家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 家具工房に弟子入りして、早くも数年は経過したか。テンを養う為に冒険者ギルドから足を洗ったが、怒鳴られ殴られの毎日を過ごしながらもようやくある程度の仕事を任せられるようになった。

 

 大抵の工房は徒弟制度を採用している。見習いのうちは、賃金をもらえない代わりに衣食住を工房の主に世話をしてもらいながら作業や技術を身に着けていく仕組みだ。

 

 だがしかし、この制度のスタート地点はだいたい十歳から十五歳であるし、なによりも賃金をもらえるラインを決めるのは親方である工房主であるため、何時までも徒弟扱いをされある意味では奴隷と変わらない環境でいる者も少なくはない。帝都では、それが社会問題にまでなっているらしい。

 

 俺が頭を下げた工房は、今の時代では珍しくそんな制度を採用していないところだった。その代わり、昔気質な親方に少し気に食わないところがあれば罵声は来るし殴られはする。冒険者時代命の危機に何度もあった経験から耐えることはできるが、去る者追わずのスタンスでいなくなる職人も多かった。

 

 「ふう」

 

 汗を拭いながら、完成した長机を眺める。素材選びから完成までの間、親方に罵声を言われずに作業ができるようになったのはつい最近である。規模が十数人の小さな工房ではあるが、直接注文してくる商家や問屋がそれなりにいる為忙しいながらも食うに困らない程仕事がまわっていた。

 

 「親方!ノルマ分終わりました!予定通り、午後からは外の業務に向かいます!」

 

 「ああ!?終わったらとっとと行けウスノロが!例え顔見知りでも、万が一にも客人待たせるんじゃねーぞ!」

 

 「分かってますよ!では!」

 

 そう、今日はこの仕事の延長線にあるとある事業に手を伸ばすことになっていた。家具工房とはいっても、扱う仕事道具や作業は全てとは言わないが大工と被るところも多い。帝国では石造りや煉瓦による建物が多いが、連合王国では木材による家造りが伝統として続いている。

 

 端っことはいえ、連合王国に領土に存在する村であるここも木造建築が多い。本職の大工のようにはいかないが、リフォームやちょっとした修繕等に手を貸すこともあり、今度はそれを事業として始めようという話が持ちあがっていた。

 

 それに渡りに船とばかりに、とある二人組が引っ越して来る為顔見知りということもありまずは俺がお試し価格で本格的にリフォームを主導するという形になっていた。

 

 今日に備えて、親方の伝手で街の大工衆に頼み込み本格的な研修も受けた。気負いすぎるのもよくないが失敗は許されない。

 

 季節は夏真っ盛り。外に出て工房の近くにも小さな井戸に向かい、そこから水を汲んで顔を洗う。比較的過ごしやすい地域ではあるがやはり夏作業は汗をかく。家に一度戻って、着替えてもいいかもしれない。

 

 昼食時を知らせる、教会の鐘が鳴った。工房内でも作業を中断する同僚達が休みに入るタイミングだろう。

 

 しかし、手紙ではやりとりを何度かしていたが会うのはどれくらいぶりだっただろうか。仕事の一環として出迎えをするのだが、それでも楽しみなことには変わりない。

 

 目元を軽く拭い、顔をあげる。目の前には伸びた雑草が広がっているのだが、カサリと背の高い草が揺れていた。

 

 草むらから、猫が現れた。灰色の短い毛並み、よく見たら傷跡のようなものが複数身体に残っており古い傷からまだ生々しく新しい怪我もあり痛々しさを感じる。野良猫かとも思ったが、首に紐がぶら下がっており馬を形どった木彫りの人形がぶら下がっていた。

 

 猫が鳴き声をあげようと口を半開きにしたが、なにかに警戒しているかのように口を閉じる。逃げ出すかとも思ったが、なにを思ったのか小走りでこちらに近づいてきた。

 

 ジクリ…と針で刺されたかのように首筋が痛む。怪我もなにもないのに、定期的痛むこの症状には悩まされていた。

 

 しかし、今はこの猫のことが気になる。もしかしたら、水がほしいのかもしれない。怪我をしているようだし、飼うのはともかく手当てくらいはしてやった方が良いだろうか。いやしかし、包帯を巻くわけにもいかないし手持ちに軟膏がある訳でもない。

 

 食べれるようなものも持っていない。出せるとしたら、井戸からくみ上げる水だけだ。この暑い日差し、毛皮でおおわれている身体には辛かろう。

 

 「野良なのか?それとも、やはり飼い猫?水でも飲むか、お前」

 

 井戸水を手のひらに少し落とす。皿のようなものがあれば良いのだが、近くにはないのでこの手が皿がわりだ。

 

