家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
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砂浜の上では、堅い地面とは違う柔らかな足場である為踏ん張りが効きにくい。縦横に動くのは体力を消耗するため、自ずと行動範囲が狭まってしまう。
正面から来る黒服の正拳突きの連打をいなす。この真夏の日照りのもと、黒い服のままとは恐れ入るが、それを気にする程の余裕はない。流石はエレミヤに雇われた職員、一撃一撃が重く、捌くだけで手が痺れる。
だが真正面からの連打を馬鹿正直に喰らい続ける程、こちらもお人好しではない。
額狙いの一撃をいなさず、頭を横にそらして回避。踏み込みすぎた腕を掴み、投げ技に移行としようとしたが拳に形作られた手が手刀へと変化する。
頭を今度は後ろに反らすが、髪の毛が数本宙を舞った。よく見ると手、指先は部位鍛錬を繰り返し歪な形状をしており、指の一本一本がまるで小さな槍の如く威力を誇るものになっていた。
拳ではなく手刀、いや、貫手の連打。まともに受け止めたら皮膚と肉に穴が開く。後ろに飛び間合いを開け、仕切り直しをする。
好機とばかりに相手が大きく踏み込み、槍のように尖らせた指先を突き出してきた。だがこの追撃を誘導こそが、こちらの狙い。
かがみながら貫手を回避し両腕で掴み、右側に大きく引き寄せる。体制を崩されまいと抵抗する相手の軸足に蹴りを喰らわせ、身体を浮き上がらせ地面に叩きつける。ストンピングを叩きつける前に黒服が地面を転がり回避。身体を回転させ、寝た状態のまま飛んで来た足技を両腕で防がせることによりこちらの追撃を防いだ。
「やれやれー、ランザを倒したら給料一割増しだぞー。賞与に色もつけちゃうよー」
パラソルに水泳着。長椅子に身体を預けながら、エレミヤの気の抜けた声援が飛んだ。
「俺がいた時は賞与なんてなかったが」
「最近福利厚生に力を入れているようなので。賞与、退職金、有給、今度は社員旅行も検討しているとか」
「至れり尽くせりだな、羨ましい」
起き上がる黒服と対峙を再開する。今組み手をしている相手は、現在エレミヤの娼館における警備主任。拳の打撃や足技等の基本的な技術はもとより、破壊しては修復を繰り返し強固に鍛え直されたその指先はまるで槍の穂先のように鋭いものとなっている。
先代のクダ=カンゼンが死に場所を見つける為旅に出た後、スカウトした人材であるらしく、俺が先代の警備主任と副主任の教えを受けていたと知ると是非にと組手を申し込んできた。
休養により体力が戻りつつある今、その申し出を断る理由はなかった。身体の変異は、現状日常生活を送るにいたって支障はないが、戦闘行為による激しい行動に出たさいどんな差異があるのか、確認をしたかったというものある。
「まだやってるの?男どもは」
海からクーラが、あがってきた。腹部を露出した水泳用の水着を着こんでおり、その頭は既に耳も露出している。腹部や腕、背中には様々な火傷や深い古傷が覗いているが、獣耳共々他者が侵入しないプライベートビーチでは隠すこともしていなかった。
数日間の休養をとるにあたり、クーラの半獣という特徴を隠し通すのは困難を極める為本人の了承を得て先んじて明かした。娼館主がエルフという特殊性のある職場、奇異な目を向けられることも覚悟したがそこまで大きな衝突もなく、すんなりととは言えないがそれなりに受け入れられることができた。
心の中でなにを思おうと、館の主であるエレミヤが目を光らせていれば、陰口はともかく直接クーラに文句を言う者はいない。
エレミヤが所有する、経済特別区のリゾート区画にあるプライベートビーチ。そこでまずやったことといえば、クーラに泳ぎを教えることだ。
猫の特性故…とも言えるクーラは、海水に腿まで入れることすら最初はガタガタしながら浸かっていたが、元々身体能力が高い半獣だ。水にさえ慣れてしまえば、泳ぎのコツを掴むところまではあっという間だった。
