家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 人類との歴史を紐解いていけば、悪竜ほど深く人と関わった竜種はいないだろう。行動が読めず凶悪、数年間姿を消していた時期もあれば、フラリと現れ街や都市を根こそぎ食らい尽くすこともあった。

 

 時には為政者の懇願を聞き入れ贄と引き換えに力を貸すこともあれば、肩入れしていた勢力の懇願をある時から聞く耳持たなくなり壊滅していく様を楽しんだりもしていた。気紛れでとある作家と対話をし、機転を利かせた会話に褒美をとらせることもあれば芸術の楽園(後に賄賂で腐りきっていたことが判明)と呼ばれた国を壊滅させ『退廃の園』という署名を残していくこともあった。

 

 無秩序で愉快犯。海洋に出た船を襲う海竜や火山地帯で眠りにつく火竜と違い、悪竜ジークリンデ程良かれ悪かれ、積極的に人類と関りをもっていた。悪かれの方に比率がでかい、良かれ悪かれではあったが。

 

 彼女と対峙をして生き延びた、その作家は自身の著書にこう書き残した。『悪竜ほど、人類を愛している竜はいないだろう。それは玩具に対する執着のようなものではあるが』と。

 

 ジークリンデは、長生きするつもりはなかった。刹那的に楽しみ、憎悪を集める。さあ勇者よ、悪辣非道な竜を倒しに来い。それこそが伝説だ、ただ長生きだけして、後におこるリヴァイアサン討伐のような、有象無象共に蹂躙されるだけの害獣に成り果てるのはごめんだった。

 

 勇者は現れた。だがしかし、その結末は期待したものではなかった。身勝手な愛と期待が手酷く裏切られた。勇者とその軍勢は、悪逆非道、殺すべき絶対悪であるオレのトドメを刺しにはこなかった。害獣のように、追い払うだけで良しとしてしまった。

 

 そして今、人類に向けていた寵愛は全て一人の男に注がれていた。伝説にも歴史にも残らない、異形狩りの偉業。当初の夢破れた自分には丁度いい。

 

 あがく。どこまでもあがく。実力不足を痛感し、頼りたくない力にも頼り、血反吐を吐きながら前進をする。ベクトルは違いすぎるが、かつての勇者を思い出していた。こんな男、或いは女との戦闘でオレは、華々しく散りたかったんだ。

 

 夢破れたオレは、こいつの力で良い。平凡な生活を送るならそれでよしであるが、あの時のように修羅の道を歩むなら、絶望的な状況のなかで諦めずにオレに向かってきたこいつを助けてやりたかった。歴史に残らないが、歴史的偉業にどこまで食らいついていけるのか、見たかった。

 

 『解釈違いってやつだぜ相棒。なんだそりゃ、滅茶苦茶じゃねえか。そうまでして、殺し合いをしたかったのか?』 

 

 ぐちゃぐちゃだ。なにを背負い、なにを取り込み、なにをして枷が外れたのか分からない。人妖は人から変異する際、感情や理性に大きな変化がおこりえるが、その魂も肉体も様々なものが混じり合い混沌化している。

 

 主な感情、意志は相棒のものではあるが、力に呑まれているのかまるで魂は三下のそれだ。少なくとも、人殺しをあれだけ避けてきた野郎ではない。

 

 あれでは、ダメだ。まるで物語に出てくるやられ役の怪物。オレのように、惨めな末路を迎える結末しか見えない。そんなものが見たいから、肩入れしていた訳ではない。

 

 『オレは、オレの好みと希望をお前に押し付けるぜ。そんな力に酔った怪物なんかじゃねえ、血反吐まき散らしながら進むお前が良いんだよ。悪竜ジークリンデが宣言する、ランザ=ランテ。オレが、今のお前が進む道行を阻む』

 

 水色のキメラと化した巨狼と対峙するのは、黒鉄鎧のような甲殻に身を包んだ悪竜本来の姿。背中から複数の連結刃を生やし、一本一本がナイフのような並んだ刃をぎらつかせ、長らく人類の表舞台から遠ざかっていた悪竜が姿を現した。

