家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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帰郷


 心地の良い潮風が頬を撫でる。深く青い海と水平線の彼方にて空と混ざり合う景色は、殺伐とした光景に見慣れた身にとっては心地の良いものだ。さざ波の音も、気持ちがいい。剣戟の音も、銃声も、火薬の破裂音や泣き叫ぶ声、そして断末魔に慣れてしまった耳は、癒しと自然が奏でる穏やかさを感じていた。

 

 「見慣れている時は、なにも感じなかったのにな」

 

 横転して朽ちた漁船の横を通り、砂浜から内地に向けて歩く。崩壊した漁師の物置小屋から少し進むと、雑草が生えつつある道が続いていた。かつての記憶を脳内で思い出しながら、道を踏み敷いて歩いていく。夢の世界では、テンが一時期せわしなく行き来しており、漁師の意見を元に魚を仕入れに来た商人相手に金銭交渉をしていたものだった。

 

 かつて人々が暮らしていた、山と海に挟まれた土地に建てられた小さな村。連合王国でよく見る木造家屋のほとんどは根元から潰れて崩壊し、植物の蔦が巻き付いていた。人の気配は感じず、中心部の井戸まで歩いてもその崩壊具合は変わらない。

 

 「ん?」

 

 人の気配は感じない、と考えた直後であったが、違った。杖をつく音を響かせながら、こちらに近づいて来る足音。隠れずに待っていたら、道の向こうから歩いて来たのは見覚えがある老人であった。手には花束を持ち、難儀そうな顔をしながらゆっくりと一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

 「誰か、いるのか。珍しいな、ワシ以外に訪問者など」

 

 そうだ、この人はいなかった、あの夢の中に。あそこでは、俺に釣竿を渡したのは村長の仕事だったか。だが本当の世界で、俺がテンと出会う、きっかけを作ってくれた人。

 

 「久しぶりです。おじいさん」

 

 「この声……もう目は昔に比べ衰えたが、耳はまだ健常。じゃがこれは驚いた」

 

 禿頭の頭をあげ、老人と目が合った。あの時は人をこき使うが自分もよく働く元気な爺さんだったが、腰が曲がり眉毛がすっかり白くなっている。それだけの時間が、過ぎたのか。

 

 「ランザ、生きていたのか。あの日以来一日も帰らず、てっきりもう死んでいるものと思っていたが」

 

 「本当に、久しぶりです。まさか貴方に会えるとは思わなかった……。この村、なにがあったのですか。何故こうまで荒れて、果てているのです」

 

 老人がゆっくりと歩を進める。村の中心部にある井戸の手前まで訪れると、手に持つ花束から花を半分ほど取り出して添える。静かに祈りを捧げた、十数分程そうして過ごしただろうか。目を瞑ったまま、口を開いた。

 

 「妻子を殺されたお前が村を出た後、何か月後じゃったか。この村、皆が寝静まった時間帯に突如高波が襲いきた。ワシは、息子夫婦と孫夫婦が街に住んでおるでな。当時は孫が祝言をあげるということで、ワシは街に泊まりにいっておったので難を逃れたが、高波は村のほとんどを押し流してしもうた。僅かに残こる生き残りも、ここを捨てていった」

 

 老人はそう言って、山側の方向に歩みを進める。杖をつきながら、整備されず草が生える道を進んでいく。この先にあるのは、俺が働いていた工房だ。

 

 互いに無言で歩む。進んでいる最中、アリアやミーナ、テンと暮らしていた家の前も通り過ぎる。誰も住まずに波に襲われたそこは、崩壊こそしていなかったものの今にも崩れそうな廃墟となっていた。

 

 季節の野菜を育てていた庭は雑草で覆われ、穴が開いた壁からミーナが三歳になったら遊んでもらおうと制作していた、安楽椅子の足がついた馬の玩具が作りかけのまま横倒しになり朽ちて黒く変色している。金目のものは物盗りが入ったのか、持ちだした覚えのない工作道具は軒並み消えていた。

 

 テンと庭で野菜弄りをし、アリアと並び料理をして、ミーナをあやそうとして失敗した思い出が詰まった場所は、壊れてしまったそれに相応しいように風化をしている。もうここは、お前の帰る場所ではないと家が語り掛けているようだった。

 

 少し自嘲気味に笑ってから、ゆっくりと歩く老人の歩幅に合わせて歩く。途中何度か休憩を挟んだが、互いに無言であった。老人はなにも尋ねず、俺もなにも言わない。聞きたいことは、山ほどあるだろうがなにかを話すことはしなかった。

