家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 拝啓、天国のお母様。

 

 現在私は、ハボックという元々人間が住んでいた街に住んでいます。お母様がまだ存命だった頃は、ほんの小さな開拓村だったのですが何時の間にか人間達は大きく立派な街並みを築いておりました。現在は瓦礫が多く暮らしやすくなるように片づけをしている最中です。

 

 噂に聞く帝都、リスムはもっと広く大きく高い建物があるということで私には想像もつきません。

 

 人間との闘争が始まってから、初めての大戦果でありますがこちらの傷も決して軽くはありません。先の戦いでは、詳しい事情は存じていないですが沢山のエルフが犠牲になったとか。私は必要最低限しかエルフとは関りはありませんでしたが痛ましいものです。

 

 さて、何故コボルトの私が洞窟を出てハボックに来ているのか。それは、沢山の死傷者がでたということで治療と葬儀や埋葬のお手伝いをしにきたからです。族長はいかなくても良いと言っていましたが、共に過ごした中の人達を見捨てたり無関心になるのは、私達血族の矜持に反すると考えました。ですが、実は最近一つ困ったことがあります。

 

 「ねえミルフ、そろそろ約束守ってくれると嬉しいな。今は、帝国の襲撃も無いし時間もあるからさ」

 

 この子です。

 

 一見すると、フワフワな灰色の髪の毛と小柄な身体の可愛らしい女の子ですが、身体中大小様々な傷痕や火傷痕があり、なによりも暗く濁った怖い瞳をしています。この前ジークリンデ様とひと悶着をおこし顔半分が潰れて可哀想なことになっていましたが今は傷跡一つなくなっています。

 

 傷をつけたのがジークリンデ様なら、治したのも同一人物。やはりあの方は、私の理解が及ぶ方ではないです。竜が、人を庇い命を落としたということも含めて。

 

 閑話休題です。

 

 「ナ…ナンノコトカナ~」

 

 「影を使う技術のことダヨ~」

 

 目を反らしたら、回り込まれました。逃げようにも、この子は猫の特徴を持つ半獣。単純な脚力では適わないうえ、隠れてもあっという間に見つけてきてしまいます。ああもう、顔は笑っているのに目が笑ってなくて怖い。

 

 ですが、私にもコボルトのシャーマンとしての誇りと使命があります。一子相伝のこの技術、教えてほしいとせがまれても子孫以外にはホイホイと教えてはいけないのです。例え怖くても、それだけは譲らないようにキッパリと断る必要があるでしょう。

 

 「あ…あのね、クーラちゃん。あの技は、門外不出ってことでさ、おいそれと人には教えちゃ駄目なんだよ。だから、教えてあげられないの」

 

 「へぇ」

 

 「そ、そろそろ夕ご飯の支度に行かなくちゃ。沢山の人達がいるから、大作業だしね!うん!じゃあクーラちゃん、またね!」

 

 可能な限り、全力で逃げました。勇気を出して精一杯お断りしたつもりです。通じてくれると、ありがたいのですが。

 

 ハボックの街は、大規模な爆発で大きく吹き飛びました。それでもあの戦争から十日以上は経っており、再建できそうなところは少しずつ再建を進めています。

 

 街を護防壁、臨時の武器庫や食糧庫、戦う者達の駐屯施設。彼等はまだ帝国軍に戦いを挑むようです。ここから先は、この地方から出ていく為私が関与すべきことではありませんがこれ以上望むべきものがあるのだろうか、なんて考えてしまいます。

 

 皆、虐げられてここまで逃れて来たといっていました。私の祖先も、同じように追いやられ数を減らしたと聞いています。この闘争は生存競争としては正しい側面があるのかもしれません、右の頬を殴られたら左を差しだせなんて言葉があるようですが、持たざる者はその左の頬こそが最後の護るものでもあるのです。

 

 私は殺し合いは怖いです。ですが、それを行う理由は多少理解できてしまいます。お母様は、どうお考えでしょうか。今こそ、一番お話を聞きたいです。

 

 「はぁ」

 

 「約束、破るんだぁ」

 

 「ひゃひィ!?」

 