 

 『雌狐』

 

 自慢の怪物となったお父様が、自分以外の羽虫に注意を向けた事実。向けられるべき殺意を、目の前で他に奪われたことに膝をついて座り込み呆然としていたテンに声をかける。テンは肩を震わせ、こちらを見たのが分かった。

 

 『化物の先輩として一つ教えてやるよ。いかに超常存在だろうと、なにもかもが自分中心に回っている訳じゃないってことをな』

 

 さて、と狼に向き直る。今のお前には、オレの相棒たる資格はない。

 

 『こいよ「三下」人間やめなきゃ良かったってこと、教えてやるぜ』

 

 狼が、動く。先程竜狩りの羽虫共と対峙し、迎撃していた時とは違う、敵対者に対する先手をもった突進。ぎらつく牙で首筋に噛みつくつもりのようであったが、二対の翼を羽ばたかせ上空に飛んで回避。この形態、本来の姿をとるのは遺跡にて退屈に過ごしていた時以来だ。久々に、空を飛ぶ感覚を味わう。

 

 胸部の人型から、火蜥蜴の群れが放たれる。刃列で炎をかき消したがそれは目くらまし、散々煙玉なんていう小細工で敵を欺いてきた奴らしい。炎蜥蜴の群れを隠れ蓑に迫る巨狼の連結刃を、こちらの刃で迎撃する。驚愕したように目を見開いていたが、甘い。こちとら本家本元なんだぜ。

 

 『オレには水竜や火竜のようなブレスはねぇ。だがこんなのはどうだ?』

 

 着地し、大きく呼吸をする。胸部を膨らませ、咆哮と共に吐き出したのは骨による散弾。

 

 広範囲に広がる礫に、狼は大きく回避行動をとる。背の高い建物を盾にするように走るが、それでも無傷とはいかずに皮膚にいくらかの骨弾がのめり込んだ。

 

 着想を得たのは、何度も奴が使っていた散弾銃。人間として、可能な限りオレに頼りたくなかったランザが用いた玩具。邪魔くさいと思いつつ、壊そうと思えば何時でも壊せたそれを難癖つけながらも持たせたのはあれは奴が使う人間としての力だからだ。

 

 オレに頼ってほしくても、一から十までオレに頼りきりと言うのもなにか違う気がする。反発心を持っていてもらった方が、関係性というものは心地好かったりするから、心境としては複雑なものだ。

 

 そしてその反発心がへし折られ、心の底からオレに頼った時こそ、奴が悪竜の加護を得た新たな災厄となる資格がある。あんなごちゃ混ぜになった、本能のみで動いているようなキメラこそが奴の終着点等認めない。

 

 端から見ればなんの違いがあろうかと思われるだろうが、譲れない一線というものはあるものだ。

 

 近接戦に持ち込むことを諦めたのか、狼は背の高い建物を選び盾にするように走り回る。背の低い建物を散らしながら、周囲を周りつつ火蜥蜴による牽制が飛んできた。

 

 火蜥蜴の連打を雑にかき消す。どこで仕掛けて来るつもりか、そのまま走り続けてもこちらのブレスによる応撃で盾となる建物はどんどん削れていっている。動くとしたら虚をつく動きをするだろう。対応してやるよ。

 

 こちらからの接近には距離をとる。巨大な時計塔の回り込み、その背後から障害物を周りながら十数匹の火蜥蜴が放たれた。殺到する魔法生物の数はこれまでとは比べ物にはならないが、まだこの程度かと言える。舐めているのか。

 

 『くだらねぇんだよ三下がぁ!』

 

 全ての連結刃が火蜥蜴をかき消し、背後の時計塔を貫き乱暴に切断する。中央部が崩壊した時計塔は崩れ落ち、街並みを潰しながら瓦礫となったがその背後に狼はいなかった。時計塔の上でもない、そのさらに上か!