 灰色猫がゆっくりこちらに近づいてきた。手のひらに溜まる水を、舌先で舐め始める。少し元気がないように見えるが、それでも水を飲む体力はあるようで少しほっとした。

 

 「こっだらところでなに油売ってやがる!」

 

 親方の怒声が、響いた。初老だが若い頃から伐採から加工、家具造りに勤しんでおり御年六十以上なのに未だ現役で作業を続ける本物の職人だ。年寄とは思えない筋肉のついた腕が見えるよう袖をまくりあげ、金槌を片手に歩み寄ってくる。

 

 「いや、ちょっと猫が」

 

 「ああ!?灰色の猫なんざ工房に近づけるんじゃねえ!火事になったらどうするんだ!向こうにいきやがれ!」

 

 怒鳴り声をあげながら、石を拾い上げ投げつける。当たりそうになったところで猫は身体を翻し、一声鳴いてから林の中に逃げていった。

 

 確かに、精根込めて作り上げる家具の天敵である猫を毛嫌いするのは職業柄かもしれないが、弱っている相手に石を投げつけるなんていくらなんでもやりすぎた。

 

 「怪我してたんです、いくらなんでも酷くないですか?それに火事になるって、迷信でしょう」

 

 「灰色の毛は焼け跡の色だ。例え迷信でも、万が一でも燃えるもんだらけの俺の城を護るのが役目なんだよ。それよりも、さっさと行け馬鹿たれが!」

 

 林に逃げた猫はひとまず諦め、これ以上怒鳴られないように退散する。理不尽な人かもしれないが、これでも素人同然の俺を仕事をある程度こなせるようになるまで育ててくれた恩がある。これ以上、めったなことは言えない。

 

 昼食をとりに職場や畑仕事から家に帰る者達と挨拶しながら道を歩き、簡易な木の枠で作られた村の入口であるモニュメントの下で待機する。

 

 待つこと十数分くらいか。道の先から、一台の馬車がやってくるのが見えた。馬車に乗るのは、御者である男とその後ろには様々な道具を詰めた荷物袋を担ぐ男女が一人ずつ。

 

 赤髪の男がこちらに気づいて手を振りあげ、白いロングの髪をした女性もこちらを見て微笑みながら頭を下げる。

 

 村の入口まで来た馬車から、二人組が降りた。モスコーから新天地にやってきた、若き夫婦。

 

 「手紙でやりとりしていたけど、数年ぶりだな。サグレに、ベレーザ。いや、ベレーザはひと月前に会っているか」

 

 「いろいろこっちで打ち合わせをすることもあったからな。前も話したけど、結婚式とかにでれなくて、悪かった。とにかくしばらくぶりだ友人よ」

 

 「ほんとうに久しぶり、今日はよろしくお願いするよランザさん」

 

 ベレーザと握手をかわし、サグレと軽く再開の抱擁をする。モスコーで知り合った、彫刻に携わる芸術家の夫婦が、リスム自治州からこの村に越してきた。

 

 今日の俺の役目は、二人を出迎えて新居となる住まいに案内し内装の改築や新しく搬入する家具について打ち合わせをすることだった。

 

 歴史と伝統の街であるモスコー。彫刻や古城等が有名であり観光半分仕事半分で訪れた際材料である木材の調達を通して知り合い、村に戻ってからも手紙のやりとりをしていた。

 

 彫刻と一言で言っても様々な種類があるが、サグレの打ち込む分野は木彫りの彫刻だ。

 

 家具と彫刻。専門分野は異なるものの、木材の加工という似た分類の技術で飯を食う者同士、話がなかなか弾んだのを覚えている。

 

 相方であり、恋人のベレーザは売買交渉と木材の仕入れやある程度の形に切り出す素材の準備を担当している。

 

 モスコーは確かに木彫りの名産地ではあるが、古くからあるしがらみや職人同士の縄張りのようなものが存在しており新規の若手が、自由に作品を創り売買できる状況ではないらしい。そこで心機一転、新天地にて作品の制作や販売を行おうと考えたようだ。

 

 この静かな村で作品を作り、街にて売買を行う。卸先はベレーザが既に確保しており、後は落ち着ける仕事場にて腕を振るうだけだ。

 

 「身一つとは言わずとも、本当に必要最低限の荷物できたんだな」

 

 「愛用の彫刻刀があれば、あとは現地で調達すれば良いさ。モスコーの家や身の回りのものは、ほとんど売り払ってしまったしね」

 

 サグレが馬車から降りる。それに続きベレーザも馬車から飛び降り、荷を背負い御者に礼を言った。

 

