこちらに延ばされた瞬間を見て、上空の魔獣使いに合図をする。ここに駆け付けた時、城の中には入るなと上空から周囲を見張っていたこの男に声をかけられた。話を聞き、ランザと思える特徴を持つ人物が事情を理解した後、こちらからの事情も話ランザと知り合いであると伝えた。
それでも多少の押し問答があるかと思えたが、城の中で爆発音がしたため最終的に揃って中に戻ることとなった。
敷地内の外通路では、ガスパルの情報通りランザが敵と対峙をしていた。その敵とは、案の定サグレ。今回の騒動の火元。
足が死んでいる代わりに、サグレと対峙する自分の機動力を彼に肩代わりされる策を頼んでいた。事情は知らないが女子供は避難した方が良いというまっとうな意見を寄越されたが、その問答の時間すら惜しいと押し切った。
上に伸ばした腕を大鳥の足が掴み身体が持ち上がる。高速で攫われ、空中に浮かび上がる身体。成牛を掴み運ぶ翼と足の力強さは、クーラの軽い身体等容易く空中に連れさる。
魔獣使いの男は、再度ライフル銃を上空からサグレの方に向けた。破壊した頬と顎の再生、散弾銃で頭が吹き飛んだ後普通に行動をしている化物じみた再生力を一度まのあたりにしているが、改めて見ても怖気が止まらないといった表情を浮かべている。
「外野は邪魔しないでほしいんだけどな」
サグレが、ぽつりと呟いた。
口が動きなにかを呟いたなとクーラが認識した瞬間、背中に蝙蝠のような翼を生やし上空にサグレが飛翔する。
「来るか、化物がァああああ!」
男がライフル銃を射撃、直線に迫るサグレの右肩を貫通し血華を咲かせるが、それでも彼女は止まらない。大鳥が急いでその場から更に上空に飛翔。素早く接近するサグレを回避し古城の上空へと逃れた。
大鳥の上で銃弾を再装填する音。男の視界はサグレから外れてしまったが、近くで見ていたクーラは全力で叫び声をあげた。
「まずい!もっと全力で逃げて!」
「もっとって、間合いは充分に…」
巨大な翼で大空を縦横無尽に飛び回る大鳥よりも素早く、サグレは間合いを再度詰め直していた。大鳥の胸元にサグレの右腕がのめり込み、肉を斬り裂き飛翔の為に発達した筋肉を斬り裂く。腕じたいが巨大な鈍刀と言わんばかりに無理矢理大鳥の巨体を引き裂いていき、勢いそのままに男の胸元にも爪と指先が食い込み引きちぎれた。
大鳥と男の絶命により浮力を失い落下する。高所からの着地は得意分野でもあるが、空中で大鳥に容易く間合いを詰めるサグレ相手に対峙するのは無謀も良いところだ。
「あまりやりたくはなかったけどっ!」
以前から考えていた緊急回避方法を、ぶっつけ本番ながら行動に移すことにする。ランザは火薬が詰まった袋や玉を便利なサブウエポンとして多用しており、旅の最中幾つか作り方を教えてもらった。その応用として、殺傷力をあげる為に石や鉄片を中に仕込んだりするのだがそれは行わず火薬のみを多めに入れる。
マッチをするように、着火板に導火線の先端をこすりつけ摩擦力で染み込ませた薬剤に火をつける。魔獣使いの男を始末し、こちらに飛ぼうとするサグレと自分の間にその袋を投げ、目を閉じて腕を交差させた。
炸裂した火薬が二人の間で炸裂。爆風が巻き起こり、パンパンになるまで詰めた火薬の爆発で自分の小さな体を飛ばす。
全身に熱さと痛みを感じるが、ただの火薬は火傷の危険があっても致命傷にはならない。むしろ爆風に身体を委ねることで大きく吹き飛び、行動距離や空中での慣性を生み出すことで瞬間的に回避や相手との間合いを離すことができる。
思いついた後も試すかどうか考える代物であったが、四の五の言ってもいられない状態だ。空中で自由軌道をとる敵相手に落下するまでどう命を保てというのだ。
爆風に飛ばされ地面に転がる。幸い、着地には自信がある。地面を数回転がり傷を最低限のかすり傷ですます。
立ち上がった同時に、背後に物音。振り向きざまにナイフを逆手に振るうがその腕を掴まれる。