 

 月明かりをかき消すような、月を喰らう者の跳躍。迎撃し損ねた刃が鱗を貫き身体を裂く。元は我が刃ながら、鋭利にすぎる。

 

 着地をした狼は、牙を剥き出しにして時計塔の瓦礫に前足を置き遠吠えをした。周囲を観察すると、奴が隠れた地点の地面が抉れている。

 

 その跳躍力と、自身の連結刃を地面が抉られる程叩きつけた衝撃により、時計塔よりも遥か高みに飛び上がっていた。火蜥蜴の大群は、それに気づかせない為のもの。精々時計塔の頂上からだと思っていた攻撃は、それよりも遥か高高度からの奇襲攻撃に代わっていた。

 

 獣としての本能と、今まで対峙した異形共との経験が奴の戦闘能力を底上げしている。自分を殺せるように、誘導していった雌狐の成果がことごとく現れていた。演技で敗北した遺跡での一戦とは違い、本当に虚をつかれた一撃。翼を持たない相手に、上空をとられるという不覚。

 

 狼が、笑う。前足を時計塔の瓦礫に叩きつけた瞬間、石の塊が積み上がり、自身と同じ形に作り替えていく。魔法で造られた石くれ、狼の形をしたゴーレムが三体産み出された。

 

 連結刃こそ生えておらず、オリジナルよりも幾分か小柄ではあるが生物のように牙を剥き出しにしたそれは、こちらに襲い掛かってくる。

 

 『オレの力を嫌々使ってたくせに、他人様の力をこれでもかと使いやがって。複雑だなおい』

 

 流れる血を空中に引きながら後退。二体の石狼から逃れるが、そのうえから跳躍してきた石くれが飛びかかってきた。身体を半回転させて尻尾で迎撃、側面をぶっ叩かれた石狼は横に吹き飛び建物を巻き込みながらその身体を礫に変えて飛び散った。

 

 月明かりが陰る。翼を羽ばたかせ背後に下がると、跳躍した狼の牙と刃が先程までいた場所に殺到していた。着地を狙いブレスにより散弾をぶつけようとするが、石狼の一匹がそれを庇う。広範囲に広がるブレスは便利だが、面での攻撃を押し出し攻撃射程が短い散弾では目の前の一頭を潰しても背後の存在を狩るまでには至らなかった。

 

 砕けた石くれを乗り越えて狼が接近。今度こそ掴んだインファイトのチャンスに、獰猛な顔を浮かべていた。連結刃同士が火花を散らしながら打ち合うが、何本かを最後の一体である石狼がその身体と牙で押し留める。懐まで潜り込んで来た狼の顎が、こちらの前足を捕らえた。

 

 『おい』

 

 声掛けに反応するでなく、狼はギリギリと顎の力を強める。前足をこのまま噛み千切るつもりなのだろう。現に、その膂力はある。なにもしなければ、その通りになるだろう。

 

 『はぁあ……成程なぁ』

 

 その殺意剥き出しの攻撃。人殺しに躊躇をしなくなった理由。近距離から観察して、理解した。

 

 『いるんだな、そこによ』

 

 こいつはテンに殺意を向けてはいたが、他者に対する攻撃性はこいつの本質ではない。ランザ=ランテの本質は防人。家族を護りたかった男の自暴自棄が、復讐と言う攻撃性に身を任せていただけだ。現にそれは、護る対象を得たことにより浮かび上がりつつあった。

 

 護る為に、人を殺す。それがこの人妖としての本質。雌狐はそれを見誤った。

 

 しかし、それでもやはり復讐という憎悪は強い。本来の性質を上書きし、アレの思う通り殺し合いになる可能性も高かったとは思う。なにがあって心境が変化し、雌狐に復讐心以外の感情が芽生えたのかは知らんがそれこそが誤算であったのだろう。

 

 『世話、焼かせやがる』

 

 さて、オレの選択肢は二つ……いや一つか。

 

 久しぶりの竜姿での戦闘は想像以上にカロリーを使うものだ。言い訳がましいが、全盛期に比べると身体全体が硬く感じるし、消耗が激しい。元々が贄不足により飢餓状態だったのだから、これだけ動けたことに文句はないのだが。

 

