家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
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昔話をしましょうか。
森にある狼がいました。狼は群れのリーダー格、そして高い知能を持ち合わせ森の主として君臨していました。狼は狩りこそするものの、外敵に対しては一番矢面に立ち戦いを続け、資源を奪う人間には恐怖を与え追い払うことを繰り返していました。
強力な主のいる平和な森。しかしそんな森に悲劇がおこりました。近くにあった火山が噴火をし、大量の溶岩や落石、噴煙、土石流が押し寄せてきたのです。炎上する森、焼け死ぬ同族や他の動植物達。難を逃れた者達にも、悲劇が訪れました。
縄張りを失い、新天地に向け流浪の旅を続ける生物達。しかし、火山の噴火は尋常ではなく、何日も何日も荒れ狂い周囲を焼き尽くし天を覆う程の灰は数か月太陽を遮るほどでした。
草花は枯れ、川は淀み、人里の作物も育たず、人も動物も飢えと食料の奪い合いで血で血を洗う闘争がおきていたのです。
群れの仲間は弱り死にました。狼を頼り付き従う別種の動物も死に絶えました。行く先々に転がる痩せた死肉を貪りつつも、全ての仲間達は体力の限界や争いに巻き込まれ死に絶えていきました。
精悍だった狼はすっかり痩せ果て、争いから群れを護り続けた身体は傷にまみれ、ついに最後となった群れの仲間、自身の伴侶が死んだ時その血肉を食らい一匹になりました。
全てを失った狼は、振り向かず進んでいきました。ただ新天地を目指し、楽園を目指し。
その途上にあった村落八つを食らい尽くし、街三つに甚大な被害をもたらしながら進んだのです。その身体には、沢山の仲間の骨をどうやって結んだのか毛に括り付けていたと言います。
最後にとある王国の都市を襲い、三日三晩ただ縦断する為に戦い続け狼は討たれたといいます。
その痩せ狼は、伝説として、時として人にも獣にも対処することができない自然災害に対する恐れを忘れないようにとその王国では語り継がれているようです。
一説にはただ月を追いかけていたとされるその狼は、何時しか月食はこの狼がおこしていることだという伝説が加わり、決して災害が届かない月を追いかける者、ハティと呼ばれるようになったといいます。
何故。そんな話をと?
あの人に、お父様にぴったりだからと、思ったからですよ。
「夢魔は消化が悪いね。待望成就を待つ身にとって、残された時間というのはなかなか堪えるなぁ」
ウェンディ=アルザスは欠伸をする。魔女には不眠の法というものがあるが、人間の三大欲求に従い習得はしていても使用はしていなかった。
魔法を駆使すれば睡眠は不要な要素になるということは分かっているが、その不要こそ人が人である為に必要なものだと思う。まあなにが言いたいかと言えば、人生せっぱ詰まっても良いことがないということだ。
「でも今日くらいは、やっぱり解禁しても良かったかもなぁ~。準備がめんでぃ~けど~」
「いや今日くらいはちゃんと起きていてくださいよ。めんでぃ~じゃなくて」
なにか勘違いした言葉がとんできた。これからのことを面倒くさがっている訳ではないのだが、訂正することこそ面倒だ。
「はいほい分かっているよー。まあ、レントでもエンパスでも来るなら来れば良いさ。百パー気づかれてないとは言い切れないからねぇ」
とは言いつつも、上もここもクーラが入ってきたこと以外に問題はない。あと少しだけ、欠伸を噛み殺しながらゆっくりと待たせてもらうことにしよう。
「まったく貴方と言う人は」
小うるさい話を聞き流しながら、なにか飲んで目を覚ますことに決めた。
「コーヒーはあるかい?」
「豆はありますが、砂糖やミルクはないです」
「ああしまった。どちらもボクの部屋だよ。取りに行くのめんどー、誰かとりにぃ……はいはいボクが行くから睨まない睨まない」
一度個室に向かおうとした瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がるような音が響いた。その場にいた十数人が言葉を呑み込む。ついに覚醒かと誰かが呟いた、その言葉には隠しきれない喜びが漏れ出していたし誰もが大なり小なり興奮している気配を感じた。
「おや?もう少しかかると思ったが」
