家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 硝煙と血の臭い、嗅ぎ慣れた香り。何度も何度も、何度も、この結末に向けて攻撃を繰り返して来たのではなかったか、サグレという吸血鬼を倒す為に、心身を削りチャンスを掴もうとしたのではないか。

 

 いや、違う。結果だけを見れば確かに望んだとおりの結末になっただろう。だが、その過程はどうだ。

 

 考えていない訳ではなかった。吸血鬼という存在のスぺックが、今の俺には手に負えない難敵であるならば、突くべき弱点はサグレという人物の感情や考え、油断や慢心だ。

 

 現にサグレがその気であるならば、これまでの戦闘で何回殺されていたか分からない。それだけ、吸血鬼の戦闘力や特殊能力は驚異の一言だった。だからこそ、心に揺さぶりをかける必要がある。そのことを、考え策に組み込もうとしていた。

 

 現にサグレに毒を打ち込む作戦は成功した。キラービーの毒を二種類、自分の血の中に混ぜ合わせ直接吸い取らせる。サグレが、こちらを眷属にしたいならば、血を吸い取る必要がある為だ。興味ない対象にするように、血の刃で急所を抉りに来られれば破綻していた作戦だ。

 

 その前の降参したふりをしてからの、頭突きと奇襲攻撃だってそうだ。ベレーザの友人、自分の知人という立場を最大限に利用させてもらい銀の指輪という頸木をサグレに打ち込んだ。

 

 だが、体内に置いて来た銀の指輪も、二種の混合毒となったキラービーの毒素もサグレはそこまで影響を受けていないように見えた。毒はどもかく、指輪に関してはもっと怯んで悶え苦しんでくれるような効果を期待していただけに、能力の一つを封じたにしても平然と戦いを続けるサグレに対しては正直お手上げだった。

 

 毒でサグレが弱っている間に、ジークリンデに身体の治癒を頼み動きが鈍いうちに畳みかける。そういう作戦であったが、ベレーザが来なければ破綻していた可能性が高く思える。平然とベレーザと会話をし、少し体調が悪い程度にすまされるとなれば、期待していた効果を望めはしない。

 

 だから、最後の最後。ベレーザが来たタイミングで頭に思い浮かんでしまった最低の考えを、それでもなお実行に移すしかなかった。

 

 あのまま手をこまねていていれば、ベレーザも新たな吸血鬼になり、こちらの勝ちの芽が完全に消える。俺も、クーラも、人外の仲間入りだ。

 

 「はっ…はっ……あ」

 

 それで、良かったのではないか。それならば、少なくとも友人となった若者二人の仲を引き裂かなくても良かったのではないか。サグレの願い、吸血鬼になる前に殺してほしいという計画は破綻した。ならば、それに固執する必要はあったのか。

 

 いや、あった。モスコーの惨状を見ろ。今まで人妖が引き起こした悲劇を思い出せ。人外と成り果てた化物の行く末などロクなものではなかっただろう。それを止めた、終わらせてやった。これから引き起こされていくだろう新たな災禍を食い止めることができた。

 

 どんな手を、使ってでも、サグレを止めた。

 

 だから、罪悪感を覚えるな。騎士でも戦士でもない。全身を汚泥に浸し進んででも、人外となった者を下しテンを倒すととっくの昔に誓っただろう。

 

 唇をかみしめ、叫びだしそうになるのを堪える。俺の選択は、この最低の行動は、最低ながら間違ってはいない筈だ。

 

 ベレーザが立ち上がり、ヨロヨロと歩み寄る。四肢が寸断され、うつぶせになった胴体に触る。顔を見ようとしたが、その顔はもう散弾銃の弾丸を近距離で受け弾けて潰れていた。もう逆再生をするように、身体が治っていく様子はない。

 

 「ランザ」

 

 ベレーザが、声を絞り出す。身体が痙攣するように、跳ねた。心臓の鼓動が、五月蠅い。

 

 「言ってくれ、必要なことだったって」

 

 ベレーザが立ち上がり、こちらの胸倉をつかむ。睨み殺さんばかりの憎悪の視線。歯を全力で食いしばりながら大きく口を開いた。

 

 「言えよ!言ってくれよランザ!サグレはもう人じゃない、沢山の人を殺したから退治した!その為に俺を利用しなければならなかった!そう言えよ!なに苦しそうな顔をしてやがる!頼むから言えよ!仕方のないことだったとな!」

 

 「俺が…」

 

 ベレーザの腕を掴み、振り払う。こちらも胸倉を掴み引き寄せた。

 

