家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 襲撃から二日、帝国兵達は制圧した防衛線から動く様子を見せなかった。挑発をするでもなく、ただ黙々と睨みあいを続けている。

 

 攻められても良いように主だった洞窟入口周辺には急ごしらえながら柵を用意し、三交代制で集中力が途切れさせないように徹底させている。もう後がないことを、皆が理解しているのだろう。

 

 帝国側としては、小賢しく策を弄さなくても力攻めだけで容易く決着はつく。だがしかし、何故帝国軍は動かないのか。それに対して明確な答えを持てる者は誰もいない。不気味な静寂と沈黙が、一帯を支配していた。

 

 そして、異様なのは緊張感を持っていたのは洞窟側だけではなかった。彼等の敵である帝国兵達もまた、その顔に戦場での緊張感以外にある種の緊迫した様子を浮かべている。

 

 小さく雪が舞う。白い装束に岩肌のような汚れを僅かにつけた、フードつきのマントを羽織ったクーラが雪にまみれて陣営を見ていた。成程、防御に関しての備えはしているようだ。だが攻撃の準備は、傍目から見ても整えられているとは思えない。照明用の松明、もしくは使い捨ての安価な炎水晶の準備も少なく見える。

 

 もっと近づければ、なにがあったか分かるんだけど。

 

 有り合わせの迷彩と、限られた装備ではこれ以上の偵察は不可能だ。無理をしても良いことはないが、帝国兵がこんな近くにて警戒の目を光らせているという事実が目障りだ。行動を大幅に制限されていては、逃げるにしても戦うにしても次の手が打ち辛い。

 

 警戒の目が届かないところまで下がり、フードを脱ぐ。仕方ないとはいえ、身体が冷えてしょうがない。取り合えず戻って火にでも当たってから、情報を共有して逃走か戦闘か今後の方針を決めていかねければならない。火竜に頼まれたからといって、最低限の義理は果たしただろうし。

 

 ただ気になるのは、あの火竜の発言だ。大陸が壊滅するとかなんとか?そんな力があるならさっさと発揮すれば良い。環境を利用したとはいえ十万殺しているんだから、簡単に帝国兵くらい殲滅してくれれば良いものを。

 

 「それにしても」

 

 山から振り下ろして来る風が冷たい。こんな北まで、今までの人生で来たことはなかったが、雪の多い環境といい帝国でも開発が後回しになっているのが頷けるというものだ。

 

 ランザに帝国兵の様子を報告する時間までまだ余裕もある。服も少し濡れてしまっているし、早く焚火にでも当たって暖をとりたいものだ。

 

 「ん?」

 

 卵が腐ったような臭い。視線を向けた先には、白い湯気があがっているのが見えた。方向転換して、岩山を昇り、柵を乗り越え、しばらく歩くことで湯気の正体が明らかになる。

 

 広い窪みの中に並々と溜まる乳白色の泉が湯気を放ち、あちこちにお湯から突き出すように岩が伸びている。周囲をよく見ると洞窟の入口が近くにあり、木製の桶等が脇に積み重なっていた。

 

 指を入れてみると、少し熱めではあるが冷えた指先には心地良い温かさ。成程、これが温泉というものか。話には聞いていたけど、見たのは初めてだった。

 

 帝国の北に、湯がでる泉があるという話をモスコーでベレーザがしていた。失恋から遠くに行きたいという意味で話していた面もあったが、まさか自分がこうしてここに辿り着くとは思わなかった。

 

 「遠くに来たんだな」

 

 ベレーザとサグレ。夢の世界でも良いから、もう少し話したかった。二人の恋とその結末を思い出すと、今でもあの時ベレーザに戻ってサグレに改めて本心をぶつけるように焚きつけたことが頭によぎってしまう。あんなことになると分かる訳がない。ただ、純粋に二人の仲を応援したかった。

 

 「……うん」

 

 留め金を外し、装備を降ろす。身にまとう衣服を岩の上に降ろし、武器だけは何時でも抜けるように近くに置いておく。今なら誰もいないし、せっかくだから体験してみることにしよう。ベレーザの代わりにという訳ではないが、話しを聞いた時から少しだけ興味はあった。