疑問点。まあ誤差といえばそれで納得しても良いようなものであるが、成功を目の前にして落ち着かないのだろうか。
「……ん~」
「いかがしました?」
「念の為結界の確認、あとこの地下の絡繰りについては……ハルが担当していたよね。以上はないかな?夢魔の生体チェックに異常は?変ちくりんなことになってないかねぇ?あとみんな、触媒を持っていない奴はさっさと持って来る、急いで急いでぇ」
数世代に渡り人工悪魔を創造しようとし、その完成が目の前に迫っているというのにどこか浮かない顔をしているこちらを見て、やや怪訝そうな顔をしているが指示した作業に担当者がかかりはじめる。
「どうしたというのですか?多少時間は早いですが、想像していた誤差の範囲内です。既に幾度も確認した作業の再確認、そして触媒を持ってこいというのは武装して集合しろということ 。なにかあると言うのですか?」
「んぁー……ほらあれ、ハーウェイにいた頃の話だけどさぁ。海賊あがりのガルデに奇襲からの海戦仕掛けられたことがあってにぇ。油断もあったけどさ、レッドアイが船一隻分おじゃーんになったん。
なーんとなくーあの時と同じ雰囲気感じちゃう訳なの。あと少しというところで、大事な計画がおじゃんになっちゃうような……気にしすぎかなぁ」
「そうだということを、願いま」
会話が途切れる。夢魔の巨大な肉体が再度大きく脈打ったかと思えば、肉塊の中央に大きく斬撃のようなものがはしった。血が溢れだし、雨となり部屋中に飛び散る。各々指示された作業をしていた魔法使い達は、突然の出来事に困惑の顔を飛び越えて驚愕の表情を浮かべた。
『ルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアア!!』
夢魔と魔法使い達しかいない地下に似つかわしくない、獣の咆哮が響く。
「なんとまぁ……」
肉の隙間から顔をだし、血生臭い血を全身に浴びた水色の毛並みをした、淀んだ目をした巨狼と目が合った。不思議なことに、その異常事態を前にして思ったことは夢魔の心配や計画が破綻しかけていくことへの焦りや怒りではなかった。
レッドアイは脳内の幸福を司る仕組みを刺激する。夢魔は血液から造られたその薬物は対象を深い眠りに堕としてその中で幸福な夢を見せ、その対価として精神力を貪り食らうことで力をつけている。
薄めて扱うのが基本のそれを、注射二本分も打ち込まれ廃人に等しい程に脳内が壊れた筈だ。そうでなければおかしい、君はいったいなにを見て、そして戻ってきたというんだ?
怒号、喧噪、恐怖。そんな反応を気にせず狼はズルリと上半身を夢魔の中から姿を現す。淀んだ目に浮かぶのは、敵意。
「おーちーつーけー。なんの為に触媒用意したと思っているんだ。夢魔もまだ死んじゃいない、早々に片をつけてしまおう」
号令に応じるように、恐慌状態から正気に戻った者から各々触媒を向ける。それは杖であったり、本であったり、頭蓋骨やランタン、鈴に手袋と様々な触媒を掲げた。
「背後になるべく当てないように斉射。なに、あの狼をもう一度贄としてくべれば良い。見かけに騙されるなぁ、体力も消耗しているようだしそこらの害獣よりも楽だよ」
雷光や火炎、水流のカッターや酸が飛ぶ。狼は嫌がるように顔を振るうが、いかに巨大になろうが膂力を得ようが仮にも夢魔の中で夜明け近くまでドレインを受け続けていたのだ。精神的にも体力的にも疲労困憊している筈だし、レッドアイの後遺症を受けていないとは言わせない。
なにがどう影響しランザ=ランテが目を覚まして化物、いや人妖に変化したのかは知らないが問題はない。現に雷光は肌を焦がし炎は肉を焼き、水流の刃は流血を促し酸が身体を焼いていた。変異して出て来たことにはいささか驚きはしたが、なんのことはない。
「近い二人、離れなよぅ」
自分の触媒たる杖を振るう。杖、魔法使いとしては古典的な触媒であり現在においては、数を減らしている一団の中でも愛用するものはさらに少なくなった。
これととんがり帽子でもあれば、伝統的ないでたちの出来上がりだが生憎そこまでする趣味はない。もっと言えば、触媒の質に拘る必要もない。これなんて適当に古道具屋で買った大量生産品、それも中古のものだ。
