家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 急流から褐色の手が大きな岩を掴む。ズルリと身体を水面からあげるのは、背中から連結した刃を複数生やした美女。肩を息しながら、頭を大きく振るい髪の毛についた水滴を振り払う。

 

 「飛び込み水泳なんぞ二度とするっかぁ!」

 

 手を置いていた岩が砕ける。そのまま潰れたように這いつくばっていたが、思い出したかのようにこの姿で普段はあまり現さない尻尾を動かした。先端には襟首をひっかけ吊るされたクソ猫がひっかかっており、その辺に放り投げておく。

 

 あんのクソバカ野郎が。よりによって、このオレを猫救出の為に放り投げるなんざ、丸腰で連れていかれるなんざどうやって助かるつもりなんだ。野郎の意識を探る、薄れちゃいるようだが、まだ死んではいないらしい。なんで死んでないかは分からねえが。

 

 「チッなんにしても…おいクソ猫、何時までも潰れてると置いていく…」

 

 放り投げた後にしては、文句の一つ飛んでこない。近づいて首根っこ掴み持ち上げてみると、青い顔をして息をしていないのが分かる。まだ死んではいないようだが、文字通りの死にかけだ、まったく面倒な話だ。死にかけているなら潔くさっさと死んでおけ。蘇生する手間が増えやがる。

 

 ランザには連れて来いと言われていたが、個人的な感情のみで語るならば見捨てたところでなんの問題もない。クソ猫じたいはいてもいなくてもどうでも良いような存在だが、気になるのは中に憑いている雌狐の因子。

 

 雌狐はこのクソ猫を通じて、こちらの様子を観察できると同時に、時によっては直接介入を行うことが可能。猫はその為の入れ物、ぶっ殺して放置しておいた方が良いようにも思うが、たかが因子とはいえ雌狐の力を観測し分析をする為には役には立つ。

 

 旅の最中何度か雌狐とぶつかったことはある、たいていランザの野郎は遊ばれていたにすぎないが、何故そうなったかと言えばその一つは不死性だ。

 

 吸血鬼とも違うその不死性は、手応えの無さ。斬った感触はあるのに、傷を負わせたという感覚がない。ならば狐狸の如く幻の類かと考えることもできるが、向こうはランザに接触ができる。この謎を解き明かさない限り、あれと同じ土俵に立つことはできない。

 

 吸血鬼の弱点は銀、非常に分かりやすかったが、雌狐のそれは未だ不明。だからその力を分析する為には、このクソ猫の内部にある力を可能な限り近くで観察する必要がある。あの狐は、ランザや猫のみでなくオレのことすら嘗めてやがる。猫に埋められた自身の一端が解析されることはないと、高を括ってやがる。

 

 「んーだよ、やっぱ息もしてやがらねぇ」

 

 クソ猫の身体は冷え切っており、再確認したが呼吸がなかった。そういう時の蘇生方法を思い出す。あれは確か、歌鳥の人妖と戦闘した際だったか、戦闘の際に使っていた船が最終的には横転し、操舵をしていた男が足を折った状態で海に投げ出され、それを助ける為にランザが行っていた。

 

 顎を持ち上げ首を後ろに反らせ、胸の中心部に掌を押し当て、押し込む。押し込むのにもタイミングがあった筈だ、確か人間のガキが好きな御伽噺の歌、頭がパンのよく分からん生物を歌った歌に合わせたタイミングで押すのが良いんだとか。……そんなもん興味がなかったからさっぱり覚えてねえ。

 

 取りあえず適当なタイミングで押し込んでおく。猫を食ってから、麻痺した部位を再生させることも考えたがやめた。止まっているのは心臓、食べる部位が部位なため、再生する前に死ぬだろうしなにより半獣はまずい。昔二回か三回ほど食ったが、肉が臭くて食感が悪かった。

 

 口元に顔を近づけ、呼吸を送ってやる。だいたいの生物の死因は、頭に空気がいかなくなることで死ぬ。蘇生措置をし始めたなら、多少面倒でも無駄にならないように少しでも息を吹き返す可能性をあげた方が良いだろう。一連の行為が、無駄になるよりはマシだ。

 

 「がっはっ!」

 