 

 四十分程かけて、たどり着いたのは山の家具工房。

 

 俺が働いていたそこは、かつての面影等当然残っていないどころか、黒々とした焦げた支柱や梁を残し焼け落ちていた。老人は残った花をそこに供え、祈りを捧げる。

 

 「火事、ですか」

 

 「火の不始末か、あの親方の理不尽な指導に耐えられなくなった者の付火か。色々憶測は流れたが原因は分からん。ただ、ここで働いていた者の幾人かはそれで亡くなった。お前の師匠である、ドランもだ」

 

 ドラン、親方の本名だ。そういえば、同世代だった。テンを拾い、まともな就職先を探そうと動いた時に親方に紹介してくれたのもこの老人だった。

 

 目を閉じて、祈りを捧げる。結局俺は、半人前程の実力で親方から背を向けて復讐と言う道に進んだ。夢の中でも容赦はなかったが、次期工房長に選んでくれる程面倒を見てくれた人だ。きっと何事もなければ、変わらずに現実でもとことん面倒を見てくれただろう。罵声と暴力混じりではあるが。

 

 「やめる決意は、ついたのか」

 

 重い口調で、老人は呟く。俺が復讐の旅に出るのを、彼は最後まで反対していた。親方もそうだった。説得にも折れなかった俺に『もう弟子でもなんでもねえ!どこにでも失せやがれ。馬鹿垂れが!』と怒鳴られたことを今でも思い返すことができる。

 

 「……いえ。当初と目的は大きく変わりましたが、やるべきことに決着はついていません。そしてそれは、やめて放棄することもできない」

 

 「止めることはもうせん。そのような力も、上手い説得を考え付く頭脳も舌もこの老骨には残っとらん」

 

 「すいません。親方にも貴方にも、本当は合わせる顔等なかったのですが、恐らくはもう二度とここに訪れることもないと思います。最後に一目、見ておきたかった。故郷の風景を」

 

 「そうか。……生き急ぎよってからに。どいつもこいつも、ワシよりも早く死んでいく。連合王国の徴兵に、ワシは息子も孫も連れて行かれた。帰って来たのは、死亡報告書の紙切れのみよ」

 

 老人の背中は震えており、小さくなっていた。その背中に、深くお辞儀をしてから去っていく。俺を気にしてくれた人達と、この故郷に最後の別れを告げる為に。

 

 その場から立ち去るが、風にのって声が聞こえる。小さな声で、「どいつもこいつも」と再度小さく呟いていた。

 

 山頂に向かう道を進んでいき、脇道にそれる。あの夢で二人が待っていた、村と海が一望できる景色の崖には墓石が二つ並んでいる。大き目な岩に二人の名前を彫り込んだものであったが、長い間放置してしまっていた割には綺麗なものだった。

 

 テンを殺すまでは、ここには戻らない。次に戻る時は二人の無念を晴らした報告をする時だと決めていた。だがこうしてここに戻ってきたのは、一つケジメをつける為だ。この村に、この墓に、故郷というものに一度帰って心の整理をつけたかった。

 

 本当の故郷こそ別の場所だが、この村には良い思い出も悪い思い出も沢山あった。戻ってきてしまったら、その思い出に潰されてしまうと考えていた。だがこうして向き合うことができたのは、やはりあの夢のお陰だろう。

 

 山を登る道中、摘んできた名も分からない白い花を供える。

 

 「ただいま。ずっと顔を見せなくて、悪かったなアリアに……ミーナ」

 

 墓石に水筒から流れる水をかけ祈りを捧げる。テンのこと、クーラのこと、ジークリンデのこと。沢山のことを話す必要があった。そして、今俺がやらなければならないことについてもだ。二人は反対するだろうが、それとも賛成するだろうか。それは分からないが、黙っているのも筋違いだろう。

 

 どれだけ、祈りを捧げたか分からない。全ての報告を終えて、背後に向けて声をかける。

 

 「律儀だな。待っていてくれたのか」

 

 「まあな。ことこの場においては、お前の用を優先させねばならんさ。それが帝国最大の怨敵である相手でもな」

 

 「最大の怨敵か。まあ仕方ねえ、エンパスの連中を引きずりだすには帝国軍は邪魔だった。そういえばお前は、帝国民で、掲げる大盾は帝国系の組織だったな。リスムに根を張っていたから、忘れかけていたぜ、グローよ」

