家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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ノックの森妖


 リスムの沖、海に浮かぶとある島は二つの大橋に繋がれており、経済特別区と呼ばれていた。

 

 時代は遡り、リスム自治州が設立された当時、この地は帝国と連合王国二つの大国に挟まれた緩衝地帯として設立されたものの、その運営や法律、支配者や政治に至るまで二国の思惑が露骨に反映され、古くから住まうその土地の住民は散々煮え湯を飲まされていた。

 

 自治州とは名ばかりの緩衝地帯。二国からの利権を吸いたいがため、それぞれの国の息がかかった政策を打ち出す政治家達。まだノウハウの蓄積がなく、有用性から注目はされていたものの目立つ成果があがらない鯨油産業。ロクな軍隊の組織もできず、警備隊の前進である治安部隊も予算が吸い上げられ、時折地下迷宮から這い出る敵対生物の対処さえ後手に回っていた。

 

 そんな鬱屈した日々を送る住民達のなか、不満が爆発しないようガス抜き政策の一つとして認められたのがこの経済特別区という存在だった。

 

 表向きは、二国からの貿易品や他国の交易品が並ぶ、税がほぼ免除された商売のしやすい環境としての特別区。そしてその裏側では密輸品や盗品等の違法な取引。無許可の売春小屋を見て見ぬふりをするという、犯罪の温床を見逃す違法組織との密かな取り決めがあった。

 

 そんな自治州のおこりから十数年。鯨油産業が軌道にのりリスム独自の強みが出はじめ、自治州一の港湾都市として発展していくのに比例して、経済特別区も同様に成長していった。

 

 賭博場や酒場街、売春区に見世物小屋に闘技場、保養地としてビーチと高級宿泊施設までなんでもござれ。本土では縛りがキツイ商売もこの特別区の中だけは慣習によりあらゆる免除や優遇がされ、その利権を巡り元から島を牛耳る土着の組織レガリアとその利権を奪おうとする他国から流れて来た新参組織の間で、常に暗闘が起きていた。

 

 数年前大規模な抗争がおき、ついには自治州の行政や治安維持部隊等が介入せざるえなくなり、現状は三つの組織により島の利権は分割されているが、未だ危険な臭いが耐えない島である。

 

 そんな島の一区画、娼館と連れ込み宿が軒を連ねる北西通りに俺達は足を踏み入れていた。

 

 道行く女性達は服を半分以上着崩し、猫撫で声で男を誘い、木製の仕切りの奥では半裸の娼婦が思い思いに過ごし道行く男に流し目を送り手招きをする。男の客引きもおり、色気で誘惑する女達とは違いうちの店では他より安いだの性病の心配はないだの、特殊なプレイに対応しているだのあちこちから声が聞こえてきた。

 

 何度か声をかけられたが、先約があると道の奥に指をさすと、それだけで男も女も引き下がる。本土で待っていろといったのに強引についてきたクーラは辟易した表情を浮かべていた。子供を連れてこんなところを歩くさまは、人売りに来たのだと思われたのかもしれない。

 

 「呼び出しってなんなの、こんなところで」

 

 「さあな」

 

 壊滅したモスコーを後にしリスムに一度戻り、ギルドの安宿を利用しようとしたら受付から手紙を来ていると言われた。

 

 内容は、依頼したいことがあるからこの手紙を受け取った日付の二十時、リスム経済特別区のとある娼館に来いという内容だった。

 

 探索団から足を洗い、日銭稼ぎで過ごしていた時期は当然金がないから娼館には通えず、テンを拾ってからは職人の修行やテンの面倒を見ているから行く暇すらなく、妻を口説き落とす為にそんなところに行くなんてもっての他で、復讐の旅に出てからは女漁りなど考えたこともない。経済特別区にはあまり近づいたことはない。ただ一度を除いて。ある期間を除いてだが。

 

 だから呼び出した相手という意味では、心当たりがあった。

 

 娼館通りの中でもひときわ大きい屋敷のような建物。庭には噴水がついており、色とりどりの花や植木が植えられたそれはまるで迎賓館とでもいったたたずまいである。娼館であるにも関わらず、この建物の中には宿泊施設やカジノ、劇場に酒場まで入っているという。勿論ただ金を賭けたり劇団に公演をさせては他の通りにある同業者から苦情が来るが…ようはここでは金ではなく身体を賭け、いかがわしい劇を公演させているというだけだ。

