家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 帝国の玄関口、リスムとの国境を警備する第十二連隊はその日も何時もと変わらぬ日常を過ごしていた。

 

 午前の業務をつつがなく終え、食堂にて何度目か分からないほど何時もと変わらないメニューである魚介スープと黒パンを平らげ、午後からは午前訓練をしていたチームと交代で演習を行う予定だ。

 

 とはいえ、訓練内容は身体が鈍らない程度のものであり、正式採用品である帝国軍需品のライフルによる射撃と銃剣格闘、体力を維持する基礎訓練に各種装備の分解、組み立て練習。

 

 仮想敵国として、リスムを挟んで反対側に位置する連合王国が存在するが、ここ五十年以上は戦争はおきていない。精々あるとしたら、リスム内での政治的な暗闘。お役所や政府の役人達の小競り合いくらいだ。

 

 目下、注目されているのは鯨油産業による利権の扱い方。もしくはノウハウの吸収や捕鯨組合の買収等々のマネーゲームだ。

 

 鯨油産業は、当初帝国も連合王国も重要視していなかった。だがしかし、飛ぶ鳥落とす勢いで急速成長した経済効果を見るに二国はとてつもなく置いて行かれている。人材の引き抜きは競争も過熱しているようだが、まあそこは国境警備の兵隊には関係ない話だ。

 

 ただもし、鯨油産業が帝国でも加熱すれば鯨肉が毎日のように食堂のメニューに加わるかもしれない。ただでさえ海の幸には飽きてきているのというのに、毎日似たような物ばかり並ぶのは勘弁したいところである。

 

 「なあ見ろよこれ、新規のマニュアルマニュアルマニュアルマニュアル。訓練で疲れてるってのに二晩以内で頭に叩きこめだと、ふざけてるぜ」

 

 午後の訓練も終え、夕食を食べるまでの僅かな自由時間。割り振られた部屋の机に資料の束が投げられた。海竜が討伐され貿易路が広がった影響で、関税の規定や貿易に許可がいるもの、警戒すべき密輸品一覧に取り扱いに注意が必要なもの等々等々。辟易する量だ。

 

 「仕事が増えた、なんてレベルじゃねえな。だいたい予算削減の為か知らんが警備や監視の他に関税職員の真似事なんぞさせるなよって話だよな。ほんと、ふざけた話だぜ」

 

 「役人連中は、こんな帝国の端っこまで来たくないとよ。その点は連合王国が羨ましい、聞いた話じゃ向こうさんはわざわざ国境ぞいに辺境都市並みの街一個造ったんだとよ。兵隊ならば、遊興施設や食事処で割引し放題らしい」

 

 「そりゃいいな、亡命でもするか」

 

 資料を軽く流し読みをしながら、同僚の軽口に応じる。亡命話等戦時中にすれば銃殺刑もまったなしだが、上官がいないということもあるがただの冗談で受け流せる程には平和だ。

 

 流し読みした資料を放り投げようとした瞬間、建物じたいが大きく揺れる。立っていられない程の揺れに、私物入れの棚が倒れたり、あちらこちらでなにかが落ちて割れるような音が響いた。

 

 「な、なんだおいこれ!」

 

 「知るか!終末戦争でも始まったか連合王国の攻撃じゃねえか!?」

 

 しばらくして揺れが収まり、その後すぐに緊急事態を告げる鐘が鳴る。同僚と顔を見合わせ、すぐに装備と武装を整え持ち場に向かう。作戦開始前は、一度指定の場所に集合し部隊事のミーティング後行動するものだが、この鐘の鳴り方はそれをすっ飛ばしてすぐさま防衛任務にあたる必要がある。

 

 「おいマジで連合王国が攻めてきたか!?宣戦布告とかあったか!?見張りの連中はなにしてやがった!」

 