 

 暖かいお湯に身体全身をいれる等、貴族や金持ちの行いだ。大抵の者達は川から汲んだ水を浴びるか、少量のお湯を沸かしてそれを染み込ませた布で身体を拭くかくらいだ。

 

 爪先を水面につけるだけで、ちょっとドキドキする。ビクッと身体が痙攣しつけた足を引っ込めてしまったが、意を決して滑るようにお湯の中に身体をいれた。

 

 「ンナァアアアァアアァ」

 

 思わず声が漏れてしまう。雪の中に半ば埋もれながら、偵察行動をしてきた後には格別だ。ここに保護されていた時、木桶の中に汲まれたお湯で身体を拭いたりしていたのだが、全身をお湯の中に沈めるのがこんなに気持ち良いとは思わなかった。なんというか、このまま溶けてしまいそうである。

 

 ベレーザ、温泉は最高だよ。本当に。

 

 空を見上げながらお湯に浸かり、無意識に指先が眼帯をとった潰れた瞳を瞼の上から撫でていた。この傷がついたのは、あの夢の世界でのこと。傷跡等は身体に残っているが、残念ながら年月が通過した分身体が成長したようには感じない。

 

 あの世界での十数年は、こちらの世界では数時間程度しかたっていなかったらしい。そうなると、精神性だけ十数年間を夢で漂った自分とランザは、いったい幾つと言えるのだろうか。多少は成長したかもしれないが、変わらず貧相な身体つきを怨む。少しは成長していてくれれば良いものを。

 

 気が抜けたのか、そんなことを考えていたせいか、誰かが入って来るまで気づかなかった。足音を耳が掴み、ピンと垂れていたそれが跳ね上がる。

 

 洞窟の方から入ってきたのは成人男性。そしてこの馴染みのある気配はランザのものだとすぐに分かった。

 

 そうだと分かれば、声をかけてすぐにでも近づこうと思ったが、すぐに思い直しとりやめる。ああ見えてランザの、貞操観念は堅い。同衾すら追い出されてしまう立場であるというのに、温泉にて裸の付き合い等できよう筈がない。

 

 幸い温泉地帯特有の妙な臭気のおかげで、最近鼻がよく効くらしいランザにもこちらが分からないようである。丁度この場所は死角ではあるし、下手をこいて身体を出さなければ見つかることもない。精々、隠密で磨いた覗き見能力でその身体を目に焼き付けておくくらいか。色々気になることは多い、どことは明言しないけど、まあサイズとかね。夢のと同じか確認しておかないと。

 

 洞窟に入ってからあの温泉の場所に出る通路が分からない為、柵を乗り越え直線で来たのだがこんな役得があるとは思わなかった。状況的にはそれどころではないかもしれないが、多少は良い思いしても良いだろう。

 

 しかし改めてこうして見ると全身傷だらけだ。旅をして、戦って、傷ついて、そしてこれからも、増えていくのだろう。自分とお揃いみたいで、少しだけ嬉しくなる。

 

 「こんなところで話し合いか」

 

 「サシで腹割って話しをするなら、裸の付き合いだろうがよ。まあ気にすんなや」

 

 足音と声が一つ増える。声と気配から、続いて入ってきたのはジークリンデだ。あんなに堂々と出てくるなんて悪竜には羞恥心がないのか。いやそれよりも、それも普通に受け入れているランザもランザだ。

 

 まあ普段から裸族みたいなところがあるようで、見慣れているのかもしれないがなんだかズルいと思う。ああやって堂々と混浴できるところも、それを拒否しないランザも。

 

 「入ってみたところで、オレにゃ水もお湯も大して変わらねぇなぁ。お前的にはどうなんだよ」

 

 「良いものだとは思う。横で喧しい竜がいなけりゃ、風情も堪能できるしな」

 

 「言いやがるぜこの野郎。まあ良い、聞いといてなんだが、んなこたぁどうでも良い話だ」

 

