家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 地上の教会を見守る男女がいた。

 

 互いに言葉は交わさず、少し離れた二軒の建物からランザが運ばれた教会を見張る。互いが互いに見える位置におり、死角をカバーするように監視を続けていたが定期的にだす互いのハンドシグナルは異変なしだった。

 

 ランザを捕まえた武闘家の男が出ていってから数時間は経っている。それ以外は中に侵入した路上生活者も出てきていないが、それからはなにもなく夜も白みはじめていた。

 

 新隊長であるランウェイは、なにかあった時何時でも踏み込めるようにエンパス教の情報を逐一収集していた。当然引き渡しをしたランザ=ランテだってそのまま放置をするつもりはない。今は悪竜たるジークリンデの研究と処理に優先度を傾けているが、時間の問題が解決し次第踏み込む予定であった。

 

 人手が足りず、忌々しい。

 

 帝国の災害に即時対応する竜狩り隊ではあるが、北方の異変に対する対応で半数以上が出払っていた。それも業腹なことではあるが、先発されたメンバーは主力級というべき人材達である。

 

 同じ竜狩りを名乗れても、部隊内で格差があった。言うなれば居残り組は後詰めの留守番隊である。この練度の差は、ある理由によるものだ。

 

 全ての人材が同じ練度で、高度な連携を維持して災厄に立ち向かうというのが竜狩り隊の伝統であるが、先代からランウェイへと代替わりしたことにより大きな変換機を迎えていた。

 

 元来の竜狩り、主だっては先代が率いていた竜狩り隊は少数精鋭を維持した特殊部隊であり、採用基準は年齢制限を設けたスカウトのみに絞るという徹底したものであった。貴族の子弟から市街の子供まで、素質があると判断されれば所属することを許されるといった具合だ。

 

 確かにその方法ならば、部隊の練度と連携は飛躍的に高まるだろうが、同時多発的に災害がおきた時手が足りないのではないか。年齢制限に引き上げないし撤廃や、厳しい採用試験を前提としたうえでの志願制導入等部隊の拡張をランウェイは常々提案していた。

 

 新隊長となったランウェイは早速自身の提案を採用し、それによって新たに集められたのが我々だ。

 

 先代は難色を示していたが、それでも託すと決めたからには口を出すつもりはないらしい。しかしそれに反発したのは古参の竜狩り達だ。

 

 採用緩和により練度も連携も未熟な新しい竜狩り隊の隊員達を同列とはみなさず、ランウェイの方針を無視して先代に指示を仰ぐような始末である。

 

 先代は北の異変を重視しており、ランザ=ランテとジークリンデについてはただちに暴発する存在ではないとして監視に努めるように提言していた。しかしランウェイは、例え暴発する可能性が低いにしても帝国内部、帝都に悪竜が入ることは好ましくないとしてその提言には反発をしている。

 

 自身の権限により竜狩り隊をランザ、ジークリンデ確保に使用したが新隊長に反発をする古参達は先代の提言に自主的に従い北方に展開をしている。

 

 新しい竜狩り隊隊員に慕われる一方、古参からは成り上がりと侮られるランウェイは自身の実績不足を原因としていた。再び竜狩りが一枚岩に戻る為、悪竜ジークリンデを討滅、その力を解析する成果をもってして分断している部隊を再びまとめようと目論んでいる。

 

 我々新参の隊員達は、ランウェイの方針には従う。確かに古参と比べれば実力差はあるものの、戦闘経験をそれなりに積み採用基準が狭い試験を乗り越えた実力はあり、連携や練度は訓練により時間が解決する問題たと自負していた。

 

 古いやり方に何時までも固執するのは、時代についていけない証拠だし、新しい方法ややり方は常に批判されるものである。

 

 だからこそ、成功を収めてこその説得力だ。ランザ=ランテを確保していないことは、画竜点睛を欠くというものだ。なんとしても、最悪遺体だけでも確保しなければならない。

 

 人手不足解消の為に組んだエンパス教の連中とは協定で一度は受け渡したが、然るべきタイミングで取り戻す。災害の芽を全て摘んでこその、我々なのだ。それは他人に、まして宗教組織に任せるべきものではない。

 

 気合を新たに入れなおしたところで、身体が大きく揺れた。眠気から船をこいでしまったかと一瞬考えてしまったが、すぐにそれは違うのだと気づく。

 

