家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 随分と長い地揺れだった。天井からも大量の岩石が降り注ぎ、空を覆っていた岩盤が消え去り白い雲が空を漂うのが見えていた。

 

 額から血が流れるのを感じるが、何故か生きている。天井が見える程岩石が降り注いで来たなら、生き埋めになってもおかしくはない筈なのだ。だがその疑問は、チラリと見えた巨大な人影から、解消できるものだった。

 

 あの巨大な人影。あれが襲い来る触手の大本だとしたら、いつの間にかこのノックの山がほとんどが吸収され擬態となっていたならば降り注ぐ岩石の量が少ないのも納得できる。

 

 しかし、いくらノックの山が、標高が小さめとはいえそんな山のほとんどを吸収してしまうまで巨大化した人妖とは、これはもはや今までの常識を大きく外れている。森妖とでも、言うべきだろうか。

 

 いや、名前決め等学者連中がやることだ。身体はうつぶせに倒れている。背中の岩を退かし、傍らにいるクーラに目をやる。幸いなことに、目立つ外傷はない。軽く揺すってやろうとした瞬間、足音が耳に届く。

 

 視線だけそちらの方に目を向けると、エルフが一人天に向け両手をあげていた。雲の隙間から日光が降り注ぎ、まるで日光欲をするように目を細めうっとりしながら太陽の光を浴びていた。その瞳は先程とは違い濃い深緑を宿しており、髪の毛は雨露に濡れ覗いた太陽に輝く緑色に染まっていた。

 

 クーラは、息がまだあるが気を失っているのか動く様子が見られない。洞窟の入口は半ば崩落している。地揺れがおこった際、入口近くで大量の触手が降り注ぐのが見えた。ジークリンデは襲われたか、どうなっているのか分からないが、分断されたのは確かのようだ。

 

 どうする?今なら奇襲で一撃を喰らわすことができる。クーラが目覚めるまで待っていたら、こちらに注意を向けて来るかもしれない。立ち去った巨人も気にはなるが、これはもう勘のようなあまり信頼をおけない感覚なのだが、アレの存在の方をなんとかした方が良いかもしれない。

 

 日暮れ前に、決着をつけてやる。

 

 腰にぶら下がる、取り返した道具入れに手を入れる。火薬球をあるだけ掴むと、着火板に全て火をつけた。導火線が燃える音に、首をかしげるようにエルフがこちらを向いた。その顔面に向け、全力で袋を投擲する。

 

 放物線を描き飛ぶ複数の球。それを目で追いかけるエルフの顔近くまで落下する瞬間、球に向け散弾銃を二発連続で放つ。

 

 顔面近くで火薬が爆散し、金属片が飛び散る。素早く散弾銃に弾を装填。クーラの手から直刀を借り、前進。

 

 爆発により巻き起こった煙が晴れ、深緑に染まる瞳と視線が交差した。頬が裂け口内が覗いているように見えたが、ダメージは軽微。まともに当たっていたら、頭が吹き飛んでいてもおかしくはない。

 

 疑問はすぐに氷解した。投擲物を見てから回避する様子はなかったが、奴の緑色の長い髪の毛が束ねられ蔦のように蠢き爆風を凌いだようだった。髪の毛が尖端が蠢き、焦げた臭いを放つ痛んだ個所を切り捨て、腰の長さまで目に見える速さで伸びていく。

 

 もっとも相手は人妖、この程度で終わってくれる程可愛げがある相手でもない。

 

 敵は、ミハエルと呼ばれていた人妖はあどけなさの残る顔でこちらを眺める。攻撃されたことに意に返していない、だがその口はまるでなにかをかみしめるようにモグモグと咀嚼を繰り返していた。

 

 散弾銃を向け、胴体と胸部に向け連射する。面を破壊する散弾を、髪の毛の蔦が盾になりガード。広範囲での破壊を得意とする散弾であるが、それよりも盾のように大きく広がる髪の毛に遮られた。

 

 だがその広い防御範囲は視界を大きく狭める。直刀を水平に振るい、盾と化した髪の毛を切断。爆風でも千切れる耐久性は、衝撃には強いようだが切断には弱いらしい。

 

 散弾銃を手放し、指先を保護していた包帯を幾つか噛みつき千切る。まだ血止めは完全ではないが、それゆえに剥がされた爪からデロりと血が滲みだした。

 

