家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

55 / 149


 家に届いた手紙を広げる。

 

 書かれた内容の中身を改め、一つ肩の荷が降りた気分でゆっくりと紙を折り畳み寝台近くの丸テーブルに置く。

 

 手紙の内容は、工房で働いていた若衆三人の再就職先の工面がなんとか上手くいったということだった。三人の若衆は、付き合いのあった街工房で職人として腕を磨くことになった。家具職人ではなく、大工としての仕事ではあるが今まで培ったスキルは無駄にはならないはずだ。

 

 親方や、同年代の先輩方には全力で頭を下げた。しばらく立ち上がることができない身体であり、見舞いに来てくれた時ではあるが、謝罪することしかできなかった。

 

 しばらく、重い空気が流れたが、親方が動いた。

 

 すっかりと老いてしまった手が俺の肩におかれた。怒りか悲しみか、あれだけぶん殴ってきた手が肩の上で震えていたのを感じた。

 

 「誰も死なんかった。ならそれでいい」

 

 責められるより、ぶん殴られるよりも心に重くのしかかった。俺は、本当に久しぶりに声をあげて泣いてしまった。

 

 自分の人生を捧げてきた工房が焼失したのだ。仕事一筋で生きてきた男にとっては、もう引退していたとはいえ相当堪えることは想像に難くない。許してもらうより、責められた方がまだ気が楽だったともいえた。

 

 火事の原因は、若衆二人がミーナを探し、フェルが夕食を購入しに工房からでていた間にランプを倒して割ってしまったということだった。慌てながら中途半端に消火活動をしようとして、全てが裏目にでてしまい逃げ遅れてしまったという話だ。

 

 家族の行き違い。俺が暴力を振るわなければ、その後硬直せずにすぐに追いかけていればこんなことにはならなかった。

 

 全ては、俺の責任だ。

 

 身体を十全に動かすことができず直接あちこちに出向いて頭を下げることができない分、使える伝手を全力で頼った。難航した部分もあったが、なんとか若衆共を路頭に迷わすはめにせずにすみそうだ。

 

 木窓を開けると、涼やかな風が入り込んでくる。よく晴れた良い天気だ。

 

 今日は、テンは村長宅に出向いている。外部から来る行商人との交渉や、新たに村に酒場を作りたいという若い男との打ち合わせをする為だ。村の外部との交渉事や、新規村民の受け入れ相談等すっかりと集落の窓口のような立場に落ち着いている。

 

 交渉事が無い時は、漁師の街商人に対する魚の卸値が安すぎて商売にならないという悲鳴に対する相談事や、新しい農作物の開発や新しい農法を研究する有志のチームを作り実験的に畑を借りてそれを試す等村全体の為に幅広く知恵を貸している。

 

 アリアも今は家を出ていた。不器用で見ているだけでハラハラする家事全般もすっかりと板についており、今は季節の山菜収集に出かけていた。家庭菜園にも手をだしており、窓から見える庭には時期の野菜が収穫を待ちわびていた。

 

 『これまでは働きっぱなしだったのだから、これを機に少しゆっくりしてほしい』

 

 アリアの言葉を思い返す。俺が仕事に全力で打ち込めたのは、二人のお陰だ。だからこそ、仕事で家庭を支えることを生き甲斐に思えてきたが、身体がまだ思うように動かないとはいえ一日寝台の上で過ごすというのもなかなか落ち着かないものである。

 

 「っと」

 

 丸テーブルに置かれていた、もう一枚の手紙に手を伸ばしたが落としてしまった。

 

 寝台から手を伸ばそうとしたが、火傷が広がる背中が痛む。薬を塗り包帯を巻いているが、皮膚が引きつられるような感覚に思わず眉をひそめてしまった。

 

 俺が硬直している間、白い指が手紙を掴み、こちらに差し出して来た。

 

 「……手紙」

 