 建物が、大地が、恐らくは帝都全てが大きく揺れていた。不動の大地が揺れ動くという天変地異、産まれて初めての衝撃によりパニックに陥りそうになるがギリギリ持ちこたえる。頭は混乱していたが、視線はずっと教会から目を離さないでいた。

 

 「なんだ?」

 

 異変はすぐに発見できた。教会を中心に六本の象牙色をした角のようなものが石畳みを割り這い出てきた。故郷に生えている植物、芽が出たばかりの竹かとも見間違える大きさであったがそれは凄まじい勢いで螺旋を描きながら空へ伸びていき、頂点ではまるで花が咲くかのように大きく間を開けて広がった。

 

 空に六芒星が描かれ、難解な古代文字のようなものが線に沿うようにビッシリと描かれている。宙に浮かぶ図形が怪しげな光を放ち始めると同時に、全身の力が抜けていくような虚脱感にみまわれた。

 

 とっさに相方に対して逃亡するようにハンドシグナルを送ろうとしたが、視線の先で彼女も膝をついて脱力からか口から唾液を垂らしている。意識があるかどうかすらも、分からない。

 

 声を出そうとした瞬間、身体が突然空中に放り投げだされた。全身に激痛が覆い、宙に浮かぶなか下を見た瞬間、なにがおこっているのか思考が理解を拒みそうになる。

 

 巨大なドーム状のなにかが、せりだしてきていた。崩壊する潜伏していた建物と共に空に放り出されたとようやく理解した瞬間、迫りくるなにかが身体に激突した。

 

 意識が飛んだ瞬間まで考えていたことは、いったいなにがおこっているのかということだ。分からない、分からないと言うことは報告ができない。あれはいったいなん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜狩り隊、古参とは隔絶していた新人達がおこした拠点内は騒然としていた。

 

 「すぐに情報を集めろ!なにがおこっているのか、あれがなんなのか、近隣の住民は避難したのかすぐに調べるんだ!帝国軍や治安組織、掲げる大盾にも情報共有と協力を仰げ!ランウェイ隊長との連絡はとれたか!?」

 

 隊長代理の男が叫ぶ。非常時での行動力は流石試験を潜り抜けて来た者達だということもできたが、それでも地揺れ等誰もが経験していない災害に多少は浮足立つ様子も見て取れた。

 

 「地下の影響は!?」

 

 「魔術具の損傷具合はまだ不明!地下室で数人怪我人がでたようで、一部崩落しています!」

 

 「そんなことはどうでも良い!人的被害なんぞではなく最下層の奴がいる牢で拘束具がダメになっていないかと制御の魔術具が破損していないかをすぐに調べさせるんだ!弱っているとはいえ悪竜ということを忘れるな!さっさと取り掛かれ!」

 

 お世辞にも広いとは言えない執務室は荒れていたが、必要な装備をまとめ情報を集める為に隊員達は散っていった。新隊長のランウェイは、今は先代の様子を見る為に一度城に向かったがすぐに引き返してくるだろう。それとも、都市全体に襲った異変により混乱の対処に追われているか。

 

 少なくとも、ジークリンデを逃がす訳にはいかない。奴から竜に関する情報を引き出し、その肉体を然るべき研究と分析を終え廃棄するまで逃走を許す訳にはいかないのだ。

 

 近隣の情報、住民達の避難状況、そしてランザが囚われている教会を中心とした大規模な異変。見張りが二人ついていた筈だが、あの規模の異変に巻き込まれたとしたら生存は絶望的か。

 

 思わず握りこぶしを長机に叩きつける。エンパスの連中は、いやウェンディ=アルザスはなにを企んでいたというのだ。

 

 「牢獄の報告はまだか!?」

 

 ジークリンデの様子を見に行った者が戻らない。一瞬で最悪の状況が脳裏をよぎる。

 

 同時に馬鹿なとも思う。油断をしている訳ではないが、あれだけの傷を負い重傷となった半死人。死にぞこないの分際でいくら好機がきたとはいえ十数人単位で警戒していた包囲を破れるものか。

 

 いや、そう思うことこそ危険であるかもしれない。現に、様子を見に行った者が戻らないではないか。地下室はともかく、牢獄を見張る担当者すらあがってこない。

 