 クソ猫が口から水を吐き出した。弱々しいまでも呼吸が戻っているが、目を覚ます様子はない。身体が冷え切っているうえに、体力を消耗している。自力での回復を待っていても、何時までかかるかも分からない。

 

 周囲の様子を確認する。岩場が多く木々は崖の上、あの触手が辺りを漂っている気配もない。視界の端に、岩場に隙間のようなものを見つける。猫を背負いそこまで言ってみると、奥行きは大したことのないが小さな洞窟になっていた。

 

 大人が三人横になれば、もう余裕がない程の広さであるが身を隠すには丁度いいだろう。洞窟の中に猫を放り投げ、身体の衣服を剥きにかかる。

 

 濡れた衣服は体温を奪う。引き裂いてやれば楽なのだが、蘇生したところで山の中を全裸で動き回るのは脆弱な生物にとっては自殺と大差ない。

 

 「ここが…こう?あん?どうなってんだこれ…訳分からん」

 

 当然ながら服なんて着たこともなければ脱いだこともない。まして脱がせたこともない。ランザを治療する時は、大抵野郎が重傷を負っていて、その部位を食っていたからだ。

 

 そういえば、あの戦闘用外套も考えてみれば大したものだ。人妖と戦闘を続けているが、いかに戦闘用とはいえ購入時から今まで着続けることができた理由は、あの外套に組み込まれた高度な自動再生の魔術のおかげである。

 

 専門に開発された魔術具と、専用に訓練された術士の技だろう。大した高級品を買ったものだ、死闘の旅に買い替えを行う手間と金を考えれば、費用対効果としては優れたものではあるが。

 

 なんとかクソ猫を全裸にする。こんな細かい作業、二度とごめんだ。

 

 火をおこしたいが、火の手からエルフ共に見つかれば面倒なことになる。横になり、猫の身体を自身の肌に密着させる。腕を回させ、正面から軽く抱き寄せるように合わせ胸元同士を近づけ、足を絡める。背中の刃は依然モスコーでやったように布に近いものに変異をさせ互いの身体に巻き付かせる。

 

 この刃にも血は通っている。包んでやれば暖かさで多少は回復も早くなるだろう。

 

 「たく…泣けるぜ」

 

 まさかこんなに献身的に誰かを介助するとは思えわなかった。ランザにだって、野郎を回復する時は対価の贄としてその肉と血を貪っている。趣味と実益を兼ねた、かなり有意義な行いだ。

 

 あと、思い出すとしたら昔不治の病に侵された愚王に懇願された時か。あの時は気紛れで、いったい自分が助かる為に何人生贄を捧げるのか興味が沸いた為ふっかけるつもりで五百人と告げたら、野郎はそれを承諾した。

 

 カスみたいな命を助けるなら、費用としてはオレの気分と身体に負担がかからない程度と考えて五人程で充分だったが、その百倍を野郎はさらりと了承する。そこまで助かりたいものかと面白いものだった。王都の一区画を丸ごと貪り食い愚王を助けたが、その後それがきっかけで反乱がおきて死んだんだったか。大爆笑したものだ。

 

 それから、その話がどこからどう伝わったのか、各国の重鎮や王達が定期的に贄を捧げるようになってきた。命に対する保険がほしい、しかし大規模に一度に捧げれば愚王の二の舞だ。だがそれが重なりまくり、一時期千人を超える生贄が短期間で捧げられたものだ。まさに踊り食い状態、より取り見取りだ。

 

 そしていざ死病に侵されたタイミングで、贄の質が悪いとかそんな約束はしていないと伝えた時のあの顔ときたら、間抜けも良いところだ。

 

 それが今や、こんな雌狐の因子が入っていなければさして興味もないクソ猫の命を繋ぐ為に、こうして肌を重ね合わせながら身体を温めてやっているというのだから、無駄に長い竜生、なにがおこるのか分からないものだ。

 

 あの海竜の野郎だって、数千年単位で海の覇者として君臨していたのに、まさか人間共に敗れるなんて夢にも思わなかっただろう。オレもだ、こんなところでこんなことをしているなんて思いもしなかった。

 

 しかし、海竜がやられたことで竜の連中も大半は逝ってしまった。新たな世代の竜と呼ばれる生物は、身体が小さく知能が低くなり多少強い程度の害獣に成り下がっている。

 