 どこか元気がない表情のミーナが、落ちた手紙を拾い差し出してきてた。井戸に水を汲みにいっていたが、いつの間にか戻ってきたのだろう。あれからしばらく経つが、娘の表情は晴れない。

 

 足の傷は、もしかしたら跡として残るかもしれないが日常生活には不便がないくらいには回復していた。火事の現場で立って歩けなかったのも、どちらかと言えば精神的なショックが強くまともに動くことができなかったからだろう。

 

 「ありがとう」

 

 「ん」

 

 どこかぎこちなく、ミーナは頷いた。

 

 時間が経つにつれ、自分がしてしまったことに対する罪悪感が重くのしかかってきているのだろう。それでも、その後始末になにもできないことを気にしているようだった。

 

 子供の失敗は、親がカバーするものだ。例えそれがどれだけ大きいものだったとしても。やってしまったことに対する後悔があるのはいい。しかし、あまり自分を追い込みすぎるのはよろしくない。

 

 「足は大丈夫か?」

 

 「平気。今はもうあまり痛くない」

 

 いくら会話の糸口を探るためとはいえ、分かりきったことを聞いてどうする。ここは、俺の方から踏み込まなければならない、娘の為にも。

 

 「新しい服が、ほしいだったか」

 

 ミーナが、ビクリと肩を震わせた。あの日のきっかけとなった話題がでてきたせいで、一気に緊張感が増したのだろう。落ち込んでいた顔が、少し引きつっている。

 

 「恐らくはそれも本心だろう。でも、俺が思うにミーナ、お前はそれ以外にもテンに反発心を持っていたんじゃないか?」

 

 アリアの言葉を思い出す。優秀な存在がすぐそばにいる時に感じる、コンプレックス。義理とはいえ優秀な姉。年は離れてはいるが、気づかない間にも劣等感や悩みに不満が溜まっていたのかもしれない。

 

 「違うならそうだと言えばいい。でもそうじゃないなら、話しを聞いてくれないか?」

 

 ミーナは否定も肯定もしない。ただ、寝台の隅に座り込み膝の上に手を置いた。

 

 「テン。あの娘は俺とアリアの実の娘じゃないことは知っているだろうが、ならば何故あの娘が家の家族として暮らしているかは話したことがないな」

 

 家族とはいえ、テンの過去については、あの浜辺に流れ着く前の頃は俺自身深く詮索することも尋ねることもしなかった。辛い記憶ではあるし、俺だって冒険者時代のことやその前のことをとやかく話すような真似はしたくなかった。

 

 エルフの集落を壊滅させたことや、実の親に殺されかけた話等アリアにだって可能ならばしたくはない。

 

 当然テンのことも、推測できる断片的な推理でさえアリアに、ましてやミーナにも話してはいなかった。

 

 ガリガリに痩せこけた、粗末な服を着た、浜辺に流れ着いた異国の少女。何故そんなことになっていたかなど、推理しなくても推測くらいはいかようにもできる。そしてそんな過去、思い出すこともないし忘れてほしいとすら思う。

 

 だからこそ、話さなかった。でも、今は話すべきだろう。

 

 「テンは、恐らくは異国からやってきた。乗っていた船が沈没し、偶々漂流して俺が見つけたのだがあの風貌だ、まともな理由でこの国に来た訳じゃない。想像し辛いかもしれないが、この国の言葉どころか単語の一つ分からなかった娘だったんだ。それなのに、ひどく怯えた目をしていた。今のお前より、年が低いだろう時の話だ」

 

 驚愕、とまではいかないようであるが目を少し大きく見開いている。自分と置き換えて考えても、想像し辛いのだろう。

 

 「テンが早熟なのは無理もない。彼女は一刻も早く大人にならなければならなかった。言語を覚え、こちらの国の風習を学び、知識を蓄え、少しでも早く大人にならなければと考えていたのだろう。彼女が優秀なのは、考えてみれば当然だ。そうならなければ、愛想を尽かされ捨てられる。俺がその気じゃなくても、世界の理不尽や不条理をあの年で充分に見て来ただろうからな。お前が産まれた時も、不安でいっぱいだった筈だ。実の子供ができたら、養子は立場が危ういものになる…だけどな」

