家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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浜辺にて


 海岸で、子供を拾った。

 

 その日暮らしの労働をしながら日銭稼ぎ。日々の生活を飯と酒代だけで消費していく毎日、やりがいはないがある種の安定に満足をしていた。命の危険がなにもない、刺激とは正反対の退屈な日々は少しずつ腐っていくような感覚はあるが、それでも今更なにかをしようとは思えない。

 

 そんな毎日ではあるが、今日は仕事にありつけず久々に休日というものが訪れた。まあなにをする気もなかったため、近所の知人に釣竿を借りて昼飯と、あわよくば夕飯代金を浮かそうという魂胆だった。

 

 釣りは、正直嫌いではないが好きでもない。やることもないため、ただ呆然として過ごすならば海に浮かぶウキを見ていた方がいくらかマシだと考えたくらいだ。それくらい、人生に目標もなにもなかった。

 

 といっても海辺に住んでいるくせに釣り素人の俺は、どこに竿を投げ込めば良いかも分からない。適当にぶらぶらと散策をしながら良いところを見つけることしていた。

 

 海流の影響か、時折この浜辺には木箱や木材の残骸が流れつくことがある。賊に襲われたか、戦争か、はたまた海竜の仕業か。流れ着いた木箱の中身はたいていしみた海水でダメになったり、腐った食料だったりすることもあるが、一度だけ魔術具がまだ使える状態で入っていたことがあったらしい。

 

 近くの街でそれを売り払い一儲けした釣り人の話も聞いたことがあったため、あわよくばそんな木箱が転がっていないかなと探しまわるのも兼ねての散策だ。

 

 「ゴミだらけだな」

 

 浜辺は、木材や布切れが散らばっていた。またぞろ、どこかで船が沈没したかなにかしたのだろうか。だが木箱の類や、金に換金できそうなガラクタは見つからない。目ざとい奴がもう持ち去った後かもしれない。

 

 ゴミから売れる漂流物を探すことに飽き飽きしてきた俺は、どうせ適した釣り場所も分からないのだからと適当に見つけた岩場の上に昇る。岩石できた自然の桟橋の上から餌を針につけて糸を垂らす。素人考えながら、浜辺から糸を投げるよりは少しでも海に近い方が良いんじゃないかと考えたからだ。

 

 さてそれじゃあ、しばらく退屈を楽しむかと座り込もうとした際。その死角となっていた岩場のすぐ下に視線がむいた。

 

 なんのことはない、それも船の残骸の一部だ。マストだろうか、ただこんな長くて重そうな残骸も沈まずに流れて来るんだなとその棒の先まで視線を向ける。

 

 「おいおい」

 

 見つけてしまった。あまり見つけたくないものを。

 

 ボロ布を着た黒髪の少女が、木の板にしがみついたまま浜辺に打ち上げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「申し訳ありませんが、これ以上は無理です」

 

 見つけてしまった以上、面倒事だと思いつつも少女に近づく。これが死体ならば、多少手間はかかるがこれもなにかの縁だと簡単に埋葬だけはしてやるつもりであったが厄介なことにまだ息があった。

 

 取りあえず釣りを中断し、集落にあった教会に少女を持ち込む。孤児院も併設している教会だ、神の慈悲とやらでこの少女を助けてもらえば良い。発見者の義務は、これで果たしただろう。

 

 そう考えながら、身体をふかれ着替えをされる少女を預け俺は教会の神父兼院長と話をする。少女はここに運ばれる最中意識を取り戻しており、怯えたような顔をしながらずっと俺の顔を見つめていた。そうして今は、周囲から話しかけられる年配のシスターに困惑しながら視線を泳がせている。

 

 立ち去ろうとした瞬間、呼び止められた。なにか手続きがいるのだろうかと気楽に考えて、案内された一室に通されたが、出てきた言葉は冷たいものだ。

 

 「は?」

 

 「当孤児院の受け入れ可能人数は既に超過しています。運営も寄付金や本部からの支援でまかなっておりますが、それももう限界なのです」

 

 「いや、知るかよ。神の僕にたいするあれ、神の愛は無限大なんだろ、確か」

 

 「それはその通りですが、我々にも限界があるということです。それにあの髪に瞳、言葉が通じないところを見るにどうやら彼女は異国の者。普段ならともかく、信ずる神の違う、言語も違う、そんな子供を受け入れる余裕はとても…」

 

 神父の顔は、とても残念そうな表情を浮かべていたが、その目は早く連れて帰れと訴えていた。子供に対するノウハウなんぞこちらにはない。それも、異教徒はともかく異国の子供なんて接し方すら不明瞭だ。そもそも言葉が通じないってどうしろっていうんだ。

