家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
凶暴で、厄介で、危険で、容赦がない。それが、悪竜ジークリンデだ。
だが時にはその容赦ない苛烈な言動で、思考の矯正や精神が安定することがある。
あれは、エレミヤの運営する娼館から出て、本格的にテンを追うようになり初めて彼女が介入した人妖の存在を知りえることになった事件だった。
客観的に見てもテンの容姿は目立つ。元々異国風の顔立ちなうえに、艶やかな銀髪と、好んで着ている高級そうな貴族でさえも持ちえない蒼白柄の民族衣装は嫌でも目を引くものがある。テンの目撃情報を頼りに訪れたとある寒村、そこは既に地獄に変えられていた。
が、今にして思えば容易にテンの足跡を追えたのはただの誘導だ。姿を暗ます時には、足跡を追えるどころか噂一つ聞けない程度に情報を自由に操ることなど朝飯前だったのであろう。専門の諜報機関ならともかく、一個人には限界があった。
ともかく……だ。
村落にいた人妖。どんな背景が、きっかけが、なにがあったか等後から来た俺には分からない。だが、蝶の人妖となった女児を殺害し、その影響下にある村民三百人近くを殺害せざるをえなかった。
三百人のうちほとんどは、教会に集められまるで苗床のように寄生蟲の住処となる生体反応のある動かない肉塊となっており、数十人程の人間は狂気に汚染され攻撃を仕掛けて来る。
人妖との戦いでは散弾銃で羽をボロボロにはしたが決定打が打てず、最終的には教会の十字の形をしたモニュメントを切断して、心臓を串刺しにした。あの時初めて悪竜の連結刃を使用した戦いだった。
絶命して人に戻る人妖と、鱗粉による幻覚作用かなにかで正常な精神を蝕まれ暴走する村民達。人妖モドキとでも呼称すれば良いのか、背中から昆虫類の翼を生やそうと変異するものや、額に触角のようなものが浮き出るものもいた。
幼虫のような存在が既に倒した死体から飛び出て、ドリルのような先端を回転させながら肉に飛びつき寄生をする様子まで見てしまう。そして、寄生された動物は既に死んでいたにも関わらず起き上がり攻撃をしかけてきた。
あの時、最適解が他になにかあったならば、誰か教えてほしかった。結局俺は、暴走する村人達を感情が悲鳴をあげるなか殺害し続け、周囲に悪影響がでないように死体を一ヶ所に集めてありったけの火と燃料で荼毘にした。
テンを追いかけ、彼女以外、最初の人妖との遭遇。凄惨な光景に心が折れそうになり、悪夢のような光景は長く夢にまで影響したのをよく覚えている。
『じゃあ、放置しておけば良かったじゃねえか』
記憶の中のジークリンデが、語る。当時はまだ、あの封印剣から出てはこず脳内だけのやり取りだった。
『あの雌狐の後始末。なんの責任を感じているのかは知らねえが、なにもここまでする必要はねえ。この先何度もこんなことになるのは、目に見えていやがる。全部真摯に付き合ってりゃ、そのうち潰れるんじゃねえのか?止められなかった娘の凶行に対する、罪悪感でな』
『あのまま放置すれば、この一帯がどうなっていたかなんて容易に想像がつくだろう。死体から湧き出た蛆が新たな死体に寄生してしまう。必要だと思うからこそやったんだ、この程度で潰れるくらいなら、最初から復讐の旅なんて出ていない』
『ほう、ご立派ご立派。だがその台詞、声を震えながらじゃ台無しだろうよ』
返す言葉に窮してしまう。これは、テンの仕業だということは戦闘が開始する前にほんの僅かな間邂逅した娘との会話で分かってはいた。この犠牲が、俺の糧になるとの戯言つきでだ。その為に村一つ、無残に潰させたというのか。
内心、荒れていた。表面上はまだ取り繕っていたが、それは薄皮一枚で覆われた仮面にすぎない。ただ迅速に後処理をしてここからすぐに立ち去るべきだ。近くにテンがまだいるかもしれないが、完全に姿をくらませてしまっただろうと予想がつく。
やるべきことがあるから、それに没頭することで感情を無理矢理殺しているだけだ。そうでなければ、今すぐ消えてしまいたいくらいの衝動だった。申し訳なさと、不甲斐なさで衝動的にでも死にたくなってくる。
当時は、あの時子供なんて拾わなければ良かった、なんて考えていたか。もしくは、他の探検隊と共にあの場で死んでいたらとも。
『馬鹿なこと考えているんじゃねーよ』
『なに?』
『いくら雌狐が規格外とはいえ、なんの下地もない状況で人妖が産み出されることはない。つまりこの村、あの餓鬼を取り巻く環境にはその下地となるなにかがあったって訳だ。雌狐はそこにつけこんで、誘惑し、そして堕とした……それだけだ。そもそもこんな悲劇、世界に目を向けりゃザラなんだよ』