 お湯の中で胡坐をかくさまは、もういろいろ丸見えだ。しかし、そのスタイルの良さだけは同性から見てもよだれが垂れそうな程だ。健康的かつ理想的な筋肉の付き方の腹筋と形の良い胸元。ノックにて、あの身体で温められたおかげで助かったこともあり、抱き心地の良さは知っている。重ね重ね、羨ましい限りだ。

 

 「そうだな。まあ、なにから話したものかと思ったけど、まあ言うべき言葉は一つだけか」

 

 険しく眉間に眉を寄せていたランザの顔が穏やかになる。

 

 「助けてくれて、ありがとう。ジークリンデ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力に、溺れた。そういって差し支えない状態だった。

 

 人妖としての行動原理。探して狩る側として、奴等と相対している時はそれを人妖と化したことによる精神性の変異だと考えていた。

 

 それじたい、大まかには間違っていなかった。現に今の俺は、帝国兵、言わば軍属が相手とはいえその身体を噛み千切り殺すことに何等躊躇も抱かなかった。そのうえ、あの時の言葉は相手を脅す為の文句ではない。

 

 本当に人が美味いと、思えてしまったのだ。そしてそれに嫌悪感を抱くことがなくなってしまった。

 

 ウェンディ=アルザスを弄んだうえに取り込んだことだって、そうだ。彼女を贄として自分に捧げなければ、あの地下施設から出ることは困難だったとはいえ、その為に行った行為は普通の感覚を持つ者ならばおぞましいと思うだろう。そして帝都では、ジークリンデが止めに来なければ際限なく暴れていたに違いない。

 

 悪意も、悲しみも、怒りも、快楽も、愉悦も、様々な魂が混ざり合い限度なく昂ぶっていく。夢の世界でウェンディと何度も対話をすることで内面の理性を人に近く戻すことはできたが、ジークリンデが落ち着かせてくれなければそれすらままならなかっただろう。

 

 内面の変貌こそあったものの、今こうして理性的に話をできているのは、彼女が俺の内部にあった混沌としたものを叩き潰したうえで吸い上げてくれたからだ。帝都からここまで運んでもらった恩もある。

 

 「……は?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったようとは、どこかで聞いたことがある言い回しではあるが、これ以上ない程あっけにとられたような顔をしていた。当然だ、考えてみたら俺はジークリンデに礼を言ったことは今まで一度もなかった。

 

 どうせなにをしようと、封印されたこいつが行うことはただの暇つぶし程度の意味でしかない。仲間を殺された過去もあり、うがった目でしか悪竜という存在を見ることしかできなかった。

 

 だがしかし、憎まれ口を叩きつつ力を貸してくれた事実に変わりはない。ジークリンデがいなければ、この旅で何度死んでいたかは分からない。それに、悪竜の力の一端に触れることにより分かってしまうことがあった。それを言うべきか、言わないべきかは少し悩んでいる。

 

 「テメェから礼なんて、気持ちわりぃ」

 

 「そう言うな、俺だって人並みに感謝を伝えることもある。例え相手がお前でもだ」

 

 「おいやめろクソ馬鹿。寒気がしてきた」

 

 座りが悪そうに、ジークリンデが顔を背けた。表情が少し赤くなっているのを指摘すれば、暴れだしかねないのでこれ以上は触れないでおくことにする。

 

 冒険者時代に共にいた仲間のこと。モスコーにてサグレの吸血鬼化の後押しをしたこと。許せないような行いも数多くしてきた悪竜であるが、それでも今の俺にはもうこいつを憎み切れない。ある意味、傍にいた時間を考えればアリアやグローよりも長いのだ。

 

 「気色悪い礼なんざ良い。それよりも、どうするつもりだお前。ハイエナ野郎から随分と言い寄られてるじゃねえか」

 

 「ガランか」

 

 半獣をまとめているガランから、昨日打診があった。どうにも彼が言うには、自分の代わりに俺が半獣の集団をまとめてほしいというのだ。例の襲撃で、彼等の助けになるように戦ったことで惚れ込んだというのが言い分のようだ。