 

 振り向いて、腕を組み合わせる大男と対峙する。民間武装組織、掲げる大盾のリスム支部長は臨戦態勢でこの場に訪れていた。手に握るのは、巨大なハルバード。冒険者時代愛用していた山刀は腰にぶら下げているが、現在のメインウエポンは長大な斧槍である。

 

 「しかし、ここは連合王国の領内。帝国民のお前がよくここにこれたものだ」

 

 「コネは作っておくものだ。リスムという環境と立場は、それには丁度良かった。そのお陰で道を踏み外した友を止める機会を得ることができたというものだ」

 

 腰を落とし半身を前にだし、斧と槍が一体化した武器を構える。斧部分を上に向け、石突きをこちらに向けた構えは独特のものだった。

 

 「墓前を荒らすのは、忍びないがな」

 

 「なら遠慮しておけ」

 

 「そういう訳にもいかんよ。先程領土という言葉を使ったが、解せないのはこちらの方だ。北方にいる筈のお前がここにいるトリックはまだ分からん。そろそろここに来るだろうと目星をつけたのは、勘のようなものだ」

 

 「そして、まんまと来てしまった訳か。だが、お前一人とは」

 

 グローが、動く。

 

 にじり寄りからの瞬発力のある突撃。振りかぶられた斧槍が袈裟懸けに振り下ろされる軌道を読んで横に回避。

 

 斧槍、ハルバードは帝国においてその使い手は少ない。国が行うイベント、例えば新しい帝王の戴冠式や国葬、一年に一度ある建国記念日で開催されるセレモニーで行われるパレードにおいて、宮廷近衛兵団が儀礼用として持ち歩いている為市民の認知度は高い。

 

 だがしかし、戦場においてその姿は、一部卓越した傭兵のような存在のもの以外お目にかかったことがない。その理由はただ一つ、使いにくいからだ。

 

 叩き割る。突き刺す、斬り裂く。成程、性能として万能武器にカテゴライズされるだろう。だがしかし、先端の過剰すぎる重量のせいで槍術や棒術で培った経験が活かせず、特に集団戦や室内においては下手に振り回せない。馬上戦においては、突き刺すことに一点特化した突撃槍の方が遥かに採用度が高い。

 

 製作コストも馬鹿にならず、ハルバード一本作るくらいなら槍を十五本から二十本作った方が、効率が良いと言われているくらいだ。専門の職人による技術がいるし、人によっては見た目に性能の全てを振っていると言うものもいる。大剣と同じロマン武器だ。

 

 だがしかし、それ専用に訓練した、恵まれた体格を持つ者がいればどうなるか。

 

 振り下ろされたハルバードは、先端の偏った重量により大地に叩き付けられるかと思われた。重量、重力に従い防御ごと敵を叩き割る武器は地面に吸い込まれるように下がっていく。試しに持ち手が長い土木工事用のハンマーを持って振り下ろしてみれば、その先端が地面につく前に静止することは難しいだろう。

 

 だがしかし、ハルバードは地面にその先端を叩きつける前に静止、斧部分とは反対方向についている鈎爪のような鋭利な返しを、逆袈裟に振り上げてくる。

 

 腰にぶら下げていた、ロングソードの鞘ごと構えその一撃を受け止める。重く、手が痺れた。

 

 重い筈のハルバードを、重量等ないかのように無視をした突きの連撃により圧力と共に迫りくる。この速さは、驚くことに棒術をたしなんでいたベレーザと同等だ。向こうは戦闘が本職ではないかとはいえ、過去長物持ちと対峙したどの時よりも対処が厳しい。

 

 「殺す気だな」

 

 「それで丁度いいと判断している」

 

 後ろに下がり棒剣を投擲。腕についた手甲で払うように薙ぎ払ったグローの瞳が、険しさを産む。

 

 「抜かせはせん!」

 

 ホルスターに入る散弾銃を抜こうとした動作を見逃さず、長物を用いた中距離戦から近距離戦闘に移行。左手にハルバードを握り、右手によるストレートでこちらの顔面を殴打しようと腕を伸ばす。

 

 「おら、捕まえたぜ」

 

 散弾銃を握ろうと伸ばしていた手は、ブラフ。両手でその腕に絡みつき、身体の外側から相手に背を向けるように振り回す。敵の勢いを殺さず、こちらの膂力と遠心力を味方にし敵を放り投げる為の技だ。

 