 狼の瞳が見開く。互いの連結刃が絡まり合い火花を散らしていたのだが、徐々に力負けしていっているからだ。複数の刃を抑えていた石狼も軋むような音をあげて亀裂がはいっていっている。今持てる力での全力。不完全な全力であるが、力に溺れ野生に溺れた獣には充分だ。

 

 獣に堕ちた時点で、お前はランザ=ランテではなく三下の害獣。それを教えてやる。

 

 『オレの口は、お喋りするか礫を吐く為だけにあるんじゃないんだぜ』

 

 狼の首筋に噛みつき、その巨体を顎と首の力で横に振るう。前足からズルリと牙が抜け、巨体が建物の瓦礫を巻き込みながら吹き飛び地面に転がった。

 

 『古来において、神話とは力だった。良い言葉だよな、オレのセリフじゃねえけどよ』

 

 刃を抑えていた石狼が砕け、のしかかりで邪魔をしていた重しが消えた翼を羽ばたかせ突撃する。起き上がりかけていた狼を側面から体当たりで妨害し、その脇腹に前足の片方を乗せた。

 

 抵抗しようと蠢く狼の連結刃を残りの前足で踏みつけ、行動を妨害する。火蜥蜴を放とうしていたが、散弾のブレスにより胸部を破壊。千切れかけた人型は胸の中にしまわれ、引っ込んでいった。

 

 連結刃を狼の身体に食い込ませ、首筋に噛みつく。狼がうなり声をあげながら抵抗しようとするが、手段はことごとく潰した。吸血鬼の血が入っているせいか、胸部が煙をあげて再生しようとしているがやはり速度は遅い。他の取り込んだ存在とは違い、サグレの血はほんの少量しか身体に混じっていない。あの超速再生までは再現できないだろう。

 

 最初のブレスで散弾が身体に開けた穴から、触手のようなものが伸びて抵抗するように巻き付いてきた。この気配は、あのクソまずい贄のものか。汚物まで取り込みやがって、節操無しかお前は。

 

 人という器から要領が溢れた力を、贄として吸い出す。これだけ膨大な魂の総量を維持し使用する為に人妖に変異したというならば、その溢れた魂を贄として吸い取り正常に戻してやるだけだ。

 

 ただし、これはオレにとっても非常にまずい。様々な魂を混ぜわせたヘドロのような毒物。滅茶苦茶砕けた言い方をすれば食い合わせが悪い。単体では無害なものが、組み合わせることによって食中毒の引き金になるようなものだ。

 

 分けて喰うことと、一つに混ざりあったものを喰うことには大きな違いある。オレという存在に、流れ込んでくる複数の意思がまるで浸食してくるというものだ。

 

 しかしまあ、相棒よ。これだけ混沌としたものを呑み込んで、主人格はお前なんだな。そりゃ人妖としての行動原理に呑まれちゃいたが、やはりオレの相棒は大したもんだ。

 

 だがしかし、お痛が過ぎたな。

 

 狼の抵抗がどんどん少なくなり、暴れる身体が地に沈む。小さく唸り声をあげて気を失ったところで、口を離す。全ては流石に吸いきれない、オレはまだ余力を残しておく必要がある。まったく気持ち悪いし頭が割れそうだ。不快感がかつてない、吐き気があるのに何時までも吐けない気分で困る。

 

 多数の人間が近づいてくる気配を感じる。怪獣決戦が終わり、残った方を叩きに来るのであろう。ひと暴れする理由はないし、その為に余力を残した訳ではない。

 

 前足で狼をしっかりと掴む。飛び立とうとしたその時、雌狐が目の前に現れた。その顔は、まるで親を連れ去らわれた小さな女の子のように泣き顔で歪んでいる。

 

 「待って、待ってください。お父様を連れていかないでください。違うんです、こんなことを望んではいなかったのです。今度はちゃんとやります、私だけを害するように仕向けます。お願いします、だから連れていかないでください、お願いします、お願い……お願いだから」

 

 大きなため息を一つ。冷静さを欠いていて、気づいていないのか。それとも、気づいていても気づかないふりをしてなけなしの理性を保っているのか。どちらにしても、オレにはどうでも良い話だ。

 

