家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
「これが、人の手が入った森というのものか。あまりに、あまりに惨い」
ノックの山道を外れ、獣道を通り山頂付近から下を見下ろすエルフの若者は呟いた。若者とはいっても年は二百を過ぎていたが、人やその他種族の基準であって千年生きる者もでる可能性があるエルフにとっては若輩といっても差し支えはなかった。
視界の端に映るのは、山の下腹部にある植林地帯である。本来山に生えるべき、森にすむ生物を慈しみ育てる為の果実や木の実を育てる種類は切り倒され、建材や船の材料に適した品種ばかりを植えられ育てられ歪な生態系となっていた。
植えられた木々に罪はないが、歪んだ山林という現状は唾棄すべきものだ。自然のサイクルを自分達の言いように操っているという傲慢がみてとれる醜悪さ。植林地帯の下には木材の加工をし運搬を行う施設もあるが、歯ぎしりをしながらも今はそこを襲うことはできない。
帝国と自治州からの出資を受けているその施設を攻撃すれば、リスムも帝都も黙ってはいないだろう。人の力というのが恐るべきものであるというのはよく知っている。おいそれと攻撃できるものではない。
今少し、少しだけ我慢をする必要がある。幸いなことに贄は順調に集まっている。反動をおこさないように、少しずつ捧げていくだけでいい。
森の中腹まで降り、天然の洞穴の中に入る。潜伏先が故に目立つことができない為、土堀りのコボルト共のような住まいになることは苦痛ではあるが、耐えられない訳ではない。
志を同じくする同志達とすれ違いざま二言三言会話をし、進む。洞窟の最奥、一人のエルフが広い空間の真ん中で膝をつき目を閉じていた。
異様なのはその姿であり、衣服を全て脱ぎ棄てた身体から背中と両腕から木の根が伸びており洞窟の天井を貫き外まで伸びている。根が揺れる度に苦し気に表情を歪め、口からは苦痛の声を漏らしていた。
「ミハエル」
声をかけると、うっすらと目を開ける。口からはポツリポツリとなにかを呟いているが、なにを話しているか聞こえない。耳を近づけて聞いたところで、それはもう言語としての体をなしていない。もう本人の意思を持ち話していることかどうかなのかすら分からない。
だがしかし、その心中に思っていることは分かる。分かるとも。
「今日の贄は」
「これからです」
「急げ」
短く伝えると、同志が動き別部屋に建設した洞窟から男を一人連れてきた。半殺しにされ、足首の腱を切り逃走を不可能にしている。縄で縛り上げたまま、男を洞窟の中央まで運び床に降ろす。
「ミハエル、今日の贄だ。君の苦しみを少しでも軽減させてくれるだろう。もう少しだけだけ耐えてくれ、あのリスムさえ落とす力を蓄えることができたら、我々の目的は結実する」
連れて来られた男は、猿轡を噛まされていた。その男にどこからか伸びてきた根が近づく。身体のあちこちに鋭い尖端が突き刺さり、男は悲鳴をあげた。水分をすするように男の体液を啜り上げ、一気に身体が乾燥していく。それと同時に、ミハエルと呼ばれた女性の顔は苦し気な顔から穏やかな表情に変わった。
それを眺めながらも、男の脳裏には十年前の記憶が蘇っていた。古くから深緑の古き地を護る一族の集落に、たどり着いた人間達。掟に従い罠にはめたあと、人間達は皆殺しにして森の養分にする手筈だった。
だがただ一人の裏切者の仕業により、人間達の大多数には逃れられ、先の報復と言わんばかりに戦闘に秀でた一団が森に攻め寄せてきた。
産まれて初めての里でおこる本格的な闘争であったが、地の利があるこちらならばいかに人間達が攻めてこようと余裕で返り討ちにできる算段はあった。
しかし、姿をくらましていた裏切者は人間についていた。こちらの戦術や武装に森の地理地形、全てを洗いざらいぶちまけこちらの優位性を潰し、そのせいで集落は壊滅した。
猛々しく戦った男達は殺され、女達の大多数は拉致される。ある程度の年齢以下の者達はあらかじめ避難しており難を逃れたが、集落を護ろうとした者達は撫で斬り、女達は連れ去られた。
神聖な森は焼き払われ、人間の食料を作る畑へと変貌し、憩いの泉は手が加えられ飲料水を確保する為のだけの場となった。
