家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
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連合王国軍の基本的な戦術ドクトリンは、過去には騎馬弓兵と軽装騎兵、装甲歩兵、クロスボウ隊を主軸とした防衛戦を主軸においたものであった。帝国で猛威を振るっていた重装騎兵と装甲歩兵による強力な前進制圧ドクトリンに対応する為のものであった。
突撃してきた敵の攻撃部隊をクロスボウで迎撃しつつ、装甲兵で攻撃を押し留め、軽装の騎馬弓兵が側面から矢を射かけ軽装騎兵が迂回をしつつ包囲すること。過去の脅威から学び、過去の戦争で実績のある戦術から採用をしていた。
迎撃を主軸とした、平原での基本的な防衛陣であり侵攻戦を意識したものではなかった。攻城兵器や大量の歩兵師団等、人的資源における観点や予算の問題から先送りにされていた。
しかし時代が過ぎていき、銃器や火砲が発達していき歩兵による密集陣形は時代遅れとなり、重装の騎兵がただの的となった。騎馬に乗った銃兵という、ドラグナーという気取った名前の兵種も考案された。だが、馬上のライフル銃を取り扱う難易度や嵩張る装備が問題となり、将来性はありつつも現段階では戦争では使用に耐えるものではないというのが軍部の見解である。
では新しい時代、こちらから帝国軍に対して侵攻を仕掛けるうえでなにが、どのような兵種、基本攻撃方針が有用なのか。
破壊力の高い大砲や豊富な予算により支給される大量のライフル銃兵とそれを護衛する長槍部隊。北方からの情報では、竜狩り隊を除くとそこまで強力な部隊を派遣してはいなかったようだが、軍隊と軍隊の戦い。戦争ならば惜しみなく戦力投入してくるだろう。事実、それなりの軍勢をだしてきた。
リスム自治州、デアド平原における初戦は連合王国にとっては落とすことのできない重要な一戦だった。リスム内での支持を得ることは勿論だが、帝国に対して地形的に包囲をしいている中小の同盟国相手に対するアピールも兼ねることになる。
連合王国が活躍せねば約定を破り帝国につきかねない。日和見とは、言うまい。同盟を組んでいるにしても、帝国相手に戦争を仕掛けることはリスクなのだ。負けたところで賠償金や領土割譲で住めば良いが、下手を踏めば国家そのものが歴史の闇に埋もれてしまう。
武威を示すことにより、王道での戦に勝ち周辺国に決意と抵抗の意思を促す。それが出来れば理想ではあるが、あくまで理想は理想。まずは勝たねばならないことは理解していた…が。自分の考えが、もはや古臭いものであったと思い知らされたのはつい一月前の話だった。
「エクスラム、帝国軍はどうだね?妙な動きはあるかい?」
連合王国本陣は、帝国を撃退した後も平原に本陣を敷いていた。リスムの市内を制圧することも今なら可能であるが、なるべくなら今リスム市民には圧をかけたくはない。ただしかし、行政庁舎には兵と連合王国の執務官を入れさせてもらっている。
帝国側が市街に潜入してゲリラ戦を展開しようとしない限り、そちらにこれ以上の兵士を入れるつもりはない。市民感情をいたずらに刺激せず、可能ながら終戦までは可能な限り住民を巻き込みたくはない。
そんな連合王国の本陣に訪れたのは、連合王国の円卓に席があるクラルスであった。
気取ったモノクルにどこか斜に構えるような皮肉めいた笑顔。一月前の帝国軍との開戦時、研究の成果だと言う冒涜的な生物を連れて来た。そして、例の毒性を含む空気管の扱い方を指示した後すぐに首都にとんぼ返りをしていった以来である。
「そう露骨に嫌そうな顔をするなエクスラム。例の作戦二つ、ダグラス総帥からの許可を得ていた勅令であっただろう。私とて、あのような非道な行いをするつもりはなかったのだ」
モノクルをかけていない方の瞳にハンカチを当て、クラルスは悲し気な嗚咽をあげた。
「生物界の禁忌をおかし、人を一方的に苦しめる毒を噴射し、なんと恐ろしいことであろう。騎士道精神的な観点から、苦渋を噛みしめながらも総帥の命令をまっとうしたエクスラム殿はまさに忠臣の鏡であろう。我にはとてもとても、できるものではない!人の心が無いような働きぶり、あっぱれと言わざるえないであろう!」