 

 エルフともコボルトとも、ガランでは折り合いが良くない。しかし俺が、コボルト共が信仰している火竜と懇意であることも含めて作戦会議や交渉を優位に進められるのではないかという打算もあるようだ。

 

 仲間達からの反発もあるのではないかということも伝えたが、共に戦い帝国兵を撃退した事実となにより同じ半獣であるクーラがよく懐いていることを材料に説得をしてきたと話していた。そして、いずれ半獣や少数民族、種族の為に独立した自治州を作りたいという夢も。

 

 「正直、そこまで付き合うことはとてもじゃないができない。だがこの急場を凌ぐ間くらいは、助けになっても良いとは思っている。どのみち、どこにも逃げられないんだからな」

 

 「その気になれば、また飛んで逃げてやろうか?別に火竜に義理立てすることも、半獣共やその他を助けてやる理由もねえだろう。面倒くせェが、もう一度くらい飛んで逃がしてやることもできなくはねぇぜ?」

 

 「本当に、そうなのか?」

 

 「なに?」

 

 こちらの疑問に、ジークリンデは軽く眉をひそめた。ここはあえて、外して尋ねてみることにする。

 

 「以前のお前なら、考えられない程気を使うなと思ってな」

 

 しばらく沈黙が流れた後、ジークリンデは立ち上がる。こちらの正面まで来た後、対面に座りガンをつけ始めた。

 

 「気に入らねえってか?」

 

 「至れり尽くせりだと、後に払う勘定が怖くなると思ってな。お前から、疲労を伴う提案をされるとは思わなかったからある意味それが怖いな」

 

 「そうかよ、ならこういうのはどうだ?」

 

 肩を押さえつけられ、吐息が口にかかったと思った瞬間唇を奪われた。口腔内に押し入るように舌が入り込み、蹂躙するように絡めて来る。柔らかな乳房が胸板に押し付けられ、引きはがそうとあげた腕に尻尾が巻き付き、もう片方の腕をあげる前に押さえつけられてしまう。

 

 身体全体で跳ねのけようとしても、突然の行動すぎて完全にマウントをとられてしまっている。男性器にも太腿を押し付けてきている。獲物を貪るような接吻が、随分と長く感じた。どこかで大きな水音が跳ねるような音が響いたが、そこまで気にしている余裕がない。

 

 絡めた舌が離れる頃には、唾液が絡みあった結果混ざりあった体液の糸が引いていた。酸欠気味になるほどの長さに、抗議よりも前に呼吸を、酸素を身体が求めていた。

 

 「オレがお前のことを、好きで好きでたまらない。お前をオレだけの物にしたいから、お前自身を勘定にするって言ったらどうだ?テメェも雄だし、これまでだってやることはやってんだろ?エレミヤ相手に、散々獣欲をぶつけたこともあったしなぁ。それに、テメェの雄はやる気だぜ?」

 

 自暴自棄になっていた時のことを引き合いにだされる。あの時は、復讐をしたいと考えても方針も見えず戦う術ももたず、誘われるまま性欲をぶつけてしまった。

 

 ただそれ以降は、そういう類のことはしていない。クーラを連れて歩くようになってからはなおさらだ。死の危険を何度も感じるにあたり、本能は子孫を残せと身体に命令をするがそれでもまだ理性で叩き潰しながらここまで来た。年端のいかない少女に、大人の汚いところは見せたくなかったこともある。

 

 そういうこともあり、悲しいかな。すっかりと下腹部は臨戦態勢になってしまっていた。ただ、性欲に流される前に言っておかなければならないことがある。

 

 「誤魔化すな」

 

 「あ?」

 

 「誤魔化すなと、言ったんだ。お前にもプライドがある、遠回しにでも問いただそうと思ったが、こんな無茶をするくらいなら強引にでも聞きださせてもらう」

 

 解放された両手でジークリンデの肩を掴んで、引きはがす。

 

