家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
1
広大な大陸の西南、海に面し巨大な貿易港を持つリスム自治州。州と同じ名前を持つ港街リスムは相も変わらぬ活気に満ち溢れていた。複数のルートを持つ貿易路と巨大な捕鯨船、そしてそれを加工する港に面した加工場はリスム自治州において大きな財政を担う存在だ。
特に鯨油は、まだ活用の歴史は浅いものの様々な用途が見つかりつつあり各国が資源確保の為に高値で購入してくれる金の泉と言われている。使い道としては灯火用の燃料に蝋燭や洗剤の素材、潤滑用の油や魔術の触媒に薬の材料、変わったところでは農業用の害虫駆除剤として他国から買い付けに来る商人だって存在している。
鯨油に限らずともその巨体の肉は安価で民衆の腹を満たすのに役立ち、食用に適さない部分でも肉から骨まで油を搾り取る為の用途に利用される、まさに鯨に捨てるところなしだ。
パンパンに油が詰まった樽を運び馬車に積み込み、その馬車が離れたら次の馬車に再度樽を積みいれる。冒険者ギルドなどという真面目に働くことを嫌い、刺激と成り上がりを夢を見た少年少女達が憧れ、刺激的な生活を求めて門戸を開く先に待っているのはこんな日雇い労働だ。
民衆を襲う害獣の討伐でも、盗賊団の撃退でも、未知の遺跡の探索でもなく、誰もやりたがらないような臭くてキツイ仕事を優先してまわされ、壊れても幾らでも替えが効く。はて冒険者とはなにかと首を傾げたくなるところだが、過去の探索と発見の時代、未来の入植や開墾予定地を探す為危険な未開の地へと捨て駒のように送り込み二十人に一人帰ってくれば良いくらいの軽さで、死んでも困らないような者を集める為にできた組織である。
英雄譚で人を引き集め、人柱として活用すること。それこそが冒険であり、そんな冒険が必要なくなりつつある現代では代替可能な人員を安価で集めることが目的の組織というのが実態だ。
それが公民により運営されている冒険者ギルドであり、地下にいけばまた別な人身御供のような悪辣で危険な冒険者ギルドがあるのだが、どちらにしても憧れや英雄譚からほど遠い存在だ。
世間知らず達が夢見るギルドの仕事というのは、大抵は商会や国が実力があり個人で事務所を構えるような傭兵達の依頼するものであって、信用も学もない連中に任せるものではない。そんな連中が使える先は消耗品のような労働現場、それが上の考え方である。
だが利点もやはりないものではない。ギルドのが運営する各地の安宿には、輪にかけての安価や無料で泊まれるし、併設された食堂には安酒と簡易な料理が材料費がほとんどの安値で提供されている。定期的にギルドの仕事を受けなければそれを使用する権利が剥奪されてしまうが、それでも各地に取りあえず横になれる寝床と腹を満たす料理が出てくると考えれば早々投げ捨てて良いと思える権利ではない。
そしてこの手の単純な力仕事は嫌いではなかった。これも鍛錬だと割り切り、鍛錬により金銭がもらえるのならば悪い話ではない。幸い鯨油を扱う漁港組合からの仕事は確かに辛いが、金銭的には他所の仕事より格段に恵まれている。
ふと視界に、武装満載の捕鯨船が目に映った。大陸最大手のオーデン技術連合と帝国魔術院の共同開発されたと噂される武装が満載された捕鯨船は、港の中であるためその兵器はしまわれ覆いを被されているが、三国が集めた大艦隊の一員として民間船として参加をし長年交易路である大海に出没し数多の船員達に悪夢を見せた海竜リヴァイアサンの討伐に貢献したとして歓声と共に凱旋を果たしていた。
鯨油による黄金時代が加速したのもその後からであり、人は陸でも海でも着実に勢力圏を広め過去の恐怖と畏怖を克服しつつあった。
だがしかしと、ランザは思う。外敵の弱体化に合わせるように、人の内部から異形が存在し始めてきた。あのルーガルーにしたって、テンの介入があったとはいえただの村娘であった。神話の時代はとうに終わりを迎えている。これからは、人の敵として人が異形なりえる時代となったのか。人と人との争い等日常茶飯事だというのに、これ以上抱えこむか。