 短い合間に連続で鳴らされる鐘は、敵襲及びそれに準ずる異常事態がおきた時のものだ。最悪の可能性は、連合王国が掟破りの奇襲攻撃を仕掛けてきたかということ。帝国と連合王国、大陸のほとんどを支配し同程度のパワーバランスを誇る二国がぶつかれば、中小の同盟国を巻き込んで五十年ぶりの大陸戦争となるだろう。緊張が、一気に高まる。

 

 「敵はもう見えるのか!」

 

 砦の上、持ち場に辿り着いた瞬間、先についていた兵士に声をかける。だが返事はなく、ぽかんと口を開けたまま首を上に向けていた。

 

 「巨人」

 

 ポツリと呟く兵士。続いて顔をあげると、リスム方面の山を抉り巨大な人影が二足で立っていた。こちら側には背を向け、ゆっくりと歩いて行く。

 

 「マジで終末戦争、始まるんじゃねぇの…」

 

 同僚の呟きが、強ち冗談ではない重みが込められていた。仮想敵国の連合王国や害獣狩り等の訓練は受けていたが巨人相手の戦闘方法など、訓練では教わったことはない。

 

 情けない話ではあるが、巨人がこちらに背を向けリスムに向かっていくのをただ安堵しながら見ているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リスム市街は恐慌状態になっていた。神話や伝説の中でしか語られていることがない巨人が、このリスムに迫ってきていると、信じられない報告がリスムの政治中枢である政同院に報告されてから初動が遅れに遅れてしまったからだ。

 

 巨人を見つけた巡回警備隊の報告を受け、まずリスム代表が側近に話したのは、警備隊は巡邏中に酒か禁止薬物でも試しているんじゃないかと疑う話だったという。

 

 しかし、徐々に近づく地鳴りのような足音に、帝都方面の端から徐々に広がる混乱。そして政同院からも見える位置からでも巨人が見えるようになり、ようやくことの重大性が政治中枢に広がった。

 

 だがしかし、徐々に膨れ続けるリスムの住民達を避難させ、外敵に当たるマニュアル等存在しない。いや、存在しないというのはいささか語弊があった。自治州成立当初、まだ小規模な都市程の人口しかいない状態であるならば、船もしくはモスコー方面に住民を避難させる計画が確かにあった。

 

 だがしかし、リスム自治州は緩衝地帯として帝国と連合王国が作り出した都市。それはつまり、大国二国に挟まれた政治的圧迫感があると同時に、大陸有数の国々の庇護下にあるものと同じだった。

 

 モスコーでの騒動はあったものの、まさかこのリスムに警備隊の手に負えない外敵が…という風潮は、親帝国だろうが親王国だろうが、中立だろうが住民だろうが誰一人考えていないことだったからだ。

 

 だからこそ、警備隊の予算不足や装備の貧弱さに、当の警備隊以外が頭を悩ませる必要がなかった。このリスムに危機が訪れるとしたら、帝国と王国、どちらかの国が相手の国に宣戦布告をした場合くらいだろうと。そしてその兆候は、今に至るまで確認されていない。

 

 そして避難計画は、内容が更新されることなく放置され、ましてや現在はモスコーに警備隊の半分以上と掲げる大盾、ギルドを始めとした戦闘要員達や避難を誘導できる職員が応援に行っている現状。ただでさえ脆い防御システムが、更に薄くなった最悪のタイミングだった。

 

 「点火ァ!」

 

 非番と巡回の警備隊を可能な限りかき集め、外壁の上に並べられた火砲に火を入れる。

 

 砲ならば魔具を使用した、オーデン技術連合と帝国魔術院謹製の最新式誘導砲が捕鯨船に積み込まれかの海竜討伐にも活躍したのは記憶に新しいのだが、リスムに配置された砲は旧式のただ丸石や鉄球を飛ばすのみに留まる旧砲だった。

 

 鯨を捕えたばかりの捕鯨船は時として海賊に狙われることもあり、武装拡大は重要視されているが、狩りにも街を防衛する組織が民間船より装備の質が劣っているのは警備隊としては嘆かわしいかぎりの話だった。まあいくら、武装を最新式にしたところで害獣には過剰火力であり、帝国や連合王国相手ならばそれとて張り子と同じくらい頼りないものであるのだが。