 「お前の身体はもう、ボロボロの筈だ。元の姿を何時までも維持しきれないくらいにはな。なんでそんなに、無茶をしてまで俺を助けようとするんだ」

 

 贄、というジークリンデの力の一端を体験した今だからこそ分かる。他者の命を貪ることで力と為す悪竜が、今まで凄まじい無茶をしてきたということを。

 

 悪竜が、悪竜たる由縁は贄による力。だが俺は、封印されていると考えていた彼女に力を与えて自由を許さないように極力人殺し、ジークリンデに命を吸わせる行為を避け続けていた。どんな悪党であっても、人間を殺すのは目覚めが悪いものだというのもあるが極力人殺しを、連結刃を使った殺人を避けて来たのはそれが主な理由だ。

 

 だがそれは、生物に例えるならば食事をとらせないことに等しい。その上俺は、人妖と戦い続け再起不能になるような重症を負いながらも再生の力を借りて傷を癒し死闘を繰り返してきた。

 

 対価として、ジークリンデは身体の一部を貪っていた。だが、身体の一部を食べたところで命を捧げている訳ではないからそれは対価としては釣り合わない。こうなるまで気づかなかったが、再生による治療は命を削るかのような苦痛と飢餓を加速させるようなものであったのだろう。

 

 今にして思えば彼女は、憎まれ口を叩きつつ結局は俺の方針に従っていた。ノックの山では急場を凌ぐ為にエルフ数体を撫で斬りにしたことはあったが、人間を相手にした時は連結刃をなるべく使わないにもかかわらず、夜な夜な誰かを殺しにいき自給自足をする様子もなかった。だからこそ、俺は悪竜が今も封印されていると勘違いしていた訳だが。

 

 すっかりと、涼しい顔をするジークリンデに騙されていたという訳だ。あの遺跡での戦いも、今思い返しても勝てる道理がない。当時は必死すぎて気づかなかったが、たかだか若造の浅知恵と即興の仕掛けで封印までこぎつけたのもありえない。

 

 「んだぁ?そりゃいっちょまえにオレを心配しているとかいう、舌が腐りそうな戯言を言うつもりか?」

 

 「疑問の解決の方が重要だが、それも当然ある」

 

 今でも、訳が分からない。何故自らにそんな苦行に身を浸してまで、俺の方針に従ってくれたのか。こうして今も、適当なことを言いながら性欲に意識を向けさせたり、話を無理矢理反らそうとしている。

 

 「いったいどうしてお前は、俺の味方でいてくれるんだ。教えてくれ、ジークリンデ」

 

 「ざけんな。全部手前の勘違いだ、バーカ」

 

 白けた顔をして、悪竜が立ち上がる。洞窟の入口に向けて歩き、その途中で一度振り返った。その顔には、腹の立つ程のにやけ面を浮かべている。

 

 「思いあがんな人間風情がよ。お前は単に、封印されているオレの暇つぶし程度なんだよ。あと、もう抱いてやんねーから精々悶々してることだな。逃がした竜は、でかかったぜ?」

 

 これだけ尋ねても、本心を明かすつもりはないようだ。何故歴史に名を残すような悪竜が、という疑問はこの先も解けることはないかもしれない。それ以上はなにも言わず、悪竜は洞窟の内部に戻って行った。

 

 そういえば、キスの前後あたりに聞いた水音を今更ながら思い出す。ちょうど死角になっていたところから響いた音だったが、確認してみてもそこには誰もいなかった。いきなりの状況に、聞き間違えたのかもしれない。

 

 少し、頭を冷やしてから戻ろう。ジークリンデのことは抜きにしても、この先考えることは山積みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っ」

 

 ああクソ、クソが、クソったれが。顔から火が出そうな勢いだ。いったいなにをやっているんだオレは。

 

 色々勘づいていやがった。まあそれは置いておいてだが、からかうつもりで抱いてやろうかとキスしたところ、慌てふためく様が見たかったというのに。

 

