家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 イルドガルの都市としての強みは、観光業以外では物流だ。北は帝都やその先、南は帝国有数の港街まで伸びるランデル大河は、古代では灌漑、現在では船舶を利用した大規模輸送に適していた。

 

 郊外の緩やかな標高にある山林からは、帝都から南下してきた船や南方から北上してくる船を多く見かける。しっかりと見ている訳ではないが、その半数近くがメルキオル商会の印章が描かれた旗をたなびかせているようにみえた。

 

 イルドガルの物流、商品流通の六か七割近くは牛耳っている商会だ。この地域ではあれが日常の光景なのだろう。

 

 「つきました、ここが僕の練習場所です」

 

 山林の道を先導していたイドが案内した場所は、小川が流れる森の中で様々な障害物が置かれた自作のレース会場だった。

 

 樽のような絵が描かれた短く切り落とした丸太や、小川にかけらた敢えて細くした丸太一本橋。木の板で作られた乗り越える木の板で作られた壁や等間隔に並べられた古い木の箱等が並んでいる。

 

 自然の中に転がる岩場や走り辛そうな悪路を再現した道など、手作りながら工夫をこらした様々な障害物が再現されている。さしずめ、秘密の練習場所という訳か。

 

 「すごいな、全部お前が作ったのか?」

 

 「ええ、あまり大きな声では言えませんが、商会の道具を無断で少しだけ持ちだしてあとは自力で。向こうがこの手のことで助けてくれるわけがありませんし、なにより自分に合わせた施設なら自作した方が確実ですからね」

 

 周囲に自分達以外の気配がない為、イドがフードを脱いで動きやすいように上着を脱ぐ。一見細く見えるが、足取りや山道を昇る際の安定感から見て体幹等はし確りと鍛えられているようだ。競技に関しては素人だがその身体造りは、不必要な筋肉は削げ落とし、インナーマッスル等もよく鍛えているのだろう。

 

 「ではパークルーレースについてルールの概要を説明します」

 

 イドがほったて小屋のような物置から用意したのは、木を削って作ったボールと木製の棍棒のようなもの。それと腕に巻く手甲のようなこれまた木製の防御装具。イドがその道具を見せながら、ルールを伝え始めた。

 

 パルークーレースとは三人一組の妨害レース。チームにはそれぞれ役割が決まっており、こなすべき役目が定められている。

 

 アタッカー。レースにおいては塗料をつけた木製の棒と三つの玉を受け渡され、他チームを攻撃して妨害する役割を担っている。

 

 パルークーレースにおいては、レース中の脱落もルールに含まれている。身体のいずれかに、アタッカーの持つ塗料付きの攻撃道具が当たればその時点で参加資格は剥奪される。妨害の花形、レースにおいてもう一つの主役といえる役割だ。

 

 ガード。敵のアタッカーから、後述されるランナーを護る役割。塗料つきの道具を食らえば参加不可能になるルールだが、ガードは支給される手甲でアタッカーの攻撃を防ぐことができる。脱落の定義も他役割とは異なり、下半身に塗料がついた場合は無効となる。

 

 胴体か顔面に塗料がつけられないかぎり、チームの要であり生命線のランナーを守護する役割だ。派手さはないが、最後までランナーについていく脚力とスタミナ、敵の攻撃を捌く瞬発力と判断力が要求される縁の下の力持ちである。

 

 ランナー。パルークーレースの華であり、ただひたすらゴールを目指して走り抜ける役割。レースにおいては最重要ポジションであり、例えアタッカーやガードが先にゴールをしたとしても、ランナーが辿り着かくなくてはチームの勝利にはならない。

 

 重要なのはそこ、ゴールをする権利はランナーだけに与えられている為、このポジションにつく選手に塗料がつけられてしまえばその時点でチーム全体の敗北が確定する。なので基本的にアタッカーは敵ランナーを狙い、ガードはチームメイトのランナーを守護することに全力を尽くさなくてはならない。

 

