家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 グローから受けた仕事は討伐の必要すらない、事前情報と大きな差異はないかを確かめる為の簡易的な調査ではあった。しかし、戦闘用の外套にホルスターには散弾銃。腰に悪竜を封じた剣をぶら下げ、大振りな近接戦用ナイフと今回は投擲用の短い棒剣まで用意をしている。臭い袋に煙袋、携帯用の医療道具。現在の予算でできる完全装備を整えるのは何時テンが姿を現しても良いように、という心構えからである。

 

 流石に街中をそんな姿で練り歩けば街角ごとに治安維持をつかさどる警察に連行されかねないのにで完全武装は諦めているが、街の外にでてしまえばこれが一番落ち着く姿となっていた。

 

 まずは予想生息域外を歩き、キラービーやその他猛獣等が生息していないか調査をする。簡単な仕事とはいえ、ハイキング気分で歩くように手を抜くつもりはない。油断が原因で殉職していく者達を過去幾度目にしたか分からない。

 

 夕暮れ時が近づき、森の中に開けた平地を見つけ野宿の支度をする。後は明日念には念をいれて追加で調査をし、掲げる大盾に報告をし、報酬をもらって契約を終えるだけ。予測生息域からは充分距離をとり、獣避けの香を焚き、夜に備える。

 

 野宿は嫌いだ、我慢できない訳ではないが。未開地の探索において、メンバー全員が共に就寝することなどありえない。未知の生物、危険な蛮族、おぞましい自然現象。物音に目を覚ましたら、隣で寝ていた仲間が丸太のような巨大な蛇に腰まで丸のみにされていたこともある。

 

 一人での野宿は、眠りが必然浅くなった。環境というものもあるが、見張りがいない外の暗闇は恐ろしくおぞましい。その中で、一人無防備をさらすのは、苦手だった。

 

 横になって見上げるのは見事な満天の星と月、だったら良かったのだが雲に隠れてなにも見えはしない。今日もなかなか寝付けないかもしれない、だがそんなちょっとした悩みも、すぐに望まぬ形で解決することとなる。

 

 巨大な羽音は、シンと静まり返る森にまるで警告音のようによくよく響き渡る。跳ね上がるように起き上がり、二連装の散弾銃を構える。木々の隙間から飛び出て来た二匹の羽虫に向け続けざまに銃撃。

 

 飛び散る散弾が、空を飛び回る為に軽量化された黄色の甲殻と薄い羽根をズタズタに斬り裂き、緑色の体液を後背にぶちまける。人の顔面より更に一回りでかい体躯に、それに恥じぬ槍の穂先に似た鋭い針。針の尖端には細かな穴が無数に開いており、刺しこんだ相手に弛緩性の麻痺毒か致死性の腐毒を選んで注入できる。

 

 生餌にするときは麻痺毒を、敵対者を殺す際は腐毒を。人畜無害とは程遠い害獣害虫の代表格にあたる一角だ。

 

 二匹を落としたところで、羽音は消えない。むしろ存在感を伝えるように森の中をグルグルとこちらを囲むように動き回っていた。薬莢を排出、新たに装弾すると共に今度は三匹が飛来。二匹を散弾で叩き落とし、迫る一匹の針を横飛びで回避をする。こちらに向けほぼ直角に曲がり軌道修正をしようとしたキラービーの額に衝撃。投擲用の棒剣が突き刺さり額から後方に向け貫通。

 

 グラリと体制を崩し、半ば落ちかけたキラービーを見て、弾丸を装弾しようとしたが、それが誤りとなる。落ちたと思った体制が急速回復、再度こちらに向け突進を敢行する。頭を潰しても死なないなど、人妖じゃあるまいに!

