家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 大陸に住む者にとって、誰もが帝国とは無関係な立場ではいられない。

 

 大陸の三分の一以上を締める最大規模の国土、豊かな土地、大陸最強の軍事力、最先端の魔術具の開発、研究。その全てが他国に比べ秀でている。

 

 ある国にとっては輸出入における最大の貿易相手、ある国にとっては危険な仮想敵国、またある国にとっては資源を搾取していき、伝統的な農作物を廃止され国土のほとんどをプランテーション農業に無理矢理変えられた免れざる指導者だった。

 

 かの国に対抗できるのは、大陸東部の連合王国くらいではあるがそこにかろうじてとの言葉がつく。戦史の研究家や軍事評論家なる者達が下す判断を鵜呑みにするならば七対三の割合で帝国軍が優れており、さしもの連合王国もタイマンで殴り合いをするのは分が悪いと言われている。

 

 まあ戦争というのは当然ではあるが、リングの上で殴り合いをするようなスポーツではない。大陸において一強と言える帝国をおさえる為に、連合王国は広く帝国と隣接する中小国と手を組み緩い包囲網のようなものをしいていた。

 

 万が一帝国が領土的野心を燃やし、隣国を攻撃したら同盟に参加した国がその反対側から帝国を攻撃し飽和攻撃を仕掛ける算段である。

 

 もっとも帝国もその状況を俯瞰している訳ではない、今日も元気にあちこちで、帝国と連合王国を中心とした根回し合戦と情報戦争が行われているのであろう。

 

 新資源である鯨油と、その利権を巡り一番ホットな諜報合戦が行われていたリスムにおいてあの騒ぎがおきたのだ。連合王国側も放ってはおかないだろうし、帝国側からすれば自身が出資した植林場があるノックの山から災害が沸いて現れたということで黙ってみているということはできないだろうことは想像に難くない。

 

 「経済特別区組合所属の、貿易商人か」

 

 偽装の身分証を手にとり、国境に配備された兵士は眉を顰める。

 

 「帝国への入国目的は、商売か?後ろの荷はなんだ」

 

 「鯨油です。リスムにおいて加工しました」

 

 帝国は現在、リスム側からの入国者に制限をかけている。あの事件があった後だ、政情不安のリスムから逃げ出すように帝国に流れてくる者を止めているのだろう。そうでなくても、例の騒ぎがひと段落がつくまで対応は厳しくなるだろうと想像ができる。

 

 先日、帝国から来た災害対策室の調査員との会話をエレミヤにかいつまんで話、帝都に一度向かうことを決めた。

 

 そのエレミヤから聞かされた話だが、どうやら現在国境の検問は何時もより厳しくなっており、ただの観光等物見遊山で立ち入ることは禁止されているという。モスコー、リスムの事件が立て続けにおこった後であるので、怪しいと少しでも感じた人物を国内にいれないのは当然と言えば当然の対応かもしれない。

 

 だが、そんな状況でも停止をしていないものがある。それは商いだ。

 

 帝都の人口は膨大だ。人間の生活を支えるのは、当然資源である。

 

 追随してきているとはいえ、捕鯨や鯨油の加工においてはリスムの組合に比べるとまだ量も質も劣っている。品質の悪い品物より、輸送費等で多少値が張ろうと質と量が安定して供給されるリスム産を買いたがるのが向こうの商会や消費者の心情であるらしい。

 

 さらに言えば、帝国はここぞとばかりにリスム自治州への影響力を強めようと協力金の援助や災害復興の為の人材派遣政策を強力に推し進めているうえ、リスムから帝国へ資材や釘等の建材の買い付けも多い。

 

 ちなみにリスムを挟んだ反対側の隣国である連合王国も当然似たようなことをしており、帝国としても検問を強めながらあちら側に遅れをとる訳にはいかないという事情ができていた。

 

 制限をかけつつ人通りが激しくなる、奇妙な矛盾が国境でおこっていた。

 

 「商い相手は?」

 

 「エルディム商会です」

 

 「そこの商会では、なにか買い付けを行うか?」

 

 「リスムの情勢が情勢です。食料、釘等の建材、魔術具諸々、足りないものは山ほどあります。それらの買い付けを命じられているのです」

 