作業終了の鐘が鳴る。時刻は夕刻近く、作業証明書に判をもらいそれを冒険者ギルドに提出し、手数料を差し引かれた報酬を受け取る。この後再度寄るところを考えたのだが、思いとどまる。作業用の麻布で作られた上着ごしに身体を触る。ルーガルー討伐から数日、悪竜ジークリンデの治療というか呪いのような儀式の影響は見られないが、しばらくは無理をせず様子を見るべきだろうか。
伝承では古の凡愚王ガルダスの不治の病を多数の生贄と引き換えに快癒させたという。病と怪我という差異はあるが、贄無しに治療をしたという善意の施しをするほど丸くなったと考えるのは流石に無理がある。遅効性の呪いかはたまた別のなにかがある、そう考えるのが自然だ。
あるいはあの悪竜のことだ。贄等必要ないのに、自身の歪んだ楽しみの為に多数の命を捧げ命乞いする為政者というのを見て嘲笑いたかっただけかもしれないのだが。
港から通りに出ると、大きな天井つきの金持ちが使う馬車が止まっていた。御者がこちらを見つけ恭しく頭を下げ、いぶかしげな顔をしたが、馬車から降りて来た人物を見て疑問は解消された。
「久しいなランザ。昨日は尋ねてきたようだが、会うことができずに悪かった」
顎を一周する髭に赤髪、大柄で服の上からでも分かる程の筋肉隆々で無骨な身体。眉の上から頬まで鋭い爪痕を残し、その身体には似たような傷がこれでもかと存在する古参の戦士。帝国で五本の指に入る巨大な、民間武装組織たる『掲げる大盾』。冒険者ギルドの連中が本気で羨む組織であり、このリスム自治州において支社を任される男が馬車の扉を開いていた。
「地下迷宮に探索者気取りで侵入したボンボンの捜索と保護。金回りもよさそうだが、大手に入る仕事は胃が痛くなるものばかりだなグロー」
受付から聞いた不在の理由を話す。この手の依頼は守秘義務も絡むものだが、支部長同様受付の男も古くからの知り合いであり掴み得た情報だった。やけに疲れたような表情から、どんな結末になったかは想像がつく。
「その顔からするとボンボンは怪物の胃袋だったか?」
「幸か不幸か生きていた、二度と人前にはでれない顔と身体になってしまったがな。まあ顔色が悪いのは別の理由だ、今はいい。話をしに来たのだろう?俺もだ、乗ってくれ」
グロー=カザルタフ。古くは未開地の探索と開拓で送られた、今では数少ない探索者達の生き残り。最後の探索前に編成の都合で別々での行動となったが、随分と長い間背中を合わせ同じ釜の飯を食った仲だった。
馬車に乗り込むと、御者が馬を走らせる。四人乗りの馬車であったが、目の前の男のお陰で圧迫感がすごい。
「ここ最近の異変について、ついに上が帝国が本腰入れての調査を開始した。お前が前に話していた狐について、改めて教えてくれ。いったいなにがおこっているんだ」
掲げる大盾は、民間武装組織。身も蓋もない言い方をすれば企業から個人まで依頼を通して行使できる制御された暴力装置である。
主だっては治安組織では手に余るような強盗団や賞金首、テロリストの討伐や、街外や地下迷宮から這い出てきた人に害をなす異種や怪物の掃討。商業隊の護衛やパーティー等催し物の警備など荒事が絡みそうな依頼を幅広く受けている。
当然ながら厳重かつ様々な審査が依頼が通るまで必要で、ともすればそれが武装したごろつき集団になりかねない組織を正義の味方側として制御をしている。悪事への加担は許されない、という訳だ。
異形ひしめく地下迷宮や不法滞在者や禁制品が出回る地下街、闇組織や武装ギャングが縄張り争いをする地域まであるここリスム自治州において、掲げる大盾は民間人保護を第一の信条として動いているため役所や企業にウケが良い。
つまり金回りが良い。支部長室には様々な彫刻や巨大な絵画、ともすれば成金趣味と言えるような装飾が並んでいた。
