家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
1
血、斧、肉、死体。流れるような映像を拒否するように、脳が緊急覚醒する。
声にならない悲鳴をあげながら飛び起き、薄い掛け布団の下にあった両手を確認する。
猟銃を握る感覚、射撃時の衝撃、硝煙の臭い。生々しく手のひらに残っている感触に、思わず嫌な汗が流れ落ちる。
木窓の隙間から、陽光が室内に入り込んできた。片手で窓を押し開けると、眩しい程の晴天が近くの山を照らし濃い緑を輝かせている。少し水滴でぬれた草花、昨夜は雨だったことを思い出すが今日はよく晴れたようだ。
しばらく呆然と外を見ていたが、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえた。
なんだか、えらく久しぶりに泣き声を耳にしたような気がする。夜泣きに悩まされることも多い毎日、そんなことはない筈なのだが。奇妙な話しであるが、この違和感の落としどころを探すより、アリアの手助けにいった方が良いだろう。
「ど、どうしましょう。上手く泣き止んでくれませんアリアさん」
「あやす時は、根気が必要。お腹が減ったとか、お尻に違和感があるとかなら対応しやすいけど、意味もなく泣き出すこともあるからね。そういう時は、とにかく安心させてあげること。必要なのはあやし続ける根性よ」
寝巻に包まれた赤ん坊を抱きながら、焦り顔を浮かべる少女。アリアはその無表情を少しだけ崩しながら少女の言葉に返事をしていたが、その光景に全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
血、斧、死体。視界と脳内を焼き尽くすようなフラッシュバックが襲い、鼻に血臭すら感じてしまう。
「ミーナに触るな!離れろ!」
大股で近づき、少女…テンから赤子を半ば強奪した。突然の行いに、驚愕するテンに、さらに大泣きするミーナ。さしものアリアも目を丸くしている。
「お前が!テン、お前がミーナを!アリア……を?」
血も、臓物がこびりつく斧も、二人の死体も存在しない。当然、漂う血臭もなくただ朝食の為に焼いたパンの香りのみが室内に漂っていた。
「あ…ご…ごめんなさいお父様。私が…ごめんなさい、本当に」
テンが、怖がりながら、目に涙を溜めながら家の玄関に後ずさる。その身体には猟銃で空いた風穴も、狐の耳も尻尾すらない。髪の毛も黒髪であり、着ている服も何時もの普段着だった。
「お水…汲んできます」
「お…おい」
玄関近くにあった桶を持ち、テンは家を飛び出していった。手を伸ばそうとしたが、ミーナを片手で抱いたままで、それがなにかを掴む訳でもなくただ空気を握りしめたままだった。
頭部に軽い衝撃、振り向くと険しい目をしたアリアが手刀を後頭部に打ち込んできていた。
「朝からなにをやっているの」
口を開けようとして、なにも言葉が出てこない。テンが、斧を持って…クソ。
夢を長時間覚えていることなどめったにない。急激に記憶が薄れてきているような感覚、なにかおぞましい、まるで現実でおきたかのような夢を見たような気がするのだが。
「馬鹿」
アリアが、呆然としている俺の手からミーナを取り上げた。なにもないところでよく転ぶし、包丁の使い方は危なっかしいし、なにより裁縫をしたら手に無数の穴が開くような不器用さであるのだがこと赤ん坊の扱いだけは得意であった。腕の中でミーナがどんどん落ち着いていくさまは流石、母親と言うべきだろうか。
「早く追いかけて、謝ってきなさい。もう寝惚けからは覚めたでしょう」
ジトっとした目で呆れたようなため息を吐き、顔を背ける。今更ながら、やらかしてしまったという感情が沸き上がってきた。