 

 入口でガードマンに止められそうになる。紹介制の娼館なので当たり前の対応だが、こちらの顔を見るだけで謝罪の言葉と共に急いで玄関の扉を開け、中に入るのを許可する。

 

 玄関を開けたロビーはまるで洋館の一室。煩わしい受付カウンターなどなく、長椅子や照明台の近くで美女達がだむろし雑談をしていた。客が入り、好みの女性を引き連れそれぞれの部屋にそのまま連れていけるシステムらしい。

 

 当然帰る際には、荒事なれしたお兄さんに支払いをしなければならないが、ことが終わるまで彼等が出てくることはあまりない。

 

 「相変わらず時間通りで面白みがないな、お前は」

 

 「遅れて良かったことなど今まであったか?」

 

 「良いこともあるさ。お前のことだ、どうせ他所を見向きもせずにまっすぐ来ただろう。それとも…そういう趣味があるとは知らなかったが。小人族の娘を今度あてがってやろうか?」

 

 洋館中央の階段。夜会のスリットがはいったドレスを着こんだ金髪碧眼の美女が中腹から話しかけてきた。手には扇、いかにもな夜の時間を過ごす女性だ。

 

 クーラはフードの下でムッとした顔を浮かべたが、その次の瞬間にはなにかに気づいたのか物珍しさに目を丸くした。

 

 スレンダーな身体つきに長身、美貌は高級娼館にあたるこの舘ではさして珍しいものでもないが特筆すべきはその耳。人類とは敵対種、相いれない存在として認識されている精霊種、森妖族と呼称される俗にいうエルフというものの特徴だった。

 

 古くは蛮族、現在でも未開地や聖地と呼称される場所で立ち入る人類に容赦なく弓弩を向けてくる種族であるが、それがこんな娼館にいることが奇妙だとでも言いたげだ。理由はまあ、簡単だ。彼女の住む森を探索者時代に発見、綺麗な泉と肥沃な土地は耕作地として有用だったので報告。今その森は、小麦の畑と家々が連なっている。

 

 「十年程昔からお前を知っているが、相変わらず皺一つ浮かばないとはな。エルフはやはり化物だ。あとこいつとはそんな関係じゃない、妙な誤解をするな」

 

 「だがその化物としての性質は男受けをするのでね。十年、森にいたら欠伸をする間の期間だけど、この島は楽しいねぇ。初めて密度の高い十年を過ごしたよ。それと、相変わらず冗談をそのまま受け取るのは変わらないな。まったく成長していないとみえる」

 

 生存範囲を広げたい人類と、住処を護りたいエルフ達。探索者たる俺等は生存域拡大を邪魔する存在を見つけたからには、その調査結果とこの集落までの道筋を大本に報告しなければならない。

 

 エルフの集落から離脱する際に三人の仲間が殺されたが、後日の討伐隊結成後は多大な被害を受けながらも集落のエルフ達の三分の一を捕縛し残りは激しい抵抗戦のすえ殺害された。

 

 そしてあるエルフだけは、捕縛も殺害も免れ逆に金銭の褒美を受け取った。それが目の前にいる裏切りのエルフ、エレミヤだ。

 

 エレミヤは一時は全滅寸前まで追い詰められた調査団を助け逃げ道を提示し、その引き換えに自身の望みをぶちまけた。この集落のエルフを皆殺しにし、自由が欲しいと。

 

 エレミヤにどんな背景があったかは詳しい話は定かではないが、どうやら狭い世界と集落だからこそその中でも格差と差別のようなものがあり、異端の考えを持つとあまり良い扱いを受けてはいなかったから裏切ったのだと伝え聞いた。人間の間でもエルフの裏切り行為は珍しく、討伐隊や探索団でもそこそこ噂になっていたのだ。

 

 容姿端麗なエルフ族だ、人類の一員に数えられなくてもほぼ同じ姿かたちをしていれば売買先等選ばない。捕縛されたエルフは、世界各地のあまりよろしくはないところに売られていくだろう。縄で繋がれたエルフ達が鞭を打たれながら歩いていくさまを、エレミヤはほくそ笑みながら見ていたのが印象に残っている。