「正義の事務所の支部長室なのに、タチの悪い汚職警官の所長室に来た気分だな」
「前支部長の趣味だ、俺の趣味じゃない。貼るならマリア=テレジアの裸婦画か、伝説のポールダンサー、メリ二ムの奇跡を切り抜いた絵が良い。飲み物はいるか?」
「コーヒーと言いたいところだがお前の事務所は豆が悪い。あの質の悪い泥水はここ以外では警察署でしか飲んだことがない」
「それは俺の趣味だ。ミルクと砂糖と練乳をたっぷりぶちこんでさらにタチの悪いものにして出してやる」
扉側に待機していた秘書に向け頼むと一声かける。女性ではあるが仕立ての良い執事服を着ているが、恐らくは彼女も荒事慣れした人材だろう。足さばきだけで分かる。
大きなソファーとその前にあるテーブル。その上にグローは数枚の紙を投げ出した。
「人が異種ないし怪物に変異する現象は、確かに以前から観測されていた。だが精々五年に一度あるかどうかくらいの局地的なものであり、変異したものの野垂れ死にしているか、言い方は悪いが住民から迫害を受け死んでしまう程脆いものだ。だがここ数年はどうだ、うちの支部だけでも把握しているのは三か月で十六件。被害も洒落にならん。三年前お前がここに来たときは、変化の予兆すらなかったというのに爆発的に増えている。あの時は、家族を失いお前が混乱しているだけだと思い対策が後手に回ってしまった。まずそれを謝罪させてくれ、すまなかった」
紙を拾い上げると、各地でおきた事件の調査報告書が並んでいた。その紙の向こうで、グローは大きく頭を下げる。
「人の異形化なんて吸血鬼伝説みたいなもんだ。存在はするらしいが見たことがある奴は驚くほどに少ない。まして目の前で娘が異形化した姿なんて、ショックで記憶を捏造したと考えてもおかしくはないのは分かる」
だからこそ、だ。
「力を貸してくれグロー。俺には調査の為の組織力は、ない。持ち得る情報をすべて渡すから、協力をしてほしい」
「話を聞かせてくれ」
扉が開き、先程出ていった女性がコーヒーを入れてきた。本当に自分の目の前には明らかに様々なものが入れすぎな色をしたコーヒーがおかれたが、文句を言わずにそれをすすることにする。どぎつい甘みの暴力を舌先で感じながら、どこから話すべきかと逡巡。
結論として、改めて最初から話すことにした。自分が衝動的に義理の娘に向けて猟銃を放ったあの瞬間より、更に前から。
娘は、テンは拾い子だった。海にて、浜辺に流れ着いたマストにしがみついていた彼女を保護したのが始まりだ。
物静かでひっ込み事案であり友達を作るのが苦手。運動は苦手だが手先が器用。本を買い与えると凄まじい勢いで吸収していき、勉強を教えていこうかと考えていた手前であるのに、自分で図書館に通うようになってからはあっという間に追い抜かれてしまった。
つまりは捨て子で、普通の子供に比べ知識の吸収は早いが、それ以外どこにでもいるようなそんな娘だった。
だが娘は、斧で後に結婚した妻と赤子を惨殺。その数日前まで、なんら変わらない様子であったというのに。
「卵が先か、鶏が先かだな」
「なんだって?」
「つまりお前の娘、テンはお前の話を聞いた通りならば、殺した瞬間変異を開始した。だがしかし、そういう因子のようなものがあり、それがなんらかの影響で目覚め凶行を行った。つまり、殺してから変異したのではなく、殺す前から既に変異を終えていたと考えられはしないだろうか」
グローの言葉に、考え直す。殺す前から既に異変は終わっており、それが原因で妻子を殺害したのか。自分の目には、猟銃で殺した瞬間あの姿に代わったかのように見えたためその可能性を考えつきはしなかった。どちらにしろ、殺すには変わらない為考えてなかっただけかもしれないが。
