家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
リスム行政庁舎。広大な敷地に手入れされた大きな芝生が敷き詰められた庭があり、噴水を中心にベンチや季節の花が咲き誇る手入れされた花壇まであり普段ならばリスム市民にも開放していたそこは武装した警備が巡回していた。
即席の柵が並べられた先には、リスムの市民達が押し寄せてきており住民投票の結果を待ちわびている。
一自治州には似つかわしくない、巨大な行政庁舎。茶色のモダンなデザインが施された建物は、影響力を持ちたい帝国と連合王国から援助された利益により、外装のみならず内装も必要以上に豪奢なものであった。それは、大国が建てた迎賓館と言っても通用してしまいそうな程、必要以上に大金がかけられていることの証明でもあった。
「おい!まだなのかよ!」
群衆の誰かが叫ぶ。早朝とは言わずとも、前日に行われた自治州民達の投票結果はもう発表されるタイミングも過ぎていた。投票日の夜に公表されなかったのは、単純な話モスコーやその他自治州にある小さな村に宿場街から届く結果と合わせて集計される為であった。
多少の遅れは致し方ない、だが既に日も高くなり当初の予定からずれ外れている。待つ者達の苛立ちは時間が経つにつれ高まっていた。
無論、最終的な決定権があるのは行政に詰める政治家達だ。だが度重なる事件、特に巨人事件のせいで現政党の支持は急落している。警備隊の予算削減による弊害と、住民の避難計画がリスムが膨れ上がる前の古い計画であり更新されていなかったこと。また政党代表が親帝国派の政治家であり帝国の陰りと共に影響力を落としていた。
故に、此度の住民投票の結果は政治家達にも無視できない代物だ。皆がそれを理解しているからこそ、注目度が高まっている。一部の者達は賭け事の対象にもしているようだが、自分達の命運が決まる発表であるのだからほとんどの者が真剣な表情であった。
「出て来たぞ!」
警備隊やドラエフ警備保障の人間が護る行政庁舎の入口付近。白く塗られ造花により彩られた足場の上に現れたのは、現リスム代表であるノストラ=トルメシアだ。
仕立ての良い帝国貴族を思わせるドレスを身にまとい、その体躯は就任当時と異なり脂肪が溜まっていた。親帝国派の筆頭と言われており、ノックの山に外貨獲得の為植林地帯と加工場を作る等帝国に肩入れするような仕事を多く指導していた。
また、警備隊の予算削減にも積極的であり、現在それを野党のやり玉にあげられてもいた。彼女の登場と共に、小さく舌打ちをした警備隊も隊員もいた程だ。仕事故に護らなければならないが、長い間予算不足に嘆いていた身の上でありどこか納得できない様子でもあった。
「親愛なるリスム自治州民の皆様。この度、残念なお知らせをしなければなりません」
設置された台の上にあがり、声を拡声する魔具を通し民衆に声が届けられる。残念なお知らせという言葉に、予想された言葉と違い誰もが頭に疑問符を浮かべた。
帝国派か連合王国派か。少数となる独立自治路線を提唱する人間は少ないが、おおよそこの二択のどちらかが多いかを発表するだけだというのになにが残念なお知らせなのか。
連合王国に票数が集まったことが、親帝国派として残念なのか?