 

 報奨金で大陸各地を見て回ると言い俺達の前から消えていったが、その再開は三年前に遡る。

 

 グローに人妖という存在を告げ注意や情報提供を促すがイマイチ信じてもらえず、むしゃくしゃした気分のまま建物を出た後の再開だった。

 

 当時はまだ人妖の被害が各地から報告もあがらず、そういう現象が極稀にある程度にしか認識されていない為、妻子を失い気が動転したと勘違いしたグローには腫物を触るような対応された後掲げる大盾の支部を出た。

 

 雨の降るリスムの街、ずぶぬれになりながらやり場のない怒りを抱えながら歩いていたら、すれ違った馬車が止まる。降りてきたのは、どこをどう進んだらそうなるのか、高級娼館にて高級娼婦どころか経営に携わるところまで成り上がっていたエレミヤだった。

 

 屈強な護衛二人に拉致られるように強引に馬車に連れ込まれ、経済特別区にて建物の中に連れ込まれ事情を尋ねられる。親友にすら信じてもらえず半ば自暴自棄なっていた俺は、洗いざらい全てをぶちまけた。

 

 流石はこの世界で成り上がってきた女だ。聞き上手で、ついでに酒を勧めるタイミングもうまい。気づけばすべてをぶちまけた後号泣していた俺は、まるで触手に絡められた獲物のように寝台に誘われていた。

 

 なにもかもが、どうでも良くなっていた。青ざめたのは翌朝になってからだ、高級娼婦どころかその経営者まで昇りつめた女を抱いてしまい、いったいいくら請求されるか分かったものではない。

 

 朝日の中頭を抱えるこちらの肩が叩かれる、振り向くとにんまりと笑うエレミヤ。いったいいくら請求されるかと思ったが提示された条件はしばらくこの舘のガードマンとして働くことだった。

 

 激務だった。この島じたい脛に傷持つ者が集まる島だ、問題は毎日のようにおきる。それを説得、あるいは武力行使によって鎮圧していく必要がある。荒事から遠ざかっていた俺は、二日に一度は暴走した客にぶっ飛ばされていた。

 

 そんな俺を鍛え直してくれたのは、警備主任であり東方から流れてきたという投げ鬼という異名をもったクダ=ガンゼン。そして副主任のエイラ=マルーシャという二名だった。

 

 決められた期間この娼館でガードマンとして過ごした日々に、焦りはなかった。慣れてくればここは、戦闘の勘を取り戻すのには丁度いい。そしてこの島じたい、あちこちでトラブルがおこり不慮の事態における対応法や武器がない状態での格闘術を磨くのに丁度良かった。

 

 一年の期間で貯めた金銭を使い、高品質な装備に分類される戦闘用の外套とこの島で販売されていたストックを切り詰め取り回しと頑丈性を重視した散弾銃を購入した。

 

 エレミヤには引き止められたがそれは固辞した。必要だったとはいえ、回り道はこれでおしまいだ。

 

 それから二年、久しぶりの呼び出しに応じることになる。経済特別区にあれから近づくこともなかったが、自暴自棄になり技術も装備も未熟なままテンを探そうとしていた俺を止めたという意味では、ある意味では恩人と言える。その呼び出しくらいは、一度は応じなければならないと考え今日の再会である。油断ならない相手ではあるが。

 

 「部屋で話をしよう。来な」

 

 階段を昇るエレミヤに続いていく。あちこちから響くわざとらしい程に響く女性の嬌声に、クーラは耳を塞ぎたそうにしており無意識に頭の上のフードごしにある獣耳に手を置きそうになってしまいそうであった。自制心で堪えるが、子供にはまだ目が回るように酷な雰囲気だろう。

 

 どこかの部屋で悲鳴。ガードマンが二人侵入していき、男の両腕を掴み連行していく。小太りの男は、いかにも金持ちの親を持つ苦労知らずの男といった風貌だ。

 

 「リスムが鯨油で好景気をうみ、それに引きずられ他の産業もうなぎ上りに売り上げ伸ばしている。未曽有の好景気は良いが、成金が増えたせいか今はあの手の輩も多い」

 

