家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
ランザはまだ分かっていないようであるが、よくある話である。
表立っては外部契約社員、パルークーレース選手イド=クラモスであるがそれは外向けの肩書だろう。そりゃそうだ、本当の肩書なんてだしたら商会のイメージアップには繋がらない。つまり、どうあがいても人気者にはならない筈だ。
「帝国では正規の奴隷購入について、強制的な主従関係契約は当然あるけれど同時に、奴隷側も解放を要求できる制度があるの。本来ならば、滅多にないことなんだけどさ」
その言葉で、ランザは合点がいったようである。
「リスム自治州でもある話だな。船底の押し込められるオール漕ぎも、規定回数の航路を終えれば解放される救済制度だ。まあもっとも、回数をこなす前に使い潰されて放棄されるだけで、その制度で助かった奴はほぼいない。それと似たようなものか」
「大方、レースの賞金とか大多数メルキオル商会に吸い上げられているんじゃない?でも、恐らくは次の大会で目標金額に届きはれて自由の身になれるってとこかな」
ランザが腕を組んで考え込む。
奴隷制度。改めて、その言葉の重みが両肩にのしかかる。農奴だったり性奴だったり、船のオール漕ぎだったり。帝国のみならずこの世界の最下層にいる彼等彼女等の存在は、無視できない。
先程食べたパンケーキも、小麦はエルフの里を潰した農場で、捕らえられた者達も売り飛ばされている。南大陸ではプランテーション農業を強制し現地住民を低賃金で酷使、いやもしかしたら賃金すら支給しないような環境で砂糖やコーヒーといった嗜好品を生産している。
半獣に限らず差別される層というのは、どこの国にも必ず存在する。その在り方に【商売】と【労働力】という価値がみいだされるかぎり奴隷という制度は続いていくだろう。
それでも、そんな奴隷制度の裏側にいた自分からすれば、まだイドは恵まれていると思う。いや、自分もまだ幸運に恵まれている方か。
「成程、商会の宣伝をする看板となることが契約の要だとしたら、レースに参加できなくなることじたいが契約違反。あと一歩で解放されるのに、違約金が重なれば自由への道が凄まじく遠ざかる。次のレースで敗北をさせても、長期的に縛り付ける為に罠を張ったという訳だな」
「その通りです。僕とメルキオル商会の契約は、パルークーレースに勝ち続けること。出場じたいできないとすれば、その理由はどうあれメルキオル商会は容赦はしないでしょう。それが例え、向こうが用意した選手の不祥事のせいだとしてもね」
仮に司法に訴えようにも、そもそも奴隷の言い分等通らない。体裁を保ちつつ首に縄をかける悪辣な策だ。流石商売人の巣穴、良くも悪くもやり方が汚い。
「だが大丈夫なのか?大事にならなかったとはいえ、事件は事件だ。参加資格剥奪なんかは」
「いえ、まあ…申し訳ないですが、被害者である貴方方が口をつむげばそこまで大事にはならないでしょう。これでも人気者なので、ちょっとやそっとくらいならレースを降ろすことはできない筈です。少なくとも皆を納得させるくらいでなければね。幸い僕を応援してくれる人達やパルークーレースファンには、まだ僕があの二人と組む予定だということは周知されていないので、どうにでもできます。ですが、次々と手を打たれてはどうしようもなくなる可能性も…」
再度商会が怪しい人物をチームメイトに選考してくる前に、人員を確保して脇を固めてしまいたいという訳か。ランザも自分も戦闘を繰り返してきたが、レースに関してはズブの素人だ。だが、メンバーさえいれば例え自分等は置いて行かれてもイドが優勝さえすればいい。
「だからどうかお願いします、どうか僕と共にレースに」
「メリット」
イドが必死なのは良いが、まだ語られていることは全てではない。別方向からも切り崩し、尋ねる。腹を割って話すなら、文字通り腹の中身を全て吐き出させる必要がある。
「聞く限りだと賞金の大多数は商会に吸われそうじゃん。わざわざメルキオル商会に喧嘩を売ってまで得られるメリットが、自分にもランザにも無いように感じるんだけど?」
同じ半獣なのに、とはランザも言わない。観光はともかく慈善事業までして旅をしている訳ではないし、変に目立つのも考えものだ。そしてイドの誠意というものを知りたい。半端な誠意だけでこの先、世の中渡っていけると考えているならば、それはただのお花畑だ。ここで助けてもこの先また似たような破綻を迎えるだけだ。助け出す価値もない。