「痛々しいよ、クーラちゃん」
火薬を利用した回避行動に、想像の埒外な動きをしたせいか悲し気な声をあげていた。サグレの身体にも多少焦げたかのような黒い火傷跡が見えたが傷は即座に再生していっていた。
「火傷、傷、打撲痕。その小さい身体に、いったい幾つの傷を負う気なの?」
幼いクーラの身体は、フードのついた長袖を着た姿では分からなかったが古傷や火傷跡、更には奴隷の焼き印に一生肌に残る痛々しい暴行の後等酷いものだと理解できた。目は見えずとも、身体に触っただけでその全体をサグレは理解できた。
「傷なんて、どうでも良いよ。まだ死んでいないんだから」
「どうでも良いなんて、なんでそんなこと言えるのかな」
純粋な疑問による問いかけ。その問いの答えは、一つしかないと言わんばかりの食いしばった敵意の顔を浮かべる。
「こうして時間を稼いでいる間、ランザはサグレ、貴女を倒す方策を考えているよ。生きてさえいれば、こちらに構ってくれていれば、その分ランザには策を編み出す時間も逃げる時間も作り出すことができる。傷があってもまだ身体が動くなら、少しでもその時間を稼いでみせる!」
「クーラちゃん。私は貴女を少し誤解していたみたいね。貴方はランザを好いている、それは親愛の情だと思っていたけど、それだけではそんな顔はできない。そんな状態なら、仲間になってほしいと言っても、無理でしょうね」
「自害の為のナイフなら、あるからね。それがどんなに強制力があるものでも、仲間になる前にこの首かき斬るよ。ランザの足を引っぱるくらいならね」
「そう」
腕が引き寄せ、腹部に蹴りを叩きこむ。内臓が軒並み悲鳴をあげ、身体が吹き飛びそうになるが掴まれたままの腕がそれを留めた。そのまま軽い玩具を扱うように、地面に身体を叩きつけ、全身が痛みがはいり、口から血が溢れだした。
「もう良い、分かったよ。どの道こうなればみんな逃れようもない。本当は自分の意思で仲間になってほしいけど…ああ」
サグレが、なにかを思い付いたように視線をあげた。
「先にランザさんを再起不能にしよう。彼はどうしても仲間にはなりたくなりみたいだけど、その生殺与奪をクーラちゃんに握らせるのはどうかな?」
「ガフッ…ハッ…どういう…つもり」
「ランザさんは、クーラちゃんの眷属になってもらう。私からしたら眷属の眷属、孫みたいな関係かな?吸血鬼にならなければ助からない程、ランザさんから血を吸わせてもらう。私は治療しない、生き延びさせるのは、吸血鬼になったクーラちゃんだけ。大丈夫、やり方は教えてあげるから。ほら、そうすればクーラちゃんは自分から私の仲間になってくれるよね」
「手段と…方法が…無茶苦茶っ…」
「まあ、そこで待っててよ。文句は後で沢山聞いてあげる、それを言うだけの意思が残っているかは分からないけどね」
人外を力を得て、最愛の人物の髪の毛一筋から血の一滴まで、眷属という形で自分の物にできる。意識や考えが、こちら側に引き込まれれば、泣いて感謝をするだろう。
自分がそうだった、この身体的特徴のせいで、幸せも人生も全てを投げ出してしまうなどどうかしている。あらゆる誓約を取り払い、自由に力を行使できる素晴しさはこれまでの人生を差し引いてもおつりがくる程の高揚感だ。
手を伸ばすクーラから離れ、翼を広げてランザの元へ向かう。
逃げるか策を講じるとクーラは話していたが、肝心のランザの気配はまだ屋台の残骸の中でうずくまったままだった。
潰れた屋台の前に降り立ち、近づく。なんだか呼吸が弱々しく、体調が悪そうであった。それなりに痛めつけたんだ、弱っていても無理はない。
「抵抗は?」
問いかけにもランザは応じない、身体をダラン投げ出し顔を降ろしているだけだ。
「もうひと暴れするかもと思ったけど、クーラちゃんはどうやら過大評価をしているみたいだね。まあ、ランザさん。悪いけど、一度ここで人としての人生は終わってもらうよ。まあ、あまり怖がらないで受け入れて。絶対嫌だろうけど、私からがヤダってならこれはしょうがないことだからさ」