 エルディム商会は、帝国全土に拠点を持つ。そしてその意向は、帝国の政情に寄り添うように決められておりまるで国営企業だと揶揄されることの多い商会でもある。

 

 当然、リスムの復興にも力を入れるよう商会は動いており、ここの名前を出せば検問を行う兵士達も強くは詮索はできない。

 

 「通行税は金か、品か」

 

 「品でお願いします」

 

 馬車から樽を二つ程兵士が降ろした。本来ならば一つ一つ内部を確認するだろうが、作業に携わる兵士達はランダムに選別した二つの樽の内部しか確認はしない。

 

 密入国を企むものがいないように、注意せよ。或いは、輸出禁止品を混乱を利用し通すものがいないようによく警戒せよ。

 

 なんて、上から厳命をされていても現場を動かしているのは人間だ。

 

 帝国の国境は、現在大渋滞の様相をていしていた。ノック森林道を通る道が調査の為現在封鎖され、資源の買い付け等々の理由により、人員と物資が普段の三から五倍近く行き来をしている、それらを全て確認し通行させるのは人手がとても足りていないようにはたから見ても分かる程だった。疲労が顔に張り付いているのが、よく見える。

 

 「中身は確かに鯨油だな、よし…通れ」

 

 「いや待て」

 

 詰所のようなところから、他の兵士よりも幾分派手な鎧を着た者が現れる、部隊長のような存在だろうか。

 

 「リスム方面から来る、経済特別区に関りがある商人の顔はだいたい知っている。だがお前の顔は見たことがない。行商人が本業ではないな」

 

 混乱の隙をつき、通れる算段が高いと踏んでいたがどこであろうと真面目なものはいるようだ。

 

 「状況が状況です、どこも人手が足りず、普段ならば露店を任されている身ではありますがこうしてお役目を受けた次第であります」

 

 「そういう言い訳をして、密入国や禁制品を持ち込む輩も絶えん。一人か…おい!荷は全部確認したのか!?」

 

 「は…え…いえ」

 

 「つったって通すのが我等の役目だと考えているのか!規則は規則、手順は手順だ!我等が腑抜ければ帝国全土に悪疫を及ぼすことになるだぞ!樽の中身を全て確認しろ、その商人の身体検査もだ!」

 

 後がつかえているのだが、兵士達は渋々といった様子で荷を確認し始めた。蓋が一つ一つ開けられ、中身を改められる。

 

 「武器の類の携帯は…なんだこれは、ボロボロだが…剣か?」

 

 「曾祖父が戦場で使っていたものらしい。我が家に伝わるお守りですよ。私は、武器なんて扱えませんがね」

 

 「そのわりにはよく鍛えられているじゃないか。ただの商人と言うには、その腕…指の一本まで見てもただの商人と言うには無理があるんじゃないか」

 

 「商売人といっても、下積み時代は力仕事ばかりですよ。小麦袋、木箱、鯨油の樽、筋肉がつく環境はいくらでもありましたので」

 

 部隊長と目があう。しばらく見つめあっていたが、他の兵士から樽の中身を改め終わったと報告が来た。

 

 「全て鯨油でした!」

 

 「本当か!?棒でもなんでもつっこんで、液体の中も確認したんだろうな!」

 

 「やりましたが、なにも入っていません!鯨油だけです!」

 

 「よろしいでしょうか?」

 

 後がつかえているんでしょう?と続けてしまいそうになったが、ここは笑顔でそれのみにとどめる。口は災いの元だ。

 

 「……良いだろう。通れ」

 

 「ありがとうございます」

 

 荷馬車に乗り込み、歩かせる。急ぐような様子すら見せず、なにもない晴れた日の街道を進むかのように平然とだ。なにやら、納得いっていない顔である部隊長の視線が背中に突き刺さるが、別のところで問題があったらしくそこに急行していった。

 

 国境から帝都に入り、しばらく馬車を走らせる。周囲になにもない街道になったところで、ようやく肩の力を抜いた。

 

 「時世が時世だからな、昔はもう少しあっさり通れたものだが」

 