 だが奴は、性欲に流されることなく真っ直ぐな目をして問い詰めてきやがった。今も昔も濁った目をしているのは違いないが、復讐にぶん回されていた筈の瞳は鈍い輝きを放っているように見えた。

 

 前から別に、機会があったら抱いてやろうかくらい考えていたことはあるが別に好意からのものじゃない。忌むべき存在と性行為をしたという嫌悪感を植え付けてからかってやろうくらいの考えだった。だがまあ、からかうどころじゃなくなってしまいやがった。

 

 ああもう、手前を手前で誤魔化しても仕方がねえ。まっすぐな目で問い詰められた瞬間、ランザを雄として意識してしまった。

 

 これまでオレは奴に、オレだけの英雄の人生を見届けるとか、オレが好みに弄繰り回した新たな悪竜として覚醒させるとかいろいろ考えてはいた。必死に抗う様を見て、小動物が痛めつけられるような哀れさと玩具としての可愛さをみいだしたこともあった。だが、伴侶や番として見たことは実は一度もなかった。

 

 「マジかよクソ、笑い話にもなりゃしねぇ」

 

 オレが、奴の子を孕み、奴の番として寄り添う?ふざけんな、悪竜様がそんな日々で満足できる筈がねえだろうが。オレと奴の、一番の理想的関係はそんなクソあめぇもんじゃなかったはずだろうがよ。

 

 「あのクソガキが、いっちょまえにオレの心配なんて、生意気になりやがって。調子こきはじめたか?まったく」

 

 悪い気がしないというのは、きっと気の迷いだ。さっさと忘れるにかぎるだろう。薄ら寒い関係なんぞ、望んじゃいないんのだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個室にとあてがわれた、狭い洞窟の中。布団を被りただ、震えていた。震えの理由は寒さからではない。

 

 あの悪竜が、ランザとどんな話をしてなにをするつもりなのか興味があった。わざわざ腹を割って話そうだなんて、前置きをしてまでいったいなんのつもりだ。

 

 どんな殺伐とした話をするかと思ったが、雰囲気は穏やかなものだった。悪竜ジークリンデの伝説は、行動を共にするようになってから空いた時間を見つけては独自に調べてみた。主には、ノックでの騒動の後エレミヤの娼館で数日間休息する時にであるが。

 

 伝承のジークリンデは、一言で言うと愉快犯。労力と対価が釣り合わないことに全力を注ぐような存在だ。だからこそ、彼女がランザに力を貸すのはそれの延長戦上なのだと感じていた。歴史上の彼女と同じように、何時ランザに対して手のひらを反すか分からない。

 

 だからこそ、逆に自分は安心していた。ジークリンデがランザに対する思い等所詮はその程度だろうと。

 

 だが、自分には分かる。ランザに礼を言われた瞬間、ジークリンデの中でなにかが変わったような気がした。そして、あんな激しく、ねぶるようなキスだ。

 

 あれ以上、見ていられなかった。服を着るのももどかしく、ひっ掴みながらその場から離れて別の入口から洞窟に飛び込んだ。見張りに声をかけられたが、気にしていられない。毛布の中に転がりこみ息をひそめながら隠れることしかできない。

 

 自分では、足りないのか。ああして二人で温泉に入ることも、あんな風に迫ることもできない。したところで、拒否されてしまうのがオチだ。

 

 年の違いなのだろうか。それとも、まだ自分は保護される対象としか見られていないのか。あの悪夢の世界を経て、絆は深まったと思ったのに、言ってしまえばそこ止まりでしかないのか。

 

 悔しい、悲しい、虚しい。今まで何度思ったか分からないが、後十年、いやもう五年早く産まれていたならば、こんなことにはならないのに。

 

 「ああ、そうだ」

 

 ならばもう五年、あと十年待てば良いだけだ。その為には、まずやるべきことがある。そうだ、軍議の時間が近い。取り合えず情報を渡してしまわないと。

 

 「やるのは、久しぶりだなぁ」

 

 伸ばした腕が、ルーガルーのナイフを掴む。手に馴染む感触と、これから行うこと。それこそが、自分の役割だったのだから。

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