家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
リスム自治州と帝都を繋ぐ道は、海上を含めれば、密入国者が使うような険しく危険な狭い道を除き四つ程存在する。
まずは港湾都市らしく、海上を大型船に乗り移動する海路。海岸沿いにしかれた陸路。モスコーを通り過ぎ、山に開かれたトンネルを通り過ぎる整備された山道。そして、ここノックの森林道だ。
それぞれの道では、行きかう商品や通行する人の種類もガラリと変化する。例えば、ここノック森林道は製材所と植林地が存在する為主に行きかう品物は建材だ。ここで伐採、加工された木材はリスムや帝国にて大型船の材料や建物の建材に使われる。そして、リスム名産の鯨油も多く運ばれる。
ノック森林道の先は帝国内陸部へと続いている。鯨油は海路で運べば、大型船での輸送となる為大量の鯨油が輸送でき、到着した帝国の港街から各都市へと運ばれていく。ならば何故わざわざ森林道から運ぶのかと言えば、個人で買い付けをした商人達が各々の商業路に応じて中規模な都市や村落へと売りに行くためだ。
大型船を利用し、帝都の各都市へと販売路を持つのは大商会だ。六から七割、帝都に運ばれる鯨油の販売を担っているといっても良い。だが、そんな商会でも流石に帝国の全てをカバーできる程ではない。残りの四から三割を中小規模の商会や個人商人達が輸送や販売を担当しているのだ。
そんな彼等が、このノック森林道を利用している。道を歩いている最中でも、武装した護衛を連れた商人達とすれ違った。三から五人程度ではあるが、槍やライフルで武装した護衛だ。あまり大人数になれば損得分岐点に引っかかる。小規模の護衛ではあるが、儲けを考えればこれが精一杯なのであろう。
内心歯噛みしている筈だ。前のように穏やかな道であるならば、この護衛の分売り上げが増えるというのに…と。
ノック森林道を歩き続け、製材所と帝国の国境へと続く分岐点へとたどり着く。ここまで来れば、帝国との国境までほぼ目と鼻の先。多少なりとも賢明ならば、この先で騒ぎをおこそうなどと思わないだろう。
リスムからここまでで異常は無し。腰にぶら下がる散弾銃を警戒したのか、襲われることもなければエルフが出てくることもなかった。
製材所に話を聞きに行こうかとも考えたが、やめる。エルフで一攫千金を夢見る者が大挙として押し寄せ情報を得ようとしただろうし、警備隊の調査も入り情報収集の一環で聞き取り調査を行った筈だ。この手の手合いは、うんざりしているだろう。
前日、警備隊に調査の結果をダメ元で聞こうとして失敗した。グローがいたら伝手でなんとかなったかもしれないが、エルフについて少しでも情報を得ようとした連中と同じ扱いをされ門前払いをされてしまった。向こうも、連日のように似たような連中が訪れ辟易していたのだろう。
いっそ帝国の連中が介入してくれればとも考えるが、お偉方の腰は重い。海上輸送路が無事であれば、ノック森林道の重要性はどうしても低くなってしまう。ましてリスムは、帝国と連合王国の緩衝地帯。帝国は、経済協力や政治闘争以外、自治州に対しての直接介入は極力控えている。
共同出資の植林場や製材所が潰されたり、街道を通る半分程が行方不明になる程酷くならないと、重い腰を上げてはくれないだろう。帝国の介入を促すには、まだ被害が足りない。
昨夜叩きこんだ地図を脳内で広げる。分岐路から離れ、元来た道を戻る。
ノックの山道に入る為に脇道に侵入し、取りあえず頂上を目指すことにする。ここには古い時代にはのろし台が存在し、山頂まで行けば昔使用していた台の跡地があるそうだ。観光名所にするにはいささかパンチ力が足りないが、登山が好きな者達にとってノックの山は初心者向けということで、昇りに来る者もいるらしい。
山道に入り山道をしばらく歩く。植林された杉が高く育っていた。
杉は俺にとっても慣れ親しんだ素材だ。空気を含んでいるから軽く、真っ直ぐな繊維は加工がしやすい。触ると温かみも感じる、良い材木である。