 その声に反応するように、道端にある背が高い草むらがガサリと揺れた。フードを目深く被った人影が現れる。

 

 「ランザ。無事に通れたね」

 

 「ああ、ご苦労クーラ」

 

 クーラがまとうマントをはだける。ストックを落とし軽量化し取り回しをよくした散弾銃とその弾丸、戦闘用のコートがしまわれた布袋がその下に隠されていた。

 

 「このご時世だ、物騒な物を持ちながら国境越えは面倒なことになる…が、大荷物を任せて悪かったな」

 

 「問題ないよ、これくらいね。それに密入国は慣れているし、多少警備に目が光っていようと問題なかったよ。それに、はかどったし」

 

 「はかどる?」

 

 「んぁ!……うん、いやなんでもない」

 

 「なんにせよ、あとはエレミヤとの打ち合わせ通りに馬車を先にある村でレガリアの構成員に渡して俺達は帝都に向かう。帝都に関しては、俺よりもお前の方が詳しいだろう、期待しているぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は遡る。

 

 ランザが海岸道から国境と越えて帝国に入るまでは、まだまだ時間が残されている。なにせこの渋滞だ、入国手続きがすむまで万事問題なくすすんでもいささか以上時間がかかるだろう。

 

 海岸通りを並ぶ馬車や人の行列を見た後、クーラは森の中に姿を消した。

 

 レントの手助けをするための諜報活動で、国境越え等はよくおこなっていた。朝飯前とは言わないが、昼飯前くらいの労力でこえる自信はある。なにより自分は半獣だ、どうせ平時からまともに検問を超えることはできない。

 

 今回は預かりものがあるせいで、いささか以上に普段より荷が重くはあるが、まあ問題はない。逆にお楽しみが増えて嬉しいくらいだ。

 

 森の中を駆けながら、クーラは思いをはせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハーウェンという組織を、覚えているかい?」

 

 館の部屋で、エレミヤは告げた。ランザから休息の終了を告げられたその日の夜のことだ。

 

 ランザの隣に座る自分は、記憶を掘り起こす。

 

 このリスム経済自治区において、南東部を牛耳るマフィアの一角だ。闘技場や違法な奴隷市場、なにより薬物の生産、輸出において金を稼いでいる。

 

 どこの所属でもない立場を維持しいてるエレミヤと娼館エリアではあるが、やはり武力による衝突の火種がチラホラするこの経済自治区だ、比較的穏健派となるレガリアと繋がりを持ち他への牽制としている。

 

 レガリアとハーウェンは、エレミヤの娼館を巻き込み過去ひと悶着あったようであるが詳しくは聞いてはいなかった。

 

 「流石に忘れたとは言えないな、あの幽霊騒動で裏で糸を引いていたのはハーウェンだった。あの蛇女は、レガリア幹部を利用するだけ利用して、そのうえでわざと破綻させた」

 

 「後の調査で分かったことだったね。薬物中毒の男が何故デル=エンパイアーの拠点から逃げることができたのか、それは何者かの手引きがあった痕跡が見つかった。ハーウェンのことだ、薬の効能や成果を確認したならば裏切者を仲間に加えるよりも、レガリア同士で戦力を削りあいをさせて高みの見物をさせる方がリスクが低いと判断したのだろうね」

 

 「しかし、状況証拠ばかりで決定的な証拠がでなかった。……だけど何故、今その話を?」

 

 「帝都に入ることを決めたのは良いけど、今国境は何時も以上に混乱している。それに、現在入国が制限されていて、観光目的等適当な理由では入国できない。偽装の身分証明書が必要になってくるとなると…それを用意できるあてはレガリアくらいでね。手続きを踏もうとしたら、向こうがランザ君を覚えていて今回の話を持ち掛けられたのさ」

 

 エレミヤは、肩をすくめて紅茶を一口飲み唇を湿らせた後、口を開いた。

 

 「レッド…」

 

 「待て、待て待て。それを言う前に俺は俺で確認をしておきたことがある」

 

 ランザがエレミヤの会話を切り、こちらに視線を向ける。

 

 「クーラ、違法に国境越ができるルートに心当たりは?」

 