 「二人続け!一人はここで情報を精査し、残りの者は外の情報を集めにいけ!ランウェイ隊長が戻った時、すぐ動けるように周辺状況の把握に努めるんだ!」

 

 さして広くない地下に、ゾロゾロと人数を増やして降りても互いが互いを邪魔するだけだ。護衛として二名の部下を連れ、直接地下に様子を見に行くことにする。悪寒というか、嫌な予感が止まらない。

 

 解放されたままとなっている地下の隠し通路を通り、秘匿事項隠ぺいの為地下深くまで降りる階段を進む。降りきった先の扉に手をかけようとした瞬間、警戒せずとも異変に気が付くことができた。淀んだ雰囲気とむせ返るような血の香り。部下二人と顔を見合わせ、頷きあう。

 

 護衛が持つ武器は、かのリヴァイアサンの血を先端に塗布した特製の針が装填されたニードルガン。一見弾丸に比べれば頼りなく思えるような細針だが、竜にとって同族の血液は毒物だ。その効果は、実証済みである。

 

 ドアノブに手をかけ、扉を蹴り破る。二丁の銃口が部屋内部に向けられた瞬間、強烈な血の匂いが鼻に届いた。

 

 目についたのは千切れたように破損した拘束用の魔術具と、鋭利な刃物で切断されたかのような鉄格子。そこに拘束されていた悪竜の姿はみえない。ニードルガンで針鼠になり、ランスで急所を貫かれたのにかかわらず生存していた文字通りの化物であるが、動けるような状態ではなかった。まして、拘束を破るなんて。

 

 部下の一人が小さくえずく。床には見張りをしていた団員と、先程地下に状況確認によこした部下の死体が転がっている。腹が引き裂かれており、食用に適さない小腸や大腸が散乱していたが、心臓やレバー、脂肪に筋肉が食い荒らされている。血液と共に糞便の臭いまで鼻につく。まさに最悪の光景だ。

 

 「奴はどこに」

 

 だがしかし、そんな光景で怯むような者はいない。多少顔は引きつっているが、部屋の内部に部下二人が足を踏み入れた。

 

 「入るな!上だ!」

 

 恐怖に固まり、怖気づいてしまえばまだ助かったかもしれない。目の前で部下二人の頭上から連結された刃が降り注ぎ、頭頂部から両断される。天井の角、死角に張り付いていたか。無意識にでもこの光景に呑まれていたのか、気配を探るのが遅れてしまった。

 

 部下二名の死は、自分の責任だ。だが今はそのことを悔やむより、緊急事態の対応をしなければならない。上からの増援を呼ぶか?いや、狭い室内はジークリンデの独壇場。自在に蠢く刃の群れから逃れることは至難だ。

 

 それにここから大声をだそうが、上の階には届かない。背を向けて上階に走るか?背中から斬られてしまうのがオチだ。一歩一歩後ろに歩き階段を昇りながら、襲い来る刃を回避しながら昇ることは可能だろうか?いや、狭く足場が悪い階段で悪竜の攻撃を捌きながら生還できる確率は考えたくもない。

 

 ならば、と死中に活を求める為前に進む。腰にぶら下げた室内戦闘用の短剣を引き抜き血塗れの部屋に飛び込み、余計な情報を脳内に送り続ける視界を、瞼を閉じてシャットアウトする。

 

 盲目であるが故に、他の器官がそれを補う。ある武術の指南役である達人は「常人よりもよく視える」と嘯くこともある。あえて視界を封じることにより、強い気配を放つ竜の挙動を察し、視覚のインパクトにより惑わされぬ戦い方を十六で編み出して早十年。

 

 心眼の真似事くらいはできるようになったと自負をしているが、竜と対峙するのはこれが初めてであった。教会での小競り合いは対峙したうちには入らないであろうし、リヴァイアサン討伐は古参竜狩り隊の功績だ。

 

 二対ある鞭のような刃が迫りくるのを感じる。リングのような形をしている腕に装着した竜狩り隊の正式採用魔術具である赤盾に力を込め、障壁を展開。短剣と盾で刃を防ぐが、身体全体が痺れる衝撃を感じた。だが、死んではいない。

 

 足で、死体となった部下が握っていたニードルガンを蹴り上げる。赤盾を一度消滅させ、片手で気配に向け針を乱射。天井に張り付いていた悪竜は、不利と感じたのかその場から飛びのき扉を壊しながら階段とは反対方向、奥の部屋に消えていく。