 

 手を伸ばし、ミーナの頭を撫でてやる。

 

 「だけど、テンはお前の誕生を祝福してくれた。胸にいっぱいの不安を抱えながらも、お前をあやし、立ちあがった時は喜び、沢山話しかけ言葉を早く覚えてお喋りがしたいといってくれた。成長したら二人で料理したり、散歩したりしたいと言った。恋愛相談に乗れるかは分からないけど、大人になったらいろいろ話したいとめいっぱい愛してくれた。お前も、分かるだろう」

 

 ミーナの目から涙がこぼれ、膝上を濡らした。黙ってはいるが、大粒の涙が頬をつたっているのが分かる。

 

 ミーナがまだ小さい頃から、テンはよく気にかけてくれていた。それが分からなかったとは言わせないし、忘れるようなことはないだろう。コンプレックスは抱いていても、優しくて素敵な姉であることには違いはないからだ。

 

 「俺はお前とテンを比べ、どちらかを優遇したことなんてないつもりだ。だがお前の目にそう見えたのならば、俺の配慮が足りなかったからだろう。それは、謝る…だけどな。二度とテンをみなしごだと、孤児だなんていうな。テンは俺とアリアの娘で、お前の姉なんだ。血は繋がっていないが、家族なんだ」

 

 「う…ん」

 

 鼻をすする音が聞こえる。ミーナに対して、俺が言いたい一番のことはそれだった。

 

 家出したこと、火事をおこして沢山の人間に迷惑をかけたこと。その責任は俺が受け持つものだ。

 

 だがしかし、テンに対して孤児だから大切にしなくていいなんて考えは、許容できるものではない。それが例え、本心ではなく感情が先走りついつい口走ってしまった言葉であってもだ。手をあげるまえに、俺の諭すことができれば良かった。しかし、後悔は何時も物事がおこってからだ。

 

 まだ俺も、親としては未熟なのだろう。

 

 「帰ったら、テンに謝ろうな」

 

 身体のことや、その後の始末や後処理の関係で後回しになっていたがまだニーナとテンの仲直りをしていなかった。テンは少しよそよそしく、ミーナは気まずそうな顔を浮かべなにも言えない姿をここ数日見ていた。ほとぼりが冷めたという訳ではないが、関係の修復はそろそろ必要だろう。

 

 結果がどうなったかは、語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ、もう起き上がられるようになったかい」

 

 背中の火傷がだいぶ楽になってきた為、家の庭先で薪割に勤しんでいた時のことだった。

 

 普段は工房にこもりきり、とまではいかなくてもあまり外に出ないサグレが珍しくも家に尋ねて来た。工房での作業用エプロンの姿で、思い立ったのでフラフラと出て来たといった様子である。

 

 「完治はまだまだ先だと聞いていたけど」

 

 「グロー…俺の古い友人から見舞いにいけない代わりにって最新式の治療符が送られてきた。高価な代物みたいだが、流石は高給取りだよ。効果も凄まじく傷が楽になる速さが目に見えて違う」

 

 あれから半月程が過ぎていた。しばらくは身体を起こすことすら辛いありさまであるが、リスムに掲げる大盾の支部を任されたという友人からの贈り物は既存の常識を覆しかねないものだった。

 

 そんな高級品を手紙つきで渡されたのだが、どうお返ししたら良いのか分からない。手紙には、気にするなと書かれていたし何時までも寝ている訳にはいかないのでありがたいのではあるがいずれなんらかの形で返さないといけないだろう。

 

 「それはけっこう。お邪魔しても良いかな?」

 

 「今は誰もいない、大したもてなしはできないが」

 