 後ろ手で武器庫の扉を閉め、ホッとしたタイミングで急に真上から声がかけられました。食糧庫に行くと見せかけてブラフをかまし、武器庫に逃げ込んだのですがどうやら拙い嘘はお見通しだったようです。天井の梁に足をかけ、ぶら下がっておりそのままクルクルと空中を回転しながら降りてきました。

 

 「意外と酷い人だよねミルフは、こんな小さい子との約束を反故にするなんて。小さい頃のトラウマとか理不尽って、人格歪めちゃうんだよ」

 

 もう既に手遅れじゃないの?という言葉を口にしたらこの武器庫から生きて出られないような気がします。

 

 「ああうう、でも約束って、私そんなことしたつもりも覚えも…」

 

 「本当に?」

 

 「ひぃえええ」

 

 「ホントウ?」

 

 あ、これダメな奴だ。断ったら、ここで不慮の事故に見せかけられるやつ。なにせ凶器は、ここにはいっぱいあるのですから。

 

 「しました~ごめんなさい~!」

 

 「ん」

 

 拝啓、お母様。どうやら私には一族の掟を守り通すことは難しいようです。差し出された手を悪手した瞬間、力強く握られました。小兵、女の子とは思えない荒れた手と力強さに、格の違いというのを教えこまれている気分です。

 

 「ありがとう、大好きだよミルフ。明日の早朝からでも良いかな?」

 

 「え?」

 

 ここは、意外でした。クーラちゃんの性格から、今からでもシャーマンの影使いを教わりたがると思っていたのですが、時間をおくとは思いませんでした。時間をおかれるなら、今からでも逃げられるかな。

 

 「今からじゃなくて良いの?」

 

 「夜の間は、なるべくランザの傍にいてあげたいの。例え拒否されようと、なにがあろうとね。あの人の傍は誰にも譲れない、入らせない。自分だけのものだから…ね。ミルフ、当然貴女も近づいたらダメだからね」

 

 「はぁ」

 

 近づきたくても、近づけるような存在ではない。ランザという人は、今はもう私には理解できない程影が人間離れしてしまっている。人が竜になるなんてまるでおとぎ話の世界であるが、一日ずつ変化が進んでいました。

 

 元からあまり近づきたい存在ではなかったが、ますます近づきたい存在ではなくなった。この件に関しては、クーラちゃんの杞憂であると百パーセント言えるかな。

 

 「じゃあまた、明日の朝によろしくね」

 

 武器庫の扉を開けて、クーラちゃんは出て行った。なんであんなに力強く生きれるのか、分からない。それでも、危うさを感じるのは確か。そして、なにより死んでほしくないとも思っている。苦手でも、多少なりとも関りをもってしまったのだから。

 

 お母様。多分、私が死ぬとき向こう側に行ったら先祖のみんなで説教が待っているのでしょうか。ですが成り行きとはいえ、ひとまず教えるからには全力で教えてみようと思います。……適当にやったら本当に殺されそうですしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハボック周辺は落ち着いたものだった。時折敵の偵察らしきものが遠目で見えたりしているが、それ以上の干渉をしてくるでもなく態勢を立て直すには充分な時間を確保できた。

 

 日が傾いていき、空が濃い群青色になっていく。北の地域故か日が落ちるのも早く、夜間はそれなりの寒さとなるがこの身体になってから寒暖差の影響はあまり受けなくなっていた。全裸が標準装備だったジークリンデを思い出し、これだけ寒暖差等の環境に強いのならば衣服はファッション以上の意味はなかっただろう。

 

 無論、俺は全裸に等ならないが。

 

 「身体は、いいのか?」

 

 身体の変異はまだ少しずつ続いており、袖で隠された腕の中は爬虫類のような鱗が並び始めていた。鉄甲のような硬さであるが身体の一部であるためかあまり重さを感じない。首元にも皮膚の変異が進んでいる様子であり、このままでは顔まで侵食されてしまうのではと考えている。

 

 ジークリンデやランドルフは人の姿に化けていたが、どうやればあれを真似できるかは分からない。問題にならないうちに、一度教えを乞いに行くべきだろうか。

 

 「こちらの台詞だ。エルバンネ、お前はもう大丈夫なのか」

 