「茶番もそこまで力が入れば怒る気も湧かぬものだ。準備から丁寧にお膳立てしたのは貴様であろうに」
こうして帝国と戦争している今、手段を選んではいられない。騎士道という概念は、既に騎馬民族に蹂躙されてとうの昔に滅んでいる。だがそれでも、最低限軍人としての理念というものはあった。この胡散臭い男に手を借りずとも、学んだ軍略と規律ある軍隊で帝国に抗する自負があった。
悲しいことではあるが総帥は、使える手はなんでも使うべきという指示をだした。軍事的観点から見れば、こちらには被害がほとんどなく敵を蹂躙できるならばそれは正しいと考える。だがしかし、個人的にはどこか納得できぬものがあった。今は勝利の為に呑み込むべきと自分自身に言い聞かせる。
「我が研究成果であるからな。それよりも、連合王国の様子はどうだ?エンパス教は動かんか?ん?」
「リスムと帝国の国境に兵を増やし、ノック山道や海岸道に防衛線を築いているのみだ。以前から気になってはいたが、貴公はエンパス教をやたらと気にするな。諜報部を纏めるライエル長官の子飼まで派遣しているようだが」
「おお、そうかエクスラム。貴様は知らかったか?気になる理由と言えば、実はエンパス教というものの雛形は二百五十年近く前だったか、連合王国にて設立されたものなのだよ」
手にもつハンカチをヒラヒラとさせながらあっけからんと言い放つ。
「初耳だな。だが連合王国では宗教に関しては厳しく取り締まわれた歴史がある」
「その通り、我が王国恐らくこの大陸では一番早く政教分離を成し遂げた。今ではかつてほどの締め付けはないが、宗教の禁止令と弾圧指令が軍隊にだされたこともある。教団の信仰は今でこそ許可はでているが助成金等もなく他所の国と比べれば貧乏経営であろう。そんな下地があったから水面下から広げやすいとでも、エンパスは画策したのかもしれんな」
まるで出来の悪い友人が、悪巧みに失敗を話すような口調である。どこか馴れ馴れしいというか、知り合いだとでも言いたげな様子だ。
「まるで、見て来たように話すものだ」
「ククッまあ色々とあってな。そして宗教禁止、弾圧は建前だ。我が王国が誇る軍事研究局の前身がその時に産まれた。当時のエンパス教が囲っていた、外来者を捕らえる為にな」
「またそれか。貴様が言う外来者とは、いったい何者なのだ。お目当てであるレント=キリュウインもその外来者とやらなのであろう」
「悪いがそれは、我が研究局の最高機密情報だ。同じ円卓の一員、軍事局のトップであろうと明かせるものではないのだよ。我と胸襟を開く程の仲であれば、ポロリと情報が洩れる可能性はあるがね」
「ほざけ」
この者と胸襟を開く仲になるということは、いくらでも非人道的行為に手を貸すことになるということだ。個人的な相性はさておいて、この男からは常々不吉なものを感じている。それに研究局が秘密にしているということは、かなりの重大事項であるのだろう。相手の足を引っぱろうと企まないかぎり、そのようなことまで踏み込むつもりはない。
「それで、今日はなにをしでかそうと訪れたのだ。あの奇妙な生物の世話や状況はお前の残した部下から報告を受けているだろう。ついでに、ガスに侵された帝国兵の経過観察もな」
「常々殺しても良い凶悪犯を都合できるとは限らないものでな。検体の確保には苦労しているのだよ。この機会、なかなか興味深い報告が多くあがっている。まあそれは良いとして、そろそろ行動をおこす頃合であろうと思ってな。それで、エクスラム、軍事的観点から敵はどんな次の一手を打つと予想する?」
次の一手と言われると、まず考えるべきなのは帝国の外交的事情だ。
四方を敵に囲まれた帝国は、それに対応する為に四方に軍を送り込むだろう。軍部だって馬鹿ではなければ、国家が行う包囲網をしかれようが、帝国という国を巨大な城塞にみたて防御方法を考案するだろうし実践をする。