 

 「俺だってガキの面倒みる余裕なんて…」

 

 「いえ、この出会いも神の導きであるでしょう。主は無意味な試練をかしません。この出会いが、なにか貴方にとって意味があるものなのではないでしょうか」

 

 それっぽいことを言っているが、俺がこの子供を山まで連れて行き捨ててきたらどうするつもりなんだ。やりかねない、今の生活は自分の生存を維持するだけで精一杯なんだ。もしくは、物珍しい髪と瞳を売りにして人買いに売りつけると考えないだろうか。

 

 本当に、やりかねないぞ。

 

 「すまんがやはり無理だ、里親探しは悪いがそちらで行ってくれ」

 

 立ち上がり、部屋の扉を開ける。シスターに三人に囲まれた少女は、身体をふかれ身なりのボロ布からボロ服にランクアップしていたが、怯えた顔をしておりこちらの顔を見た途端にスットンできた。腰辺りに抱き着かれ、震えているのが分かる。

 

 「おいやめろ。懐くなくっつくな。あのシスター達のところに行け。分かるか?ゴーだ、GO」

 

 無理矢理引きはがす。しゃがんで視線を合わせ、指をシスター達のところに向けた。だが少女は目じりいっぱい涙を溜めて首を左右に振った。拾っただけの男に感情移入をしすぎだ、なにを基準に俺が優しいシスター達よりも逃げ込む先だと判断していやがる。子供は本当に、分からねえ。

 

 「ほら、そんなに懐いているではありませんが。それを引きはがすのも、酷というものではないですか?」

 

 後ろから追いついて来た神父が、これ幸いにと言葉を紡ぐ。この流れは非常にまずい。

 

 「駄目だ、俺は悪い大人だ、あの人達のところに行きなさい」

 

 言葉は通じてはいないが、ジェスチャーはある程度通じているのか、涙目で首を左右に振る。内心舌打ちをし、立ち上がる。

 

 「俺から離れろ!俺はお前をどこかに売り払う悪くて汚い大人だぞ!近づくんじゃない!」

 

 腕を振るい殴る仕草をしてみせる。少女が怯んだ隙に、さっさと離れ教会の扉を開ける。背後からシスターの非難の声が聞こえたが、聞こえていないふりをして、一応寄付として出口近くにある受け皿に安い銅貨を放り込んでから乱暴に扉を閉める。今は、とにかくあの少女の近くにいない方がいい。

 

 その後釣りを再開しようとしたが、もしかしたら追いかけて海まで戻るかもしれないと考え釣りじたいを諦める。あれだけ怖がらせたのだから多分それはないとは思うが、念には念を入れてだ。

 

 釣り竿を近所に住む持ち主の爺さんに、謝罪と共に返却する。事情を尋ねてきたが、自分にはむいていないということにしておいた。ならば時間が空いただろうと、家の片づけや庭の手入れを手伝わされた。面倒くささに舌打ちをしようとなるが、こちらは移住してきた余所者だ。笑顔で了承しないと、近所付き合いに支障がでる。

 

 その後流れで爺さんに、干した魚とスープの昼食を奢ってもらうことになった。薄い塩味のスープだが、食事をだしてくれるのに文句は言えない。わりと汗水流したので、塩分がもっとほしかったが爺さんの年齢を考えれば塩辛いのはもうきついのだろう。

 

 その後薪割り、屋根の修理といいように使われる。お礼にと干した魚と昨日釣ったばかりで生け簀で泳がせていた新鮮な魚を数匹もらった。干し魚は紐を通し、鮮魚は小さなツボにいれてもらい家を後にする。労力の対価としては微妙なところかもしれないが、偶にはこういうのも悪くはないか。昼食と夕食を確保するという、当初の目的は果たされた訳であるし。

 

 家を出るころには、もうすっかり日が暮れていた。取り敢えず鮮魚を捌いて単純に焼き魚にするか。塩のストックはどれくらいあっただろうか、明日には爺さんにツボを返さなければなどといろいろ考えていたら、暗闇の先から歩いてくる人影に気づくのに遅れてしまった。

 

 目が合った、と思った瞬間しまったと内心毒づく。

 

 とぼとぼ一人で歩いていたあの少女が、こちらを見てパアッと顔を輝かせた。走って逃げようかとも考えたが、もう家は目と鼻の先だ。相手が駆け寄ってきたが、すぐに家に入り扉を閉めて鍵をかける。