 「かまわないよ」

 

 茶を出そうにも、茶葉もなければアトリエにおいてあるような簡易式の魔術具すらない。出せるものなんて井戸から汲んできてある水くらいだ。せめて白湯でもとも思うが、用意をしようとしたらそれを止められた。

 

 「本当にもてなしは大丈夫さ。今日は、こちらからお願いをしにきたんだからね」

 

 家の中に入り、勧められた椅子に座り世間話もなく単刀直入にサグレは切り出した。

 

 「お願い?それこそ珍しいな。今の俺にもできることなのか?」

 

 「ランザ。君だからこそだよ」

 

 真剣な瞳をしている。いったいなんの話かはまだ分からないが、対面に座り話を聞く体制に移行する。

 

 「俺だからというと」

 

 「うん、君の技術の話だよ。私としては、彫刻という仕事をもう一段階次の領域に広げたいと考えているんだ。ベレーザが持ってくる取引先の話とすり合わせ、自分がなにをやりたいのかを考えた。そして、この機会だからこそ前々から思い描いていたことを実行に移そうとしている訳なんだ」

 

 少しだけ、サグレがもったいぶるように間をあける。

 

 「ランザ、君の家具の技術が欲しい。次期親方であったその技術と、私の彫刻が組み合わせればその価値は飛躍的に上昇するとみているんだ。今日は君を勧誘、ほかに就職先を見つけられる前にツバをつけにきたということだね」

 

 サグレがここ最近、新しい方向性を探っていることはベレーザからなんとなくは聞いていた。彫刻の大型化か、それとも石像のような新たな技術の習得か。だいぶ悩んでいるようであるが、やり方を大きく変えてしまえば今の顧客と築いていた関係性や評判を損なう恐れが大きい。

 

 しかし、新しいことに挑戦せずに現状維持をしているようならば技術力は頭打ち。それなりに腕がある彫刻家という評価で終わってしまう。

 

 何度か彫刻担当のサグレと営業担当のベレーザで話し合いを続けていたようだが、明確な答えを打ち出すことはできなかった。しかし、ここに来て第三の道が見えてきたという訳だ。

 

 家具に施す、彫刻。

 

 制限が多く、ただ単に彫りだすよりもデザインや技術力が必要とされるのは想像ができる。手すりひとつとっても、それがどんなに優れた彫刻が刻まれていても、座って肘を置いた時に違和感や使い辛さを感じてしまったらその家具はもう観賞用だ。

 

 そして観賞用の家具等俺は造るつもりはない。家具は、使われてこそなんぼだ。世の中には座ることを想定されていない本末転倒な椅子や、寝返りを打てば落ちてしまうような奇抜すぎるデザインの寝台もあるが俺から言わせてみればあんなものはごみ同然である。

 

 少なくとも、それについてはサグレとは意見をすり合わせ、不幸な誤解や矛盾がおきないようにしておく必要がある。

 

 「家具とは使い物になるかならないか、実用性があるかどうかがものを言う。あくまで彫刻は飾り付け程度の価値しかもたない。それについてはどう思う?」

 

 「たかが飾り付けでも、それに全力を注ぎこむのが私の仕事さ。そして、観賞用を作ってくれと言うつもりはない。そのつもりなら、貴方を勧誘しない。ついでに言うなれば知り合いだから、友人だから誘うという訳でもない。その腕が、ほしい」

 

 サグレが懐から紙を数枚取り出した。折りたたまれたそれを広げてみると、そこには何枚かの紙に完成予想図と言える彫刻を彫られた家具達が並んでいる。

 

 そのうちの一枚を手に取り見てみる。テーブルの縁に植物の蔦と花が彫られたものであり、足にも同様の彫りがされていた。確かにこの程度なら、実用性に障りはないだろう。

 