ランザの反応はない。弱りきった身体に近づき、首筋まで顎を近づけても反応のひとつない。
「それじゃあ、一度お休みなさい。次起きた時は、きっと全てが楽になっているから」
首筋に噛みつき、あふれ出る血を思いきりすする。眷属にするために行う、こちらからの血液供給はない。それを行うのはクーラの役目であり、自分は殺さない程度に、しかし後少しで死んでしまうという状況を作る程度にとどめなければならない。
先程ランザには、身体の中に忌々しい銀の欠片を埋め込まれた。常に体内に毒素が回るような感覚に、身体を液状化するような精密な動きはできなくなっていたが、この吸血で実験や検証を繰り返し慣れない戦闘で消耗した体力を回復させれば身体を自分で裂いてかきだすこともできるだろう。
そういう意味でも、ここまで手間をかけてくれたランザには、血を捧げてもらい償ってもらわなければならない。それだけで、今までの行いはチャラにしてあげよう。
血を思いきりすすり上げた瞬間、味に違和感。疑問に感じながら吸血を続け血を吸い取り続けようとした瞬間、心臓が大きく跳ねあがる。
身体全体に僅かな痺れと、血菅を内から焼き付かせるような痛み。すぐに口を離して、血を吐き出す。
「お前が呑んだそいつは、クソみてぇな味した毒と血の混合物だぞ」
サグレが、顔を上げる。瓦礫の上、今まで気配すらなかった場所に突如現れた異形の気配。
その下、座り込むランザの傍ら、崩れた屋台の瓦礫に隠されるように注射器が転がっていた。
クーラが投げ渡して来た袋の中身は、二つの小さな瓶と一つの注射器。
見覚えのある色をした液体の色は、キラービーが持つ痺れと溶解性の持つ二つの毒素だ。
それを見た瞬間、この贈り物が誰からの物かが瞬時に理解できた。クイーンビーの巨大な針の中に残留した毒物を、ガスパルが抽出したか。それとも、針を触媒にし毒素を産み出したのか。過程は分からないが、重要なのは目の前に毒物という札が二枚あるということ。
『本気か?』
「ああ」
脳内で響くジークリンデの声。この毒物をサグレの内部に打ち込む方法を思案する。
銀の指輪を体内に置いてきた時のような騙し討ちの奇襲はもう使えない。だが注射針を持ち背後から襲いかかろうが、その身体にこんなか細い針と器具で毒を打ち込む方法等はない。
ならば、吸血鬼という習性を利用する。自分にこの毒を打ち込み、充分に回ったところでその毒を血ごと吸い上げてもらえば良い。二つの毒を吸い上げた注射針を首筋にあてる。流石に正気を疑ったようなジークリンデの声だが、こう見えてもまだ自暴自棄にはなっていない。
『毒と麻痺を首尾よく打ち込んだところで、お前自身は動けねえだろうが。貧血と毒と痺れと、どの道お前はここでおしまいだろう』
「そうでもない」
『あ?』
「お前がいる。そうだろう、相棒」
『……は?』
相棒。戯れに呼び、臭い物を投げつけられたかのような顔を今まで何度も浮かべたランザの顔。
それはそれで楽しめたし、それ以上の意味はない言葉だと思っていた。
実体化していたら、あんぐりと口を開けた間の抜けた顔をしていただろう。こいつが、オレに、相棒と初めて呼んだ。
『お…おお』
「歯切れが悪いな。何時もの調子はどうした」
『いやまあそりゃお前…えぇ…』
正直、困惑している。そりゃあある程度の効果を狙い、おだてる為に相棒という言葉を使ったのだろうが、追い詰められてきているとはいえ初めて認めたような言葉を投げかけてくるのは虚をつかれた。
本心ではないだろう。だが、そういう腹芸が得意な奴でも器用な奴でもない。だが、得意でも器用でもないなりに、言葉を飾りこちらの力を借りようとしている。悪竜の力を。
流石に都合が良すぎる、と思いつつ。今オレの顔はさぞ緩んだ表情をしていただろう。