 だが、誤算がおきた。鍛え抜かれた肉体に天性の体格。それに裏打ちされた確かな体幹、両足は巖のように地面から離れずに大地に根を張っていた。

 

 「悪いが、ブラフを使えるのはお前だけじゃない。そして格闘技、特に投げ技や体幹崩しの対策は、幾度もなく繰り返してきた」

 

 「マジかよ」

 

 左手で短く握る斧槍を、まるで手斧のように近距離から振り下ろす。両手を離して、ロングソードを盾にしながら後退するが、剣が鞘ごと叩き割られ吹き飛んだ。木の幹に背中から激突し、衝撃で口内から血と唾液が飛ぶ。

 

 「二年だ」

 

 斧槍を両手で構え、グローは口を開いた。殺意を感じつつも穏やかな口調とたたずまい、下手な加護持ちよりも圧力と脅威度を感じる。

 

 「帝都災厄から二年。何時かああなることを理解しておきながら、お前を拘留も追跡もできずに、野放しにしてしまった。友を名乗りながら、なにもしてやらなかった。その結果が今のざまで、世界のざまだ。北は戦乱で荒れ、連合王国とその同盟国、帝国と植民地軍が各地で紛争をおこしている。あの事件を引き金にしてな。何人死んだか分からん」

 

 「火種は昔からあった。帝国による外洋進出、他国より国力が二回りか三回り程強大な国力になっていく様を、帝国が世界の覇権を握るのを周辺諸国が良しとしている訳がない。国内では半獣への差別問題に属国にかける圧力の強さ、少数民族に対する排斥と民族浄化。それに連合王国と帝国の諜報戦は水面下で行われていたし、二年前からエンパス教にすら、ある目的を叶える為に連合王国の草がいた。俺がしたことが、きっかけになったと言われれば否定はできないが」

 

 半獣への差別は世界的なものであるが、国土の広さから一定数以上の半獣が帝国には存在する。それ以外の不満が溜まるのも、強大な国家故の問題であるだろう。

 

 「悪竜の剣も使え。魔法だろうが魔具だろうが、人妖の力だろうが使うが良い。今日の為に、掲げる大盾支部長の座を辞任して対策に奔走してきた。俺は帝国が勝とうが負けようが、戦争終結が早まるならどちらでも良い。お前の首、もしくは捕縛は、北で陣営を張る反乱勢力に対して勢いを挫く要因になるだろう。……いや、違う、建前だ、そんなものは」

 

 巖の瞳が鋭くなる。

 

 「お前を止める。それができなかった、できるチャンスがあったなのに不意にした。それこそが俺の役目だ。こ以上破滅に突き進むざまを、見ていられるか」

 

 悪竜ジークリンデが封印された剣。あれを使用したところでグローに勝てる気がしなかった。吸血鬼として超常化したサグレにも、人妖としては最大級に近い大きな変貌を遂げたミハエルにもない雰囲気。

 

 近いのは、やはりクダだろうか。純粋な人間が純粋に努力をし技量を高めた存在。それがなによりも、恐ろしい相手だ。

 

 「分かった、友よ。生半可な抵抗じゃお前に抗うことは不可能だな。差がついたもんだ、上等だよお前は。俺なんかとは、違ってな。もし、理性を無くした獣にでもなった時は、始末を頼むのも良いかもな」

 

 「悪いが、それは今だ!」

 

 間合いを詰めたハルバードの一撃が叩きこまれる。鉄と鉄が撃ち合うような音、戦闘用外套の一部が破けるが、その下に現れたものを見てグローは厳しい顔をする。

 

 「悪竜の鱗か」

 

 「ジークリンデからの、贈り物だ」

 

 「そいつだって仲間の仇であろう。よくもまあ、そこまで親し気に名を呼べるものだな」

 

 吐き出される言葉には嫌悪感が含まれていた。確かに部隊は違うとはいえ、同じ探索隊同士交流も盛んにあった。時には足りない人材を融通しあい、頭数を揃える為のやり繰りだってしょっちゅうしていた。グローと同部隊になったことも少なくなく、ウチの隊長とも付き合いだってあった。

 

 俺よりも思うところは少ないだろうが、それでも悪竜には交流をもった人物の仇という因縁がある。その嫌悪感も、当然のものだ。

 

 「人間生きてりゃ色々あるもんでな。言われるまでもないだろうが、お前にもあったが、俺にもいろいろあったということだ」

 

 「人をやめたそのざまが、色々とでもいうのか!答えろランザァアア!」

 