課題であった、ノックの山であったような緊急事態を想定し、衣服や装備を着こんだままの水泳でさえ数日あればクリアできた為、今は自主練に励むクーラから目を離しても安心できる程の成長を見せてくれた。
「やってるやってる。今のところ、攻めているのはうちの警備主任だけど、一度のチャンスでランザ君は一気に有利を持ち込んでケリをつけようとするね。時間制限ありの判定勝ちなら、こっちの勝ちなんだけどねー長々やればランザ君が勝てるかな」
「ふーん。なんだか目が輝いているけど、楽しいの?」
「めっちゃ楽しいよ。男達が汗を流しながら、お互いの身体能力を駆使して殴り合い、削りあう。雄々しいというかなんというか、フェロモンムンムンで凄く良い。筋肉も最高、熱いんだから二人して脱がないかなー」
「ああ、うん…そなんだ」
どさっという音が響く。二人が目を向けると、ランザのガードに貫手が突き刺さり、血の跡を引いて抜かれる。怯んでガードが緩んだ瞬間を、渾身のストレートで黒服が締めにかかった。
だがその瞬間、黒服の視界からランザが消える。身体全体を背中から地面に向け倒れながら、右ストレートの手首を掴み、足裏を腹部に押し当て、背中を地面につけながら足首を軸に上空を一回転させるように黒服を投げ飛ばした。
決めの一撃からの唐突な投げ技に、なにかおこったのかと黒服の判断が一瞬遅れる。その額に、身体をおこしたランザの右ストレートが叩きこまれようとし、寸止めされた。
「参りました。大したものですね、なんですか最後のあの技は」
「相手が決めの一撃に来た際、その勢いを利用して身体全体を使い叩きつける投げ技だ。背面投げとかいう技術だったか。ストレートへのカウンターだったら、見切れさえすれば伸ばされた腕を叩き落として首筋の裏に打撃、正面から腕で喉を潰しながら押し倒す技もある。こちらは後遺症が残るから、組手ではまずやらないがな」
「……まず?」
「やられたことがある。しばらく喋れなかった」
「先代警備主任は、なかなか厳しいお方ですね」
ランザの手をとり、黒服が立ち上がる。そんな二人に、「お昼にしようよー」というエレミヤの声が響いた。
背広をただし砂をはたき落とし、黒服が頷いて先に準備をしに向かう。クーラとエレミヤが喋りながら、砂浜に降りる石階段を昇り個人所有の海岸に立つ保養施設へと向かっていった。
しばらく息を整えてから、それに続こうと歩きだそうとする。だがその時、背後に気配。
少し振り向くと、見覚えのある人影が見えた。
この暑い夏の海岸だというのに、その人影は赤いコートのようなものを羽織っている。髪は腰まで伸びているが、ぼさぼさで手入れをされた様子はない。手足はボロボロに皮膚が剥がれ色白。顔は見えず、真下をうつむくように向いていた。
いる筈のない、季節感を無視した人影。それを見て思い出すのは、かつての記憶。娼館にて黒服の一人として働いていたとある時期。俺は、嬢達の噂話で、こんな噂をよく耳にしていた。
この経済特別区の島は、昔からとある亡霊が目撃されていると。それは、赤いコートの女と呼ばれていると。普段なら一笑にふす噂話であるが、半ば無視ができない事情がその頃にはあった。
娼館を利用する客の何人かが、館で嬢でも黒服でもない、赤い服の女を見たと訴えていたからだ。
グルン、と景色が一回転した。背中から地面に叩きつけられ、激痛に視界が歪む。意識が飛びかけるが、すぐに起き上がらなければならないと本能が身体に警告。
だがその警告も虚しく、視線の目の前に拳が突き出された。
「情けねえな若造。若いんだからこれくらいで動けなくなるんじゃねぇ。まあそれはともかく、これで今日の酒代もお前持ちだな」
拳を退かされて顔を覗いてきたのは、白髪が所々頭に混じる平たい顔の中年。腕は束ねられた筋肉で隆々としており、頑丈な肉の鎧で纏われた胴体が足腰。無駄なく満遍なくつけられたその肉体はまさに格闘家といったものだった。