 無造作に腕を振るうと、血のしずくが飛ぶ。眼球を付近に血液の目つぶしが被さり、相手の視界を潰す。そのまま直刀で首を跳ねようとした瞬間、足元に違和感。なにかに掴まれ、凄まじい力で引きずられ体制を崩し転倒してしまう。

 

 足を引いたのは、千切れて落ちた筈の髪の毛だった。落ちた束がいつの間にか寄り集まり、強固な岩の肌に植物のように根を張り、足首に輪をかけて力づくで引いたようだ。

 

 「だれだ、おまえ」

 

 血液が眼球についていようが、拭うこともなくミハエルは、口をむぐむぐと動かし終え、一言喋る。

 

 「俺の顔を見ても分からないか、お仲間は怨みの対象として記憶していたようだが」

 

 直刀で草の輪を切断し二歩の間合いで距離をとる。追撃はせずに、食事の最中にきた無礼な客人に向けるような冷ややかな視線を浴びせてくる。

 

 「……しらん、もしくはわすれた」

 

 言葉足らずの子供のような口調で喋り、ここで初めて目を中心に付着した血液に気づいたのかミハエルはそれを腕で無造作にふきとった。赤い血痕に舌を這わせ、チロチロと舐めた後大きく這わせて付着した血を全て口内に含む。

 

 「このマズイ血はわかる。おまえへんなチのやつ」

 

 「約一匹美味いとかいいながらすすって来るが、そんなに変な味か?」

 

 「なんどもつくりかえられている。オリジナルの改善、もしくは改あく。カンゼンなもほうじゃない。すこしずつだれかのコノミに、なっているような感じ。それに、ヒエタちもわずかに混ざっている。ふつうのチやぞうもつじゃない」

 

 ぺッと唾ごと舐めた血を吐き出した。美味しいと啜られても困るが、粗末にされたような気がするのはある意味微妙な気分だ。

 

 「どッかイケ。おまえはまずい」

 

 「なんだ、見逃してくれるのか?そりゃありがたいことで」

 

 「口直しがアルからな」

 

 視線がクーラの方へ行く。舌なめずりをする様子を見て、どうやらその食欲をクーラの方へ向けたのだと理解した。この人妖の行動原理は、敵意よりも食欲。目の前にいる襲い来る味の悪い獲物は無視して、後回しにして良い筈の気を失っているクーラに目をつけたようだ。

 

 腕を伸ばすと、指先が変化。植物の蔦に変異シュルシュルとクーラに向け成長をしていくのが見える。直刀でその蔦を裁断、鬱陶しそうな視線を向けられ髪の毛が蠢き左右から挟むように襲い来る。

 

 邪魔者がいたら食事も満足にできないぞ。さあ、来い。

 

 足元に落とした散弾銃を蹴り上げる、爪先から激痛がはしるが、根性で我慢。空中で散弾銃の銃身を掴み前のめりになり倒れそうになる程身体を傾けてから前進。

 

 左右からの髪の毛の蔦触手を回避し、間合いを詰める。散弾銃のストックで顎を打ち砕こうとした瞬間、ミハエルは喋る以外はなにかを咀嚼するように動かしていた口を開いた。

 

 顎を打ち砕くまでに、ミハエルの黄色く視覚化された吐息が顔にかかる。異物や汚物の香りではないが、強烈な甘臭が鼻孔をくすぐり脳内や感覚器官を直接殴られたような錯覚に陥る。臭いの発生原は口内から育った、清らかな白い六つの花弁が連なる花だった。

 

 まるで酔ったようにふらつく身体、視界までチカチカし千鳥足のようにふらついた。

 

 腕に、足に、紐のような巻き付く。物凄い力で上空に引っぱられ、あっさりと身体が浮き上がった。子供がぬいぐるみを乱暴に振り回すように、巻き付いた触手は身体を振り回す。

 

 岩壁に身体を打ち付け、口内、内臓の奥から血が溢れた。地面に叩きつけられ、身体がバウンドする。天井まで振り上げられ、骨が悲鳴をあげた。

 

 腕をもたれた状態で宙吊りにされる。下からミハエルが小首を傾げながら見上げていた。

 

 「なんだ、お前、悲鳴くらいアゲないのカ?」

 

