家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
散発的に表れる奴を何人かのしていたが、指定された時間を過ぎた。行動をなにかおこすべきかと考えていたが、なにやら階下が騒がしくなったことで様子を見に行くことにした。
状況は、これ以上ない程分かりやすい。人質をとられているとはいえ、相手は見ず知らずの、様子を見る限り薬中毒になった女だ。見捨てても支障はないだろうに、ここで追い詰められてしまうのが彼女の良いところであり悪いところか。
「大将首で相違ないな」
「手柄でもほしいのか?ならこの首が手柄だ」
デルがこちらに身体を向ける。元海賊だけあって、卑怯な手段を使うと同時に肝が座っているのか自身の首筋に鉄の爪を向けながら言ってきた。
踏み込み、間合いを詰めて近距離まで詰め寄る。四本爪はリーチが優れているが、だからといって尻ごみしていてもしょうがない。
スライディングをしながら足払いをかけるが、それを跳躍され回避される。足を回転させ螺旋蹴りを繰り出しながら立ち上がり、攻撃をさせない。
だが立ち上がる直後、爪が顔面に向かい突きを繰り出される。四本の爪が額と頭脳を貫通する前に頭をそらすが、頬をかすめ血が噴き出るのが分かった。規約上武器を持てないが、盾になる鈍器がほしいところだ。
リーチの差がモロに出ている。デルの連続攻撃を回避することは難しくない、と言いたいが衣服を斬り裂き肌が先程が裂けていくのを感じる。まだ体裁きの技術が足りないだろうが、実戦は達人になるまで待ってはくれないとこいうところか。
いや、多分だがそれだけではない。戦い辛いのだ。
牢獄が並ぶ地下という環境、狭い通路に剣や爪等は戦い辛いと思っていたがこいつは慣れているような気がする。懐に潜り込む隙をなかなかみいだせない。
「っ」
足元に転がっていた、小さな木桶に足を絡めとられる。隙をつかれ、逆袈裟の斬撃が腹部から肩口まで斬り裂かれ血が噴き出る。
「惜しいな、一歩間合いが足りなかったか」
「そのようだ」
血が溢れだすが、戦えない程じゃない。間合いを少し離し、対峙する。
「流石は海賊上がりか、狭い場所や足場が悪い場所での戦いは慣れているといったところか?」
「船乗りじゃねえくせに語るじゃねえか。まあ間違いではないな、揺れる床や狭い船室、状況が悪いところでの戦闘は慣れている。少しクセーがここは俺のテリトリーって訳だ」
「自分の得意なポジションに移動する為に、三階からここまで直通でいける隠し通路でも用意していたという訳だな。隠し通路を作っておく周到さに、結果的には失敗に終わりそうだが、成功か失敗か、下策か上策かはともかくある程度計画の道筋をたてて、実行する行動力もある。このままレガリアにいても、充分のし上がれる余地はあったんじゃないか?何故、危険な博打をうってでも寝返りを考えた」
少なくともその行動力や、危機的状況でも部下の離反があまり見られていない統率力。同じことをしろと言われても、少なくとも俺には無理だろう。能力はある人間なんだとは思う。博打を打たずに、まだ積み上げていけるのではいかと疑問に思った。
「……自分より能力があるものはいくらでもいる。俺は海賊船でそれを見た、こいつには勝てないと戦意が失せるようなな。現にそいつは、武装護衛船で資金を溜めこの経済特別区にて根を降ろした。だが、そいつはそこで守りに入っちまった。昇れる能力があるというのに、ヘタレちまったんだ」
デルは、どこか寂しそうな顔を浮かべた。ついていくと決めた男が、中途半端なところで停滞していしまい、そこに満足をしてしまった。それに憤りと虚しさを感じたのだろうか。
「俺達がどんどん拡張すれば、新参組織に隙を見せることはなかった。島で一番勢力が大きいと声高々に言えばするが、俺にとっちゃそれはなにもかもが半端な野望の残骸だ。ならば、俺は俺のやり方で縄張りを広げ、レガリアを打倒する。その時初めて、お前は間違っていたと頭に言うことができる。俺の進言を散々否定したアンタが間違いだとな。それで俺は、あの人に賭けた俺の人生を取り戻すことができるんだ」
少し、分かるような気がする。冒険者時代、俺は女性でありながらリーダーである人物に憧れていた。半ば以上の忠誠を、抱いていた。その人がもし、護りにはいったら、危険を切り開くことに難色を示し始めたら。
