家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 洞窟内、比較的広い空間を更に拡張した空間にて巨大なテーブルを中央に、様々な顔つきが睨みあっていた。

 

 全身を柔毛で覆い、がっしりとした体格で腕を組み合わせるのは、もはや絶滅したと多く人類に思われた獣人、コボルト達。その傍らには、彼等の系譜と噂される半獣達。険しい顔つきと鋭い目付きで場を威嚇するように睨みつけるのはエルフの生き残り。

 

 蜘蛛の下半身を持つ男女、蛇の肢体をくねらせるラミア。様々な特徴をもった種族が集まっていたが、口論の場においては数の多いこの三種族が各々の意見をぶつけ合わせていた。

 

 「だから何度言えば分かるんだ!」

 

 エルフの一人が机を拳で叩きつける。その目は無理解で頑固な相手を心底軽蔑し、さりとてその力を借りなければならない自分達の現状に対するイラつきが周囲に分かる程よく出ていた。

 

 「帝国軍が一番近い街で軍備を整えているんだ!このままここにいたって準備を終えた連中共に圧殺されるだけだぞ!今動いて連中の出鼻を挫くことこそ重要だ!ここでこもっても飯も無ければ物資もない!時間は敵の味方だと何故気づかない!」

 

 「ふざけたことをぬかすな」

 

 静かに、重苦しく、コボルトが口を開く。犬のような口から人語を放つ様は、人から見れば奇妙で奇怪なものであったがこの場ではそれを気にするものはいない。皆、似たようなものであるからだ。

 

 「我々は積極的な争いを望まない。向こうが仕掛けて来るならば、我等の霊山を護る為奮迅するがそれ以上のことをするつもりはない。人の街に攻めたところで、我等に益はない」

 

 「だからここを護る為に先制攻撃をするんだろうが!奴らの拠点を潰してその資源を奪えばっ!」

 

 「奪えば、またそれで戦うのか?次の戦争の為に、次の次の戦争の為に。流浪の民である貴様等を受け入れた。だが勘違いをするな、確かに人は傲慢にすぎるところはあるが、復讐に盲目となった貴様等とは違い無暗な戦いは望まない。それに、半獣共も勝手な真似をしてくれるな」

 

 コボルトの代表が、睨みつける対象が変わる。犬、狐、イタチ、様々な特徴を持つ半獣達に意見の矛先が向けられるが、先頭にいるハイエナが牙を剥く。

 

 「勝手な真似だと?」

 

 「連合王国の使者を迎え入れ、色々絵図を描いているようだな。奴等は我等を、帝国の戦力分散と弱体化の贄としたいだけだ。それが分からない訳がなかろう」

 

 「分からないのはアンタ等だよ。コボルトはかつてどこの山にもいたが、人間の資源開発や炭鉱、鉄鉱の採掘で追いやられた。ここをわざわざ襲わないのは、過酷な自然環境で開発が後回しになっているだけだ。帝国が本気になったら、一度や二度の撃退じゃすまねえぞ。延々と戦力を差し向けられすりつぶされる。俺達が生き残るには、俺達以外にも味方が必要なんだ。さもなければ、この霊山を捨ててまた逃げるしかないぞ」

 

 テーブルに座ったハイエナの半獣は、苦々しい顔で呟く。差別や迫害から逃げ延びてきた彼等にとって、ここは大陸最北の山脈。少なくとも、正面の帝国を打破しなければ、逃げ出そうにも退路はほとんどないのだ。

 

 「我等はこの霊山を護りきる。力及ばずとも、それが使命だからだ。例え命つきようがな」

 

 「それじゃ無駄死にするだけだろうがよ。戦うのにしても、利用されるにしても、勝ちの目くらいは作らなきゃ全員仲良くお陀仏だ。アンタ等の頭が固いのは今更だが、この程度の大局すら見れないのか?」

 

 「死ぬのが嫌ならば貴様等は逃げれば良い。得意であろう?半端者は、精々連合王国に尾を振り生きていくんだな」

 

 コボルトの一言に、ハイエナが殺気立つ。逃げたくて逃げた訳ではない、苦渋の決断でここまで落ち延びてきた。それを得意などと言われれば、侮辱にも程がある。

 