 化けることはやめていた。ウェンディ=アルザスの変異能力、加護はレントにより何時没収されるか分からないのは、調教や育成をせずに魔獣や動物を操るクーラのテイムが俺との旅をしていた頃には使えなくなっていた前例があった。

 

 ウェンディは独自に加護の力を解析し、似た魔法の開発をしていた。オリジナルと比べ効果はまだ半分以下。なにかあればすぐに、文字通り化けの皮が剥がれるものだ。ここまでたどり着くのにも相応の苦労があったようだが、その力と努力を、無残に俺は吸収して強奪している。

 

 彼女は外道であったが、外道は外道なりに裁かれ方がある。俺がしたこととはいえ、あんな人の尊厳を踏みにじり今でも利用され続けるような結末は、地獄に落ちる以下の終わり方だ。例え本人が、どう思おうとだ。

 

 「色々は、色々だよ。そうだな、知っているか?畜生道というものがあるそうだ。極東で語られる、野獣や魔獣が堕ちる地獄だとよ。悪いが俺はもうそこにしかいけないらしい。もはや畜生だからな」

 

 ハルバードを弾き、蹴り飛ばす。先程投げ技をしようとした時には動かなかった身体が、後方に下がった。

 

 両腕を悪竜の鱗で覆い、戦闘用ブーツが破れ狼の足が現れていた。化けの皮が剥がれた顔は獣のように歪んでいるが、その瞳は爬虫類のように細く研ぎ澄まされ額の一部が鱗に覆われていた。背中から悪竜の連結刃が揺らめき、水色の尻尾が揺れ蜥蜴の姿をした炎を宿している。

 

 狼の脚力で距離を詰める。繰り出した蹴撃を、グローはハルバードの柄で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打撃の質が変わった。化けの皮とランザは言っていたが、能力も人間並みに抑えていたか。

 

 北峰の戦狼。異形ひしめく一揆勢力の中で、一際異彩を放つ化物の話は聞き及んでいた。獣の脚力で荒れ地を走り回り、奇怪な刃と赤熱した蜥蜴の魔法で軍勢の出鼻を挫く。地形の悪い山岳戦闘では、大軍を導入するのが厳しく軍は常に煮え湯を飲まされているという。

 

 ここからが本番だ。人外に堕ちた友を止める為に、この日の為に鍛えなおしてきた。

 

 しかし、何故だろうな。こうやって対峙していても、ランザの瞳はまるで波紋一つない湖面のように穏やかだ。

 

 リスムで見た、復讐に蝕まれ、疲労に追われ、ぶつけようのない怒りに内面を燃やしていた時のような、腐りきった目ではない。

 

 「あえて言わせてもらおう!」

 

 拳の一撃をかいくぐり、蹴り技を受け流す。一発一発が丸太でぶつけられるように重いが、それくらい予想はしていた。対応はできる。

 

 「復讐の炎に身を焼くのが正しいとは言わない!だがしかし、何事にも動じずというのは、良くも悪くもというものがある!少なくとも前のお前は、人殺しを肯定するものではなかった!敵は帝国兵、軍属とはいえ、何十人殺した!?なのに何故そのような澄んだ目をしているんだ!」

 

 背中の連結刃が蠢き、六本の刃が渦巻き殺到する。ハルバードを振るい可能な限り刃を迎撃し、その場から下がる。受け流しきれなかった刃が身体を削るが気にしていられない。

 

 「二年前、一回ぶっ壊れたもんで、その後俺の目的は固定化した。今は振り返る暇も、余裕もないんだ。エンパス教を表舞台に引きずり出すには、帝国を追い詰める必要があったんだ。一揆勢にいるのも大義からじゃねえ。連合王国や周辺諸国も知ったことじゃねえ。戦火が広がれば、それだけ俺がやることも楽になるってもんだ」

 

 「それでお前は狙われる側になった!賞金、野心、そして復讐だ!お前がテンに抱いた感情を、何百人もの人間が抱いている!なにも思わないのか!?そこまで堕ちたか!?」

 

 「その件に関しては、俺は全てを肯定する。どいつもこいつも、怨み言吐く暇があるなら殺しに来い!俺はなぁ!もう止まらないって決めたんだ!アリア達を殺し!サグレ達の幸せを踏みにじり!それでも叶えるって決めた!俺を送り出してくれたテンの、最後の願いを叶える為になぁ!」

 

 「お前は」

 