 

 だがしかし、旧式とはいえ砲は砲。巨人の腹部に着弾が確認され、表面に蠢く触手でできた皮膚を弾き飛ばし身体の中に叩き込む。

 

 砲弾は貫通し腹部に穴が開き、一瞬歓声があがったがすぐさまその周囲の触手がすぐに穴を塞ぐように触手が覆う。

 

 「次弾、装填!」

 

 指揮官の一声で、次の砲弾が装填され火薬が準備される。掛け声と共に、放たれる。砲弾が直撃する瞬間、触手が蠢き着弾地点に穴が開く。向こう側の景色まで見える穴を砲弾は通り抜け、街道に着弾した。

 

 「対応…されただと!?」

 

 地響きがさらに大きくなる。戦々恐々とした顔で対応にあたっていた警備兵達は、それでも大砲という運用は難しいものの当たればどんな生物でも大抵一撃で殺せる兵器が、役に立たなかったという事実に完全に浮足立っていた。

 

 「ライフル隊構え!」

 

 「正気ですか!?あんな巨人相手にライフルが効くとでも!?」

 

 「市民の避難ができていない!我々の持つありったけで少しでも足止めするしかないんだ!」

 

 「ふざけんな!無駄死にはごめんだ!」

 

 想定外の敵と人手の足りなさ、捨て駒にされるという事実に完全に指揮系統は乱れていた。辛うじて指揮が届いた一団が発砲するが、予想通り表面の触手を一部砕く程度で大した効果が出ているようには見えない。

 

 「来るぞ!抜刀!」

 

 巨人の触手が、蠢く。城門の上にいる警備兵達に向け触手の群れが降り注いだ。警備隊正式採用品である片刃のサーベルが抜かれるが、踏みとどまった者達には正面から、逃げる者には背面から肉質の雨が降り注ぐ。

 

 接敵後、大した足止めはできず警備隊の一団は干からびていき全滅してしまう。それは、まだ避難が完了していない帝国側市民から、混乱が街全体に広がるのが加速していくのに繋がった。

 

 街全体の統制が完全に取れず、ないよりマシ程度の避難計画さえ狂い、城壁をあっさりと蹴り破りながら侵入する巨人が逃げ遅れの市民に食欲のまま触手を伸ばす。

 

 『ハッ…ハハッ……ひゃひ…ウひハハハハハハハ!』

 

 巨人の額、男の笑い声が響く。蔦をかき分けるように、エルフの上半身が露出した。

 

 瞳孔があちこちを乱雑に向いており、舌を垂らしながら唾液に似た液体を振りまき、狂気に顔は引きつっていた、エルフのリーダーであるナロクの上半身が生えてきた。その身体は、エルフ特有の陶磁のような白肌ではなく、蔦と同色の毒々しい緑色に染まっている。

 

 まだ不足していた贄の数を、使えなくなったり足を引っぱったり、戦えなくなった同胞の命を捧げミハエルの覚醒を急がせた。その代償が、今の彼と言えた。

 

 ミハエルの中に取り込まれた彼は、例にも漏れずその体液を吸われ殺されてしまった。しかし予想外だったのは、干からびて死んだと思われた者達感情がミハエルの中で渦巻いていたということ。

 

 その全てが、憎悪を根源とした負の感情で渦巻いていたといこと。

 

 『何故ェエエええええええこんなメにぃいいいいい!』『ノドがかわくやけるやける死ぬ死ねシネシネェ!』『ゆるさないぃいいいだせェええええええ!』『ふくしゅうなんてどうでもいいだせシネだせたすけててあすたえたすけェーー!』『ゆるじてくだざい許してミハエルやめてぇゆるじでェーーー!』

 

 エルフも、人間もそろいにそろって憎悪の呻きをあげていた。そして憎悪とは逆に、安堵と安らぎの感情が一つ。ミハエル自身のものだった。

 