『お前になにがっ…!』
『分かる訳ねーだろ、アホくさ』
激昂するこちらの言葉を挫くように、気のない返事が返ってくる。葛藤も、後悔も、罪悪感も、絶望も、この竜にとってはどうでも良いことなのだろう。だからこその、興味もないといったふぜいの口調。だがそれに続いて放たれる言葉は、想像とは違うものだった。
『こうしている間にも次の悲劇、そんでまた次の悲劇が繰り返されていくんだろう。イチイチテメェの感情と女々しい自己嫌悪の罵りあいをするくらいならさっさと歩みを進めやがれ。止めたいなら、時間をかけてイチイチ立ち止まっている場合かよ。くだらねえんだよ、後始末はともかく毎度毎度感情に足止めされるなんてな。そんな生半可な覚悟で、仇討ちなんて志したのか?どーせ、非生産的でロクなもんじゃねえのは理解しているんだろう?それとも、こんなことになるなんてと足を止めちまうか?くだらねえ、時間の無駄だったな』
腹が立つが、その通りだ。認めたくはないが、悪竜の言葉は無視できるものではない。足を止める、暇なんてないんだ。第二、第三の犠牲がでないように。犠牲が出たとしても、早急に被害を抑える為に。
この後も、心が折れそうになることが幾度あったか。その度に、悪竜による容赦のない苛烈な言葉は時に反発心を呼び起こし、時には乱れた精神の整理に役に立った。何度も何度も挫折しそうになりながら、それでも歩みを止めることがなかったのは彼女の存在が大きかった。
悲観に陥ることなく歩み続けたお陰で、結果として助けられた命もあった。それで、家族の罪が消えることはないが最悪を避けることができたことも一度や二度くらいはある。
乱暴で、物言いに容赦なく、慈悲というものがない。だがだからこそ、口には出さずとも心の支えとして悪竜ジークリンデの存在は戦力以上に大きかった。隙を見せれば、何時封印を解くように甘言し噛みついてくるかも分からないという不安から、あまり弱ったところを見せてはいけないという虚勢を張ることもできた。
強力で、強大で、自尊心が強く、油断ならない旅の共。長く付き合っていたからこそ、こんな光景が目の前でおこるとは考えられなかった。
口から大量に吐血し、竜狩り隊の突撃槍から俺を護るジークリンデ。だが凶悪な悪竜の瞳は、まるで穏やかなものであった。護れたことへの安心感?何故、そんな顔をしているんだ。
いや、分かっている。この期に及んで、何故等言っている場合か。
悪竜の巨体が、横倒しに倒れる。隙をさらす竜に、殺到する鉄馬の群れ。そいつに触るな、近づくな、そいつは俺の…。
身体が動かない。動かそうとする度に、全身に激痛が走りそれどころじゃなくなる。だがしかし、立つんだ。
アイツが、相棒と呼んでくれた俺が、何時までも無様を晒していいわけがないだろう。
ここまでの旅路、人妖との戦いの中何度力を貸してくれたか分からない。そして、それを感謝させないように振る舞い、あくまでも気紛れや暇つぶし程度に思わせていた。結局なにが目的でここまで助けてくれたのか分からないし、或いは本当に長い竜の生における余暇であったのかもしれない。
だがしかし、例え暇つぶしでも余暇でも、ここまで俺の旅路に付き合ってくれたのは確かなのだ。
『そいつに……』
今なら言える。サグレとの戦いで、偽りの気持ちで語る言葉ではなく本心から。
『俺の相棒に、触るんじゃねえええええぇぇええええ!』
叫んだ瞬間、気力が体力に置きかわる。身体がガタがきているようだが、精神力で痛みを誤魔化し無理矢理行動をおこした。長く動けることはできないかもしれないが、これ以上無様を晒すことなんてできない。
こんなざまの俺を認めてくれるかは分からない、何時までも足を引いてばかりだった俺を今も相棒と呼ばせてくれるのかは分からない。だが、心の底から今は悪竜ジークリンデを死なせてはいけない、殺させてはいけないと強く思った。
アリア達、生活、全てを無くし、或いは切り捨てて来た俺の唯一近くにいてくれた悪たる竜。その付き合いだけで言えば、誰よりも長いのだから。
悪竜に迫る突撃槍を背中から伸ばした連結刃で軒並み弾く。離脱する竜狩り隊に追撃の斬撃を浴びせようとしたが、一際重武装の一騎が部下に迫る危機を迎撃し受け流した。
『ガルシアァァア!』
「堕ちたものだな!ランザ=ランテよ!その身体のみでなく、精神までも既に染められたか!」
火蜥蜴の炎が飛ぶが、帝都でランウェイやその部下達が腕から精製していた赤いカイトシールドのような形状の盾で無効化される。盾の大きさが帝都で対峙した竜狩り隊連中よりも二回り程大きく、直撃した火蜥蜴は火花を散らして消滅した。
魔法とは、相性が良い代物だね。それとも使い手の力量かな?