イドが黙り込む。外部契約社員といっても内訳はただの奴隷だ。金銭の蓄え等ある訳でないし、この返答しだいによってはお引き取りを願った方が良いだろう。言ってはなんだが、自分達はあまり関わり合いになってはならない方の人種でもある訳だしね。
「……すいません。生憎価値があるものもなければ、持ち合わせも」
「ならばその条件で引き受けてくれるお人好しを探せば?観光しているけど、暇な訳でもないんだよね」
「第一何故お前は、その身分に甘んじているんだ。首枷や足枷をされている訳ではないし、逃げてしまえば良いんじゃないか?半獣の足なら逃げることも不可能ではないだろう。この先生き辛くなるだろうが、連合王国辺りに亡命するなり姿を暗ます手段はいくらでもある筈だ」
内心引っかかっていたところはそこだ。自分がイドの立場だったら、早々にトンズラする。後のことなど知ったことではない。多少監視があったとしても、それこそ半獣の逃げ足ならば姿を暗ますこと等容易い筈だ。
「僕は逃げることはできません。少なくとも、僕一人では」
僕一人、か。やれやれ、やっぱり面倒ごとだった。そういう相手がいることは、羨ましいんだか悩ましいんだか。
「妹が、囚われています。僕は、二人分の金額を稼いで、イルガルドを去らねばならないのです」
「さて、どうしようかランザ」
イドを宿の下にある共用スペースに待つように伝えた後、彼が退出してからクーラが声をかけてきた。
「同じ半獣だ、助けたいなら二つ返事で力を貸すと言っても良いんだぞ」
「悪いけど、そこまでお人好しにはなれないよ。自分と同じ半獣でも、あくまで自分は自分で相手は相手だしね。余裕ってのは持てる者の専売特許だしさ」
クーラの言動は、現実主義者だ。義理人情で動く程俺達には余裕もなければ、例え同胞の願いでも躊躇なく切り捨てるだろう。
「ランザは?メリットデメリットを考えずに、手を貸したりしたい?ランザが助けたいなら、協力はするけど」
それでもこう聞いてくると言うことは、例えば俺が採算度外視で助けたいと言えば力を貸してくれるだろう。それだけに、慎重に考えなければならない。何故なら、イドを助けるということは帝国全土に支部を持つメルキオル商会に喧嘩を売るようなものだからだ。
イドは、レースに優勝し目標金額を全て払い終えれば、妹共々助かると考えているようだが話はそう簡単ではないだろう。例え優勝をしたところで、連中がなにか難癖をつけさえすればそれが反故にされる可能性もいくらでもある。
商売人同士や市民同士が後に問題がおきないように公の場で、取り決めを国に認めてもらう公正文書を用意できればその可能性は消えるのだがそれですら金とある程度の信用がいる。奴隷の半獣等がかわすことはできない。
奴隷の解放が法律で定められていても、仮に商会が持つ書類を一つでも改ざんすればいくらでも縛り付けることができる。奴隷に限らず騙し騙されの商人世界は、改ざんの一つや二つ日常茶飯事。大切な決まり事を反故されない為、それを防ぐ為の公正文書なのだ。
リスムの奴隷貿易で一番多い船底でのオール漕ぎにしたって、救済措置なんかは無事でいられる人間がほとんどいないことをみこした欺瞞だ。奴隷は死ぬまで奴隷のまま、それは悪い意味で常識であるとも言えた。
つまり、本当に助け出したいなら、優勝し金を納める以外にもなにかもう一手…いや、妹とやらの存在を考えると二手程必要だ。だが策を講じるにしても、それだけの価値があるかどうかは分からない。
「……クーラ。イルドガルに昔来たことがあるんだよな」
「まあ、レントの指示でちょっとした汚職漁りとかね」
「メルキオル商会のイルドガル支部、その評判とかは調べる機会はあったか?例えば、なにか黒い噂とか」
クーラが少しだけ考え込む。
奴隷貿易はどの国でも認められたもの。それ以外、例えば帝国法に完全に引っかかり治安組織の連中も多少の賄賂では見て見ぬふりができなくなるような爆弾でもあれば話は別なのだが。
「無いことは、ない。噂程度だけどさ。だけど当時の調査から考えれば本筋は外れていたし、裏どりができていない」
「どんなものだ?それは」
「……ごめん、不確実要素が強いうえに古い情報だからあまり話したくはない。間違ったことを言って、それが判断材料になったら困るからね」