 拳に力が込められ、争いの気配にコボルトも殺気立つ。互いに一触即発の雰囲気にのまれそうになった瞬間、双方の間に静止の手が差し出された。

 

 「よせ。ここで潰し合っても、それこそなんの益もない」

 

 殺気立つ程に荒れる雰囲気の中、静かに沈黙を保っていたエルフが口を開いた。長い年月を生きるエルフ達は若い姿でいることが多いが、その表情には険しい皺が刻まれ壮年と言える顔つきをしていた。名はエルバンネ、元エルフの森を護る守護人で現在は一族の代表者となっていた。

 

 リスムにて計画が破綻した後流浪となった一族を率いて、どこに行っても狙われ続けるエルフの生き残り達をまとめ誰一人欠けることなく北の地まで落ち延びた統率力は、人の世界で苦渋を舐め続けてきた半獣達には一目置かれていた。だが、山の守護者として誇りを持つコボルトは不快そうにそれを見る。

 

 「貴様等の意見は先程聞いたが」

 

 それでも矛を一度収め、コボルトの代表がエルバンネに向き直った。他の者よりは話が通じるという妥協からの会話であったが、目に宿る落ち延びてきた敗北者に向ける侮蔑の視線は変わらない。

 

 自他共にプライドが高いという評価があるエルフは、当然それに気づく。若者達はそれだけで敵意を向けるが視線でそれを制止する。過度に自尊心を損なう必要はないとはいえ、増長しやすいその性質はトラブルの元になりやすい。特に、この場では種族としての人数としては第三位ではあるが客人ということは忘れてはならない。

 

 「人を駆逐できると言うつもりはないが、奴等は間違いなくここに攻撃をしてくる。資源や環境の問題からか後回しにされていたようではあるが、本気になった人間共はある意味では天災より厄介だ。故郷が焼け落ち、暴発したとはいえ我等の切り札を討滅した者共の力は侮れん」

 

 ランザ、ジークリンデ、エンパス教。想定外のことがおきていたとはいえ、少なくとも港湾都市を半壊させる程の戦力をもっていた。あの人妖は、名実ともに最終兵器だった。

 

 だがそれでも、負けた。地の利がある故郷で、準備を積み重ねていたリスム自治州で。流石は同族同士でも殺し合いを続けてきた種族とでもいうべきか、こと殺し合いと略奪に関しては奴等の上を行く者は早々いないであろう。

 

 近年では、海竜ですら滅ぼされたのだ。寄せ集めを倒すことなどそれの半分以下の労力で事足りてしまうことは想像に難くない。

 

 だからこそ、待ってはいられない。後手に回れば、手詰まりになってしまう。

 

 「寒冷な土地に険しい雪山。確かに防衛向きではあるが、それでも連中の前線基地は潰すべきだ。こちらの地の利を離れ奴らのホームグラウンドで戦うことになるが、それでも勝ち目はあると私は思っている。あの男を使うことができればな」

 

 「ランザ=ランテか」

 

 「帝都の五分の一を悪竜と共に潰した男だ。それも、争いの余波だけでな。利用しない手はないのではないか?お前等の主も、それを見越して匿うように言ったのでは?」

 

 それを言われれば、コボルトも押し黙る。彼等の行動原理は霊山の守護。言ってしまえば、彼等が神と崇める存在を護ることを使命としている。その存在が助けるように言った相手だ、無碍にはできないだろう。

 

 一方でこちらも複雑なものはある。ランザ=ランテは、かつて森の故郷を焼き落として同胞を虐殺、拉致していった一団の一人ではあるし、ミハエルを切り札とした人類への報復を邪魔した存在だ。奴の処遇に関しては正直一族の中でも割れており、下手なことはしないように釘を刺しているのではあるが、許しがたいという気持ちはよく分かる。

 

 だがしかし、使える者はなんでも使うしかないのだ。さもなければ今度こそ、我等はただ暴力的な戦力の前に磨り潰される未来しかない。

 

 「と言っても、奴は寝たきりだぜエルバンネの旦那。何時帝国の連中が押し寄せて来るか分からない以上、あまり頼ってもいられないんじゃないか?第一、素直に手を貸してくれるもんかね。悪竜ジークリンデも、半獣のクーラもあの様子だ。相当に難物じゃねえのか」