見せかけだけとはいえ、表面上だけとはいえ、こいつはオレに対して譲歩するように言葉を口にした。それはつまり、この男の内面にそれだけ踏み込めたということ。想定した事態とはいささか違うが、オレの目的は危機を前にしてこちらに依存せざるえない状況を作り出すこと。
それは何時か、ランザという男が外敵を全て排除した後、やるべきことも目標も失った男の心を独占することに繋がるだろう。英雄は宿敵を討ち果たした後、伝承の竜の寵愛を受けた新たな災厄となる。うん、完璧だ。
ランザがこちらに依存すれば、それに比例してこの先今まで忌避していたであろう提案すら受け入れていくだろう。そうなれば雌狐の葬る実力を身に着け、その頃には帝都の専門部隊竜狩りさえも敵にはならない。そうなるように、心の中に染みを作るようにオレという存在を浸透させていく。
悪竜に頼るというのは、そういうことなんだぜランザ。お前は今、こちらの世界に一歩足を踏み入れた。それだけで、あの吸血鬼という存在を焚きつけ覚醒させた意味がある。
サグレもベレーザも、ただの過去の悲劇と言う踏み台だ。
『オレ流に、やらせてもらうが文句はないか?』
「頼んじまったからな」
『なら相棒らしく、サポートしてやらないとなぁ』
苦虫を噛むような顔をランザは浮かべる。まったくそういうのは、もう少し隠しておけってんだ。演技は最後まで徹底しろ、詰めが甘いんだからよ。
そうしてランザは、二つの毒を混合したものを自身に打ち込んだ。心臓が高鳴り危険な異物の侵入に身体が悲鳴をあげる。身体能力が低下し身体が弱る。これを、後になんとか使いものになるようにしなければいけない。面倒な仕事を押し付けられたもんだ。
そうして時間が流れ、勝ち誇った顔で吸血鬼が現れた。口上をするように話しかけ、ランザの血を貪る。そいつの血は、うめえよ?だが今は、クソみてぇなもんだがな。
小さいとはいえ銀という猛毒の頸木を既に体内に打ち込まれた吸血鬼は、異変に気付きよろけながら身体を離した。
そんな女に、実体化して宣言をしてやる。
「お前が呑んだそいつは、クソみてぇな味した毒と血の混合物だぞ」
こちらに気づいた吸血鬼はなにかを言おうとしたが、その前に背中から生えた刃が五月蠅い蠅を追い散らすように攻撃を繰り出す。
慌てながら後退する敵に、追撃はしない。ある程度の間合いが離れればそれで良い。
中指をたて、舌をだしてやる。こういう動作が人間の中では敵対する相手に向けるものだと聞いたため実践。多分、悪竜らしく決まった。
さてここからは文字通り荒療治。最低限戦えるようになるまで急速に血を失い毒に蝕まれたボロボロの身体を立て直さなければならない。だが毒を喰らったとはいえ、サグレがそれを大人しく見ているとは思えない。死なないように応急処置、戦えるように治療、それを邪魔されないように牽制。それらを全て一人で行う必要がある。
簡単な話だ。いや簡単な話だったか、過去のオレならそれすら片手間以下の労力だが、今ではそれに全力を尽くす必要がある。
「この気配、お前は」
「ああ、あの時ぶりだな。お前が吸血鬼になる為にちょっとばかり手を」
「ベレーザを傷つけたな」
サグレの敵意が殺意となる。おいおい、傷つけたってその後思いきり血を啜り殺す手前までにしたのはお前だろうが。背中を押してやったのに、感謝されこそすれ逆恨みされる覚えはないっていうのによ。
爪を伸ばし、こちらに飛び掛かるサグレ。迎撃しようとした瞬間、一つの気配が走り寄り一時的にでも弱ったサグレの一撃を間に入り受け止めた。
噂をすれば、という奴か。その身体に残留する力の気配、どうやら狐の差し金か。
まったく、人間というのは外道なことを考えるものだな。オレにはとんと理解できん。
狐の考えが見抜けてしまい、軽く肩をすくめる。おそらくランザも、それに乗るだろう。吸血鬼という存在を、倒す為に。