家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
クラルスは考える。基地に襲撃してきたのは現地人だけで構成されたもののようであり、改めて見ても外来人の姿はない。
成程、確かに使い潰せる現地人ならば苦労(しているかどうかは定かではないが)して呼び寄せた外来人を不意の事故で失ったり使い潰さずに利用できるだろう。それとも、使い捨てのみを投入するのは新たな外来人の入れ知恵か。
見下ろす先、戦場で戦う者達の中で一番目立つのはあの長槍使い。流れるような黒髪を後ろで縛り、ゆったりとした民族衣装。あの異装は、東方二十七か国の少数民族で似たようなものを見た記憶がある。頭をバンダナで巻き、誰よりも勇敢に敵に突貫していく。
「猛き長牙、全てを貫き通せ!神槍グングニール!」
少女が槍を一閃すると、菱形に白く、薄く可視化された衝撃破が伸びる。先端に行く程貫通力が高くなっているようで、それを横に人薙ぎするだけで数多の兵士がなぎ倒される。ついでに防壁や柵も軒並み破壊され、ただの一振りで二十数人近くが胴体が泣き別れとなった。
触れずに物を浮かせ人体を触らずにねじ切るサイコキネシスを操る者。分身を次々と産み出し、完璧なコンビネーションで敵を蹴散らす者、舞うように鉄扇を振るうと同時に人体を切り裂く花弁が舞い踊り優雅に敵を刻む者、手をかざすだけで怪我を癒す者。長槍の少女は目立つが、集団の一人一人が異能と言えるような能力を持っていた。
「続け!我々にはエンパス様の加護とレント様の信頼に応えねばならない!この戦争を始めた、連合王国に神罰を!」
「触らないでほしいかな~。汗くさいてたまらないよ~早く帰りたい~」
「わちの舞、あの方以外、お触り禁止なもので。悪しからず」
「怪我人は私が治します。皆さま、真なる主に勝利を捧げましょう」
一騎当千とでも呼べば良いであろうか。それぞれが異能を振るい、ほんの僅かな接触で我が軍の兵士は塵のように命を潰していく。下の連中の共通事項を敢えて言うならば、罪悪感の無さか。
与えられた力で、与えられた使命を遵守し、さも当然のように、自分達が選ばれた者であるとでも言いたげに、同じ人間を無残に蹴散らしていく。理解に苦しむものだ、何故そうも、なに一つ自分で得たものではない力と信念にそこまで傾倒できるのか。
「ああいうのを、チート能力と言うのであったか?」
ああ、くだらない。エンパスよ、貴様はどれだけこの世界に住まう者達の邪魔をするというのだ。
「悪いがね、対策は打たせてもらっているよ」
右手を上げたのを合図に、背後に控えていた異形の集団が麗し騎士団に襲い掛かる。軍務局や総帥にプレゼンテーションをする為に、便宜的に兵士型、飛翔型、甲殻型と分類分けをしている化物達だ。オレンジ色の皮膚から蒸気を放ち、混濁した濁った黄色の瞳を敵に向ける。
リスム自治州にも派遣をした兵士型。両腕がしなる鞭のように蠢き、壁の側面だろうが天井だろうが張り付きどこからでも侵入することができる軟体性を備えている。
飛行することが可能な頭に翼を生やした飛翔型。昆虫類のような羽は飛行には持続時間が限られれているが、空を飛んで目的地まで向かい羽が使用不能になった瞬間人型として現地で暴れる奇襲型。
甲殻型は文字通り頑丈さが売りの化物。見た目は三メートルもあろうという時代錯誤のフルアーマーで覆われた騎士甲冑であるが、その中には大量の肉に包まれており見た目通りの馬力と耐久力で敵に突撃する。
帝国との初戦では、甲殻型が突撃し前線を崩しその隙間は兵士型が蹂躙、後方に飛翔型が襲いかかり戦線を分断し混乱しきったところを連合軍が襲いかかり敵先鋒を壊滅せしめた。
「あれが噂に聞いた新兵器、異形の兵士という訳か。生命を弄ぶ所業、許すまじ!蹴散らすぞ!」
長槍から衝撃破が放たれ、装甲型を貫く。そのまま縦に槍を振るい、騎士甲冑ごと腹部から頭部にかけて鎧と肉の塊を切断。成程、さしもの重装甲と筋肉達磨でもあの閃光のような槍方の光は防ぐことができないらしい。
サイコキネシスが、分身により産み出された複数の刃が、舞う花弁が、その他様々な異能が異形へと襲い掛かる。それはまるで、神の使途が地獄から這い上がる亡者の軍勢と戦う神話の一幕のようであった。
連合軍の兵士すら、敵が可憐な乙女達であることもあいまり、その神秘性に魅入ったように見つめている。本人達もその自負があるのかもしれない。神聖な力で、悪しき存在を打ちのめす。美しく、勇ましくなければならない。何故なら我々は神の軍勢であり、主の力を与えられているのだから。個々に考えの違いはあろうど、私の予想大きく間違ってはいないだろう。どいつこもいつもそんな目をしているのだから。
だが、エンパスの捨て駒ども。ここは戦場、そして私が場を支配していることを忘れてはいないかね?