 

 ハイエナの半獣が、呆れたような困ったような顔を浮かべる。ここに運び込んだのは三人。悪竜、灰猫、そしてあの男だ。

 

 悪竜ジークリンデは目覚めるのは比較的早かったが、傲岸不遜というか取りつく島もない。エルフや半獣が相手では、下手に接触するさえ危険とも言えるので竜との付き合いではある意味では長いと言えるコボルトの連中に任せている。だがまあ、あまりいい関係を築けているとは言い難い様子だ。

 

 コボルトの主も何度か面会する機会を設けようとしているようだが、『アイツが動くまでは興味もねぇ』とのことらしい。だがまあ、伝説から考えると暴れださないだけまだ良いというべきか。

 

 だがある意味、ジークリンデの態度や行動は分かりやすいといえる。取り合えず、腫物のように扱っておけばすぐにでも暴発する心配は今のところはなさそうだからだ。

 

 ここで問題は、灰色の毛並みをした半獣、クーラの方である。

 

 我等エルフに対しては勿論ではあるが、同じ種族である半獣とも、半獣のルーツとも言えるコボルトにも心を許していない。抜け目がないように見えて、私怨を忘れずに密かに復讐にいったエルフが半殺しにされ、人間と必要以上に関わるなと忠告しに行った半獣の者が腕をへし折られている。

 

 前者はともかく後者は、話しの中でランザのことを侮辱するような言葉を放ったらしい。それが琴線に触れたのだろう、数人かかりで止めにかからなければ腕だけではすまない程の勢いだった。

 

 現在は、ランザの部屋につきっきりでいるようだ。寝ているように見えても、特定の人物以外が近づけばすぐさま飛び起きる。今は、温和なコボルトに様子を見ることに任せているようだ。

 

 扱い方を間違えば危険物極まりないジークリンデに、ランザに対しての暴力や暴言を放つ者に容赦のないクーラ。その難物を二人を抱え込んでいるあの男は帝都、敵の本拠地と言える場所の五分の一を悪竜と潰している。

 

 いったいどんな怪物なのだと見る目も多く、今はともかく元人間だという素性もあいまり計画の一部に組み込むことを不安視する声も大きいのは確かだ。

 

 「もしも、起きるのが間に合わなければ仕方ない」

 

 だが、そのような爆弾でもなければ迫る難局を覆すのは難しいだろう。

 

 「ここを護ることに重点をおく貴方方コボルトの意見は尊重したい、元々ここは貴方方の家であり、我等は外様の存在だ。連合王国に助けを求めることも間違ってはいない。戦力以上に物資も食料もなにもかもが足りない。相手が我等を利用する思惑があろうとも、援助を求める手は苦渋ながら呑み込む必要があるだろう。だがしかし、どのみち帝国にも連合王国にも一度は我等の地力を見せる必要があると私は考える。ランザ=ランテには二度も苦渋を飲まされたが、だからこそ組み込みたい」

 

 力不足と言われたことが気にかかるのか不機嫌そうな顔をするコボルトと、援助を求めるならともかく共に肩を並べて戦うには不安要素すぎる憎き元人間を組み込むことに不信感がある半獣。他の少数種族も議論を重ねるが、やはりこればかりは賛否両論とは言わず否の意見が多い。

 

 我等エルフの中ですら、表面上はともかくこの案を内心快く思わない者は多い。抜け駆けして闇討ちにいった馬鹿がでたのがいい例だ。

 

 だが、折れるしかないのだ。この中で本格的に人間とぶつかったことがあるのは、我等エルフの生き残りのみ。私自身が、苦渋を呑み込み頭を下げる度量を見せねば誰がついてくる。

 

 「散々苦渋をなめさせられた相手に対して、怨みはないのか」

 

 コボルトに一言に、私は心の底から思っていることを返しておく。

 

 「この中で、あの男を一番殺してやりたいのは私だ。先達も、同輩も、後を継ぐ者達も、故郷すらあの男絡みで亡くしたからな」

 