「そうか」
少しだけ空気が重くなる。クーラはため息をついて、フードを被りなおしてから半分程開けていた木窓を全開にした。
「無理はしなくて良いよ。ランザが半獣を見捨てても、それで自分から貴女をどうのこうのと思ったりなんかしないよ。今から分が悪すぎるうえにリターンのない賭け事、そんなのにのるくらいなら今すぐ動物園を見学しにいきたいかな」
外の景色を見ながらクーラは言い放つ。意識してか無意識か、自然と左手が首筋を触っていた。
出来ることなら、イドとその妹を助けてやりたいとは思う。それはあの二人だけではなく、ややおこがましい言い方ではあるがクーラの為にもだ。
望んだ生き方一つできない生活。奴隷とは劣る者がなるべくしてなると語る者もおり、今の社会構造が良くも悪くも最底辺の人員達により、曲りなりも平和と生活が保たれていることも否定はできない。
だが本当に、産まれた環境と身体的特徴だけでそんな地位にいることを当然といって良いのだろうかとも思う。もっとも御大層なことを言っていても、この現状を壊す為に活動する訳でもない為綺麗ごとで絵空事だ。
だがしかし、せめてクーラには少しでも手を差し伸べる者がいるということを見せてやりたい。救える半獣も、中にはいるという微かな希望も。
「あれ?」
外を見ていたクーラが、なにかに気づく。どうやら窓の下側、街路見ているようだった。
「どうした?」
「噂をすればなんとやらというか、メルキオル商会の馬車だよあれ。宿前に停まった」
横からのぞき込んでみると、剣と盾の意匠が塗られている商会の馬車が確かに宿の前に停留していた。メルキオル商会が卸す主力製品の一つは武具であり、その始まりは街の鍛冶工房であったそうで商売を大きく変えてもずっと初代のシンボルマークが使われているらしい。
馬車から男が数人降りて、宿に入っていく。どうやら宿が注文した商品を卸にきたという訳でもないようだ。少しばかり、ヒリついた雰囲気を感じた。
「行ってみるか」
「興味あるの?」
「ま、多少はな。判断材料の一つにでもするさ」
部屋を出て一階を目指す。階段を降りて行く最中、イドが叫ぶ声が聞こえた。
「何度も勝手なことを言わないでください!」
階段を降り切ると、男数人とイドが対面で話していた。営業妨害となり嫌そうな顔をしている宿の主人等おかまいなしだ。
「貴方達が用意したチームメンバー等には頼りません!第一あの二人も、問題をおこして騒ぎになったじゃないですか!これが正式にメンバー登録された後だったら、僕の立場だって危ういものになるじゃないですか!そちらの伝手は頼りません!僕は自力で仲間を見つけます!」
イドが手をふりながら叫ぶが、数人の男達。少し身なりが良い男が心外だとでも言いたげに肩をすくめる。
「館長殿は今回の不始末に大変お怒りになり、あの二人組を帝国治安局にちゃんと差し出した。それじゃ不満かな?」
「当たり前です!第一貴方達の目的は僕を潰すことでしょう!?」
「やれやれ、疑心暗鬼になるのも無理はないがそんな君やパルークーレースをずっと支えてきたのは、我等とここイルドガル支部のドーズ館長なのですよ?あまり人聞きの悪いことを言うものではありませんなぁ。それに、本当に君にメンバーが集められるのですかな?」
イドの言葉が詰まる。
優勝賞金の分け前無しで、半獣という身分を隠しながらチームメイトを求める等至難の業だ。だからこそイドは、チーム戦が基本というパルークーレースでずっと単独で戦ってきたのだから。
「参加すらできなければ、どのみち君に未来はないのでは?よく考えて言動を慎んだ方が良い、もっとも君にそんな理性があればの話だがね」
半獣ということを明かすことは、メルキオル商会もしない。だがしかし、言葉にだしていないだけで明確に見下しているようだ。お前等獣混じりに、思考と理性があるのかと。
「メンバーなら、用意できました」
「なに?」
男の顔が、少し不愉快そうに歪む。イドは鋭い、覚悟を決めたような顔つきになりこちらの方をまっすぐに見て来た。先程話していた時のような、懇願するような顔と目付きではない。腹を括った男のツラだ。
「ランザ=ランテさんとクーラ=ネレイスさん!この二人が僕と共にレースに出場するチームメイトです!」
「はぁ!?ちょっとなにを!」
