家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
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直上より振り下ろされる一撃。大鉈の如き分厚い金属がクーラの頭上から振り下ろされる。必要最低限の動作で身体をずらし刃を回避し、ショートソードによる突きを首筋に向け放つが弱点狙いに気づいた敵は腕を前に出し甲殻ではじき返す。
沼地に潜む難敵、リザードマンとの正面きっての戦闘は、想像以上に苦戦を強いられた。堅い甲殻に低品質で粗悪ではあるが、筋力に任せて振り回される大鉈に大槌。一体一体が戦士であり、野生の獣とは違い状況判断に優れ今もジリジリと自分が得意な間合いを保ち対峙をしてくる
舌打ち。暗殺ならばたいしたこともない相手である故油断をしていたが、ここまで手が抜けない相手だとは思わなかった。
背後に飛んで間合いを離すと、それに呼応し大鉈を振りかぶり前進を開始する。低い姿勢で這いつくばり横薙ぎの一撃を回避しつつ、手の中に手頃な大きさ石を幾つか握り込む。
顔面に迫る蹴りを後方に一回転がり回避。鱗に覆われた足は、巨大な体躯と筋肉、骨格を支える太さと頑強さを誇りまともに喰らえば顔が背中側に向いていただろう。正面から迫る命の危機、暗殺が主だった仕事であり、テイムによる使役で正面からの戦闘を任せていた自分にはどれもが身に慣れぬ命の危機。身体が恐怖で硬直しそうになる。
だからといって敵は待ってはくれないし、ランザが助けてくれる訳ではない。足手まといになると宣言はしたが、堂々と足を引く存在になる訳にはいかない。
身震いする身体に活を入れ、後ろに一回転。手に握る石を顔に向けて投擲する。いくら鱗が堅かろうと、顔に鋭い岩を受けて平気な訳ではない。リザードマンは鉈を顔の前にし岩の直撃を防ぐ。地面に這いつくばる相手に、今度こそ攻撃を当てようと殺意宿る目を大鉈の後ろから露わにさせた。
だがその刹那痛み。右眼球に飛び込んで来た鋭い何かが眼球にのめり込み、視界の半分がブラックアウトする。雑に顔面狙いで投げた複数の石は囮、本命はひっそりと手の内に残しておいた鋭く尖った小さな石ころ。親指で弾いた石は、苦し紛れだと思わせた相手が防御を解いた瞬間飛燕のように飛び込んでいった。
リザードマンが痛みにもだえふらつく。視力が潰れた右側から回り込み跳躍、肩と頭に足を置きショートソードを構える。手を振り回しこちらを叩き落とそうとしたようだが、それよりも早くショートソードを眼窩に突き刺し垂直に押し込まれる。脳が破壊されリザードマンは停止、背中から倒れ込み絶命した。
「はっ…はぁ」
怖かった、本当に。これが戦闘、正面からの殺し合い。
震える手でショートソードの柄を握り直し、引き抜く。ピンク色をした脳の一部が剣に付着しており、それを振るい落とし緊張がほぐれたようなため息を吐く。
と同時に二発銃声。背後から巨体に似合わない隠密性で近づいてきていた軽装備をしたリザードマンの頭部が吹き飛び、振り返った自分にも脳変と血液がバラバラと降り注いだ。足にも吹き飛んだかのように肉とささくれた骨が覗いており、まず足を殺してから頭部を飛ばしたのだと推測できた。
ランザが近寄りながら弾丸を装填。軽装備のリザードマンが持っていたナイフを回収し、それを振りかぶり林の中に投げる。林の中から一体のリザードマンが現れ、倒れる。頭には投げたナイフが突き刺さっていた。それをきっかけに潜んでいた数体が飛び出し、襲い来る。
迂闊。目の前の敵に気をとられすぎて、自分が得意な隠密の知識で隠れていた敵を把握できていないなんて。
油断を責めるでもなく、ランザは前進。リザードマンが持つ原始的な飛び道具、石弩の攻撃を射線から把握して回避をする。前衛二体が槍と斧を盾に当て打ち鳴らし威嚇。だがそれに付き合う暇はないとばかりに、手元から煙玉を取り出し火をつけて投擲した。
煙幕のなか飛び込み、二発の銃声。煙から飛び出してきたのは斧を持つ一個体のみ。その場から離れようと飛びのいたが、それを逃がさないとばかりにランザは追撃をする。装填していない散弾銃を鈍器がわりにし顔面を殴打、鉄部品に当たり甲殻の一部が砕け口から血が出たのが見えた。
近い間合いでは、斧は使えない。そう判断したリザードマンの選んだ攻撃は大きく開いた口での噛みつき。首筋に迫る口は、下からの衝撃で無理矢理閉じられる。ショートアッパーが顎を捕え、敵の攻撃を拒否した。