エルフの集落は、全て焼き払われ、今そこには人間達の住居が立ち並んでいる。
人により、全てを奪われた。それなのに我々生き残りは、さらに奥の僻地に逃れまた何時来るかも分からない人間達に怯えなければならなかった。
惨めで、悲惨。環境がガラリと代わった僻地での生活に、体調を崩したり絶望からか多くの同胞が病でこの世を去っていった。
そんな生活を送るなか、一匹の狐が隠れ里へと現れた。もう二年半も前の話になる。
「時間がかかりますが、人類に対して切り札となりえる手段が存在しますよ」
人外の力を持つ狐が提示したのは、外道の法。だが強力にして強大な、呪法と呼べるものであった。効果は絶大、しかしそれを成す為には、誰かが犠牲にならなければならなかった。
ミハエルは、その贄に名乗りをあげた。自分はこの中で一番体力がなく、弓の技術もない。足手まといだ。だが、それでも故郷をあんなにした人間達には一泡吹かせてやりたい、やり返してやりたいと。
一晩の話し合いの結果、生き残りの一族達で狐の案にのることとなった。狐は呪法をミハエルに施し、然るべき地と然るべきタイミングを提示してから立ち去った。
そうして一族全体でミハエルを護り続け、その身体から呪法の息吹が芽吹くタイミングでここに場所を移してきたのだ。容易ではなかった、だがやり遂げた。
後少しで、人類に対して痛打を与えることができる。大規模な人口を持ち、それと半比例して街を護る防人達が貧弱なリスムの地ならば新たな苗床として丁度いい。リスムの人間達は、全てミハエルの贄となってもらう。
「もう少しだけ耐えてくれ、ミハエル」
一番最年少のエルフに背を向け、無意識に拳を握りしめる。
「同志諸君。我等の宿願、その第一歩も後少しだ。各々運命の日まで油断せずに、計画通りに進めてくれ」
後ろに集まっていた、あの夜の生き残り達に声をかける。神妙な顔で頷く者や、笑みを浮かべる者。ようやくだと涙を流す者等そのリアクションは様々だった。
「取り戻すぞ、奪われた全てを」
暗い洞窟の中で、雄叫びが響いた。
経済特別区の一区画。元々ここが他所から来た者が住み着く前に、この島に元から住んでいた者達が住む住居が並んでいる。この島での最大勢力の組織であるレガリア発祥の地であり、一見本土でも見るような街並みではあるがその内部は笑顔で会話をしながら懐にナイフを忍ばせるような住民達が暮らしている。
だがそれでも、治安は良い方だ。ほぼ毎日のように小競り合いのような争いがおこるこの島では、高級リゾート地としてのビーチとホテルのある区域と同じくらいには穏やかな治安である。
「できたぞ」
エレミヤの娼館に泊まって一夜過ごし、翌日。そんな住宅街のなか、ガスパルのところほどではないが、ガラクタを敷地内に転がしたガンスミスのいる武器工房兼販売所へと足を運んでいた。
ジークリンデには玩具扱いされているものの、この散弾銃も二年の間狂気じみた化物相手に共に戦ってきた相棒だ。ぶっきらぼうに銃器を返してきたまだ年若い男は、この銃を作り上げた職人でもある。
「随分無茶な使い方をしたな。その分手入れはしているようだが、あまり酷使しすぎるとそのうち暴発するぞ。取り敢えず摩耗したり、傷がついた部品は交換しておいた。支払い請求は、本当にエレミヤのところで良いんだな」
「未だに暴発はしていないがな。アンタの腕がいいおかげだ。エレミヤに話は通してあるから、そうしてくれ」
散弾銃の調子を確認。中折れ式の銃器を開き、弾はこめないものの弾丸を装填する動きを再現し銃器を戻す。引き金をひき、カチンという音が響いた。
あまり気になってはいなかったが、弾丸を装填する際に動かすパーツの動作が滑らかになっているのが分かる。それだけ、気付いていないだけで酷使された銃身のパーツは疲弊していたということか。秒で生死が決まる戦闘中は、それだけの違いでもありがたい。
「良い仕上がりだ。ありがとう」
「どうも、仕事だからな」
お互いに握手を交わし仕事の契約終了となる。懐が痛まない買い物はありがたい。他には、火薬や白粉に布袋等各種道具の素材も調達をしておきたい。
「そんなボロでよく今まで折れずにきたな」