 「あると言えば、ある。でもあまり期待はしない方がいいかも」

 

 「というと?」

 

 「現状、国境にはリスムから出ようとする人達が集まり、それが追い返されているということでしょう?でさ、そういう大部分の人達の中には諦めきらない人もいる訳だ。みんながみんな素直に帰るならいいけど、普段よりそういうルートを使う人も増えているし、そのせいで何時もより警備が厳しくなっている可能性がある。あくまで可能性だけどね。自分は、専用のルートがあるけど慣れてない人にはおススメできない道だしね」

 

 「難しいか?」

 

 「ランザがやるというなら、全力で案内するよ。でも、自分は反対の立場かな」

 

 自分が使う道は断崖絶壁の難所をいくつか通ることになる。ランザがいかに身体を鍛えていようと、半獣の天性による能力を越えるにはそれ専用の訓練が必要になるだろう。そんなゆっくりと事を構える暇は、ないというのに。

 

 「足手まといには、なりたくないな」

 

 「でもさ、帝国に踏み入ることは急務じゃないんじゃないかな。エンパス教が気になるにしても、ランザの目的とは外れる訳だし、災害対策室から逃れるのに一度連合王国側に行く方が良いんじゃないかな」

 

 「……確かにそれは言える。だが災害対策室に目をつけられた直後連合王国に入るのはやましいことがあるから逃亡しますと言っているようなものだ。今後、帝国には入ることすら命取りになるだろう。そうであるならば、見せかけだけでもなにも知らないという態度で一度帝国に入りエンパス教の調べをつけた方が逆に安全だと考える。それにもし次の人妖が、帝国領土に出た際指を加えて見ていることしかできないのは堪えるものがあるしな」

 

 ランザは、苦い顔で話していた。彼の行動指針の大きな目的である人妖狩り。

 

 人妖が出るところには、悲劇が待ち受けている。自分の娘が行った災厄を放ってはおけない。その考えはもう、脅迫概念に近いのかもしれない。

 

 「リスクを許容してそれでも行くなら、当然自分もついていくよ」

 

 「悪いな。……エレミヤ、話しの腰を折って悪かった」

 

 「良いコンビだね。まったく、焼いちゃうなぁ」

 

 エレミヤがクスクスと笑い、さて…と足を組みなおした。

 

 「レッドアイの改良品が、帝国に流れハーウェンの巨大な資金源になっているようなの。レガリアも違法薬物のルートをおさえ帝国の治安組織にぶちまけようとしているけど、うまくいってないみたいなんだ。このままではハーウェンはどんどん力をつけていくし、なによりレガリアの頭領ガルデは薬物嫌いだ。なんとしても叩き潰したく考えている」

 

 「そのルートを探れと?」

 

 「探って、治安組織にでも災害対策室にでもぶちまけろってさ。期待はしていないみたいだけど、それでもランザ君には災害対策室というあまりありがたくはないとはいえ特殊な組織と縁ができた。ひょっとしたらその特殊な縁から情報を…なんて考えているのかも。引き受けてくれるなら、偽装の身分証明書と入国の為の準備を引き受けてくれるそうだけど…どうする?」

 

 ランザはしばらく無言で考えてから、口を開いた。

 

 「確約はできない、それでも良いならと伝えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中にある窪地にて身体を休める。ここから先は、断崖を渡る為の獣道ですらない道なき道だ。

 

 自分が判断するならば、迷わず連合王国に逃げ出し帝国の影響がほとんどないところでほとぼりが冷めるまで潜伏して過ごすことに専念する。しかし、ランザはその逆を選んだ。テンが生きている限り、座して待つことなどできないのだろう。

 

 「さて…と」

 

 難所に挑む前に。周囲の気配を探る。人も獣も近くにはいない、問題はない。

 

 マントの下からぶら下げていた散弾銃を手にとり、一応中身に弾丸が込められていないことを確認してから脇におく。

 

 背中に背負った布袋から、ランザの戦闘用外套を取り出した。

 

 軽量で動きを阻害しないが、頑丈で自動修復機能までついている高級品。中古とはいえ売ればかなりの値段になるだろう。そんなことは、しないが。

 