賭け事に興じる連中の予想、所謂オッズを見ても人気なのは連合王国を宗主国として受け入れるというものだ。帝国派閥が多い現政党が人気を落とし、連合王国を後ろ盾にした野党が調子を上げているという事情もある。
まあ少なくとも、投票結果いかんで今度の選挙で政党を維持できなくなるだろうなと予想はたつ。そういう意味での残念、なのかもしれない。つい本音がでてしまっただけなのか、なんて誰かが考えた次の瞬間予想の斜め上をいく発表がされた。
「この度の住民投票、無効となることになりました。原因は、投票枚数が明らかに投票可能な自治州民の数を超過しており重複投票、または不正投票があったという事実があり……」
一瞬の静寂が周囲を包む。誰もが、あらゆる疑問を脳内に浮かべていた。管理委員会はなにをやっていたのか、仮に不正投票が事実だとしたら誰がそんなことをしたのか。そもそも、不正投票の事実があったのか。
誰もがそんな思いを抱いていたが、最初にそれを口に出す者はこの場にはいない。それもそうだ、万が一に備えて会場にはリスムの警備部隊や治安隊のみならずドラエフ警備保障が武装して待機している。リスム市民に馴染みがあり人気もある掲げる大盾ならともかく、武器を持ち佇むドラエフ警備保障は威圧感があった。
過剰とも言える警備体制。だがそれは、政治屋達の不正を糾弾されるのを防ぐ為の措置にも見えてしまう。現に与党内からも反対意見もあった程だ。
だが不満、不安を産み出そうが、この場では一定の効果があったのは確かであった。少なくとも、外部からの介入がなにもない場合に限ってではあったが。
「王国側に票が傾いたから、隠蔽したのではないのか!?」
先導者、或いは扇動者にとって必要な要素とはなにか。周囲を巻き込むカリスマ、虚実含め理想や現状を語り賛同者を増やす話術、象徴としての存在感。必要な要素、資質はかなりの数存在する。
連合王国諜報部の長、ライデルはこう考えていた。短期の間の先導であれば、どんなざわつき、喧噪の間でもよく通る声が良いと。扇動に必要な情報を、素早く誰もに通達をする為に。
民衆の扇動。誰もが考えていたことを最初に口にだしたものがでたことで、その疑問は周囲の者達に広がっていった。
「そんなに連合王国に票数が集まるのが怖いか!?」「管理はなにをやっていたんだ!不正がでたなら証拠はあるのか!?」「誰が責任をとるんだ!?お前達自身が不利になる結果を隠蔽していないという証拠はどこにある!?」
それに呼応するように、あちこちから声があがる。連合王国諜報部の中で、民衆の中に混じり世論の操作等を主に行う為訓練をされた劇団と呼ばれる組織の一部が、混ざり込んでいた。
「静粛に、静粛に願います。今はまだ詳しいことは調査中であり、後日再投票を行いたく」
「帝国に尻尾を振る連中がなにを言うか!そちらが都合の良い結果が出るまで投票を繰り返すつもりだろう!」
宣言を遮るように、親帝国議員をなじるヤジが飛ぶ。それを皮切りに、今まで黙っていた者達からも声があがった。
「ふざけるな!連合王国如きに帝国とまともに張り合って勝てると思っているのか!?」「どうせ票数を操作したのも貴様等だろう!汚い真似をしやがって!」「黙って聞いていれば言いたい放題言いやがる!」
帝国から甘い蜜を吸う者、帝国出身者、帝国系の企業で働く者達。リスム市民の中でも、親帝国派閥の人間達が声を荒げる。こちらにも仕込みはいたのだが、その声に導かれて声を荒げる者の大多数はただの市民達だ。
静粛に、という声も通らずにあちらこちらで言い争いが始まる。これまでのことで不満、不安が溜まっているなかで、対立という構図ができてしまっていた。
住民投票。その思想は、最初この異世界では根付いてはいなかった。
異世界転生をする前の、俺がいた世界ではイギリスで行われた投票に世界が注目していた。確か2016年くらいの出来事だったかな、EUを離脱するとかしないとかで住民投票が行われていた。
いろんな理由はあっただろうが、確か移民問題が端にある出来事だった筈だ。貿易交渉の決まり事等独自に決めたい、等の理由もあった筈だが今回の出来事においてそれらの知識は今必要ないため思い返すのはここまでにしておこう。