 「俺がそんなことを言ったところでお前は納得できるのか。確かにサグレは人じゃなくなった。モスコーの惨状もサグレのせいだから仕方なく殺した。殺す為には汚い手も使わざるえなかった、しょうがなかったと。俺がそう言ったところで、お前は納得できるのかよ!」

 

 ベレーザの顔に、拳を叩きこむ。身体が離れて石床の上に倒れた。口の端から血が流れ、赤く染まる。

 

 「そんな言葉を引き出させて自分を納得させたいか!?お前にとってサグレはその程度の存在か!?自分を騙す言葉を俺から引き出させようとするんじゃない!お前は…ベレーザ…お前は…サグレが好きだったんだろう」

 

 ベレーザとサグレ、モスコーでお互いを支えながら生きてきた。そして、この先は親愛なる伴侶として家族になり共に過ごしたかった。そんな相手を、外道の手段で殺した敵が目の前にいる。

 

 ベレーザは、感情では怒りが吹き荒れているのだろう。だがしかし、どこかで、モスコーを壊滅させた災厄を葬ったこちらに対し、正しいことをしたと感じているのかもしれない。だからこその、仕方なかったという言葉。

 

 その言葉を呑みこんでしまえば、今は良くても後々まで後悔と悲観が募る。当たり前だ、自分を騙しているのだから。憎い相手に対しての感情を封じているのだから。そんな気持ちを背負いながら生きていては、ベレーザはそのうち壊れてしまうだろう。サグレの、最愛の人を失った世界で緩やかに、確実に。

 

 俺自身が、その生活に耐えることができなかった。復讐など二人は望まないと、前を向くべきだと言い聞かせたことも何度もある。だが、それでも耐えることができなかった。テンを、殺して自分の自己満足を満たすしか、俺には生きる道が見つからなかった。

 

 だから、決めていた。サグレをこの手段で殺すと決意を固めてから。身体はボロボロだ。サグレが死んだことで無痛だった足は痛み、最低限までの治療しか間に合わなかった負傷箇所は悲鳴をあげ、体内では残留した毒が蝕んでいる。

 

 だが、逃げない。逃げることだけは、決してしない。それが、サグレとベレーザという二人の仲を引き裂いた俺にできる全てだ。

 

 「ベレーザ、顔をあげろ。目の前にいる男はなんだ」

 

 先端が破損した棒のところまで歩き、拾い上げる。ベレーザの足元に投げてやり、カランと音をたてて転がった。

 

 「街を襲う災厄を倒した存在か?それとも、同じ鍋のスープを食べた仲間か?」

 

 決めたからこそ、だからこそ、悪びれもせずに胸を張れ。謝罪の言葉など口にはするな。俺はベレーザにとって、憎き仇となったのだからだ。

 

 「お前の目の前にいる男は、お前の一番大切な人を外道の手段で殺した男だ!お前の恋人の…仇なんだ!」

 

 「ああああああああああああああアアアアアあ゛あ゛あ゛ああああ!」

 

 ベレーザの感情をギリギリせき止めていたなにかが破砕する。棒を持ち飛び掛かり、こちらに向けて頭上めがけ振り下ろした。

 

 散弾銃を頭上で横に構えガード。弾薬はまだ一発銃の中に残っている。ベレーザに銃口を向けるがそれより前に棒による連打が襲い掛かり、狙いをつけ引き金を引く隙を与えないように立ち回る。

 

 『ハッ焚きつけやがる。だが、吸血鬼と比べりゃ棒きれ振り回すクソガキなんぞに負ける理由があるかよ。さあ相棒、さっさと俺を』

 

 「邪魔せず見ていろ!これは、俺とベレーザの問題だ!」

 

 『はぁ?お前なにを』

 

 「喧しい!へし折るぞ骨董品!」 

 

 連結刃となる為、実体化を解いて剣の中に戻ったジークリンデの声が頭の中で響いたが、一喝。頭の中で策を考え、隙をうかがい、実行をしたのは俺なんだ。悪竜如きに、でしゃばらせてなるものか。俺だけが、ベレーザの復讐心を受け止めてやる義務がある。例え、このまま負けて死んでしまったとしても。

 

 再度銃口をベレーザに向けようとするが、それを囮に自由な手を戦闘用コートの中に入れる。案の定銃が弾かれたところで、中から取り出した棒剣を投擲。

 

 肩を狙った三本の刃のうち一本は弾かれもう一本は命中せず。だが近距離からの投擲行為に避け切れなかった一本が肩口に突き刺さる。

 