 取り込まれ、ミハエルと一つになった今なら分かる。狐の吹込みで、時間と贄が必要な特別な人妖、いや、切り倒され燃やされ、全てを灰にされ畑となった森の怒り、森妖と化したミハエルの苦痛は想像以上のものだった。

 

 贄と共に身体の変異がおこり定期的に休眠をとっていたと思われていたミハエルは、その内部で刹那の猶予もなくバラバラ身体を引き裂かれ再構築を繰り返すという、常人ならば幾度死んでもおかしくない苦痛に常にさらされていたからだ。

 

 その苦痛と、何故自分がここまで苦しまなければならない、変異を自分自身で受け入れたという愚かさ、その全てがミハエルの思考を支配していた。それは、エルフ族全体の為人類に復讐をするという当初の目的を全て吹き飛ばすものだった。

 

 変異が完全に終わるまで大人しくしていたのも、ナロク達エルフが定期的に持ってきたりする生贄が絶えないようにする為。そして時が来たら、自分の苦痛を同じだけ味あわせるという意思からくるものだった。

 

 そんなミハエルの唯一の安らぎは、自身の内部に溜まっていく他者の感情が、自身と同じ苦痛に苛まれ苦しむもの。それが同胞であったエルフならば、その苦しみは甘露を舐めた時のように心が満たされた。

 

 そして今、時が満ちた。大量の人間を取り込んで、自分の苦痛を分け与える対象を増やす。それだけの為に、ミハエルは前進した。

 

 『しねしねしねシネェー人間共!死んで我々のクルシミを味わえェ!』

 

 額から生えたナロクが、絶叫する。視界の先、なにかを見つけたナロクの腕が変異しそれはエルフが使い慣れた弓と矢が出現した。矢には触手が融合しており、こちらも毒々しい色をしていた。

 

 ナロクがつがえた矢を、放つ。避難誘導を行っていた警備兵の背中に命中。矢の先端がワームのように開き、中の血と臓物をすすっていった。

 

 目の前で干からびながら死んでいく警備兵を見て、市民のパ二ックは更に広がる。そんあ市民達に、緑色をした矢や弾丸が射込まれていく。いつの間にか巨人の上半身、至る所から犠牲者達の上半身が生え市民達を道ずれにしようと遠距離攻撃を繰り返していた。

 

 触手よりもよく届くその攻撃は、範囲外の市民をも殺していく。

 

 道ずれが増える度に、ナロク達犠牲者はほんの一瞬楽になれる。その刹那の快楽の為だけに、憎悪の攻撃は続いていった。

 

 新たな犠牲者で、思考がほんの僅かに落ち着いたその額に風穴が開く熟れすぎたスイカのように爆ぜ割れる。痛みはないが、そちらの方に残った顔を向けると、一人の女性と数人の黒服が建物の上に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んー…当たったけど、効果ありと思うかい?」

 

 「残念ながら」

 

 「だよねぇ」

 

 商会の屋根によじ登っていたのは、特注と思われる巨大なライフルのスコープから目を離したのはエレミヤだった。

 

 「しっかし肩が痛い。固定具とか君達の協力とか借りてようやく撃てる代物だけどさ、身体がバラバラになりそうな衝撃だよ」

 

 「そんなバカみたいな大きさの銃なんて造るからですよ。ガンスミスにも止められたのに」

 

 「男は大きければ大きい程いいだろう?いろんな意味で」

 

 「……テクニックも必要です」

 

 それもそうだね、とエレミヤは笑みをこぼす。再度スコープを覗くと、巨人の額にいるナロクはこちらに顔を向け口だけで憎悪を向けなにかを喚いていた。

 

 「予感ってのはあたるもんだね。一番嫌いなやつが出てきたよ」

 

 排莢し、新たな弾丸を装填。もう狙いをつけて銃を放つ。今度は首に命中し頭部と身体部分を切り離したが、すぐに触手が伸びて身体を繋ぎ合わせ、吹き飛ばした頭部も元の形に戻っていった。