 ルール改正前は、ランナーさえいれば良いということであるが、三人出場が強制された今は俺とジークリンデがそれぞれアタッカーとガードにならなくてはいけないだろう。

 

 「走攻守か。ルールはシンプルながらなかなか奥が深そうなものだな」

 

 「ええ、脱落については棒や玉を当てられて塗料がつけばになりますが、ほかにも棒で強く叩きつけて相手に重傷を負わせてしまったり、故意に足をかけて転倒させる危険行為は失格となります。いくら商会の影響力が強くても、ファンとなる若者が大勢いるなかでの不正な行いは決して見逃らされることはないでしょう。なので、アタッカーの攻撃に注意をすれば完走は可能な筈です」

 

 このレース中におこる攻防が、障害物が多く配置される街中で繰り広げられることになるという。確かにこれは、もし他人事であるならば一度は観戦してみたいと思うものだ。参加することになるとは思わなかったが。

 

 「コースについては?下見とかできるのか?」

 

 「公平性を重視する為に、コースは本番まで控えられますが基本的に東部旧市街エリアですね。あそこは入り組んでいますし。ですが、レースのゴールは毎回東部の門から出た都市の外と決まっています。そして厄介なのは、所々に用意されたチェックポイントの存在です。例えばですが…」

 

 イドが木の棒を持ち地面に簡単なコースを描き始めた、少しグネグネした円のようなレース場だが、二か所にグルグルと少し深めに土を掘りポイントを書き足していく。

 

 「へッ、成程な」

 

 「気づきましたか、ジークリンデさん」

 

 チェックポイントは、素直にコースの途上に置かれている訳ではなかった。脇道にそれるように置かれた二か所のポイント。ポイントを通過した後選手は、コースに戻る為に折り返さなければならない。

 

 「先導していても、チェックポイントを経由するには脇道にそれなければならない。つまり後を追う後続と、下手をすれば正面から対峙しなければならないということか」

 

 多少差が開いていても、ポイントを経由し折り返してくるランナーに、後続がそのまま進路で妨害をすることができる。先行逃げ切りを抑え、逆転のチャンスを後続に与える瞬間だ。これは確かに、駆け引きも重要で盛り上がりも激しくなるだろう。

 

 「ガキの遊びにみせかけて、なかなか悪意あるルールだな。これならば多少速力に違いがあっても、誰が優勝するか分からねえ」

 

 「純粋な競技と違い、身体能力の差を駆け引きで埋め合わせができる。むしろ、その駆け引きこそがメインを張れるか。だがよくこんなルールで、お前は一人で優勝し続けることができたな」

 

 イドは、少し複雑そうな、だが照れくさそうに微笑んだ。足首を軽く捻り走り出した。

 

 手作りの木壁を蹴り飛び上がり、高台の上にあがって高所を走り一回転しながら着地する。着地と同時に走り出し、木箱を踏みつけ身体をねじりながら半回転しながら飛び、樹木から生える木の枝を掴み小川の一本橋に着地。そのまま走り出し、おそらくチェックポイントにみたてた、蔦が巻かれ赤く塗装された丸太を蹴り反動を活かしてトップスピードを殺さず駆ける。

 

 動作の一つ一つが、アクロバティックであり速さのみを求めると考えると一見無駄なようにもみえるが、その動きは栄えるものであった。なによりコースを走る本人の顔は楽しそうでもある。

 

 視界の端で、蔦に結ばれた仕掛けが動いているのが見えた。チェックポイントの蔦が切断され、それに連動し棍棒を持った二体の人形が棒を振るうような動きを見せる。二本の棒をスライディングで回避、バク転をしながら複帰をしこちらに戻ってきた。

 

 「凄いな」

 

 「テメェが多少動けるのは分かっているが、その無駄のない無駄な動きはなんなんだ。意味ねぇだろうが」

 

 「ええ、レースにはあまり。ですが、共興としては大きく意味があるんですよ」

 

 イドが、清々しげに笑う。ジークリンデの物言い等どこ吹く風といったようだ。

 

