家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 広く開いた、幾つかある洞窟の入口の一つ。そこには人間から剥ぎ取った装備品や衣服の類、解体して持ち運びしやすくした馬車の残骸や幾つかの樽が無造作に打ち捨てられていた。

 

 洞窟の奥から二人組のエルフが訪れる。干からびた枯れ木のようななにかを運び込み、声を合わせて残骸の中に投げ入れる。馬車の残骸に当たり、乾いたなにかは音を立てて胴体から割れた。変色した骨が身体からむき出しになる。

 

 よく見ると残骸の合間に似たようなものが何体か転がっており、それは大陸に住む者にとってはまず見ることはない、砂漠地域の埋葬法で製造された木乃伊と呼ばれるものに似ていた。

 

 汚いものを触ったのを嫌悪するように、布越しに掴んでいたにも関わらず手を軽く払う。腰の飲料水が入った布袋に手を伸ばそうとしたが、そこは我慢するように手を引っこめた。

 

 「これを投げ込んだら、巡回だ。Dチームを返り討ちにした二人組だが、そのうちの一人がまだ見つかっていない。油断せずに行くぞ」

 

 「見つかってないって、渓流に落ちた奴だろう。カルリのチームが捜索にいってなかったか?というかあそこから落ちたら、もはや死体の確認みたいなもんだろ」

 

 話し込む二人の間に、女のエルフが現れる。両腕に抱え込んだ雑多な不用品を投げ込み、手を軽く払った。

 

 「それでも油断しちゃダメだよ。死体が見つかるまでは安心しない、あのランザ=ランテの仲間ならなおさらね、皆殺しにしておかなきゃ」

 

 「ああ…四人か。そういやあの四人はどうなった?ランザにボコボコにされた連中」

 

 「さあ、治療中じゃねえ?そういや見てないな……ん」

 

 洞窟の外に向かおうとした男女のエルフ。それにはついて行かずにゴミ捨て場を眺める。

 

 ノックの山内部には複雑な洞窟が形成されており、幾つかの入口が存在しそのうちの一つであるここは、ある程度の広さもあり外からも中からもいらないものを隠して廃棄するのには丁度いい場所である。そしてこのエルフは、何度もここに物や死体を投げ込んでいた。

 

 だからこそ、なにか違和感があった。それがなにかと言われればよく分からないが、あるいはじっと観察していればそれに気づくことができるだろうかと眉を顰め不用品の山を眺める。

 

 「ねえ!早く行くよ!」

 

 「あ…ああ、おう!」

 

 それがなにかが分からないまま、外に出る。まあなにかがあったとしてもたかだか不用品の山だ。たしたい問題ではないだろうと思いなおす。

 

 洞窟の外から出ると、広がるのはノックの山林。渓流での捜索はカルリを中心にした四人組が行っている。普段の巡回路を警戒してから念の為下流から上流に向かうように逃亡者を捜索。成果があろうがなかろうが、報告に帰還。

 

 やることは決まっていた。自分の役目をこなす為、先に行った二人に合流しようと歩を急ぎ足に頬を進める。

 

 「悪い、待たせた」

 

 「臭い」

 

 巡回は基本、木の上を移動しながら行うものであるが、しばらく先に進んだ二人は地面にしゃがみ込み土を触っていた。人差し指と親指で土をつまみ、鼻の近くに近づけて疑問符を頭にうかべていた。

 

 「なんの臭いだ?」

 

 「さあ…よく分からない。あの樽に詰められていた液体?」

 

 近くにいき土の臭いを嗅いでみると、確かに異臭はする。それは、よく人間達が馬車で運んでいた樽に詰められている液体が悪くなった時の臭いに似ていた。いや、それが正しいだろう。だが何故、そんな臭いが土に染みついている。

 

 「なんにしたって、さっそく異常ありだ。リーダーに報告しに一度戻ろう。逃げ延びた奴か違うのかは分からないが、我々以外にも誰かがいる。応援を頼み何時も通りに捕まえて…」

 

 そこまで話したエルフの足元に、頭上からなにかが落下する。それは丸めた紙に火がついたものだったが、その小さな種火が地面に落ちた瞬間、火炎となり地面を舐めるように広がっていった。

 

 「上か!」

 

 各々がその場から飛びのき、弓矢を上に向ける。そこには獣の耳を生やした忌むべき半獣が、木の枝に腰掛けて薄ら笑いをうかべていた。

 