今ならば事情を考え、呑みこむことができるだろう。だが当時は、まあ若かった。そんなことを言えば、大なり小なり反発していたことは確かだろう。理想を抱いた相手には、理想のままでいてもらいたいのだ。
幸か不幸か、いや不幸にもリーダーは最後まで俺の理想通りだった。その結末が悪竜との対峙、そして出来上がったのは彼女含めた仲間達の肉塊だ。
「成程、まあ分からんでもない話だ」
返答に難色を示したのか横になっているエイラの目が、きつくなっているのを感じる。取り敢えず心配はなさそうでなによりだ。
「だがその感情に、アンタは他人を巻き込みすぎた。少なくとも、俺達を巻き込んだのは失策だったな」
「ぬかせ、今度は首でもはねてやるよ」
先程足をとられた桶を、蹴り飛ばす。顔面に向かう桶を爪が弾き飛ばし、木片が周囲に散らばった。
視界が一秒封じられた隙に再度間合いを詰める。タイミングを合わせ迎え撃つように、デルは爪を構えた。袈裟斬り、首を跳ねると宣言したわりには今度こそ胴体を破壊し全てを終わらせるつもりだ。
爪が振るわれるタイミングで横に飛び、壁を蹴る。いるべき場所から移動した対象物に当たることなく、爪は空を斬った。
対クダ用に考えていた、間合い内での攻撃タイミングをずらす戦法。クダとの手合わせでは素直に攻めた攻撃は、回避されるか攻撃動作までに潰され、その直後に手痛い投げ技というカウンターが炸裂した。
ならば考えるのはフェイント。それもなるべき勢いを殺さないよう、痛烈な一撃を叩きつける必要がある。
案を考えるなかで一つに浮かんだのが、この壁を利用したバウンド。狭い通路や壁の近くでなければ使えないが、条件を満たす、今俺が思い付く中では数少ない手段だ。
「ぬお!?」
蹴りが顎をかすめる。デルはとっさに半歩のみだが後ろに下がりクリーンヒットを防いだ。だが、並行感覚が揺れているのかその足にはわずかにふらつきが見える。
「デル、お前の行動力と野望は俺にはない。そこは尊敬すべきところだ。命まではとらないでやるよ、少なくとも俺はな」
「お前にその気がなくても…俺には…後がねえんだああああああ!」
最後の反撃を身をかがめて回避。素早さに陰りが見えた、顎を打ち付けられ脳が揺れているのだから当然だ。
近接戦闘の間合いに入る。爪が振るわれる前に腕を掲げ、デルの二の腕を抑えの行動範囲を狭める。側頭部を殴り、体幹がぶれた身体を鉄格子に打ち付ける。
間髪入れず、腕と胸倉を掴みよろけた身体を山積みされた樽に目掛けて投げ飛ばした。樽が砕け、内部の液体がぶちまけられる。赤い液体が床を濡らし、まるで大量の血が流れているようにも見えた。
「上で争う音が途切れた。アンタには悪いが、クダに勝てる奴が早々いるとは思えない。降伏する気はないか?効果があるかどうかは分からんが、死なないように口添えくらいはしていやるよ」
もっとも、組織の違う下っ端がなにを言おうが意味はないだろうが。
デルがなんとか壁を背にしながら立ち上がる。身体がぐらついている為隙だらけだが、その目は死んでいなかった。
「質問されてないが…教えてやるよ。この樽の中身が、レッドアイだ」
「もしかして、例の話に出た麻薬の新薬か」
「ああ…麻薬には気分が落ち着き陶酔状態になるロウと気分が高揚するハイがあるが、こいつは最初はロウで薬が切れかけるタイミングにハイになる効果がある。そして、中毒者が…薬が切れるタイミングに目が酷く充血し、視界が赤く染まる」
「それが、赤い服の女の正体?」
薬が切れかけるタイミングで、中毒者を娼館に向かわせる。ハイになった中毒者が暴れだし、赤い服の女がいると騒ぎ立てるのはそれのせいだったのか。
幽霊騒動で経営が成り立たなくなるわけではないが、そんなことが続いてしまえば娼館内での薬物使用や何らかの危険行為が自ずと広がり評判を下げるだろう。親レガリア派であることを表明する立場、薬物使用は疑惑であってさえ二つの組織仲がこじれるのには充分だ。
そこから次の策、次の策と用意をしまずレガリアという後ろ盾の信頼を失っていくエレミヤを料理するつもりだったか。
「何故それをお前が俺に教える」
