家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「よくもまあ、そこまでボコられたもんだな」

 

 エルフの胸板を踵で抑えながら、拘束されているランザを見る。手に持つ骨がついた肉に噛り付き、味気の無さに軽く唾を飛ばす。この骨付き肉は、先程まで案内を頼んでいたエルフのものだった。牢獄のある部屋から何人かバタバタと出ていった後、どうやら残った奴はここの巣穴のリーダーだ。なら雑魚は必要ない。

 

 始末しておいたら、クソ猫に『ああ…やっぱり』と言いたげな目で見られたが、オレが猫が勝手にした約束を律儀に守る訳がないだろう。

 

 拘束されているランザの身体は、酷いものだった。個人的に目を引いたのは、足の指だ。指先は神経が集まって激痛がおこりやすいといのに、丹念に一本ずつ潰していた。これでは歩くことすらままならないかもしれない、普通の奴なら。

 

 「死ななきゃ、安い」

 

 「どっかで聞いたことある台詞だな」

 

 クソ猫に拘束を解かれたランザは、流石に青い顔をしていたがそれでも泣き言は漏らさない。携帯の治療道具から使えそうなものを見繕い、足先や爪、皮膚等応急処置を猫が施していき、痛みや傷の具合をランザに確認しながら手を動かしていた。

 

 「オレが治してやろうか?脂汗スゲーぞ」

 

 「敵地でお食事タイムを楽しむのは、いささかリスクが高いぞ。それに、青い顔はお互い様だろう」

 

 「あ?」

 

 「顔に疲労がでている」

 

 え?といった様子でクーラがこちらを見る。オレ自身、思わず口を覆うように手を当てていた。顔に疲労がでていた?オレが?

 

 「モスコーでの戦闘前から、ルーガルー戦からか、短時間で無理をしてきたせいだろう。前から気になっていた、お前は贄を力に変える特性を持つ悪竜。なのに何故、俺の治療にはこれといった命を捧げていないのに、そんなに力を行使できるのかとな。エルフとの戦闘で刃の切れ味が上がっていたから杞憂かと思ったが、今その顔を見ると、そうでもないように見える」

 

 手に持つ肉を齧り取った骨を放り投げる。そういえば、飯は先程渓流にてエルフを食ったばかりだった。いや、そもそも食事という概念は剣という存在に徹していた間ほぼ必要なかった。

 

 よくよく考えてみれば、刃ごしに血を啜ることはあっても、モスコーでの祭りの際豚や牛でも良いから肉を食いたいと思ったのは何時ぶりだ。その後ランザを貪ったのは、ただこいつの味を楽しみたい以外にも無意識に飢餓感があったせいか?

 

 もっともあの時は、壊しながら食べて治療の繰り返しだったのでどちらかと言うと消耗の度合いの方がでかかったのだが。あの時、オレは苦しめながら食べることを楽しんでいたが、実は純粋な食欲の面でも抗えなくなってきた?

 

 それに、クソ猫を助けた後グースカ眠りこけたのは、今考えたらオレらしくない。

 

 クソ、調子が狂う。吸血鬼の血を刃で逆に啜り取り、刃物じたいのキレは増したというのに。

 

 「クソ餓鬼が悪竜様の心配してんじゃねーよ」

 

 なんだかムズムズする。取り敢えず、中指をたてながらそっぽを向いておいた。顔が熱いような気がする。なんだこれ、訳が分からん。

 

 「人妖狩りだ、いざという時使い物にならなければ困る」

 

 「ちょ…ランザ!」

 

 半分死んだような身体の癖に、ランザ自身はまだ人妖を狩る気満々のようだ。オレとしちゃ大歓迎であるが、猫は必死こいて止めにかかっていた。

 

 「そんな身体で無茶なこと言わないでよ!今この山は混乱しているし、一度退いて体制を立て直そうよ!死にに行くようなものじゃない!」

 

 「逆だ。この混乱ではどの道リスムの警備隊や帝都の連中、もしかしたら連合王国の連中だって介入してくるかもしれん。そうなれば、ここにいるエルフ共は根絶やしを避ける為に引かざるえないだろう。いや、もしくは自棄になって最後の一兵までとか言うつもりか?どうなんだリーダーさん」

 

 ランザの言葉に、足元で転がるエルフは顔を背けた。返答するつもりはないとでも言いたげだ。

 

 「今しかないんだ。この混乱でエルフ連中は出払っているタイミングで、俺達は辛くも敵中枢まで食い込むことができた。あの触手程大規模な人妖は見たことがないが、もしかしたらこの洞窟の中に最低でもなにかの情報一つあるかもしれん」