 オレ達の全盛期を共に生き、今も生存しているのは知る限りでは、火山の奥底で眠りこける炎竜に、雲の上で天候を気紛れに操作する空竜、あとはこの世界における北の果てに鎮座する氷竜や砂漠に埋もれる砂竜くらいか。昔馴染みも、随分と減ったものだ。

 

 まあ昔馴染みといっても、合う機会も極稀なうえにツラ合わせりゃ喧嘩や殺し合いくらいしかすることはなかったが。

 

 「オレ達も随分落ちぶれちまったもんだな、リヴァイアサンよ」

 

 今生きているのは、人類と関りあいが元から薄かった、天災をおこす空竜を除けば伝説にも残らないような連中ばかりだ。増長する人に海までは自由にさせんと長い間怨敵として人類と敵対していた海竜が死に、これから先は人の増長は留めなく続いていくだろう。

 

 神は元から存在した信仰が、別の信仰にすり替えられ結果的に力を落とし零落した。悪魔の連中は、自身が分け与えた知識を元に人は想像以上に発展をし、自力で成長をすることができるようになった人間連中に顧みられなくなった。

 

 まさに、人の世か。神連中は覇権を取り戻すことを諦めてはいないようだが、悪魔はなにを考えているのだろうな。

 

 そう悪魔だ。あのガスパル。奴が何故ランザに人妖の情報を漏らすのか。もしかしたら、裏で雌狐と繋がっているのかもしれない。状況証拠ばかりで決定的な証拠はないが、ほぼ間違いないだろうと睨んでいる。

 

 そんなガスパルからの情報。予想が正しいのであれば、この件は雌狐が仕込みをし、時期が来たらからガスパルが伝えたということになる。雌狐的には、ランザが苦しみもがくのは見応えがあるだろうが、自分と殺し合いをするまでは死んでほしくはないとは考えているだろう。

 

 現状ランザは、意識が途切れているようだがまだ生きている。これも雌狐のシナリオの上なのか。だとしたら気に食わないことこのうえない。

 

 布地に変化していた身体の一部に思わず力が入り、猫が無意識ながら苦しみの声をあげた。おっと、潰してしまえば後処理が面倒だ。

 

 この狭い空間、身体を包まれた猫はその小さな体の中からかすかな鼓動を鳴らしていた。思えば、こんなふうにただなにかを抱いたまま過ごすのは初めてだ。ランザにしたら、暴れられるのは容易に想像がつく。

 

 「本当に、面倒くせぇ」

 

 ランザはオレを長い間手放さなかった。そりゃ仕事に行く為に家に置いておくこともあったが、基本的には封印を見張る為長い間持ち歩いていたからだ。こうして離れていることも、考えてみれば久しぶりである。

 

 あのモスコーでの相棒呼びの時、オレは奴の内心にさらに深い根を張れたと思った。だがしかし、野郎はもしかして今後相棒という言葉を、便利なキーワードとして使っていくつもりだろうか。もしそのつもりなら、オレとしても考えがあるというものだ。悪竜が、ただの単語で煽てられる便利な駒扱いされるのはよろしくない。

 

 あくまでまだ今は、そんな気安い感情で接して良い間柄になるのは望まない。まだ野郎にとってオレは、油断ならない危険物で良いのだ。野郎が心の底からオレに頼るようになる前から、あまり雑に普段使いが過ぎるようだと、いざという時のありがたみがなくなる。

 

 匙加減が難しい。ゴールとなる着地地点が見えているのに、そこに向かう為の道筋というのが不透明だ。

 

 「んぁ…」

 

 「あ?」

 

 「クシュッ!」

 

 小さなくしゃみだが、唾液の飛沫が顔までとんだ。このクソ猫め。

 

 この面倒のカリはまとめて後でランザに返してもらおう。本当に、自分で言うのもあれだがかの悪竜様も丸くなったもんだ。それは環境に適応しているということ、それが竜にとっていいことかどうかは分からない。変えられなかった、海竜は死んだのだから。

 

 小さな心音を感じながら、目を閉じる。せっかくだ、久々になにも考えず過ごしてみようか。遺跡の奥で怠惰に寿命を待っていた頃のように。この身体に疲労はほとんどないが、それでも体力を温存しておいた方が良いかもしれない。

