家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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悪たる竜


 あれは、どれくらい前のことだったか。百年以上、いや下手すりゃ何百年前の出来事だ。

 

 当時のオレは、歴史の表舞台から引っこんでグダグダと怠惰に過ごしていた記憶がある。人間の海洋進出が増すことに海竜は警鐘を鳴らし、火竜の奴は火山噴火で虐殺をおこした後引きこもりになり、オレはといえば平々凡々とした泰平の世に面白みを感じることもなく、さりとて踏みつぶしたり増長させたりしたところで面白みがある国もない。

 

 長く生きてりゃ時折こんな凪の時期もあるもんだ。焦ってもしょうがない。

 

 という訳で、寝て、飯食って、寝て、気が向いたら人間に化けて人里に繰り出して適当に酒でも飲みながら肉でも食っての繰り返し。そんな中で、最近は少し変わったことがあった。

 

 「何時も思うがな、その面とガタイで年代記作家なんて無理があるだろうが」

 

 「お前もその姿で、オールウ王朝を滅ぼし歴史上数々の悪行を引き起こしたとは思えんな」

 

 なんという国だったか、都心部から離れた郊外の森林地帯。木造の家屋内では、手作りの暖炉から火が溢れキノコと山菜、鹿肉が入ったスープが煮えていた。鍋をかき混ぜる男は、髪に白髪が混ざり始めた壮年の男性。ただその面構えは、額に傷が入った修羅場を潜り抜けた雰囲気がある良い男だ。

 

 丸太のように太い腕と、頑丈な幹のような足腰は歴戦の戦士を思わせるものであり、壁にかけられた古い大剣は使い込まれ主人と共に様々な戦場にて振るわれていたのだろうことが容易に想像できた。

 

 「竜に羞恥心は皆無とみえる。中身はともかく見た目は年頃だ、なにか着ろ」

 

 「オレはオレ、街中ででもないかぎりなに一つ隠すものなんかねえ、羞恥心?あってたまるかよそんなもん。ていうか、オレ様の肉体美にほだされねえお前が枯れてんだよ」

 

 「中身はこれでは、食指も動かんというものだ」

 

 「言ってろクソオヤジが」

 

 とある愚王から貢がれた金銀財宝もあり、それを換金して消費しながら街で飯を食っている際に声をかけられた。飲まず食わずでも数十年単位で過ごすことができるのが、オレ達竜という存在だが目新しいものを感じない時代、それなりに美味いもんでも食わないと張り合いがなかった。

 

 酔えもしない酒を飲みながら、表皮をパリッと焼き上げ香草で引き立てた鶏肉を食っていたところこの男に声をかけられた。二十年近く、竜としての活動はなく巣穴でゴロゴロしていたり人に紛れていた為声をかけられた時は飲んでいる酒を噴き出しそうになったものだ。

 

 いや、声をかけられることは多かった。こう見えて容姿は良いとの自負はあり、その時その時の流行りものや好みに合わせて刃を服に変えて纏うことも多い。雄からはさぞ魅力的に見えたのだろう、生憎興味のある野郎はおらず、何人かは死体に変えてしまっていたが。 

 

 ただこいつは、オレを悪竜ジークリンデと知ったうえで声をかけてきやがった。それが、こいつに興味をもったきっかけだ。何故気づかれたかは知らん。

 

 「おい、キノコはいれんな。肉もっといれろ」

 

 「喧しい。施されるなら黙って食え」

 

 「チッ。テメェの趣味だか娯楽だかに付き合ってるのに大した言いようだぜ」

 

 遊びがいのある為政者も、壊しがいのある都市や国家も存在しない退屈な世の中。なにに対しても興味が薄い時代に、オレを悪竜と理解したうえでぞんざいな口を利くこの男には存外好ましいものがあった。なに、クソ度胸に免じて多少の無礼は許容してやるというだけだ。一線を越えたら殺す。

 

 「で、飯食いながら話の続きだったか。どこまで話したっけか?」

 

 「暗愚王の病を、大量の生贄と引き換えに治療したがその結果、国民に国家転覆の兆しがおこりはじめたところだ」

 

 「ああ、そうそうそれ。こっからが今回の話で面白いところでな」

 