 手の中で散弾銃を反転。銃口を掴み鈍器として木製のストックを棒剣に叩きこむ。

 

 苦痛でベレーザが背後にややそれる。追撃をしようと前にでようとするが激痛、痛む足のせいで踏み込みが足りずに顎を狙った鈍器としての散弾銃が防がれる。

 

 ベレーザの蹴りが股間に向け放たれる。後ろに飛ぶが、それを逃がさないのがリーチに優れる棒とその間合いを活かす技術に特化した棒術。

 

 振り払われた棒が散弾銃に当たり叩き落とされる。銀のナイフも手放し、ジークリンデを回収してない状況では丸腰だ。

 

 「ラァアアアアアンンンンンンザァアアアアアア!」

 

 怒涛の追撃を、腕を交差させて防ぐ。だがしかし、一発一発が重い。このままでは両腕が使い物にならなくなるのも時間の問題だ。

 

 「お前さえいなければ!お前さえ、お前さえ!俺は、俺だけはサグレを護ってやらなければいけなかった。なのに、それなのに!」

 

 ガードの隙間から、顔面狙いの一撃が繰り出される。だがその隙間は、敢えて残した隙。激情にかられ痛打を与えようと攻撃を繰り返すベレーザはまんまとそれに誘われる。攻撃の場所を誘導したため、先読みで頭をそらして一撃を回避。戻されようとする棒を握りしめ、二人の力がきっ抗。

 

 硬直した棒の真ん中を蹴り上げる。二つに爆ぜ割れた棒をそれぞれが握りしめたまま、対峙。

 

 剣のように上段で構えるこちらに比べ、ベレーザは刺突剣を持つように、割れたひょうしにささくれて尖った先端を向け真っ直ぐ構える。

 

 一歩前に出て、頭上に向け棒を振り下ろす。軽い足さばきでそれをかわされ、間合いに踏み込みささくれた棒の先端を突き出す。腹部に痛みと熱、ジワリと血が滲み苦痛が身体に伝わった。

 

 「殺しやがって、サグレを殺しやがって!許すかよ、許されてたまるものか!みんながお前を認めても俺がお前を認めない!」

 

 棒を握りしめたままグリグリと傷口を抉る。痛むには痛むが、鋭利な刃物や槍の切っ先で刺された訳ではない。多少無茶をしても、重症化はしないと判断し傷を無視して一歩前に出る。

 

 ベレーザの顔を掴んで地面に向け力強く押す。軸足に力を込め耐えようとしたが、その足にこちらが手に持つ棒を叩きこむ。ささくれが靴を貫通し、足の甲に突き刺さる。

 

 体制が崩れ地面に背中からベレーザは叩きつけられ、持っていた棒が転がる。その額に向けスタンピングをしようとしたが、横に転がり一撃を回避。獣のように四足で起き上がり、低空に飛び掛かる。

 

 狙いは、出血で真っ赤に染まったサグレに吸血をされた足。気づいた頃にはもう遅く、低空からの飛び掛かりからしがみつかれ、穴だらけにされた足に歯が食い込む。痛みにうめき声があがり、視界がよろめいた隙を狙われ再度拾った棒での一撃が顎に直撃する。

 

 仰向けに倒れてこんでしまい、そのうえをベレーザがまたがりマウントをとる。下からの拳を打ち込みベレーザの頬に食い込むが、姿勢がのせいか腰の入らない一撃となり、痛そうに顔をしかめるものの手応えを感じない。

 

 逆に空の手を拳に握りしめたとなったベレーザからの一撃が顔面を狙い襲い来る。手を交錯して防御をするが、こちらの護りが堅いと見るや否や棒のささくれを先程噛みついた部位に突き刺す。痛みに怯んだ隙に防御の為交錯させた腕が無理矢理こじ開けられ、頭突きが叩きこまれる。

 

 身体を暴れさせ振り落とそうとするが、バランス感覚か絶対に逃がさないと誓う執念か。振りほどくことも落とすこともできない。そんな無駄な動きをしているうちに、ただでさえ少ない血液が身体から流れていく。

 

 激しく動いている筈なのに、眠気のようなものまで訪れ頭がクラクラとしてきた。力が入らず防御も反撃もままならない。そんなこちらの隙を見逃さず、更に顔面に拳が叩きつけられる。音がなにもかも遠くなって聞こえる筈なのに、こちらを殴り続けるベレーザの慟哭だけはえらく耳に響いた。

 