 正直なところ、あげる余裕すらない。全身が痛むし視界がちらつく、痛くない方を探す方が難しいくらいだ。

 

 「薄キミ悪いやつ。ナンダそのめは、死にたいノカ?」

 

 「目付きの悪さは、よく…言われる」

 

 「ナンニせよ、メ障り。大人しくシテいてもらうナ」

 

 触手が四肢に、胴体に巻き付く。四方から万力のようにギリギリと力が込められ、ドンドン筋線維が引っぱられ千切れていく感覚、骨が軋むのを通り抜け離れていくような激痛が襲った。この女郎、まさか。

 

 「そくしはさせない。じゃましたバツ。苦しんで、シね」

 

 皮膚が、血管が、筋繊維が引き裂ける。右腕が千切れ、左腕が離れ、両足が分断された。悲鳴がこだます、痛みと身体のあるべき部分が一気に無理矢理引きちぎれるショック。激痛でも、感情でも、死にたいと思う程の痛みが襲った。

 

 ショック死というものがある、何故それをおこさないのかと刹那でも憎々しい感覚を自身に抱いてしまう程の苦痛。それを見てミハエルは興味を失ったかのように、触手を緩め引きちぎれた四肢と胴体が地面に落下した。

 

 「マチについたか」

 

 ミハエルは独り言を呟いたあと、また空を見上げ始めた。トドメを刺すつもりはないらしい、クソみたいに憎々しい。

 

 「死ぬのか…俺」

 

 血が急速に失われ、身体が冷えていくが分かる。

 

 「こんなところで…こんな場所で…クーラを巻き込んで……仇すら討てずに……」

 

 顔を僅かにあげることしかできない、視線の先にはまた太陽の方を見上げながら薄ら笑いを浮かべ咀嚼の動作を繰り返すミハエル。

 

 恋人の仇、一族の仇討ち。その報復や復讐で襲い来る者に打ち負かされるのは良い。俺がテンに抱く感情と同じものを抱きながらやってきたものだ。無論抵抗はするし、場合によっては殺す。だがその末に競り負け殺されるなら、未練は残るが致し方ないと納得はできる。

 

 だがしかし、目の前のミハエルは違う。一族の仇など既に興味は持たず、ただ味の良し悪しと邪魔かそうでないかだけで判断を行う。今ではもうこちらに興味すら持たず、恍惚とした顔をしていた。

 

 あんな、食欲だけでしか判断をしないような奴に殺されるのか。引かなかった俺の、判断ミスか。クソ、死んでも死にきれない。

 

 テンを殺していないのに、こんな死因で死ぬことなんざ、できない。

 

 「せめて…なにか……クーラだけでも…」

 

 這おうにも、腕も足もない。それどころか意識が遠のいていく。もう、打つ手がない。クーラを逃がすこともできない。

 

 うつ伏せに落とされた身体が、引っくり返され仰向けにされる。閉じかける視界の先には、悪竜たるジークリンデが似合わない慈愛に似た眼差しでこちらを見ていた。閉じられた入口を掘削してきたのか、身体には小さな小石や埃が付着していた。

 

 「よう」

 

 「ジー…ク……クーラ…を」

 

 「は?オレの顔を見て言うのがそれか?しかも一日で二度めだぜそれ」

 

 クーラを救ってもらおうとしたが、拒否された。うんざりした顔で大きくため息を吐かれる。

 

 「人妖狩り、人を超えた人外との連戦。まあ、只人には荷が重い、かち過ぎている。何時かはこんなことになると、お互い予想していなかった訳じゃねえだろう。だからこそ、お前は嫌いつつオレを振るった、だがそれでも何時か限界が来る。今日みたいな…な」

 

 死にかけた俺に唾でも吐きかけるか、その血肉を貪るだろうと思っていたが、穏やかな顔でジークリンデは話し続けた。その瞳は、歪な優しさと静かな狂気を含んでいるように見える。何故、悪竜がこんな顔をしているんだ。

 

 俺が死んだら、封印が解けるだろう。今まで時には気紛れ、退屈凌ぎと称して力を貸し、延命させてきたが、俺が死んでジークリンデもとっては得しかない。だからこそ、想像していた自身の死に際の一つに、死体をこの悪竜に貪り食われるというものがあった。