同じ杉でも育った環境により、色合いに違いもでたりする。生きている木でも伐採すると丸太の中心部と外側で色合いが違い、中心部を心材、外側を辺材と呼ばれている。
家具工房に働いていた頃に聞いた話だが、中心部の心材というのは木の活動が眠りについた部位。外側の辺材は生命活動が活発な部位であるらしい。すべての生命が活動していれば、吸い上げる水分では生命活動が追い付けず足りない為、成長するにつれ少しづつ中央部に近い部位が眠りについていくそうだ。
そして先程の話だが、心材は育った環境によって赤茶色だったり黒かったり、うっすらとピンクに見えたりと様々だった。
家具職人としては、それをどう使うのかが腕の見せ所の一つだ。軽い杉で作られた家具は持ち運びがしやすく楽であるし、香りが良く、蟲もあまり寄り付かない。なにより年数が経てば味わい深い色合いになる。杉の加工は、家具職人として一人前どころか半人前になる為の登竜門であった。
懐かしい気分に浸りながら歩くが、今なにをしにきているのかと自分を叱咤し前を向く。植林場での被害はでていないが、俺がその最初の被害者になりかねない。
植林場は想像以上に続いていたが、山の中腹辺りまで昇れば流石に途切れていた。そこから先は、シイやカシ、ナラ等の広葉樹林が多く見える。
秋に色を変え、山を彩どる広葉が多く見える。成程、これを観に登山をする人間もいるのかもしれない。
荷物から革袋を取り出す。なかの水を飲もうとした瞬間、足元に一本のナイフが突き刺さった。
すぐさまその場から飛びずさると、先程までいた場所に矢が数本突き刺さる。腰から剣を引き抜く、質量を無視して出現する連結刃を自分を中心に周囲を一回転しながら振り回す。以前より、躊躇なくジークリンデの力を借りることが多くなった気がする。我ながら気にいらない、計画通りだ。
エルフの常套手段。木々の上に身を潜め待伏せ、高所からの奇襲。事前知識が無ければ手を焼く戦法だが、今回は対策済みだ。
ギルドの安宿にて、クーラにエルフの生態やその戦法を知る限り伝えた。山林でエルフと対峙するのは、熟練の山岳兵団と対峙するのと同等に厄介である。まず森に溶け込むように待ち伏せるエルフを見つけなければ、人妖どころの話ではない。
その話を聞き、クーラは一つ策を打ち出した。ランザ、すなわち俺が先頭に立ってノックの山林や山道を歩き、クーラ自身はその後ろを潜みながら気配を殺しこちらを狙うエルフを見つけて見せると。
クーラ自身が、暗殺や隠密を専門にしてきたのは分かる。だが、街中と違い森にいるエルフを見つけることができるのか。
クーラはこう答えた。待ち伏せをする者は、攻撃しようとした瞬間気配が漏れるものだ。熟練者もそうだとは言い切れないが、エルフが目撃されたという情報じたいが気にかかるという。
それはすなわち、待ち伏せあるいは潜伏にヘマをした者がいるということ。そんな間抜けがいるならばありがたい話だ。だが、エルフの目撃情報はなんらかの理由で意図的に流したもの、という可能性もある。
しかしそうであっても単独のはぐれエルフではないだろうというエレミヤの予想から、ある程度の人数がいると考えることができる。そして、待ち伏せや潜伏の熟練度にバラつきがあるとすれば、付け入る隙を見つけることができるという。
根拠はあるが仮説にすぎず、クーラは自分を信じてくれるかどうかだと話したが、それを採用する。この作戦なら囮役は俺ということだ。危険を被るという意味では、俺の方が適任だ。
そしてクーラは見事、敵を見つけてくれた。合図の投げナイフにより矢を避けることを成功する。刺さった矢は三本だが潜んでいるのが三人とは限らない。
待ち伏せをやり過ごせたとしても、高所をとられているという不利は変わらない。だがしかし、ジークリンデの存在がそれを覆す。
一回転した刃は、軒並み木々を伐採していく。心なしか、モスコーでの戦闘を経てより斬れ味に磨きがかかっているような気がする。