 

 「お前がクソ猫連れて来いといったんだ、多少拷問されても怨むなよな」

 

 悪竜は、軽く欠伸をした後眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うっすらと目が開く。目の前に見えるのは、ゴツゴツした自然の岩肌でできた床に木材を削り出して作った格子状の壁。両手首は縛られており、Yの字になるように木製の器具に張り付けられていた。季節はまだ夏だが肌寒い、戦闘用の外套は脱がされ、上半身裸になっている。

 

 身体が気怠い。背中が痛むが、簡単に治療がされているのか血が流れだしているような様子はない。死んだと思っていたが、何故まだ生きている。

 

 「不思議そうな顔をしているな」

 

 死角から、恐らくは坂道を降りて来るような足音。若いエルフが、といってもエルフは成人してから老年までずっと同じ容姿の為本当に若いかどうかは分からないが、とにかく若そうなエルフが二人の護衛を引き連れ牢獄の前に現れた。

 

 「何故死んでいないか」

 

 「お優しいことに、情けでもかけてくれたのか?」

 

 「まさか、何故貴様が死んでいなか等こっちが聞きたい。彼女は今まで捧げた贄の体液は全て枯れ果てるまで吸い取っていた。何故死んでいないのだ」

 

 そう言われても知らんと、言いたいところだったが少しばかりであるが思い当たるふしがあった。

 

 モスコーの古城、サグレとの対峙の際蹴り技を繰り出したさい、足は吸血鬼の液体となった身体を貫通し身体の内部で傷をつけられ血を吸われた。その後ジークリンデが言っていた。『奴の体液は多少混入したかもしれねぇがまだ眷属にも食屍鬼にもなる量じゃねえ』と。

 

 つまりこの身体の内部には、サグレの血が取り込まれている。実は身体に違和感がまったくなかった訳ではない。大なり小なり、気にもならないような変化もあるのだが、一番の変質は目だ。あの日から、夜目がよく利くようになっていた。視界の暗順応が早く、まるで昼間のようにとは言えないがはっきりと見える。

 

 つまりこの身体は、ほんの僅かとはいえ吸血鬼のお手付きになっている訳だ。そのせいで、命拾いしたとか…であろうか。推測の域をでないし、伝える訳にはいかないが。

 

 奴が不思議がっているおかげでまだ生きているとしたら、この不思議を知られた途端に用無しだ、檻の向こう側から矢が飛んで来るだろう。

 

 「彼女か、グルメな女だな。よほど俺の血はお気に召さないとみえる」

 

 「ほざけ。まあ何故貴様が生きているか、疑問は当然あるが我等も我等なりに推測することができたぞ」

 

 どういうことだ。そう聞こうとする前に、エルフは牢を開けてこちら側に入ってきた。手にはナイフが、握られている。

 

 「私は栄えある六士族、弓矢の家に産まれた里の防人の代表ローガーの子孫ナロクだ。本来であれば、このような穴倉に潜むのではなく森の中防人の代表として育てられ次代における指導者の一人として数えられる筈だった」

 

 「だったらさっさと森に帰ったらどうだ」

 

 「貴様が言うか!」

 

 エルフ、ナロクが握りしめた拳が頬を打った。口の端から血が流れる、口内を切ったようだ。

 

 「貴様は覚えていないだろうが私は覚えているぞ!エルフの里に現れた外部の人間、その中にお前が確かにいた!その後、人族の戦士達を引き連れた戦争でもだ!貴様等は我等の裏切者であるエレミヤと手を組み我等を貶めた!貴様は我らが士族、一族の怨敵の一人だ!」

 

 冒険者時代、自分達とはまた別のグループをエルフの集落を見つけたり滅ぼしたりもしたらしい。だが他人の空似をしようにも、エレミヤという名前がでたからにはこのナロクという男は間違いなくあの集落にいた者だろう。口からの出まかせは、通用しそうにないかもしれない。

 

 「生き残りがいたとは、思えなかったな。事前に避難させていたのか」

 

 「まだ年若いエルフはな。おかげで、安全な場所から歯噛みをしながら貴様等の所業を見ることができた。あの光景を今日まで一日たりとも忘れたことはない」

 

