家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 浮足立っている。印象としては、そんな感じだ。

 

 中央にて鬼札が暴れてまわり、そこから逃れた者が四方に散り陥落の情報と恐怖、混乱が伝播する。幾つか平原に点在していた投石拠点を陥落したことを伝える狼煙があがり、半獣とエルフの部隊は想定よりも苦も無く進行を続けていた。

 

 人妖。一度戦場に投入すればここまでの効果があるのか。制御できることが前提ではあるものの、悪竜との組み合わせでは単独で戦場を支配する効果がある。もっとも、敵もそれを理解したうえで準備と対応をすれば効果は薄れるだろうが少なくともこの戦いでは問題はない。

 

 「こんなものなのか」

 

 虚しさを感じる程のあっけなさ。今まで負け続けてきた反動故か、鬼札と考えたものとはいえたかだが一個人を加えた為に圧倒的優位に立てていることにどこか違和感を覚える。

 

 「いや、違う」

 

 エルバンネは、湧き上がるエルフ達と半比例するように沈黙する。この違和感を虚しさということで片づけても良いものか。出来すぎということはないだろうか。敵拠点の兵数を完全に把握していた訳ではなかったが、前線基地を破られるとは想定していなかった故にここまで護りが薄い、そういうものなのか。

 

 「見える、ここから見えるぞ!」

 

 部下の一人が声をあげる。帝国最北の街であるハボック。砦として改装されているそこは、帝国軍軍旗が翻っている敵の本拠地。

 

 「敵はまだ浮足立っている!」「イケる!イケるぞ!」「人間共め、ざまあみやがれってんだ!」「この勢いにのるぞ!敗残兵収容で門も空いているし、今が好機だ!」

 

 今まで頭を押さえつけられていた分、仲間達は人類への復讐に湧いていた。全員目が血走っているし、なによりも連戦連勝でこれ以上ない程殺意と士気が滾っている。

 

 これは、いかん。当初は敵投石拠点まで制圧出来れば良しとしていたが、上手く行き過ぎている。今までの鬱憤を晴らす機会ではあるが、少なくともここは一度足並みを揃えるべきだ。

 

 「エルバンネ!今すぐ攻撃を「待機だ!」

 

 遮るように声をあげる。勢いにノルのは大事だが、想定していた攻勢限界値には到達したのだ。やはり、なにもかもが出来過ぎている。少なくとも一度ランザやガロンと協議をする必要があるだろう。冷静に、譜面として戦場を見る必要がある。

 

 「なにを…」

 

 「半獣共やランザと合流を優先する!情報を集め一度体制を立て直し、足並みを揃えるぞ」

 

 「なにを馬鹿なことを!」

 

 非難の声が飛ぶ。若いエルフがこちらに近づき、胸倉を掴んで来た。森での生活よりも流浪が長い世代であり、人類憎しの感情は人一倍大きい。

 

 「馬鹿なことだと思うか?冷静になれ、当初の計画から考えればここまで進めただけでもう出来過ぎなんだ。興奮で気づいていないかもしれないが、我等も疲労が溜まっている筈だ。ここは、抑えろ」

 

 「ここが、あのハボックまで一番近い拠点なんだ!今ならまだ逃げた連中を収容するのに、城門は空いていたままなんだ!電撃的にここまで来た!勢いにのれずこの機会を逃してどうするんだ!」

 

 「だからといって、我等が矢面にわざわざ立つ必要はない。半獣共と強調し、ランザ=ランテを利用することで我等の…」

 

 目の前のエルフが、手の中の短弓を構えこちらに向ける。矢をつがえ、こちらの眉間を標的にしっかりととらえていた。異変に気付いた周囲の者がざわつく。

 

 「落ち着け。なにをやっているか分かっているのか?」

 

 「エルバンネ。俺達がなんでこんなクソ寒い雪原地帯で、毎日洞窟で慢性的な飢えと寒さで震えていると思っているんだ?いったい誰のせいでこんなことになっているんだ?」

 

 制圧すべきか。いかに眉間に矢を向けられたところで、僅かにでも隙をみいだすことができれば制圧は容易い。だがしかし、現状不満が溜まっているのは理解している。あの襲撃前から、一部の者達が脱走か投降しにいったのか姿を消していた。

 