 

 ジークリンデの手が、額と頭を優しく撫でる。何時ものようによだれ一滴垂らさず、ただただ穏やかにだ。

 

 「運が良いぜ、お前はよ。お前はここでは、死なない。この悪竜様も、他者から学ぶことがあってだな。サグレ、悲運の吸血鬼。奴から学びとったことが一つ…いや二つある。オレはこれからお前を、人の域からはみ出させる。だが、それはお前の自由意思に委ねてやるよ。このまま死ぬか、オレを受け入れるかだ…時間はねえぞ」

 

 もう視界にジークリンデの顔は見えない、なにも見えない。奴がなにを考えているかも分からない、思考が霧散してきている。何故、どうしてだと考える余裕すら浮かんでこない。

 

 だが、どうするかと聞かれた。そう聞かれたならば、選択肢は一つだ。

 

 俺は、テンを殺すまで、納得のいかない死を選ぶわけにはいかない。

 

 ジークリンデの問いかけに、最後の力を振り絞り頷いた。その提案が悪魔よりもタチの悪い、悪竜からの誘惑であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランザは、頷いた。

 

 愛おしいその身体を抱きしめて、頬ずりしてやりたい程喜ばしいことだが呑気をしていたらこのまま失血死で死んでしまう。

 

 悲運の吸血鬼から学んだのは、二つのこと。一つは知識としては知っていたが、吸血鬼の眷属作りというやつだ。

 

 吸血鬼は、最初の覚醒者を始祖と呼びその系譜たる吸血鬼を眷属と呼ぶ。先祖返りではあるが、サグレは始祖と呼ばれる資格があり、ウイルス性吸血鬼としてあのまま知識と経験を蓄えていけば強大な存在となっていた。

 

 ぶっちゃけた話、あの時勝てたのはサグレがランザを殺さないで眷属にしようとしていた心理につけこんだこととサグレ自身の慢心の他、産まれたてで経験や能力が共に不足していた点があげられる。

 

 強大な化物の赤子を、潰しただけの話だ。それでも苦戦したものだが。

 

 オレとしてのモスコーでの収穫は、ランザがこちらに対し受け入れ始めたこと。そして眷属作りというサグレの行いを直接見てはいないとはいえ、モスコーという死都と化した街で間近に観察できたことだ。

 

 奴が作るグールを血を啜り、サグレ自身の血を刃に染み込ませた。長いこと生きてきたなかで吸血鬼とは別段敵対もしていなかったため、対峙することはなかった。だがしかし、サグレの血を刃で吸ったことで奴の経験をある程度理解することができた。

 

 以前、モスコーの林でしたようにランザの胴体に細く枝分かれさせた連結刃を埋め込む。瀕死の半死人に鞭打つようなものだが、まあこれは必要経費ということで取りあえず死なずに堪えていてほしいところだ。

 

 「いや、死ぬ訳がねぇ。死ぬ筈がねぇよなぁ英雄様」

 

 頬に手を当てる。冷えつつある身体だが、これからは新たな熱を灯す。

 

 しかし、まあ、オレも変わっちまった。

 

 神や悪魔、竜が時代の中心にいた時代オレは好き勝手に生きた。そしてそんな黄金の時代が終わりを迎える際は、オレを殺しにきた英雄との死闘を繰り広げ、果てに満足のいく死にざまで逝きたかった。

 

 だが死に場所を失い、半分死人のように生き、なにもかもが色褪せて見える世界のなか、ランザと出会いなにもかもが変わった。

 

 最初は、こいつの余生を見届けるだけで良かった筈だ。だがしかしいつの間にか、肩入れに肩入れを繰り返し吸血鬼の真似事なんぞに手出しをし始めている。悪竜全盛期のオレが今のオレを見たら、嫌悪で眉を顰めるような行いだろう。それだけただ一人に執着する等、愚かを通り越して呆れ果てると。

 

 切断された四肢から連結刃が肉を食い破りはい出る。そのまま千切れた四肢まで伸びて行き、引き寄せて傷口を合わせる。斬られた四肢の内部にも刃が伸びていき骨や筋肉と一つに合うように内部で絡み合う。

 