 年代記作家、もしくは編年史作家。歴史上の出来事や事件をまとめ、その詳細を記録に残す為の仕事。本来ならば国が自分の治世を歴史として残す為に雇われて書く連中だが、野良のこいつが記す書物はただの趣味だ。それで金が発生する訳でもない。だからこそ、その酔狂に強力しようとも思った訳だが。

 

 こいつが記す年代記のテーマは【悪竜】。ま、オレのことだ。だからこそ、声をかけてきたという。ずっと探していたとも。

 

 当時のオレは、自分の所業や悪行を記録に残るなんてことは考えたこともなかった。ただ思うがままに、遊べそうな玩具にちょっかいをだしていただけだ。たかが紙切れに歴史を綴ることにどれほどの価値があるのかは分からないが、やりたいならやらせてやる。気紛れってやつだ。

 

 男は最初、区切りが良いところまで黙って話を聞く。その後は細部を埋める為に質問を重ね、後に書き起こしたメモから年代記を書き残すのだという。

 

 食事が終わっても話を続ける。件の王は最後に反乱軍と市民あがりの長、解放の少女に打倒されたが、反乱軍の長による治世も長く続かずお粗末と言える外交と交易を繰り返す。反乱により国政が弱り切っているのに弱者救済にばかり目をあて、国は愚王が治めていた時よりも加速度的に疲弊していき、最後は群雄割拠となり国家じたいが消滅した。美しい理想により、国はさらなる地獄に落ちた。

 

 愚かな王と呼ばれてはいたが、外交と交易により潜在国力の弱い王国をよく保たせていた程には有能であったとオレは見ている。ただ悲しいかな、学がない市民連中にはそれが分からない。

 

 現にあの王が病で死去していれば、跡継ぎの教育もまだ中途半端なこともあり他国から侵略されてどのみち滅びていただろう。歴史にもしもはないが、頭解放者な少女が救国の聖女になんてならなければ今も国は分断され消滅されずに残ってはいた筈だ。

 

 見世物としては上出来だ。悪逆非道な愚王の奮闘こそが国を持たせ、市民に持ち上げられた聖女が国を滅ぼした。やはり人間とは、一部の視点のみでみるべきものではない。ただ坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというか、一度そういう視点で見てしまえば全てが悪くなるのもまたサガか。

 

 それを愚かと思うか、それとも仕方ないことかと思うか。少なくとも、得したのはオレだけだ。少しの労苦で、人の世の奇劇を存分に楽しめた。

 

 「幾つか話を聞いてきたが、何故お前はそんなに人間に関わろうとするんだ?」

 

 「何故だと?逆に聞くけどよ、そんなことが何故気になりやがる」

 

 「火竜は虐殺をし慟哭と共に歴史の表舞台から去り、海竜は敵意を剥き出しにして人類に宣戦布告をし、天竜は……お前に聞いた情報しか持ち合わせていないが、人の間では存在すら疑問視される程には伝説の存在で、人間と関りはいっさいない。だがお前だけは、他の存在よりも積極的人間に絡んでくるのが、不思議でな」

 

 そんなもの、理由は簡単だ。

 

 神の支配からの脱却、悪魔の知恵からの離脱、絶滅か殲滅かをかけた吸血鬼達との戦争。ただ導かれるだけの盲目な猿共は、様々な歴史上の出来事に揉まれ、抗い、生き様を示すことに命をかけてきた。

 

 傲慢に驕ることもある。怒りを買うこともある。火竜と海竜はそれ故に人類を攻撃したが、オレにはそれが楽しくて仕方ない。

 

 なんというか、一言では言えないのだ。暗愚王のように、世間で悪と言われている人間こそが国家を存続させ一部を切り捨てでも残りを保たせた。そして、解放者という善と謡われた者が全てを護ろうとして全てをぶち壊した。

 

 人間は神から離れ、悪魔から離れ、迷走をしている。そのどこに向かうかもしれない迷走かげんを、オレは面白おかしくなるように脚色してやるだけだ。だからこその、悪竜。人類という種に、娯楽でちょっかいだすのが悪たるオレの楽しみで役目だ。

 

 「ただの趣味だ、お前がオレの記録を書き残そうとするのと同じでな。お前等の歴史はただの玩具、それを楽しく弄ぶことにこれ以上の理由はねえだろう」

 

 「そうか、趣味か」

 

