家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 猛獣との戦いや剣闘士同士の試合を魅せる闘技場。各牧場が速さを鍛え、代表の馬を競わせる競馬場。

 

 イルドガルの名物といったらこの目玉二つであるが、今日にいたってはその二つの施設には客足は少ない。理由としては、闘技場では近々大きな大闘技トーナメントというイベントがある為目玉の選手はいずれも出場せず、競馬場の方はメンテナンスの為休業しており近場にある馬との触れ合いコーナーしか営業をしていない。

 

 それを狙い撃ちにした、パルークーレースのイベントはイルガルドの内外問わず多くの観客が集まっていた。メルキオル商会が宣伝に多くの力を割いているようであり、他二つの共興と同じような盛り上がりをみせている。

 

 「ほおー、有象無象共が集まりまくってんじゃねえか。盛り上がり方としちゃ悪くねえな」

 

 「意外だな、人混みはそんなに好きじゃないと思っていた」

 

 「あ?むしろ好きな方だぜ。人間多く集まれば馬鹿やトラブルの一つや二つおこる。喧嘩の一つでも始まれば盛り上げても良いんだがよ」

 

 開会式の場となるのは、大河通りの東。ここから少し歩けば旧市街となり、参加チームのスタート位置が近い。

 

 パルークーレースでは、序盤の潰しあいを避ける為にスタート地点が旧市街中のあちらこちらからに用意されている。場所によっては、ゴールまで多少近かったり離れていたり、道幅が狭かったり広かったりだ。場所の選択はくじ引きで行われるが、ランダム的な要素を加えることでこれは純粋な競技ではなく見世物だということを強調しているようだった。

 

 一から十まで娯楽で固めた、可能な限り血を見ない仕組みの見世物。これの裏で行われている企みが無ければ、そしてイドと出会わなければ純粋にクーラと観光客として楽しんでいたかもしれない。

 

 昨晩、クーラが話してくれたことを思い出す。会話の中ででてきた厄介な対戦相手の情報も頭によぎった。そして、あの夜話したこの先の話についても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「密輸?」

 

 「そ、密輸。イルガルド商会、金の生る木の育て方、その正体の一つだね」

 

 宿に戻ってきたクーラの話。彼女が目途をつけていたメルキオル商会の弱点とは密輸だった。強力な商館だ、どこも大なり小なり悪事には加担しているからこその力だとは思うが。

 

 時間は遅く、イドは明日に備えて自身の住処に戻りジークリンデはイルガルドの街中に出て行った。財布の中から銀貨を手掴みで大量に抜いていったので、まあ面倒なことにはならないだろう。竜狩り隊と出くわしていたらその時はその時ではあるが。どのみち、彼女は止められない。

 

 まあ、流石に竜狩りも街中で騒ぎをおこすとは思わないが。そう思えば少しは気が楽だろうか。

 

 しかし、どこかクーラが苛々しているように見える。堪えているようであるが、尻尾がビタンビタンと寝台に叩きつけ、眉間に皺を寄せている。そういえば、戻ってきた時まっ先に井戸水で肩をこすっていた。汚いものにでも触れてしまったか、なにかあったのだろうか。

 

 「イルガルドには南方大陸から様々な資源が運ばれてくるでしょ?砂糖等の嗜好品や鉱山資源が主でさ、帝国の巨大な体躯を支える強力な栄養源になっているんだよね。まあ、それで割を食った国や人もいただろうけどさ」

 

 「グロルダール公国のダイヤモンド問題か。冒険者ギルドで噂を聞いたことがあるな」

 

 国民が働らかなくても生存でき、贅沢ができるという恐ろしく狂った国。雑用や諸々の些事における対応の人手として公国の冒険者ギルドは常に人員を呼び寄せていたが、それがパッタリと途絶えた。リヴァイアサンの討伐と開かれた南方航路。そして安価の鉱山資源により、公国の外貨獲得手段は崩壊した。

 

 反乱や革命騒ぎがおこり、国家が崩壊したというのも当時は大きな噂になっていたものだ。地上の楽園と呼ばれてさえいたのに、かくもさらりと消えてしまうものなのかと。

 

 「まあ、ダイヤモンドも高級品だけどさ。今はそれよりも注目されている高級資源があるの。ダイヤモンドは元々グロルダール公国が輸出していたけど、まだこの大陸では大規模な鉱脈があまり多く見つかっていない特大高級資源」

 

 「……金鉱脈と銀鉱脈か」

 

 「正解、流石だね」

 

 金と銀の価値というものは国の根幹に関わるものである。例えばの話であるが、帝国の金貨一枚の価値はそこらの中小国の金貨二か三枚と言われている強力な貨幣だ。

 

 商売において、帝国の貨幣は強く信用が高い為どこの国でもその国の金銭の代用品として使用できるほどである。逆に、帝国においてはその辺の国で鋳造された貨幣は使えない。金貨に銀を混入させた混ざりものや、そもそも国力の関係でマイナーな貨幣すぎて汎用性が低いということもある。