テンは、まだアリアに距離をおいていた。その二人が、ミーナというきっかけで打ち解けようとしていた時に、俺が全部をぶち壊してしまった。テンがミーナを抱いていた、ただの微笑ましい光景じゃないか。怖気がはしり、恐慌に身を任す必要がどこにあったのか。これは呆れられてもしょうがない。
「テンちゃんが一人で帰ったり、連れ戻さなかったら今日のご飯は一日抜きだから。さっさといってきなさい」
背中を押され、玄関の方に一歩進まされる。確かに今回は、百パーセントで俺に落ち度がある。寝惚けていたとはいえ、なんつーことをしてしまったんだ。
「ああ、ちょっと行ってくる」
外に出てから、テンの足跡を追う。村の中央まで行けば井戸があるが、朝の時間はなかなか込み合う為涙に腫らした目でいけば否応にも目立つだろう。注目を集めるのは、テンの好むところではない。
だとしたら、裏にある山での小川だろうか。小さな山道に、湧水がでるところがある。距離的にはそちらの方が近いが、そこに向かう為の道がこれがまあ坂道である為水を入れた桶を持っての往復は余計に疲れるのだ。そのため、村の者でもわざわざそこまで行くものは少ない。
行先にあたりをつけたため、駆け出す。どこからか猫の泣き声が聞こえた、海と山に挟まれた村とはいえ、基本的に猫は海でたむろしていることが多い為この付近では少し珍しい。
何故か首に痛みがはしり、足を止める。猫が少し気にはなったが、探している暇はない。家から離れるにつれ痛みは引いていった。
坂道を上り、裏山に入る。この山はある程度人の手が入った、里山に分類されるところであり熊や害獣の類はあまり奥から降りてくることはない。だが、いくら頭が良かろうと小さな女の子が山まで水を汲みにいくのはいくらなんでも不安が残る。
季節によっては、山菜やキノコを採りに村の者が踏み入り、猟の解禁日には猟銃を持ち山に入る者もいるが今はどちらのシーズンでもないので静かなものだった。
鳥のさえずりを聞きながら、湧水の溢れる場所まで向かう。
テンは、湧水の溢れる沢の近くに設置された古いベンチに腰を降ろしていた。子供の手には大きい水桶を抱えながら、コンコンとあふれ出る水をジッと眺めている。
一気に坂道を上がってきたため、少し息があがっていた。呼吸を整えて、テンに近づく。
「隣、座るぞ」
後ろからかけらえた声に、細い方がビクッと反応した。怯えたような顔が罪悪感をより深く抉るが、すぐに身体を横に移動させ俺の座る場所を確保してくれた。
「テン」「お父様」
同タイミングで、互いに声をかけてしまう。先に話させようとも思ったが、テンが押し黙ってしまったので俺の方からここに来た理由を切り出すことにする。
「さっきは、悪かった。言い訳だが嫌な夢を見てな、平常じゃなかった。本当にすまない」
「嫌な夢ですか?」
テンが水桶を、足元に置いた。こちらの方に顔を向け、まっすぐと瞳を向けて来る。
「差し支えなければ」
「ん?」
「どんな夢なのか、教えてくれればと」
息が少し、詰まってしまった。話すのもおぞましい内容だからだ。今でも完全には忘れていないが、言うべきか言わないべきか、悩んでしまう。
だがテンの方は、父がいきなり怒鳴りながら赤ん坊を取り上げる理由を知りたい筈だ。疑問はとことんと突き詰めるのが、彼女の性格だからだ。
「理由を話してくれなければ、私は納得できませんし許すことも難しいです」
こちらが押し黙っている様子を見て、テンが視線をそらし沢の方を見た。こうなれば、話すしかないだろうか。
「お前がな」
「……はい」
「お前が斧で、ミーナとアリアを殺す夢だ。俺はそれを見て、咄嗟に猟銃でお前を殺した。その後もいろいろあった気がしたが、そこはもう正直覚えていない。……馬鹿な話だろ、なんつー夢見てんだってな」
テンが、唇に手を覆うように動かし考え事を始めた。しばらくの沈黙が流れ、恐る恐るといった様子で声をかける。
「あってはならないことです」
「そうだな」