「おお、盛り上がってる盛り上がってる。連合王国もそれなりの手を打ってきたもんだな」
行政庁舎付近に向かわせた、ライブ配信に近い能力を持たせた加護持ちの信者から送られる映像が、壁一面に浮かんでいた。親帝国と親王国が言い争いをしており、警察的ポジションの治安維持連中が止めには入っているがまだ落ち着く様子はない。
高みの見物ではあるが、その映像を見ている場所は高みどころか遥か地の底。リスム地下迷宮において、まだ公式には未発見であるとある空間であった。
エンパス教を運営するにあたり、表の目的と裏の目的を同時に進める必要がある。リスムが計画の中心地となった理由は、大国二国に挟まれた自治州という不安定な土地であり、この地下迷宮を裏の拠点として利用できるからであった。
その為に、一時は掲げる大盾に入団し顔パスで迷宮に入ることができる身分が必要であった。暴走しがちな世間知らず。まあ、今にして思えばあの頃は全能感に酔っていたのも確かだし、漫画や映画ででてくるような臭いセリフも恥ずかし気なく言えたものであったが。
そんな生活にも飽きがきており、必要な計画に拠点を確保した後掲げる大盾からは離れることになった。そして今は、地下迷宮の調査や探索等、巨人事件後は後回しにされている為敵性生物さえ排除してしまえば静かなものだ。
「レント、事実工作はあったのか?」
「やったやった。行政庁舎内の信者や隠ぺい系の加護持ち使ってちょいちょいとね。連合王国のスパイも色々やってたから手伝ったりとかね。だからまあ、悪し様に帝国派閥議員が色々言われていて可哀想なことにはなってやがるけどな」
エンパスからの疑問に適当に返答する。こいつは最終目標に備えて色々と準備を進めている為、些細なことは全部こちらに丸投げしてきやがるクソ上司だが、興味はあるのか聞きたいことは聞いて来た。
「しかし、こんなところで大衆に判断を任せるような票集めに勤しむとは愚かなものだ」
「ああ、それも仕込み。カ…カー……あーもう死んでるし、名前が出てこねえ」
「カリナ=イコライか?栗毛のライフル使い」
「ああ、それそれ。そいつの親父を通して帝国から自治州に圧力をかけさせたからな」
思い出した、モスコー事件で死んだカリナ=イコライだ。そいつの親父であるバザード=イコライには、盲信的な娘を利用して集めた、政治屋として致命的な不正の証拠をチラつかせて脅しをかけている。今までその権利は眠らせておいたのだが、ここで札を切らせてもらった。
娘を溺愛しており、身内には防御の甘さもあったがそれでも帝国においてバザードは上院議員だ。リスム自治州に圧力をかけることじたい、問題なくできるし根回しも協力してやった。
帝国事変の影響もあり、この機会に戦争がしたい連合王国はノッてくる。
ウェンディ=アルザスと配下の魔法使い共が帝国で騒動をおこそうとしていた。それを掴んでも泳がせたのは、なにかしらの事件を帝都でおこすことにより混乱を引き起こす為。テンやランザも絡んできている為、なにかしらの影響は必ずあると踏んでいた。
想像以上にエグイ事態になっており、結果としてはテンを確保することもできた為、出来過ぎともいえる成果だった。ただ、不満点が一つあるのだが。それは今、わざわざ考えることもないだろう。今は目の前の事態を見ておきたい。
「楽しくはなさそうだな」
「は?」
エンパスからの妙な言葉に、思考が一時停止しかけた。一応は好き放題できる能力をもらって楽しませてもらった対価としての労働のようなものだ。楽しい、なんてあまり考えたこともなかった。いや、最初は楽しかった筈なんだが、人心掌握にも扇動の真似事にも飽きてきたのかもしれない。
「仕事みたいなもんだろ、それに、他にやることもないからな」
ハーレム遊びにも飽きてきた。結局のところ洗脳で縛っても、俺にとって都合の良い返答をしてくるだけの肉体をもった出来の良いbotにすぎない。最初はそれで良かったが、流石に長々続ければ返事の予想が先に理解できてしまい心から楽しむこともできなくなってしまった。精々、性欲解消くらいか。