 「最初は、お前がオレに贄を捧げさせることで、オレからお前に恩恵を受けさせる。一番負担のかからない方法でお前を依存させようとした。だがお前は、それを了承しなかった。人一倍、自身の力不足をあちこちで痛感しれているのにも関わらずだ。まったく強情というかなんというか、普通お手軽に力を手にする方法があったら、一も二もなく飛びつくところだってのによ」

 

 だがランザはそれをよしとしなかった。他人の人生だ、いくらでも自身の為に踏みにじれば良いものを。

 

 「でもそれだけに、オレはお前から目を離せない。悪竜ジークリンデがただの人間に首ったけなんだぜ。そして今、お前はオレを内部に取り込む。ほんと光栄に思えよ、竜の因子を含んだ眷属なんぞ、多分人類史上初めてなんだぜ」

 

 自分の手首を斬り付け、血を溢れさせる。噴き出る血を口内に含み唾液とよく混ぜ合わせ攪拌させた後、覆いかぶさってランザの口に近づけ唇同士を合わせた。

 

 舌を絡ませ、嚥下の邪魔をさせないようにし血を送り込む。体内に潜らせた連結刃の根元を切り離し、その全てをランザの身体内部に侵入させる。

 

 臓器に、骨に、身体の全てに竜の刃を絡ませる。瀕死の身体だ、生命維持を優先させる為に限度はあるものの、こいつの身体に深くオレを刻み込んで一つとなる。

 

 身体を一つにする、まるで性行為だ。あまり間違ってはいない、子孫ができるかどうかの行いをしていないだけで、深く身体を絡み合わせている訳だから。

 

 存分に血液と唾液を呑ませてやった後、口を離す。飲ませるというよりは、喉奥に無理矢理送り込んだけではあるが問題はない。血のしずくが、額に数滴落ちた。

 

 「なあランザ、オレは好き勝手生きてその果てに英雄に殺される。そんな竜生で良かったんだ、海竜みたいに有象無象に発展した技術で殺されたり、炎竜のように眠りこけるだけの毎日を過ごすなんてまっぴらごめんだったからよ。だけど今は、お前と一緒になりたい、お前の傍らにいてずっと見ていたい、お前の身体だけではなく心も染めあげてしまいたい。見ているだけで満足だと思ったが、オレの好奇心や楽しみ、予想を何度も超えるお前が悪い」

 

 切断された四肢が癒着していくのが分かる。オレの身体を削りとって分け与えた成果が出てきている。その代償は、オレ自身の負担。だがそれがどうした。

 

 「なった。お前はオレの眷属にだ。他の誰でもない悪竜ジークリンデ様の物にだ。オレの身体が、血が、英雄様を汚している。汚染している。ああもう、たまらない、最高だ。もっとオレに染まれよ、もっとだ。もっとオレ無しじゃいられない身体にしてやる。これからがもっともっと楽しみだ。クッ…クカカ…ハハハハハ」

 

 歓喜に打ち震えるあまり、この洞窟内部にいる存在の動きを認知するのが一瞬遅れる。

 

 我関せずで、恐らくはあの巨人が吸収しているだろう魂を咀嚼するミハエルはともかく、もう一体まだ生きている存在がいることを興奮から失念していた。

 

 ランザの首筋に、蒼い尻尾がのめり込む。なにか力のような、蒼白い光が送り込まれていた。

 

 「しまった!」

 

 背中から伸びる連結刃を振るうが、蒼い障壁に阻まれる。夕暮れ時の空から蒼白い月が覗き、何時の間に世界が月明りに照らされる空間になっていた。

 

 「雌狐がぁあああああ!邪魔すんじゃねぇえええええ!」

 

 「貴女はお父様の道具で、ぺット。多少のやんちゃは許容しますが、限度と言うものがありますよ」

 

 扇を片手で弄ぶクーラが、いや、クーラの口と身体を借りたテンが軽蔑するような視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックの森妖。復讐鬼と化したエルフ達の暴走によりリスムは壊滅間近まで追い詰められることになるのがシナリオだ。

 

 あの巨人はミハエルの分体。本体は洞窟に残る少女。本体さえ潰してしまえば、巨人は瓦解し無力化する。逆に言えば、ミハエル自身を打倒さなければ分体の巨人はほとんど不死身といっても過言ではない能力を持つ。

 