 「相手がどんな妨害を繰り出しても、例え単独での参加であっても、僕の走る姿を見て誰もが喜んでくれるんです。油断している訳でも、舐めている訳でもありません。パルークーレースという存在を広く認知してもらい注目を集める為に始めたという理由もあります。ですが、こうして走っている間はなにも考えないですむんです。……そしてその果てに辿り着いたゴールにて歓声を浴びる度に思えるのです。僕は、自由だと」

 

 制限があり、まわりが全て敵であるレースにて、自由奔放に振る舞う走りざまは人を魅せ付けるのだろう。妨害も、障害も、周囲を沸かせるためのスパイス。誰もが追い付けないなかで、好きに走る己は過酷な身の上にとってはなによりも楽しいのだろう。

 

 「僕は、なんだかんだ言ってもパルークーレースが好きなんですよ。例えその背景になにがあろうと、みんなが喜び僕は日常を忘れることができる。その快感を味わうのは、優勝してこそです」

 

 イドが拳を握りしめ、額の前で強く祈るように語る。拳を大きく振るい、決意を持つ目で俺とジークリンデを見て来た。

 

 「だからこそ、勝ちたい。勿論自由の為、妹の為です。ですが、大好きになったこのレースで、僕は悪意なんかに叩き潰されたくなんかない。王者として客を沸かせ、大団円のなかで終わらせてみせる。例え僕がいなくなっても、沢山の人達が参加したいと思わせるような走りざまを見せたいんです!」

 

 メルキオル商会が考案したものだとしても、一選手としてその競技に、イド自身が魅入られてしまったのだろう。そして自分が大好きなレースが人気になるように、商会の思惑を超えて派手なプレイで沢山の若者を惹き付けている。

 

 仮にイドが自由になりイルドガルを去るとしたら、花形選手が欠けたパルークーレースは盛り上がりに欠けてしまう筈だ。それでも、好きになった競技には何時までも人を惹き付けてほしいという一選手としての情熱が宿っていた。

 

 「……オレ等を巻き込んだなら、遊び半分じゃすまねえぜ」

 

 「え?」

 

 ジークリンデが険しい表情を浮かべる。イドがその低い声色に顔色を変えた瞬間、服に擬態していた連結刃が蠢きイドを地面に叩きつけた。

 

 「ジークリンデ!」

 

 「なに、大事な大事なランナー様だ。走れなくなるような怪我を負わせる訳じゃねえよ……今はな」

 

 「これは!?いったい…なにが?」

 

 状況が理解できていないイドに、ジークリンデが歩み寄る。胸倉を掴んで無理矢理立たせ、鋭い眼光で睨みつける。

 

 「聞くにお前は敵なしのスタープレイヤー。常勝無敗で、多少お遊びを混ぜても苦にならんくらい優秀みてえだが…危機感がねぇんだよ。まるで、レースにさえ出ることができれば優勝は確実だと確信しているみてえじゃねえか。良いか、絶対勝てる戦いなんて…いや、戦いに限らず絶対なんてものは絶対にねえんだよボケが」

 

 「イド、お前が参加するということは、メルキオル商会としてはレースにてお前を打ち負かさなければいけなくなる。そうなると、優秀な対抗馬も見つけてくるだろうし、もしかしたらどんな汚い手を使ってくるかも分からない。緊張感をもて、ということだ」

 

 「奴隷落ちなんざ、テメェの面倒もみきれていねえようは奴がレースの今後を考えるなんて反吐がでやがる。ここで負けても、メルキオル商会に飼い殺しにされながらレースに出続ければ多少なマシな生活ができやがるだろう。だが良いか、クソ猫二号。オレ達に参加をさせるなら、レースで敗北した瞬間手前に次はねえ。そのご自慢の足、敗者として恥をかかせた代償にオレが喰う」

 

 物言いは過激だが、イドにはどこかプレイヤーとしての油断と驕りがあるように見える。ジークリンデとしては、それが気に食わないのだろう。やるからには、例えなにが待っていよう全力で叩き潰すという覚悟が、無自覚ながらイドには足りていない。