「どうせ最後だ、ならばちっとでも共感みたいなものを示してくれたお前に手柄を渡してやろうと思ってな。どうせもう、島から生きてでられない身だ」
壁にかけられていたランタンをデルが手にもった。それを思いきり血の泉のようなレッドアイの中に叩きつける。
まるで泉が、鯨油のように火が凄まじい勢いで燃え上がった。当然レッドアイにまみれたデルの身体も炎に包まれ、薄暗い牢獄ないがオレンジ色の光が広がる。
「おい!」
「頭に…伝えろ……ハーウェンの蛇女を……甘くみるなと。これはやつにとって…遊び……だ」
炎にまみれたクダが、最後まで叫びだしたいだろう熱量を我慢して俺に伝えてきた。呼吸器を燃え広がる炎が焼いたのか、最後にはなにも喋ることができなくなり膝をついてその場に倒れふせる。
「……」
デル。こいつは悪党だし裏切者だし、褒めらえた人間ではないことは確かだ。だが、俺にはどこかこいつを嫌いになれない部分があった。
俺は最後まで盲目的に、冒険者時代のリーダーに従った。彼女の行いや言動は全て正しいと信じ込んだ。しかし、こいつは正しかろうが間違いだろうが反旗を翻すだけの気骨があった。俺には、デルを心底軽蔑することができない。
「……あ」
しばらく呆然としていたが、気付いてしまった。
よく見たら、あっちに樽、こっちに樽。樽、樽樽樽。樽。全部可燃物だとしたら?
「まっずい!」
薬中の女を肩で抱え、エイラに近づく。
「この地下牢、あれ全部レッドアイだとしたら燃え広がりえらいことになります!抱えますけど、良いですか!」
痛めつけられたダメージが残っているのか、エイラは上手く話せないようだったが。ようやく気付いたかというような視線を向けて来る。それに関しては、面目ない。本気で。
成人女性を二人担いで、階段を目指す。流石にいささかしんどすぎる。すぐ背後では、火が勢いを増す音が聞こえた。
「両手に華だな。羨ましくはねぇが」
階段から降りて来たクダが、冗談を飛ばしてきた。かすり傷はついているようだが、裏社会の構成員複数人相手にこの程度ですませてしまうのはやはり、この男は常識外れだ。
「片方持ってくれると助かる。特にこっちの、今にも噛みついてきそうな方を」
「噛みつかれてたくはないから遠慮をしておこう。そちらのお嬢さんをよこせ、それでなんとかあがれるだろう」
煙により身体が動かなくなる前に出るしかない。エイラを預かってほしかったが、やむおえないか。
クダが中毒の女性をお姫様だっこで軽々抱え、階段を昇る。そのあとをエイラに肩を貸しながら、地下牢を退避する。
燃え広がる、レッドアイ。何故デルが麻薬に火をつけたのか。
例え離反を企てた組織とはいえ、レガリアは反違法薬物を看板に掲げている。そのおかげで三組織の中では掲げる大盾や治安組織からはある程度見逃されているふしがある。レガリアよりも、ハーウェンの方がよほど過激で危険だからだ。
だがしかし、例え一組織からでも違法薬物を使用した痕跡がでてきたらどうだろうか。レガリアにもこれまで以上に治安組織などから監視の目を向けられるだろう。最後にそれを防いだのかもしれない。
もっとも、自殺をするのに丁度いいだけだったかもしれないが、最後にレガリアの為を思いレッドアイをわざわざ焼き払ったと考えるのは些かロマンチストすぎるかもしれない。
地下から這い出て、外に出ると。レガリアからの構成員が周囲に詰めていた。デルの部下は拘束されたうえで外に出されており、火事に巻き込まれた奴はいなさそうだ。
……一人いた。地下にこの中毒になった女にナイフを突きつけていたやつ。あいつはそのまま燃えただろう。一階で戦っていれば、クダにのされたうえで外に引きずりだされ生き延びる芽があったかもしれないが。
火の手が周りが早く、一階も燃え広がり始めていた。このまま火事が広がれば危険だということで、レガリアの構成員達が消化活動にあたっている。
中毒になった女性を、療養施設に送るということでレガリアの構成員に預け身軽になった。意識不明の原因が、薬物にあったとすれば彼女やこれまでの重傷者を様子を見ながら治療薬が作られていくだろうか。レッドアイのサンプルがあれば良かっただろうが、それの確保には失敗してしまった。
「もう、こちらのやることは残っていないだろう。エイラを休ませたいし、お前の治療もしなければならない。舘に戻ろう」