 弓矢を向けられているのに、余裕な態度。矢を射ろうとした瞬間、まるで身体を巻き付くように炎が蛇となり身体に巻き付いてきた。呼吸をしようとした瞬間、顔まで炎が覆い喉と口内を焼く。

 

 悲鳴をあげながら、地面に転がる。火を消そうとするものの上手くいかず、身体全体を火で包み込み植物性を由来とした素材で作れた衣服をあっという間に燃えやしつくし皮膚と脂肪が焼けていく。

 

 「魔術具な、これはこれで便利な玩具ってことか」

 

 「贄三体確保。贄と引き換えにあらゆる奇跡をおこすのが特性の悪竜様なら、これで足りるんじゃない?」

 

 「ハッ…調子に乗んなクソ猫。まあいい、火竜の真似事なのは癪だが、たまーにはオレも悪竜らしい災厄をおこさなきゃな」

 

 まだ転げて回るエルフ三体に、腰から伸びた三本の刃が貫く。身体の中をミチミチと小さな刃を侵食させ、絶命しないように身体の中を這わせていた。三人の男女が炎に焼かれた喉で声にならない苦痛の悲鳴をあげる。

 

 革袋が破裂するような音を響かせ。三体のエルフが身体の中から増殖した刃により爆ぜ割れた。血と臓物があちこちに飛び散り、それに悪竜はグローブを向ける。飛び散る血や臓物が炎を上げて広がり、木々を呑みこみ緑を燃やし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リスム近郊はここ最近雨が降った兆候はない。本当なら、秋ならもっと景気よく燃えてくれるんだけどね」

 

 広がる火の手は、贄による命が込められている。悪竜の言葉を信じるならば、だが。

 

 あの後、四人組の捜索隊が歩いて来た痕跡を辿ると一つの洞窟の入口を見つけた。中を覗き込むと広い空間になっており、干からびた死体や、街道に放置していれば問題となるのはもっと早かったであろう、商品たる鯨油や解体された馬車が放り込まれていた。

 

 このまま乗り込みたいところではあるが、我慢が必要だった、中の構造も不明瞭であれば何人エルフがいるのかも分からない。あの触手とは息をひそめた山林の移動中遭遇しなかったが、洞窟の中で根を張っていないとはかぎらない。

 

 狭い蜂の巣の中に侵入するようなものだ。自分は一度に複数のエルフの対応をすることはできないし、狭い洞窟内では悪竜の連結刃も些か相性が悪いと予想ができる。中の毒蜂は、覗いてみるまで何体いるのかも分からないのだ。

 

 ならば、蜂の巣をつついてしまえばいい。燃え広がる炎は、巣を燻る煙だ。

 

 このまま火が広がれば人目がつくし、植林された杉まで火の手が広がってしまえばリスムも帝国も事態の収束に黙ってはいないし、火災の原因調査にも来るだろう。一刻も早く火を消し止める必要がでてくる。

 

 だが規模が時間とともに圧倒的な比例と共に広がっている山火事に対応するならば一部の人員に任す訳にはいかない。洞窟から飛び出し、総動員でことにあたる必要があるだろう。

 

 この策を実行するにあたり、クリアする条件は三つ。まずは気候条件、これは運よくクリア。先程も言ったが、本当なら空気が乾燥する秋であるならば効果は絶大なのだが、ここ数日晴天が続いていたリスム及びノックの山のことを考えれば幸運であると言えるだろう。

 

 炎を効果的に広める燃料。山火事というのは、たかが焚火からでも広がることがあるとはいえ注ぐべき燃料がなければ即効性に期待はできない。だがエルフどもは樽にいれられた鯨油を用途も分からずゴミのように廃棄していた。これは連中の世間知らずが幸いしている。

 

 最後は着火方法。自分はまだモスコーで手に入れた魔術具の扱い方をまだ熟知はしていなかった。そもそも魔術の才能があるかどうかすら怪しいものではあった。しかし、すぐ傍らには遥か昔から生きる竜がいるのだ、利用しない手はない。

 

 下手に出たらこの悪竜は首を縦には振らないだろう、そんな気がする。だから、自分が考えた作戦を全て打ち明けた。

 

 『山一つ禿げるぜ、オレに任すとな。その意味が分かるか?』

 

 『この山に住む生命体がどれだけ犠牲になるか分からない。動物も植物も巻き込んで…でしょ?』『だから?』『悪竜様は、意外とみみっちいこと考えるね』

 

 『ほお?』

 

 『ランザとこの山の全部、どっちが大事なの?』

 