 床に、水滴が響く。強く握りしめた拳の中で、爪が皮膚を突き破り血がしたたったようであった。腹の中が煮えくり返ってはいるが、軽率なことをしてしまった。自傷等、百害あって一利ない。だがしかし、その様子を見てコボルトは目を閉じる。後ろにいるエルフ達の中から、すすり泣くような声も聞こえた。

 

 「すまない、感情的になってしまったようだ」

 

 「いや、愚かなことを聞いた、その点に関しては謝罪しよう。だがしかし、我等の方針は変わらない。この山を護るのに、余所者の力は借りないしこちらから戦端を開くつもりはない。ここは我等が護る霊山、異論がある者は従わなくて結構だ。やりたくば、やりたい者だけで行ってくれ」

 

 それが出来たら苦労はしないと、ハイエナの半獣が唇を軽く噛む。だがしかし、この頑固者達を戦力として数えるのは本当に攻められた時の防衛線。もう後がない時だけになってしまったようだ。

 

 一方でエルフと半獣は共闘路線を組めるかもしれないがここにも不和というか、祖語がある。コボルト達も語っていたが、最悪半獣達は逃げ延びて落ち延びることもできる。連合王国側とコンタクトをとったのだって、帝国と比べればあの国の方が生きやすいからという理由があるからだ。

 

 噂では、異国人を集めた部隊というのものが連合王国には存在し、数年間そこで従軍するだけで市民権を得て国民として生活することができるらしい。各地や他国から追いやられて来た者達であるが、どこにいても差別の境遇はあるにしてもそれでも人浚いや過度な理不尽から逃れる為に、連合王国に亡命を考える者が多いそうだ。

 

 つまり、いざという時逃げ出す先がまだ存在している。そこに辿り着く保証は限りなく低いにしてもだ。

 

 一方我等はそうもいかない。エルフというだけでかなり前から人類の敵対種として有名ではあるし、憎きエレミヤのように人の中に対等な存在として混ざり込めることなどまずないだろう。あれは例外中の例外だ。

 

 皆逃亡生活や流浪の生活には疲弊しきっている。もう、我等には次等ないのだ。

 

 最悪でもまだ逃げ先がある半獣と、もはや次がない我等とでは口にはしていないもののある種の溝が存在していた。結局ここに集う者達のなか多数派を締める三つの派閥は、一枚岩等ではなくバラバラなのである。

 

 まあ、コボルトがまだ生存していたことじたい我等エルフにも驚きであったし、様々な思惑の者達が急場をしのぐ為に集まっただけの寄せ集め、致し方ないのかもしれない。ただこのままでは、帝国相手に磨り潰されてしまう為かろうじて勢力として集まっているだけだ。向こう側からは、反乱勢力扱いされているらしいが内情はそんな立派なものではない。痛し痒しだ。

 

 「結局、なにも話は進まずかよ」

 

 舌打ちをし、投げやりにハイエナの半獣は呟く。だがそれもそうだ、二つの頭を持つ組織は崩壊するというが、もはや我等は痩せほそったケルベロスだ。死角も多く、どこからでも槍につつかれれば死んでしまう。

 

 一応、コボルトの主が名目上の頭目と言えるかもしれないが、ある事情からめったに前に出ることはない。それはしょうがないかもしれないが、代理のリーダー各々の思惑があり選出できないでいる。時間ももうないが、どうすれば良いのだろうか。

 

 「た、大変です!」

 

 一人の半獣が駆け込んできた。まだ年若い男であったが、顔に冷や汗を浮かべている。

 

 「どうした!敵襲か!?」

 

 「例の男が目を覚ましたのですが、その、悲鳴が聞こえてなにがあったかと向かった連中と揉め合って…止めに入った者達がその」

 

 「要領を得ないな、状況を簡潔に話せ」

 

 「あの男が暴れています!負傷者多数!」

 

 思わず舌打ちをする。起きて早々、面倒ごとをおこすとは。エルフが顔を出せば、状況が悪化するだろうか?それでも、止めに入らねばならないか。ただでさえ、ここにいる勢力の心証は悪いというのにこのままでは取り返しがつかないことになる。

 

 「ってうわぁこっち来た!」

 