 「俺の仲間も、初接触と、脱走してからの逃亡戦で何人か殺された。エレミヤの助力と情報が無ければ、全滅していたことは想像に難くない。あの時から俺達とお前達は、滅ぼすべき敵と侵略者となった訳だ。怨みを語るなら、こちらも仲間の仇だ、お前達は」

 

 「貴様等が来なければ良かっただけの話だ!そこまでして生存域を広げたいのか、貴様等人間は!」

 

 私怨だ。向こうは侵略者としてこちらを蛮人、俺は罠にかけ襲いかかってきた蛮族としてエルフを見ていた。最初の接触で敵味方がはっきりとした戦闘になってしまえば、あとはもう戦争にしかならない。その結果が、連中の末路だ。

 

 「お偉いさんは広げたかったらしいな。俺はただ金を稼ぎたかっただけだが」

 

 「金だと…たかだが金銭の為に貴様等は」

 

 「たかだが金銭…か。エルフの集落に金はないのか?主流は物々交換か?随分と原始的だな、悪いとは言わないが」

 

 軽く鼻で笑う。種族の特性を武器に短い間で高級娼婦から成り上がり、経営に携わるまで凄まじい勢いで出世したエレミヤを思い出す。変化を好む気質が彼女にはあるのだろう、だとしたらなにも変わらないエルフの里は、退屈だった筈だ。

 

 金銭の類がない、全てが物々交換で成り立つとしたらそこに発展の兆しはない。すべての者に役割が決まっているということが想像についてしまう。外部との交流が無いというじてんで、新しい刺激が無ければ永遠と閉じた環境の中で変わらない毎日を生きていくだけだろう。

 

 「エレミヤが嫌気がさす訳だ。いや、それ以前の問題か。何故お前等は彼女をあそこまで迫害していたんだ。里の者全てを差し出した時の顔は、とても保身のみの選択には見えなかったぞ」

 

 「あの薄汚い裏切者か。まだ交流があるのか貴様は」

 

 「さあ、知らんね。あの日以降会ったことがない」

 

 本当は違うのだが、ここは嘘をついておく。この件を知るきっかけはエレミヤであるが、ここで口を割るような真似してわざわざ彼女の居場所を怨み骨髄のこいつらに教えてやる意味はない。

 

 「あの裏切者には、何時か見つけだし我らが家に伝わっていたありとあらゆる拷問を受けてもらって、一族全てに許しを乞い殺してほしいと懇願してから殺してやる。だがまず貴様だ。きっと彼女は、貴様が怨むべき我等が一族の仇であると理解し殺さなかったのだろう。我等が、今までの怒りの十分の一でも晴らせるようにな」

 

 牢の向こう側、何人かの男女がぞろぞろと現れる。見覚えのある顔は、ない。

 

 「これから拷問なりする訳なのに、俺に怨み骨髄の奴はいないのか?ああ、あの俺を殺そうとした奴等のことだ。まっさきにでて来ると思ったがな」

 

 「貴様が気にすることではない。自分のことを考えるんだな、ミハエルが殺さなかったその命、我等にも怨みを晴らせというメッセージだ。簡単には殺さんぞ」

 

 これから怨みを晴らすべく私刑を行うというのであれば、彼等が出てこないのはどこか奇妙に感じるが、それを気にしている様子はないだろう。今気にするのは、クーラ達が戻ってくるまでなるべく正気を保っている努力をすることか。

 

 いやそれ以前に、ジークリンデはクーラを助けるだろうか。あの時は、かなり分の悪い賭けとして悪竜にクーラを頼んだが、今考え直してもとてもアレがクーラを助けるとは思えない。

 

 普段クーラに対してどんな感情を抱いているのかは分からないが、良くて視界の端でチョロチョロする生物くらいにしか思っていないだろう。

 

 だが託すしかなかった。少なくともあの瞬間では、それ以外の選択肢が思い浮かばなかった。か細い可能性ではあるが、生存する見込みを考えるとすればこいつらの私刑で死なないように、発狂しないように耐えながら助けを待つか逃亡のチャンスをみいだすことだ。

 

 爛々とした憎悪の目が向けられる。因果応報かもしれないが、さて…俺はどこまで我慢強いのか。こんな形で試すことになるとは、思わなかった。

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