「お父様が正直に話してくれたので、私も正直に話します。夢の私はあってはならない凶行にはしったようです。ですが、私には夢の私に対して少しだけ共感するところがあります」
え?と間抜けな声をあげてしまった。テンの表情は、少し険しくなっており沢を睨みつけるように、まるでこちらに顔向けできないと言うように目の前を睨み続けている。
「アリアさんとお父様が結婚され、家庭内は賑やかになりました。しかし、そんな家庭を支える為お父様は仕事に今まで以上に精をだし、家に帰れば二人にかかりきりです。親にかまってもらえない寂しさが、ここまで心を抉るものとは思いませんでした」
かまってもらえない、寂しさ。
テンの年齢はあやふやではあるが、同年代だと思わしき子達と比べるとその精神性は成熟している。ある程度目を離していても大丈夫、そう思い確かにここ最近は、忙しさも同時に盾にしてテンと接する機会を意図的に減らしていた。
だがいくら成熟していいようが、まだテンだって小さな、それこそ甘えたがりの年齢であるのは変わらない。俺自身、親には何時もビクビクしながら過ごしていた為それを失念していた。無意識に、喉を撫でる。殴ろうとする動作をする父もそうだが、憎悪の視線を向けながら首を絞めてくる母親も忘れられない。
何故、あの後助かったのか。死んだと勘違いして中途半端で母親が消えたのか、それとも誰かが助けてくれたのか、それすらも覚えていないがあの眼だけは、何時までも忘れられないと思う。
「もしかしたらの仮定ですが、夢の中の私はそんな毎日についに耐えきれなくなったのかもしれません。私はお父様を、慕っております。ですが、いくらあがこうと血の繋がりを持つことはできません。コンプレックス抱えるには充分、養子よりも実の妻子を愛するのは当たり前の話ですからね」
テンの冷静な、分析に俺は言葉をだせないでいた。個人的には二人を天秤にかけたつもりはなかったが、小さな子には十分優遇と不遇を感じるのだろう。
そして、未だにテンはアリアをさん付けで、他人行儀に接している。アリアとミーナは、甘えたくても甘えられない環境を作り出した相手として、もしかしたら見ているのかもしれない。
いずれにせよ、俺の落ち度だ。今朝のあれだって、テンの方から二人への歩み寄りだったのかもしれないのに、ぶち壊しにしてしまった。
「テン」
「はい、お父様」
「説得力はあまりないかもしれないが、俺はお前とミーナを比べたことなんて一度もない。ただ、よくできたミーナの姉として、お前に対して目を向けていなかったのは事実だ。朝のことと合わせて、それも謝る。だけどな」
テンの頭を、撫でる。どことも知らない他国の船、その残骸に捕まり命からがら生き延びた、実の両親を除けば俺の最初の家族。
引き寄せて、軽く抱きしめる。こういうことをしてやるのも、久しぶりだったな。
「お前は、俺の最初のかけがえない人なんだ。家族っていうのを、教えてくれた存在だ。だから、どうか愛に優先順位をつけているなんて思わないでくれ。そう思われても仕方なかったかもしれないが、そんな事実は絶対にないんだから」
テンはしばらくそのままでいたが、そのうち声を押し殺して泣き始めた。
彼女の過去は聞かない、ふれないようにしていた。それが最適解かどうかは分からないが、新しい思い出を沢山作って、それを押しつぶしてしまえば良いと俺は考えていたからだ。だがそれがこの体たらくとは、情けない話だ。
しばらく沢の音を聞きながら、テンに胸を貸していた。どれくらい経ったかは分からないが、顔を離して涙を拭う。
「お父様」
「おう」
「私は、まだお父様を許さないで良いでしょうか?」
ぐう…と思わず口から洩れてしまった。それを見てテンは、クスクスと笑い始める。
「私はまだ、愛情が足りません、不足しています。ですので今日は一日、今から寝るまで私につきっきりでいてください。それで私が満足できたら、合格点と共に許しを与えましょう」