 

 「なんだって俺なんだ」

 

 扉をドンドン叩かれていたが、もう無視を決め込む。異国の言葉でなにかを話していたが、なにを話しているか分からない。なにも聞こえないふりをして調理場で火をつけ魚をあぶる準備をする。

 

 鱗と内臓を綺麗に落としヒレを切断。水で軽く洗った後、塩を振りかけ鉄串を刺して、火の近くにたてるように刺しておく。あとは備蓄の、黒パンがあった筈。

 

 棚から安酒の酒瓶を取り出す。腹になにかを入れないうちに呑むのも普段はあまりやらないが、この日ばかりはさっさと飲んで床につきたかった。

 

 焼けた魚と黒パンを齧り、酒で煽る。爺さんの家で散々こき使われたというのに、今日は食事が喉をなかなか通らない。子供を見捨てることへの、罪悪感だろうか。

 

 だがしかし、もうなにかを背負ったり誰かに関わるのはごめんだった。グローが個人経営の傭兵のような事務所に所属するからと、誘いの手紙が来ていたがそれも無視していた。今更斬ったはったをするのも、勘弁したいしなにより顔なじみをもうこれ以上作りたくなかったからだ。

 

 それだけ、悪竜に殺された同じ探検隊のメンバーの死が未だに堪えているのだろうか。グローは先に進む道を見つけたというのに、俺は未だにこんなところでくすぶっている。

 

 悪酔いしやすい粗悪な安酒とはいえ、酔いが何時もより早く回り、夕食を半ば残して寝台に潜り込む。今は、一度全て忘れて酔いにまかせ惰眠を貪る。今はなにも考えず、ただ眠りにつきたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。来てほしくなくても朝はやってくる。

 

 取りあえず井戸まで出向き水を汲み、冒険者ギルドまで顔を出すことが日課だ。今日こそなにか仕事にありつければいいのだが。

 

 扉を開けると、なにかにひっかかる。もしやと思い隙間から覗くと、少女が扉の前で倒れふしていた。

 

 隙間に身体をねじ込み外に出ると、昨夜は暗がりでよく分からなかった少女の身体が朝日に照らされ見ることができた。

 

 顔がやや赤く、体調を崩しているようにも見える。目は泣き跡が残っており、苦し気な顔をしていた。足は土だらけであり、裸足だった。教会から飛び出し俺のことをずっと探していたのか、泥の中に血が滲んでいるように見える。

 

 「ああクソ、本当になんだってんだこのガキ」

 

 教会の連中も、飛び出したなら何故探してやらない。そんなにも異国の子供は面倒をみたくないか。

 

 軽い身体を抱え、家の中に入れる。残っていた水を全て使い足を綺麗に洗ってやり、救急箱から包帯と消毒液を取り出して治療をほどこす。痛そうに呻くが、少女は目を開けない。取り敢えず新鮮な水がもっといる。

 

 当初の予定通りに井戸水を汲みに家を出る。近所の住民に子供を締めだした大人だと認識されていないが不安だったが、その日は不思議なことに誰ともすれ違わなかった。放っておけば、どこかに行ってくれると思っていたので、玄関先に一晩放置は流石に体裁が悪すぎるってもんだ。

 

 問題の先送りかもしれないが、ひとまずホッとする。井戸水を桶に汲み持ち上げる。普段なら一杯で足りるが、今日は二杯分。もし熱をだしてきたら、それを収める為の冷たい水が必要だ。

 

 桶を二つ持ちかえると。少女は既に目を覚ましていた。机に乗る食べかけの黒パンと焼き魚を熱心に見ている。そしてこちらに気づき、恥ずかしがるように顔をそむけた。そんなに飯に意識をもっていかれたことが、恥ずかしいか。

 

 舌打ちをし、黒パンを手に取り少女に差し出す。おずおずとそれを受けとり、こちらが食べるジェスチャーをしてみせると明るい顔を見せパンにかじりついた。まずく固いパンであり、弱った身体には不向きである。案の定噛み千切るのに苦労をしはじめたので、一度受け取り水にパンを浸して柔らかくしてから再度差し出した。

 

 「食い終わったらさっさと出ていけ」

 

 言葉だけそういうが、通じていないだろう。少女を放置して、仕事を見つけに行く。一人少女を残していくからには、帰った時になにか物や備蓄の食料が無くなっていても文句はない。いやむしろ、それを持って消えてくれればいいとすら思う。他人と深い関係になり意識をしあうのは、もうごめんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドの仕事は、新しい開墾地の手入れだった。畑を耕すのに邪魔な木を切り倒し根を掘り返して、大小問わず植物の生育を妨げる石ころを退かしておく。まる一日働いて給料はそれなりであるが、こんな仕事でもありつけるだけまだマシだ。