頭の中で思考が紡がれる。脳内に、コーヒーの杯を片手に足を組み合わせて座るウェンディがイメージされたが、今はそんなものを気にしている余裕はない。
「悪竜を相棒とは片腹痛い!その存在がただの娯楽や気紛れ以上の理由で貴様に力を貸す訳がないであろう!甘言を受け入れ力を行使した結果が今の貴様の姿で、凄まじい被害がでた帝都事変だ!貴様の暴走と悪竜の誘惑を拒めぬ精神性の脆さに、いったいどれだけの犠牲がでたと思っている!」
帝都事変。暴走した俺を留める為にジークリンデが、元の姿に戻ってでも止める為に対峙したあの戦闘。戦っている間は気づかなかったが、あの戦場には避難しきれなかった市民が大量にいたであろう。元々、テンはあの場で俺と殺し合いをする為に全てを仕組んでいたが、住民の避難まで考えていたとは思えない。
怒りはごもっとも。ランウェイの主張も我ながら分からないでもない。俺が帝都の住民だとしたら、怨みつらみも計り知れないだろう。かつての、エルフ達のように。
『ああ、そりゃごもっともだ』
喋るだけで、内臓が悲鳴をあげて口内から血が溢れだしてきた。全身を痛めつけられた身体が悲鳴をあげ続け、壊れた身体を癒す為に必要だと、底知れぬ食欲が身体の内側から溢れ出ている。激痛と飢餓感が、身体を支配していた。
もしかしたら、ジークリンデはずっとこの飢餓感と戦っていたのかもしれない。それをおくびにも出さず、傍にいてくれたのだから凄まじい精神力だ。
だが俺には、相棒ほどの自制心はない。
『開き直るようで悪いがな、今の俺には犠牲になったものへの罪悪感なんてわかねえな。憎いなら殺しに来い!仇を討ちたいなら復讐しに来い!言い訳も、懺悔もしない!そんなもので消える怒りではないだろう!』
気持ちは、よく分かる。俺にはきっかけがあったが、大抵志半ばに復讐心にピリオドが付くのは、それが果たせなかった無念の終わりくらいだろう。
悪夢の中のジークリンデを思い出す。あの悪竜が、悪夢の中のテンと同じくオリジナルの思考を再現したものだとしたらどうだろう。
悪夢にいた悪竜は、こう言った。
『それがお前の道なら、オレは力添えてやるだけだ。達者でな、オレの英雄様よ』
空耳だと思っていた。皮肉とも考えた。だがしかし、もしこの言葉に悪意や嫌みの類に準ずる感情がないとしたら、何故悪竜は俺なんかを英雄と呼んだのか。その話を、聞けてはいない。
だが、悪たる竜の英雄ならばそれらしい振る舞いが必要だろう。よく見ておけ、竜狩り隊、見守ってくれ、ジークリンデ。俺は俺の意思をもって、この道を進むぞ。誰を犠牲にしても、もう二度と、近しい存在を、仲間を失わない為に。
『俺は、ジークリンデの相棒。それが人々の災禍となるならば、俺はその災いでおおいにけっこうだ!災禍に立ち向かう竜狩り隊よ!俺に怨みのある全ての者達よ!気に食わねえなら、殺しに来い!我が名はランザ=ランテ!貴様等人類の敵対種、悪たる竜の同胞だ!これ以上、友に指一本触らせるものか!』
半ば虚勢だ。大見得きってみせたものの、実態は竜狩り隊の罠にはまったただの間抜けな人妖にすぎない。だがしかし、宣言すると同時に精神性が肉体を越えていくのを感じた。口に出すだけで、ここまで気分や身体が軽くなるなんて思わなかった。
「我が息子を殺め!帝都を蹂躙し!そのような厚顔無恥な振る舞いをなお行うか!ランザ=ランテ!貴様の過去は調べた!大事な者を奪われる苦しみを知りえてなお、そのような言動を行うとは恥を知るが良い!」
ガルシアが合図をだした瞬間、竜狩り隊が鋒矢の陣をとる。完全な突撃形態、時間稼ぎはせずに、確実にこちらを仕留めに来る構え。