 男は、筆を置く。腕組みをしながら視線を壁へと向け、古い大剣に目を向けた。

 

 「趣味なら、仕方ないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半獣のガキども、動いたか。

 

 戦闘のなか、コソコソと瓦礫に潜むように進軍するガランやその一味から感じる気配。単純にこちらに加勢しようとはせず、隠密行動で先に砲撃部隊を叩きにいく。ロウザは直情的な奴だと思ったが、その選択しがとれるくらいには冷静に物事をみているならばありがたい。

 

 半獣共が気づかれないように、咆哮をあげる。ならもっと目立たないといけねえな、この隊長格の男なら、例え多少の犠牲がでようともこの優位性を保つ為に半獣排除を優先する筈だ。気づかせる訳にはいかない。

 

 『よう、クソ野郎ども。目ん玉一個潰した程度で粋がるつもりはねえんだろ?』

 

 オレはジークリンデ。お前達人類にとって、天敵である悪の竜。

 

 『せこせこしてねえでかかってこいや。ここでオレを殺し尽くさないと、帝国民がどうなるか分かったもんじゃないぜ?せこい戦果で満足せずに、さっさと次来いやぁ!英雄になりたい欲があるなら、死兵となってかかってこい!汝、竜を狩りえる力を持つ者か?ってなぁ!』

 

 「我等は英雄にあらず、栄光等いらん。だが、言われずとも貴様等を狩りとることに遠慮はない!」

 

 戦列を最適解に組んで、竜狩り隊が突撃を開始する。純粋な戦闘能力が一番高い隊長格が視界の通じる側を攻撃し、その他の連中が死角から波状攻撃をかける。

 

 最適解……最適解か。オレとランザの戦闘や、文献に存在した悪竜が暴れた記録から予測と訓練を繰り返したか?

 

 『オオラァ!』

 

 連中は連結刃の間合いのギリギリからつかず離れずで動き、機会を得たら一撃離脱で浅い傷でも良いから攻撃を喰らわせていく。だがしかし、上手く連結刃から逃れて離脱しようとしていた鉄馬に頭を振り下ろす。

 

 竜の額が、人間の頭に直撃する。巨大な質量をもったハンマーに叩かれたようなものだ、騎乗していた騎士はほぼ垂直に地面に叩きつけられ、衝撃により鉄馬と共にひしゃげ、臓物をまき散らした。

 

 「頭突きだと?」

 

 「まさか、竜が?」

 

 そんな馬鹿な、と言いたいのか竜狩り達の呟きが聞こえた。頭突きなんて頭部にも影響がある滑稽な自爆技なんて、猪か人間くらいしか使わないだろう。ましてやプライドが高く、傲慢な竜がそんな泥臭い戦いなんてしないと思ったか?

 

 『おいおいおい、そんなに引くんじゃねえよ。人間どもの酒場で喧嘩がおきた時、よくやる手段の一つじゃねえか。これはこれで楽しい喧嘩なんだからよ、持てる手段だしていこうぜ?なっ、なぁ?なあ!竜狩り隊隊長、ガルシア殿よぉ!』

 

 「喧嘩だと?ふざけたことをぬかすなぁ!」

 

 連結刃と刃付きの突撃槍が撃ち合い、火花をあげる。こいつは超人的な体幹能力と空中での位置取り、並みの戦士や騎士共より鍛え抜かれた膂力でこちらの攻撃を上手く迎撃している。これはこれで、英雄だ。本人が例えそう思っていなくてもな。

 

 だからこそ、挑発のしがいがある。

 

 『ふざけたことのように聞こえるか隊長殿よぉ!知恵とか勇気とか努力とか人間賛歌とかとかとか、いろんなもん混ぜ合わせてふっかけてきたんだろうがぁ!目ん玉潰されるなんて初めてだが、だからこそ面白い、楽しい!さあもてる悪意と善意でこの悪竜様を葬れるか、ちっとは楽しめや人間!オレは楽しいぜ、だからこそテメェ等人間を娯楽にするのはやめられねえんだ!兵士の犠牲も街の代償も、悪竜様が滅びりゃ必要経費で大団円、ハッピーエンドだろ?ならもうちっと覇気とやる気と楽しさ魅せてかかってこいやぁ!ちっぽけな英雄願望満たすチャンスだろうがよ!欲だしてこいよオラァ!』