 故郷を追われても、落ち延びた地やノックの山ではまだ自然があり、潜伏生活でもそれほど苦にはならなかった。だが今は、岩と雪しかないような環境で閉塞した空間で先が見えない日々を送っていたことで限界が近かったのだろう。大なり小なり共通しているストレスだ。力づくで制圧しても、今後に爆発寸前の不満が残るのみであろう。

 

 そして、その禍根は重要なタイミングで確実に首を絞めて来る。なんとか、暴発させずになだめる必要がある。それが可能かどうかは、別として。

 

 「ナロクの大言壮語に振り回されて何人も仲間が死んだ!そのうえアンタに付き従っていても、寒さと明日の食事に心配するような毎日だ!うんざりだ、うんざりなんだよエルバンネ!そもそもアンタ等が里でうちだした政策が今の状況を生み出したんじゃないのか!?エレミヤ、アレの裏切りが無ければ俺達はまだ戦えたんじゃないのか!?みんながみんな彼女を悪し様に言うがな、ここで惨めに寒さに震える俺達と今頃暖炉で暖まりながらワインでも飲んでいる奴のどちらが惨めなのか考えたことはあるのか!?なんで俺達は、こんなことになっちまっているんだ!応えろよエルバンネ!」

 

 「その大言壮語も、過去の風習も、積み上げてきた我等に責任はあるだろう。だがしかし、現状と過去を混同するな。お前達には未来がある。感情に振り回されて、万が一でもそれを失うようなことは」

 

 筋肉が動く。引き絞られた矢が放たれ、ギリギリで回避行動に移るが肩を貫通した。身体が半回転する衝撃に遅れて激痛が走る。

 

 「未来だ?言うこと欠いて、俺達に未来を解くのか?俺達に必要なのは今なんだよ!燃料に食料に寝床、必要なのは今、今すぐだ!今なら奪える!人間共が奪ったものを、奪い返すことができるんだ!なあそうだろうみんな!」

 

 困惑した顔で経緯を見ていた者達に振り向く。ショートソードを天に掲げ、弓矢を握りしめ叫んだ。

 

 「半獣共に手柄をとられてデカい顔をされ取り分を奪われるのか!?獣臭い洞窟でコボルト共と寒くて狭い洞窟でまた過ごすのか!?俺達エルフが、誇りと在り方を取り戻すのは今しかない!時代遅れでこんな現状に俺達を導いた老害の言などもう聞く必要はない!戦うぞ、戦士達!痛打を与えてやる、今こそ復讐の時だ!」

 

 生き延びた古参の者達。戦士として己を律する者達。そんな者達は二回の敗走で皆の盾になり死んでいった。抑える者達のいない、若者達の不平不満とその暴走。集団として破綻しないように、とりまとめに尽力してきたつもりであるがもう限界であったか。

 

 拠点内部にいた三分の二以上の者達が歓声をあげる。こうなるともう留めることは難しい。だが、それでも、止めなければならない。

 

 「行くな。今単独で動いても」

 

 「遮るな!殺すぞ老害が!」

 

 「ああ殺せ。どうしても行くなら殺してからいけ。お前の責任で皆を導けるならな。だが、お前にその器があるのか?人間共の拠点を奪い、半獣やコボルト共と協調路線をとることもできず人間共に勝てるのか?それができるというなら、障害物くらい取り除き破滅に向かうと良い」

 

 殺意が、目にみなぎるのが分かる。ショートソードをこちらに向けながら、歩み寄る姿はもはや誇りあるエルフの表情ではなくまるで飢えて追い詰められた暴徒のそれだ。まともな思考回路ではなく、この者の判断が今正しいとしても感情に振り回されているならば早晩皆を道ずれに全滅するだろう。

 

 「何時も何時も上から目線で……喧しいんだよお前は!」

 

 「エルバンネ様!」

 

 僅かに残っていた同調をしなかった者達がこちらに近づき間に割って入る。完全にエルフという種族が、二分化された瞬間だった。演説に同調した者とそうでない者、殺気が互いから漏れ始める。

 

 「顔は、覚えたぞ」

 

 だが今同族で同士討ちをしても仕方ないと思ったのか、ショートソードを降ろす。その代わり、まるで仇敵に向けるような憎悪の視線を向けて来た。

 

 「戦争が終わったら、お前達にはそれなりの責が待っていると思えよ。行くぞみんな!砦を落とす!我等の手でだ!」

 