 

 確かにもぬけの殻となった今ならば、この洞窟を自由に動き回れる。そしてそれは、最後のチャンスになるかもしれない。だが猫は、それでも納得できないといった顔で顔を左右に振っていた。

 

 「あの触手と警備隊や軍が激突したら、まずどんな手を使ってでも敵を根絶やしにする軍が勝だろう。だが被害は甚大だ、少なくともそうならないようにアレの情報を渡す必要がある。幸い、掲げる大盾は帝国に本社を持つ組織だ。地元として支部にも協力要請がかかる、グローに情報を流しておけば被害がグッと減るだろう」

 

 「……なら、使える情報を手に入れたらすぐに引き返すこと、それなら妥協はできる」

 

 「お前は降りても良い。多分だが、ここに来るまでの時間を考えても助けを呼びに行ってはいないんだろう?だったら改めて…」

 

 「ダメ!」

 

 座り込んだランザに応急処置をしていたクーラが、その身体に抱き着いた。この前から、やたらと距離を縮めようとしているなこの猫は。まあ、そいつは下心バリバリな無駄な努力って奴だが。

 

 「ランザが行くなら自分も行く!仲間でしょ!放っておけないよ!」

 

 鼻で笑ってやると、クーラが視線だけ動かしてこちらを睨みつけていた。健気なふりした臭い芝居しなくても、ランザがオレを持って行くことだけは決定事項だ。そこら辺は、オレとこの猫との違いだ。奴はオレに対して遠慮はしない間柄だ。

 

 涙が出てきそうな程の健気な芝居だが、見逃さない。お前がズタボロのランザを見た瞬間、安堵の笑顔の中に僅かに狂喜のようなものが覗いていた。救えねえドⅯな雌猫がズタボロのランザを見てなにが嬉しかったかは知らんが、そんな状態の相手に嬲られる妄想でもしたことがあるのか?

 

 もしくは、自分と重ねたか?服一枚めくれば、この猫の身体は古傷だらけのひでぇ有様だ。好きな相手が自分と同じになる、共通する部分が増えていく、そんな状況に無意識に喜びを浮かべる。お前も立派に壊れてるよ、まあ知ってたが。

 

 「薄ら寒いな」

 

 足元でエルフが呟いた。ほう、違和感のようなものにでも気づいたか?人を見る目はあるようだ。足に力を込めて圧力を増してやる。加減はしているが、少し間違ったら踵が身体を貫通しちまいそうだ。

 

 「よう、言ってることは同意だがお喋りの許可をした覚えはねーぜ」

 

 「いや、これからはお喋りしてもらおう」

 

 ランザが立ち上がり、こちらに歩いてきた。おーおー、足の指潰れてるのによくやるよ。

 

 エルフの前でしゃがみこみ顔を見合わせる。しかしまあ、よくも拷問してきた相手に向けて憎悪を込めたツラ一つ向けねえもんだ。おそらくこいつが殺されずにズタボロにされたのは、過去エルフ共との間にあった因縁からだろう。怨みを晴らす為に、すぐには殺さずにボコられ続けたって訳か。

 

 こいつの悪癖だ。復讐に対しては自己のみならず他者の行動原理にも肯定する。それが敵対者に対してでもだ。モスコーでベレーザに殺されかけたってのに、何一つ改善してやがらねえ。どうしてそこまで、面倒な道を歩きたがるかね。

 

 そこが、面白いんだけどよ。

 

 「人妖の位置を教えろ。もしくは情報だ、そうすれば解放してやっても良い。仲間を纏めて落ち延びろ。いくらなんでも、帝都とリスムを同時に敵に回して計画が上手くいくと思っている程楽天的じゃねえだろうが」

 

 「情けをかけているつもりか?……つくづく見下されたものだな」

 

 「俺達にも時間がどれだけ残されているかは分からない、外の山火事の広がり具合では逃げるに逃げられなくなるかもしれないからな。拷問にかける時間も惜しいし、教えないならここで殺しておいて、指揮者不在になったエルフ共が各個撃破されるのを眺めているだけだ。頭なら、冷静な判断を下せ」

 

 エルフはしばらく嫌悪感に眉をひそめたが、大きくため息をついた。

 

 「まずは足を退けろ、案内しようにもこれでは無理があるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーラから受け取った散弾銃に銃弾を詰める。山火事をおこす為に、鯨油が詰まった樽を廃棄物置き場から拝借して利用したらしいが、そこでゴミの山と一緒にホルスターや荷物ごと転がっていたそうだ。