ズルリと全身を粘り気がある夢魔の体内から出した狼に、杖から飛んだ火蜥蜴が命中した。爆轟ともいえる衝撃音と巨大な火炎が巻き起こり、視界を埋める程の炎柱となって巻き上がる。
熱により巻き起こる気流と肌を焦がすような暑さが空間全体に襲いかかり、何人かが慌てて資料をまとめたり炎から可能な限り離れるよう避難をしていた。背後の夢魔にも影響があるのではと心配するような顔をしているものもいるが、ランザが異形と化して出て来た時点で計画の遅延は確定したようなものなので多少の被害は今更だ。
それよりも気になるのは、やはりこの急激な覚醒だ。
「あの猫か?」
人妖化のメカニズムはまだ解明していない。というより、さして興味もなかったしやることをやり終えて余暇があったならば、調査をするつもりであった。
誤算ではあったが、半ば以上生命力を吸い上げられた死に体だ、遺体は遺体で生体に劣るが使い道はあるだろうし、夢魔の修復にも活用できるだろう。ああそうだ、こうなったなら今度こそ眼球をくりぬいてもらっておこうか。
視界を覆う炎が揺らぐ。対象を燃やし尽くしたであろう炎が、時間経過により焼失した。
「ハティなぁ。また懐かしい名前を聞いたな」
良い月の夜であったが、朝日が昇らんとする時間になっていた。都市のほぼ中央に位置する時計塔、その上には空の皿が一枚と大衆酒場でも底辺労働者以外、誰も見向きしないような安酒の瓶が置かれている。
「しかし、なんとかは高いところが好きと言う。わざわざこんなところで待ち合わせしなくても良いじゃねえか」
「良いじゃありませんか。師よ、それは高いところに昇ることもできない者達のひがみですよ。愚物はせいぜい下から見上げていればいいのです」
傍らで話しかけてくるテンは、上機嫌にほほ笑んだ。手には朱色の雅な杯を持っており、こちらとは比較にならない程の高級酒を傾けている。
「前から思っていたが、師というならば俺よか高い酒呑んでんじゃねえよ。ちっとは遠慮しろ」
「舌に合わないと散々言って、拒否されるじゃないですか」
「馬鹿野郎、そういう時は舌にあうもん持ってこいってんだ。それか俺に合わせろ」
こいつは機嫌が良い時、杯を傾け酒精に舌鼓を打っていた。本日は相当上機嫌なようで、こうして朝日が昇るかどうかの時間まで酒を共にしている。
「なら今度は、高級な瓶に安酒を入れてもって来ましょう」
「それを俺に言うあたり、良い性格しているぜ本当に」
「お褒めにあずかり光栄です」
軽く肩をすくめてみせる。既に空となった皿の方はどこの料理店からかっぱらって来たのか鶏肉の料理が乗せられていたが、こちらは味だけで分かるが高価なものだった。やはり機嫌が良い、その理由はやはりあれだろう。
「しかし、ハティか。確かにかの狼は伝説扱いされてもおかしくない程暴れてまわったが、楽観しすぎじゃないか?搾りかすになったランザの能力がいかにあがろうと、元の体力が無ければ張りぼて。ウェンディがかき集めた魔法使い集団は、下手な戦闘団よりもよほど上手だぞ。人妖になっても、狩られて終わりじゃねえか?」
悪魔と魔法使いはその原初においては確かに関りがあった。始まりの一人が、悪魔に様々な知識を対価と引き換えに得てから数千年。当時の魔法使いの血脈達は血が薄まり知恵も失い廃れていき、現在では汎用性のある魔術具を扱うことができる人間が残る程度である。
しかし、それでも人目を忍んで細々と受け継いできた者達もいるようで、ウェンディが集めたのはそんな生き残り達だ。迫害や魔女狩りにあい、魔法のことを隠してはいても吸血鬼との戦争に騎馬民族襲来にあい、様々な歴史的事件に揉まれめっきり数を減らしてはいるが一人一人が非凡な集団である。
ランザ=ランテは人妖として産まれた瞬間、狩りとられるだろう。良いところとウェンディに対する嫌がらせで終わる筈だ。
それなのにテンは、ランザを夢魔に捧げられる行いに対してなにも行動をおこさなかった。エンパスがちょっかい出してこない限りは観察するのに留めることにしているが、解せない。
「師よ、計画というのは万事上手くことが運ぶ方が少ない。様々なアクシデントやトラブル、良くも悪くも予想外のことがおこるものです」
「まあ、そうだろう」
「最初に考えていた計画の骨組みは、もっと単純なものでした。私にとって嬉しい誤算は二つ。悪竜たるジークリンデが予想以上にお父様に心酔していたこと。お父様がクーラという野良猫を拾ったことです。エンパス教については、エンパス教やレント等嬉しくない要素も絡んで来ましたが問題はありませんでした」