 「必要最低限か、それでもせめて杖だけは」

 

 「杖?」

 

 「いや、いるんじゃないか?」

 

 二人が、目を見合わせる。訳が分からなそうな顔をしたあと、ベレーザが小さく鼻で笑った。

 

 「歩くのが億劫な年に見えるかよ」

 

 言われて、気づいた。確かにそうだ、二人はまだそんな年齢でもない、というか俺より年若い。足に障害を抱えている訳でもなければ、目が見えない訳でもない。杖なんて必要ない筈なのだが、何故かそれに奇妙な違和感を覚える。記憶の食い違い?寝惚けるには朝から時間が経ちすぎているが。

 

 「いや、そうだな…気にしないでくれ。ベレーザは何回か根回しの際見ていったけど、早速サグレにも新居に案内しよう。こっちだ、ついてきてくれ」

 

 村の入口から中央の井戸がある広場に向かう。海岸沿いに出るルートに向かうと我が家があるのだが、山林側に近づく道を昇っていく。

 

 申し訳程度の石畳がしかれた道から、民家よりも畑が多くなってきた景色の先に二人の引っ越し先があった。

 

 母屋の方は石を利用した帝国様式。頑丈な土台としっかりした石材を塗り固めた外壁を持つ赤い屋根の家屋である。

 

 玄関とは別の出入り口に渡り廊下が設けてあり、木造倉庫のような建物が隣接して立っている。俺の主な仕事は、こちらの木造建築をアトリエにする為にちょっとした改築と内装の修繕。あとは新生活に合わせて要望のあった家具を用意してやることだ。

 

 ベレーザとざっと下見をすませており、ある程度の段取りまでは話を進めている。あとはサグレの要望を聞きながら細部を詰めていき、話しがまとまったら人手を集めて本格的に始める予定だ。だが今日は、二人が泊まる場所確保の為に打ち合わせ後は家の清掃にかかりきりになるだろうな。知らぬ仲ではないし、これもちょっとしたサービスだ。

 

 「話には聞いていたけど、結構しっかりと造られているね。流石は帝国式かな?」

 

 「一時期ここを避暑地として開発するなんて話があって、帝国様式の造りはそれの名残だな。連合王国では珍しい帝国式を採用して物珍しさを目玉に販売しようとした奴らがいたが…正直こんななにもない村が避暑地に向いている訳がねーんだよなぁ」

 

 「石造りの家屋は慣れているよ。モスコーは、石で造られた街だったからね」

 

 行政から預かっていた鍵を開け、家の中に光を入れる。投げ売りされていたとはいえ、流石は元々避暑地を作るという計画の元建設された建物であり、年数は経ってしまっているものの劣化したところもなく暮らすには問題はなさそうだ。

 

 今は暖炉だけがある殺風景な部屋模様であるが、掃除を終えれば工房からバラにしたパーツを家の中に運び込みテーブルや寝台を組み立てて住める環境にする予定である。

 

 「奥には台所となるスペースや、裏口への勝手口もある。あまりまくっている敷地も庭にして良いそうだから、好きに使ってくれ」

 

 「へえ、庭かぁ。モスコーでは猫の額くらいの敷地しかなかったけど、田舎特有だねぇ」

 

 「田舎だからな、否定できん」

 

 サグレが早速、竈や水場が並ぶ台所に進み勝手口を開いた。想像と違う光景を見たせいか、おや?と首を傾げる。ベレーザもそれに続き、サグレに並んで裏庭を見た。

 

 「手つかずの建物って話に聞いていたから、もっと草ボーボーだと思ったよ」

 

 「いや、伸び放題だった筈だ。少なくとも俺が視察に来たときは」

 

 裏庭は、全面とはいかないまでも少なくとも趣味でやるような小さな畑を作れる程度には草が刈られていた。勝手口から出て左手には、丸太を利用したウッドデッキとベンチが並べられている。

 

 「時間があったから、片手間にな」

 

 モスコーとは違い、せっかく有効活用できるスペースがあるのだから暇を見つけてはある程度の雑草刈りに勤しんでいた。近所の子供にお化け屋敷扱いされる原因は、連合王国では珍しい帝国様式のたたずまいと荒れ放題の庭にある。誰も住んだことのない建物に、幽霊が出てくるわけがない。

 

 「家庭菜園でも、バーベキューでも、好きにやってくれ」

 

 二人に礼を言われるが、個人的にはその礼を譜面通りに受け取ることはできなかった。

 

 一人の時間が、ほしかったからだ。

 

 仕事も順調、子供も成長していき、暖かい家庭を築けている。決して裕福な訳ではないが、満ち足りている生活。腹を満たすには充分の食事と、人間関係にも不満はない。

 