「攻撃かいっ!」
ガルシアが合図を出そうとした瞬間、側面から鋭い矢の雨が襲い来た。視界をそちらに向けると、ハボックの攻勢に参加をしていなかったであろうエルフ達が弓矢を竜狩り隊を向けている。
「エルバンネ様!」
何人かが、足元に転がるエルバンネに声をかけていた。護衛を連れていたが、暴走をしていなかったエルフ連中も想像よりはいたようである。エルバンネは気を失っているが、まだ生きている。無意識に庇ってしまっていたが、無駄ではなかった。その代償の支払いは高いものであったが。
「旦那あああああああ!」
ハボックの南側、砲兵隊がいる出口の方向から半獣の一団が駆けてくる。各々雑多な武装で固めていたが、砲兵陣地から奪ってきたであろうライフル銃を装備する者も何人かいた。先頭にいるガランが、ライフル銃を掲げて声を張り上げる。
「後方の砲兵陣地、物資の集積所、全部おしゃかにしてやったぜ!捕虜も確保した!これ以上帝国軍の好き放題されてたまるかってんだ!半獣隊、助太刀するぜ旦那!」
半獣の一団とエルフの射撃を受け、竜狩り隊に僅かな動揺がはしったように見えた。
「ガルシア隊長、奴等がここにいるということはハボックの入口を固めていた者達は…」
「僕が始末させてもらった。流石に無傷とはいかなかったけどね。ついでにエルフ達も呼ばせてもらった。空を飛ぶ鉄の馬、興味深く強力な機動力のようだが彼等ならば狙えないこともないしね」
エルフの一団から抜けて来たのは、男だか女だか分からない容姿をした一人の人間。この特徴的な容姿、忘れることは難しい。
ノックの山で、ミハエル討伐の最後に僅かな協力をしたエンパス教の手駒。それが何故、こんなところにいてこちらの協力をしているのか。
肩や脇腹から出血をした痕があるが、奇妙な符を張り付け傷口を抑えていた。医療用の符というものがあることは、一度使った経験から分かるのだが奇妙な図柄と異国風の文字はそれとはまた違う、何故だがどこか不気味なものを感じさせるものであった。
「形勢逆転だよ、竜狩り隊諸君。そして今この瞬間、連合王国は君達の輩となることを約束しよう。さて、これがどういう意味かは分からない訳ではないであろう?竜狩り隊隊長、ガルシア殿」
「貴様、連合王国の間者ということか」
「さあどうする?君達が今から死ぬまで暴れるならば、こちらは半壊するであろう。だが引くようならば邪魔はしないと約束しよう」
エルフの中から、勝手なことをと抗議の声がでたが状況分析は正しい。少しの間、戦闘をしただけだがこいつらの練度は帝国にいた竜狩り隊とは格が違う。なにより、ハンデを背負っていたとはいえ悪竜ジークリンデをここまで追い詰めることができた連中だ。
死兵となり、最後の一兵士まで暴れればここにいる半数以上は犠牲になるのは想像に難くない。なにより今は、早くジークリンデを治療してやりたかった。ここで引いてくれるなら、これ以上なにもしない。
「撤退だ」
「隊長!?何故!今ここで奴を殺せば連合王国に事態は伝わらず、死にかけのランザと悪竜にトドメを刺せるのですぞ!」
「いいから撤退だ!奴が本当に連合王国の密偵だとしたら、ノコノコ顔を出す前に本国に何らかの方法で情報を伝えているとみて間違いないだろう!口惜しいが、今は戦力を温存し引くしかない…っ引くしか、ないのだ!」
「そうそう、ガルシア殿。冷静な判断で助かるよ。もっとも内心、穏やかじゃあなさそうだけどね」