「身の程知らずの天使共め。その羽、喰いて散らし、落とさせてもらう。貴様等は、エンパスを堕とす前の前菜である。さあ、貪り食え」
舌を、鳴らす。状況は始まった。さて、駒どもよ、精々あがいてみるがよい。
「異形共はだいたい片付いたか」
襲いかかってきた異形はだいたい五十数体といったとこか。帝国軍との初遭遇時、混乱と恐慌を巻き起こした人外の軍勢であったが、私達にかかればなんということもない。
所見のインパクトを除けば、種が割れれば物理攻撃主体の怪物でしかない。地下迷宮の地の利を利用した生態系を持つ化物共や、噂に聞く様々な変異を遂げたという人妖とやらに比べれば大きく分けても三つしかないバリエーションの異形等ただ少しタフなだけの兵隊だ。
「ザッコ雑魚♪帝国軍も情けないじゃん、こんな見た目だけのカスに苦戦を強いられるなんてね」
戦場に似つかわしくないフリルが大量についたドレスを身を包む少女が、異形を蔑むように見下ろし踏みつける。戦う場には似つかわしくない出で立ちであるが、激しく運動する必要がない彼女には関係ない。念動力、触らずに物をねじり、衝撃を与え、命を散らすレント様の加護はただの少女を強力な猛者に変えていた。
「帝国軍も馬鹿ではない、次はそれなりの対策を仕込んでくるだろう。兵器というのが一番効力を発揮するのは初撃のみだ」
「えーこんなの初見で楽勝だしぃ。ルルミアちゃんが天才すぎるから?世の凡人達は大変だねぇ」
「よーもまあ粋がれますなぁ。レントさんの加護が無ければ無力な小娘の分際で」
「はぁ?」
これもまた、戦場には似つかわしくない踊り子の出で立ちをしたものが嘲笑を含んだ口調で茶々を入れる。口元を扇で隠し、細めた目をニタニタと笑いながらフリルの少女を見つめていた。
「孫にも衣装と言いますかねぇ。与えられた力に頼り切り、粋がるのは見苦しいとは思われないのでしょうかぁ?なかなか、痛い発言を見ていると身体が痒くなってきますわぁ」
「そんな男ウケしか考えていない下品な衣装でよく言うよねぇ。そちらこそレント君の加護が無ければ場末でオジサン相手に踊る三流じゃん。おばさんが、嫉妬しないでよ」
「世間知らずが言われますなぁ。その可愛いお口縫い合わせてあげましょかな?」
二人が対峙する。まだ目標を葬った訳でもないと言うのにこれなのだから。大商人の令嬢といい、踊り子と言い、一般人あがりはすぐにこれである。万能感から慢心を引き起こし、レント殿に対する愛が共通しているものだからすぐに内部で衝突をおこす。
カリナ=イコライとクーラ=ネレイスの仲の悪さが一番目立っていたが、片方はモスコーで死んでもう片方はレント殿の元から去った。それで平和になると思ったら大間違いであるようだ。
「後はあの半獣が、敵総大将を狩れば文句はないのだが…」
不和をおこす者をわざわざ止める程の労力はない。所詮あの二人等替えが効く兵隊にすぎないしそれを自覚していないならば重傷だから駒として使うしかないだろう。戦地で活躍でき、なおかつ戦場での嗅覚が一番効くのは私なのだ。それが理解してくださっているからこそこの急襲隊をレント殿は私に任せてくれたのだろう。
「あの、隊長」
傍らに、口元をマスクで隠し身体のラインが出たスーツに身を包むアサシンが現れる。不和をおこさない分、この部隊ではまだまともな方だ。
「アレ」
「放っておけ、気づいてはいるだろう。敵地で仲間通し喧嘩をするリスクというやつだ。むしろ気づいていないでそのまま死んでくれた方が、レント殿や私がおこす胃痛の原因が減って良いのだがな」
フリルのドレスを身にまとう少女の後ろ、首をねじ切られた筈の巨漢の異形がゆっくりと起き上がる。その巨大な拳を握りしめ、その身体の数倍はあろう体躯を活かした鉄槌のような一撃が頭上に振り下ろされようとしていた。