 

 エルフ連中は銃器を使う様子がない為、不用品として処理されたのだろう。せっかくパーツを新品に交換したばかりだと言うのに、買い替えるのは些か堪える。上着や戦闘用の外套は後から利用するつもりだったのか、囚人の捨てられていなかった道具類とまとめておいてあった。弾丸や各種道具が詰められた腰袋の回収も成功する。

 

 「他の生存者は」

 

 「見ていない。牢はここ以外幾つかあったけど誰も収監されていなかったよ」

 

 ジークリンデが長年の親友にするように肩を汲みながら、しかししっかりと連結刃を首筋に添えたエルフの方を見る。

 

 「もう死んでいるよ」

 

 「大方人妖の餌にでもされたか」

 

 触手が突き刺さった傷口に、外套ごしに触ってしまう。こいつらの言うように怨恨を晴らさせるためか、それともサグレの血が多少なりとも混じったせいか。理由は分からないがこうして生きているのは奇跡に近いだろう。人妖が、加減などできる訳がない。

 

 「そういえば、何故お前等は人妖に襲われない。俺が知る限り、連中は敵味方等の区別はつかない。抗えない本能のまま暴走する奴等ばかりだった」

 

 失恋をきっかけにルーガルーに変化した少女は村一つ壊滅させた。他に色濃く記憶に残っているのは、ウォーリアバニーと化した戦士だった。

 

 彼は自分が人外と成り果てたことに、後悔の念を抱きながら生きていたが、自死という選択肢をとろうとしても、どうしてもとれなかったことを話していた。死にたくて仕方がないが、どうしても殺し合いの中で死にたい、その過程で手を抜くことは自分の中のなにかが許さない、許してくれないと語っていた。

 

 彼の仲間達である傭兵集団は、その本能に抗えない人妖の暴走により全滅していた。

 

 元々ウォーリアバニー、首狩り兎の一族はエルフ達と同じく人類としてはカウントされず害獣、もしくは蛮族扱いされている。その理由は、血に酔った戦闘民族であるがゆえだ。流浪をしながら人類諸国に戦争を挑み、時として傭兵として自らを売り込み外門から狩った獲物の首を吊るしていくような猟奇的な種族である。

 

 半獣が忌避、差別や軽蔑される一因の一つに、二足歩行の兎のような彼等彼女等がどうしようもないほどに戦闘狂で容赦なく、慈悲がないことが理由になっている。まるで獣人のような見た目の怪物じみた連中に近い、獣の特性を持つ半獣はそれだけでも嫌われてしまうという訳だ。

 

 考えを戻すが、あの触手の人妖は何故敵味方と明確に分けて攻撃を繰り出しているのだろうか。

 

 元々そういう特性を持つ、生物になったせいか?だがそれはどんな生物なのか、そもそもあんな大規模な触手を持つ生物がこの世界に存在するのだろうか。分からない。

 

 「人類憎しで動いている我々と同じ志だからではないか」

 

 「それじゃ答えにならないな。救助者がいないなら、残念だがここは諦めていくぞ」

 

 やはり今回の相手は、今までとは違う。イレギュラーという意味では吸血鬼であるサグレもそうだが、今回の相手は考えや生態が読めてこない。不気味さが、何時まで経っても拭えない。

 

 牢屋が連なるエリアから出るさい、二体のエルフの死体が転がっていた。牢番と、ここまで案内させたエルフだろうか。二人とも首が飛ばされており、片方は太腿の肉が持ち去られている。先程ジークリンデが食していた骨付きの生肉を思い出す。あれはこいつの肉だったか。

 

 同胞が食べられた、ということを再確認できたようでリーダーのエルフはさぞかし青い顔を…していなかった。凄惨な現場で仲間が死んでいるというのに、いくらなんでも眉一つ動かさないなんてことがあるだろうか。意外と薄情なのか?それだけで片付けられないような気がする。

 

 「さっさと行くんだろ、こっちだ。それとも、休憩が必要か?」

 

 「無駄口叩くな」

 

 装備は身に着け隠れているものの、身体は一歩先に進める度に悲鳴をあげている。ジークリンデからの治療の申し出を断ったので当然といえば当然であるが。

 

 悪竜の顔色が疲労していたのは確かであるが、こいつはあくまで悪竜だ。頼りに頼り、いざという時裏切られる可能性を忘れてはならない。

 