 本気だ、俺が幸せにするからと叫びながら男は引きずられていった。部屋からは頬に濡れタオルをあてた可愛らしい娼婦が出てくる。エレミヤと目があい、肩を軽くすくめてみせ近づいて「慰謝料ふんだくってくださいね」と言いタオルを巻いた姿のまま立ち去っていった。

 

 「性と愛の区別がつかない輩が最近は増えたよ。特に金持ちの子供は拒否の経験が少ない。身体を抱けば心まで自分のものだと勘違いをする痛い思考が増えてきたがゆえ、この手のトラブルが珍しくはなくなった」

 

 「金額にあった対価の提供。それを越えて夢想をする奴が増えてきたということか」

 

 「拒絶の経験が少ない勘違い男は苦労するよ。ある程度までは対応する施設はあるが、それはそれを了承している娘にしかできないというのに、それがダメな娘にまですぐ変態的プレイを要求する。変な思い入れをする。そしてそれが受け入れられなければ暴走する。そして娼婦殺しは、何時の時代にも現れる」

 

 リスムの経済特別区ではないが、帝都よりもさらに向こう側、海を越えた島国である鷲獅子の王国で連続した娼婦殺しがおこっているようだ。犯人は未だ捕まっていない。最新情報までは知らないが、エレミヤの言う通りこの経済特別区にそれがおこっても不思議ではない。

 

 三つの裏組織が幅を利かせ睨んでいるこの狭い島では、それを行うことじたいが難しいかもしれないがそれでも可能性がない訳ではないのだ。

 

 話を聞いていたクーラはげんなりとしていた。理解ができない世界の話だろう。理解はしなくてもいい。一生関りのない世界であってほしい。

 

 客室に通され酒を勧めらるが、断る。ならば果実を絞ったジュースをと、人を呼んで二人分それを頼みガードマンに下がらせた。あの夜以降、この舘で酒を呑んだことはない。この先もない。

 

 「カンゼンのおっさんは元気か?あとエイラは」

 

 「カンゼンは一年半前、年からか死病を患い死に場所を探しに行くとこの舘を出た。エイラは、チンピラ同士の争いに巻き込まれた娼婦を庇い死んだよ。今は、警備主任と副主任は別の人間が担当している」

 

 「そうか」

 

 カンゼンの投げ技と、エイラの打撃技術は師事していた身にとっては素晴らしいものだった。そんな二人がこの数年でもういなくなったという事実は、素直に残念でならないし驚愕した。

 

 「カンゼンはともかく、エイラの墓は館の裏側にある。よければ、後で祈りでも捧げていってくれ」

 

 「そうさせてもらう。惜しい人達だった」

 

 あいた時間に自らにかした鍛錬に首を突っ込み、身体で覚えるに限ると何回も投げ技をかけてきたカンゼンには感謝と怨みが半々ずつある。暴徒が数人いようと単独かつ素手で流麗に鎮圧をするエイラには、頼みこんで師事をしてもらった。体躯や才能であの動きは無理だと言われたが、それでも基礎以上の格闘術を仕込んでくれた。

 

 この舘を出る時、カンゼンは笑顔で見送ってくれたが、エイラは罵倒混じりだった。それでも見送りに来てくれたことは忘れない。それが、最後に二人を見た姿になるとは思いもしなかった。

 

 「こちらとしては、お前も惜しい人材だ。人手はいくらあっても足りない、どうだ?またこの舘で働いてはくれないか」

 

 「それが用事だったら、話しは切り上げるが」

 

 「冷たいことを言うな。実は気になる話があるんだ」

 

 ガードマンが飲み物を運ぶ。給仕ではないのだなと考えたが、ここの職員はみななにかしらの戦闘技術を持つ者ばかりだったことを思い出す。この男も、普段は給仕だが何時おこるか分からないトラブルに備えて他のガードマンと同じ装備なのだろう。

 

 運ばれて来た飲み物は、柑橘類の汁を砂糖を溶かした牛乳で割ったものだった。本来ならばならここにアルコールも入る飲み物だが、断りをいれたうえクーラもいる為ノンアルコールだ。

 

 「このリスム自治州から帝国へと向かう道の途中、森林道があるのが分かるか?普段なら鯨油や交易品が帝都へと運ばれる為の道だ」

 