 ハボックの南側、帝国領を見張ることができる木製の防壁。見張る為に増設させた足場の上で空を眺めていたら、横から声をかけられた。声の主はエルフ達のまとめ役であるエルバンネであった。

 

 どこかの家屋に残っているのを拝借したのか、その手にはマッチが握られており、もう片方の手には乾燥した短い茶色い木の棒が握られている。いや、よく見たら細い棒状のものに着色した布が巻かれているようだった。

 

 それ以上の会話もなく、エルバンネは棒状のなにかを口に加える。マッチで先端に火をつけ、白煙を吸い込みしばらくしてから口から煙をだした。どこか、遠い目をしながらその行為を繰り返す。

 

 「それは?」

 

 ハボック攻略戦、とでも名付ければ良いだろうが。あの戦争後傷が深かったものの命を繋ぐことができたエルバンネは療養を余儀なくされていた。こちらもこちらで、身体の変異に対応する為に引きこもったような生活をしており接点はなかった。

 

 向こうは療養にある程度目途がつき、こちらも落ち着いてきた。そのうえで外出し、偶々出会っただけだ。なので、こうして、恐らく嗜好品の類であろうなにかを嗜むエルバンネを見るのは初めてであった。ただでさえ、俺達の関係は最悪かそれに近いものであるのだから。

 

 だから、なんとなくこうして声をかけるのも、もしかしたら向こう側としたら、舌打ちしてしまうような問題だったのかもしれない。だが向こうは、特に気にした様子もなく口を開いた。

 

 「巻き木だ。エルフの間で製造していた嗜好品でもある」

 

 「巻き木?」

 

 「ああ。エルフの里で特殊な育て方をした樹木を薬液に浸した後乾燥させ、粉末状に調合した薬をまぶした後カエデと煮込んだ布地で巻いたもの。製法を担当していた者が亡くなり、里が消滅した今は数に限りがある、途絶える文化だ」

 

 「隙あらば、痛いところついてくるな」

 

 この言い方では、恐らく冒険者時代のエルフ達との衝突を言っているのだろう。発遭遇では向こう側に殺されかけ、その後はこちらから襲撃におもむいた関係だ。エレミヤの裏切りがなければ、発遭遇時に殺されていただろうことを考えると謝罪をするのも間違いなような気がする。

 

 エルバンネが懐からもう一本の巻き木を取り出す。マッチ箱と共にこちらに投げ、二つを受け止める。

 

 「くれてやる」

 

 「良いのか?貴重な品なのだろう?」

 

 「ああ、最後の一本だ。味わって吸え」

 

 何故ここで、これを俺に渡したのかを聞くのは無粋だろう。敵対していたとはいえ、こちらは一つの集落、文化を潰したのだ。それを敢えて渡してきたということで、罪の意識を感じてほしいのかもしれない。

 

 見よう見まねであるが、巻き木を口に加えてみる。芳醇と言っても良いのか、心地良い木の香りが鼻孔に届く。マッチを擦り火を灯し、巻き木の先端につけてみる。立ち昇る煙を肺に吸い込んだ瞬間、身体が急激に拒否を示す。

 

 煙を吐き出すようにむせ込んでしまい、慌てて巻き木を口から離ししばらく荒い息をしながらエルバンネの方を睨みつけると、やはりなと言いたげな顔をしながら肩をすくめていた。

 

 「慣れないうちはそうなる」

 

 「先に言えやこの野郎が」

 

 これは、吸えたものではない。だが貴重な品ということで捨てるのも忍びない為、取り合えず口に加えて香りだけを楽しむことにしておく。なんだかんだ言って、やはりこの香りは嫌いではない。

 

 しばらく、沈黙が続きただ紫煙のみが空を漂った。会話をするでもなく、ただ並んで煙を味わうか香りを楽しむのみ。こうしてエルフと並び紫煙をくもらす等、想像したこともなかった。エルフ嫌いのエレミヤも確かこの手のものは持っていなかった筈だ。

 

 「私の種族はもう、戦力としての体をなしていない」

 