 悪竜ジークリンデと、半獣の自分。その二人に共通しているのはただ一つだけ。

 

 ランザという存在を一度壊し、自分の色に染め上げること。その点一つに対しては、悪竜も、自分も、恐らくはテンだって同じ穴の狢だ。悪竜はどういう考えで共依存の関係を目指しているのか分からないが、彼女からは自分と似たような匂いしか感じない。

 

 壊して、依存させたい。それが共依存が、それとも愛の伴う暴力性か。それにどれだけの違いあるものだろうか。

 

 自分は目的を果たす為に、利用できるものは全て利用してみせる。それが例え、恋敵といっても良いかもしれない悪竜であってもだ。幸い、向こうはテンという存在への警戒から自分を簡単に壊すことはできない。ならば、少しでも強めに出て利用させてもらう。

 

 そして悪竜は、その返答に笑みを浮かべた。

 

 『良いだろう。答えが気に入った。この山の無数の生命体を犠牲にして、ランザ一人を助けてやろうか』

 

 悪竜の性格ならば、いくら不利でもただ一人で洞窟を突き進むことを選ぶだろう。だがしかし、こちらの案に乗った理由があるとするならば、その後の影響をまったく考えない策の悪辣さ、自分勝手な考えからだろうか。

 

 かくじて、貸し与えた魔術具たるグローブを想像以上の火力で使いこなすジークリンデの活躍により、山の一角は火に包まれた。

 

 山頂から麓まで吹き付ける風は、火の手が広がるのにも効果的だ。どんどん燃え広がれ、それだけ騒ぎが大きくなる。

 

 洞窟の入口から幾人かのエルフが溢れてくる。なにやら怒声をあげながら言いあっているが、声で火が消えてくれるならば苦労はない。

 

 エルフの世界に、魔術具という存在はない。魔術具とは、人間達の研究機関や工房が資金や人員を駆使して改良や生産を行っている人類の英知なのだ。これに対抗するならば、水流を操るようなタイプの魔術具が必要であるが、容姿端麗で神秘的な雰囲気とはいえ、森に潜む蛮族たるエルフにはその準備はない。

 

 それに関しては、エルフと戦闘経験があり村の中も見たことあるランザからの情報で理解していた。伝説では遥か昔には、魔術具という触媒無しに呪文だけで様々な現象を行使することができる存在がいたらしいが、そんなものは吸血鬼達の全盛期よりも遥か昔の話だ。都合よくエルフ達の中にそんな異能者はいないだろう。

 

 混乱する現場から離れるエルフが一人。桶を持っていることから、沢に水を汲みにいくつもりか。

 

 隠れて様子を見守っていたが、そのエルフの背後をとり直刀を首筋にあてる。

 

 「案内人がほしかった。君に頼もうかな」

 

 「なっ…貴様等。ふざけやがって」

 

 「この混乱なら、攫い放題。君にこだわる必要も特にはないんだよ。無駄口はやめて、ランザの…捕まった者達の場所に案内してもらおうか」

 

 観念したような顔をして、ついてこいと言い残骸の多い入口に向かおうとするエルフの肩を突き刺す。

 

 「騒ぎの渦中の中に連れて行こうとするのは、関心しないね。この周辺は調べてある、入口は複数あるんでしょ?火に巻かれないように、あっちの安全な方から向かおうか」

 

 舌打ちをしエルフが歩きだす。直刀を背中に押し付けながら、その後ろを歩いていく。

 

 「しかし、なかなか手慣れてやがるな。汚れ仕事がよ」

 

 「元々こういうのが専門だっただけ」

 

 ここまで思い切った策を行うことは少ないが、少なくとも陽動や脅しに関しては暗殺をする者にとっては必要な技術の一つだ。レントの元にいた頃は、奴隷という境遇から解放してもらったという一応の恩はあるのだが、恩知らずと言われようが半ば黒歴史に近い。だが皮肉にも、その技術がランザを助ける為の役に立っていた。

 

 別の入口から洞窟の中に侵入し、耳に意識を集中する。洞窟の中は混乱の渦中であり様々な音が反響しているが、やはり火災現場に一番近い投棄場所の入口に人員が集中しているようである。

 

 「仲間の元に誘導したり、声を出したら殺す。ただ捕虜のところまで歩け、そうすれば少なくとも殺しはしない」

 

 自分はね、という言葉は呑みこむ。何故ならその後ろでジークリンデが連結刃同士をこすり合わせるような音が微かに響いていたからだ。自分は見逃しても、オレはそんな約束は知らんとばかりに逃げる相手を後ろから刺し殺すんだろうなと思う。