怯んだ隙を見て散弾銃を落とし、煙の中で回収していたのか石弩の短い矢が戦闘用外套の袖から滑るように出現をする。鱗の薄い首筋に矢が突き刺さり、呼吸器を破壊。矢の尻めがけて掌底が叩きこまれ、更に深く突き刺し敵を絶命させた。
倒れた敵には目もくれず、散弾銃を回収し装弾する。銃口を向けた先には、新手が十数頭。クーラも慌ててショートソードを向けるが、複数の銃声が響きライフルの弾丸がリザードマン達に飛来していく。
「待たせたなぁ客人!」
威勢の良い声に振り向くと、そこには肥満体の二足歩行をした大豚を中心に、人と豚鬼の混成部隊が駆けつけてくれていた。
「さぁあ!生臭い蜥蜴共を似合いの泥沼に追い返してやれぃ!突撃ぃ!」
戦槌、大剣、大槍、ガントレットを装着した豚鬼達が、その体系に似合わぬ勢いで突撃を開始する。堅い鱗なら、それを破壊する威力で粉砕すれば良いと言わんばかりに力押しながら最効率な戦いに持ち込んでいく。
過去差別階級であり、今も一部では嫌悪の対象と語られてはいるが、豚鬼は広くは人類社会の一員として認められている。特にここリスム自治州内においては、州軍を置くことは列強の圧力で難しくあり、良いところ国境管理隊という名目で警備部隊が組織されているのみだ。
豚鬼達は、好んで辺境地に住む特性がある。そこを拠点に、警備部隊の人手では手が回らない主要な街から離れた位置におこる国内の不安を解消し街道警備や危険性物の駆除を生業として行政が報酬を得ていた。そこに人間の志願者や街ではすめない変わり者等も加わり、今や一族全体で傭兵隊のような存在になっている。
後は彼らに任せて大丈夫だろうと、ランザは散弾銃をホルスターにしまった。クーラは、せめて自分の得意分野ならと甘く考えていた自分を呪う。潜んでいた敵を炙り出すのは、自分の役目と決めていたというのに。
決着がつきあがる勝鬨と、四散していくリザードマン達。周囲の歓喜とは半比例し、クーラは落ち込んだ顔を浮かべていた。
豚鬼達や人間の傭兵達と共に、最寄りの村に入る。沼地から生息域を広げようと村の近くにある水源に目をつけていたリザードマンの対処を行政に依頼していた村であり、無事襲撃を撃退できたことで不安がっていた村民達は嬉しそうに礼を言ってくる。
もとよりここは村とはいっても、リスムの港町とこの先にあるモスコーという街の中間にある宿場通りに併設した村であり、近々数日間続けて行われる大きな祭りの為に観光客が沢山通り金を落としていくため、リザードマンの襲撃は迷惑極まりなかったと聞いてないのに話してきた。
豚鬼達から協力金として報酬の一部を分配してもらう。彼らは、戦士の一族だ。共に肩を並べて戦った戦友に対して、意外なことに外からの人間だからといって金払いにケチをつけるようなことはなかった。レントは醜悪で不潔な存在と忌んでいたが、豪快な笑みは見ていて爽快だ。だが報酬を受け取った瞬間女を買うことを楽しみにしていたと談笑する者達もかなりおり、そこは流石に辟易せざるえなかったが。
ランザは、握手と共に豚鬼達から離れ冒険者ギルドの小さな支部に向かう。食費を安く抑えるため、宵越しの金を持たない気質が多い豚鬼の宴会から逃れるためだ。その後ろをクーラはついていくが、やはりその顔は暗く沈んでいた。
旅を初めてまだ二日めだが、早くも挫折が目の前に横たわる。潜んだ敵を見つけられなかったのもそうだが、戦闘にしたって自分はもう少しやれると自惚れがあった。レントの加護による力は、想像以上に自分の中に食い込んでおりそれが無くなるとぽっかりと大きな穴が開いたような気分になる。
テイムによる使役を使わなかったこと、使えないことに、ランザは疑問を持たれぬ訳でもないだろうが、なにも聞いてくる訳でもなし。それは、まったく期待をしていないよう考えているように思えてネガティブな感情が強くなる。
騒がしい冒険者ギルドの食事処。銅でできた会員証を受付に提示し、併設された食堂に向かい、適当に盛り付けられた干し肉とふ化した芋、茹でられた人参に黒パンが与えられた。当然のようにメニューなどないし、アルコールの類は有料で提供されるが、ランザは頼まなかった。
両手が盆で塞がる為、空いている席を先に占領する。水はセルフサービスの為、相手が行動する前に一言水をとってくることを告げて足早に向かう。せめてこれくらいは、と小間使いのようなことを考えてしまうくらいには意識の他無意識にも追い詰められていた。
大きな水差しから木のコップに二人分の水を汲み、戻ろうとする。それと同時に、泥酔していた男がよろけてぶつかり、そのまま倒れてしまった。考え事をしていたせいで視界が狭くなっている、普段ならなんなく避けられた筈なのに!