別のカウンターから声が聞こえる。クーラのショートソードを見聞していた男は、呆れたような声をあげた。リスムの中古市場から二束三文で購入した中古品らしいが、もう何時折れてもおかしくはなかったらしい。
「鍛え直すとかじゃなくて、悪いことは言わないから新しいのを買え。こんな装備で戦って死にたいっていうなら話は違うがな」
「どうせエレミヤが支払いをする。遠慮しておくだけ損だ」
「じゃあ…」
棚に目を泳がせる。あの体躯にあう刃物となると、剣よりもナイフの類になるだろう。それでも壁に目を泳がせ銃剣付きのライフル銃から槍のような長物まで目を向けており、ある一本の前で視線を止める。
片刃の直刀。クーラと初めて敵として出会った時に装備していたものとほぼ同じ長さの代物だ。許可をもらいそれを握りしめ、片手で軽く振るう。重心に違和感でもあるのか何度か試した後、納得をしたように頷いた。
「おじさん、これにする」
「おじさんはやめてくれ。だが了解だ、あとは…ちょっと待ってな」
直刀の鞘を渡し、おじさんと呼ばれた男は店の奥にひっこんでいった。手に持っているのは、頑丈そうな鱗に覆われた胸当てとボロではない布製の上着。黒革の戦闘用ブーツ、そして投げナイフをしまう穴を多数設けた革製品の肩掛けだった。
「直刀のオマケだ、お嬢ちゃんのサイズにもあう」
「オマケにしては数が多いな。それに、何故サイズがあう。小人族ようの特注品でもなければ、女の子に武装させる趣味でもあったのか」
「昨晩のうちにエレミヤの使いが来て、これくらいの女の子サイズで着れる装備が欲しいと徹夜させられた。大きさを直すだけだから、なんとかなったがな。ブーツは小人族用に用意したもんの売れ残り、この街に根を張ろうとした新参のリド同盟という組織がトップを殺され半壊し、退却した。注文を受けていたが、受け取る前に消えたから用意していたもんが無駄になっていたが…渡す先が見つかって良かった。
ブーツの代金は無しだ、急な注文に多少腹は立ったが、あれに恩と顔を売っておいて損はない。あの娼館は、何時か使いたいからな」
エレミヤは昨晩の夕食会でも、クーラを嘗め回すように見ていたが身長や体型を測っていたのだろう。会話の中で戦闘方法や投げナイフもできるという言葉も出てきたため、それに合わせて用意をしていたという訳か。
サイズの調整が難しいブーツの出所は、壊滅した新参組織の注文か。リド同盟という組織は知らないが、小人族の多かったのだろうか。そういえば、エレミヤが小人族の娼婦を勧めてきていた。壊滅したリド同盟にいた情婦が、流れたのかもしれない。
「あとはそのグローブだが、残念ながら魔術具は弄り方が分からん。それの調整は諦めてくれ」
モスコーの騒動の際、クーラはどこから拾ってきたのか炎を操ることができる魔術具であるグローブをはめていた。サイズがやや合っていないようだが、手放すのも惜しいと本人は売りにだす様子もないようだ。ここでサイズ直しができるなら良かったが、それは上手くいかないらしい。
「ランザ」
「ああ、着替えてこい」
装備の試着室を借りて、クーラは着替えにいった。ボロ服の旅人装備と薄い胸当て、古いショートソードでモスコーの騒動を乗り越えたのだ。衣服はボロボロであったし、恐らくは靴も限界だったのだろう。
しばらくしてからクーラは、戻ってきた。足を適度に絞めて疲弊や衝撃を軽減する戦闘用ブーツを履き、暗い黒で人気はでないが、汚れが目立たず穴一つない布服。肩から投げナイフを刺しこんでおける肩掛けを装着し、緑色の鱗に覆われた胸当てが身体の急所を守っていた。
直刀は腰の後ろに差し、フード付きの上着の下に隠すように装備をしている。腰には、ルーガルーの牙を削り出したナイフがぶら下がっていた。
「だいぶマシになったじゃねえか、いっぱしの戦士ってところだな。ついでに投げナイフもオマケしておいてやるよ。」
「まあ、外見で侮られることは減りそうじゃね?」
ガンスミスとクーラに対応をしていた男が揃って声をあげる。少し恥ずかしいのか照れながらクーラは身体をあちこち見ており、最後にこちらを見上げどうかな、と小首を傾げていた。
胸当てという最低限の防具と、衝撃を吸収するブーツ。軽量級の武器ならば動き回ることが得意なクーラの邪魔になることはないだろう。良いんじゃないかと頷くと、顔を赤くしながら笑った。
