家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 数時間、時には途切れなく、時には間を置いてのキラービーの攻撃を回避し続けていた。額に汗は滲み、銃撃の精度も悪く、装填すらも弾丸を落とすなど覚束ない。肩で息をし、集中力が途切れる。

 

 暗闇から覗く影はほくそ笑んだ。さあもうすぐだ、もうすぐ終わりが訪れる。

 

 ついにその時が訪れた。二発の弾丸を外し、一匹をナイフで突き刺してしとめたもののもう一匹の針が奴の左腕をかすめた。傷をつけた瞬間、身体の位置の関係で命中した瞬間は見えなかったが、戦闘用の外套が破け血が溢れている。

 

 投げ剣を投擲し羽をむしり飛行を無力化したようだが、麻痺毒が効いたのかふらつくように身体を揺らし地面に倒れふした。時は来た、影は舌なめずりをして木のうえから飛び地面に着地する。

 

 使い慣れた直刀。彼からいただいた異国の暗殺者が使う刀剣をスラリと引き抜く。彼をクソガキ呼ばわりし、威圧した男なぞ許さない。

 

 この襲撃は、自分の提案だった。彼は二つ返事で頷いた。『よく気づいてくれたね。彼は今まで見たことのない程の悪人だ。あの目はそういう濁り方をしている。ボクの邪魔になると気づいてくれたんだね。任せて良いかな?ボクの剣』そう言い彼は、頭を撫でてくれた。それだけでポカポカし、気持ちが高揚する。

 

 公認商売人による許可を得た奴隷売買。法により地下で行われる違法なオークションよりもマシではあるが、あくまで奴隷は奴隷。自分を助けだしてくれたレントには、命をもって恩を返すと決めていた。なんならこの身体を差し出して添い遂げたい。

 

 今回の仕事が上手くいけば、また頭を撫でてくれるだろうか。にやつきそうな表情筋をなんとか抑え、痺れで身体が上手く動かないランザ=ランテに近づく。

 

 仰向けに倒れるランザに向け直刀を向ける。斬り刻んで苦しめて殺そうか、そう考えた瞬間、その場にいた者達の耳に虚空から声が響いた。

 

 『ほら、阿呆が釣れた』

 

 ハッとした瞬間、ランザが凄まじい勢いで起き上がり飛び掛かってきた。

 

 

 

 

 

 三日三晩睡眠をとらずほぼ飲まず食わずの逃避行。妖獣、怪獣、異形の化物。十六人チームでの探索者グループ、生き残りはたったの三人。羽虫が飛んで来るなか、たかだが一晩の攻防戦などで音をあげるものなど、その生き残りの中には存在はしない。

 

 「疲労し、隙を見せれば出てくると思った。」

 

 フードをかぶった小柄な刺客は、直刀でこちらのナイフの一撃を防ぐ。ナイフを押し返して横に一閃するが、速さはあるが軽い。ナイフで受け止めて前蹴りを繰り出す。刺客は腹部に蹴りを喰らい地面に転がった。

 

 腰付近、もぞもぞとなにかが動く感触。キラービーから攻撃を受けたと錯覚させることができたのは、実のところ極少の刃を生み出した連結刃が外套の裏側を通り服と皮膚を斬り付けたせいである。

 

 そして痺れて倒れる演技。これだけ用意周到に獲物を追い詰める準備をしていた相手ならば、殺す際は自分でトドメを刺したいと予想をし、痺れて倒れるふりをした。長時間の観察で、針から漏れる毒液が麻痺毒だというのは過去の知識から理解ができた故の演技だ。これが腐毒であれば、傷口から泡を吹き皮膚や肉が腐っていくような演出が必要なため、ひと手間演技をする面倒が増えたので厄介なことになっていただろう。

 

 「どこの誰か知らんが、生憎殺しは好かないタチでな。だから死ぬほどひどいめに合わせる、覚悟しろ」

 