 エルバンネが口を開く。先の戦いにおいて、エルフの集団離反とそのほとんどが爆発で吹き飛んだことにより反乱勢力のパワーバランスは崩壊した。今までは半獣、エルフ、コボルトの大きな三つのまとまりにより良く言えば堅実、悪く言えば動きが鈍い側面があった。

 

 だが今、コボルトは霊山から出ることはなく、エルフは半数を軽く越える数が死亡した。勢力の主導権は完全に半獣が握っており、このハボックの再建も彼等が中心になって進めている。同盟から来たという使者も手厚く扱っており、そのことを快く思わない声もあるが封殺されてしまっていた。

 

 確かに、この先戦い抜いて行くつもりなら同盟と連携することは必要不可欠だろう。帝国軍の残留物や廃材に埋まっていた資材や食料等で今は問題なく食いつないでいるが補給をもらえなければジリ貧なのは変わらない。

 

 連合王国と同盟を結んでいる国では、一番近いのはここから西方にグルト王国という地域がある。そことの補給路さえ確保することができれば、物資はもとより他国とも連携して帝国にぶつかることができるという。

 

 ガランは好転した状況に喜んでいるが、これ以上首を突っ込むのはいかがなものか。確かに帝国の圧力に抵抗するにはこの流れに乗ることができたならば上々だろう。だがしかし、大きな流れに巻き込まれることで更なる苦難を背負い込むはめにはならないだろうか。

 

 「対帝国の同盟との関係強化を企んでいるガランは好都合だろうし、大きな派閥になった半獣相手では多数決になったとしても今後分が悪い。私個人の勘としては、あまり連合王国に深入りするべきではないと考えているが言葉を尽くしたところで封殺されてしまうだろう」

 

 「だろうな。向こうも向こうでいろいろ言葉を尽くしちゃいるが、結局情勢次第でどう切り捨てられてもおかしくはないだろう。それを理解したうえで、腹の探り合いをするくらいの度量があるなら話は別だがな。まあ、後は頑張ってくれと言ったところか」

 

 だが、ここから先は彼等の問題でもある。俺自身、この戦争にはこれ以上関わる気はない。目先に迫る危機を退け、これからは時期を見て身をやつしながら情報を集めてまたテンを追いかけるつもりでいる。

 

 殺す為ではなく、義務を果たす為。だいぶ遅れてしまったが、そろそろ俺の過去に清算をつける時がきた。元々この勢力とは外様の関係、長居しすぎると、抜け出す機会を失ってしまうだろう。ランドルフへの義理も、果たせたとは思う。

 

 「後は頑張ってくれか。他人事のように言ってくれる」

 

 「もう半ば他人事だ。悪いが、帝国相手に斬った張ったする程怨みも暇もない。ガランやお前等には悪いが、これ以上深入りはできない」

 

 「そうか、他人事か…そうだな。話があったんだが、やめておこう」

 

 吸いきった巻き木を布に包んで懐にしまう。製法は失われたと言っていたが、物さえあれば何時かは再現できると考えているのだろうか。

 

 「なんだ?気になるところで話を区切りやがって」

 

 「聞いたところでどうしようもないだろう。正式に、お前にこの反乱勢力の頭になってほしいと考えていただけだ」

 

 「なに?エルフがそんなことを考えて、皆が納得しているのか?」

 

 「帝国は勿論、連合王国とその同盟勢力に対して我等の立場は非常に弱い。帝都で暴れた実績があり悪竜を継いだお前なら看板として申し分ないと考えていた。こと、この状況において個人の怨恨等忘れるべきであろうと考えていただけだ。今なら生き残りの同胞もお前を怨む者は少なくなり、ガランも貴様が率いるなら納得するだろう」

 

 だがしかし、それはもう途中でこの組織を降りることはできないということだ。そこまで背負い込んでしまったならば、後には引くことができない。俺を目の敵にしている帝国も問答無用で勢いを緩めずくるだろう。

 

 「俺には人を率いた経験なんてない。分不相応だと思うがな」

 

 「自身がどう思っていようが、異形の力を手に入れたからには安寧に身を置く等不可能だ。ましてや、帝国に狙われている以上敵を同じくする我等の元にいた方がなにかと都合が良いのではないか?」

 