突然の物言いにクーラが驚愕した顔で異議を挟もうとしたが、手をあげてそれを制止する。代わりに俺が、口を開いた。
「初めまして、メルキオル商会の方々ですね。ランザ=ランテと言います、この度はイド君に誘いを受けてこの大会に参加をすることになりました」
「……見ない顔ですな。観光客かなにかですかな?」
「ええ。奇妙な縁でイド君とは仲良くなりまして、力になれればと思い参加をするしだいです。パルークーレースですが、参加者として舞台に立てるとは思っていなかったので、足を引っぱらないように頑張りたいですね」
「ラ…ンザさんとクーラさんは、貴方方が紹介してくれたスリ二人を撃退する脚力と身体能力があります。優勝を狙うのに、相応しいメンバーです。メルキオル商会の外部契約社員として、勝利は保証しますよ」
イドにとってはダメで元々以上、半ばヤケクソでの宣言であっただろう。こちらがそれにのったのにやや面食らった様子であったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ言い放つ。
「……酔狂なことですな。引き上げるぞ」
「良いので?」
「何事にも相応しい場というものがある。状況が変わったなら、それに合わせた判断が必要だ」
大きくため息を吐きたいような顔をしたが、すぐに商売人特有の張り付けた笑みに戻りこちらに軽く一礼する。
「ランザさんにクーラさん、是非パルークーレースを楽しんでください。熱い勝負で観客を沸かせることを、期待しています。生憎、正式契約ではない為、優勝しても我々からの報酬はだせまんが」
「ええ、楽しませていただきます。それと心配されずとも、報酬はいりません。御社所属のイド君を必ず勝たせる為に微力を尽くしますよ」
互いに笑顔で会話を交わし、メルキオル商会の一団が去っていく。緊張の糸が途切れたのか、イドが座り込みそうになったが襟首を掴んでそれを制止。こいつにはシャンとしていなければ困る。
「その、ランザさん。……あの、すいません」
「謝るのはともかく、そんな腑抜けた面をするな。無断で巻き込んだから、それらしくしっかりしろ。取り合えず、裏の井戸で顔でも洗ってこい。部屋で待っているからよ」
裏口からイドを放り出し、宿の店主に笑顔で軽く頭を下げてから階段を昇る。
「あーあ、良かったのランザ。まだ勝つ算段もないのに、最悪敵を増やして終わりだよ」
両手を後頭部に重ねながらクーラは呆れた顔で先を歩く。
「すまんが、これは俺の我儘だ」
イドは八方塞がり一歩手前だった。賞金の分け前に報酬無しや半獣、そんなハンデが無くてもどうせイルドガルにいる有力な選手達には大会運営やメルキオル商会の息がかかっているだろう。自力でチームメイトを集めるなんてことは、ほぼ不可能に近かった。
だがそれでも諦めずに、大博打に出たイドのあの顔は半獣やクーラという事情を抜きにしても、俺自身が助けてやりたいと思えるものだった。あれは、かつて俺が浮かべた顔でもあったからだ。
初期冒険者組合。ただのガキである俺が、隊長についていきたいと何度も頭を下げにいった。持たざる者が這い上がる為、同じ夢を持つ諦めない連中とどんな危険が待っていようと栄光を掴むと腹をくくったからだ。
結果だけ言えば、ジークリンデのせいで俺以外みんな仲間達は死んでしまい、昔馴染みは当時別動隊にいたグルーだけになってしまった。だがしかし、俺が今の俺となる為のきっかけとなったあの旅と仲間達が無意味であったとは思えない。拾ってもらえなければ、どうせ十四歳を迎える前に路地裏で野垂れ死にしていただろうから。
腹を括って博打にでたイドを、俺は俺自身の意思で応援してやりたい。メルキオル商会に目を付けられるだろうが、どうせ竜狩り隊に目をつけられているのだからある意味今更とも言えるだろう。
「悪いな、相談無しに」
「ほーんとだよねー…と言いたけれどさ、助けたいなら協力するって言った手前だし、どうせ帝国に生活基盤はないんだからいざという時は逃げちゃえば良いだけだしさ。ただやるからには、勝ちに行こうよ。勝った方が百倍楽しいからね」
「違いない」
「ただ時間がない。勝負は明日だし、すぐにでも足りない二手を補う為に情報集めが必要になるよ。そうなると、悪いけど自分は早く動かなくちゃいけないし場合によっては大会にも参加できない」