 

 「同胞を手にかけ!住民の努力を踏みにじり!貴様等帝都で暴れた災厄たる害獣を打つべく為に犠牲としたのだ!英雄願望?娯楽?そんなもんの為に戦う訳では断じてない!我等を愚弄するな悪竜ごとき害獣が!」

 

 『害獣退治如きにここまでそこまで本気になってくれるとは嬉しいねぇ!さあて雑魚ども、もっと泥臭くいこうぜ!こっからは、オレももっと楽しませてもらうからよ!』

 

 けなしてやる。大砲の援護と護衛対象であるお荷物、もはや勝ちが確定している戦いで、下から挑発されれば多少は揺さぶれるだろう。注意をこちらに向け続ければ、半獣共は通り抜けることができる。

 

 だがまさか、半獣共に期待をかける時がこようとは。

 

 ……また、まさか、か。まさか、まさか。ランザと出会ってから、何度この言葉を内心呟いたか。

 

 吸血鬼サグレと戦った時の、相棒という言葉。ノックの谷底の激流に落ちたクソ猫を助ける為に手を尽くしたこと。クソ猫改めクーラ=ネレイスが魅せた予想外の意地と覚悟。そして、ランザ=ランテを雄として意識してしまったこと。

 

 ランザと出会ってから、今まで考えたこともなかった行動や結果を見続けてきた。それが楽しくて楽しくて、なによりも楽しくてどうにかなっちまいそうだった。ここまで、ただの人間だった存在や半獣が楽しませてくれたんだ、オレがここで悪竜としての矜持を魅せないでどうするよ。

 

 挑発が多少効いたのか、竜狩り隊の攻撃頻度が増す。身体が削られていくなか、気分は悪くない。オレはオレの最愛の人を護る為にここにいるんだ。

 

 正直ランザ=ランテはもう人類にとっては害でしかない人妖、害獣だ。それを護ることは、悪竜としてオレの矜持にも会っている。リヴァイアサンよ、人間嫌いなお前は、人間に嬲られ殺されたことは屈辱だっただろうがオレはそうでもないぜ。

 

 竜狩り隊はオレとこいつを殺す為にあらゆる手段で手を汚し、策を打ってきた。まったく、素晴らしいじゃねえか。なによりあの時と違い、昔と違い、相応しい舞台で待つなんて戯言吐いて退く理由もねえ。そしてこいつらは、オレを殺すことだけを考えて、例え逃げたとしても地の果てまで追ってくるだろう。

 

 素晴らしいじゃねえか、楽しいじゃねえか。こんな殺し合いを、オレはずっとしたかったんだ。そしてそのうえで、オレは為すべきことをなさせてもらうぜ。

 

 思い返すのはかつての記憶。

 

 なあ、名も知らねえ古い友よ。悪竜ジークリンデの、本領はここからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「病か?」

 

 寝台の上で、咳き込む男の口から血が溢れていた。オレの年代記は、あと少しで完成というところなのに。

 

 暇つぶしに半生を語るだけ語り、それを元に書き起こすという年代記。出来上がる頃合で完成具合を見る為に半年ぶりに訪れた際、男は随分と弱り切っていた。

 

 実りの秋を越えて、冬ごもり。そして生命が謳歌する春だというのにその真逆こそが、男の状態だ。

 

 「若い頃、無茶ばかりしたツケだな。もう少しで完成だというのに、身体が持つかどうか。だが、ここでお前が来てくれたことは天啓だ」

 

 「オレの気紛れを天の仕業扱いしやがるんじゃねえよクソボケが」

 

 「最後に、付き合ってほしい」

 

 男は身体をおこし、ふらつきながら移動をする。歩いている間に死ぬんじゃねえの、なんて思っていたが壁にかけられていた大剣の柄を手にとった瞬間身体から生気が漲るのを感じた。

 

 呆けて耄碌した達人が、それでも剣を手にとった瞬間若者以上の気迫をだすように、男は半分死にかけた身体から戦士のそれへと戻っていた。

 

 外に出る男に続く。庭先にて、大剣をこちらに向けてきた。

 

 「悪竜ジークリンデ、戦士として立ち会いを所望したい。貴様の首を跳ね、それを年代記の最後の記録として記そう」

 