 

 「そ、そんなことが」

 

 「残念ながら、ジークリンデはやると言ったらやる。現にその刃、人間どころか装甲さえ切断する威力はあるしな」

 

 「もし腰が引けたなら、今すぐそう言えや。今ならなにも聞かなかったことにしてやる。精々、微温湯にでも浸かってやがれ」

 

 「………いえ、このまま話を進めさせてください」

 

 胸倉を掴むジークリンデの腕を掴みながら、イドは言い放つ。悪竜と明かしている訳ではないが、大した胆力だ。

 

 「ケツは決まったのか?」

 

 「負ければ次はない。確かに自覚が足りなかったかもしれませんが、活を入れられたということでもある。メルキオル商会とは、これを機会に縁を切る必要があるのです、家族の為に」

 

 これで意見を変えて覚悟を翻すようであれば、俺の目が節穴だったということだがイドは言い切った。ジークリンデではないが、他人を厄介に巻き込むならば、これくらい腹は決めておいてほしいものだ。

 

 「もう良いだろうジークリンデ。時間がないんだ、さっさと次の話し合いに進もう」

 

 「はっ…精々楽しませろや。そいつが虚勢じゃないことを祈るぜ」

 

 胸倉から手を離す。少しだけむせるが、なにもなかったかのようイドはすぐに口を開いた。

 

 「まずは役割決めをしましょう。ランナーは経験者である僕がでるとして、アタッカーとガードは…」

 

 ジークリンデは舌打ちをし、手製の棍棒を拾い上げ上空に放り投げる。落下してきたそれを蹴り飛ばすと、回転する棍棒は先程イドが通り過ぎたコースの途上にあった棒を持った人形に直撃した。衝撃で弾かれた棍棒は、傍らのもう一体にもぶつかり二体の人形は根元からへし折れて倒れる。

 

 「クソ猫二号の護衛役なんざ気が乗らねえ。オレが他の選手全員ぶちのめせばどんな阿呆でも勝てるだろう」

 

 「物理的にぶちのめすんじゃないぞ。ソフトにな、ソフトに」

 

 適正で判断したかったイドであるが、ジークリンデがそんな聞き分けが良いタイプではないだろう。目くばせをされたが、軽く肩をすくめて諦めるように暗に伝える。

 

 「瞬発力は流石に半獣には劣るが、加速力と持久力ならそこそこあると自負している。俺がお前の護衛役につく、それで良いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イルドガル東部門から出た先、ランデル大河にて一隻の船が停泊していた。メルキオル商会の紋章が描かれた旗だ。

 

 南方の港町から出た船は、途上にある幾つかの街や都市を経由しながらイルドガルに商品を運んでいる。大河の形状から街の外側を曲がるように船を進め、東部からイルドガルに入りそのまま帝都まで進んでいく。

 

 「船長!ここで捨てる箱や樽はこれで全部ですか!?」

 

 「捨てるんじゃねえ、降ろすって言え!古くてぶっ壊れそうなもんでも使い道はあるんだよ!」

 

 変色しすぎたり、古くなり何時破損してもおかしくないような樽が道端に降ろされている。わざわざこんなところに捨てるなんて声をあげた船員の一人は投棄しているようにしか見えない為首を傾げた。

 

 「使い道ですか?誰かが回収していくんですかあれ」

 

 「なんちゃらレースとやらの障害物に利用するんだとよ。基本的に使うのはぶっ壊れかけや壊れたもんだからな。特に、ゴールになるこの付近はいろいろ入用みたいだしな」

 

 「はあー。ゴミ投げているようにしか思えないですけどねぇ」

 

 「これでも金になるんだ。ほれ、下で人足の連中が回収しているだろ」

 

 理由を聞かされても、納得した気分になりつつ若い船員は少し違和感を覚えた。やはり、ゴミを投げているようにしか思えない。もう使えない樽や木箱に不用品を詰め込んたまま降ろしているのだから。