「お前の奥さんとの結婚式には俺も出た。テンという娘にも会った。謝罪した手前ではあるが未だに信じられん。あんな大人しくか細い子が、この一連の事件の黒幕かもしれないと考えるには未だに理解が及ばない自分がいる。未知の呪術で無理矢理変異させられたなんて、なんらかの外部的要因が絡んでいるのではないかと考えてしまうんだ」
「だとしても変わらない。テンは俺が殺すし、もしお前の言うと通りならばその呪術をかけた奴も殺す。奴のせいで、この加速度的な異変の増加はもう疑いようもないんだ。その原因はあれを育てた俺にある」
グローは険しい目をこちらに向けてきたが、すぐに首を小さく左右に振り小さくため息をついた。そして続く言葉を紡ぐ。
「帝国の情報部と研究チームも動いており専門の対策チームを編成しているらしい。どうやら今の研究所長が外国から流れてきた札呪士のようで、故郷の国で似たようなことがおきたことがあったらしくそれにならい人妖と正式に名付けられたらしい。今はまだ知る人ぞ知るだが、いずれどこでも通じるようになる」
「そうか」
人妖。正式に名前がつき帝国程の巨大な国が調査に乗り出しているのであれば、情報にさえ価値が付加され値がつくだろう。つまり金銭目当てに動くものも出てくる。情報網が活きてくればこれまで以上に調査が楽になる筈だ。
「親が浮かべて良い顔ではない。いくら憎い相手といえ、自分の子供のことで」
グローに指摘され、顔をあげた。部屋の壁にかけられた趣味の悪い調度品の鏡には、やつれた悪鬼のような微笑みを浮かべた顔が張り付いている。
「月並みだが、復讐をやめる気は?」
「なにを言っている」
「お前まともに睡眠をとっているのか?最後に食べた食事はなんだ。ここ数年身体は鍛え直されているがそれとは真逆にまるで幽鬼を見ているようだぞ。お前、家具職人になっていた時期があったな、知り合いの工房にいる親方が、お前の作品を知っていて是非うちにと…」
衝動的に立ち上がり、テーブルに足を叩きつける。頑丈な筈の高価な机は中央に向けヒビが入り爆ぜ割れ、上に乗っていたコーヒーカップや書類が床に散乱し、陶器が割れる鋭い音が響いた。
視界の端で、執事服の女性がまるで魔法のようにどこからともなくレイピアを取り出すのが見えたが、グローは座ったまま手をあげてそれを静止。しばらくの間睨みあいが続いた。
「……お前は」
先に言葉を放ったのは、こちらだった。
「お前は数少ない戦友で、今は貴重な親友だと俺は思っている。些細な行き違いで、こんな喧嘩はしたくない、同感だと言ってくれないか?」
それからたっぷりと数分、沈黙が続いた。観念したようにグローがため息を吐く。
「同感だとは言えん、それだけは言えない。だが今のお前を止めることは、それこそ命をかけた説得をしてもなお足りないと痛感した。口惜しいがな。俺はお前の立場に立てない、復讐の気持ちを誰よりも理解して肯定するのはやはり自分自身だからだ。他人の浅い理解で説得はできない」
「それでも良い。お前と仲たがいしたくないのは本当だ。机、悪かったな」
ソファーに再度座り込む。一口も飲んでいないと肩をすくめるグローを見て、少しだけ表情が緩んだその時だった。
「支部長!昨日の件で話が!」
ノックも無しに踏み込んでくる。年は十代後半程だろうか、整ったルックスではあるが幼さが残る表情をした金髪の男が無遠慮に侵入をしてきた。
「これは」
「来客と話し中だ!それに昨日の話は既に終わっている!」
流石に入室した際の状況が、破砕されたテーブルを挟んで向かい合う二人の男の構図ということで驚愕をしたようではあるが、グローの苛立たし気な言葉に意識を戻したようである。
「終わっていません!何故あの男を腐りきった自治州警察に受け渡したのですか!説明を要求します!」
男は引く様子はない。来客がいるといういのに大した面の皮の厚さだ。
「我々は私刑を行う集団ではなく法治による管理された民間武力組織です。我々には法の元に行動する権利と義務があります」
女性がグローに代わり応じる。だがしかし、その言葉を聞いて更に激昂しそうに表情を歪ませていた。
「新入りか?」