 

 確か向こう側は、捕虜として捕らえた者の荷物や拷問用の器具が保管されている部屋だ。戦時国際法でも平和な時代であっても、肉体を過度に傷つける拷問は禁止されているが、だからこその秘匿された部屋だ。一通りの道具は揃っているし、薬品類等も保管されている。

 

 扉の向こうはそこそこ広い空間ではあるが行き止まりだ。適度な緊張感を得ながらも、悪竜相手でも自己流の心眼は通用したことに手ごたえを感じていた。大丈夫、やれる。

 

 深呼吸をしてから、足を踏み込む。棚や荷物のせいで死角が多い部屋ではあるが気配で探るかぎりはどこに隠れていようが分かる。再度の奇襲による一撃がお望みかもしれないが、そう簡単にはやられはしまい。

 

 棚が吹き飛び、重い器具が落ちる音が響いた。二対のしなる刃により頑丈で重い拷問具が保管された棚を吹き飛ばしたようだが、驚くには値せず。むしろがら空きになったその身体に針の群れを叩きこみ心臓に短剣を突き刺すチャンスだ。

 

 銃声が、響いた。しかしそれは、タタタ、という駆け足のようなニードルガンの音ではなく、腹の底に響くような重低音。身体が半回転し左半身、左腕から先の感覚が無くなる。

 

 「わりぃな、アンタちょっと強そうだし節約したくてなぁ」

 

 二つの刃に意識を奪われていたが、なにかを握っているのを遅れながら気づく。目を開けた時見たのは、ランザ=ランテの持ち物だった中折れ式のストックを削り軽量化した散弾銃だった。竜種が、人を見下す超常存在が銃器を使うなんてどういう冗談だ。

 

 「貴様……拘束を」

 

 奇妙な高揚感のせいか、激痛はまだ襲ってこない。予想外のことでしくじりをしでかした俺は死ぬ、それはまあ分かる。だがしかし、半死半生であった存在が何故急にこんなにピンピンしているのか理解ができなかった。

 

 超速再生の能力があるとしたら、とっくに行っているだろう。それとも、何時来るかも分からない絶好のタイミングを見計らっていたというのか。尊大で傲慢な竜が、わざわざ人が見せる隙を待ち続けたというのも奇妙な話ではあるが。

 

 「何故」

 

 「ああ、相棒に仕組んだもんから間接的だがひっさしぶりにでけぇ贄にありつけたもんでなぁ。今までは栄養不足だったけど、十数年ぶりにそこそこの量飯食った感じ?味はクソまずだったけど、なんつーかあれ……ゲロ甘に辛み成分たっぷり混入させたみてぇな複雑なまずさ。ああ、まずかった」

 

 「……なん…だと」

 

 ランザ=ランテか。クソ、やはり放置していい存在ではなかった。悪竜はあの男に、なにを仕組んだのだ。そしてエンパスの連中はなにをやっているんだ!

 

 これ以上ない程の緊急事態だが、血が足りなくなっていくのが分かる。当然だ、左腕があった場所から血がどんどん流れていくのだ。開けていた視界も暗闇に包まれていく。

 

 「今までもちょいちょいつまみ食いはできたけど、足りねえんだよ圧倒的に。まあ奴に合わせていたからというのもあるが、今でも腹五分ってところだ。ほんの少しでも力を取り戻しておきてぇところなんだよ、ということで」

 

 額に銃口を突き付けられる。眼前に迫る死に、不思議と恐怖は湧かなかった。

 

 このままでは、とんでもないことになる。もしかしたら、騎馬民族襲来以来の、いやそれよりも遥かに厄介な災いが訪れるだろう。口惜しいのが、それを止めることができない自分だ。ランザを無理やりにでも確保していたら、悪竜をあの場で殺しておけば。

 

 「安心しろよ。この施設に詰めている連中は、全員オレが残さず喰らい尽くしてやるからよ。せいぜい、安心して逝けや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ。まさかオレがこんな玩具に頼るなんざなぁ。まあ脆い連中には丁度いい凶器か」

 

 相棒の匂いが染みついた散弾銃を片手で弄ぶ。使い方は何度も見て来たものの、まさか使うことになるとは露とも思っていなかった。まあ体力の節約にはなったし、玩具には玩具なりの使い道があるというだけだ。

 