四人の弓矢を装備したエルフが、倒れる木から飛び降りたり、落下をする。後ろから駆け寄るクーラが投げナイフを投擲。体制を崩さず着地した二人の膝にナイフが突き刺さった。
膝を曲げ痛がる二名に接近。喉元に拳を叩きこみ、呼吸器を潰す。近場にいたもう一人には、裏拳を叩きこみ体制が崩れたところ顎を蹴りあげた。片方は激しくせき込み行動不能、顎を蹴り上げた側は脳を強く揺さぶられ気を失った。
起き上がろうとするあとの二人にクーラが接近。直刀を逆手構えながら低く走り込み、すれ違い様に足の筋を断ち切る。起き上がったもう一人が、クーラに向けてナイフを抜いて斬りかかろうとしたが、連結刃を一度手放し接近、ナイフを持つ腕を振るわれる前に握り阻止。
強引にこちらに身体を引き寄せ腹部を殴打。前かがみになったところで腕を離し、腕の肘と足の膝を挟み込むように首筋と喉に叩きこむ。武器が振るわれる軌道を読み腕を掴んでから投げ技や打撃へ繋げるのは、カンゼンの得意技だった。
喉元と首筋を挟みこむ打撃は一撃で敵対者を沈める。制圧用に教えてくれたにしては妙に殺意の高い打撃は、エイラの技だ。本当に俺は、良い師匠に恵まれた。
「チームワーク」
クーラが軽く手を掲げて見せたので、それをパチンと叩いておく。こういうのが好きなのは、少しだけ意外だ。
「ある程度敵のやり方を理解していたとはいえ、よく待伏せを見破ってくれた。助かった」
「ん…ふふ。こういう仕事なら得意分野。これからも頼ってね」
太腿を切断したエルフが這いながら逃れようとするが、斬り付けた太腿を踏みつけて阻止しながらクーラはしまりのない笑顔を浮かべた。小さくガッツポーズをしており、「よーやく役にたてた」と小さく独り言を呟いていた。
そんなことはないと言おうとも思ったが、独り言にわざわざ突っ込むのも些か野暮というものだ。
「それにしても最後のあれなに?急所を挟み込むような打撃とかえっぐいね」
「まともに決まればほぼ一撃必殺だな。加減はしたから死んではいないが、後遺症は免れんレベルだろう。女を食い物にするゲス野郎にはこれをぶちこめと、師匠の一人が一度見せてくれた技だが、正義の鉄槌にしては残酷な殺し技にしか見えん」
「もうそんなゲスは殺せ…ってことじゃないかな。本当に死んでない?そいつ」
「一応まだ生きてる」
改めて、無力化した待伏せ部隊を確認する。呼吸ができず喉を抑えて苦しむ者が一名、半死半生で泡吹いているのが一名、気絶が一名にクーラの足元にいるまだ元気なのが一名か。
クーラの足元にいるエルフに近寄り、しゃがみ込む。髪の毛を掴んで顔をあげさせ、翡翠色の目を持つ容姿端麗な顔と視線を合わせた。
「ハイキングに来た一般人相手にえらいやりようだな、山賊かなにかかお前等は。いや、山賊なら金目の物を置いていけ云々の前置きがあるからまだ向こうの方がマシだな。いったいなにが目的で、ノックを根城にしていやがる」
エルフは答えずに、顔を背けようとする。殺しに来る勢いの相手に、こちらはなるべく穏便に対応してやったようだが、どうやら誠意が伝わらないらしい。
「ノックには何人エルフがいる。お前等だけなのか?アジトがあるのか?この山の中に化物を匿っていないか?好きな質問から答えて良いぞ。質問に応じてくれれば、治療もしてやる」
質問にだんまりを決め込んでいる。太腿からの出血だ、あっという間に血を失い、顔色が悪くなっていく。早急に治療をしなければ死んでしまうが、それでも口を頑なに閉じていた。
「お喋りは苦手か?まいったな、コミュニケーションは社会に出てから大事だというが。そうだクーラ、まずは異文化交流としてお互いを知ることから始めようか。仲良くなった方が口が滑りやすいだろうしな」
クーラの方に手を差し出すと、言い回しがどこかおかしかったのか少し苦笑いを浮かべながら腰にぶら下がるルーガルーの短剣を差し出してきた。短剣を受け取り、手の中で軽く回してから指に近づける。暴れようと腕を振るおうとするが、クーラが肩を踏みつけそれを阻止。
「人間社会では、爪をちゃんと手入れするのはマナーの一つでな。まあ身嗜みってやつだ、お兄さんの爪、伸びているみたいだからちゃんと切ってあげよう」