 

 混乱する洞窟内を、三人は息を殺して進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何事だ!」

 

 「火事、山火事です!火の手が凄まじい勢いでまわっています!人為的な工作の仕業です!」

 

 持っていたナイフを投げ捨てる。投げ捨てられたナイフが転がった先は、ランザの足元、ナイフで爪と肉の間に刃を挿入し、無理矢理剥がされた爪が八枚、肉片と共に転がっていた。九枚めにとりかかろうとした瞬間の報告は、最悪なものだった。

 

 「すぐに消せ!帝都やリスムにいる連中の注目を集めたら取り返しがつかんぞ!最優先だ、動かせる奴は全員動かせ!最悪でも植林地帯に火の手が広がる前に食い止めるんだ!……ミハエルはどうしている」

 

 「変わらず、休眠状態です」

 

 「そうか、いざとなったら…私はミハエルの元に向かい様子を見る!消火活動にただちに取り掛かれ!」

 

 「はいっ!」

 

 指示を受けた部下が走り去る。牢屋内にまだ残る数人が動揺したような顔をしている。ここにきて計画が狂う可能性が出てきたことに対しての不安だろうが、同時にこの手の企みには予想外のじたいがおこるのは当たり前の話だ。ここまでが、上手くいきすぎていたともいえる。

 

 「なにをのんびりとしている!お前等もすぐに火を消しにいけ!」

 

 「こいつの見張りは…」

 

 「ふざけるな!痛めつけるだけ痛めつけた後だ、簡単には逃げられん!牢番にだけ任せておけ!さっさと動け、無能扱いされたいか!」

 

 怒声でケツを蹴り上げることで慌てたように各々が刃物や鈍器を放り投げ牢屋から出ていく。危機に対しての動きが遅い。元々本職である戦士の家系が自分と一部の者達だけなのであるが、これは訓練不足を嘆くべきだろうか。

 

 だが背に腹は代えられない。ミハエルの変化に合わせてこの計画は進行していく。準備に時間をかけ、最低限の弓弩を始めとした戦闘訓練以外はあまり時間を割けなかかった。だが、元よりそれを承知の上で始めたのだ。泣き言は言ってられないし、この計画はなんとしても完遂させなければならない。

 

 リスムさえ陥落させることができれば、もはやミハエルを止められる勢力はいない。モスコーの騒動で戦闘力のある人員が離れている今この時が、最大のチャンスなのだ。

 

 「テロリストも楽じゃないな」

 

 「なんだと…」

 

 繋がれているランザが、嘲笑する顔でこちらを見ていた。左腕を斬り刻まれ、右腕は火傷により肌が黒く焦げ筋肉が所々炭化している。指の爪は都合八枚まで肉事抉られ、足の指は全て潰されていた。身体には殴打や鞭を打ち付けた痕が複数あり、もはや痣がないところを探す方が困難だ。

 

 そのうえに、相手を長く苦しめる為のただ拷問の為だけに造られた傷の刺激が増す軟膏が塗られている。過去これをやられた里内の罪人は、薬を塗られた部位を抑えながら悶えて転がっていたというのにこの男はうめき声をあげるのみにとどまっていた。

 

 そのうえで、どこか嘲笑うようにこちらに笑みを向けてくる。なんだ、この男は、尋常の忍耐力じゃない。

 

 「私達がテロリストだと。そのような言葉で一括りにされたくはない、取り消せ」

 

 「人妖を扱い、なにかでかいことを企んでいる。それは、リスムや帝都には知られたくはないなにかだ。怨み言を散々ここで聞いたが、その会話の合間合間にある情報から推測すればそんなところだと分かる。どう考えても、テロリズムの準備にしか聞こえなかった」

 

 「ふざけるな!これは私達の全てを賭けた復讐戦だ!有象無象の反乱勢力に使われるような言葉で…」

 

 「一つ聞く、それは狐の助言で建てられた計画か?」

 

 こちらの抗議を無視したその言葉に、思わず口を止めてしまう。この男は、何故それを知っている。

 

 ミハエルの変異と、モスコーの騒動に合わせたタイミングで始動するリスムの蹂躙作戦。その策の原型は、確かにあの狐の助言からだった。何故、この男がそれを知っている。

 