「テンを捕らえたではないか、アレをいくらでも玩具にして遊べば良かろうが。今なら、まだ使いたい放題ではないか?」
「冗談、あんな状態になっているのに遊べるかよ。俺にだって好みもあれば性的思考もある。洗脳や思考強制の類も効果がないし、容姿はドストライクだが単純に今は好みに合わない」
要するに、思っていたのと違ったという訳だ。こちとらハイエースが出てくるR18のように強姦上等で身柄を確保したのだが、あれじゃあカウンセリングの真似事をする免許もない素人医師の気分だ。
だがしかし、やはり今でも時間ができた時に考えるのはテンのことである。こういうアプローチはどんな効果があるのか、ああいう接し方でなにか変化はあるのだろうか。とにもかくにも、激情でも軽蔑でも怒りでも良いから、取り合えずこちらの方を見てほしいものなのだが。
『パンッ』という音が映像から響いた。行政庁舎で事態が、動いたようであった。
その一発の銃弾は、後の歴史家に第一次大陸大戦において最初の鮮血と呼ばれていた。
誰がその弾丸を放ったのかは諸説あり、暴動を恐れたリスムの政治家達の指示を受けた警備隊の発砲。帝国派であるリスム市民が行った暴走。連合王国の工作員が行った自作自演。或いは当時存在していたという新興宗教による陰謀。
決定的な証拠が出ずあくまで憶測、推測、仮説でしかない犯人像達。確実なのは、親連合王国派閥である若者が証拠の提示を求めて用意されていた停止線を乗り越えようとした時、どこからか飛んできたライフルの弾丸により頭部を貫かれて絶命したこと。
近年になり、当時その場に居合わせた女性が書いた手記が発見され貴重な資料として公開されているが、それによれば殺された青年は最初に帝国派閥の現政党議員に向けて不正の疑いを叫んだものだったと記録されていた。
吹き飛んだ脳漿が(手記にはぼかされて書かれていた)顔にかかる程近くにいたということであり、その記録は信憑性が高いと言われていた。そして、その弾丸を受けた者は仰向けに倒れたという。方向的には、警備部隊やドラエフ警備保障がいたという方角から弾丸が飛んできたということになる。
後年の歴史家達が真実を求めて頭を悩ませる、血の開票日事件。最初の銃声と死亡者が出た瞬間、集まった群衆達は突然の出来事にパニックとなっていた。
「いやあああああああああああああああああ!」
倒れた青年に、女性が近寄る。無駄だと分かっていても、飛び散った脳漿を集めて頭の中に戻そうとしていた。その悲痛な悲鳴が更なる起爆剤になり混乱が加速していく。
悲鳴と怒号が飛び交い、行政庁舎前から逃れようとする者達。それとは対照的に、市民を抑えていた警備隊やドラエフ警備保障の人間は、頭に疑問符を浮かべていた。
「誰だ!許可があるまで発砲は禁止するといった筈だ!」
「我々警備部隊ではありません!市民に向けて銃を放つ等……ドラエフ警備保障の仕業では!?」
「ふざけんな!あくまで穏便にことを進めたいからってこちらだって気を使ったんだ!だいたいお前等行政がしっかりしていないからこんな事態になっているんだろうが!」
出来立ての民間武装組織と警備隊の間に信頼関係なんてない。互いが互いを疑い始め疑心暗鬼に陥り始める。もはやリスム代表にもこの事態を抑える力はなく、護衛と共に壇上を降りて避難しようとしていた。
「逃げるぞ!」「市民への銃撃を許可したのか!?」「帝国の飼われた豚め!」「なにも言わずに逃げるつもりか!?」「仲間を返せ!」
その様子を誰が見てとったのか、親連合王国派閥の市民が叫ぶ。逃げる者と迫る者、怒号が飛び交い誰も彼もが混乱状態に陥っていた。
「防陣を組め!誰も敷地内にいれるな!」
それでも、リスム警備隊隊長は怯まず指揮を飛ばし続けていた。巨人事件を生き残り、絶望的な状況でもエンパスの武装信徒隊が救援に来るまでギリギリまで粘った経験が、彼をこの混乱の中冷静さを失うことなく感情を冷やし優先事項を遵守していた。
不正があろうがなかろうが、ここで暴走した市民の好きにさせたら、最悪私刑がおきかねない。リスムは法治の元統治されている。例え、二大国に挟まれ影響を受けすぎた穴だらけの法律であっても法は法だ。このままでは、不正やこの銃殺事件を正式に追及することすらできなくなるだろう。それはリスムにとって、とてもよくないこととなる。