 『もうこいつは、お前に殺意を向けることはねえよ。オレがいない間になにがあったか知らんが、それだけの変質……いや、心境の変化があったようだぜ。この悪竜が断言する、こいつは二度とお前が思うような存在にはならねぇだろうよ。さっさと、別の道か生き方を見つけるんだな』

 

 雌狐、テンの悲鳴が夜空に響き渡った。あれだけ蒼々と輝いていた月光が途切れ、夜の闇が周囲を包んでいる。

 

 瓦礫の山。このなかにどれだけ逃げそびれた人間どもが埋まっているかは分からん程だ。やれやれ、オレが介入するまでもなく、立派な災厄だなお前はよ。

 

 翼を羽ばたかせ、飛び立つ。オレの精神力が尽きる前に、ここを離れるだけ離れる。必要なのは、時間だ。

 

 人間どもの軍を飛び越え、城壁を越え、北を目指す。落ち延びる場所に、一つだけ心当たりがあった。問題はどこまでいけるかだ。

 

 川を越え、山を越え、街や村の上空を通り過ぎる。巨大な飛行生物を見た村や町の連中はパニックになっただろう。少しだけ昔を思い出すが、昔と大きく違うことがある。

 

 ついに、限界がきた。目的地まであと少しだというのに、姿と力が保てない。ざまあねえ、こちらの方が本当の姿だっていうのに、省エネで変化でき、長い間保っていた剣に封印された状態や人型の方がよっぽど楽になっちまったみてえだ。

 

 雪がチラつく空から、雪原となっていた地平に浮力を保てず落下する。地面に線を引き、墜落。狼も投げ出され、雪原に転がった。

 

 形が徐々に縮み、オレは人の姿に変わっていた。それと同時に、狼も姿が光輝き粒子となってその消えていく。

 

 「ああ、やっぱりな。魂が癒着してやがる。たく、混ぜ物みてぇになりやがって面倒くせェ」

 

 雪原には、相棒とその腕の中で小さく呼吸するクソ猫が転がっていた。ランザの腕は、護るようにクーラを抱え、クーラの腕は離さないようにランザの腰に回っている。

 

 「あ~あ……好みじゃねぇ、つくづく好みじゃねえがよ。でも、ひとまず護れてんじゃねえか、お前が護りたかったもんが……な」

 

 酷く、疲れた。沈んでいく意識に身を任せる。ここまできたら、もう良いだろう。本当に、悪竜ジークリンデ様も……丸くなった……もん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか、本当にいたとは」

 

 雪原を歩む集団の戦闘。フードを被り口元を隠した男が呟いた。

 

 主の指示により雪原地帯に足を延ばしたが、まさか本当に怨敵が目の前に現れるとは思わなかった。悪竜ジークリンデ共々、無防備に雪原にて転がっている。

 

 「エルバンネ、今なら」

 

 「よせ」

 

 憎悪の視線が部下達から注がれ、そのうちの一人が早くもナイフを抜いていた。だがそれを、手で押さえ留める。

 

 「それをしたところで意味はない、我等の気が晴れるだけだ」

 

 「しかし」

 

 「二度も言わせるな。我等とて外様の身だ、ここを離れたら、もう身を寄せる場はない。それとも、ミハエルやナロクのように無駄死にしたいのか。主が必要だと判断したなら、それに従う。それが今や流浪となった我等の役目だ」

 

 あの日、我等の計画が崩れた時、不審な山火事の消火活動を行っていたおかげで僅かな生き残りと共に死地から脱することができた。流浪と逃亡の屈辱に満ちた日々ではあるが、それでも人類に一矢報いてやりたいという気持ちは変わらない。

 

 フードを脱いで、顔を露わにする。直接面識はなかったがあの日、ナロクが捕らえ拷問をした男。我等が森を襲った人間の一人であるランザ=ランテ。憎らしい気持ちはあるものの、今は弁える。肩に手を回し持ち上げ、周囲の生き残ったエルフ達を顎で促す。

 

 「借りるしかないのだ、こいつらの力でも」

 