 ベレーザは、殴りながら泣いていた。殴るお前が、そんなに苦しそうな顔をするなよ。殴りたくないってツラで泣くんじゃなねえよ。なんでこんなことをしているか、分からなくなるじゃねえか。

 

 しばらく殴打の音が響き、ベレーザの拳が止まる。こちらからの抵抗がもう無いと判断したのか、足に突き刺していた棒を引き抜きこちらの額に狙いを定める。そのまま体重をかけながら、全力で打ち下ろせば頭蓋が陥没し俺は死ぬだろう。一度は無理でも、何度でも繰り返せば良い。

 

 だが、そこでベレーザの動きが硬直する。身体を震わせ、嗚咽をあげながらなかなか行動に移そうとしない。

 

 「なんて…ツラしてやがる。サグレの仇…とれよ」

 

 「なんで…ランザ」

 

 「俺もいるんだ、殺したい……奴がな。家族を殺した…奴がいる。だから……お前の気持ちは…分かるんだ。だから…やれよ。俺の気持ちより…お前の気持ちの方が強かった……それだけなんだから」

 

 テンを殺したい。それだけの為にここまで生きてきた。だが、志半ばでここで散ることになるだろうか。だが、それこそ仕方ない。ベレーザが俺を殺したい理由は、他ならぬ俺がよく分かるんだから。

 

 視界の端でなにかが動くのを捕える。とっさに腕をあげ払うと、俺の左腕が半ば以上千切れて鮮血が飛んだ。ギリギリまで気づかれないように細くしたジークリンデの刃でベレーザの首を狙ったようだが、割り込んで来た俺の腕に払われベレーザの首筋に刃がかすめるにとどまった。とっさに手をだして無理矢理払いのけなければ、ベレーザの首が飛んでいただろう。あの悪竜め。

 

 「時間……ねえぞ」

 

 「ハッ…ハッ…ハッ…」

 

 「やれぇええええええええええ!ベレーザぁあああああああああ!」

 

 「ああああああああああああ!」

 

 ベレーザが、棒を大きく持ち上げた瞬間、一発の銃声が響く。ベレーザの衣服に穴が開き、ゆっくりと血の染みが広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え?」

 

 腹部に穴が開いたベレーザが、間抜けな声をあげ、ゆっくりと後ろを、こちらを振り向く。

 

 サグレとランザ。二人の戦いに加勢に入ろうと、大鳥使いの男が持っていたライフル銃を杖にして牛歩のごとく歩いてきた。

 

 辿り着いて視界に入ったのは、頭が潰れたサグレの死体と、ランザに馬乗りになり棒を構えるベレーザ。ランザはほぼ全身から血を流し、なにかをベレーザに向け話しかけていた。

 

 状況の理解が、遅れてしまったが。瞬時に一つ気づいてしまう。

 

 ベレーザは、ランザを殺そうとしていた。

 

 頭が真っ白になる。たが、一つだけ理解できることがあった。ランザが、殺されようとしている。ただそれだけだった。

 

 杖代わりにしていたライフル銃を構える。銃を扱ったことなどほぼないが、使い方は理解していた。狙いを定め、引き金を引くだけ。薬莢の火薬が破裂をし、高速回転した弾丸が放たれる。鋼鉄の弾丸は、狙いを寸分もそれずベレーザの背中に吸い込まれ、腹部から飛び出していった。

 

 そうしてベレーザは、なにがおこったか分からないといった顔でこちらに振り向いた。だが、ライフル銃を構える自分を見て、少しだけ微笑みを浮かべ背中から倒れる。

 

 「ベレーザ…ベレーザァ!」

 

 ランザが身体を支えながら起き上がり、それでも支えきれず倒れたベレーザにすがりつく。震える手で止血をしようと傷口を抑えるが、意味がない。よく見ると、ランザの左手も半ば千切れかけていた。血を失いすぎて青白い顔をしているのに、鋭い目をこちらに向けてくる。

 

 「ランザ、怪我を…」

 

 ランザになんとか駆け寄り、肩を掴もうとしたが拒絶するように手を弾かれる。殺されようとしていたのに、殺そうといていたベレーザの命の方が大切だと言わんばかりの形相だった。

 

 「クーラ…お前。なんで…クソ」

 

 「だって…ランザが殺されようと」

 

 「それでも良かったんだ!ベレーザと俺の気持ち、どちらがより強いか、それだけの話だったんだ!それがこんな…クソッ!」

 

 「よせよ」

 