 「なら元気なうちにきやがれ…ってのは野暮な物言いだな。だが何故、残り少ない余命とはいえそれをぶん投げてでもオレに挑む?」

 

 「後悔からだ」

 

 男は悲し気に目を伏せた。

 

 ぶち殺したいですと喧嘩を売ってきた野郎だ。四の五の言わずにぶっ殺せば良いだけの話だが、オレは興味が湧いた。後悔か、話を聞いてそれを記録として残しているうちに、やはりぶち殺さなければならないと考えたか?飯に毒とかいれるとかしてよ。

 

 だが、男の口から語られたのはそんなせこい後悔ではなかった。

 

 「三十年以上前の話か、戦士としてはまだ二流半くらいのオレは、とある都市で暴れるお前と対峙したことがある」

 

 「ほお、都市なんざ幾つも襲ったけど、覚えちゃいねえなお前のことなんざ」

 

 「それもそうだ。すまん、対峙したなんて語ったが、本当は違う。臆病風にふかれちまったんだ、本当は相対してすらいない、瓦礫の影で震えていた。恐ろしくて、立ち向かうことすらできなかったんだ」

 

 無様な記憶を呼び起こす。確かに、そんな木っ端みたいな存在までいちいち踏みつけていた訳じゃないからな。生き残りがいたとしても不思議じゃないし、もしかしたら復讐心とか身に着けて襲い掛かってくるならそれはそれで楽しみがいがある。

 

 鍛えた技や、強い復讐の誓い。それが果たせずに心折れながら死んでいく奴を見るのは、楽しみがいはともかく暇つぶしとしちゃ丁度いい。

 

 「だが、鮮明に悪竜ジークリンデは記憶として焼き付いた。凄まじい竜の破壊力とどこか神秘性までももつ存在感に恋焦がれたと表現しても、変わりない。文字通り寝ても覚めてもお前のことを考えながら、一から修業をやり直した。今度こそ、対峙して悪竜の記憶に残してもらう為にな。だが、全盛期となった頃にはお前は歴史の表舞台から姿を消していた。強い後悔をもったよ、あの時お前と対峙して死んでいれば、こんな後悔をもたずにすんだだろうとな」

 

 「だから、今その夢叶えたいときたか」

 

 「ああ、街で見つけた時は驚いたよ。姿形は人のそれだが、この圧力は間違いない。だから声をかけた。この年になって、断片的に残る悪竜の記録を調べるうちに興味も湧いた。お前のことを、後世まで語り継がれるように歴史に残してやりたいとも思った」

 

 大剣を握る手が、強く強張る。殺意が増し、目に覚悟の火が灯る。

 

 「私がお前に勝ったら、悪竜の最後を年代記に記して筆をおこう。お前が勝ったら、その生を、悪竜の軌跡を歴史に刻んでいけ。誇り高き悪たる竜よ、人類にとっては敵なれど、私のようにお前の輝きに魅せられたものは必ずでてくる。気高く生き、誇り高く死んでほしい。どうせ死ぬならそんな相手に殺されたい、それが願いだ」

 

 「あっそ。それじゃ、喧嘩しようか」

 

 勝負は、あっという間についた。刃が一度接触をした瞬間、男は弾け飛び大剣は二つに折れる。戦士として戦えるように身体は動いたものの、男の全盛期は既に過ぎ去ってから久しく、大剣も戦場をかけてきた役目を既に終えていたのだろう。

 

 転がる男に近づき、見下ろす。

 

 「まあ、こんなもんだよな。言い残すことはないか?」

 

 「いや、ない。満足だ、多少なりともお前の記憶に残りながら、死んでいくことに後悔等あるものか」

 

 頭を踏みつぶし、殺そうとする。直前までせまる死の圧力を眺めながら、それでも男は笑顔だった。

 

 「……いや」

 

 潰す直前で、止まる。殺すのは、簡単だが。

 

 「リクエストには、応じてやらねえとなぁ」

 

 「なに?何故止める?」

 

 「オレは悪竜ジークリンデ、お前等玩具の物言いになんで応じる必要がある。ここでテメェを殺すのは慈悲だがよ、それじゃらしくねえだろうが」

 

 こいつは、オレに魅せられたと言った。今までそんなことを考えたことはなかったが、魅せる為の生き方と死にざまか。なら、無様にはできねえじゃねえか。

 