 目の前の頭が吹き飛んだ男がズルリと床に崩れる。帝都の竜狩り隊、一度は不覚をとったが聞いていた以上にはあっけない。こいつはそこそこやる方だったが、他の連中はさして話にならなかった。

 

 まあ今の時分ならむしろ好都合。少しでも腹の足しにして力を蓄えるのが先決だ。

 

 ランザの阿呆はまだ死んではいないようであるが、感じる気配がこれまでとは大きく異なる。人間ではなく、感じるのはアイツが追いかけていた人妖のそれだ。そしてアイツは、よく分からんクソまずい生物はともかく、今の時点で何人か殺しているのを感じる。

 

 アイツが、人殺しを可能な限り避けていたアイツがだ。状況にもよるだろうが、さも簡単に殺してのけた。道中襲いかかってきた賊にすら、殺人を前提にした攻撃を避けていた奴がだぞ。そりゃ不慮の事故ってのはあったがな。

 

 人妖になると、意識や感覚が向こうの方に引きずられると聞く。単純にいえば、理性よりも本能や感情の方が強く前に出る。なにに執着するかは、人妖と成り果てたきっかけ次第だ。

 

 「ハッ……ミイラとりがミイラってか。クソ面白くもねぇ」

 

 少なくともそんなものは、そこらの獣と変わらんような存在はオレが目指すものじゃねえ。野生に狂うのなんざ誰にでもできる。

 

 アイツには、理性的に染まってほしいんだよ。悪竜ジークリンデが目をつけた存在が、畜生風情だったなんてタチの悪い冗談だ。オレは獣を相棒にしたい訳じゃあねえ。力ずくでも引き戻す必要がある。

 

 その為には、これまでのように慢性的な飢餓感に襲われながら戦うのはもはや不可能だろう。人妖と化した奴がどの程度のものかはまだ測り切れていない。

 

 これは勘だが、恐らく人妖化のトリガーとなり核になっているのはクソ猫に憑いていた雌狐だ。そして奴の身体には、オレの一部や吸血鬼の血まで混入しているある種のキメラとなっている。今や、正体不明のよく分からん生物すら贄として殺戮して吸収した。ただの人妖で終わる保証はない。

 

 いやむしろ、あの雌狐が丹念に仕込んだ結果の人妖化だ。エルフのクソ共が時間をかけて作り出した、巨人や植物女とは比べ物にならない程強力だろう。大好きなお父様との殺し合いを望む雌狐ならば、そこに労を惜しまない筈だ。

 

 ぶっ飛ばして冷静にさせるのも、業腹ながら今のオレには厳しいかもしれない。だからこそ、喰らう必要がある。

 

 「アイツが人外の力に溺れ。オレが人間の玩具を使うなんて大した皮肉だぜ。まあいい、なんだかんだ言いつつ、一回は使ってみたかったのもあるがな」

 

 連結刃を宙に振るい、刃の一部を分離させる。空中で弾頭のように変化したそれを散弾銃に振るいながら装填し、銃身を戻す。火薬が必要ではあるが、弾丸はオレの気合で飛ばす。

 

 オレという存在がいながら、散弾銃を多用する奴には思うところがあった。だがそれとは別に、散らばる弾丸が装甲を貫通し人間程度ならやすやす身体の一部を血霧に変えるだろう威力は、多少なりとも興味があった。そういう理由もあるし、仕方ねえから持っていってやらんでもない。

 

 「さあて、メイン前のオードブルだ。しっかり喰わせてもらうかな」

 

 エルフの脂身の少ない味気ねえ肉は喰ったが、人肉も考えてみれば久しぶりだ。勿論、モスコーでの相棒や治療の為に行う捕食はカウントしないことを前提としてだが。

 

 こうして他の野郎や女を喰って思うことだが、やはり相棒の肉が一番美味い。多少人間の生活によって味は上下するものではあるが、もしや感情で味覚が変化することもあるのかと思うほどである。

 

 もっとも、人外に堕ちた野郎の味は分からんが。

 

 相棒が堕落するとしたら、オレの囁きによってだ。決してファザコン拗らせた気持ちの悪い雌狐の執着によってではない。

 

 肉を噛み千切り、呑み込む。血液で喉を潤し、少しでも力を蓄える。この帝都がどうなろうが知ったことではないが、相棒は必ず取り戻す。オレ好みに染めなおす為に。


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