 よく洗われており普通は匂わないだろうが、自分の鼻にはランザの臭いがこびりついているように感じる。汗や血を吸い続けた、修羅場を潜り抜けて来た衣服。

 

 「ッ…スー……はぁああああ」

 

 ランザは基本的に同衾を禁止している。まあ向こうとしては、当たり前の話だ。年齢の差も勿論のこと、罪悪感に漬け込んで行動を共にしているのだ。そりゃあまあ、そうなるとは思う。

 

 毎度毎度こっそりと忍び込んではいるが、気づかれてしまうと追い出される為密着はできない。だから精々、近くで添い寝するくらいが関の山だ。

 

 「確かに検問を通るには、怪しい物はいっさい持ち込んだらいけないってのは分かるけどさぁ。こんな臭いがついたものを預けるなんて…信用…し過ぎじゃないかなぁ」

 

 モスコーで抱き着いた時に胸板で嗅いだじかの臭いには劣るが、それでも最高だ。共にテンを追う仲間が裏でこんなことをしているなんて知ったら、ランザはどんな軽蔑の視線を向けて来るだろうか。想像するだけで、口元からよだれが垂れそうになった。

 

 「どんな顔かなぁ、どんな視線なんだろう。例えば…」

 

 ランザが何時も使っている散弾銃を引き寄せる。大抵の敵の装甲を破壊し、一撃で絶命してしまう威力を持つ凶器。銃口を、額にあてる。ヒンヤリとした感触。

 

 ランザはそんなことはしないだろうが、全てを知って嫌悪のままこれを頭に押し付けられたらどうだろうか。もしくは、口の中だろうか。興奮で唾液をたっぷりと含ませた銃口の先端をくわえる。舌先で鉄の味を感じながら散弾銃を抱きしめる。このまま彼は引き金を引くだろうか。引いたら、その後無残な死体になった自分を見てどう思う?

 

 その時の自分は、テンに仕込まれたものが暴走かなにかをしてしまい人妖に成り果てた時だろうか。子供を殺すことに気悲観と嫌悪感がある彼のことだ、殺害じたいは迷いなく行動を終えるだろうが。自分を始末した後、きっとランザは自己嫌悪に陥るだろう。

 

 ……こればかりは、何時もランザの大部分をしめる復讐という殺意を向けられているテンが羨ましくも感じる。だからこそ、彼女を殺した後にぽっかりと開く穴を埋めるという付け入る隙ができる訳だが。

 

 ああもう、それを考えれば自分が人妖になる訳にはいかないじゃないか。でもシチュエーションを妄想するだけでうずいてしまう。

 

 銃口から口を離し、下から先端に向け舌を這わせる。よく磨き、メンテナンス終了時に指で軽くこすり状態を見ていたあとを舌先で舐める。もっともよく触られているだろう引き金の味も当然確認する。本当は指をしゃぶりたい、そしてあの視線で見下してほしいのだが、それを考えるこれでも我慢している方だ。

 

 でも今はもう我慢できない、危険だろうけど弾丸をこめてしまう。リスクが高まるが、興奮に火を注ぐ要素を止められない。

 

 再度銃口をしゃぶりながら、留め金を外し服を脱ぎ捨てていく。産まれたままの姿になり外気に火照る肌がさらされるが、誰もいないので問題はない。彼の戦闘用外套に袖を通し、ぶかぶかな服で身体全体を包む。全身を彼の臭いが包む、これはもうなんというか言語化できない。麻薬だ麻薬。

 

 「あ…ダメだこれ。ダメになるやつだぁ…こんなの覚えて我慢できなくなるじゃん。……やめないと、でも……ああもう少し…あ……もう少しなんて少しで我慢できる訳ないじゃん。それに…これだけは…やらないと」

 

 片腕だけはあえて袖を通さない。長い袖に輪をつくり、首に一周させ目を閉じる。

 

 暗闇の中で、目の前にいるのは、ランザだ。

 

 テンを殺害し、ジークリンデは…まあなんとかし。復習が終わり生きる理由を失い空虚になったランザ。

 

 そんな彼を献身的に支える。そのころには身体的にも成長し、一女として、一匹のメスとして彼にずっと寄り添う。

 