 半獣が中に逃げ込んで来る。全員が、部屋の出入り口に注目している中その男はゆっくりと現れた。誰もが沈黙する中、ランザ=ランテは全員の顔を見てから静かに口を開く。

 

 「なんの集まりかは、クーラについさっき聞いたばかりだが。成程、これはまた壮観だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げて逃げていった二足歩行の犬に頭に疑問符を浮かべていたのもつかの間、押し寄せて来たのはエルフや半獣共であった。彼女になにをしたのかと問い詰めて来るが、しいて言うならば挨拶くらいだ。だがしかし、それを信じてくれる者はこの中にはいなかったらしい。

 

 寝起きだが、身体は動く。強制的な、戦闘行為のリハビリが開始されたがむしろ身体の調子は良かった。視力もあがっているのか、以前よりも敵の動きがよく視える。

 

 打撃と投げ技で二人ほどのしたところ、残りをいつの間にかはね起きたクーラの踵落としが沈めていた。

 

 「おはよ。随分長く寝ていたけど、疲れでも溜まってた?」

 

 腕にすりついてきて、甘えるクーラの頭を撫でてやる。記憶の中にある、帝都で別れた頃のクーラとは違い、片目を眼帯で覆い、耳に傷を負い、尻尾が千切れたように短くなっていた。包帯を身体中に巻いているが、以前よりも大小様々な傷が増えている。

 

 あの幸せな悪夢のなかで、孤軍奮闘していたクーラの身体はこの世界でも同じようにボロボロになっていた。恨み節をいくらでも言える立場なのに、依然と変わらない顔で何事もなかったかのように声をかけてくる。なんと言えば良いのか分からないが、本当に俺には勿体無い一途さだ。

 

 そして、この子の好意を俺はもう知ってしまっている。応じることができないのもあり、気づいていないふりをするしかない。全てではないにしても、一部でもこの子が俺に知ってほしくない暗部を知ってしまったという罪悪感がある。

 

 「状況を教えてくれないか。わりと落ち着いていることから、そこまで窮地でもなさそうだが」

 

 「ま、それに関してはおいおい話すよ。今は、おかわりが来るみたいだからね。あ、殺さないようにね」

 

 「お前からその言葉を聞けるなんてな」

 

 乱闘といって差し支えなかったが、殺意をもったものではない。相手の中では抱いているものもいたようであるが、敵ではなかった。こうしてクーラと背中合わせで拳を振るっていると、モスコーに向かう途上にあったギルドでの乱闘を思い出す。

 

 あの時は、ベレーザの助力もあったが、良くも悪くも俺もクーラもあの時からは変わり過ぎた。

 

 左右から迫る二人を回避し、後頭部を掴み思いきり二つの頭部をぶつけてやる。それが第二派最後の二人であった。

 

 「エルフに、半獣か。エルフはともかく、半獣がこれだけ集まっているのは珍しいな」

 

 「半獣はどうやら、帝国全土やそれも酷いところにいた他国から集まってきたみたい。一時期帝国で、半獣保護の法律がつくられようとしたことは知っている?」

 

 「いや、初耳だ」

 

 「まあ、そうだろうね。それに期待して半獣のみんな集まってきたけど、その政治家は暗殺されちゃったからね。結果は期待の逆、各地で追いやられてみんなこんな北の山奥まで逃げてきたみたい」

 

 クーラは、やや複雑そうな表情を浮かべる。もしかしたら、と思うことはあるのだが話させなくて良いだろう。話題を移すことにする。

 

 「北……帝国北部の山岳地帯か?」

 

 「そ、寒冷地でほぼ一年中雪が降り、作物すらロクに育たない山岳地帯だよ。まあ近年は温泉があちこちで発見されていてね。モスコーにいたベレーザも、そのことを知っていたくらいだからそこそこ有名みたいだよ」

 

 温泉はともかく、薄れる意識でジークリンデに掴まれて、どこかに運ばれたのはうっすらと覚えている。成程、逃げ延びるにはいい場所かもしれない。

 

 「ひとまず、歩きながら話そうよ。ここにいる人達に、挨拶しなきゃいけないかもだしね。ついでに今の状況を聞いてみよう」

 

 「今の状況?」

 

 「主だった人達が、今会議しているってさ。ここから一番近い人の街で、帝国軍が戦闘準備をしているって。まずはそこに案内するよ」

 