 

 頭を振り針を回避、人差し指と中指を尖らし人体を槍とし薄い甲殻に突き入れ、銃を落として開いた傷口に更に指を押し込み千切り破る。ルーガルーとの戦闘で、脳を半分吹き飛ばしたのにも関わらず、そんな状態で息を吹き返すように攻撃された経験が役に立った。どいつもこいつも、取りあえず頭が吹き飛んだのなら素直に死んでおけ。

 

 しかし、と冷静な声が苛立つ自分の内心に響く。いくらなんでも頭を飛ばされて生きている生命体がこの地上に数日に一回単位で巡り合える程溢れかえっている訳ではない。それにキラービーといえば集団戦に猪突猛進。対策と専用の駆除道具、人手さえあれば、罠にかけさらりと一斉駆除することもできる。

 

 だがしかし、数を増す羽音はまるでこちらを苛立たせるように響かせるくせに、森の中を旋回するだけでこちらに向けて飛来する様子はない。これはまるで、苛立たせようとしているようだ。

 

 「人為的な悪意か」

 

 戦時中、ハラスメント攻撃という手段があるのを聞いたことがある。深夜に大砲を射ち続けたり、極々小規模の奇襲を防衛側に何度も何度も繰り返したり、休息と睡眠という機会を削り精神と体力を消耗させていく作戦だ。

 

 休息すべき夜、飛び回る耳障りな羽音、消極的な攻撃、そして脳を破壊しても構わず攻撃を仕掛けてくるキラービー。方法は定かではないが、敵はこの昆虫を操っている。そして自分なら、この作戦を行うならば包囲の突破を図ろうとする獲物にはそれにふさわしい罠を張り巡らせる。

 

 危険を承知で包囲から抜けるか、それともここで何時終わるかも分からない緊張を強いられるか。敵は恐らく、こちらが疲労が重なり決定的なミスをおかすまでは出て来ないだろう。もしくは弾切れを狙っているか。

 

 敵を近寄せずに、一撃で粉砕する威力が保証された散弾はあと…。

 

 『お前が躍っているのを見たいんだと、良いじゃねえか。踊ってやれよ、希望通りにな』

 

 脳内に響く声に頭を抑える。ふざけるな、人の姿で現れられたり時に勝手に連結刃を動かしたり、封印が弱体化していると思ってはいたが、まさか頭の中に声をかけて来るなんざ異常事態もいいところだ。少なくとも過去、こんなことは一度たりともない。

 

 『安心しろ、お前の考えまでは読めねえよ、まだな。だがな相棒、敵は悪知恵を使い、姑息に追い立てようとしている。ならば悪知恵に対抗しよう。効果があるのはさらに悪ーい知恵だ。しばらく踊ってやれ、悪竜様からのアドバイスだぜ?』

 

 舌打ち。装弾をし、飛来する二匹を撃墜。意図を理解できてしまい、そしてその策が有効であることを理解した。

 

 装弾、射撃、撃墜。疲労の吐息を吐き、装弾。続けざまに襲い来る三体のキラービーに射撃。一発で二匹の半身を砕き、片羽では威力が足りずに落ちていく。しかしもう一発は狙いをそれ背後に弾丸をぶちまけるに留まった。

 

 攻撃を回避して、近接用のナイフで二つに裂く。顔に浮かばせる疲労は隠さない。この綱渡りをあと何度続ければ充分だ。頭に響く声に何十にも響く羽虫の音と、思うようにいかない戦闘。なにもかもがクソったれだ。

 

 『踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなりゃ踊らにゃ損損ってな、アハハハハ!』

 

 悪竜の高笑いが脳内にこだます。今の自分は相当酷い顔をしているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掲げる大盾の室長室。グローは今日何度目か分からないため息を吐いた。

 

 二つに割られたテーブルは既に跡形もなく撤去されており、明日には業者が同じテーブルを搬入する手はずとなっていた。経費では落とせませんと、秘書兼護衛のマリアベルにピシャリと言われてしまい、自費での出費となってしまうのは計算外だ。

 

 詫びなどといって金回りが良く楽な仕事をお友達特権で回してやったが、こんなことならやめておけば良かったかと自嘲気味に表情を崩す。だがしかし、まとまった金をくれてやり、ちゃんとしたものを食べて、良質な睡眠を短い間でもとってほしいという純粋な思いもあったのは確かなのだ。

 

 冒険とは聞こえは良い、栄光が待つ男達の危険な冒険。蓋を開けてみれば地獄めぐりもかくやという惨状、そんななか生き残った戦友が、やつれて死んでいく姿など誰がみたいものか。目だけは爛々としているが、それは曇りきった光だ。常人がしていいものではない。