「例の、頭痛の種だ」
女性となにやら言い合いを続ける男を見て、頭を抱えて大きなため息をはく。剛腕で戦闘集団の支部長まで上り詰めたグローであるというのに、何故こんな若造の無礼をそのまま放置しているのだろうか。
「くどいぞ!今すぐ退出を命ずる!」
「あら、良いのかしらそんなこと言って、お父さんから彼には可能な限り融通を利かせるように言われているでしょう?」
栗毛の少女が続けて部屋に押し入ってくる。ロングソードと軽量化ライフル。武器の種類だけでみれば一般的なものであったが、華美な装飾をほどこされた剣と高貴な彫刻がほどこされたライフルはとてもではないが実戦向けには見えない。
「直接内部に干渉できる程の効力はない」
「だけど、彼の意見を蔑ろにする程効力が弱い言い付けでもない。そうでしょう?」
何者なのかは知らないが権力を盾にという言葉がこれほど似あう相手というのは初めて見た。少なくとも、この場に似つかわしくないように思える。栗毛の少女の一言に鬼の首をとったかのように、男はグローの許可もなく再度強気な口を開いた。
「あの男は地下迷宮にある秘密の一室にて密やかに非合法組織から買いあさった女子供を慰みものにし、禁止麻薬を乱用し、仲間達とおぞましい行為に身をそめていた!偶々その秘密パーティーのすぐ近くに異形が現れたせいで戻れなくなっただけで、何人も女達を囮にして自分だけでも助かろうとした愚物だ!」
「だから法に裁いてもらうべく、警察に突き出した。女達は保護ししかるべき施設や病院に搬送した。なんの問題がある」
「この自治州の法に問題がある!あの男は金の力で牢獄とは無縁の広々とした空間でワインを飲みながらメイドの世話を受け刑期の終わりを待つのみで終わるだろう!犠牲者の心を思わずぬるい法に任せてなにが正義だ、掲げる盾だ!」
金持ちだけが入れる特別牢というのは、実在する。そこでは数万種類の書籍や豪華な個室に世話役のメイドまで入ることができ、大道芸人などが芸を披露し女を買うことまでできる、外に出れないためだけの金持ち御用達の牢獄というなにかだ。
「現状を憂慮し待遇の公平化や裁判の透明化を目指す者達も全力で活動をしている、法の中でだ!我等が率先して法を破り私刑を平然と行うならず者集団となれば彼らに顔向けできようか!」
「遺族や被害者にも顔向けはできません!彼らの代わりに正義の名の元に断罪をし被害者の復讐をしなければならない!奴らは反省なぞしない!」
「それでも奴は数年以上は牢獄だ、後に続く被害者を絶つことはできた!我々にできることは警察組織に協力をし治安を改善、奴に違法な奴隷売買をしたマフィア達の活動を制限し潰すことだ!」
「非合法組織の奴隷売買を潰しても、自治州法が認めている人身売買は合法だ!警察は賄賂で腐っている!なんの意味がある!あんな男殺して見せしめにした方が「正義だとでも言いたげだな」」
ヒートアップをし、敬語を忘れた男の言葉につい口を挟んでしまった。
「誰よあなた。彼の邪魔をしないで」
栗毛の女がロングソードに手をかけた。ここで本気で抜くつもりなのか、表情は険しい。
「ただの外様だ、気にするな。」
「いいえ、気にします」
多少冷静さが戻ったのか、男はツカツカと歩み寄りこちらを見下ろした。嫌悪が混ざった敵意を帯びた目である。
「初めて見る顔ですね、お名前は?」
「人に名を尋ねる時は…というのは手垢がつくほど言われているマナーだ」
それだけの言葉に怒りのあまりロングソードを半ばまで抜こうとした少女を男が手を前にだし止める。だがしかし、その表情は怒りのあまりひきつっていた。
「レント…レント=キリュウインです」
「ランザ=ランテだ」
「ではランザさん。貴方は悪を断罪するのが正義だというのを否定するつもりですか、是非ともそのお考えをお聞かせください」
グローは苦々し気に額を抑えため息をついた。適当に相手をして追い払えと、目が語っている。不用意に口をだしたお前にも、この面倒の責任ができてしまったぞと語っているようにも見えた。間違ってはいないだろう。