確かに、と思わないでもない。クーラに関しては、あの多感な年頃にあれだけの衝撃を叩き付けられたうえに、本人にもその素養があったのだろう。刺激的な経験に陶酔し、愛着だか執着だか忠誠だか、洗脳だかを抱くことになっても無理はないかもしれない……が、ジークリンデに関してはそうも言えない。
古来、世界を制していたのは神、悪魔、竜の三つ巴であった。悪魔の知恵で神が零落したのを皮切りに悪魔や竜も人の成長の前に没落していったのは否定できないが、それでもあの竜が。それも好んで人間を玩具のごとく弄んだ悪竜たるジークリンデがただ一人の男に惚れ込むことじたいイレギュラーだ。
求められれば、知識をだす悪魔といえど他人の色恋だけは予測がきかない。だがしかし、それでも、そんな馬鹿なと呟いてしまうくらいにはありえない話である。
「まず悪竜はお父様と共依存の関係を築きたい。過去様々なことがあったでしょうが、人妖との度重なる死闘を経験することによりお父様も心を徐々に溶かしていくでしょう。クーラに関しても言えることではあるのですが、お父様は復讐に全てを注ぎ込むには優しすぎるのです。それは、私にとって業腹なことではありますが、それでも計画に利用することで呑み込みました。頭ではいくら否定しても、心は悪竜に気を許していく、それを良く思った悪竜はお父様の身体に自身を混ぜ込むでしょう。共依存の象徴として」
ノックでの戦闘。人妖と化したエルフ相手にランザは一度四肢を千切られ死にかけたという。その命を繋ぎ止める為には荒療治も必要だろう。全盛期とは程遠い悪竜は、それでも喜々として自分の一部をランザに植え付けた。
「本心では止めたかったですが、これも計画のうち。それ以上はご遠慮願いましたが、それでもお父様の体内に竜の因子とその刃が宿ったことになります」
「ああ、なるほど。欲しかったのは『贄』という力か」
悪竜としての特色、その因子を受けついた人間。それを人妖化させるとなると……か。
「流石私の師ですね。その通りです。そしてクーラ、あの猫がいた為お父様をさらに追い詰めることができました。夢魔の能力、血から精製したレッドアイは対象の意識を奪い幸福な夢の世界に沈めること。最初から目をつけていた効果ではありますが、あの灰猫を挟み込むことでよりお父様を追い詰めてから幸せな悪夢から目を覚まさせることができる。初期の案では、意識の底から行うサルベージはもう少し手前でしたが……これも上手くいったようで」
「そして共に呑まれたクーラから、お前の因子を受け取り人妖化のトリガーとしたか。晴れて、お前のお父様も化物の仲間入りか」
「ええ、ただ惜しむらくは……」
テンが黙り込む。なにかを考えるように下唇を軽く噛み、顎に人差し指の側面を当てていた。聞いている限り、計画は滞りなく進んでいるようだが。
「なんだ、なにかあったのか?」
「お父様が見ていた幸せな悪夢の世界、私は観測することができませんでした。因子として猫に取りつかせていた分霊は、もうお父様の内部に入り込み一体化しており反応がありません。見てみたかったですよ、あの生活が続けばどうなったかを。例えそれが、虚飾にまみれたものであったとしてもね」
問題はないと言いたげではあったが、それでも思うところがあったのだろう。妻子と良好な関係を持ち家族の一員としてその生活を送っていればどうなったか。そんなことを、考えるとはあまり思えないが。
「だが問題はありません。お父様は……クフッ……お父様が大事だったもの。大切にしていたもの、その全てを再度失うことになりました。その憎悪は、怨恨、喪失は、苦しみは全て元凶である私に対する怒りとして燃え上がる筈です。その時こそ、ようやく、ようやくお父様と全てを混ぜあうような殺し合いができます。ああ、早く、早く、早く、早く、早くしてください。その瞳を向け、牙を剥き出し、意識と精神全てを私に向けてくださいませ。それを全て受け止めてこその私の計画!願望!そして生き甲斐!逃げも隠れもしません!幾度、幾度夢見たことか!」
酒の杯を落とし、両の手で顔を覆いながら喜悦に満ちた視線を覗かせ半笑いをするテンを見て、改めてガスパルは思う。