 モスコーで、渓流で、いささか借りを作りすぎた。それがどんな代償となって影響してくるか分かったものではない。あくまで封印された悪竜の気紛れ、それを忘れてはならないのだ。

 

 「ランザ」

 

 「ああ」

 

 「辛くなったら何時でも言って、肩くらい貸すから」

 

 クーラが横から声をかけてきた。何時でも肩を貸そうとスタンバイしているが、どちらかと言えば痛みを我慢して集中力が途切れがちになる俺に代わり、周囲の警戒に専念してほしいくらいだ。だが助けられた手前、偉そうなことはいえない。

 

 「その申し出は助かるが、大丈夫だ。それよりも警戒を頼む。頼りにしているぞ」

 

 「任せて」

 

 顔を見せないようにフードを深く被ってから、クーラは改めて周囲を警戒していた。耳を隠す為のフードだが、目深に被れば顔が見えない。今顔を隠す必要があったのかと思うが、どうでも良いことなので思考から排除。

 

 「しっかし馬鹿に広い洞窟だな。この周辺にコボルトの犬コロ連中でも生息していたか?」

 

 「さあな。いたかもしれないが、少なくともリスムの自治州成立前よりも遥か昔になるんじゃないなか?」

 

 コボルト。半獣のルーツの一つであると仮説される二足歩行の犬に似た種族であるが、現代において生存報告や目撃情報があがらない絶滅したのではないかと言われる種族だ。元々鉱山地帯に生息していたが、人類の鉄鋼生産が加速度的に跳ね上がった際、鉱山という採掘場所と生息域を巡る戦闘がありことごとく駆除されたと言われている。

 

 そんなコボルトが巣を造っていたとなれば、複数ある入口や複雑な通路に多数の部屋。まるで蟻の巣のような構造の洞窟が形成されていたとしてもおかしくはない。そうなれば、古くはこのノックの山は僅かにでも鉄鉱が掘れたのかもしれない。

 

 「この曲がり角の奥。二人、いる」

 

 しばらく洞窟の奥へ奥へと進んでいる最中、クーラが静かに呟いた。

 

 エルフのリーダーは苦い顔をした。伝えなかったということは、その二人を利用してなんとか拘束から逃れようとしたのだろう。残念ながら、アテは外れてしまったようだが。

 

 クーラが角から様子を覗き込む。すぐに顔を引っこませ、こちらを振り向いた。

 

 「でかい扉があって、その前に二人。男女一人ずつ、武装は二人とも短弓とショートソード」

 

 「制圧する」

 

 袋から煙玉を取り出す。クーラは、直刀を引き抜き構えた。

 

 「クーラ、一つ言っておく。殺しは無しだ」

 

 「……今更?」

 

 「殺さずにすむならそれにこしたことはない。命は尊いなんぞと言うつもりはないが、必要以上に怨みは買わない方が良い。今更な忠告だがな、俺みたいになるぞ」

 

 「殺してしまった方が、本人からの報復を考える必要はないと思うんだけどね。まあ、ランザがそう言うなら」

 

 着火板に導線をこすり、火をつけた煙袋をクーラに投げ渡す。クーラはそれを、手の甲で軽く弾き足で蹴り飛ばして角の向こう側に飛ばした。火薬の爆発と広がる白煙に合わせて、クーラが突撃した。俺もそれに続く。

 

 この身体でどこまで動くことができるか、それを確かめる為の奇襲戦。果たしてどこまで、足を引かずに戦えることができるのか。

 

 「なんだ!」

 

 煙に飛び込んだクーラは、位置的に距離がある男の方に向かって行った。ならば俺は女エルフが相手か。

 

 この四肢で格闘技、投げ技を行使できるのか不安が残る。散弾銃を引き抜き手の内で回転、銃口付近を握り、エルフの気配、側頭部と思わしき所へ向け横振りに振る。

 

 一撃は硬い物に防がれた。視界を塞がれた不利から短弓ではなくショートソードを抜いたのだろう。突然視界が覆われたのに関わらず、対応にそつがない。身体の負担から何時もよりこちらのスピードが落ちているという理由もあるが、流石なにか護っているように立っているだけあって多少の腕はあるようだ。

 

 煙が少しだけ揺らめき、互いの視線が一瞬交錯した。女エルフが動く、散弾銃を押し返した後右手から左手へ柄を投げて持ち替え、胴体を狙い斬り付けに来る。

 