 エレミヤが机に自治州の地図を広げる。自治州と帝国を繋ぐ主要な道は幾つかあるが、そのうちの一つに森林道がある。ノック森林道。人の往来も多く特別おかしな道という訳ではない。

 

 「この道がどうかしたか」

 

 「エルフの目撃情報がある」

 

 「は?」「え?」

 

 俺のリアクションと、地図を見ていたクーラの疑問が重なった。

 

 エルフは可能な限り人里から距離をとる傾向にある。ましてノック森林道は山の麓にある道ではあるが、その山も既に人の手が入り植林と伐採を繰り返す材木の生産場ができているほどだ。そんな山、ましてや往来の多い森でエルフが目撃されるとはおかしな話だ。

 

 「この道は自分も通ったことがあるけど、どういうこと?とてもエルフがいるなんて思えないんだけど」

 

 「お嬢さんも…」

 

 「そういえば自己紹介していなかったね。クーラ=ネレイス」

 

 「これは失礼、クーラ。私はエレミヤ。エルフに姓はない、気安くエレミヤちゃんとでも呼んでくれていいぞ」

 

 ちゃんなんて年か、と内心毒づいた瞬間満面の笑みでこちらを見た。目が笑っていなくて、怖い。

 

 「話を戻そう、お前と同じようにはぐれのエルフという可能性は?」

 

 「なくはないけど、私はこう見えてエルフ世界でも突然変異という自覚があってね。その考えは除外しても良いと思う」

 

 人との接触すら極端に嫌うエルフが、男と肌を重ねる世界にいるということじたいが異常なことだ。その言には、納得できる。

 

 「目撃されただけか?実害は?」

 

 「この森林道を通る荷馬車や人が行方知れずになることがある。最近はよくない話が広がり護衛をつけて通る者も増えたけど、狙われるのは一人で旅をする者や、護衛なんて金がもったいないと数人で抜けようとする人達さ。巧みなのは少しずつ少しずつ人を浚っていること。私の娼館の利用者である若者が攫われ、エルフの目撃情報からその父がこちらに相談に来なければ気づかなかったほどさ」

 

 「実害がでているうえに、エルフの目撃情報があるのだろう?そこら辺の暇人がエルフで一攫千金を狙おうと森や山を調べにいきはしなかったのか?警備隊や掲げる大盾等の事務所の動きは」

 

 「知っている限り、警備隊の調査団は無傷かつ情報無しで戻るがそれを除いた個人調査の者は全滅。掲げる大盾は街道の護衛に努めているのみだよ」

 

 エレミヤが肩をすくめた。警備隊のみが生存したということか、なんとなく相手の考えが分かってきた。

 

 「警備組織の調査団にはなにも掴まさず帰らせ、個人できた者を軒並拉致している。予算不足の警備隊は長々調査をする余力はないし、掲げる大盾はそもそもこのリスムの港湾都市における治安を護るのに精一杯だ。知っているかい?さらには今その二つの組織は、最近モスコーでおきた事件に駆り出されて人手が足りない。モスコーでおこったことについては?」

 

 「ああ、知っている。成程な」

 

 モスコーでは瓦礫の撤去や生存者の捜索であちこちの組織や他国からも救助隊が派遣されている。リスム自治州に席をおく掲げる大盾としては、リスム内で不測の事態に対処する最低限の人員を残しほぼ全員でモスコーに出ているのだろう。警備隊もろとも、そちらに構っている暇はないらしい。

 

 本隊とは別で行動をする辺境警備隊も似たようなものかもしれない。豚鬼の部隊長、ゴストールの顔を思い出す。レイピアに貫かれ重症であったが、その後の応急処置やサグレを倒した後沈静化した食屍鬼のおかげで治療が間に合い生還。三日後にはもう瓦礫の片付けに手を貸していた。豚鬼の生命力は計り知れない。

 

 クーラが少し暗い顔をするが、背中を軽く叩いておく。俺等のできることは、あの街ではもうないのだから。

 

 「組織の調査団を潰せば、大本が本気になって潰しにかかってくるという仕組みをよく分かっているな。エルフがいるとして、多少人間社会を見聞きして、人慣れしたやつなのか?」

 

 「かもしれないな。なんにしても」

 