人という種に、対価の代わりに知恵や技術を教えてきた悪魔ではあるが、人間の行動により予想を覆されることは幾度もあった。
その最たるものは、やはり神の零落だ。神は信仰を糧として力を振るう。与えた知識はそれだけであったと伝え聞くが、それを聞いた人はまったく新しい架空の宗教を作り出し、何世紀にも渡りそれを浸透させて既存の神から力を奪った。
驕りに支配され、叩き潰せるうちに手を打たなかった神側のお粗末さもあるが、それでも今の零落ぶりは当時の悪魔は誰しもが予想しなかっただろう。結果を観測した俺ですら、そうであるのだから。
テンも予想外の存在ではあり、計画の完成を微塵にも疑っていない様子である。だがしかし、どんでん返しというものは何時の時代にもどんな計画でもあるものだ。それは歴史が証明している。
「それに、忘れていねえか」
俺の呟きは、興奮しているテンには届いていないようであった。
「あの悪夢にも、お前に準ずる存在はいたんだぜ」
杞憂に終わる確率の方が高いと思うが、それでもと思う。テンの計画が成功しようが瓦解しようが知ったことではないが、夢魔の悪夢が完璧であればある程リスクも産まれるというものだ。
そして、再現された悪夢のテンがなにか毒を仕組んでいないかと言われれば、まあそこは俺にとっての楽しみである。仕組んでいない、不発に終わるならそれはそれでいい。だがしかし、その毒が思わぬところで牙を剥くならば。
この一連の事件、まだまだ目が離せなさそうである。
「なんだ、あれは」
誰かが呟いた。口には出さなかったものの、ボクも同意である。なんだあれ。
いや、なにが出て来たかは分かる。あれは悪竜ジークリンデの一部、まるで連結した刃のような命を刈り取る刃物の群れだ。
狼の背中から二対の刃物が飛び出し、背後の夢魔に突き刺さっていた。ビタビタとのたうつ触手が狼に巻き付き締め上げ、止めようとするが肉を抉り回転しながら刺さる刃物を止められない。
重症だがまだ生きていた夢魔の中心部に刃物が到達したのか、体内から幾つもの刃に分裂しその身体をバラバラに引き裂く。飛び散る肉片が、空間内に降り注いだ。
「夢魔が!」「我々の成果が!」「今からでもいい、急いで止めろ!早くトドメを刺して止めるんだ!」
各々が触媒を向け魔法を放つ。身を焼く炎が、切り裂く水流が、蝕む硫酸が殺到した。だがしかし、先程つけた傷と共に新しい傷口は煙をあげて再生していっている。その速さはまともな攻撃では意味をなさない程だ。
「まずいよ」
もはや夢魔等どうでもいい。計画は破滅したが、それを気にしていられる状況ではなくなりつつあるのは確実だ。
「射撃中止!みんな急いで避難しないと」
ニタリと、狼の口元が歪んだように見えた。夢魔から引き抜かれた刃が、高速の竜巻となり空間内で舞い踊る。
巻き込まれた魔法使い達は、刃の奔流に絡めとられていった。分断どころではない、細切れだ。人が人であったものに代わる、死体とすら形容ができるものではない。
生き残り達も、腰を抜かしていた。あまりの光景に動くことができないのだろう。
当たり前だが、現在まで生きてきた魔法使い達は自身の能力をひた隠しにして生存をしてきた。様々な魔法を扱えても、悲惨な殺しあいや暴力の世界に身をおいてきたものは少ない。僅かにいたそんな経験者は、今の奔流で死んでしまった。
「おのれぇ……あの化物をここに閉じ込めるよぉ!非常の備えを使う!本来ならここを要塞化するためのものだけど、背に腹は代えられないからね!動いた動いたぁ!動かないと死ぬよぉ!」
夢魔の食べ残しがあるのか、狼はまだ動かない。叱咤により生き残りが動き、装置が機動。この地下施設は、何代も前の魔法使い達が作ったもの。外敵にバレたことを前提にした施設操作の為、これで地下の秘密は漏れるだろうがそんなことを言ってはいられない。
あの狼は、ボク達を逃がすつもりはないだろう。ならば、内部を変形させ行動を封じてここに閉じ込めるのみ。あとの始末は、ボク達が姿をくらました後竜狩りにでもエンパス教にでもやらせておけばいい。命があれば、次につなげることができる。
「起動!」「起動しました!」「承認をお願いします!」
杖に魔力を込める。まったく、こんなことになるならば、もう少し時間をかけて低質な贄を数でそろえるべきだったよ。
杖の先端を足元に複雑に浮かび上がった魔法陣に叩き付けながら、そんなことを思った