 今回お父様には、ミハエル相手に負けてもらう。そのうえで、私の介入により命を救われるという屈辱を味合わせ、そのうえで壊滅したリスムという街並みを見てもらいさらなる絶望を植え付け、そこからまた燃え上がる憎悪をたぎらせるのが目的だった。

 

 だがしかし、リスムの方面に奇妙な気配を感じそれの観察でこちらへの介入が遅れてしまった。悪竜め、竜がそこまで、いくら相手がお父様だとしてもそうまでいれこむものだろうか。

 

 気持ちは分からないでもないが、これ以上はいささか度が過ぎるというものだ。

 

 生命維持を繋げるだけだけに留めれば良い物を、まさか吸血鬼の真似事まで始めるなんて、竜のプライドはどこにいったのやら。

 

 「お父様は貴女の眷属になどはなりません。分を弁えなさい、時代遅れの蜥蜴風情が」

 

 「狂ったファザコン狐が。父離れできないその様が、傍から見たらどれだけ痛々しいか理解していねえのか?」

 

 「年ばかり重ねた化石が、若い男に欲情している様よりはましかと思いますが」

 

 ジークリンデが、立ち上がる。敵意をむき出しにした顔で、背中の連結刃を揺らめかせる。手に嵌めたままの魔術具からも、凄まじい炎が噴き出ていた。隙さえあれば持てる力を全て叩きつけてやろうといった魂胆だ。

 

 迎撃は容易。と言いたいところだが、この身体は借り物で力は分霊。本体ならば返り討ちは容易いとはいえ、今の身体では不毛な消耗戦になることは間違いない。

 

 「殺してやりたい、その点は互いに同意のようですが」

 

 「……チッ」

 

 ジークリンデからしたら、こちらを殺すメリットは薄い。仮に殺せたとしてもたかだが分霊、本体にはまったくダメージはないし入物のクーラが壊れるだけだ。

 

 こちらとしてはジークリンデを攻撃する理由はある。躾のなってないぺットにはお仕置きが必要だからだ。だが必要以上に痛めつけては、ミハエルを止める手段がなくなる可能性がある。

 

 警戒が必要な相手が出てきたからだ。本体が観察しているあれが、とうの昔に格が堕ち、零落した筈の存在が表舞台に這い上がってきた。こちらの分霊をメインにすえ戦うことはできない。

 

 「一つだけ告げておきます。覚えておきなさい、ジークリンデ。『女神』が暗躍しています」

 

 「ああ?神さんだって今は、信仰もすげかえられた偽物に分捕られたクソ雑魚じゃねーか。今更そんなんのなにに警戒しろってんだよ」

 

 「愚かですね。その信仰が、この瞬間にも爆発的に回復するかもしれませんよ。下手をすれば、やや大げさかもしれませんが神の一強時代が訪れます。そしてそれは、私にとってもお父様にとっても、無論貴女にとっても良い時代になる筈がありません。今彼女の手の物が、こちらに向かっております」

 

 現在この大陸一の宗教は、帝国も連合王国も国境関係なく広まった教団だ。それはかつて、神による信仰の強制を嫌がった、家畜となることを拒んだ人間達が悪魔の知恵を借り、神という存在がいない宗教を作り出し信仰をそちらに、長い年月をかけてすり替えた。

 

 そのおかげで今の本当の神は信仰を受けられなくなり零落してしまい、落ちぶれている。

 

 「ああ?てめえなにいって」

 

 睨みながら言うジークリンデの言葉を最後まで聞かず、口を挟む。あの女神は、信仰を取り戻そうとしている。信心という鎖と首輪で人類を嵌め、支配下におこうと企んでいる。それは、私の計画の障害となるだろう。万が一でも、信仰に目覚め家畜化されたお父様等見たくもない。

 

 「ミハエルを殺しなさい、貴女達の手で。私は私で対策を講じる必要がありますので、任せます」

 

 「手前の撒いた種の後始末だろうが、勝手な奴め」

 

 「自覚はあります。だからこそ、余計なことまでしようとした貴女を今ここで殺さないのです。それは、慈悲ですよ。弁えなさい、蜥蜴風情が」

 

 パチン、と扇が閉じる。それと同時に月が消え周囲が元の空間に戻った。

 

 ジークリンデの腕の中、ランザが瞼が動き、目をゆっくりと開いた。

 

 

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