「ふー」
「ひゅー」
男二人がなにやら囃し立てるが、取りあえずここでの用事はすでにすんでいる。投げナイフを数本装着するのを待ち、店を出た。気前がやたらと良いが、そのサービスの裏側は俺達のバックに娼館街の大物であるエレミヤがいるからであろう。
俺達からの評判が伝われば、商売の足しになるどころかあの紹介制である高級娼館に入れるかもしれないというオマケつきだ。サービス過剰にも、なるだろう。
そんな気持ちは男として分からないのでもないので、今回の依頼が終わり生還したら取りあえずサービスの良さくらいは伝えておこう。あとは、彼等次第だ。
「あとは本土に戻って、飲料水と食料、爆薬の買い足しだな。今日はギルドの宿に泊まって調合や山登りの支度をして、翌日朝一番に向かおう。問題はあるか?」
「いや、ないよ。山登りなんて久しぶりだしね。ノックの山道や街道の詳しい地図も今夜中に頭に叩き込んでおきたいし、いざという時遭難したくないからね」
依頼に期日は設けられなかったため、痛んだ装備や消耗品の買い足しを行い、地理地形を頭に叩き込んでからの出発となる。ノックの周辺は向かう用事がなく地理が不透明なため、クーラだけではなく自分も周辺地図や山道を脳内に叩きこんでおく必要があった。
経済特別区から出て、大橋の上を歩く。石畳みの橋を歩きながら、クーラは経済特別区の方に振り向いた。
初めて渡った島ではあるが、もしかしたら自分もなにかが違えばあの島に売られていた可能性があると考えているのだろうか。
エレミヤが仕切る高級娼館は、よほどの器量よしでなければ奴隷などという無粋な存在は購入しない。技術や接客能力に美貌を揃えた娘達は勿論いるが、それ以外には昼間は表で違う仕事を持っており、夜は高級娼館で稼いでいるという者達もいる。大金を払ってでも、昼は別の顔を持つ美人な素人を買いたがる客もいるのだ。
そんな者達は、今更奴隷等見向きもしない。矛盾をするようだが、奴隷には存在しない気品や清楚さを娼婦に求める客層というもの確かにいるのだ。娼館での男女の関係は、複雑怪奇という訳だ。
だが、それでも下級に位置する娼館では奴隷あがりの娘や他に行き場のない者達がごまんとしたりする。伝え聞いた話では、北峰の小国にて反乱があり国を追われた者達の中には難民申請が通らず、娼婦に身をやつすしかない者達が入ったという話もある。規制が緩い経済特別区の中には、当然そういう者達も入っているだろう。
そして、そんな娘達は立場が弱い。使い潰されることなど日常茶飯事だ。男はいよいよ追い詰められると野盗や奴隷、物乞いになるしかなくなってくるが、どちらが辛いかなどは想像もつかない。
「ランザはあの島で、一年いたんだね」
「ああ、まあな。長くもあり、短くも感じた一年だった」
「美人に囲まれて、楽しい一年だったんじゃないの?」
思わずハッと鼻で笑ってしまった。
投げ鬼のシゴキとエイラの手解きは当然辛いし、三大勢力がひしめく経済特別区の中では中立を公言する娼館街は、一応戦闘禁止地帯となっているがそれでもうっかり出くわした勢力同士の下っ端による小競り合いが絶えなかった。
そのうえ、リスムに憧れたおのぼりさんのチンピラ達が、場を弁えず若さにかまけ暴走することもあれば、昨日おこったような男女関係のいざこざやトラブル解決に奔走したこともある。
とてもじゃないが、争い処理に修行、男女のいざこざ仲介に娼婦たちのスケジュール管理やストレス緩和等奔走していたら、とてもではないが楽しい一年とは言えなかった。
しかし、目の前の出来事に奔走された毎日というのは、逆に言えばそれだけ復讐やテンのことを一時的にでも忘れさせることができた。そして寝る前、ごちゃごちゃになった感情を少しずつ整理をすることができ、そして最終的によく考えたうえで復讐の旅を選ぶことができた。
もしかしたら、エレミヤは自暴自棄になっていたこちらを見かね、一度感情をリセットさせ考え直す時間といものを与えてくれたのかもしれない。多少なりとも使えると踏んだ知人の首に、期間付きとはいえ首輪を嵌めて使い倒すという目的はあっただろうが、もし想像が正しかったとしたらやはり表には出せないが彼女には頭が上がらない。
