家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
「本当にそれで良いのか」
晴天に恵まれたある日、傷が癒えたランザを見送る為グローはわざわざ時間を作り出向いて来た。掲げる大盾の正門前、革製の保護カバーと幾本かのベルトに巻かれた、女王蜂と化した人妖の巨大な針をランザは背中に背負っている。
人妖は死ぬと、変異が解けて人に戻る。だが元の姿と大きく違う器官は、そのままの状態で遺骸として残ることがある。背負った針のほか、ルーガルーの腕から採取した鈎爪が背負う荷物の中に含まれていた。
「当初の予定とは違ったが、キラービーの大群と人妖退治はお前の功績だ。報酬に色をつけることだってできるんだぞ」
「これはこれで使い道がある、主には欲しがる奴がいるからな」
邪魔な荷物ではあるが、苦労する価値はある。しばらくは窮屈な旅路になるが、致し方ない。金銭よりも貴重な報酬を得る為に、選んだ討伐の対価がこの大針だ。
「これから自治州警察署長と面会があります、これ以上は予定に差し障りがでます」
几帳面がマリアベルが、懐中時計を見てグローに伝える。支部長というのは、やはり忙しいようだ。特にこの自治州は、非合法組織や不法滞在者が住み着く地下街とダンジョン化した地下迷宮。大橋で繋がれた島には経済特別区という名の非合法組織達が運営する売春島。逮捕しても減らない賞金首と賄賂を受け取る悪徳警官。トラブルは日々の茶飯事におきている。民間の保護を第一とする掲げる大盾は今日も大忙しだ。
「お前に頼まれたことは、遂行しておく。人妖の分類は発生条件の考察に報告書の写しの保管。またこちらに戻った時情報を見れるようにしておく。それと、お前の娘のこともだ。片手間にはなってしまうが、情報を意識して集めてみよう」
「頼む。最近は振り回されてばかりで、一人ではなにかと限界を感じていたところだ」
「それと…いや、なんでもない。生きてまた戻れ、以上だ」
悪竜ジークリンデのことは、言いかけてしまうが流石に呑みこんだ。なにを言わんとしたのか察し、軽く笑ってやる。
今日も粋の良い掛け声と汗にまみれた労働者達が働く港道を歩き、西北にある街道に抜ける門までたどり着く。顔なじみの若い門兵が軽く手をあげたので、返しておいた。グローからの証明書をつけているため大針を没収される訳ではないが、一々門兵の前で荷物検査として厳重な拘束を開封し、証明書の記載と内容物の相違がないのか確認させるのは手間がかかる。
安給料でこき使われている門兵に、少しずつ他国の甘味という賄賂を渡して来た成果だ。経験則ではあるが、なり立ての門兵はプライドが高いが懐は寒いという共通事項がある。金銭を渡すような賄賂は、プライドを逆なでするがさりげなく外国の高級な甘味をすすめるとなんやかんや言いつつ食べてしまう。それが重なり、賄賂となり今では自然と顔パスになっていた。グローの顔見知りという理由もあるだろうが、なんにせよ面倒を避けられるのはありがたい。
港町を出てしばらく歩けば、商魂逞しく街の外にて旅人や傭兵向けに場所代という税を払うのを嫌い商売する屋台の喧騒も遠くなり、静かで心地良い風と丁度いい日差しを浴びながら歩くことができる穏やかな街道が続いていた。
街道の脇で岩の上に止まっていた鳥が、人が近づいて来たことに気づき羽ばたく。数羽が空のかなたに飛んでいくのを眺め、視線を下に降ろすと片膝をつくフードの少女が目に入った。ホルスターの散弾銃を掴みかけたが、殺気がなく動きもないので抜くことはなかった。抜いたところで、脅しの牽制にしか使えないのだが。
舌打ち。無視をして通り過ぎようとし、傍らまで近づいたところで声がかかった。
「遅れながら、非礼を詫びにきた」
「いらん」
返事をしなければ良かったと、言ってから後悔。望もうが望むまいが、これで会話が成立してしまった。
「詫びの内容を考えて来たのに、そんなこと言わないでほしい。貴方は、貴方を殺そうとした自分の命を救い道を考えなおすチャンスをくれた。その借りを返したい」
「ボランティア活動でもしてろ。なんにせよ、礼だの恩義だのに縛られる必要はない」
「自分はっ!」
少女が目の前に踊り出た、被っていたフードを脱ぎ、身体を覆うマントを外し地面に落とす。灰交じりの短めに切られた黒いの髪の毛に立つ半獣の証である耳に、禁忌を破った者が先祖にいると信じられている差別の証となる尻尾。首筋には、スカーフをまいており、それをとると今まで気づかなかったが首の後ろ側から焼き印を無理矢理削りとったような跡が少しあるのが見えた。
「自分はクーラ。奴隷故に性はないし、元々名前なんてない、この名前も便宜的につけられただけ!この身体のせいでまともに生きる道もない!でも貴方はそんな自分を殺さず選択肢をくれた!考え直すチャンスをくれたのっ!そして…っ!」
少女は、クーラは言いよどむ。最後の言葉を勢いで出そうとして慌てて呑みこんだように見えた。
「恩返し…なんて傲慢。こんな力も武器もない小娘が役に立つとは思えない。貴方の足を引っ張ることは想像に難くない。迷惑ばかりかけると思う。それでも…ついていきたい背中を見つけたの!だから、旅の仲間なんて言わないから…対等だなんて思わないから、どれ」
「待て」
言いかけたことを、言わせないように手を前にだし静止させる。奴隷でも良いからなんて言葉、こんな年齢の子供の口から簡単に言わせる訳にはいかない。
食いしばるような目つき。これを断れば恐らくこの少女、クーラに未来や次といった考えはないだろう。ジークリンデに殺された隊長、彼女に俺が反対されたうえで懇願を続け、仲間に加えてもらったように。この目は、瞳は、あの時の俺と同じ目をしていた。断ったら、恐らくは待つのは悲惨な末路である。元奴隷という持たざる者の立場だ、自暴自棄になりかねない。
改めて姿を見ると、色合いが暗く人気がでずに染料が何時も余っている黒で染められたシンプルなシャツに摩耗し薄くなった革の胸当て。腰には銃器のホルスターはなく、表面が削れ塗装が剥がれた青い鞘に入れられたショートソード。肩にかけれた鞄もガタがきているように見え、ところどころ補強している有様だった。
あの直刀はない、売り払ったのか。安物や中古で身体を包んできたとはいえ、旅装備を一通り揃えたのであればそれは無視できない出費となっただろう。許可を与える前からこの入れ込みようは、次のことなんて考えていない良い証拠だ。
「旅の目的は人妖を探して狩り続け、何時かある人妖を討伐すること。あっけなく死んでもおかしくないうえに、俺自身何時爆発するかしれない危険物を持ち歩いている。百害あって一利なし、そんな旅路だ。それでもついてきたいのか」
「承知済み」
「何時切り捨てるかも分からない。最悪囮にするし、窮地に立てば状況により見捨てる」
「むしろそうであってほしい」
引く様子は、やはり見られない。確認の言葉も、予想の通り無駄になった。
「物好きめ、勝手にしろ」
クーラは目を輝かせた。そしてはっとし、慌てたように解いた装備を装着しなおして最後にフードを被り頭を隠す。
歩き始めたランザにの後ろ、ぴったりと歩きついてきた。行き先も聞かず、ついてくることこそが目的だとでも言うように。