 四つん這いに崩れ、口内から血と唾液を吐きだす相手の直刀を手首ごと蹴り武装解除をさせる。慌てて武器を回収しようと動いたようだが、それは不正解だ。胸倉をつかんで持ち上げる。腹部を再度殴打。連続で拳をねじ込んだ後、顔に頭突きを叩きこむ。大きく持ち上げ、地面に身体を叩きつけるように投げ飛ばした。

 

 過剰防衛。そういう法律があるのを聞いたことはあるが、それはただの一国。アステリア同盟での話である。帝国法であっても、リスム自治州法であっても、その他すべての国であっても、襲撃者に対する苛烈な攻撃を禁止している国はないのだ。「いきなり襲いかかってきた強盗は、できれば生きて連れてきてくださいね。あっ死んでても別にいいですよ」が一般人と司法のやりとりにおいて当たり前なのだ。

 

 だからといって、私刑をしても良いという訳ではない。やむをえずの抵抗のうえこうなったという状況が重要だ。自己防衛が激しすぎて犯人を殺してしまいました、私刑ではないです。という状況に対して法解釈は裁判所を中心にあちこちで論争の議題になってはいるが、それはまた別の話である。

 

 大切なのはうっかり殺してしまわないことだ。注意をして痛めつけなければならない。脅しもたっぷりとのせて。

 

 「これからお前の面を拝む、そして覚えたら殴る。抵抗したら更に殴る。そのうえ歯を全てへし折る。良いな?」

 

 フードに手をかけてめくりあげる。衝撃、動機が激しくなり吐き気がこみ上げる。灰色が混ざった短い黒髪にあどけない顔、可愛らしい顔を赤く腫らし理解できない化物を見る顔でこちらを怯えた目で見ている。これは、こいつは。

 

 「ガ…キ?」

 

 吐き気が込み上げる。胃袋が激しく動き、吐き気と嫌悪感で思わず口を押えてしまった。それを隙と見た少女をこちらの腹部を蹴り上げ、拘束を逃れ直刀を回収する。蹴りの衝撃はたいしたことない、だが動揺の隙をつかれたことで取り逃がしてしまった。

 

 「なんだ、なんだなんなんだお前のその目は!化物、化物め!」

 

 少女の高い声での罵倒。ガチガチと顎を鳴らし、表情が強張っている。お守り代わりのように直刀を持ち、距離をおくようにまっすぐこちらに向けていた。

 

 『はは!目か、化物の目だと!襲ってきたくせにひどい言いようだなぁ相棒!ほら呆けてる場合じゃないぞ!へっぴりごしだが殺意がある、心はまだ萎えていない。これは殺さなきゃかもなぁ!俺にやらせろよ、偶には出来損ないの血もいいものだからな。ははは!』

 

 出来損ないの血と聞いて、その姿と顔をよくよく凝視する。耳の上にピンと立つ猫の耳、腰から垂れる灰と黒の混ざる尻尾、闇夜に光る丸いネコ科の瞳。

 

 テンのような、人妖と違い産まれながらの半獣。祖先が禁忌をおこし、稀に先祖返りをおこすという半獣という存在は、この大陸のほとんどにおいては差別の対象とされていた。こうして見るのは、初めての経験だ。今は関係ないが。

 

 『さあ殺すぞ。殺さなきゃ殺されるぞ相棒!ガキの命一つだ、俺を使い派手に散らしてやれ!』

 

 五月蠅い黙れ、黙ってくれ。とにかく今は、なんとかこれ以上無駄な傷をつけさせないように無力化を。

 

 羽音。少女の背後から真っ直ぐキラービーが飛んで来る。少女が呼んだ?いや違う、あの攻撃方向は。

 

 「死ねえええええええ!」

 

 少女が駆け出す、直刀をナイフではじき返し大きく体勢を崩させて無力化するのは、今はできない。直刀の軌道をナイフで弾いて足に突き刺させる。身体を抱きかかえ、無理矢理右に位置を動かす。無防備な背中を狙うキラービーの針が、庇う左腕に突き刺さる。刺し傷と同時に焼け付くような痛みと立ち上がる煙。これは腐毒か!