 

 家に帰宅し、少女がいなくなっていることを期待して扉を開ける。だがそんな思いも虚しく、少女は家の中にいた。

 

 寝台の上には乗らず、それにもたれかかるように寝息を立てている。その手元には、ろくに使わない掃除用具が握られていた。よく見れば、ロクに掃除をしない家の中の清掃がされていた。空の酒瓶等のゴミは、だす場所が分からないのか一か所にまとめておいてある。

 

 恩を返すつもりなのだろうか。この少女なりに、考えに考えて。できることとして部屋の清掃を行ったのだろう。まだ体力も戻っていないというのに、恐らくは休みながら少しずつ少しずつ。足だって完治はまだまだなのに、痛みを耐えながらだ。

 

 酒瓶を持ち椅子に座るこちらの音に気付いたのか、少女は目を覚まし近づいてきた。なにかを話しているがどの道分からないので無視をし、木の杯に酒瓶を注ぐ。

 

 食事前に酒を呑むのは、やはり普段からやならないがこれで二日連続だ。酒をおもいきり煽り、杯をテーブルにおいた。酒瓶を掴もうとした手が、なにも掴まず宙をきる。

 

 見ると、背伸びをした少女がビンを掴みこちらの杯に酒を注ごうとしていた。しかし成熟していない身長に体力が戻らない身体、重い酒瓶に手が震え、注ぐ前に落として瓶を割ってしまう。

 

 しょうがないと立ち上がった瞬間、少女は怯えた顔でと頭を庇うように両腕をあげた。ただ瓶の破片を拾おうとしたたけなのだが。

 

 いやこれは、分かる。俺と同じだ。もう記憶もおぼろげであるが、親父は俺をなにかある度に殴りつけた。親父が立ち上がり腕をあげる動作、それだけで殴られると思い反射的に顔の前に手をかざしたものだ。もう親父の顔もその死因もロクに覚えていないといのに、その記憶と恐怖だけはジークリンデの脅威と同じく頭から消えない。

 

 もしかして、こいつもそうなのか。

 

 気づけば、俺は少女の細い身体を抱きしめていた。父にも母にも、そんなことをされた覚えはない。だが、こうしてやれば少しは安心するかもしれないと思ったからだ。

 

 少女は泣き、戸惑っていた。しかししばらくした後、俺の背中に手を回し大声で泣き始める。俺も、泣いていたかもしれない。少女が泣きつかれて寝てしまうまで、俺はずっと大丈夫だと言い続けた。言葉は通じなくても、意味は通じてくれるだろうと願いをこめて。

 

 泣きつかれた少女を寝台に寝かせ、薄い布団をかける。割れた酒瓶を回収し、ひとまとめにし床を拭く。ついでにしばらく酒は封印しよう。酒瓶をまとめて棚から降ろし、下の戸棚に片付ける。捨てるには、まだ少し思いきりが足りないがしばらくは視界にいれないようにする。

 

 「たく…今の稼ぎで二人暮らしは無理だっての」

 

 少女の寝顔を見ながら、呟いた。名前も分からない、言葉も分からない、年齢も国すら分からない子供を引き取るなんて我ながらどうかしている。しかし、もう切り捨てることだけはやめにした。かつての自分を重ねてしまった。そんな子を切り捨てるのは、かつての俺を捨てるのと同じに思えたからだ。

 

 「まともな仕事、探さねえとな」

 

 ランザ=ランテは、ポツリと言葉を漏らした。この暑い夏の夜は、後に言葉を覚え、テンと名乗った少女と義理の親子として二人暮らしを始めた最初の日となった。




 皆様の応援もあり、なんとか前章の祭りを終わらせることができました。この章も一話の番外編であり、次より新しい話が始まります。

 お気に入りが増えたり減ったりで、一喜一憂している日々ではありますが、感想を書いてくださる皆様や誤字や間違い描写ミス指摘をしてフォローしてくださる方のお陰で、めげずに続けることができました。この場を借りてお礼をもうしあげます。

 次回から新たな話も始まります。因みに、狐や竜、猫の行動指針や考え方が露わになりはじめたため、もし良かったら誰が人気かのアンケートなども面白そうかなと考えてはいます。やるかどうかはまだ分かりませんが。

 是非これからも、作品をよろしくお願いします。
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