「なんだぁ…ガキがいっちょ前にギルドで冒険者きどりかぁ?」
赤ら顔で、絡んでくる酔っ払い。この手の存在は相手にするだけ時間の無駄だ、立ち上がり落としてしまったコップを拾おうとしたが、男の手がその背中に手を伸ばした。
「無視してんじゃねぇメスガキがぁ!」
男が荒く、フードを掴みめくる。声で危機を感じ咄嗟にかがんで頭を掴まれることはなかったが、逃げ遅れたフードが除かれ衆人に半獣の証である耳が露わになってしまった。
「なっ…獣憑きじゃねえか気色わりぃ!」
男の叫び声に、周囲からの注目が集まる。なんでこんなところに、忌まわしい血が、呪われてやがる先祖に獣姦好きでもいたんだろう。様々な嘲笑や罵倒が浴びせられる。レントのそばにいる間、浴びせられなかった悪意を久々に全身に浴びていた。
周囲のどこを見回しても、男も女も、嫌悪の視線と悪意を持つ言語を向けて来る。思わず自分を抱きしめなければ、そのままフラフラと尻もちつきそうになるくらいの敵意に、リザードマン戦からの自信の喪失も伴い不安定な精神は追い込まれそうになった。
思わずランザの方を見た。彼は、ただなにもせずに芋をかじりながらことの顛末を見ていたが、薄く笑い顎を少し動かした。それくらいは、自分でやれと。
あっ…。と内心、声をだす。手をだすことで巻き込まれるのを危惧したような顔ではない、それくらい自分でなんとかしなければ、この先どうあがいてついていくことなど叶わない。人の悪意より数段上の、人妖と対峙する人生を歩む男の笑みは、この程度の敵相手に尻ごみしていた自分のケツを蹴り飛ばしているように思えた。……実際に蹴り飛ばしてくれても良いのに。
「なに笑ってやがる、本当に薄気味わりぃ!出ていきやがれ、半獣が人間様の食事処に…」
肩を掴もうとしてきた泥酔した男の腕を回避し、昼間ランザが見せたショートアッパーを繰り出す。突然顎にくらった衝撃に男はグラリと後ろに倒れ、尻もちをついた。
「おっ…お……お…お前ぇ!」
「半獣はギルドに登録してはいけないという決まりはないよ。ついでに人の食事処に入ってはいけないという法律もね」
手加減した一撃であるが、予想外の反撃を受けた男は頬をさらに紅潮させた。自分の周囲にも殺気立つ人間達が集まり、ぐるりと取り囲む。所詮は底辺にいる人材の集まり、ギルドの職員は喧嘩など日常茶飯事だと介入をする様子はない。
「上等だぁ!袋にして奴隷市場にでも売りさばいひぃ!」
男が殴り飛ばされ、長机の上を滑りその向こう側に頭から落ちた。足がひくひくと動いていたが、力なく垂れ下がる。
「人間様なら、餌くらいお行儀よく食べろ。無理なら獣らしく床で食っていろ」
干し肉をかじりながら、ランザは悪態をついた。多勢に無勢ということで、助太刀にきてくれたようである。嬉しくて、涙腺が緩むが、今はそんな場合でもない。気にしていないふうに笑みを浮かべ、ファイティングポーズをとった。どこかで見た路上喧嘩の見様見真似な構えであるが、ランザは獣耳の上から頭を少し撫でまわす。
「半獣のガキに味方するか、ケダモノのガキに欲情でもしたかお前!」
「ツレなんでな。下品な妄想は、トイレで性欲と共に流して来い」
殴りかかる男の腕をとり、そのまま背負い床に叩きつける。常に人妖を相手に想定した戦闘を繰り広げているものにとって、脅威にはなりえない。武器を抜く相手も見えたが、クーラにとってそれはリザードマンの戦士に比べ遅い反応で鈍重な動きだった。武器を構える前に懐に潜り込み、睾丸に掌底を叩きこむ。効果はてきめんだったが、気持ち悪くてやったことを少し後悔。
周囲の敵意が、二人の動きに反応をして同時に襲いかかってくる。しかし、襲い来る前に囲いの一角が崩れ赤髪の男が乱入してきた。手には、使い込まれたオレンジ色の長い棒。どうやら囲いの一角にいた者達を背後から殴り昏倒させたらしい。
「差別、多勢に無勢、武器を抜く程殺気立つ考えなしの兄ちゃん姉ちゃん。どう考えても、加勢するならこっちだわなぁ」
男は二カリと、舞台俳優のような眩しい笑みを浮かべる。テーブルを飛び越えてこちらに立ち、よろしくなと笑みを見せ周囲に向けて棒を構えた。
「酔狂なことだな」
ランザが苦笑をうかべ、前に一歩出た瞬間が、乱闘開始の合図になった。