 

 「へえ意外、指揮権でもあるのかな」

 

 ナロクの憎悪に反応するように、巨人がこちらに向き直り足を進める。まだ距離は充分あるが、歩幅を考えればここが危機に陥るのも時間の問題だ。

 

 「ナロクがこんな手段に出てくるのは予想外だったけど、だからこそこちらも予定外の手が打てる。あの方向は、除草剤がある場所だね」

 

 「ええ、まあ。しかし我々にも内緒であんなところに延々と溜め込んでいたとは…経済特別区の他の連中に知られたことでしたよ」

 

 「問題ないよ、あくまで除草剤だからね。人様には使わないさ、用法容量を…てね。それより、そろそろ逃げても良いよ。エルフの尻ぬぐいは、エルフの仕事さ。うちの今年の目標は、ホワイトな職場環境をみんなに…てね」

 

 「給料分を超過するまでは、働きます」

 

 言わせてもらえば、この状況、娼館でのボーイ兼用心棒からはかけ離れている。しかし、これも仕事のうちと融通を利かせる黒服達には感謝半分呆れ半分だ。そこまで人望があったとは、我ながら知らなかった。

 

 「巨人が進路を変えました!こちらに来ます!」

 

 「準備に時間がないよ!除草剤散布の用意は!?」

 

 「大丈夫です!何時でもいけますよ!」

 

 「合図をだすから、そのタイミングでお願いするよ!」

 

 屋根の端から顔をだした黒服に親指をたててみせる。それに頷き、彼は下に飛び降り散布の準備に向かった。

 

 巨人が近づいて来るが、餌である自分が動く訳にはいかない。挑発するように弾丸を連発し、取りあえず怨恨も込めてナロクに集中砲火をしていく。このライフルじたいが特注品で、鋼鉄の盾や鎧を貫通できる威力があるといっても、あの巨人からすれば豆鉄砲もいいところだ。ならば嫌がらせの意味も込めて、ナロクに集中砲火をしていく。

 

 「矢の有効射程範囲内に入りました!」

 

 飛んで来る触手つきの矢から庇うように、護衛二人が大盾で前に出る。幸い矢についた触手は独立して襲ってくるようなこともない。外れた矢についた触手は自律的千切れ、本隊に戻っていく。

 

 『ええええええれええええええみええええええやああああああああ!』

 

 「馬鹿の大声が届く距離になっちゃったか」

 

 『貴様だけは許さん!ゆるさんぞ裏切り者めぇ!我等エルフの怒りを、怨みをしれェええええ我等と同じ苦しみを味わえぇえええええ!下等な種族にくみした恥知らずがァああああ!』

 

 怨み骨髄だ、知っていたが。それと同じくらい、こちらもエルフという種族が嫌いだ。互いが大嫌いという一点では、非常に気が合うようだ。

 

 「排他的!差別的!優劣思考!狭い世界で完結している未開地の蛮族がなにを言う!はは、森は斬り拓かれたし泉は利用されてるのに、君達の信仰であるところの精霊とやらはなにかしてくたかい!?あそこは今年も麦の成長がよく豊作が期待できるってさ!笑っちゃうよねぇ!故郷の森を燃やして作った小麦パン、わざわざ麦を取り寄せて焼いているけど味はかなり美味しいよ!」

 

 『ふざけるあなあああああ!お前のような恥知らずさえわれわれは見捨てず仕事をくれてやったというのにぃいいい!恩を仇でかえしよってえええええ!』

 

 「仕事をくれた!?奴隷の間違いじゃないかな!?私は最初から見下される為だけに教育を受けてきたんだ!防人の長たる家に産まれた後継ぎの君が、常識を知らない落ちこぼれを意図的に作り、それを虐げ結束を固めるシステムを知らない訳がないじゃないか!鶏のついばみ問題って知ってるかな!?まるであれと同じ、エルフは鶏と同列の下等種族さ!人間からは蛮族扱いされているよ!家畜と同じ扱いさ、笑えるよね!森の中という閉じられた僻地の部族にはお似合いの扱いだよ!」