 「その反応…人妖に関わる出来事は、やはりテンの仕業か。一つ警告しておく、計画に綻びが出たならば、すぐに作戦を白紙に戻して逃げるんだな。アレに関わった奴の末路は、ロクなもんじゃない。なにかの拍子で破綻したら目も当てられないことになる。敵ながら、そこだけは同情しておいてやる」

 

 「同情だと…貴様はどこまでもっ!」

 

 握り拳を作り、ランザの頬を殴り飛ばす。血の唾を吐きだし、ランザは鼻で笑った。これほどの責め苦を受けてなお、皮肉も混ざっているだろうが同情という言葉を使う余裕さが気に食わない。

 

 「貴様がどれだけのことを知っているか、あの狐を何故知り得ているか。それじたいに興味が湧かないでもない。だがしかし、仮に我々の計画が貴様の言うように破綻した結果そのなにかがおこるとしても…」

 

 脇に立てかけられた、エルフの一人が放り出して行った剣に手を伸ばす。垂直に構え、ランザの胸元に向け切先を向けた。

 

 「貴様だけは今ここで殺しておく。その後の心配は、しなくても良い」

 

 「そうか」

 

 ランザの瞳はまっすぐとこちらを見ていた。その瞳は、この危機的状況に対して恐怖の色は見えない。

 

 いや、拷問している最中すらその瞳の色が揺らぐことはなかった。代わる代わる怨みがある仲間達が罵声と共に痛めつけていたというのに、その瞳は、最初から濁ったような目は一度たりとも恐怖に類する感情に支配されることはないように見えた。それに恐れをなして、怨みを晴らさず牢から抜けた仲間もいたほどだ。

 

 「その目、気に食わん。最初に抉りとっておけば良かったよ」

 

 「どうにも不評らしいからな。そんなに目つきが悪いか?」

 

 「減らず口を…お前はこれから死のうとしているんだぞ。何故拷問を受けている時も、今も、怨み言一つ、命乞い一つ言わんのだ。何故言われるままで受け入れている。死ぬのが怖くない筈がない、そこだけはどうしても解せん」

 

 それを言われたランザは、嘲笑するような顔をやめ穏やかな笑みを浮かべた。その顔は、殺意をもって睨みつけるでもないのに、どこか薄ら寒く感じるものだった。

 

 しばらく考えるように目を瞑った後、ランザは口を開いた。

 

 「お前達にはその権利があるからだ」

 

 「なに?」

 

 「復讐、その一点についてだけは俺は全てを肯定する。お前達にとっては、里を追い出し一族を根絶やしにした集団の一人だ。殺したくて殺したくて仕方ないから、リスクを背負い代償を払いながら人妖を利用する計画をたてここまで来たのだろう」

 

 「ああ、その通りだ。私はお前も、お前達人間達も許さない。無論あの裏切者もだ、全員殺してやりたいと毎日のように思っている」

 

 「その信念だけは、怨恨だけは、俺は全て肯定する。例え、それが俺に向けられたものであってもな。本来であれば復讐などなんの生産性もない、ただの自己満足にすぎない。死者がそれを見て喜んでいるか、無念を晴らせたかなど死んだことないから分からん。だがそれでも、止めることができない、止めてしまえば自分が自分でなくなる」

 

 初めて、ランザは腕と足に力を込めた。拘束具がその力に反応し音をたてる、全身に激痛がはしっているのに関わらず、無意味と知りつつ止めることができないといったように。

 

 「だからこそ俺はお前達の怨み言になに一つ反論はしなかった。命乞いなどもっての他だ、流石に四肢が自由なら無抵抗ではないがな。俺は殺したくて仕方ない奴がいる。復讐を果たしたい奴がいる。気持ちだけは、多少は分かる」

 

 「なら過去の行いを後悔しながら死んでいけ!まずお前の亡骸を、父母と一族の霊に捧げてやっ…!」

 

 全てを言い切る前に、肩になにかが飛び乗った。上を見ようとする前に、首に足のようなものが巻き付いた。上を見る前に、飛び乗ったなにかが全体重をかけて前のめりになる。首から上からの重みの変化に体制が崩れ、身体全体が一回転してしまい背中から叩きつけられた。

 

 「ぐがっ!」

 

 立ち上がろうとする前に、なにも履いていない素足が胸元に叩きつけられた。激痛に身体が悲鳴をあげ、視界が一瞬くらむ。女陰のようなものが見えてしまうのは、いったいなんの冗談だ。

 

 「ランザ!」

 

 半獣の少女が叫んだ。しくじった、その思考が頭の中をグルグルと巡った。

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