 

 「失礼いたします。コーヒーをお持ちしました」

 

 「頼んでいないぞ?」

 

 マリアベル=フロマンド、公私混同はしないが冷静で頼れる秘書であり、戦闘技術も、特に室内での戦闘においてはリスム支部に詰めている戦闘員の中でも三本の指入る。そんな彼女が運んできたのは熱々のコーヒーだった。

 

 「考え事をしている時には、何時も頼んでおりましたので」

 

 「お見通しか、さっきはああ言ったものの、実は頼もうと思っていた」

 

 香りを楽しみ、コーヒーを舌先で転がし嚥下する。熱く、そして苦い。特上の苦さだ。豆が悪い、泥水などとランザは喚いていたが、あの子供舌にはこの味が分からないのか。

 

 「ランザ様のことで?」

 

 盆を持ったまま、尋ねてくる。頷き背もたれに深く寄りかかった。

 

 「酷い物だ。しばらくぶりに見たが、過去知っているランザと今のランザとはまるで別人に見える。実は一瞬声をかけるのをためらってしまうくらいにはな。復讐の念というのは、ああまで人を変えるのか」

 

 「私も聞いていた話とは随分違う様子で、同一人物かと疑う程でした。尊敬する支部長の相棒ということで、密やかながら会うのを楽しみにしていたのですが」

 

 「さりげなく上司をたてるのは流石だな。だが好みではなかったか?」

 

 「そのようで、とても余裕があるようには見えません、まあ…」

 

 彼よりはマシですが、という言葉を続けようとしてマリアベルは最後の一言を呑みこむ。周囲に誰もいないのは確認しているが、壁に耳ありというか、どこで迂闊な話が漏れるのかは分からない。帝都の本部にて、掲げる大盾を強力にバックアップしている大物議員、彼が溺愛している娘がアレの後ろ盾についているのだ、不要な話がどう変異して伝わるか分かったものではない。

 

 「気にするな。帝都の本部では強大な抑止力だが、ここ自治州ではそれなりの影響力しかないだろう。お前が今言いかけて呑みこんだ人物については、おおむね同感の評価だ」

 

 才能があり、力がある。それに過信し慢心し独善的。おおよそ組織を運営するにあたって、性格を覗いた個人の優秀さを差し引いても必要ないと断じて切り捨てたい存在であった。

 

 地下の事件であっても、グローがじきじきに待ったをかけなければ死んでいた。市政の味方を公言していても自分達は本質的には武装集団。時には確かに非合法の方法をとることはあるかもしれないが、それでも犯罪者を私刑にし殺害するなど、どんな目で周囲に見られるかまるで理解していない。

 

 子供にたいして『君には世界平和の為に力をもたせたよ、なんでもできるよ』と神が囁き『悪い人を皆殺しにするー』と無邪気に子供は応じた。では子供のいう悪い人とはいったいなんなのか。ともすれば、クラスのいじめっ子から万引き犯でさえ絞首台まで引きずっていくような結果になりかねない。

 

 判断が幼い者が強大な力をもってもロクなことにならない。レントは、卓越した才能という名の強力すぎる銃火器を装備した子供なのだ。しかもその銃は、暴発を抑える為のセーフティーがいかれている。

 

 「レント=キリュウインを呼び出してくれ。やはりじきじきに釘を刺す必要があるだろう」

 

 「明日のクイーンビー退治についてですか?」

 

 「ああ、現地にはランザがいる。報告で一度合流する必要があるから、奴は必ず揉め事をおこそうとするだろう。奴には別の仕事をまわす。なるべく波風立たないような無難なヤツをな」

 

 かしこまりました。と一礼をしマリアベルは支部長室を去っていった。その十数分後、レントの不在を聞かされることとなるグローの行動は早かった。

 

 即応隊を率いて、クイーンビーの生息する森へ急行するというもの。疑問を呈するマリアベルの声に、グローは即座に応じる。

 

 「勘だ!確実に面倒なことになっている!」

 

 マリアベルが頷いた。支部長の勘は、悪いもの程よく当たるのだ。

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