 「いや、待ってくれ」

 

 歩き出そうとするクーラを、静止する。彼女は振り向き、続く言葉を待った。

 

 「夢の世界、といってい言いのか分からない。だが、あの世界で俺はお前に」

 

 「なにそれ、寝ぼけた?二か月近く寝ていたけど、しっかりしてよね。ほらほら、行こうよランザ」

 

 あっけらかんと言い、クーラは歩く。だがその腕を掴み、振り向かせる。彼女の隻眼と、目が合った。

 

 「もしかしたら、お前は分からないかもしれない。でも俺は、お前にこれ以上ない大きな借りと感謝があるんだ。ありがとう、クーラ。良い出会いではなかったかもしれないが、俺はお前に本当に感謝をしている。……訳が分からなかったらすまないが、そういうことなんだ」

 

 クーラは、そんな俺の顔を見て首を傾げながら笑う。蠱惑的な笑みであったが、こちらの背中をバンバンと叩き何時もの調子で話した。

 

 「なんだか知らないけど、どーもね。ほらランザ、行こう。自分からはある程度の説明しかできないけど、最新情報からの現状把握が最優先だよ」

 

 あえてとぼけているのか、本当に分からないのか。少なくとも、俺には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしかった。内心おかしすぎた。

 

 自分は、なにもかも覚えている。あの世界は理想の世界だった。ランザが思い描いていた幸せな世界。そこで過ごした数十年を、自分は忘れていないし、その後の帝都での大立ち回りも全てとは言わずとも、ランザの中にいた時分は記憶している。

 

 アリアさん、ミーナちゃん。いささか心が痛んだけれど、ランザは貴女達よりも自分を選んだ。自分を、この自分をだ。

 

 もう、ランザは自分のものだし、自分はランザのものだと胸を張って言える。彼は自分の為に人妖化までした。人の姿を捨ててまで、護ろうとしてくれた。あの安心感のある鼓動を聞きながら、なにもかも身を任せたのは自分だけだ。まあ、ウェンディが混ざり込んで来たのはいささか以上に驚いたがなにも問題はない。

 

 もう、自分とランザは一心同体だ。その証拠といって良いのかは分からないところではあるが、少なくともそう言い張れる根拠が一つある。

 

 毎夜、自分の夢には彼が出てくる。夢の世界でのランザは、静かに寝ているだけではあるがあれが特別なものだということはなんとなく分かる。

 

 本人には悪いけれど、もう毛先から足先まで堪能させてもらっている。何時か現実でそうなった時のような、練習もかねてね。

 

 身体つきは勿論、古傷の一つ、毛穴の一つまでもう自分はランザを知り尽くしている。根拠はない確信ではあるが、あれは間違いなく、妄想ではなく本物の彼なのだ。そのことが、余計に興奮している。

 

 ああでも、動かないのがやはりネックだ。あの逞しい腕で叩き潰して、潰れた自分の上にのしかかり溜まった獣欲をぶつけてほしいのに。あの人妖の逞しさと獣の鼓動、動きでなにからなにまで支配をしてほしい。

 

 無意識に首に指を這わせていた。毎夜の夢でのまぐわりは、冷静に考えれば自慰行為のようなものだ。やはり動く本物に、自分を貪ってほしい。思いきり体重をかけて、またあの時のように首を締めあげてほしい。

 

 その為には、まだ焦るな。なにも知らないふりをしよう。もっともっと、人妖に傾き理性を潰して獣性を高めてほしい。親密になって、全ての問題を片づけて、その後になにもかもを話せば良い。優しい貴方は、きっと受け入れざるをえないだろう。この身体の傷に、罪悪感を覚えているのだから。

 

 尻尾が千切れたことなど、耳がかけたことなど、眼球が使い物にならなくなったことなどどうでも良い。今の身体なら、それを利用した行為だってできるのだから。口にするのもはばかられる内容ではあるが、夢の中ではもうそれも試しているしね。どんなアブノーマルなことをされても、興奮する。

 

 テンも、ジークリンデももう怖くない。彼にとっての、一番は自分なのだから。誰にも、それを譲る訳にはいかない。

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