 

 「っ…あああああ!」

 

 ナイフでキラービーを刺し殺し、少女を突き飛ばす。直刀を引き抜き、左腕に添え肉と血を切り落とす、死ぬほど痛いが毒が回る前に処理をしなければ腕をなくすことになる。

 

 「おまえっ…なにして」

 

 「馬鹿野郎油断するな!」

 

 突き飛ばした少女の背後にもキラービーが迫るのが見えた。足から抜いた直刀で斬り伏せる。毒を排除しきれていないのか、ズクズクと外傷以外にも未経験の痛みが身体の内部に浸食してくるようだ。

 

 庇われたことにも、今自分が助られたことにも、支配していたキラービーが襲って意に反して襲ってきたことにも、少女は理解が及ばず呆然としていた。それもそのはずだ、蜂達は少女の使役術、テイムにより縛られていた。彼に加護によりもらったその術で。自分を庇う男と、キラービーの反乱に二つの疑問とある違和感に少女は混乱しきっていた。

 

 『お優しいこって』

 

 舌打ち交じりの悪竜の声が聞こえた。子供を、殺したくなかった。痛めつけたくはなかった。脳裏によぎるのは、頭を割られた赤ん坊と妻の死体、そして衝動的に撃っていまい、血の華をさかせながら飛んだまだ人間だったテン。

 

 優しくなんかない。その光景が脳裏に点滅するように浮かびその度に拒否反応がでてしまう。それがたまらなく気持ちが悪い。最低で最悪だ。

 

 「なにをしたの?」

 

 あどけない、場に似つかわしくない幼い女の子の声、少女と同時に声の咆哮を見る。

 

 「あたしの家族になにをしたのーーーーっ!』

 

 幼い子供が異形に変貌していく。身体を作り上げ巨大化し、虹色にきらめく八枚の羽と、波状槌のように巨大な針にその周辺に生えた八つの棘。そのいずれからも毒を漏らし、地面の草を腐らせていた。

 

 最悪だ最悪だ最悪だ!なにがキラービーだ、クイーンビーだ!こいつも人妖、しかも子供が変異した人妖じゃないか!

 

 森がざわめく、幾百か幾千か。少女が使役したよりもはるかに多い数のキラービーが森のあちこちから姿を現し、襲いかかってきた。逃がさないとばかりに、逃がす訳にはいかないとばかりに。

 

 「ひっ…やっ!」

 

 「伏せていろ!命の保証は…できんぞ!」

 

 命の危機に少女は委縮したが、ランザの声を聞いてはっとこちらを見上げて来る。その傷では無茶だと言おうとしたが、ある変化に気づき言葉が止まる。彼が掴むボロボロの鉄錆が浮き出た、質屋で二束三文以下で投げ売りされていそうな剣が、禍々しい血菅に繋がれた連結した刃を持つなにかに変化をしていた。

 

 「お前は…」

 

 連結刃が振るわれる。先端が枝分かれをし更に大量の刃が出現し嵐の如く奔流がまとめてキラービーを薙ぎ払った。毒々しい体液が弾けて飛散し草木を汚染し、雨となり残骸と共に降り注ぐ。刃の暴風、圧倒的な破壊力を操りながらランザの顔は痛みとはまた違う感情で歪んでいた。

 

 「そんなに殺させたいか!」

 

 轟音と風が伏せる少女の真上を通り抜ける。スッと衣服に切れ込みが入り血が滲むような気がしたが、少女は目の前の光景、もっと言えばランザの顔から視線を離せないでいた。

 

 「そんなに死にたいか!」

 

 感情の吐露。それに呼応するように刃がうなり、風を切る音が歓喜の声になる。慟哭を楽しむように、悲観を嘲笑するように、それの報酬を払うよう、近づくことすら許さずにキラービー達は宙で爆散していく。

 

 「俺に子供を殺させたいのかぁぁあああああ!クソッタレがあああああああああ!」

 

 人妖は、殺さなければならない。例え変異元が幼子であっても、どんな過去を背負っていようともだ。望むとも望まぬとも、歪んだ形で変異をした者達とその周囲の末路は、悲惨かつ凄惨なものであった。ランザが見てきたものでも、グローが見せた報告書にも、平穏無事で終わった件などただの一件すらない。