 歓声があがり、ハボックに進撃を開始する。これではもう、軍勢とはいえない。暴徒の群れが、軍事拠点に突撃していっているようなものだ。

 

 矢が引き抜かれ、携帯用の医療品で治療が行われる。

 

 「エルバンネ様、ひとまず後退を。奴らがどうなるかは分からないですが、貴方を失う訳には」

 

 「強く固定してくれ。痛み止めもあるだけ用意しろ」

 

 「エルバンネ様!?」

 

 「奴の言うことも、まんざら間違いではない。エレミヤという破綻を加速する要因を作り、人間憎し雌狐の言に操られノックで復讐を企み、それが破綻した咎はあるだろう。求心力を無くした私に、なにができるかは分からないが……」

 

 ただ、このまま黙っている訳にはいかない。死んでいった者達の為にも。

 

 「暴走状態を留める。必要なら、私自身を犠牲にしてでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「旦那!」

 

 自身の進行目標である拠点を制圧し、ランザの旦那と合流を図る。右翼と左翼はエルフの集団と俺達半獣の戦士達で攻め寄せたが、単独で言いと言い放った旦那が心配だ。

 

 まあ確かに人外じみた存在ではあるけれど、戦争は策もなにもなければ集めた数が物を言うもんだ。死にはしないとは思うが、苦戦しているだろうと駆けつけてみる。

 

 だがしかし、ハボックに近い中央の投石拠点に駆け付けた時、状況は良い意味で想定外なものであった。死体、死体、死体に死体。あちこちに残るなにかが爆散したような様子や鋭利な刃物で分割された元人間達。大型のバリスタ砲で反撃した様子や銃火器を使用した様子があるにも関わらず戦闘は一方的なものであったようだ。

 

 「話には聞いちゃいたが、化物だ」

 

 「上等じゃねえか、そんな人が味方なんだぜ?ちょっとは希望もてるだろうが」

 

 陥落した投石拠点の中、ランザの旦那は建物内部で敵が残していった鹵獲品を引っくり返していた。保存食の備蓄とある程度の燃料には目もくれず、木箱の中を探っては引っくり返している。娯楽として用意されていたのか、サイコロとカードが床の上に散らばった。

 

 「旦那!」

 

 「ロウザか。その様子だと上手くいったようだな」

 

 「ああ、なんか拍子抜けするくらいだが。それよりも、なにを探しているんだ?」

 

 「医療品だ。綺麗な包帯や消毒液、とにかくちゃんとしたものが欲しい。後はできれば従軍医も一人拉致しておきたい。残念ながらここにはいなかったが」

 

 こんなに必死になっている様子を見ると、やはりクーラのことが心配なのだろう。どうやら悪竜とかちあったらしいが、なにがどうなればそんな選択になるのか分からない。まあそれはともかく、本格的に治療したいなら十分な道具と専門家が必要になるのは必然だ。

 

 俺達はみんなある程度荒事慣れしており、治療も骨接ぎや縫合くらいならできる者も多いが顔を半分削られ身体中ボロボロになったということであれば助けになることは少ない。

 

 少なくとも、変えの包帯くらいは十全に用意してやりたいというのは親心か。いや、親子ではないようだが保護者オーラを感じるんだよな、この人がクーラを見る目は。

 

 「足りない。ここまで攻め込まれることは想定していなかったのか?」

 

 「ないなら、そういうことかもな。前線拠点にあったものじゃ足りないのか?」

 

 「負傷者全員で分け合うことを考えれば、いくらあっても困るもんじゃないだろう。それに医者ともあれば」

 

 「……ハボックか」

 

 正直、ここまで拍子抜けするほど順調だ。この勢いのままハボックを陥落させ目当ての物を手に入れるという選択肢はありだろう。味方の士気はうなぎ登りだし、敵は突然の反撃に動揺している様子だ。

 

 だが、本当にこれは俺達の快進撃による成果だというのか?仮にも相手は、大陸最大の版図を持つ帝国軍だ。旦那という強力な味方がいることを差し引いても、先の洞窟まで攻め込まれた戦いの時に感じた強かさを感じない。

 

 これじゃあまるで、軍備の近代化もロクにされていないそこらの小国を相手にしているかのようだ。いや、本格的に戦争と呼べるような行動をとったのがこれが初めてだからその感覚が分からないだけなのだろうか。

 

 言いようのない不安感が内心を蝕む。この気持ち悪さは、なんなんだ?