面と向かい言えば、にんまり微笑みながら「そうなんだよーようやく気付いたかい?にぶちんめ」と肯定し恩返しを要求されそうであるため絶対に言わないが。
「客のトラブル、男女関係のいざこざ、行為後の寝台の後始末、暴力沙汰ええとあとはなー心霊騒動なんてものもあったかな」
目の前で笑いながら指折り数えてやる。それを聞いたクーラは顔をしかめ、額に手をあて小さなため息をついた。
「ごめん、もういい」
「楽しい一年を過ごせていただろう」
「そだね…」
若干引き気味にクーラは肯定した。いたずらを仕掛けてきたつもりかもしれないが、反撃には成功した。年場のいかない女の子にこんなふうに反撃して反応を楽しいと思うなんて、多少なりともセクハラを含む回答をするなんて、俺も品のないおっさんにまた近づいたのかもしれない。
「でもそんな環境で、よく格闘術なんて学べたね。道場でもないのに」
「娼館のガードマンはボーイも兼ねているからな。剣やライフル銃なんて威圧的なものぶら下げながら客とすれ違えば、委縮してしまう可能性もある。だから、問題がおこっても素手で鎮圧できる者達が必要だったんだ。同じ理由で、リゾート区画の警備員達の武装も可能な限り隠したり威圧感がでない色で塗装をしている。物騒なものを見てからでは、楽しむ気分が台無しになるからな」
「へー」
「こちらが素手でも相手は腰の武器を抜いてくることもあるから、鎮圧も場合によっちゃ命がけだ。だからこそ、高い金払って実力者を迎え入れているのさ。俺がいた頃には、投げ技の達人と打撃術の逸材がいた。二人とももういないが、俺の師匠といっても良いかもしれないな」
そして、娼館街での職員が極力武装をしない理由は、あくまで三勢力の争いからは中立を保つため。下手に武器を蓄え武装をし、トラブルとなればどんな難癖をつけられいずれかの組織に呑み込まれてしまうかもしれない。自衛を捨てた自衛、というのもエレミヤの方針だ。
橋を渡りきり、しばらく海岸沿いを歩きギルドの安宿を目指す。買い物前に宿を確保しておかないと、リスムのような大きな街では夜に来た頃には空き部屋無しになりかねない。途中で掲げる大盾支部の前を通りかかり、顔をだしておこうとしたがやめた。だいたいの者達はモスコーの騒動を対応にあたっているし、残った者も忙しくしているだろう。
なにより、事件前にモスコーを目指すとグローにこちらの旅先を告げていた。万が一事情を知る者に捕まり、根掘り葉掘り当時の状況を聞かれるのも面倒な話である。
掲げる大盾の前を通り過ぎ、ギルドの安宿に辿り着き二人部屋を確保する。盗難の危険がある為、道具類を置いて外出することはできないがこれで夜に野宿を気にする必要はなくなった。
少しだけ休んでからまた出ようというクーラの提案に頷く。二つある寝台の片方に腰を降ろすと、クーラも一度荷物を降ろす。首から彫られた馬のお守りをだし、少しだけ撫でながら視線を落としていた。
「無事目的地に、たどり着く為のお守りだったか」
「うん。いろいろサグレには見せてもらったけど、やっぱりこれが良いかなってね。ランザは色々考えていたみたいだけど、やっぱり離れたくなかったんだよ」
「それが未だに分からない。俺はもうお前を近くに置くしかないが、それ以前のお前はなんでわざわざ殺されかけた相手についてきたんだ」
疑問を尋ねると、クーラは顔を急激に赤くした。フードの下で耳がせわしなく動き、尻尾もブンブン動きまわっているのが分かる。無意識か、首に指を這わせながら口をあわあわとさせていた。目が前後左右に動きまくり、とてもじゃないが平然ではない。これはどういうリアクションなのだろうか。
「は、話したくないってこともあるんだよね。秘密、トップシークレット」
「なんだそりゃ」
「トップシークレット!」
クーラが顔を背ける。これ以上は聞けそうにない。興味本位では、これ以上聞きようもないだろう。
「じゃあ話せることを話してくれ。サグレとベレーザを埋葬した日、お前はこちらからも話すことがあると言っていたな。あれはいったいなんだったんだ。結局、聞けていなかった」
「あ…うん」
コホンとクーラは咳ばらいを一つして、何時もの顔に戻る。表情は真剣そのものだった。