 「都合が良い、悪いで考えてなんかいないんだよ。ただ、俺にはお前等の命を預かるような責任を持てないってことだ。例えお飾りだとしても首領は首領。あまり、向いているようには思えない」

 

 クーラ一人でさえ、手に余るというのにだ。

 

 ジークリンデとの交流は、彼女の内面を大きく変えた。いや、開花させてしまったのかもしれない。あれからクーラは、離れている時間もあるのだがあれから日に数時間以上はべッタリとまとわりついて甘えてきていた。

 

 宣言通り、一日一度以上は愛を告げてくるし隙を見せれば性的な接触も辞さない勢いである。たった一人の女の子を上手く導いてやれない不器用な人間が、今更多数の命を預かる立場になんて立てるものだろうか。

 

 「悩みか?」

 

 表情からなにかを読み取ったか、それともこちらの状況を分析していたのか。

 

 「まあな」

 

 「お前が悩むとなれば、今はあの半獣の子くらいだろう。どうやら色恋沙汰に傾倒しているようだが、受け入れるべきではない、と心には決めているんだろう?」

 

 「ああ。普通に暮らして、普通に恋愛して、普通に生きていく。そんな自分ができなかった人生をあの娘には送ってほしかった。だが、どうやら距離感を間違えていたみたいだ。こればかりは、ジークリンデの背中を押した言葉だけのせいにはできんよ」

 

 あの悪夢でクーラを助けたことは、クーラ自身の中には様々な意味を含んでいたようだ。そしてジークリンデの今際に残した言葉によりそれを隠している為の歯止めさえ消えてしまった。

 

 ただまともに生きてほしいだけ、その手助けをしたかっただけだった。帝国に狙われ悪竜を継ぎ、復讐の為ではないといえこのような情勢下でテンを探しに行こうと考えている俺についてくるということは、まともじゃない俺に付き従わせること。まともな生活とは程遠いものだ。

 

 元々モスコーからクーラがついてきた理由としては、テンになにかをされた彼女が人妖に変貌しないように、解決法を探す為でもあった。あの悪夢の世界でテンからの影響はなくなったようであり、楔がなくなったのだからまともに生きてほしいと思っている。

 

 だが、今度はジークリンデに俺を見ているように頼まれてしまった。離れることのできない、大義名分をクーラはまた一つ得ているような状況だ。

 

 「上手くいかねえもんだよ。できたらガラン辺りに面倒見てもらいたいものだけどな」

 

 「まだそんなこと言ってるんだ」

 

 エルバンネとほぼ同時に、後ろに振り向く。ニタリと笑ったクーラがいつの間にか立っており、当たり前のように腕に絡みついて来た。とっさに振り上げようとするが、それよりも早くクーラが動いた為避けることができなかった。ここまで来たら、無理矢理動かせば今の膂力を考えると彼女が怪我をしてしまう。

 

 恐らくそこまで計算ずくで絡みついてきたのだろう。頬をすりよせる彼女の頭に軽く手をおき、あまり意味がない牽制をしておくしかない。

 

 「なにをしにきたんだ?」

 

 「自分がランザの近くにいることに、理由が必要なのかな?と言いたいところだけど、今回は用事も一つある。ガランが今後のことを話したいからって、天幕に呼んでいたよ。それと、無視できない客も一人きているからさ」

 

 「無視できない客?」

 

 「うん」

 

 蕩け顔をしていたクーラの顔が引き締まる。真剣な表情から放たれた名前は、少々予想外のものだった。

 

 「ガスパルが、ここに来ているよ。ランザに、話したいことがあるんだってさ」

 

 人妖探しにおいて、あてにしていた人物。モスコーの騒動からは顔を合わせることがなかったが、こんなところにきていたとはどれだけ行動が読めない奴なんだ。

 

 「すぐに行く」

 

 ガスパルは、恐らくテンと繋がりがある。元から人妖の情報に詳しい奴ではあったが、ノックでおこった騒動を経て予感は確信に近いものをもっていた。そんな奴がこの機会に接触してきたことは、意味がある筈だ。

 

 ガスパルとガランが待つ天幕に向かう。いったいどのような話をしにきたのか、期待が胸をよぎった。

 


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