爪、と言いつつ右手の人差し指と中指に刃を添える。弓矢を射るには大事な指であり、なにをしようとしているのか理解したのかエルフは暴れるが、クーラが左腕を持ち、間接を外したようで抵抗を潰していた。
「まっ…待て!待ってく…」
人差し指の半ばまで刃が食い込んだところで、エルフは叫んだが鋭利な刃は想像以上にあっさりと人差し指を斬り落とした。お喋りする気になるのが、遅いんだよ。
人差し指から血が溢れる。中指を少し斬り付けた状態でナイフを止める。
「すまんな、深爪してしまった」
「この…クソ野郎!よくも俺の指を…」
「悪い悪い、今度はちゃんと切ってやるよ。次は中指の爪いっとくか?お喋りしてくれる気になったら、仲良くなる為の異文化交流も終わるんだが」
少々過激かもしれないが、人妖が関わっている案件であり、恐らくは行方不明になっている者達は人妖の餌食になっているか、なろうとしているところだろう。エルフの出現と人妖が同一時期にノックに潜伏している以上、無関係は絶対にありえない。
こいつらがなにを企んでいるのか、人妖がどこにいるのか。もしかしたら、まだ生存している拉致の被害者がいるかもしれない。優先目標ではないが、生存者がいるならなるべく助けたい。被害者の生死が時間に直結しているならば、紳士的に質問をしている時間はないだろう。
「それじゃもう一度質問しようか、この森に…」
言葉が途切れる。森の中で、なにか様子が、形容し難いが雰囲気のようなものがザワッと変化した。
クーラもなにかを感じたのか、顔をあげて周囲を見回している。なにか大きな気配、気配といってい良いのか、単純に人妖とも、吸血鬼の圧力とも違う、なにか異質、異様なものが近づいて来るような感覚。
「大人しく捕まれば、多少は長生きできたものを」
「どういうことだ」
エルフが嘲笑するような笑みを浮かべる。この余裕な態度は、決して強がりではない。
「終わりだよ」
「ランザ!」
エルフに問いかけを続けようとする前に、クーラが叫び声をあげる。近づいて来るなにかは、枝葉をかき分けながら凄まじい音を立てていた。まるで複数人が激しく枝を揺さぶっているような、少なくとも単独ではない、群体が近づいてくるようだった。
「ああ、走るぞ」
視界が木々や緑で遮られる。なにかが近づいてきていることは確かだが、迎撃するには場所が悪い。
倒木を飛び越え、自然の段差を駆け下りる。近づいてくる気配の方が早い、いずれは追いつかれる。散弾銃を引き抜き走りながら背後へ向ける。木々の間から見えたのは、先端を鋭く尖らせた樹木の枝に似た色合いの茶色い触手だった。
銃撃で散弾を射ちこむ。鉛の塊が広範囲に広がり、迫る触手の一本を千切り飛ばす。地面に落ちた残骸はしばらくのたうちまわりながら緑色の液体を垂れ流し、急速に水分が抜けるように萎れ踏めば容易く折れてしまいそうな枯れ枝に変化した。
なんだこいつは、人妖にしても異質すぎる。いったいなにに変異をした。
「左右からも!」
走りながらクーラが叫んだ。背後からのみでなく、左右からもこちらを取り囲むように複数の触手が蠢いているのが見えた。逃げ場所は前方のみ、まるで追い込み猟だ。この先になにがあったか昨夜頭に叩き込んだ山の地形を思い出す。
気配に反応したクーラが前方に飛び込み一回転。首に巻き付こうとした触手を回避し、素早く立ち上がる。散弾銃を放ち、クーラに再度襲い掛かろうとした触手を破壊。自分に襲い来る存在にも連結刃で迎撃。散弾銃は空になったが、リロードをする暇はない。
なるべく近くまで来ている音源に向け連結刃を振るう。人妖ではない木々の枝葉ごと触手を斬り落とすが、焼け石に水だ。捕まるまで、ほんの少しだけ時間を先延ばしにするくらいの成果しかあがらない。
「まずいよランザ、もう!」
クーラも気づいている。そしてもう、逃走の終点となるその場所は目の前に現れていた。底に勢いのある水流が流れている、断崖絶壁。反対側は、空でも飛べない限り届かないほど遠い。