 

 『やぁああああああめぇええええええろォォオオオオオオ!』

 

 人妖が動く。キラービーの大群などもはや一割以下、その半分まで嵐のような刃に呑まれ命を散らしていった。

 

 少女は見た、人妖をとらえた瞬間彼の目が途端に激情から零下のごとく冷え込むのを。少女には人妖の突撃は、弓矢から放たれた矢のように鋭く見えた。だがしかし、暴風は矢を掴みその羽をズタズタに引き裂く。身体は両断され、人の面影が残る顔がついた上半分の身体が地面に投げ出されさそこから更に刃が降り注ぎ斬り刻まれた。

 

 地面に投げ出された人妖の顔とその周辺の身体めがけ、飛び散る肉や甲殻が寄っていく。まるで身体を集め再生しようとしているように。

 

 禍々しい連結刃は、その時点で興味をなくしたようにバラバラに散った。コトンと地面に落ちたのは、錆が浮いた古臭い剣。ランザは直刀を持ちながら再生する肉体に近づき、馬乗りになる。

 

 直刀を突き立てる、突き立てる、突き立てる。耳を塞ぎたくなる人妖の、しかし幼子の悲鳴がこだます。両手で覆うように耳を塞ぎたくなるような衝動に少女はかられた。

 

 少女は目を閉じた、耳を閉じた、身体を丸くしふさぎこんだ。聞きたくない、これ以上は、こんな残酷なものは見たくはない。それからどれくらい経ったか、数分か数十分か。目を開けると、再生しようと蠢いていた人妖の肉片は停止をしていた。

 

 だが耳障りの悪い音と共に、ランザは未だ直刀を突き立て続けている。足からの出血に毒のせいで顔も土気色をしていたがそれでもやめる様子を見せない。

 

 「やめ…もうやめろ!」

 

 少女は叫んでいた。今なら暗器をつかい無防備な背中を襲えるとしても、叫んだ。そうせざるえなかった。この残酷な光景をこれ以上繰り広げさせてはいけないと衝動的に思った。

 

 「もう死んでいる!死んでいるからやめろ!」

 

 人妖が絶命した証として、バラバラの肉片や身体が人のそれに戻る。だがそれでも、死んでいると近づき叫んでも、ランザはやめない。口からはまるで呪詛のように、言葉が漏れるだけだった。

 

 「殺すんだ。そう決めた、人妖は殺す、子供だろうと殺す、そうじゃなければいけない、そうじゃなければならない、何時になったら死ぬ、死ぬ死ね死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 

 ゾクりときた。まるで背中に氷柱を突き入れられたような感覚。その壊れた目に、おぞましいなにかを感じた。そしてそれは、後に少女は気づくのだが、その瞳を見てある変異を心の奥底でもたらした。だが今は、止めなければこの男は死んでしまう。おかしな話だ、この男を殺しに来たというのに。今は死んでしまうことがとてつもなく怖い。

 

 「やめ…やめて!これ以上は貴方が死ぬから!死んじゃうから!」

 

 ランザは止まらない。やめてほしいという懇願も届かない。どうすれば良い。この男は命を取りにきた自分の命を二回救い、そしてそのうちの一回は自分の代わりに傷を受けその身に毒を打ち込まれた。早く止めなければ、取り返しのつかないことになる。

 

 「やめてください!お願いします…やめ…やめてぇ」

 

 背中に抱き着きながら静止を訴えるも止まらない。分からない、どうすれば良いのか分からない。誰か助けてほしい、だれか。

 

 「手間のかかる英雄様だぜ、本当によ」

 

 深く呆れ、それと同時に慈しむような声。急に出現した気配に顔を向けると、そこには褐色で全裸の女性が立っていた。

 

 悪竜ジークリンデは、驚く程加減をしながら繊細に、一部の狂いも許さずランザの意識だけを刈り取る為に手刀を繰り出した。昏倒し倒れるランザの頭を抱え、ゆっくりと地面に落として寝かせやった。

 

 「メス猫」

 