「ああ…だがクダ。先に行ってくれ。ここで止血の道具だけ借りて、応急処置をしてから俺は戻る」
「そうか、なるべく早くな」
クダがエイラを抱えたまま立ち去った。レッドアイ、自殺したデル。俺も舘に戻り報告をしなければならない。
止血のための包帯と布を借りて、応急処置のみをすませる。
火の手から離れるように歩き始め、曲がり角を曲がろうとした瞬間、俺は息を飲んだ。
女がいた。暗闇のなか、赤い服を着て、顔が潰されているような、まるで黒いクレヨンでぐしゃぐしゃに塗りつぶしたのような表情の分からない女がいた。
しばらく女と俺は、対峙をする。
「……俺は幽霊なんて、信じてない。お前は多分、島に昔からいる未確認の種族かなにかなんだろう」
女は、答えない。ただ黙ったまま、こちらを眺めているだけだった。
「そうだと言ってくれよ。幽霊なんざ、この世にはいないんだ」
痛みからではない、たが自然と涙腺から涙があふれてくる。呼吸が苦しくなり、身体が脱力感に襲われる。思わず近くの壁に腕をついた、前に歩きだそうとしたが、足が崩れその場にうずくまってしまう。
「だって」
幽霊なんて、いる訳がない。
「そうじゃねえかよ」
俺が幽霊なんて存在を、認める訳にはいかない。
「この世に幽霊なんているのなら、なんでアリアとミーナは、俺の妻と子供は俺の前に出て来てくれないんだよ」
幽霊は、この世に強い未練を残した者がなると言われている。
表情は鉄面皮、クールで何事もそつなくこなしそうに見えて実はドジで騙されやすくて、目を離すことができないが誰よりも優しかったアリア。これからが育ち盛りの可愛い時期で、俺とアリアどちらに似ているか、それを楽しみにしながら成長を見守りたかったミーナ。
彼女達は、殺された。ミーナを護ろうとしたアリア。なによりも大切だったミーナ。
テンは、俺の家族だった女は、斧で無残に惨殺した。
何故だ、どうしてだと、今でもあの瞬間を夢で見て俺は叫んでいる。テンは薄ら笑いを浮かべ、人外になった姿と幼い姿の両方で俺をただにやけ面で見ていた。
「何故!」
テンが何故二人を殺したのか、アリアとミーナは殺されるようなことをしてしまったのか。
いや、理由を知りたいだけじゃない。幽霊でも亡霊でも、怨霊でもなんでも良いから俺の前に出て来てほしかった。もう一度でもいい、二人に会いたい、会いたくてしかたない。
だが二人は出て来てくれない。当たり前だ、この世には幽霊も怨霊もいないのだから。いると認めてしまえば、俺自身が我慢ができない、壊れてしまう。会いたい、会いたい、でも会えないのだから仕方ない。その前提を、俺が壊す訳にはいかない。
肩に、手をおかれたような気がした。目の前の赤い服の女かもしれないが、俺は顔を、あげられなかった。
「どうして!」
お前が本当に幽霊ならば、教えてくれ。何故二人は俺の前に来てくれないのか。別れの言葉一つ、かわせないのか。
墓場の前でいくら慟哭しようと、泣きじゃくろうと、分かれを呟こうと、相手に伝わることは二度とない。お互い言葉をかわし、ただの一言でもさよならを言い合えればどれだけこの気持ちはマシになるだろう。
だがそれは許せされない。二人は来て、現れてくれないのだから。
だから許さない。俺の最愛の人を奪ったテンを、許さない。俺の大事な宝物を、殺したテンを許せない。
必ず、殺してやる。必ず、必ずだ。お前のおかげだ、赤い服の女。俺のこの気持ちは、この経済特別区において足をとどめている最中であっても憎悪を再確認することができた。
涙が枯れ、立ち上がる頃には女は消えていた。傷の痛みも、感じなかった。ただ、目の前に向け歩き始める。俺は、なんおためのこの島にいるのかを思い出せ。
「テンを殺す。化物を殺す為には、手段がいくらあっても足りないことはない」
軽量性で頑丈さを兼ね揃えた衣服。ライフル銃のように点ではなく面を破壊する銃器。どんな相手にも十全に立ち回ることができる足さばきと体裁き。全ての武装や手段を封じられたとしても、戦闘を続けるための格闘術。
エレミヤの娼館で金と経験を稼ぎ、その全てを手に入れる。俺が目指す、最後の局面。テンを殺し、二人の墓に報告をするという自己満足のために。
死者の霊等存在しない。全ては俺自身の為だ。俺は全てを賭けて、この自己満足を完遂してみせる。