 

 『貴様もエルフだァああああ!よくもそこまえ言えたものだなああああああ!』

 

 「恥ずべきことにね!だけど、私はお前達とは違う!私は…お前達を皆殺しして、エルフを皆殺しにして、エルフという種族をこの世から消してやる!その時私は、人間として数えられるんだ!まだ潜むエルフと一族を地上から一掃し、森を燃やし尽くし、全て畑に変えてやる!そこで君達の骨の上で鍬を振るってやるさ!あははははは!君の死体から土を肥やして、秋には良い実りを期待しているよ!」

 

 『殺してやるぞォおおおおエレミヤァあああああああ!』

 

 巨人がまた一歩、近づく。その足元には、巨大な倉庫が建っていた。名義はガレウン貿易、エレミヤの代理の代理がおこした、ダミー企業の看板だった。

 

 「点火ァああああああ!」

 

 エレミヤの合図で、ハンドルつきのスイッチが押される。導火線に火が灯り、火花をあげてガレウン貿易、倉庫の中に続いていった。

 

 その瞬間、建物を吹き飛ばす大爆発がおこる。倉庫の中には大量の鯨油、火薬、弾薬、発火性の液体、他国から貿易で取り寄せた火薬石と呼ばれる衝撃で暴発の危険がある岩石に刃物の類や銃器の類が大量に格納されていた。

 

 非武装が信条なのは娼館の内部のみ。エレミヤは経済特別区の外に、大量の武器弾薬、危険物の類を集め貯蔵を続けていた。然るべきタイミングで、生き残りをエルフを狩りつくす為の武装。幾つもの業者を介入させ、存在しない企業を通し、複数の欺瞞で誤魔化しながら蓄えたそれはエレミヤの執念によるものだった。

 

 それが今、とてつもない大爆発をおこし巨人を吹き飛ばす。それを見ながらエレミヤは、大きく肩をすくめた。

 

 「やれやれ、かなり頑張って蓄えたんだけどなぁ。銃器だけでも、運びだす時間があれば良かったのに…あれ、ドン引きしてる?」

 

 エレミヤとナロクの常軌を逸した会話に、護衛の黒服達は引き気味な顔を浮かべていた。

 

 「その、それなりには」

 

 「まあまあ、人間同士も戦争とかで同族で殺し合いするでしょ?あれあれ、一緒一緒。ちょっとエルフ達殺して土地とか奪って、森とか焼きたいだけだってー」

 

 「まあ人類同士の戦争を出されて、それを言われればぐうの音も出ませんが…ごめん!」

 

 突如護衛の一人が、こちらの身体を抱える。煙の中から伸びる触手から逃れる建物を飛び降りて、そのまま疾走。

 

 巻き起こる粉塵から現れたのは。身体の下半身を吹き飛ばされるも徐々に触手を生やし身体を再構築していく巨人。そのあまりの不死性までは、計算にいれていなかった。というか、そもそもエルフが率いる巨人じたい計算の埒外だ。

 

 『我々の執念がぁあああああこの程度でェえええええ終わるかぁあああ!シネェえええエレミヤァあああ!』

 

 ナロクの絶叫と共に、触手が伸びる。護衛の男が全力で走るが、逃げ切れそうには見えない。

 

 「放り出して、逃げても良いよ!私を連れていたら…」

 

 「ここで貴女を捨てて逃げたら、退職金をもらい損ねるもので!」

 

 泣けることを言ってくれるが、このままでは二人とも死んでしまう。万事休すかと、内心呟いた瞬間。上空から陰。

 

 「化物風情が、これ以上街のみんなを傷つけることは許さない!」

 

 陰は手に持つ蒼色に輝く大剣で、触手を切断。

 

 大剣の持ち主は、帝都から戻ってきた、レント=キリュウインだった。

 

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