 だがしかし、時折胸をかきむしるような気分の悪さを覚えることがある。理由は分からないが、そういう時はアリアにもテンからも離れて一人になりたかった。住民があまり近づかないここの草刈りは、考え事をするには丁度いい。

 

 無意識に、首筋に指を触れていた。

 

 なにもかもが出来過ぎていると考えることが、時折ある。無論相応の努力による成果だと分かっているが、それでも俺自身がそれを信じ切れていないような、そんな気がするのだ。

 

 いっそこの世界が全て物語だと明かされたならば、ストンと腑に落ちるように納得してしまうかもしれない。家族に愛されたことがないものが、家族をまともに愛して暮らすなんてまるで出来過ぎたフィクションだ。

 

 何時もそこまで考え、その考えを火にくべるように無理矢理霧散させる。なにを馬鹿なことを言っていると。俺が、家族の幸せを疑い否定するような真似をしてい良い訳がないだろう。

 

 「こんにちは。初めまして、サグレさんにベレーザさん」

 

 アリアの声に、意識が外へと向く。

 

 バケットを片手に、成長したミーナを抱えたアリアとその傍ら、もう一つのバケットを持ちヤカンを持ったテンが現れた。

 

 「ランザの妻の、アリアと申します。こっちは娘のミーナ、よろしくお願いします」

 

 「アリアさんと、ミーナちゃん。初めまして、ミーナちゃんはおいくつですか?」

 

 「三歳になりました。目の離せない年頃ですよ」

 

 「いえ、かわいい盛りですね」

 

 サグレとアリアが、自己紹介と談笑を始める。ベレーザもアリアに挨拶をして、テンと顔を合わせた。

 

 「久しぶりだなテン。何度かこっちに来ていたけど、時間が無くて会えなかったが、まあ大きくなったじゃないか」

 

 「モスコーに訪れてから、数年は経ちますからね。私も育ち盛りなんですよ」

 

 ミーナが産まれてから三年、テンは身長も伸び身体的特徴も女性らしく成長してきていた。家事も一通りこなし街の図書館へも一人で出向いており、昔程お父様お父様と後ろをついてくることはなくなったが頼もしくなっている。

 

 勉強ばかりでなく、村での畑作業を手伝ったり、豊穣祭をする際には実行役の手伝いとして自発的に参加をしたりと周囲の者達にも馴染んで村に溶け込んでいった。

 

 そしてまあ、父としては頭が多少痛くなる話ではあるのだが息子の嫁に、なんて話が多く舞い込むようになってきていた。

 

 俺とアリアは自由恋愛で結ばれた仲ではあるが、そちらの方は今の時代においては少数派だ。婚姻は親同士が決めるものという話が多く、田舎であればあるほどその特色は根強い。

 

 俺自身、テンやミーナには自由に相手を決めてほしいと考えており、いろいろ適当な理由をつけて婚約の話を遠ざけるのは苦労している。

 

 まあ、気配りは勿論だが、身内贔屓かもしれないがテンは美しい顔立ちに成長してきている。異国の血のせいか、周りの人達とは雰囲気こそ違うものの野郎共の注目が集まるのは無理のない話だろう。

 

 ……しかし。

 

 「なあ」

 

 「どうされました?」

 

 テンが小首を傾げながら振り向いた。その顔を見て、口から出そうとしていた疑問を飲み込む。

 

 「いや…なんでもない」

 

 仕事の都合で、一度俺は村から離れてリスム自治州のモスコーに行っていた。まだアリアとは結婚する前の話で、当時モスコーにおいて年に一度の祭りが近づいており向こうの家具工房に修行兼雑用等の手伝いにいったことを覚えている。

 

 戦う騎士人形と騎馬人形。モスコー名産の炎水晶や酪農を利用した料理。知り合った、サグレやベレーザといった縁。

 

 それはいい、それは覚えているのだが。

 

 その時傍らにいたのは、本当にテンであったのだろうか。

 

 家を空けるということで、まだ幼いテンを一人残してはいられないという理由はあった。俺の記憶はそう覚えているのだが、共にモスコーの祭りを見て回ったのが何故かテンだと確証をもてないでいたのだ。

 

 サグレとベレーザの家に行くのに、手土産に奇妙な果実を購入し持ち込んだ。それを見つけたのは俺ではない、テンであった筈なのだが、かすかに違和感がある。それを言語にするのは難しいのだが、ひどく奇妙な気分になるのだ。

 

 しかし、杖のことといい時折自分自身の記憶に自信をもてない俺のことだ。些細な記憶違いが、あるのだろう。

 