火事の灯から離れ、暗闇に消えていく。この道の先が、夜の闇のごとく困難でおぞましかろうと進むしかないのだ。
それが俺の、生きる道なのだから。
ハーウェンとレガリアがどのように話し合いをつけたのか、エレミヤはレッドアイの問題をどう片付けたのか。
それは、もう俺の関与するところではなかった。
「びびるな!まだ踏み込みが浅い!」
目の前で対峙するエイラの怒声が響く。びびっていたつもりはなかったが、まだ身体が痛み対する恐怖で出遅れたか。
踏み込めなかった分のカウンターの拳が、頬にのめりこんだ。倒れず踏みとどまるが、強烈な一撃だ。
回復し復帰をしたエイラに、俺は地面に額を打ち込んで頼み込んだ。デルに後れをとったとはいえ、人質をとられていたという理由があってこそだ。流麗な格闘術を全てマスターはできないだろうが、それに近いところまではなんとしても身に着けたい。
『本意ではないが、助けてもらったことは確かだし…』と不承不承エイラは言うが、その訓練はやはり過激だった。具体的にいうと容赦がないが、それが逆にありがたい。
「クダのように待ちに徹しても勝てるのは一流だけだ、三流のお前が攻めてに転じないで、ペースを握られ勝てると思ってるの?自惚れるな!」
「はい!もう一本願います!」
以前のサンドバッグにするためだけの手合わせではなく、本格的にエイラも訓練に付き合ってくれるようになったおかげで足りないものを補完するかのように俺自身が強くなっているのが分かる。
クダのように投げ技の達人になるように、エイラのように柔軟さと速さで戦えるようになるには時間が足りなすぎる。ならば、二人から教わりその中間となるスタイルを確立することはできないか。それを目指すことを、当面の目標とした。
エイラからの連打を捌き、足払いをかけるがそれを横へのスウェイでかわされる。頬に向けた一撃を防ぐが、軽い。その直後腹部に衝撃、本命のストレートが突き刺さる。
「相手の狙いをよく考えてないから、そうなる!うずくまっている暇はないぞ!」
「っ…はい!」
そんな日々を送ることで、復讐の炎は落ち着くことがなかった。
日々に忙殺され、復讐心は落ち着き心の整理がつくだろうかとも思ったこともあったが、測らずともあの正体不明の女が燃料をくべてくれることになった。
テンを必ず殺す。その為に、俺はこの舘での日々を過ごすことを、契約ではなく自分の意思で決めたのだ。
もう、迷うことはない。
「お前のおかげだよ、俺はあの日々で、感情が状況に埋没することがなくなった」
浜辺にて現れた女は、あの日と寸分たがわぬ姿をしていた。今でもこいつが幽霊なのか、そうじゃな新種のような存在なのかは分からない。だがどうでも良い。
「ある意味アンタはこの島にいる俺のもう一人の恩人だ。だがなにをしにきたんだ、なにか俺にしてほしいことでもあったのか」
女は首を左右に振った。しばらくそうしていると、女はこちらに近づいてくる。
互いになにをするでもなく、すれ違う。肩をまた叩かれたような感覚。だが振り向くと、女はもう消えていた。
「アンタは幽霊じゃない。俺はそんな存在、今でも信じない」
誰もいない空間に向け話しかける。
「だが全部終わったら、アンタの為になんかやっても良いかもな。幽霊じゃないとか思いつつも、慰霊碑くらいは作ってやろうか」
あの女の行動も、目的も、なにも分からない。だがしかし、この島には確かに存在する謎の女。なにか目的があるからこそ、でてきているのかもしれない。全てが終わったら、その謎を解き明かしても良いだろう。
三人が向かった、保養施設に向かう。傷が癒えた身体の調子も上々だ、クーラも水泳を覚えたし、そろそろ行動を再開しても良いだろう。
「失礼」
建物に入る前に、声をかけられる。そこにいたのは、剣や銃を腰にぶら下げた三人の護衛を連れた中年の男性だった。見覚えのない顔だ。
「ランザ=ランテ様で」
「……そうだが」
「私は帝都、災害対策本部の調査員ガルシア=ニコライです。モスコー事件、そしてリスムの巨人事件の話をお聞きしたいと願い参上いたしました。お話を、聞かせてもらっても良いですかな?」
中年はほほ笑んだが、目が笑っていなかった。こういう顔をするやつは、ロクな奴がいない。