額に大きな傷がついており、かつて合戦にてつけられた傷だと男は嘯いた。男の名前はクダ=カンゼン。彼の故郷にておこった、西と東の権力者による大合戦にて所属陣営が負け、この国に落ち延びたという異国の格闘者だった。
異国の者といっても、もうこの国にいて長いのか言語の発音は完璧だ。時折、元の国の言葉にて夏のとある時期に祈りを捧げていると聞いたことがあるが、生憎俺はそれをまだ見たことがない。
「人の鍛錬に首突っ込んで、毎度毎度酒代請求してくるのはやめろ。金が溜らねえよ」
「鍛錬?実戦を超す鍛錬がこの世にあろうものか。組手の相手をしてやっているんだから、ありがたく思え若造が」
「ドタンバタン五月蠅い、阿呆共!」
クダの物言いに文句をつけようとする前に、二階のバルコニーから赤髪の女が不機嫌そうに告げる。鋭くこちらを睨みつけ、バルコニーから飛び降りると横になるこちらの首筋を掴み立ち上がらせた。
「こっちは夜勤開けなのにどったんばったん何時までやってるんだ!ああもう、昨夜は客も客だし、本当にイライラするなぁ!」
「それは…申し訳ありません。エイラ副主任」
いやな予感がしたので、素直に謝っておく。しかし謝罪が気に食わないのか、エイラ=マルーシャの眉はどんどんと吊り上がっていった。
男顔負けの麗人。嬢達の間でもファンが多いエイラは、客前や嬢の前では優しく、そのやや低い声で男前の口調で優しく話すことが多い。が、俺の前では何時もこの調子だ。
「いや許さない。謝っても遅いから、あたしもお前をボコることにする」
「ボコるって、せめて組手とか鍛錬といってください。あと俺もうボロボロなんで、できればもう休息をいれたいのですが」
「口答えをするな!エレミヤ様に寵愛を受けているんだから、それくらい我慢しろ!なんでもうエレミヤ様はこんな男と……ああ過去の知り合いだとかいうのもムカツク。ボコる、滅茶苦茶ボコる。鍛錬という名目でボコりまくる」
エイラがこんな調子なのは、本当に何時ものこと。原因といえば、俺がこの娼館にて強制的に働かされるきっかけまで遡る。
本人は隠していないが、エイラは同性愛者だ。そしてそのうえ、エレミヤに一目惚れをしていた。
偶然リスムの街中で見かけたエレミヤに劇的な恋(本人談)をし、その素性を執念で調べあげる。そのエルフは高級娼婦として娼館で働いているという話を聞き、何度も男に身体を売ることをやめさせるように説得や、付き合ってほしいとアタックを繰り返したらしい。
だがしかしエレミヤは、そんなエイラを何時もどこ吹く風で受け流していた。同性を口説けば簡単に恋に落とすエイラは、その態度に益々惚れ込んでいき、ついには金を貯めて紹介状を手にし直接抱きにいくという、惚れすぎた故に血迷った強硬手段にまでうってでた。
しかしその頃には、ほんのタッチのタイミングでエレミヤは娼婦から経営者の立場成り上がり、当然エイラの求めには応じなかった。ならばせめてとエレミヤを毎日眺める為に、黒服としてこの娼館で働き始めたという訳だ。
そんな日々であったが、雨の日に連れ込まれたどこの馬とも知れぬ男をエレミヤ本人が寝台まで誘い、抱いたうえで条件つきとはいえここのスタッフにしてしまったのだ。目の敵にされるには、充分すぎる。
「今日こそ殺す、とにかく殺す。訓練中の事故ってことで殺す。あたしの自慢の四十八の殺人拳を全て叩きこんであの世に送ってあげる。大丈夫これは訓練中の事故だから安心して死んでねランザァ」
「心の声みたいのが駄々洩れで、隠す気がねぇ」
こうなればしょうがない。ボコボコにされながらも致命傷をなんとか回避して、なんとか反撃を繰り出すしかない。
「遊びはここまでにしようか」
飛燕の如きスピードで踏みこんだエイラが、ピタッと止まる。首をまるで壊れかけの人形のようにギギギ、と館の方に向けると窓を開けたエレミヤがこちらを見ていた。
「エレミヤ様ぁああああ!おはようございます!今日も一段とお美しい!」
「よう大嬢ちゃん。おはよう」