 他の紙も数枚見せてもらう。商業の視点は、時折繁忙期の商人を手伝う為に荷物の積み込みや現地での家具の組み立て等をすることはあったが、売買等に関りをもった訳ではないため素人目もいいところだ。売れるかどうか、これでどれほどの価値を産むのかは分からない。

 

 だがしかし、友人関係という縁を脇に置き純粋に技術力を買い勧誘してくれることは嬉しくある。

 

 実は、勧誘という意味では幾つかの工房から誘いがきていた。どの現場でも即戦力となる実力はあると自負しているが、いかんせん距離の問題があった。

 

 新しい現場に向かうとなると、俺は村から出なくてはならなくなる。家族はついてきてくれるかもしれないが、できうることならこの平和な村の中で過ごしていきたい。俺だけ出稼ぎに向かうという考えもでたが、それは仕事先が見つからない時にとる最後の手段としておきたかった。

 

 渡りに船、といえば都合が良いかもしれない。

 

 「試用期間を設けてみてくれ」

 

 「ふむ?」

 

 「怪我が完治し次第働かせてもらうが、実際に完成した物を見てこれじゃないなんて言われても少し困るからな。そして、共に働きだすと互いの嫌なところにも目がつくもんだ。こればかりは考えの違いや相性もある、まずはそこから見極めるべきだろう」

 

 「それに関してはあまり心配していないけど、確かに私はベレーザとしか働いたことがない。外部との交渉に関しても彼に任せきりではあるし、職場での人間関係については君の方が何倍も詳しいか。分かった、それでいこう。契約成立でいいかな?」

 

 サグレが手を差し出して来る。その手を握り返し、握手をかわした。

 

 「伐採、加工、製造。家具に関してなら一から十まで個人できると自負している。ちょっとした家弄りもな。潰れない程度にこき使ってくれ工房長」

 

 「アトリエといってくれないかな?しかし長というのも耳慣れしていないし慣れないね。名目として、必要なものかい?」

 

 「名目だけのつもりでも、誰がトップかははっきりした方が良い。無論意見もだすし、大事な決め事は相談してほしいが、夫婦経営から組織になるならばなおさらな」

 

 夫婦、と聞いてサグレはふきだした。楽しそうにケラケラと笑う。

 

 「まだ結婚していないよ、私達」

 

 「……そういえばそうだったな」

 

 同じ屋根の下で住み、共に働いているというにそういえば籍すらいれていない。本当に奇妙な関係だ。

 

 サグレが活き活きと自分の技術力を高め、ベレーザがそれを支える。今はまだそれで充分なのかもしれない。ベレーザに悪い虫がつくことはあるようだが、それを彼は叩いて落としている。もうしばらくはこの関係が続くかもしれないな。

 

 いや、既婚者といえ外部の人間であった俺が入ることでなにか変化はあるだろうか?まあ、自然な形で落ち着いてほしいものだ。今度怪我が治ったら、ベレーザを呑みに誘いそれについて少し尋ねてみてもいいかもしれない。

 

 「そういえば」

 

 「ん?なんだい?」

 

 「どうして彫刻家を志したんだ?」

 

 ちょっとした疑問を投げかけただけのつもりだったが、彼女は難しい顔をして沈黙してしまった。そしてしばらくしてから、口を開く。

 

 「どうして志した、か。考えてみればさしたる理由はなかった。物心ついた頃にはもう彫刻刀を握っていたような子供だったから、順当に考えれば親の影響と言えるかもしれない。そして私はそれが苦にならなかった、むしろ楽しかったってところかな」

 

 紆余曲折あった俺と違い、サグレの職人としての道筋は昔からできあがっていた。小さい頃からなにか一つの物に打ち込める環境は、少しだけ羨ましくもある。

 

 「そういう君は、なんで家具職人に?前職はなにをしていたのか、そういえば身の上話なんて聞いたことがないね」

 

 「話せば長くなるし、他人の半生なんぞ退屈極まる話だろう。自分語りができる程、俺は大層な人間じゃない」

 