竜狩り隊が反転し、南の空へと飛んで行く。ほんのかすかな、風に消えるような呟きごとを残して去っていった。次は殺す、必ず殺す。俺には、そう呟いているように聞こえた。
それと同時に、身体に限界が訪れる。膝が崩れ落ちたと思ったら、人妖の形を維持できずどんどん視点が下がり気づいたら元の姿に戻っていた。横に倒れそうになったが、今は寝ている場合じゃない。
「さあて、危機は去った。今僕がここにいる理由は何故か気になるだろうけど」
「後にしてくれ!……しっかりしろ、おい!ジークリンデ!」
ジークリンデの近くまでいき、声をかける。薄目を開けた悪竜は、口を微笑みの形に歪めた後、その身体が発光し人の姿になった。
改めて傷跡を見ると、酷い。背後から急所を三か所貫かれているし、出血も多かったのか肌が土気色をしていた。
「よう……元気そうでなによりだ、オレと違ってな」
「喋るな!今すぐ止血をして治療をする!」
「いいって、元からガタがきていた身体だ。贄を喰らおうにも、ここにいる連中全員でも足りやしねっ!」
声にならない苦痛の叫びと共に、ジークリンデが血を吐き出す。噴き出た血は顔にべっとりとかかるが、それに嫌悪は抱かない。ただ、恐怖だけが内心を支配した。俺の中のどこか冷静な部分が、もう助からないかもしれないと告げていた。この死にかけた顔は、今まで何度となく見てきたものだからだ。
「じゃあなになら足りる!どうすれば、お前を助けられるんだ!」
「ああー……今から助かるとなれば、贄としちゃランドルフくらいか」
「火竜か!?しっかりしろ、火竜の首の一つや二つくらい、今すぐ俺が獲ってやる!立てるか!?いくぞジークリンデ!辛かったら、剣にでも戻れ!俺が今すぐ、お前を助けてやる!」
ジークリンデの肩に手をかけ、立ち上がる。人妖になろうとしても、身体が言うことを聞かない。だが這ってでもたどり着かなければならない。今まで幾度も助けてくれたというのに、一度も俺は悪竜を助けてやれないなんてことがあってはならない。
「旦那、それは……ランドルフ、火竜を今からやるなんて無茶だ、コボルトも黙って通す訳」
「退け!手伝う気が無いなら、お前から殺すぞ!」
ガロンを退けて、歩きだす。奴の言うことは正論かもしれないが、どんな無茶でもやり遂げるしかない。
半獣とエルフに見られたまま、歩く。火竜を殺すとなれば、コボルトとの敵対は避けられない。だからこそ、誰も手を貸すことができないでいた。かといって、手を出せば本当に殺されかねない。そんな雰囲気が、ハボックの生き残り達を支配していた。
「なるかよ、剣なんてな。オレ様が背負われているんだぜ、世紀の……世紀の瞬間じゃねえか、おがまませておけよ」
「頼むから喋るな。少しでも、体力を温存させてくれ」
「バーカ、命令すんなクソガキが。何時まで経っても、しょぼくれた面しやがって」
ハボックの外門を出ると、破損した鉄馬と幾人もの騎士が雪原の上に落ちていた。動く者がいない死の光景、その先から歩み寄るものが一人。
灰色の髪の毛をしたクーラは、雪原の中でよく目だっていた。半獣二人を護衛に頼んでいたが、振り切ったのか一人だった。
「クーラか」
無言でクーラは、歩み寄る。どこか達観した顔のジークリンデが、驚愕の表情を浮かべた。近くまで来たクーラが、反対側からジークリンデの肩を持つ。
「死にかけているの?どこまで、運ぶの?」
「火山、オルランドのところまでだ。奴を殺し、贄として捧げる」
「分かった」
「いや分かったじゃねえよ、なんでお前まで」
クーラは質問を無視して、歩きだす。ただ一人ジークリンデのみが、困惑の表情を浮かべていた。