 「貴方」

 

 声をかけられ、そちらを向くとアリアがバケットの中を丸太から加工して作ったテーブルに並べていた。

 

 卵やサラダ等が挟まれたサンドイッチや村人から好かれるテンがもらってきた季節の果実。井戸から汲まれたばかりの冷えた水が入れられたヤカンから杯に飲み物が注がれ、葉野菜に包まれた奮発して購入した鶏肉の炙りが並べられている。

 

 サグレがミーナと顔を合わせ、何歳になったのか等を訪ねていた。たどたどしい言葉で、返事をするミーナ。

 

 丁度昼食時ということで、ベレーザも長距離移動で腹をすかせたのか腕まくりしながら料理を見ている。

 

 「どうしたの?お昼にしようよ。この歓迎会の主催者が、ボーッとしていてどうするの」

 

 もろもろの疑問を飲み込んで、卓に向かう。冷たい水が入った杯を手に取り、全員が椅子に座るのを待つ。ミーナは、アリアの膝上に落ち着いていた。

 

 「改めて、遠路はるばるご苦労様だなサグレ、ベレーザ。まだ午後からやることが盛りだくさんだから酒の類は容易できないが、本格的な歓迎は後日落ち着いたらやらせてもらうことにして…ようこそ二人とも。この村での生活が、実りのあるものであることを祈り、乾杯!」

 

 それぞれが掛け声と共に杯を掲げて、冷たい水を飲む。

 

 夏の暑い日だ。可能ならば卸したばかりの豚肉や牛肉、狩猟で得た鹿肉等も使い酒と共にバーベキューにしゃれこみたいところではあるがそれでもこの汲んだばかりの井戸水は身体には嬉しい。違和感を、喉奥に流し込むのにはもってこいだ。

 

 女性陣は早くも打ち解け初めているようで、サグレはモスコーでのことをアリアに話していた。テンも自身が見たモスコーでの祭りについて語っている。

 

 「家庭を持ったと文では書いてあったけど、良い奥さん捕まえたじゃねえか」

 

 ベレーザが、サンドイッチ片手に声をかけてきた。彫刻の値を卸先と交渉するのが担当のベレーザであるが、彼の商売人としての武器はフランクなところではないかと考えている。気安いながら、売買交渉においては譲らないところは譲らない。ちゃんとした商人の元で修業すれば、その道で開花するかもしれない。

 

 なにより舞台役者のようなマスクに人懐こさだ、一部では人気もでるだろう。

 

 「そういうお前は、サグレとはどうなんだ」

 

 「どうだと言われればなあ。新天地にうつったばかりだ、しばらくはそういう話も足を引っぱるかもしれねえ」

 

 「モスコーみたいな街と違って、村社会は狭いんだ。サグレ、あれはもてるぞ。ちゃんと捕まえておけよ」

 

 からかいはしたが、同棲して共同で仕事をしている以上結婚をしていないだけでもはや夫婦のようなものだ。サグレとベレーザは、互いを信頼しあっている良いパートナーである。環境が落ち着いたら、自然と結ばれるだろう。

 

 その光景を祝福する時が、今の俺には楽しみだった。あんな血と惨劇にまみれた別れを体験させるよりは…

 

 「おい」

 

 ベレーザが、肩をゆする。

 

 「急に黙って、顔色が悪いぞ。どうした?」

 

 ベレーザのこえに反応し、話していた三人がこちらを見て来る。ミーナは卵で手を汚しながらサンドイッチを掴んでいたが、それ以外は心配そうな顔をしていた。

 

 「いや、なんでもない。ちょっと暑さがキツかったかもな、俺もおっさんかねぇ」

 

 笑いながら誤魔化したが、脳裏によぎったのはありえない光景。死体が転がり壊滅するモスコーと、バラバラになったサグレに銃弾で腹部を貫かれたベレーザ。褐色の女と、ライフルを持つ誰か。

 

 首筋が痛む、かきむしりたくなるほどに。井戸で聞いた、猫の鳴き声が頭のなかを反響しているようだった。

 

 本当は胃袋になにも入れたくない程気持ちの悪さで荒れていたが、午後からの作業もあるしなによりこの場を壊さない為に無理矢理にでも食事をとらなければならない。

 

 「やだやだ、おっさんを言い訳に午後の手伝いや仕事をサボらないでくれよ?」

 

 ベレーザのフォローにありがたみを感じながら、昼食が続く。無性に、酒がほしかった。

 


 

 貴方の声が聞けた。姿が見れた。手を差し伸べてくれた。それだけで、充分。必ずこの地獄のような天国から、救い出してみせる。

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