勝利条件は三つ。イドが大会に優勝すること、妹の無事といざという時に備えての安全確保、そしてメルキオル商会に奴隷二人の扱いがどうでもよくなるくらいの爆弾を落とすこと。これら三つの要素が集まり始めて、イド兄達が安全にイルドガルから出られる条件となる。
クーラがいなくなるとなれば、足りない手は三手。新しいチームメンバーの確保だ。メルキオル商会にはクーラも参加すると言ったが、大会運営にメンバーとしてまだ登録していないので変更も可能だろう。
「大会当日、いや開始まで情報収集とその他段取りは間に合うと思うか?」
「ほぼ断言するけど、全力で動いても無理だと思う。第一、まずは昔掴んだ噂の裏どりからしなくちゃいけないしね。残念だけど、どんなに可能性が低くても大会参加者はもう一人メンバーを探すことが現実的…」
言いながら扉を開けたクーラが、固まった。
「どうした?」
半開きになった扉を開けた瞬間、俺も眉をひそめることとなる。
「オレ抜きで随分と楽しそうな話してやがるよなぁ」
寝台で胡坐をかきながら、悪竜ジークリンデが名前負けしないような悪い笑顔を浮かべていた。もう顔を洗い終わったのか、イドが階段をあがってくる音が後ろから聞こえた為後ろ手で扉を閉めて施錠をする。
「あれ?ランザさん?僕です!開きません!」
「すまんが、ちょいと待ってろ」
部屋に戻った瞬間、全裸の痴女が胡坐をかいているなんて光景見せられるものではない。いやそもそも、ジークリンデがなにをそんなに面白いそうな顔をしているのかが不可解だ。
クーラも同様の考えであり、最大限に警戒をしながら声をかける。
「楽しそうな話って、まさかパルークーレースのこと?」
「おうよ。人間同士の小競り合いが主とはいえ、妨害アリのレースなんて楽しそうじゃねえか。こう見えてもオレ、祭りは好きなんだぜ?それも見るより参加する方がな」
「ふざけるな。お前を参加させてたらどさくさに紛れて何人斬り殺されるか分かったもんじゃないだろうが」
額に手を当てる。はからずも、大きなため息が口から漏れ出してしまった。
「なにを企んでいる」
「おいおいおいおい、お前だってオレの全てを知ってる訳じゃないだろうが。本当に、祭りは好きな方なんだぜ?」
戯言を、と言いたいところでもあるが少しだけ思い当たるふしもないことは、なかった。モスコーでの二日目、サグレとベレーザのデートを見守っている時ジークリンデが現れた時だ。
背中から生やした連結刃を身体にまとわせて服装に擬態し、慣れた様子で出店の店主と交渉し金銭を払い何事もなく串焼きを買ってきたのだ。それも、談笑をしながら楽し気にだ。
つまりこいつは、多少なりとも人間社会で馴染むふりをすることはできる。祭りを人に化けたまま楽しんだ経験もあるのかもしれない。
「人手が足りないんだろ?この悪竜様が手を貸してやると言っているんだ、断る理由があるか?」
「ある、その借りにどれだけ利子をつけて返せば良いのか、分からくなる不安がな。興にのりすぎた悪竜様とやらが暴れだす危険性もな」
「そん時はどさくさに紛れて、あの雄猫と妹やらを拉致れば良い。簡単な話じゃねえか」
ジークリンデがこちらに近づき、肩に手をおいた。すごい満面の笑みを浮かべている。
「こんな楽しそうな話、オレを仲間外れにしてみろ。明日のイルドガル闘技場、悪竜乱入で血の雨が降るなんて号外が街中に流れるだろうぜ」
竜狩り隊の怒りを買うだけの、嫌な脅しだ。そしてこいつなら本当にやりかねない、古剣の封印なんてもはや信用ならなし今では本当に機能しているかどうか怪しく感じる。
「……せめて、イドが入る前に服を着てくれ。あと、死者をださないのが条件だ」
悲しいことに、この条件は呑むしかないのだろう。不安要素が、増えていくだけなのだが背に腹は代えられないか。
ジークリンデの身体に連結刃が巻き付く。袖の短い上着に、胸元に巻き付く黒い上着。腹部はなにもつけず鍛えられた腹筋と臍がでていた。程よく肉付きの良い足には、ラインがでるズボンに刃が擬態する。
髪の毛も軽く縛り、荒っぽい女傑といった風貌だ。個人の趣味なのだろうか。
軽く頷いてやり、扉の施錠を外しイドを迎え入れる。
「先程はどうもうすいま…え?どなたですか?」
「もう一人の協力者だ。すまないが、今はこれ以上なにも聞かないでくれ」
「そういうことだ、よろしくな雄猫野郎」
手を無理矢理掴まれ無理矢理な握手が二人の間でかわされた。助けると決めたは良いが、どうなるか予想がつかないものとなってしまった。