 そうでなければ、我等は討ち滅ぼされる。どんなか細い可能性でも、私怨を呑んですがるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見世物としちゃ上等だった。予想外の展開だったからな」

 

 生気なくへたり込んだテンの前に、歩み寄る。人生を欠けて費やしてきたものが崩壊した衝撃から、現実逃避をするように放心をしていた。

 

 「いや、ある意味ではこれも予想内か。別にお前はなにかに負けた訳じゃない、強いて言うなら自分に敗北したってところかねぇ。それで、これからどうするんだい」

 

 呆けていたテンが、口から漏らすように声をだした。それは自信に満ち溢れ、殺意こそが最上の繋がりと公言していた人狐とはかけ離れた生気の無さだった。

 

 「分かりません。なにも分からないんです、師よ。私はこの先、どうやって生きれば良いのでしょうか?なにを目的にしていけばいいのでしょう?」

 

 「悪魔は供物や対価と引き換えに知識や情報を渡す。だがそんな、人生云々や目的云々なんぞ哲学的な知識を渡した悪魔なんぞ有史以来存在しないね。決断するのは、手前だ。俺がなにかを教えるとでも思うか?」

 

 「分からない。助けてください……お父様、助けてください。お願いします」

 

 「なら助けてあげようか?」

 

 歩み寄るのは、優男。背中に大剣を背負った、エンパス教の守護騎士長。

 

 「レント=キリュウインか」

 

 「悪魔の知恵を借りた者の末路だ。哀れなものだな」

 

 人の殻を借りた寄生虫、エンパスもその傍らにいた。瓦礫の山と化した帝都内にて、再度の対峙をする。

 

 レントが歩み寄り、テンの肩に気安く手を置く。以前の彼女であるならば、それすら許さず侮蔑と共に跳ねのけたであろうが今のテンは抜け殻のようなものだ。抵抗の意思を見せず、ブツブツと呟いているのみである。

 

 「おや、抵抗しないのかガスパル。随分とこの狐に目をかけていたようだが」

 

 「テメェ等がどちらか一人だけならしても良いが、二人がかりじゃな。近くに待機しているだろう取り巻きのことも考えると、逃げるのが精一杯かね」

 

 「関心関心、悪魔ってのは引き際をちゃんと心得ているのなぁ」

 

 ニタリとした笑みを、レントが浮かべる。放心状態のテンを抱きかかえ、舌をだして挑発するが別段思うことはない。

 

 「組み込むつもりか、そいつを」

 

 「柱の素体としては丁度いいのだよ。貴様の入れ知恵による人工物ではない、天然にして最高級の人妖。その容量は、常識外れと言っても良い。精々使い道を誤るようなことはせぬさ。貴様のようにな」

 

 エンパスの勝ち誇ったような表情。つくづくこいつらとはノリが合わん。

 

 「お前はなにもかもを強制する。なるほど、計画は上手くいくかもしれないな。だがそんな計画の果てにあるものはなんだ?俺にはユートピアに見せかけたディストピアにしか見えんがね。そんな詰まらない世界を打ち立ててなんになる」

 

 「このテンなる娘さえ、力を持っていても貴様の入れ知恵で破滅した。人に知恵の果実は早いのだよガスパル。我らの管理下に今一度戻す必要がある、人は盲目な羊であるからこそ、生存できるのだ」

 

 「そして家畜化した人間達から、信仰と言う肉を収穫するつもりだろうお前等はよ。だが舐めてやがるよ、人間を。断言してやるよ、お前達の計画は破滅する。いや、悪魔らしく、俺が人間をそそかし、そうしてやるさ。人間は知恵の果実を食う権利を、とっくの昔に取得しているんだよ」

 

 エンパスが鼻で笑い、手を掲げる。二等辺三角形をした光が周囲に浮かび上がり、高速で飛来。袖から伸ばした鎖により迎撃をしながら離脱。本格的に戦闘になったら、周囲に待機させている加護を受けた人間どもも押し寄せるだろう。包囲される前に逃れるしかない。

 

 「負け惜しみを」

 

 エンパスが呟く。心底くだらないと思っての言葉だった。

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