 怒鳴りつけるランザを留めるように、ベレーザが口をゆっくりと開く。怒りに歪んだランザの表情とは対照的に、これから死んでいくとは思えないほど穏やかな顔だった。

 

 「お前の気持ち…なんて誰がしったこった…なんだぜランザ。クーラちゃんは…大好きなお前を護った…そんだけだろうが。怒鳴るなよ…俺がお前にキレるぜ」

 

 「だけどベレーザ…お前は、俺を殺す資格があった。正面からぶつかり…お前が勝ったんだ。なのにお前が…」

 

 「いや…これで良かったんだ。……どの道、この世界にもうサグレはいない。お前を殺して生き延びたところで…俺になにが待っているんだ。それによ」

 

 ベレーザの手が、伸ばされランザの肩に置かれる。もう片方の手も伸びてきたので、膝をつくと自分の肩にも乗せられた。

 

 「良かったんだ…これで…友達を…殺さずにすんで。はは…殺したいほど憎かったのに……俺は甘いよ。やっぱり…殺したくなかったし、殺さなくて良かったと…ほっとしてんだぜぇ。……おい…ぜったい…クーラちゃん怒んなよ。お前のこと……ほんとに大好きなんだからさ。あとは……まあ…生きておけよ。殺したい奴…いんだろ。」

 

 「喋れるな!分かった、分かったから!今…血を止めてやるから!」

 

 ベレーザは、笑った。口から血を流しながら、それでも人懐こい笑みを浮かべて。ランザが。ベレーザの手を掴む。自分も肩に乗せられた手が落ちないように腕を両手で掴んだ。

 

 「俺はもう…いい……もう…なんも見えねえ。サグレのところに行くよ。そこが…俺の居場所……ああ、サグレ…待たせた……い…ま…」

 

 「ベレーザ!べレ……」

 

 ランザが声をかける。だが、ベレーザ耳にはもう声が届いている様子はなく、瞳はなにも映していなかった。拳を強く握り、ベレーザを手を掴んだまま静かに顔を伏せている。その顔は、涙をこらえているようにも見えた。しばらくそうしていただろうか、突如どこからか声がかかる。

 

 「おい」

 

 ランザの背後から、褐色肌の女性が現れる。キラービーのいた森で、現れた異質な存在。尻尾が逆立ち冷や汗が流れるが、ランザはその女に声をかけられても振り向きすらしなかった。

 

 「何時までもそうしていると、死ぬぞ」

 

 「………」

 

 「ベレーザに、お前を殺させるつもりか。ここでお前が死んで、誰が喜び得をする。オレも、雌狐だって嬉しかねぇよ。お涙頂戴の三文劇はもうしまいにしてさっさと…」

 

 ランザが立ち上がり、女に向け殴りかかろうとした。褐色肌の女は一撃を頬に喰らうが、血のツバを吐き出しそれでもまっすぐランザを見つめる。

 

 「オレの好みじゃねえ、まったくもってオレの好みじゃねがよ。そいつは一つの矜持ってのを若造なりに持ち、お前に示したんだ。それに比べてお前はどうだ相棒。何時までそこで固まってりゃ気が済む、死ぬまでか?お前は、ベレーザを人殺しにしたいのか」

 

 ランザは黙って、千切れかけた腕に視線を落とした。ジークリンデはその手を掴み、先程まで人の大きさだった顎を爬虫類のように大きく裂けながら噛り付き食いちぎる。

 

 「ヒッ!?」

 

 あまりに異常な光景に思わず立ち上がり、ルーガルーの短剣を抜こうとしたがランザが手を上げて静止。女が裂けたランザの手を掴んだまま、咀嚼をしつつ目を閉じると。まるで新しい手のひらが生えて来るように新たな手首が再生し傷口が塞がっていく。

 

 咀嚼を終え口から血を流しながら、肉ごと骨を呑みこむ。口から垂れる血を拭いながら、女は口を開いた。

 

 「強い男だった。それに強い女だった。ベレーザもサグレもな。そんな二人からお前は、なにを感じて学びとった?よく考えてみろ。そして、もう二度と勝ちを譲るような真似をするんじゃねえ。今後そんなことをしたら、それはお前に殺された二人に対する侮辱になる。忘れんな相棒」

 

 「……ああ」

 

 頷いたランザ、白んで来た空が照らしていた。夜が明け、朝日が昇り惨劇に見舞われたモスコーを照らし始める。

 

 一夜にして死都と化したモスコーを、朝日は何時もと同じように照らしていた。モスコー成立後、五百年記念祭は、こうして朝の光と共に終わりを告げた。

 

 

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