 「殺してほしいと懇願する馬鹿殺しても楽しくねえだろうが。それが、壊れかけの玩具で馬鹿なダチならなおさらだ。精々お前は、悪逆非道、人類の災害たるジークリンデ様の年代記を世間にだしやがれ。死にかけてた友人の最後を嘲笑しながら立ち去ったゲスとでも最後に書き記しておけば良い。その後に死ね、あの世からオレの活躍を見ておきな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何十年か経った後にそいつの著作を一度だけ見た。その末尾には、こう記されていた。

 

 『悪竜ほど、人類を愛している竜はいないだろう。それは玩具に対する執着のようなものではあるが』

 

 その頃から、オレは歴史に刻まれるような悪逆非道な生き方と、英雄相手に華々しく散るような魅せるような死に方を追い求めることとなった。結果一度は心をへし折られ、ランザと出会うまで腐りきっていたがまさか今になってそれが実現しそうになるとはな。

 

 だがしかし、時間切れだ竜狩り隊。

 

 砲撃のタイミングで離れる鉄馬に追撃。ランザから急激に離れての斬撃に、安全圏に逃れ次のチャンスを図ろうとしていた騎士二名が鉄馬ごと両断される。

 

 「離れたか!?」

 

 「馬鹿め、砲撃を忘れたか!?人妖ランザはいただきだ!」

 

 だがしかし、援護射撃は来ない。ハボックよりもさらに北、砲兵陣地からは煙があがっていた。

 

 「砲撃はどうしたぁあああああああ!」

 

 『クッ…クカカ……ざまあねえな竜狩り隊。時間をかけすぎだ馬鹿野郎共が』

 

 オレは、奴らの攻撃目標であると同時に目を釘付けにする為の餌。熱くなっていなければ、多少は周囲に目を向ければ、コソコソ瓦礫の影を移動する半獣共に気づけたかもなぁ。だがしかし、悪竜たるオレがそれに気づかせると思うか?

 

 『獣どもがやってくれたみたいだぜ。お前等が半獣にもうちーっと優しければ、オレを殺せただろうによ。うぜぇ砲撃は無しだ!さて殺し合おうぜ竜狩り隊よぉ!』

 

 翼を広げ戦意を高揚させたこちらに、ガルシアの反応は早い。

 

 「優位性が崩れ戦場で長居は無用!撤退に移る!」

 

 「はいそうですかと、逃がすかよクソボケが!」

 

 援護射撃がなくなったというだけで、こちらがボロボロなのは欲張らないということか。犠牲を出さずに、引きたいと。それを許すと思ったか。

 

 逃げて行く竜狩り達を追い、散らす。刃に絡まれて命を散らす騎士に、他の連中は見向きもせずに退却を……。

 

 悪寒、なにかがおかしい。いや、クソボケはオレの方か!

 

 撤退という言葉は詐術!視界がある方の、竜狩り隊は確かに引いているがオレの判断が間違いじゃなければ、オレがガルシアであったとしたら間違いなくこうする!なにより視界が通る方向から攻めていた竜狩りの長が、いつの間にか死角方面にまわっていやがった!

 

 すぐに戻り、ランザに覆いかぶさる。それと同時に、背中に深々と槍が突き刺さった。

 

 視界に見える隊員達を脱兎のごとく退かせ、それに注意を向け死角にいた者がランザに襲い掛かりトドメを刺す。片方だけでも、確実に抹殺せんとする執念。それで、逃げ切れる可能性が皆無となったとしても帝国の災厄を仕留めようとする気概。

 

 『グハァ!』

 

 これ、やべぇ。

 

 口から大量の血が溢れだす。確実に、背中から内臓の傷をつけられたらいけないところまで突撃槍が深々と沈み込むのを感じた。

 

 「確実に討ち取れぇえええええええい!」「帝国臣民の、息子殿の仇をとるのだ!」

 

 反転してきた竜狩り隊の槍が、二本三本と背中や首筋に突き刺さるのを感じた。だがそれと同時に、大量の落ちる血に濡れるランザの視界に、色が戻る。

 

 『ようやく……起きたかよ。世話が焼ける、男だぜ』

 

 身体に力が入らず、崩れ落ちた。ランザの濁った目は、それをどこか不思議そうに見ていた。

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