 動揺してしまった。激しい感情の吐露、その発言内容は意味が不明瞭のものであるが決して妄想の類ではない背景を感じる。人を殺すことをなんとも思わなくなってしまった男の、後悔の念。見せてしまったその隙を見逃さず、刃の列が襲いかかってきた。受け流そうとハルバードを構えたが、判断がやや遅かった。僅かにできた隙に合わせ、散弾銃を引き抜き射撃。肩が抉られ、負傷個所を抑える。

 

 「悪いな、形勢逆転だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グローの額に、銃口が突き付けられた。引き金を引くだけで、この男の命が途切れる。

 

 死角から物音。凄まじい勢いで、レイピアを構えた何者かが直進してくる。この勢いで、首を貫くつもりか。

 

 「殺らなくても良い、クーラ」

 

 太陽に照らされ、産まれた影。そこから這い出るように、半獣が躍り出る。

 

 下から手首を掴み、絡まるように首筋に足をかけながら巻き付く。肩車をするような体制になった後、前のめりに体重をかけて襲撃者を転倒させた。立ち上がる前に、ルーガルーの短刀を首筋に添えて動きを封じる。

 

 「マリアベル!?何故ここに!?」

 

 グローが驚きの声をあげる。襲撃者の顔には見覚えがあった。二年前、掲げる大盾支部にてキラービー討伐の為に下見を頼まれた時、傍に控えていた秘書兼護衛だった。

 

 「申し訳ありません、グロー元支部長。心配で、この時期に連合王国に向かう貴方をつけさせていただきましたが……この女、どこから」

 

 牙を剥き出しにした眼帯をつけた隻眼の半獣。灰色の髪と、切断され短くなった尻尾。二年で身長も伸び、僅かながら女性らしい成長がでてきたクーラだ。髪の毛も伸ばし、後ろで縛りあげ、以前の中古品で固めた旅装備とフードから、動きやすさを重視したショートパンツと腹部をさらけ出し胸を巻いただけの肌着のような上着を身に着けている。曰く、余計なものを身に着けない方が影に溶け込みやすいんだとか。

 

 「部下に、慕われたな」

 

 「……っ~!分かった、矛を収める。俺達の負けだ」

 

 グローから戦意が消え、ハルバードを手放す。クーラに合図して、首筋から刃を離させ、放棄した武器を蹴り飛ばした。

 

 褒めてほしそうにクーラが抱き着いてきた。片目が潰れ、以前にもまして身体中傷だらけのクーラだが、それが勲章だとでも言うように隠さない。俺を夢から引きずり出す為に受けた、名誉の負傷だとでも言うようにだ。半獣であることも隠さない為、欠けた耳もだしたままだった。

 

 頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうに目を細める。感情がほんの僅かに感じるのは、魂が癒着してしまった後遺症だろう。そして死角からきたマリアベルの攻撃を気づけたのは、クーラによる意思の通信のおかげだ。二年前から、ずっと変わらない。

 

 あの事件の前後で、様々なことが変化した。特に、クーラに関してはでかい。

 

 「目的は、もう終わりだねランザ」

 

 「ああ、戻るとするか。グロー、お前はなにも気に病むな。俺のことは忘れて、どこかで生きていてくれや。人間の俺は、もう死んだんだ。お前は、今や初期冒険者ギルドの探索隊、その貴重な生き残りなんだからな。俺は、会えて良かった。もう二度と、会うこともない。死人のことは、もう気にするな」

 

 マリアベルを抱えおこすグローにそれだけ告げる。

 

 四肢が隆起し、身体が変異する。狼の後足と竜の前足、悪竜の翼と身体を覆うまだらな鱗と不格好な獣毛。空に飛び立ち、北を目指す。グローが後ろでなにかを叫んでいたが、風で聞こえなかった。

 

 その背中にクーラは抱き着く。荒い息が背中にかかるが、まあ好きにさせる。なにがあり、なにをしていたとて今更だ。

 

 本当はサグレとベレーザの墓にも寄りたかったが、モスコーは現在帝国軍と連合軍の苛烈な市街戦と化している。現在は王国側が押しているようだが、現在大陸で幾つかある激戦区のうち一つに数えられていた。

 

 エンパスの企み、俺の目的。その中心にいるのは、二年前に身柄を拉致されたテンだ。非道外道に身をやつしたが、ようやくここまで来ることができた。奴の言が正しければ、次の戦闘により巣穴を炙り出すことができるだろう。

 

 空駆けるつつ思うのは二年前。帝都からジークリンデの力で、逃れた時のことだった。

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