 

 「ロウザ!朗報だ!」

 

 「なんだ!?」

 

 「エルフ共も順調どころか、一足先にハボックに攻め寄せていやがる!俺達も今すぐ加勢しにいこう!あの街から帝国軍を追い出せば、この先随分楽にっ……ロウザ?」

 

 旦那が、こちらの顔を見た。俺もその顔を見て頷き合う。

 

 拠点内の建物から飛び出し、物見やぐらに昇る。防壁が打ち立てられた街に、エルフ共が攻め寄せていた。弓矢が飛び交い、近接戦の装備を引き抜き果敢に攻め寄せている。情勢は、どうやら優勢。

 

 「ここで、攻め寄せようと言わないということは、どうやら俺と同じことを考えているんじゃないか?」

 

 「ああ、旦那。なんというか、脆すぎるんだ。先の戦闘で感じた強さとか、策略とか、そんなもんを不気味なくらい感じない。まるで向こうの方が戦闘の素人に率いられた反乱軍だぜ。なんでこんなに弱体化しているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジークリンデは、帝都から飛び出た。方角や状況から判断して、俺と悪竜がこの北の山脈地帯に落ち延びたのは少し考えなくても誰にでも分かるだろう。目撃情報も多いだろうから、それを辿って行けば良い。

 

 帝都で暴れに暴れた俺と、竜狩り隊にとっては宿敵と言える悪竜がここにいるのだ。来るとしたら、竜狩り隊だと考えていたがこれではまるで弱小国の軍隊だ。

 

 露骨な程に香り立つ、危険な香り。罠の臭い。悪意の臭さ。

 

 「旦那。考えていることは、まあ予想がつく。だがエルフ共が攻め寄せているのに、俺達がまごついていたらアイツらが危険になるんじゃないのか?敵がなにを企んでいようと、勢いで圧し潰せないだろうか?どう思う?」

 

 「そもそも、エルフが攻め込んでいることがおかしいと思うわないか?あの冷静なエルバンネに

しては、血気盛んというか。元々は、投石拠点群を制圧した時点で出来過ぎだというくらいなんだ」

 

 エルフ共を餌にして様子を見るか、それとも危険と分かりつつ共同戦線をして企みごと叩き潰すか。どちらにしても、被害の多さは予想ができる。

 

 悩んだ時、頭に思い浮かぶのクーラの顔だった。苦し気な寝息に、悲惨な顔面の傷。清潔な包帯に痛み止め、そしてなによりできうる限り傷を癒してくれる専門の医療者。それらを早くにでも確保してやりたい。

 

 今の俺なら、多少の不利を跳ね返すことができる。それくらいの力はあると、自負をしても自惚れにはならないだろう。

 

 『悪意に、踏み込むつもりか?』

 

 ジークリンデの問いかけに頷く。半獣達にはここで万が一に行動できる後詰めとして残ってもらい、俺がハボックに飛び込みエルフ共の加勢に加わる。あそこさえ制圧できれば、物資も捕虜の中から医療者を探すこともできる筈だ。エルフ共に任せてしまえば、皆殺しにしかねない危険もあるだろう。

 

 「あれがエルバンネの指示だとしたら、まあそれはそれでいいだろう。だが不測の事態で制御不能になっている心配もあるなら、暴走状態にお前達も巻き込む訳にはいかない。お前達はここで事態を見ながら情報を集めてくれ」

 

 「旦那は?」

 

 「前線に斬り込む。これで北部から帝国兵を追い出せるならば、部の悪い賭けになる可能性はあるがリターンは悪くない。バックアップを頼む、エルフ共は俺に任せろ」

 

 『あーあ、知らねーぞ。なにがあるか分かる訳でもねーのによ、エルフを殺しながら様子を見るのが楽だっていうのによ』

 

 ロウザの返答の前に、ジークリンデの言葉が脳内に割り込んで来た。身の安全を第一に考えるなら、その行動でも良いだろう。だがしかし、敵に策があろうが無かろうがどちらにせよだ。

 

 「旦那。その願いには頷いておきたいところだが、少し待ってくれ」

 