「はああああああ!?クダ!貴方雇い主に向かってなにその態度!ちゃんとエレミヤ様と言いなおしなさい今すぐ!」
「おいおい、普段お前男装の麗人とかってキャラ作ってるんだからあんまり大声で喚くな。あと文句があるなら、拳で来い拳で。俺にとって、嬢ちゃんはあくまで嬢ちゃんだ、エルフだろうがな。それを直したければ、打撃で説得しに来い」
エイラが、忌々し気にクダを睨む。エレミヤの傍に少しでも近づく為に、娼館の黒服達をごぼう抜きに追い越し実力を示して来た彼女にとっても、現主任クダは目の上のたんこぶであると同時に高すぎる壁であった。
クダは前娼館主が経営している頃からここの警備主任として活躍する古強者だ。勝てるものがあったら立場を譲ると公言しているが、エイラを始めただの一人もクダを打倒した者は先代の頃からいない。
「警備主任、副主任、それとランザ。今から緊急ミーティングを行いたい、時間はいいかな」
三人が顔を見合わせる。エイラは、なんでこいつまでといった表情を浮かべていた。
「緊急ミーティング。もしかして、議題はあれのことか」
「そう。心霊騒動、赤い服の女。取るに足らない噂だと言いたいけど、この娼館で客が目撃したという問題が多発している。そのせいでよくない噂も立ち始めているんだ」
エレミヤの話を聞いて、そういえばそんな噂があったと思い出す。馬鹿馬鹿しい、幽霊なんてこの世には存在しないというのに。
「苦情がでているからには、対応しなければいけないね。今日の議題は、ゴーストバスターさ。」
エレミヤの呑気な笑顔から飛び出した言葉は、俺の顔が曇るには充分すぎるものだった。
「ことの始まりは、九月二十三日。一般的な個室へと案内されたお客様が、部屋の中で赤い服の女を見たと言い錯乱。黒服が駆けつけた時、お客様は寝台の上で目を充血させ、鼻血を流しながら気を失っていた。ひとまず空き部屋で療養させ様子を見ていたのだが、回復の兆しは見られない。同様の件はもう七件おきている。共通事項は」
「赤い服の女と、目の充血や鼻血等の出血ですよね、エレミヤ様」
品の良い調度品も洒落たステンドグラスもない職員用の待機室にて、エレミヤによる改めての説明が行われていた。
既にこの娼館で働く者にとっては承知の事実ではあるが、それでも正しい知識の改めての共有は大切だろう。
「赤い服の女…なぁ」
クダが、背もたれに深く寄りかかりながら呟いた。
「その噂は、俺がこの経済特別区に来る前からあるな。先代によると昔から存在する話のようだ、興味がなかったので詳しくは聞いておらんが…まあ別にこの娼館特有の話ではなかった筈だ。この島のあっちこっちで似たような話があったが、鼻血に目の充血、意識の混濁なんかは聞いたことがない」
「ただの心霊現象だったと?まあ心霊なんて、俺は見たことがないが、取りあえず本土から医者を呼んだ方が良いんじゃないか?」
疑問を挟むと、エイラが舌打ちをしてきた。いかにも、こんなことも知らないのかと馬鹿にするような目を向けて語ってくる。
「馬鹿かランザ。もうすでにエレミヤ様は本土どころか帝都から凄腕の医者を招待しているに決まっているだろうが。犠牲者の一部は既に医療教会や、医術組合の病院に搬送し協力を求めている。ランザァお前この異常事態に対して興味が無さすぎるんじゃないか、そんなやつだから何時までも…」
「それ、君が訓練中の事故と称してランザを五日間意識不明にした時の話だからね。彼にかけた医療費は私持ちなんだけど、申し開きはあるかなエイラ」
不敵な顔からあわあわ顔となったエイラに釘を刺してから、腕を組み合わせエレミヤは怖い笑顔を浮かべた。
あの、意識が途切れていたと思ったがいつの間にか五日間経っていた時か。今思い出しても、まるでタイムスリップをしたような感覚だった。それからしばらくは、寝台の上から動けなかったが。食事もほとんどが流動食。あれは、辛かった。