 彼が安定したところで、自分の今までの行いと心情を全て暴露する。気持ち悪がられるだろう、嫌悪感で吐きそうになるだろう。だって自分は、貴方の心の闇に漬け込んだ悪い雌猫なのだから。

 

 でももう離れることはできない。それだけ根強く自分は依存されている。そういう状況を作りあげる。

 

 嫌悪を乗せたあの目で見てほしい、罵倒してほしい、暴力がほしい、でも依存から離脱できない自己嫌悪も抱えてくれれば最高だ。

 

 「うん、良いよ…して…悪い猫にお仕置きしよ?」

 

 袖を、絞る。首に布地が食い込み呼吸器をあっぱく。首筋から香り立つ彼の香りに頭が飛びそうになった。

 

 絞殺。レントの呪縛から逃れる程の、負の衝撃。こうしてほしくて、ほしくて、たまらないのに傍にいることしかできないじれったさ。

 

 やはり夢なんかじゃ足りない。この味を覚えてしまったら、もうそれで満足ができる気がしない。

 

 身体によりかかっていた散弾銃が倒れた。無意識に股の間に挟み込み、膝を折り曲げて銃器を拘束する。

 

 「ラ…ンザ……ラン…ザァ」

 

 ボロボロにされた身体にまたがられ、首をしめられる。或いは性欲を向けられながら、苦しめられる。彼のものなら、嫌悪はない。レントに心酔していた時ですら、逢瀬には拒否感を抱いていたがそれ以上の世界を知ってしまったことで、価値観が崩壊してしまった。

 

 そして崩壊した先には、とてつもない世界が広がっていた。この背徳的で救いようのない業に首まで浸ることが、今の自分にはとてつもない甘美な居心地だ。このまま溺れて死んでしまいたい。

 

 いったい誰がこんな業を肯定してくれるというのであろうか。いや、誰もしなくていい。ジークリンデやテンさえも理解しなくて良い。これは自分だけの世界なのだから。

 

 ダメだ、死ぬ。いやもう少しだけ…もう少し…死ぬ…もっと……死ぬ…し……っ…

 

 「…っ…くはあああ!」

 

 酸欠が解消されて。肺が空気をむさぼる。外套を着たままへたりを倒れこみ、しばらく上を見ながら酔いつぶれたかのように呆然としていた。流れる汗が、外套の内側に染み込んでいく。……バレないかな、これ。

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 ……………あ…何時までもこうしていてはいけない。いくら時間があるとはいえ、もしかしたらもう検問を通っている頃かも…。

 

 外套を脱いで、自分の服を着こむ。脱いだ時、下腹部の当たる布地に湿り気を感じた。もしかしたら、気づかないうちに粗相でもしてしまっただろうか。まずい、どこかで洗っておかないと。銃口や引き金もしっかりとふいておかないと。

 

 本当は外套をこっそり衣服の上から羽織るだけにしようと思ったのに、興がのってやりすぎてしまった。

 

 いやでも、娼館に泊まっていた時はランザの我儘で別部屋にて寝泊まりすることになったし、あろうことか鍵をかけていたのでキーピックをしたり窓から忍び込むしかなかった。長々いたらバレるし、朝までには戻らないといけないしで普段のように近くで夜をあけることすらできなかったんだ。

 

 我慢できなくなってこんな行為にはしるのもしかたないことだ。

 

 しかし、本当に、こんな変態プレイにはまってしまって今度から添い寝で我慢できるのだろうか。

 

 幾分冷静になった頭で、そこにだけは一抹の不安を感じざるえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なあ」

 

 「なに?」

 

 「俺の外套、なんだか湿っているがなにかあったか?」

 

 「ごめんなさい、水たまりに一度落としてしまって」

 

 この言い訳の為に、いれていた布袋も水に湿らせて絞っておいた、ぬかりはない。

 

 「謝らなくて良い。ちゃんと回収してくれたし、国境越の難所を荷物をもたせて通してくれたんだ、感謝しかないからな」

 

 気を許した相手には、疑いも欠片もないのか。そんなんだから、悪い猫にもつけこまれるんだよ、ランザ。

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