「ではレント、お前にとって法とはなんだ」
「欠陥はあるものの正義の天秤です。そして天秤を触る者が腐っていては、意味のない長物でもあります」
「だがしかし、それを改善する努力をするもの達もいるのは確かだ。帝国では四年前に奴隷解放宣言と奴隷売買禁止法令がだされた、ここリスム自治州でも市民活動や抗議運動等の動きもあり、人身売買反対派の議員達も議席を増やしつつある。法曹にメスが入れるまであらゆる人間が努力をしている、欠陥ある天秤を完璧に近づける為にな」
「だがそれでは間に合わない。目の前で苦しむ人達を前に力のあるボク達が立ち向かわなくて良いという道理はないでしょう」
「だがそれは違法だ。歯がゆい思いをしながらも改善に向け努力をしている者達の努力を、踏みにじる行為だ。お前は抗議運動に参加したことはあるのか、署名活動は?政治家の討論会を聞いて内容を考えたことは?法について一度でも深く勉強をしたことはあるのか」
「関係ないじゃない!なにこいつうざ「外野は黙っていろ!」」
前に出てきた栗毛の女だが、大きな声に驚いたのかその場で立ち止まる。ランザは声で驚いて止まったと思ったが、実際には底冷えする濁った瞳にたじろいてしまっていた。
「それでもどうしても加害者を殺したい、我慢できず殺害したい、法になど任せたくないと思うのは、ほかならぬ被害者や遺族の怒りだ。そうでなければ一歩も前に進めないほどの悲嘆と怨恨を持つ者達が最後の一線を飛び越えて、法を無視する権利を違法に持つ。無論それは不毛だ、正義なんてない、意味すらないかもしれない。そして努力する全て者の意思と更生の機会すら与えず相手の命を踏みにじる行為、それが復讐だ」
半歩、足を後ろに動かす。ユラリと立ち上がったランザの目を正面から見てしまい、無意識に身体が逃げの体制に入ってしまっていた。
「復讐を、それも第三者が行う私刑を二度と正義などと言うな。そんな言葉でくくるな。反吐がでるクソガキ」
「ぐっ…うっ」
今すぐにでもこの場から立ち去りたい衝動にかられ、踵を返し扉もしめずに部屋から出ていく。その後ろを慌てて栗毛の女がついていき、部屋内に静寂が戻った。
「すまんな、若いのが迷惑をかけた」
沈黙を破ったのはグローの言葉だった。立ち上がり、自身の執務机に座り替えのコーヒーを女性に頼む。
「なんだありゃ」
「帝都で大物政治家の娘に気に入られた成り上がりの新米職員。才能はあるようだが、自分勝手で組織としての行動ができない、正直不要な人材だ。本部から押し付けられてしまってな。不甲斐ないところを見せた」
執務机の中から紙を一枚取り出し、広げる。契約を交わす時に扱われる公用書であり、そこにスラスラとなにやら書き込んでいった。
「簡易書式で悪いが詫びに一つ仕事をまわしてやる。西北にある森林地帯に巨大なクイーンビーが巣を張りキラービー共が数を増やしつつある。我々に退治の依頼が来ているが、事前に生息域の確認をし、報告をしてくれ。報酬はこれだ」
計算用数珠版を弾き金銭を表示する。それを見て、思わず歓喜よりも疑いに眉をひそめた。
「たかだか調査のわりに、報酬が破格だな。だいたいこういう依頼は罠か地雷だと相場決まっている」
「おいおい意地の悪いことをいうな、だから詫びだといっているだろうが。その仕事の対価で、美味い食事を食べて柔らかく暖かい布団で眠れる宿をとれ。そこまで含めて依頼で、詫びだ」
依頼を受けるのはやぶさかではなかった。この簡単な仕事なうえこの破格の報酬は魅力的だ。もっとも、テンを追うための費用や弾丸費にあてる為、後半までの依頼は聞いてやれないかもしれないが。
ペンを手にとり受諾の為名前を書き記す。契約成立の握手をかわした。天井裏からそれを見ていた影が動く、愛しの人に、この情報を伝える為に。その瞳は、激しい怒りの炎を燃やしていた。