だがしかし、その巨体がピタリと止まる。全身を万力で絞められているような、見る者にはそんな印象を与えられた。首から上のない異形がどんな表情を浮かべたか等分からないが、少しでも理性や知性があるのならば驚愕でもしていただろうか。
「馬鹿だねー。普通に考えてブサイクな筋肉の塊が美少女に勝てる訳ないじゃん」
ギリギリと、背後を見ないままその四肢がねじ曲がり、ねじ切れる。胴体から両腕と両足が切断され、巨大な肉の塊が地面に叩きつけられる音が響いた。例え死なない不死の異常性があろうが、こうなってしまえばなにもできまい。
「じゃあおばさん。一度上下関係でもハッキリとさせ」
首の無い死体が起き上がり、四肢を切断され地面に落ちる。それだけのこと、私を含め誰もが油断をしていた。倒れた異形の数体は似たような行動をおこしており、レント殿から加護を受けた我々ならばその程度問題なく対処ができる。
私も視線を反らした。傍らのアサシンも、次の標的に向かおうとしていた。フリルの少女ルルミアも背後等目を向けず、それと対峙する踊り子も注意を払ってはいなかった。
ドンッ、というなにかに刺されたかのような大きな音。派手で、視覚的恐怖をまき散らし、本能のまま暴れるような造形と行動。戦場で注目を引き恐怖を振りまくようなデザインで造形された異形達。ただそれだけの存在だと、誰もが思っていた。
事前に受けていた報告ではそうであったし、対峙した印象もそれと変わらないものだった。
連合国軍の動きはどうか、エクスラムの首は獲れたのか。そんなことを考えており、その音で初めてそれに注意を向けた。胴体、切断された首の断面から這い出るように延びた、生々しい薄いピンク色の細い紐のようなものがフリルの少女の首筋に刺さっている。
傍目からは、なにか線のようなものが首に刺さっているようにしか見えない。だがしかし、その身体内部では細い紐が意思を持ちある部位を目指して突き進んでいた。首から侵入した線虫のような存在は、頭蓋骨の下部に存在する大後頭孔に侵入する。
「イ゛…え?なに?なっ!が…あっあぎィ!?」
「なんなん、急に下品な顔晒しおってかんに」
対面にいた踊り子にはそれが見えなかった。対峙した相手が突然変顔を晒した程度にしか思なかったのだろう。それはそうだ、傍目から見てもなにがおきているのかがよく分からないのだから。
そして、それを理解しているのはこの連合王国陣営においてただ一人だけであった。
頭蓋骨の大後頭孔から侵入した存在は、まずは脳幹に到達する。脳幹とは人体の操作において、自律神経や呼吸等を司る重要部分を遠慮なく蹂躙する。ほんの一瞬、寄生された者は呼吸が途切れるような感覚に陥るが、侵入者は人体の一部を切り離し代替品を用意するように付着する。不思議なことで、このことにより人体は即死をすることはない。
小脳を通り抜けることで、寄生された者は体幹がグラつくように揺れる。指先がビクビクと痙攣を始める。
大脳の後ろにある後頭葉を汚染することにより、視界がチカチカとした異常事態がおきはじめ、まるで暗闇で光が瞬時についたり消えたりするように点滅するようになる。
「見えない!みえ゛…え゛なにあがぎゃ…がええ!」
侵入者は側頭葉はスルーして大脳の天辺からやや後方部の頭頂葉に。ここに問題がおこると身体の一部や全身が痺れたり、物の感覚が分からなくなる。身体全体が弛緩するような感覚に陥り、地面に倒れ伏し失禁をする者も見られる。
そして前頭葉。感情や思考、理性を司る器官に先端が侵入し一連の動作が止まる。こうなれば、もう寄生された者は助からない。槍を持つ女戦士が慌てたようにまだ外部にでている侵入者の一部を切断するがその行動には意味がない。
『ロイコクロディウムという寄生虫を知っているかな?もしくは、エメラルドゴキブリバチやハリガネムシなんかは知っているかい?』