 意外なことに、ストップがかかった。同じような感覚をもってくれているロウザならば、頷いてくれると考えていたのだが少し難しい顔をしている。

 

 「このままエルフ共が旦那の助力を借りてハボックを陥落させれば、今回の手柄でこの後もデカい顔をされる。そうなれば、人類憎しを起動力にするアイツらがこの寄せ集め連中で派閥のトップだ。だがそれは、帝国どころか人類全体に反旗を翻すような破滅に繋がりかねねえ。なにが言いたいか、分かるか?」

 

 「前から来ていた話、俺を半獣グループのトップに据えるって話か」

 

 ハボックを陥落させたのが、エルフと俺の功績ならば、俺の下に自分達を置くことで必要以上にエルフ共を助長させないようにするということか。連中に嫌われている俺を頭に置くことで、功績二分と共に牽制にする。味方ではなく、あくまで敵が同じということがよく分かる考え方だ。

 

 「そうじゃなければ、俺達もエルフ共に乗じて進むしかねえ。今連中に任せて勝てても、今後の泥沼化する戦いには勝てない。憎しみで動いている連中だ、必ずどこかで無謀に破綻する。俺は、仲間を守りたいだけなんだ」

 

 「俺は、この戦いが終わったら何時蒸発するか分からないぞ」

 

 「そうなりゃ、そうなっただ。長い付き合いじゃねえし、いなくなるならいなくなるで驚かないけどよ。それでも、最初から反帝国なんぞ九割九分不利な話なんだ。アンタの強さは、俺達の希望なんだよ。だから頼む、改めて半獣をまとめてくれ。クーラと同じ存在である、俺達を」

 

 クーラが同族をどう思っているかは分からない。これ以上、なにかを背負い込むなんてことはできないというのに。

 

 「無責任に消える可能性がある。それを頭に置いておけ、それくらいお前はありえない提案を俺にぶつけたんだからな」

 

 「学も、カリスマも、先見性もないんだ。そんな俺にはピッタリの提案だろ?」

 

 「自分で言うな。……なにかあったら、援護をよろしく頼む」

 

 ガロンの提案を受け入れ、ハボックに向け走り出す。クーラのこと、テンのこと、ガロン達のこと。無責任に抱え込むことの怖さを、今の俺は知っている。

 

 心情的に追い詰められたが故に、勝ち目の薄いジークリンデに勝負を挑んだクーラ。冷静な子だと思っていたが、その内情はどれだけ混沌とした物を抱え込んでしまったのか。

 

 あの悪夢での十数年。俺にとっては、最後の一日のみが修羅場であったがクーラにとっては毎日が文字通りの悪夢であったのだろう。耐えきれたのは、テンに埋め込まれた何らかの細工のおかげか、或いはその精神故か。

 

 クーラに、まだ俺はなに一つ返せていない。教えてもいない。導いてすらいない。なによりも前に、テンの前に、あの娘との関係を明確にしておく必要がある。

 

 『へェ』

 

 ジークリンデが、どこか感心したように声をあげる。ハボックに辿り着いた頃には、エルフ達は街の入口に並べられた防壁と門を破り内部に侵入していた。

 

 防壁には幾つもの鈎縄が下がっている。制圧射撃でもしかけた後にこれを昇り、内側から門を開けたのだろう。手際が良いというよりは、やはり敵の防御が薄い。

 

 「貴様」

 

 声をかけられ振り向くと、数人引き連れたエルバンネが駆けつけていた。肩口に包帯を巻きつけており、顔色が悪く息が乱れている。だがしかし、その表情は巖のように堅いものであった。とても、この快進撃を喜んではいない。

 

 「お前がここにいるということは、連中はやはり」

 

 「ああ、暴発させてしまった。勢いに乗れたこと、今まで溜まった不満。抑えるように言ったが、止まれなかった。なんとか止めなくてはならない、勝てるならそれで良いという訳ではない。略奪はともかく、降伏した者も皆殺しにあったなんてことになれば必要以上に憎悪が漲るだろう。止めなければならない、なんとしても」

 

 エルバンネの負傷、それから続く暴走か。或いは、部下に反発をおこされて傷を負ったのか。どちらにせよ、制御を外れてしまったのは確かのようだ。

 

 「行くぞ。なにがおこっているのか、確かめる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見ろ!寒さ対策の防寒具に、固形燃料が山ほどある!」