「まあいずれにせよ、これまでとは変わったなにかがこの娼館内でおこっているのは確かさ。クダ、エイラ、ランザ。君達には調査と対策をお願いするよ。解決できるんだった祓い屋でもご祈祷でも構わないからさ、ここのところうちの嬢達も怖がり始めているし、なによりも原因不明の急病人続出ということで客足が遠のき始めているんだ。嬢のケアや、評判や印象操作の対応は私がやるから、早急に対処をお願いするよ」
「お任せくださいエレミヤ様!幽霊なんてこのエイラがボッコボコにして引きずりまわしてあげますからご安心くださいぃ!」
幽霊に物理技が、格闘技が効くのだろうがと内心突っ込みたかったがそれを言えば藪蛇というやつだろう。
しかし、霊的存在がいるかどうかの是非はともかく、この娼館でなにかがおこっているのは確かだ。充血、鼻血、新しい流行り病か、それとも別のなにかか。
「で、どうするよ。お?なにか考えでもあるのか若造」
「考えという程でもないが。俺は幽霊なんてものは存在しないという前提で動こうと思う」
クダの言葉に、自身の考えを述べる。幽霊、心霊、亡霊。既存のそれらの目撃情報は、工夫にもよるが魔術具により容易に再現できるものばかりだ。鼻血や充血等の症状はともかく、商売仇からの嫌がらせの可能性があるのではないか。
まず流行り病に類するものと幽霊騒動が本当に繋がっているのか、嫌がらせの類で片付く話なのかを見極める必要がある。椅子から立ち上がり、三人に一度頭を下げる。
「俺は一度、娼館の外で似たような話や症状がでた者がいないかを探ってみる。赤い服の女も、生きている人間による仕業と考えて動こう。その女、姿形はともかく容姿はどうなんだ」
「だいたい見た人は気を失ってい寝込んでいるから、なんとも言えないけど。唯一気を失う前に、聞けた話があるよ。まっ赤なんだってさ、顔がね。判別できないくらい」
エレミヤがおどろおどろしい顔つきを作り、亡霊というより食屍鬼のような顔芸を見せてきた。クダはその顔を見て、思わず吹き出している。
「はっは…おお、おっかねぇなあ。ぶるっちまいそうだ」
クダがわざとらしく肩を震わせる演技をした。そして、立ち上がる。
「じゃあランザの小僧がそういう方面で当たるなら、俺は本当に幽霊がいるという仮説の元動いてみようかね。噂じたいは昔から島に根付くもんだ、無駄足かもしれんが探してみるさ」
「クダ、あんたは幽霊肯定派か?」
「別に、いたらいたで夢がある話だと思うくらいの感覚かね。ただ俺の国には火の無いところに煙は立たぬという言葉がある。ひょっとしたら、とんでもない爆弾が眠っているのかもしれないからな」
「分かった。よろしく頼む」
外に出ようとした瞬間、出口を塞ぐように足が突き出される。エイラの蹴り技が、壁に突き刺さっていた。
「副主任、なにか」
「島に来て日がまだ浅いお前が、別組織の縄張りで面倒事をおこされたら厄介だ。あたしが監視をしてやろう。情報収集も共同で行う、ありがたく思え」
「それはありがたいですが、副主任…夜勤明けですよね」
「だからどうした。……エレミヤ様!あたしがこの頼りないランザよりも決定的な証拠を掴んで来ますよ!その時はどうか、なにとぞご褒美を…褒美をよろしくお願いします!」
「あーはいはい」
エレミヤの塩対応も見慣れたものだが、それでもエイラには満足したものだったのか。黙っていれば本当に男前な美女といった、なんだか矛盾をするような表現が似合いそうな顔つきだというのにだらしなく破顔をしていた。
「よし行くぞランザ!一秒でも早く幽霊だか亡霊だか訳の分からない話をねじ伏せる!さっさとしろ!」
喜び勇んで飛び出るエイラ。エレミヤが頑張ってねと小声でエールを送り、クダに至っては敬礼をしていた。
ああ、これは道中別の意味に面倒なことになりそうだ。存在しない幽霊に頭を悩ませる日々が来るなんて、今まで考えたこともなかったが、エイラの監視付きの情報収集なんて頭が痛い限りである。
こうして、娼館を襲う赤い服の女を調査するというよく分からない厄介ごとが、幕を開けたのだった。