 裏路地の話も、冒険者時代も、人生を食いつぶしながら生きて来た時間も、他人に話すようなものではない。

 

 特に、悪竜ジークリンデの話は妻にさえ話したことはない。家の中で布に包まれた、厳重に封をしてあるあの錆びた剣は俺が死ぬ時は共に埋葬してもらうつもりだ。あの恐ろしくもおぞましい剣は、誰かに託していいものではないと本能が告げていた。

 

 「良いじゃないか。その退屈極まる話こそ、酒の席以外で聞きたいというものだよ。こうして一対一で話す機会なんてそうあるものじゃないし、私の来歴の大部分はもう知られているんだ。前職の話も聞いてみたいし、ここは公平に…ね?」

 

 「物好きめ」

 

 なら、どこから話すべきか。路地裏で姐さんに喧嘩を売ったところか、それともテンと出会った頃の話しか。

 

 「え?」

 

 「どうした?」

 

 サグレの視線が開け放たれた木窓の外にそれた。なにか気になるものでも見たかと振り向くが、草がかすかに揺れるのが見えただけだった。

 

 「いや、なんでもない。少し不思議なものがみえただけだよ」

 

 「不思議なもの?」

 

 「大したことはないさ。それよりも、話してくれないか?」

 

 サグレにせかされて、俺は意識を戻す。あの路地裏でのことから、話し始めることにした。血生臭い話が混じるだろうが、俺もかつての仲間たちのことを誰かに話して聞いてほしかったのかもしれない。その後の話は、数時間かかってしまった。

 


 

 「ただいま」

 

 「お帰り、首尾はどうだった?」

 

 「無事ランザを勧誘できたよ。これからは、ますます忙しくなりそうだね」

 

 「人手が増えるのはありがたい話だな。取り合えず怪我の完治待ちか?」

 

 「そうだね、彼が来た時のことも考えてアトリエの間取りも少し考え直さなければいけないかな?」

 

 「本人が来たら、必要なスペースや道具について話し合おう。専門的な物が必要になるかもしれないしな」

 

 「そうだね。……そうだ、ベレーザ。私も猫をみたよ、灰色の猫を」

 

 「そうか。なあ、気になっちゃいたが」

 

 「うん。ベレーザからの話を聞いて、半信半疑だったけど。あの首にぶら下げた古い馬の木彫りは私の作品で間違いないと思う。少ししか見られなかったし、手に取った訳じゃないけどさ。ただ、年差が入り過ぎてボロボロになっているのは分かったね。多分だけど十数年は経っている」

 

 「俺の気のせいじゃなかったか。あの時はランザが気絶したし工房の若いのがあの猫の脇腹蹴り上げて追い払ったせいで、確信をもてる程長く見ることができなかった訳だが」

 

 「でもそうなると奇妙な話だね。確かに馬の木彫りは造るけど、あんな古いものとなると私がここに来る前からあるということになる。そりゃじっくり見た訳じゃないから、気のせいだったという可能性もあるけれど」

 

 「自分が造った作品を、見間違う筈がない。そうだろう?」

 

 「実は、根拠はそれだけじゃない」

 

 「どういうことだ?」

 

 「上手くは言えないけど、あの馬からは強い気持ちみたいなものを感じた気がするんだ。込めた念の強さというか…なんというか。今の私があれを彫ったとして、まったく同じものを作れても込めた願いまでは同じにはならない。出来れば、もう一度みたいものだけど、難しいかな」

 

 「込めた気持ちか。具体的には」

 

 「……悲痛さかな。あとは、絶望と嘆きと、持ち主に対しての思いやりの気持ち。どれをとっても、今の私には込められない感情。これは技術の話じゃないからなんとも言えないけど」

 

 「実は、俺も少しだけだけど、似たようなことを感じた。せっぱつまっていたから深くは考えられなかったけどな」

 

 「……あの灰色の猫は、何者なんだろうね」 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。