中小国相手には専守防衛の方針で最低限の兵力でも賄うように防御体制を構築。あちこちで各国の軍隊を潰してまわるより、主戦場であるこちらに軍勢を送り込み決着を早めようとする。同盟軍での主軸はやはり我が連合軍だ。そろそろ国境線の防衛網から兵士を引き抜き、国から予備兵を回してもらい体制を立て直して再度攻勢にでる頃合だろう。
「再度我が連合王国軍に挑んでくるであろう。仮にそれで敗北するならば、なりふり構わずならば市街戦も利用しゲリラ戦も辞さない構えを見せると考える。少なくとも、市民の完全な避難が確認されるまではこちらもガスは利用できないであろうしな。どんな状況になろうと帝国国内を戦場にはしたくない筈だ。手段を選ばずリスム自治州に顰蹙を買おうと、連合王国が引いたならばいくらでも武力制圧もできるだろうしな。名目など、弁が立つ外交官がいればいくらでも占領の良い訳になる筈だ」
気のない拍手が、天幕の中で響く。自分で聞いておいて、興味のない話題を聞いた後である欠伸の一つでも浮かべそうな退屈極まりない顔だ。
「では、敵が未知の力を二つも行使してきた。確実に勝つためとる手段は」
「情報を集めることだ。可能ならば傭兵のような連中を威力偵察代わりにぶつけ敵の動きを見る」
「ならば、そろそろ小規模な攻勢がおこるのではないかな?」
「だが動くにしても遅すぎるくらいだ。私の予想に反して動く気が無いのであれば、防衛に力を回しこちらの攻勢を弾き疲弊を狙うつもりではないだろうか」
防壁を破るには、攻撃側は三倍の戦力がいるという。これが城塞であるならば包囲をし、補給や援兵をいれないように無理攻めはせずじっくりと攻略すればいい。時間的猶予があるならばそれが一番被害を抑えられる。
今回は地形的な問題で、国境の砦を包囲をすることはほぼ不可能に近い。防御側が憂慮すべき面は少なく、その選択肢も悪くはない。主戦場が自治州の市街地から大きく外れる為、そうするならば望むところではあるが。
「申し上げます!」
飛び込んで来た伝令の兵士が敬礼をする。急いで飛び込んで来たのか、額に汗が浮かんでいた。
「第一防衛陣に敵の小規模攻勢です!数は四十にも満たない程なもよう!」
「威力偵察にしても数が少ないな。すぐに離脱する嫌がらせ程度の攻撃か?」
いずれにせよ、その程度の攻撃ならば異形や新兵器に頼らずとも自力で跳ね返すことができるだろう。たかだが少数では、威力偵察にしても観察できるものは少ない筈だ。人死にが増えるのみであり、陽動にも思えない。
傭兵を雇って突撃させたにしても、そんな使い捨てのような真似を堂々と行えば噂が広がり帝国に雇われようとする者達は激減するだろう。そもそもそんな、名誉もなにもない無意味な突撃にどんなに命知らずな者達でも受ける者がいるとは思えない。
敵がなにを考えているのか、やはり嫌がらせ程度の攻勢が。もしくは、本国に攻める姿勢を忘れていないとアピールする為のただの見せかけか。
「も、申し上げます!」
「敵の撃退はなったか?」
「第一陣、突破されました!被害増大しています!」
どういうことだ。馬防柵、掘り、二段構えの射撃部隊配置と基本的なことは当然おこなっている。先程あった、攻撃側が三倍の戦力が必要という定石を踏まえれば誤報ではないかと疑いたくなる。
「敵の新兵器か?こちらのガスや異形と同じような」
「それが、何と言いますか」
「どうした、報告には正確性が必要だ。どのような方法で敵は攻撃を行っている」
「申し訳ありませんが、どのように言っても良いか……」
天幕の外に出る。不確かな情報を聞き出すくらいなら、自分の目で確かめた方が良い。この本陣は小高い丘の上に立てており、第三陣まで防御陣を構築しているが本陣から全ての陣営を見下ろすことができる。
帝国軍の赤を基調とした装備ではない。第一陣の内部では、白を基調にした装備で身を固めており王国軍兵士を攻撃していた。たかだが百にも満たぬ兵に、専門の軍事訓練を、戦う為に鍛えられた者達が圧倒されている。さながら神話に出て来る伝説のような光景だ。
「ときにエクスラム、特定指定外来種という言葉を知っているかね?」
一人一人を詳しく分析する前に声がかかる。呑気にフラリと、食事処から出て来たかのように天幕から現れる。人の悪い笑みを浮かべながら、連合王国軍が蹂躙される様を見下ろした。