 

 まあでも、自分達が始末するんじゃないんだから良いかと思い直す。なによりこれからイルドガルに入ったら荷の降ろしと積み込みだ。出発は明日になるが、まだ体力勝負となる作業が残っている為ひたすら億劫だった。

 

 下で作業していたのは、メルキオル商会が雇った冒険者組合から派遣されている日雇い労働者達だ。ひとまずこのガラクタの山を道外れの商会保有の小屋に運び込み保管をする。会場の設営は明日の朝からだ、ギリギリまで道に障害物を並べて占拠する訳にはいかない。

 

 「うわクセェ!磯クセェってか生臭ぇな、なんだこの樽!?」

 

 「塩漬けでも入っていたんだろう。文句を言う暇があるなら運べ」

 

 「ていうか、なによこれ。木片やらガラクタやらゴミまで入っているのもあるじゃない。まるでゴミ箱ね」

 

 「明日のレースで大きな篝火作ってそこに放り込むんだとよ。一応、大事な燃料だ、中身は出すんじゃないぞ。商会の連中が後で仕分けるんだと……おい!お前は無理するなちっこいの!小さな箱から運べ!」

 

 おせっかいな男に声をかけられ、軽く頭を下げておく。ランザと共に冒険者ギルドが運営する安宿に泊まる為に所属していたのだが、今回はそれを利用させてメルキオル商会の仕事に潜り込んだ。

 

 商会所属の物置小屋。イルドガル外にある小屋であるが、中身をのぞき込むと木箱や木箱の他明日会場設営で使う道具類が並べられていた。一応初老っぽいおじいさんが管理をしているようであるが、商会関連施設なのに手薄なのは盗まれて困るような物がない証拠だろう。

 

 クーラは考える。数年前、イルドガルに調査をしにきた時はパルークーレース等なかった。だが突然、メルキオル商会の働きかけでレースの企画と、息のかかった運営組織を作り出し共興として強く後押しをしている。

 

 数年前に掴んだある噂が、段取りを組みそれを実行できるような仕掛けを作ったとして、それをパルークーレースを利用して実行に移しているとなれば…。

 

 なんにせよ、確かめなければならない。

 

 本日の作業終了と共にそっと日雇い冒険者達から離れて、物置小屋の屋根裏に忍び込む。老いた老人が申し訳程度に見回りをしてからそこから出て行き、小屋に簡単な錠前がかけられた音が響いた。

 

 「流石に、一つ一つ中身を引っくり返してみるのは日が暮れる。いや、もう日は暮れているから日が昇っちゃうか」

 

 ならば、探すとしたらもう一つの方。四つん這いになり、床に耳を当て音に集中する。昔利用していたものと、掴んだ噂。そして手を貸してくれた小さな生き物達。過去の経験が、クーラに一つの憶測を抱かせていた。

 

 時間があればもっと調査と情報を精査しておくところだが、今回は強行軍だ。考えが外れていたら外れていたで、ランザには素直に謝るしかない。

 

 だがしかし、レントの元で開花していた密偵として才能は、加護を剥奪されたところで腐るものではなかった。床の一部に違和感があり、それを調べたところで予想通りのことににんまりと笑みを浮かべる。

 

 考えが間違っていなくて良かった。そしてこれは、そのままランザ達との別動隊としての行動に大いに利用できる。しかし、流石は大河の傍に作られた大都市イルドガルだ。先人の努力には頭が下がる。

 

 「見張りがいないのも、変に注目されるのを避ける為か。大胆だねぇメルキオル商会。さて、それじゃあ一度戻って、一応ギルドから日当を受け取らないと後々面倒に…」

 

 何者かの気配を感じ、クーラが跳ね上がる。先程までいた場所に何者かの腕が振るわれ、頬に風を感じた。

 

 速い、そして気配を消すのに手馴れている。行動じたいに不思議と殺意を感じなかったが、それでもメルキオル商会関連施設に不法侵入していたことをバレる訳にはいかない。少なくとも、掴まることは避けなければならない。