白衣に身を包む後ろ姿を思い出す。その口から語られた言葉は、我には知らないことであった。だがしかし、それを元に我が研究はここに成就することができたのだ。
「貴様等が神の使途を名乗るならば、我々はそれを踏み潰す。貴様等に人権等は存在しない、戦時国際法も戦争虐待防止の国際倫理協定も適用されない。何故なら貴様等は人間が人間の為に戦う兵隊ではなく、神の傀儡に従うさらに愚かな駒であるからだ。そのようなものに、我は慈悲をかけない。憐憫の念も抱かなない」
どのような手を使ってでも、この世界からエンパスの影響を切り離す。戦争はその為の手段とさせてもらう。我に課された、いや託された使命はそれが第一であるからだ。
「レント=キリュウインが与えられた力は加護とかいったか?ならそれを利用させてもらおう、神の御業は、万人に与えられるものであるのだからな」
ただの皮肉であるが、我ながら上手いことが言えたのではないかとほくそ笑む。貴様等が人間を傀儡とするならば、我等はそれを手駒にさせてもらうだけだ。
見ていろエンパスよ。破滅は、貴様が振りまいた力によりおこりうる。
ルルミア=トルディは帝都の傀儡国であるとある辺境国に仕える没落した貴族の四女であった。
国力も低ければ家柄も低い、貴族といえどさして重要視されない家柄であったが商売に成功して成り上がる。だが、四女であっては跡継ぎにもなれず周囲からも家人からもなにか期待をされるようなものではなかった。年頃になったら、適当な家と経済面を支援する為の政略結婚をして終わりな人生になにか意味があるのだろうか。
そんな自分の人生に意味を見出したのは、帝都に留学をしていた際、当時まだ帝都の掲げる大盾本部にいたレントgひえあおrんfぢえhgざおkるん
走馬灯が食いちぎられるように霧散する。思考を司る大脳が食い散らかされ、侵入者がその細い身体に幾つもの穴が開き微細な触手が脳神経に接続された。生態学的には生きているが、その意志と思考は軒並みなぎ倒され蹂躙される。
電気信号が駆け巡り、身体を強制的に行使する。出来うることを把握した侵略者は、脳から発せられた命令が神経系の電気信号を通じて足を動かす。両腕を地面について立ち上がり、暗滅していた視界は回復し、表情筋がぎこちなく動く。傍から見れば、倒れ伏した存在が立ち上がり奇怪な笑顔を浮かべているのみだ。
擬態により表情筋の操作。それをクラルスが観測すれば次の改善点にでもしたかもしれない。眼球がギョロギョロと動き、頬を痙攣させ、笑顔とみられるようななにかは不気味の一言であった。こうなれば、いかに天性の容姿をもって産まれようとそれに見ほれた男も後ずさるだろう。
この時点で、侵略者はルルミアとなった。いや、侵略した存在にルルミアが取り込まれたのか。
だがそんなものは侵略者にとって意味はない。周囲にいる他の使い勝手が良い肉体に、仲間達を迎え入れてやるだけである。
「なんか知らんけど、キモイわぁ。この状態でレントさんの元に戻られても、うちの隊の評判に傷がつく。首でも落として、殉教ということにしちゃいましょか?」
「いや…嫌な予感が……離れろ!」
両手を広げ、脳内に刻まれた奇怪な能力に指示を強制させる。行使された不可思議な力が、周囲に散った。
勘の良い者が一人、全力で効果範囲外から離れる。どうやら、危機の察知という意味では周囲の者達とは違うということなのだろう。シンプルに、場数が違うとでも言うべきなのだろうか。
サイコキネシス。与えられた加護が周囲に飛び散り、不意を打つように戦場なのに弛緩した空気に囚われていた者達に作用した。貴重な外殻を破損させたりはしない、身体の行動における自由を奪うだけだろう。
「なに!?」「どうなっているの!?」「止めなさいルルミア!」