 「え…あっ」

 

 「本来なら俺が治療してやりたいが、森から西の方向に多数の気配を感じる。お前はこいつを担いでそこに走れ。俺の存在は誰にも話すな、そしてなによりもこの男を死なせるな。万が一のことがあったら…食い殺す」

 

 生物としての格の違い、本能が委縮し、ひゅいっ!というマヌケな返事をあげてしまう。ジークリンデが消えたと同時に、いつの間にか彼の腰にはただの剣としてぶら下がるように装着されていた。

 

 肩を持ち支え、西に向け歩きだす。体格のわりに男は軽い。いや血を流しすぎたのだ、これは毒のこともあり一秒でももう無駄にできない。

 

 「死なないで」

 

 一歩進む。

 

 「死なないで」

 

 祈るように、一歩。

 

 「死なないでください、お願いします」

 

 脅されていたが、それとはまた別に少女は強く祈った。頭をよぎるのは、狂気と憎悪と悲観で濁り絶望に汚れた、目。恐怖し畏怖し、そして強く惹かれてた。惹かれていたのだ、男を担ぎ歩くなか、死なないでほしいと祈ると同時に自覚した。

 

 願わくば、もう一度その目を見せてほしいと。

 

 グロー支部長と、その部隊が電灯や照明魔術を手に駆け付ける。安堵感に緊張の息が切れ、ランザを支部長に託したと同時に倒れ伏せた。瞼が重く、意識を手放す。その心の奥に、自分ではもはやどうしようもないなにかを埋め込まれてしまったことを自覚しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 岩山の上、眼下に広がる惨殺の跡を見下ろす影が一つ。東方の民族衣装を着こみ、豊満な胸と鎖骨を惜しみもなく露出し、愁いを帯びた表情で小さくため息を吐く。それは見るものを魅了するものであり、芸術家達がこぞって自分の絵のモデルにと頭を垂れる程の美しさであった。

 

 しかし、女性は、テンは、苛立っていた。余計なことをしてくれたものだと、心中で再度深いため息をつく。

 

 「やあ、良い夜だね」

 

 「風情ある月も美しい景色も見えない場に良い夜とは、言葉を考え無しに話す人なのでしょうか?」

 

 「君と出会えたから良い夜さ、ボクにはね」

 

 歯が浮くようなセリフに嫌悪感を覚える。扇を取り出し口元を隠し、声の方に顔を向ける。

 

 金髪の男、ええと確か、お父様の活動を見ていたらレントとか名乗っていただろうか。いかにも自分が優れた存在であると誇示するような、隠しても隠しきれない傲慢さが爽やかな笑顔から漏れ出している。正直関わりたい人間ではない、価値という意味で言えば皆無…いや害悪だ。

 

 「君は人妖なんだろう?おおっと人妖なんて言葉は無理解な連中が勝手に名付けただけの名詞だなんて分かっているよ」

 

 「……」

 

 「君には君の名前があるだろう?ボクは人妖だからといって君達を差別しない、区別もしない。きっと悲しい行き違いがあったんだ。君みたいな可愛い子が、あいつらが語っているような存在だとはどうしても思えないんだ」

 

 「………」

 

 「ボクらに必要なのは相互理解、そうだろう?手始めにボクのことを知ってほしいんだ、ボクも君のことを知りたい。そうしてお互い理解し信頼し、家族になっていこう。血の繋がらなくても信頼しあえる家族に、ボクはそう…」

 

 ぶしゅ…という音が響く。扇を振るうと共に、鮮やかな蒼と月色の色彩が描かれた絵が現れ、それが巨大な壁になり噴き出る血液が身体に届くのを阻害した。

 

 「その大層なお言葉、一物がとれても同じものが言えますか?」

 

 地面に転がるのは、ズボンの一部と下着の残骸、そして睾丸と怒張した男性器が血だまりに浮いていた。

 

 人妖になり手に入れた豊富な魔力、東方風には妖力という。とりわけテンは書物で読み語感が気に入った妖力という言葉を好みそう呼んでいた。ともかく妖力を実体化させ獣の爪にかえ、レントの下腹部を斬り裂いた。