椅子から降りて、沢の水を水桶にいれる。それなりに重量があるそれを、こちらの方に差し出しながらにこりと笑ってきた。
「まずは、私の代わりにこの重い水桶を持ってもらいましょうか。それから村を散歩して、浜辺を歩いて、お昼を食べて。午後になったら街までおもむき、読書にでも付き合ってもらいましょうか。その間、嫌な顔一つしたら私は許しませんよ」
「そーだな。許してもらえるよう、今日のミーナはアリアに任せきりにするか」
水桶を受け取り、両手で支える。腕にテンの腕が絡みつき、しがみつかれた。このまま歩くつもりか、帰り道に顔を向ける。
「街で見て、やってみたかったんですよ」
「これはカップルとかでやるやつだぞ。それも若い連中の」
「良いじゃありませんか?私にもそのうち意中の人ができるのですから、その練習です」
意中の人、テンの恋人。少し脳裏によぎると、少なからず変な焦りが内心に産まれる。まだまだ先の話だと思いつつ、精神の成長が早い彼女のことだ、不意打ちのようなタイミングで男を連れて来たら、俺の心の準備はまだできていないだろう。
幸せの為に、素直にテンを送り出せるか。いやいやいや、揉める可能性が高く思える。ああクソ、思春期のクソったれ。
その日は一日、テンと過ごした。水を家の窯に移した後、彼女の希望にそうように村と海岸を散歩し、休養日の為誰もいない職場である家具工房にも顔をだしこっそりと中を案内してやる。
昼食は家で二人で作り、午後になったら街に出向き図書館や教会に赴いた。いろいろなリクエストを聞きながらあちこちを回り、久しぶりに年相応にはしゃぐテンを見たことで俺の認識が間違っていたことを改めて感じる。
まだまだこの子も、子供なんだ。俺の時のような、怖い思いや寂しい思いをさせる訳にはいかない。そう、決意を新たに抱くことができた一日だった。
「たっ…!」
アリアと共に居間にいた時、寝室から声が聞こえた。
俺が家族全体に気を回すことで、ミーナに何時も気を使っていた頃より家族は上手くまわっていた。
テンはあれから、自主的にアリアと打ち解けるように努力をしているようであり、アリアの方もテンに懐かれていないことを気にしていたのでそれに良く応じ、今ではミーナの育児もテンが手伝うようになっていた。
仕事帰り、夕食の準備をしていてくれたアリアがテーブルにいろいろ持ってこようとするが、鍋を持つときプルプルと腕が震えたり足を何時ひっかけやしないかと不安になる。指に新しい布がまかれていた、料理中か裁縫中、また指を切ったのか。
そういえば挨拶の時、あちらのご両親。俺の義理の父と母になった人に「家事一つロクにできない娘だけど、本当にそれでいいのか」とものすごい勢いで言われたものだ。母の方にいたっては、貰い手ができて本当に良かったとあいさつの時点で涙ぐまれていた。
「料理くらいできるし…」と不満そうにアリアは呟いていたが、包丁の背を素材にあてて刃を上にして、もう片手の指を素材ではなく包丁に添えるやつの言い分をご両親、特に母親が信用できるわけがないだろう。
でもアリアは、自分の不器用さを言い訳にはしない。何事も挑戦するし、知り合って、顔なじみになってからはテンに対する相談によくのってくれた。美人だが愛想がないとよく言われているが、彼女は情が深い人間だ。そんなところを、俺は好きになっていた。
そしてただの美形というだけではなく、初対面で鼻からボタボタと血を流しながらすまし顔をしていた妙なギャップにときめいてしまったのは、墓まで持っていく秘密だが。
人よりも時間をかけて、料理がテーブルに並ぶころに寝室からテンの悲鳴のような声。
二人で顔を見合わせ、慌てて寝室に顔をだす。
俺が作った赤ん坊用の寝台に、ミーナが手を掴んで立ち上がっていた。物凄く足がプルプルと震えているが、赤ん坊とは思えない気合と根性で姿勢を維持している。