 

 木箱、丸太を蹴りあがり屋根裏に逃れ、一部が破損していた壁から滑り込むように外に逃れる。何者かはそれを見て口笛を鳴らし、こちらを追跡してくる音が響いた。

 

 障害のある林の中に入り、木々の幹を飛ぶように移動をする。追跡者は、その後を一定距離を保つ為にまるで影のように迫ってきた。

 

 速さを誇るつもりもないが、大抵の相手よりは俊敏さはあると自負している。だがしかし、追跡者と距離を離せている気がしない。日が落ち周囲が暗闇に包まれ、夜眼が効くこちらにアドバンテージがある筈なのにだ。

 

 いや、これはダメだ。このままじゃ追いつかれる。ならば少しだけ眠っていてもらう。殺すかどうかは、身分を確認してからにしよう。警戒が強くなりそうだから、あまり殺人はしたくないのだが。なにより、ランザが嫌がるし。

 

 逃走途中から急に反転、手の内で直刀を引き抜き、右手から左手に受け渡す。刃がついていない反りの方向で、陰の首筋に狙いをつけてみね打ちを繰り出す。

 

 影が勢いを殺さずにスライディングをしながら一撃を回避。暗闇の中数度の風切り音が響くが、揺らめくように動くその身体に直刀が当たらない。

 

 顔はマスクで隠しているが、性別は男性。肌の色からして帝国の人間ではない、東方二十八国か華国、またはその向こうにあるという葦の国の人間か?

 

 男が再度、その腕でこちらを掴みにかかる。それを防ぐ為に、ルーガルーの刃を引き抜き迎撃。互いに距離が離れたところで、こちらから仕掛けようと直進。カウンターを警戒していたが、男は何故か両手を広げ始めた。

 

 パン、という音が暗闇に響く。

 

 顔の目の前で思いきり手が叩かれ、その音と視覚的な衝撃で身体が前進を僅かに躊躇した。男がニヤリと笑い、すれ違いざまに肩に軽く手を置かれる。

 

 すぐさま刃を振るうが、男はすぐに離れた。その目は、勝ち誇ったように輝いている。

 

 「ははは!鬼ごっこは終わりだな!おっとそんな怖い顔をするな、別にとって食おうだなんて思っちゃいないのでな!」

 

 男はマスクを外す。ランザと同じくらいの年代であろう、豪快そうな顔が現れた。

 

 「だがメルキオル商会にちょっかい出すのはやめておけ。損するだけだぞ?色々とな。それより少し良い儲け話しがあってだな、お前さん良ければ俺と…」

 

 その場からすぐに離れる。今度は、追いかけてくる気配は感じなかった。こちらも殺す気がなかったとはいえ大した柔軟性と脚力。只者の雰囲気ではない。

 

 追いかけてこないならそれでいい、もう一つの調べ事を今は片づける方が先だ。今の謎の人物を、ランザに報告をする必要がある。

 

 ただ、後ろを振り向かずに駆ける。男が追いかけてこないことは、正直ありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふうむ。行ってしまったか」

 

 クーラが立ち去った後、男は顎を撫でながら残念そうにつぶやいた。

 

 「やれやれ、メルキオル商会が用意した連れ合いはどうにも小粒。どうせなら、吾輩がこれぞと認めた仲間がほしかったのだが。まあ、振られたものは致し方ないか。フフッ、しかしあの小娘が調べていた内容は多少なりとも興味があるな」

 

 腕を組み合わせながら男が笑う。その興味は、男の本業に関係していた。

 

 「だがまずは、レースか。本国の警邏や侍衆に御庭番共。連合王国やこの国の隠密に治安組織、掲げる大盾とやらでも我を捕らえられる者はいなかった。だが銀星とやら、お前はどうだろうな?」

 

 男は大周りをしながら、イルドガルまで駆けていく。そのルートは、クーラが通った道よりも難所の多い遠回りであったが、都市に到着したのはクーラよりも先であった。そのことを、彼女は知らない。

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