「話というのは自分の古巣のこと。自分は、レントに忠誠を誓っていた。恩義もあったし、キラービーを嗾けランザを襲撃したのもその一環。あ…ちなみにだけどレントは覚えている?掲げる大盾の支部長室で、乱入してきたあの男だよ」
「ああ、覚えている。来客中に気にせず乱入した無礼なやつと印象だがな」
クーラはそれになにかを言いかけ、本筋とは関係がないと飲み込んだ。言っておいて気づいたが、足で踏みつけ机を破壊した俺は、あの場では無礼という意味では群を抜いている。それをつっこみたかったのかもしれない。
「レントは、俺の殺害をお前に命令したのか」
「ううん、半ば自分の独断。だけどそれを伝えたレントは反対しなかった」
能力があるとはいえ、こんな子供を暗殺者として使うというてんではレントやらも、口ほど聖人ではないようだ。あれから出会ってはいないが、次もし会話をすることがあったらそれを念頭に置いて接した方が良いだろう。
「自分はランザについていきたくて、レントと袂を分かった。レントにとって自分は多少便利な使い捨ての駒だっただろうけど、何故かモスコーまでランザに対して監視をよこしていた」
「監視だと?」
「奇妙に曲がりながら襲う、弾丸に襲われたでしょう」
頷くと、クーラも頷き返した。目を鋭くし、続きの言葉を紡ぐ。
「あれはレントに命令された監視役の暴走。早くレントの元に戻りたいが為に、ランザをモスコー騒動のどさくさに紛れて殺そうとした。覚えている?レントの近くにいた栗毛の女が、それだよ」
「あの女か。そいつはまだ、俺を監視しているのか?」
「自分が、殺しておいた」
人を殺した、それも知っている人間を。それを平然とクーラは、言ってのけた。こちらの表情が険しくなってきたのか、それに気づいたクーラが慌てて口を開く。
「ああでも、死体はちゃんと食屍鬼に乱暴されて殺されたようにしておいたよ。万が一にでも自分が殺したってことにはならない筈だからさ。だから安心してほしいな」
「いや…いや、いい」
クーラは暗殺者として教育をされていた。人を殺すことになんの躊躇いも今更ないだろう。それはもう、育つ環境や価値観の差異というものだろうか。だが俺だったら、いくら敵対したとはいえ知人を平然と食屍鬼に食わせて殺せるだろうか。それは、分からない。
そしてそれを怒ることは、できない。あのまま弾丸に狙われ続けたら、サグレどころではなかったからだ。クーラは俺の命を救ってくれていた。ベレーザのとの決闘の結末も合わせ、あの日だけで二度もだ。
「慌てるなクーラ。俺は命を助けられたんだろう?礼を言うのは俺だし、非難の言葉を向けるつもりはない」
「あ…ふう。良かった」
クーラは、安堵の息をついた。安心した顔で続きを話し続ける。
「でも油断しないでね。また監視をレントは送り込むかもしれないし、その監視は絶対にモスコーで暴走したやつより強い。自分が目を光らせておくけど、ランザもそれを覚えておいてくれると助かる」
「こんな野郎監視してなにが楽しいんだ。レントはなにを考えているんだ」
「それは…ごめん分からない。レントの自分に対する執着はたいしたことないだろうし、なにを目的にランザを調べているのか…見当がつかないね。だから、これからも油断しない方がいいと思う」
「付き合っている暇は、ないんだけどな」
「あと彼には特殊な力がある。特殊な技量を他人に授ける技、加護っていってたな。それのおかげで自分はキラービーを操り、監視の女は弾丸を自由に操れた。もっとも自分は、加護の力はレントから離れた時点で消失しているけどね。世間では未発見の未知なる魔術具を使っているのかもしれないけど、原理は不明」
面倒なことになったものだ。妙な執着に特殊な力。レントが送りこむ監視が監視に留めてくれるなら面倒も少ないが、ただ一言二言と会話しただけの相手にこうまで執着されるとは想像の埒外だ。最近の若いのは、なにを考えているのやら。
「一時間程休んだらまた出よう。仮眠でもしておくか?」
「良いの?ありがとう。昨夜はエレミヤに散々質問責めされてまいっちゃったんだよね。それじゃ、先に横にならせてもらうね」
クーラがコテンと横になり、寝息をたてはじめた。
クーラから聞いた話を、脳内で整理をする。本当にレントは、いったいなにを考え目的にしているのだろうか。