 

 怒張した男性器から分かるように、この男は発情していた。中身のない薄い台詞を一皮剥けば、出てきたのは性欲と下卑た情欲。

 

 「あっ…うわああああああああ!」

 

 「五月蠅い」

 

 獣の爪が四肢を引き裂き、胴体を八つ裂きにし、首を飛ばす。ただでさえ不機嫌なのに、不快な言葉を聞かされ、不潔なものを見せられて生かしておく道理はない。肉と内臓の塊になり、レントだったものはぐちゃりと岩肌に張りつく肉塊となった。

 

 「あの妖蜂は、まだ調整中の個体でしたのに、まだお父様に会わせるつもりはなかったというのに、貴方のせいで台無しです。ああお父様、申し訳ありません。不出来な娘のせいであんな出来損ないのお相手をさせてしまうなんてっ…でも」

 

 嘆くようにテンはあえぎ、悲観の声をあげる。あくまでも自分本位の嘆きではあるが、テンは本気で悲しみに囚われ、そしてにんまりと笑顔を見せた。

 

 「お父様のあの表情、瞳、感情。ああ…ああ!結果論ではあるものの一体試練を犠牲にしてでも見た甲斐があったというもの!テンは幸せです!幸せですお父様!あの顔が、目が、感情が何時か私の為だけに向けられると思うと…それだけ果ててしまいそうです!…だから」

 

 そういえば、昔お父様は何時か猫を飼いたいといっていた。家具職人として一人前になったら、家族を一匹新しくいれようと。私としては反対だった、たかが畜生とはいえお父様を分け合うには我慢が必要だ。ともすれば、かわいそうなことに、猫を殺してしまいかねない。だが今は。

 

 「ぺットの一匹くらい、許してあげるべきでしょうか。でももう蜥蜴を飼われているのですが…いえいえ、今日の私は寛大ですからね。役立つ猫なら、目を瞑りましょうか」

 

 フフフと笑い頬に手をあてる。お父様は喜ぶだろうかと、半月を横にした笑みを浮かべて。

 

 もうここには用がないと、立ち去ろうとした際妙な気配。ああ成程、そういうことか。

 

 「アバズレの女神め、信仰心が枯渇しそうだからと手駒を送り込んだのですか。でもこの程度の作品であるならば、その神格ももはやたかがしれていますね」

 

 テンの色素が徐々に薄れ、消滅する。侮蔑と軽蔑の視線を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 レント=キリュウイン。いや鬼龍院蓮人は目を覚ます。

 

 バラバラだった身体はすっかり再生をしており、少しだけ頭はボウッとするがすぐに意識が鮮明になった。そして記憶を脳内で再生し、すぐに歓喜に打ち震える。

 

 見つけた、ボクの理想。ボクの寵愛にたるべきヒロインが。

 

 ボクは神に選ばれた。多彩なスキルを得た。常人より遥かに超える身体能力を得た。女達もそんなボクを敬い、少し心を許したふりをして甘い言葉を囁き、戦闘で仲間思いで理想に燃える主人公を演じることで簡単に股を開かせた。まったく頭の緩い女達だ。抱くには飽きないし、利用価値があるうちはそばにおくけど。

 

 ああでもあのノラ猫は人が怖いとすぐには抱けなかったな、時間の問題だろうけどさ。いやそんなことよりも、真にボクの心を震わせる存在に出会えたのだ。

 

 凛とした表情、豊かな胸、ひきしまった身体。そしてあの超常の力。バラバラに引き裂かれたことなど既に些事だ。一目惚れとはこのことか。

 

 あれがメインヒロインなら、必ず攻略法がある筈だ。まずはあのお父さんこと、ランザ=ランテを調べるところからかな。お父様か、まったく忌々しい。あの不吉で気味の悪い目を持つ男は、用が済んだら殺してやる。

 

 ああ、それにしても…自慰がしたくなったのは久しぶりだ。今はあの顔を思い出して浸るとしよう。男は何時までも、薄ら笑いを浮かべていた。

 

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