「なんの話だ。そのような言葉は聞いたことがない。関係ない話を、言っている場合か」
「ある孤島に、入植者が今まで存在しなかった鼠を持ち込んでしまった。年月を経て、天敵がいない島にて鼠は爆発的に増殖し、島の資源を食いつくしてしまった。人類も、後三百年も経てば直面する問題かもしれんなぁ。我々には目の前に横たわる問題ではあるが」
「クラルス、貴様……なにを言っている?」
クラルスが指を鳴らす。それと同時に、第二陣にて檻の中で大人しくしていた異形共が暴れだし、鉄檻を破り現れる。周囲で混乱する第二陣の兵士や異形の面倒を見ていた研究局の連中が逃げるなか、手足が以上に長い人型のなにかが犬のように四つん這いで第一陣に向け駆けていく。
「エンパス、奴はこの世界に幾度となく鼠を送り込んできているのだよ。ふざけた話ではあるのだが、目的の為ならば幾度となくそれを繰り返す。息の根を止めてしまわぬ限り、我々の世界が些細なことで悩む三百年後を迎える保証はあるまいて。将軍、見ておけ。あれが、外来種によって歪められたこの世界の癌だよ」
クラルスの話は、奇怪な言動が多い。なにを話しているか分からないが、それでも重宝されるのはこの者の能力故であろう。私には見えぬ世界が見えているというのであれば、それでよし。総帥がそれを認めておられるのであれば、物事を多角化して見ることも有用だ。
「下がれ、クラルス」
太陽を遮る、空からの急降下。総大将を狙っての襲撃、北の地で使われていたという空を飛ぶ鉄の馬かとも考えたが、目に映ったのは小柄な人型であった。
鍛えられた鋼と鋼が撃ち合う音が響き、悲鳴のような金属音をあげるが膂力の差で押し切る。
「マジ?硬いじゃん」
「貴様もな。どうなっているんだその身体」
こちらが構えるのは、鉄甲から突き出された三角形仕込み刃。元は暗器として製作されたものを、隠密性を廃して頑丈さと刃の強固さを求めた品物で、さらにクラルスにより強固なバネ仕掛けも仕込み上手く利用すれば杭打ちのごとく鉄板を穿つこともできる。まだこれが暗器であった古い時代、カタールと呼ばれていたものだ。魔改造により原型とは別物ではあるのだが、呼び名を変える意味もあるまい。
対する相手は、空を飛ぶ世にも珍しい有翼の半獣。鮮やかなヒスイ色の翼をしていたが、その羽は途中からまるで磨かれた鋼鉄のように、鈍い光を太陽光の反射で放っていた。
「何者だ。下の連中と言い、その出で立ちは帝国軍の者ではあるまい」
「予想はつくんじゃね?アタシ等が何者だなんて、隣のわるーい顔してる男にでも聞けば良くね?」
「捕虜にして吐かせれば、もっと正確性の高い情報を得ることができるだろう」
空を舞う相手とは、相対したことはない。だが帝国軍、竜狩り隊が操る鉄馬と渡り合う前の良き練習になるだろう。だが、相手が小娘だからと油断はできぬだろう。分かりやすい強さとは違う、得体の知れなさが目の前の少女から感じる。
「エルバンネ様を助けろ!ライフル隊構え!」
「雑魚散らしが先か」
駆けつけたライフル銃兵が弾丸を放つと同時に、空を舞う少女の前身が硬化する。表面の皮膚が火花を散らして弾丸を防ぎ、まるで重力を無視するようにそのまま空を舞い銃兵に突撃する。
「人間は、脆いんだよ」
低空飛行の少女が兵士達とすれ違った瞬間、硬化した翼が人体を切り裂く。ライフル銃を弾く硬さの身体が、まるで質量の無い飛翔物の如く高速で空を踊り、すれ違う翼は名剣の切れ味。
剣というのは、人体を華麗に切断するものではない、人間を叩き斬る為の代物だ。もっとも極東では切れ味のみを追求した変態じみた工房技で剣を錬成しているというのだが、大陸において剣とは頑丈さを求められるものである。
どんなに優れた刃物であっても、連続で人間を数体切り伏せれば油と刃毀れで切れ味は落ちるもの。だが空を飛ぶ刃は、都合十数人を撫で斬りにした後もその切れ味を落としてはいない。
「癌、とやらがなにかは分からぬ。だがしかし、アレが常識外れの異常な存在だということは理解した」
「そうかね。ではエルバンネ、あえて言おう人類の為だと。あの蠅を落としたまえよ」
「言われずともだ。これ以上配下の犠牲を増やせるか」