 と思った瞬間、相手の身体の軸が僅かにぶれたのが見えた。ショートソードは囮、急いで右足の腿を左へ向けてあげる。

 

 股間狙いの一撃を、右足で食い止めた。急所狙いの一撃、これは直撃すれば堪える。だが読み勝つことができた。

 

 顎を打ち上げるような掌底が女エルフに直撃し、脳震盪をおこしたのかふらついた。その額に、全力のストレートで殴り抜く、爪の剥がれた指先が痛み撒かれた包帯が滲むが、吹き飛ばされたエルフは後頭部を打ち付け気を失った。少し確認するが、死んではいない。

 

 煙が晴れたころ、クーラはもう片方のエルフを打倒していた。股間を抑え悶絶している、読み間違えたら俺がああなっていた訳だ、くわばらくわばら。

 

 少し冗談めかしてみたものの、身体が何時もより動かない。本来ならば煙玉からの奇襲であれば、リザードマン戦の時のように、散弾銃の発砲込みとはいえ二体は倒すことができた。戦えないことはないが、やはりやり辛い。

 

 「平気?」

 

 「見ての通りだ」

 

 クーラが心配しながら聞いて来るので、笑みを見せておく。やせ我慢だと見抜かれるかもしれないが、ここで平気じゃないなんて言えばこの後に差し障りがでるだろう。

 

 「それよりも、この扉の奥だ。気をつけろ」

 

 「OK、何時でもいけるよ」

 

 扉は、やはり後から急ごしらえで造られた木製の物だった。完全に締め切っている訳でなく、所々隙間が見える。閂を外して、左右から押し開き、後ろでエルフを捕えているジークリンデ以外、散弾銃と直刀を構え素早く中に侵入した。

 

 扉の奥は広い空間となっていた。まるで半円の空洞のような形状の中心地、背中と腕から木の根が生えた小柄な女のエルフが目を瞑り膝たちのような姿でまるで吊るされるかのような姿をしており、その周囲に四体の干からびた死体達。

 

 「なんだ、これは」

 

 予想とは違う光景に、思わず呟いてしまう。想像では、全身から触手を生やしたなにか生物がいるものと考えていたが、目の前にいるのは別のなにかだった。

 

 「ミハエルーーーーー!」

 

 ジークリンデに拘束されていたリーダー格のエルフが叫ぶ。その瞬間、エルフが、恐らくミハエルという呼び名の人妖が目を見開いた。

 

 洞窟の岩を砕きあちこちから木の根が、それに似た触手が伸びて来る。ジークリンデが迎撃の為に背中の連結刃を振るう。唐突のことに、拘束が緩んだか。リーダー格のエルフが走り出した。

 

 「この野郎!ふざけやがって!」

 

 ジークリンデが叫び、後を追おうとする。しかし、大量の触手が目の前に降り注ぎそれを薙ぎ払うのに足を止めてしまった。

 

 「ミハエル!最後の贄だ!今こそ決起の時、我等にはもう時間がない!この二人を!」

 

 散弾銃を構え、クーラがこちらに飛んで直背中合わせになり直刀を構えた。

 

 「捧げる!」

 

 こちらに来ると思っていた触手が、俺達をスルーして入口方向に向かう。倒れ伏していた二人のエルフ、その胴体に根を突き入れその全てを吸い取り始めた。

 

 ドクドクと、気色の悪い音を浮かべながら木の根は無抵抗の二人から体液を吸い上げる。そしてその死体は、みるみるうちに土色に枯れ果てていった。

 

 「多少予定は狂ったが今こそ我らが大願をなさん!好機は今この時!ミハエル、森妖なりて人族を滅ぼさん!」

 

 『ぢあああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 凄まじい叫び声に耳を塞ぐ。触手の向こうでジークリンデが、うるせええええええ!と文句の叫びをあげていたがその声すらかき消される程の声量だった。あの小さな声帯から、なにをすればこのような叫び声があがるのか。

 

 リーダーのエルフが大量の触手に包まれ、瘤のような形を作り天井を砕きながら上昇をしていった。ミハエルと呼ばれたエルフの両腕から木の根が折れダランと垂れ下がり、背中の太い一本を残しまるで拘束具が外れたかのように全ての根が引き抜かれる。

 

 地面全体が大きく揺れ、立っているのも困難なほどだ。身体がふらつき、膝をついて地面に片手を当てて安定を図る。クーラがこちらの肩に捕まり、倒れまいと踏ん張っていた。

 