逃げ場のないこの場所に、誘導された。逃げた先になにがあるかは分かっていたが、他の逃走ルートを選べなかった。振り向くと、半円を囲むように大量の触手がこちらを取り囲んでいる。
「飛び込むぞ」
「え!?」
「それしか逃げ場がない」
一歩後ろに足を下げるが、その分触手が詰めてきた。一斉に攻撃するタイミングを計っているように見える。そしてその時は、次の瞬間にも訪れるだろう。ざっと見て百本以上の触手が蠢いているように見える。連結刃で対処しようにも、限界があるだろう。
「ランザ」
「一、二でいく。準備しろ」
「ランザ!」
「なんだ!?」
「お…泳げない」
猫だから、泳げないか。はは…生き延びたら、エレミヤからふんだくった金でリゾート地の宿を借りてなくなるまで泳ぎの特訓でもしてやるか。
内心苦笑いを浮かべる。この状況を突破する名案が思い付くまで待ってほしいところだが、触手はまごつくこちらを待ってはくれない、百を超える触手が殺到してきた。
「なにも聞こえないことにする!取りあえずしっかりしがみついていろ!」
「い!?え…ひっ…いひゃああああああああ!」
散弾銃をホルスターにしまい、立ち止まり躊躇をしているクーラを抱えて飛び込む。重力に従い水面が近づいてくると思ったら、連結刃を振るう腕に触手が絡みつき落下が止まる。
ジークリンデの意思か、自動で刃が動き触手を切断しようとするがそれよりも早く足や腰にも触手が絡みついていく。どうやら逃がすつもりはないらしい、クソったれが。
「クーラ」
涙目のクーラが、こちらに振り向いた。
「取りあえず、山を下りてエレミヤと掲げる大盾にこのことを話しに行ってくれ」
「え?や…ランッ…」
クーラを抱えていた手を離す。それを触手が追跡しようとしたが、自動で動いた連結刃が腕を縛る触手を斬り落とし一瞬でも動きが自由になった。刃を振るい、クーラを捕まえようとしていた触手を切断、しかしすぐに自由になった手首が拘束される。
叫び声をあえるクーラが水面に落いて、水飛沫をあげた。
『こっちは万事休すだな。どうする?オレでもここから全部触手ぶった斬るのは骨が折れるぞ』
「ジークリンデ」
『あ?』
「お前がクーラを助けて、なんとか応援連れて戻ってこい」
手を緩め、連結刃の柄を手放す。脳内で『はあああああああああああ!?』という激しい疑問と怒りの叫びが響いたが、重力に従い連結刃はクーラを追うように激流に落ちていった。
『テメええええええ!なに考えてやがるんだぁああああああああ!』
「相棒ならクーラと助けに戻ってこい!精々俺が死ぬ前にな!」
『ふっざけんなあああああああああ!』
ドボンと、激流の中にクーラに続いて連結刃が落下した。それとは反対側に急速に引き上げられていく。崖上まで戻され、全身縛られ地面に転がされた。何人かが歩いて近寄る音が聞こえ、そちらの方に顔を向けようとするも、首や頭まで押さえつけられ顔をあげることができない。
「まさかたかが二人組に、四人がやられ切り札を見せるはめになるとはな」
「どうしますか?ここで殺しておきます?贄として捕えておくこともできますが」
「前回よりも少々早いが、この場で贄にしてしまっても良いだろう。吸わせてやれ」
行方不明になったものの死体はあがっていない。あのエルフは、捕まれば多少長生きできるといっていた。何時まで無事かは分からないが、しばらく監禁されるだろうことに賭けてクーラとジークリンデを逃がしたのだが、どうやらここで処刑をする腹積もりのようだ。
「に…え…と言ったな。いったいなにを」
「さっさと殺せ」
少しでも生き延びる可能性にかけようと口を動かして会話を試みようとしたが、雑音を聞く気はないというように無慈悲に命令が下される。背中になにかが突き刺さる感触。激痛で視界が歪み、急激な眠気が襲いかかってくる。
血液を吸われる感覚。ジークリンデといい、サグレといい、本当にこの手の相手ばかりよくであう。
内心苦笑をする。薄れる意識の中、最後に浮かぶのはやはりテンの顔。こんなところで死ぬ訳には…こんなところで……