「たたたたたた、お、お父様お母さま!ミーナが、たたたた」
何時ものテンが、崩壊していた。それだけに目の前の光景に興奮しているのだろう。
「おい大丈夫か!?転ばないか!?頑張れるか!?頑張れミーナ!」
「落ち着いて、貴方。転んでも良いようにすぐ近くに布とかしいた方が」
足が崩れ、手が離れ、ミーナが尻もちをつく。きょとんとしていた顔をするが、すぐに顔が痛みに歪み大きな泣き声をあげた。
すぐにテンが抱きかかえ、あやしながらアリアに渡す。
不思議なことではあるが、アリアは赤ん坊を抱っこしている間は絶対に転ばない。背中に背負いながらの買い物では、商人に変に言いくるめられて余計なものを買ったりなどもない。だからこそ、テンもすぐに自分よりも信頼がおけるアリアにミーナを渡す。
「成長、しているんだな」
「ええ、本当に」
あやされる赤ん坊を眺めながら、二人てミーナを見守る。
しかしまあ、あんな興奮したテンを見たのは産まれて初めてだったかもしれない。それなりの期間、一つ屋根の下で過ごしていたがまだ知らない顔もあったのだなと驚くものだ。
「しかし、まだ生後十ヵ月くらいだぞ。立ち上がるのってそんなに早いもんなのか」
「えっと、一年くらいが平均じゃないかって聞いたことあるけど。どうなんだろうね」
ハイハイは早い段階でしていたような気がするから、それだけ筋肉とかがついていたということだろうか。立ち上がったのは嬉しい反面、これからはさらに目が離せなくなるだろう。
だけど今は、家族全員が協力しあっている。テンもアリアと打ち解けることができ、つい最近お母様と呼ぶようになったうえ、ミーナを可愛がってくれている。
「良いもんだな」
これが、家族だ。俺が知らなかった、温もりだ。これを護り支え、慈しむことこそ俺の役目だ。
「お?」
「どうしたの?」
近くの木窓を開けて、外を見てみる。猫の鳴き声がしたような気がしたのだ。
「いや、猫がいるんじゃないかってな」
「猫?」
時折、こんなふうに幸せを感じる時に、どこからか猫の鳴き声が聞こえるような気がするのだ。それを聞くと、ひどくざわつくような、不安な気分になる。そして、何故か首筋がジクジクと痛み始めるのだ。
浜辺で猫を見た時や鳴き声を聞いても、こんな痛みや気分にはならない。なんだか、感動的な場面に酷く水をさされたような気がした。
「追い払った方が、良いかしら?」
「どういうことだ?アリア」
「これは俗信の類なのだけども、人間の赤ん坊と猫が近くにいると、弱い方が殺されるって言われているの。単純に衛生面とかの話かもしれないのだけどもね。可哀想だけど、今は追い払った方が良いかも」
腹が立つとまではいかないが、なんだか大事な瞬間に嫌な後味が残るような気分だった。まあ、棒を持って出ていくまでもない。
「追い払うくらいなら」
居間に戻り、小さな桶に水を入れて鳴き声が聞こえた方に振りかける。
小さな音をたてて、気配が離れたように感じた。可哀想なことをしたかもしれないが、これで嫌になって近づかなけばいいだろう。
しかし、なんだか気持ちが悪い。猫に対する罪悪感か、それとも他のなにかなのか。首筋の痛みは徐々にひいていく、なんだか一気に疲れたような感じがした。
「お父様?」
険しい顔を見たのだろう、テンが心配そうにのぞき込んできたので、なんでもないと頭を撫でておく。
なにもかもが、順調な筈だ。何故こんなにも、胸騒ぎがするのだろう。
『なんだい、あの灰色は』
『不吉な色ね、火事がおこるから近寄らないでほしいわ』
『棒か石か持ってこい、追い出してやる』
『犬でも離してやれ、ロドンさん家の犬なら獰猛だし良いだろう』
『今度見たら、叩き潰してやる』
『気色悪いったらありゃしないよ』
『見つけたら、必ず殺す』
『灰色は死者の色、灰猫。不吉な猫を見かけたら、迷わず殺して厄を払うのんは、常識ですよね。みなさん』