「落ち着いてください皆さん!落ち着いてください!我々は決して皆さんに危害を加えておりません!然るべく手段をもって解決にあたらせていただきます!だから、どうか落ち着いて!」
「信用……信用できるものか……信用できるものか!帝国の豚に飼われた番犬め!」
最初の犠牲者の近くで脳漿を集めていた女性が、フラリと立ち上がっていた。手には護身用のダガーが握られており、それを構えて走りながら距離を詰めてくる。
「止まりなさい!止まらないと射撃します!」
「止まれ!それ以上来るな!隊長、威嚇射撃の許可を!」
「……ック…許可する!当てるなよ!後ろの市民にも流れ弾が当たらないように気をつけろ!」
複数の銃声が響くが、女は止まらない。その顔は鬼気迫るものであり、見る者に恐怖を抱かせるものであった。
「威嚇では止まりません!」
「皆これ以上撃つな!私が抑える…それで」
タンッタンッとどこかから銃声が響いた。一発めが胸部に着弾、踊るように身体を半回転して回った後、側頭部に風穴が開く。糸が切れた球体人形のように、女は地面に崩れ赤い血が石床を濡らした。
下手人が誰がやったのか等、もはや調査もできない。この瞬間、平穏無事に事態が収まる可能性が霧散した。
「撃った!」「殺しやがった!」「今度は言い逃れできないぞ!」「俺達をなんだと思っているんだ!」「市民に銃を向けて、なにが警備隊だ!」「帝国の横暴を許すな!」
連合王国派閥の二人の若いカップルが、不正投票という疑わしき発表に抗議して凶弾に倒れる。それを見た者達、連合王国派閥の市民達が憤怒の表情を浮かべていた。
誰が銃を撃ったのか分からないが、暴徒と化した市民達が何時こちらに来るか分からない。今は全力で迎撃しないと、更なる死者が出かねない。緊張感が敵意と殺意へと置換されていくなか、よく通る大声が広場に響く。
「双方落ち着かれよ!」
現れたのはグロー=カザルタフ。帝国系組織でありながら、リスム自治州に長く貢献をし治安を護ってきた、帝国派や連合王国派問わずほとんどの市民から信頼の厚い掲げる大盾のリーダーであった。
市長の意向により、なるべく公平さをだす為に帝国系組織ということでこの度警備の依頼は来ずに状況を静観するしかなかったが、もう外部からの介入がなければ収集がつかないと判断したのだろう。
「現時点を持ち我々がこの場を預かる!市民諸君はまずは落ち着きを取り戻したまえ!ここで暴走してしまえば、不正の追及どころではなくなるぞ!警備隊が本気になれば、いともたやすく鎮圧されてしまうであろう!そうなれば、責任追及は有耶無耶だ!警備隊諸君、市民が危害を加えないとなればこれ以上その民を護る武器を向ける必要はあるまい!双方引かぬと言うのであれば、敵意を収めぬ側に我等掲げる大盾は対峙させてもらうぞ!これ以上の犠牲を互いに出そうとするな!」
「だが奴等が不正の証拠を…」
「ならん!」
手に握られたハルバードの柄が、石畳みに突き刺さる。凄まじい音と共に石が爆ぜ割れ、その破壊力に頭に血が昇る市民、そして暴徒対応に当たるしかないと冷静さを欠いた警備隊が息を呑む。
「この場ではこれ以上、血の一滴すら流すことは許さない!私の部下、リスム自治州出身の者が今頃裏から投票の本当の結果を収められた証拠を確保している頃だ!我等は確かに帝国に母体を持つ組織であるが、このリスム自治州を愛していると自負している!どうかここは我等に任せてはくれないであろうか!?」
グロー=カザルタフ。正式なリスム自治州民ではないのに関わらず、不正式ながら街の名士にも数えられている人格者の一声に、市民も警備隊も冷静さを取り戻そうとしていた。この人なら任せられると、誰もが考えていたその時だった。
「おい!あれを見ろ!」
市民の一人が声をあげる。それにつられ、誰もが行政庁舎の方を見て目を見開いた。
「燃えてる…燃えているぞ!火事だ!」
投票結果が保管されている西南の居室より、火の手があがっていた。凄まじく燃え盛る炎が、ガラスを融解して突き破り、破片を散らした。