舌を動かし音を鳴らし、特殊な音波を乗せて周囲に伝える。死体から這い出て来た同胞達が縛られた者達の首筋に殺到する。
「げ、迎撃!」
瞬時に判断ができたのは一部のみであった。死体から突然、大量に肉を食い破り這い出て来たミミズのような生物に、生理的嫌悪が勝る者達が多かったようだ。
異形の死体から這い出た気色の悪い生物が、皮膚を突き破り胎内に潜り込んで来る。まともな感性を持つ者であれば、それがどんなおぞましいことか容易に想像がつくだろう。背中を見せて逃げたところで、誰が責められるだろうか。
最愛の存在から渡された力で、圧倒的な優位に立てる異能で敵を蹂躙するだけの戦場。もしもの話であるが、リスムの巨人事件に投入された者達がもう少しいれば、この異常事態でもまだ被害は少なかったのかもしれない。
「この蟲を近づけるな!」
鎌鼬をおこす大鎌を持った女性が蟲を迎撃するが、その肩と右足に矢が突き刺さる。目の前の脅威に気をとられ、甘いことに未だ自分達が敵地にいるというものを忘れているらしい。
倒れ伏した身体に大量の蟲が殺到する。薄いピンクの生物に埋もれ、その中から救いを求めるように手が伸びていた。連合王国の兵士達の表情は引きつっていたが、それでも高台から矢を放ち続ける。円卓の一員であるクラルスが問題ないと言っていたうえ、総隊長のエクスラムから指揮権を預かったと言ったのだ。指示に従うしかない。
それでも、尋常ならざる光景に兵士達のなかでも嘔吐をする者も現れる。それだけ、異質な光景なのだ。
「ハハハッ!どいつもこいつも、自分等が狩られる側となるとは思っていなかったのか!?異能で一方的に相手を蹂躙できるとでも!?片腹痛い!驕りを後悔する間もなく死んでゆくがよい!」
この狂気を笑いながら見ていられるこのクラルスも訳が分からない。とにかく、今は早くこの状況を終わらせたかった。殺されているのは敵であるが、地獄ともまた違う気持ちの悪い光景から早く、兵士達は目を反らしたかった。
そして、一人の兵士が目を思わず反らしてしまう。先程まで異常な能力を駆使する恐るべき存在であったが、寄生する生物に嬲られるように殺され、何人かに異常性が見え起き上がり仲間を求めるように周囲に襲い掛かるのを見ていられなかったのだ。
容姿はともなく、国に帰ればあれくらいの年頃の娘がいる。それがもしあんなめにあったとしたら、そんなことを考え反らした視線の先でそこでもまた異様なものを目撃する。
「背後狙いか。この状況でも、冷静なものだな」
クラルスの袖口からなにかが伸びて背後に伸びたと同時に、それに捕らえられた影が地面に叩きつけられる。黒装束に身を包まれた暗殺者が、苦痛の声に呻きながら這うように転がった。
「如何に分身ができようと、あの場にはいたくないというのが人情というものだろう。下で対応しているのは分身の偽物、直接こちらに来た貴様が本物だな?」
叩きつけられた暗殺者にクラルスが近づき、首を掴んで持ち上げる。目を幾度となくこすろうが、一瞬だけ伸びたなにかは跡形もなく消えていた。
「失せろ、貴様に興味等ない」
ゴキリと、首がへし折れる音が響く。ゴミのようにそれを異形の遺体の上に放り捨て、まるで餌を投げ入れられた鯉のようにそれに蟲共が群がっていった。悪夢のような、光景だ。エクスラム様は、この惨状となることを知っていたのだろうか。
王国の勝利の為、目の前の惨状には目をつむる。後で、なんらかの罪に咎められようがこの光景を見てはいられなかったのだ。
「目を閉じるな雑兵よ。あれが神の尖兵だ、我等の敵が現れるぞ」
いつの間にか、クラルスがこちらに来ていた。兜の上に手を乗せられ、瞼に指を乗せられ無理矢理目の前を見せられる。
視界の先には、陣営の外に逃れようとしている踊り子。そしてその先に、騎士槍を持つ重甲冑を着込んだ一人の騎士が、悠然と馬に跨り走り寄ってきていた。