次の犠牲者を求めて低空飛行をした飛翔体と、無駄だと分かりながらもライフル銃に着けられた銃剣を向ける兵士達の間に割り込む。カタールで上手く防御をし、弾き返すと少女は空に逃れこちらを見下ろした。
「下がれ、貴様等が相手になる存在ではないようだ」
「隊長!申し訳ありません…」
「大砲でも爆薬でも持ちだして良い。異形共が下の連中を止められないようであれば、そいつらごと侵入者を吹き飛ばせ。陣営にこうむった被害の責任は私がとる」
「爆弾とか大砲程度で、殺せるような姉さま方なら可愛げがあるんだけどねぇ」
上空から詰まらなそうな声が響いた、後頭部を軽くかきながら緊張感のない呆れ顔で少女は舌をだす。
「殺してくれるならそれで良いよ。どいつもこいつも、レント様に色目を使う様は気に食わないしねー」
「レント…レント=キリュウインか。エンパス教の差し金だな、貴様等」
「そうそう。それでもってこれは、デモンストレーション。帝国に高ーく売り込む為の一手だよ。それで、なんで聞いてもいないのにベラベラ喋ると思う?アタシがお喋りだって以外の理由でさ」
情報は良いが、無駄にさえずる鳥だ。
「アンタを殺して、レント様への手土産にする為だよ。死人に口なしだよ、連合王国司令官、エルバンネさん」
直進で向かってくるとは、舐められたものだ。カタールをタイミングに合わせて突き出した瞬間、飛翔体はまるで蝶のようにヒラリと舞い射程から逃れた。左手の鉄甲で防御をした瞬間、首筋で火花散り離れる。あれだけのスピードを維持し、その上で柔軟な飛行術。鳥と言うにも異常だ。
ヒット&アウェイ。こちらの土俵にはことごとく付き合わない柔軟さを可能にするのは、その動作の正確さ。急発進、急停止、旋回、空中での滞空。ライフル銃を弾ける重装甲の騎士思わせる硬さ、華麗な鳥のように空を舞う性質、名剣の切れ味を誇る翼。なにかを得るにはなにかを失わなければいけないジレンマを克服した、兵器として考えれば一級品の性能だ。
兵器として、考えればだ。
「一つ聞きたい」
「なに?命乞いの成功率を上げる方法?」
「魅力的な質問だが、それよりも聞きたいことがある。いったい、君は幾つだ。何故この戦場でその翼を広げる」
呆けたような顔をした後、少女は腹を抱えて嘲笑する。目に涙を溜めながら、身体をくの字に折り曲げてだ。
「バッカだねーオジサン。戦う相手の年齢を確かめるの?子供相手じゃ全力をだせませんでちたーなんて後で言うつもり?今時戦うのに、年齢もクソもないじゃん?強きは生きて弱きは滅びる。自然の摂理じゃん。かつてアンタ等人間が、アタシ等にしたようにね。まー知りたいなら教えてあげる、十四じゃん?多分ねー」
「分かった」
レント=キリュウインはこの場にはいないようであるが、この時点で私の敵が一人増えた。
「いかに能力があろうと、いかに動機があろうと、年端もいかぬ者を戦場に送り込む貴様等エンパス教の指導者に、私は敬意というものを抱くことができないようだ。私個人としても、エンパス教とやらは潰させてもらおう」
戦争とは、外交や内政の失敗に対する最後の手段。我々大人の都合で、市民を、なによりも子供を巻き込むことなど言語道断である。増長する帝国はいずれ、連合王国や周辺諸国に牙を剥くであろう。それを押し留める為、自国民の未来を護る為の戦いがこの戦争だ。
敵方とはいえ、その護る為の子供を戦争に送り出す輩が尋常な聖職者な筈がない。どのような理由があろうと、殺しの味を覚えさせる訳にはいかない。戦争とは、地獄なのだ。それを味わうのは、誰かを殺させない為に、誰かを殺す矛盾で苦しむのは大人達だけで充分だ。
「王国の衝撃、エルバンネ=トルメシア。悪いが貴公とエンパス教は、我が名に賭けてこれ以上の好きにはさせん」
「かっこ良く言うけどさー、お姉さま方を止められるの?アタシ一人で苦労していると、この先しんどいよ」
「心配はいらん」
天幕の前から、あの性悪男は消えていた。逃げた訳ではない、この機会に試したいことはいくらでもあるのだろうから。
「我が国で一番、質の悪い男が向かったのだ。そちらは心配せずに、じっくりとこちらの相手ができるだろう」