 エレミヤが地図の森に、冷たい目で睨みつける。

 

 「忌々しい」

 

 底冷えする憎悪を込めた言葉に、ゾクリとクーラが背筋を震わせていた。エレミヤは、理由は定かではないが同族を異様に嫌悪している。理由を聞いたことはないが、まるでエルフと言う種族全てが絶えてしまえば良いと思っているかのようだ。

 

 「時代遅れの引きこもり達が今更なにをしに出てきたかは知らないが、分相応という言葉を知らないようだ。私は、信頼おける元部下で、エルフについて知識もあるお前にこの事件の調査をお願いしたいと思っている。報酬については心配するな、言い値で払うがどうだ?」

 

 「エレミヤ、アンタがエルフに対してどれだけ憎んでいるかは分からないが、俺には俺の目的があり旅をしているんだ、報酬いくら積まれようとあまり寄り道をしている余裕は」

 

 「そういうだろう。だが、こちらとしてもそれは予測はしてある。これを渡しておこう」

 

 茶色い封に包まれた手紙が差し出される。封は破かれていないが、ランザに渡せという言葉とそれに書いてある名前に目がひかれた。

 

 「ガスパル」

 

 クーラが驚いたように名前を読む。モスコーの騒動の後一度二人でガスパルの元へ向かったが、彼のあばら家だけ残しガラクタ諸共ガスパルは姿を消していた。手元に残ったのは、クーラの腰に差してあるルーガルーの牙を研いだナイフのみで、毒瓶の中身は、翌日にはくすんで悪臭を放っていたため廃棄した。

 

 ガスパルは依頼で製造したと言っていた、受け取ったクーラは俺が依頼をしたと思っていたようだが、こちらはその覚えはない。あの祭りの期間は、サグレとベレーザの動向を気にするので精一杯だったからだ。

 

 誰に依頼をされたのかと聞こうとしたが、そんなガスパルは最初からいなかったかのように消えていた。死ぬような輩には思えないが、その後の行方は不明のままだ。

 

 だからこそクーラは驚愕し、俺も内心の鼓動を抑えながら手紙の封を開く。中身はシンプルだった。

 

 『ノック森林道及びノック登山道、人妖の気配あり』

 

 「胡散臭そうな男だったがね、ランザの名を知っていて、これを渡せば間違いなく依頼を受けてくれるといっていたよ。知り合いなのかい?」

 

 「ああ、確かにこれを見せられたら間違いなく俺は依頼を受けるだろうな」

 

 実害ある事件に、人妖が関わっている。それならば、俺が断る理由はない。傍らのクーラも、やろうと大きく頷いた。

 

 クーラはあれから、不安を隠し気丈に振る舞っている。内心はまだ恐れがあるだろうが、俺と旅を同行するというのが、人妖という怪物に挑むことと同じということは理解している。

 

  サグレという吸血鬼に比べれば並大抵の人妖は格が下となるが、もしもエルフとつるんでいるというならば森というホームグラウンドの下では相当のリスクがある。地の利を利用されれば、もしかたら変異したてで感情の隙をつくことができたサグレよりも危険な相手になるかもしれない。

 

 だがしかし、引くべき理由は見つからない。ガスパルがいなくなり、グローや掲げる大盾がモスコーの事件に手一杯の今手掛かりとなる情報を掴むこともできずいたからだ。まさに、渡りに船。

 

 「今日はもう遅い。良い食事と酒でゆっくりと英気を養ってくれ。それと準備に資金がいるならそれも遠慮するな、今日中に伝えてくれるなら明日の出達までに用意させてもらおう。そろそろあの豚の折檻が終わるころだから、慰謝料について話してくる。それが終わったら、食事ついでに久々に話でもしないか?特に」

 

 エレミヤが立ち上がり、クーラに視線を向ける。舌なめずりでもせん勢いだ。

 

 「ランザがどういう経緯で連れに選んだのか気になるしね。それに、成長したら良い女になる、稼ぎ頭になってくれそうだ」

 

 「早く行け。あと誘うな、こんな子供を」

 

 「おお、怖い怖い。それじゃあまたあとで」

 

 エレミヤが立ち去り、扉がしまる。ランザとクーラの視線は、ノック森林道とノック山道に注がれた。 

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