 

 「ソーセージ、チーズ、麦袋。こんなにあるのか!」

 

 「うおなんだこの樽。油みたいなのが大量に」

 

 「武具の類もあるぞ!遠距離類は銃器が主だが……これだけ木材や鉄があるなら、新しい弓矢も作れるな。新しい材料が手に入らなかったからな、助かる」

 

 ハボック内部、退却していく帝国兵達が残した鹵獲物資をエルフ達は漁っていた。食料品に防寒道具、豊富な資源や武装の類。なにもかもが制限されていた者達にとって、例えそれが食べなれない肉類であっても、使い慣れない帝国の武具であっても宝の山だ。

 

 なによりも、奪われ続けたエルフ達が初めて人間から奪った品々だ。ただの略奪や鹵獲とは、高揚感が違う。

 

 「逃げそびれた奴がいたぞ!」

 

 「殺せ、殺してしまえ!」

 

 「ざまあみやがれ帝国軍共!醜悪な人間にはお似合いの末路だ!」

 

 「命乞いだと?お前達がそれを受け入れたことがあったのか!?死ね、皆殺しだ!かつて俺達がやられたように、お前達を殺し尽くしてやる!」

 

 落ち延び損ねた者達に、怨みがぶつけられる。降伏しようと武装を放棄した者には矢が浴びせられ、転がる死体にも執拗な攻撃をし続け、まるで質の悪い傭兵団のような有様であった。だがしかし、勝利は勝利。誰もこの歓喜に水を差す者はいない。

 

 里を燃やされた時の光景が、誰の頭にも浮かんでいた。正当な光景、これぞ正当な復讐だ。誰にも邪魔はさせない、俺達の怒りを思い知れ。

 

 「これ以上はやめろ!集合するんだ!無暗に敗残兵や投降する者を殺すんじゃない!」

 

 街の中央付近から、エルバンネが叫んでいた。傍らにはランザもおり、周囲を警戒している。

 

 ランザ=ランテ、二度も我等を追い詰めた本当の仇。元より、奴と行動を共にすることすら苦痛であったのだ。皆、思っていることは同じの筈だ。老害め、ランザを引き連れよくもまあ俺達をなだめられると考えたものだ。それとも、反乱分子を皆殺しにでもしにきたか。

 

 「今ならなにも問題はない!帝国軍は退けた!これ以上、もう一人の仇を生かしておく理由もないだろう!」

 

 数的有利は、圧倒的だ。帝都で暴れたかなんて知らないが、今ならば四方から矢で針鼠にしてやることができるだろう。ついでに、あの老害も始末してやる。古い考えを廃し、エルフは生まれ変わる。その為には、過去の遺物は邪魔だ。

 

 「エルバンネェ!ランザを使い俺達を排除しようとしても、無駄だ。こいつらもここで殺してしまえ!今なら帝国の連中にいくらでも擦り付けることができる!」

 

 集まった仲間達に、声をかける。ランザ=ランテはまっ先に殺しておかなければならない仇なのだ。それに関しては、皆の中で意見は一致している。

 

 「全員矢をつがえ、狙いを定めろ!エルバンネとランザ、それに今だ古い考えに続く馬鹿な時代遅れ共を皆殺しにするんだ!」

 

 「俺はともかく、エルフ同士で殺し合うつもりか!?なにを考えているんだお前達は!」

  

 「貴様が俺達に物を言うなランザ=ランテ!諸悪の根源が!ノコノコここに来たことを後悔しろ!これは正当な仇討だ、ころっ!」

 

 合図をだし、矢を放とうした瞬間。地面全てに亀裂が走る。そして、世界の全てが破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで、生きているんだろう。

 

 悪竜を殺しにかかり、首が繋がり、心臓が動いているとは思わなかった。呆然と天井を見つめるが、顔の痛さで意識が完全に覚醒する。

 

 そうだ、生きているならばこんなところで寝ている場合じゃない。ランザの元にいかないと、自分が助けにならないと。

 

 なにやら周囲が騒々しい。部屋から顔を出すと、慌てた様子で半獣が駆けていった。いったい、なにがおこったのか?

 

 「……ランザ」

 

 だとしたら、なおさら行かなくては。這ってでも、たどり着く。そこが、自分の居場所なのだから。

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