 深緑の瞳が、こちらを見た。今までの人妖とは違う、おぞましさを感じる瞳であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「火の手が止まらない!クソ、このままじゃ植林地帯にも燃え広がるぞ!」

 

 外で消火活動を繰り広げていたエルフ達であったが、その火の勢いは既に止めようのないものになっていた。このままでは、植林地帯及び木材の加工所に投資をしているリスムや帝国の注意をひいてしまう。そうなれば、作戦は絶望的だ。

 

 ミハエルがいかに強力であれ、休眠時間も必要であるしなによりもリスムを蹂躙して苗床にする前にその力を見せびらかすのはよくはない。帝国の介入を一度は退けても、そうなれば次に来るのは恐らく精強に名高い竜狩り隊、はたまた第一砲兵師団、近衛兵団か。

 

 これは計画失敗、口惜しいがリーダーのナロクに撤退を進言する必要があるかもしれない。忌々しい、ここまで長い間準備に時間をかけてきたというのに。

 

 「エルバンネ、これじゃもう作戦は!」

 

 「ああ…ナロクに報告にいく!消火活動はもう諦め、ノックから逃走する準備を!」

 

 そう叫んだ刹那、山全体が大きく揺れた。立っていられない程の揺れだ、手近な木を掴みなんとか持ちこたえたが、何人か転倒し斜面を転がり落ちるものもいた。

 

 「まさか…」

 

 山頂付近で爆発に近い衝撃。巻き上げられた木々や岩、土がまるで雨のように降り注いでくる。何人かが巻き込まれて下敷きになってしまったが、それでもエルバンネは上を見ていた。

 

 山を砕き登場したのは、まるで触手の束を集めたような巨人。ノックの山はあまり標高の高い山ではなかったが、それと同じような大きさを誇っている。

 

 「お…おお!」

 

 「ミハエルか!?」

 

 「やった!間に合ったんだ!」

 

 若いエルフ達は歓喜の声をあげて喜んでいた。しかし、里を襲った人間達との戦い、非難した若者とは違い、実力で追いすがる人間達を討ち取り生き延びたエルバンネは、その防人としての経験と本能から嫌な汗を流していた。

 

 「総員退避!」

 

 「え?」

 

 「分からんのか!あれは我々が求めたいた物ではない!あれは…」

 

 その瞬間、巨人の身体から無数の触手が伸びる。それは歓喜に沸くエルフ達に巻き上げられた土や岩石以上の勢いで降り注ぎ、その身体に突き刺さっていった。

 

 「え?」

 

 「いだいいだいいだいいいい!」

 

 「私達はちがう…ちがうのおぉおおおやめてぇえええええ!」

 

 あちこちから悲鳴が聞こえる。エルバンネは知る由もなく、本人は見ることもできなかったが、仮にランザがこの光景を見たらきっとこう言っだだろう。

 

 人妖になった者が、人の意思に沿って行動をする訳がない。まして、あのテンが吹き込んだ計画通りに進んだならなおさらだ。

 

 「やめてええミハエルゥーーー!」

 

 体液を吸われ干からびる仲間達。よく見てみると、山に生息する動物達にも触手が突き刺さりその体液を吸い上げていた。

 

 それはまるで憎悪。生けるもの全てに、自分の苦痛を分け与えそれ以上を奪い取る憎悪の吸血に見えた。

 

 「まだ捕まっていない者は集合しろ!ノックの山から生き延び、逃げて、落ち延びるぞ!」

 

 「そんな!エルバンネ…計画は!?」

 

 「そんなことを言っている場合か!人間が殺されるよりも先に、アレの餌食になりたいか!?」

 

 エルバンネは叫び声をあげる。矢ではあの触手は止められない。生き残りのエルフがほんの数人集まった。全員、恐怖で顔が歪んでいる。

 

 おそらくミハエルの覚醒を促したのは、ナロクだ。もう待てないと決断をしたのだろう。

 

 「殿は俺が受け持つ!装備を捨ててなるべく身軽になり、全力で山を下りるんだ!」

 

 逃げ延びるエルフ達の退却を助けながら、エルバンネは歯ぎしりをする。復讐は確かに賛成だったが、それは仲間達と共に成し遂げて初めて意味があるもの。暴走するミハエルに、次々と仲間達が殺される様はもはや常軌をいっしている。

 

 「ナロク…お前は」

 

 襲い来る触手の大群を前にして、エルバンネは仁王立ちをした。顔には悲痛さが、張り付いている。

 

 「これ以上はもう、待てなかったのか。こうなると分かって、次の機会を、待てなかったのか」

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