 

 それだけの価値を産む金貨や銀貨、当然帝国じたいはその運用と鋳造には細心の注意を払っており、流通において金や銀の管理はその他の品物に比べ厳重に行われている。そして、それだけの価値を産む金銀は重い課税の対象となる。

 

 取引の税、通行の税、所持の税。税金に税金に税金だ。それでも金銀は高い価値があるが、例えばその税を払わず裏側で仕入れて捌けたらどれだけの利益を産み出すか。

 

 「自分にはレントから、使役の加護を与えられていたことはランザも知っているよね。そしてイルガルドでなにをしていたかと言えば、エンパス教を広く伝える下準備として政治屋や有力者達の買収や懐柔、脅しの下準備として情報収集をしていたんだ。その時に小動物を使い、仕入れた情報の一つが金や銀の密輸の噂なんだよ。当時は、まだ計画段階レベルだったけどさ」

 

 まだエンパス教がイルガルドには広がっていないとはいえ、布教の下準備はできているという訳か。自治州のように、なにかに乗じて一気に広げる気かもしれない。まあ、それは今はおいておく。気になるのは密輸の話だ。

 

 「その情報を明かしたということは、目途がついたんだな」

 

 「完璧な裏どりとまでは流石にいかなかったけど、それに繋がる道筋は見えた。あとは自分が、明日それを抑えて不正の証拠を揃えておく。仮に金や銀でなくても、なにかをしている証拠はみつけたしね」

 

 「成程、了解した。金や銀が治安組織や政府に隠しながら密輸しているとなると、帝国経済にも影響が大きいし税収も目減りする。帝国としては、多少の賄賂があってもそれを無視してなんとしても取り締まらなければならない対象ということか。しかし…」

 

 「ん?どしたの?」

 

 レント=キリュウインが施すという加護の力。クーラはさらっと流しているが、小動物を使った情報収集と言っていた。それはつまり、動物と会話ができるかあるいは、動物が見た光景や聞いた音声を頭に入れることができるということだ。

 

 モスコーで見た曲がる弾丸もそうだが、やはり技術というには常識から逸脱している。改めてレントとは、そしてエンパス教とはなんなのか。

 

 「いや、改めてレントが扱う加護とはなんなのだろうと思ってな。超常現象にも度が過ぎる」

 

 「……分からないな。自分がもっとエンパス教に傾倒していれば、なにか分かったのかもしれないけどさ」

 

 「まあ、今は深く考えても仕方ないだろう。それよりもまずは明日のことか」

 

 明日のこと、と言った瞬間クーラが少し顔を反らした。もじもじして、肩を指先で爪をたてて掻いている。

 

 「それだけどさ、ランザ。あの…実はしくじったかもしれない」

 

 「どういうことだ?」

 

 クーラから聞いた話は、証拠を掴む一環としてメルキオル商会の物置を調査してた際、不信な人物と遭遇したこと。気配こそ人間のそれであったが、半獣以上に素早く、殺意や敵意こそなかったが不覚をとってしまったこと。そして、儲け話を持ち掛けれたこと。

 

 「顔はフードを目深に被っていたから多分割れていないけど、もしメルキオル商会の人間だったら警戒が強くなるかもしれない。不覚だった、まさかあんなに気配を消せてなおかつ素早い人間がいたなんて」

 

 「気配を消せて素早くか…メルキオル商会の倉庫にいたということは関係者の可能性もある。当日、何らかの警戒がしかれていてもおかしくはないな」

 

 「ごめんなさい。楽な仕事だと、油断しちゃったのも事実だし」

 

 クーラの脚力と身のこなしは共に旅をしている俺がよく知っている。上には上がいるのは当然かもしれないが、そうそうそんな人間が多いとは思えない。

 

 「どんな奴だった?」

 

 「大柄な男だった。年齢は多分三十代後半から四十代前半で、喋り方が訛っていたから帝国や連合王国の人間じゃないのは確か。東方系みたいだし、東方二十八ヵ国か華国辺りから来たのかも」

 

 「このタイミングで、身のこなしと脚力に優れた外国人か。大方、イドの代わりにメルキオル商会が用意したレースにおける傭兵なのかもな。単純に、パルークーレースに参加か見学に来た観光客の可能性もあるが儲け話というのが気になるな。レースに優勝したら、賞金のほか商会から成功報酬が手に入るかももしれない。それを指しての儲け話という可能性もある」

 

 ジークリンデが油断するなと釘を刺し、メルキオル商会が協力な対抗馬を用意してくることは予想がついていたが、これは想像以上の強敵かもしれない。例え商会とは関係のない一般参加だとしても、イドは優勝できなければ自由への道が合法的に閉ざされてしまう。

 

 そうなれば、不正を見つけたとしても効果は半減。商会が混乱している隙に逃げ出せるかもしれないが、逃亡奴隷としてお尋ね者になればこの先ますます生き辛いだろう。或いは、不正の証拠を取引としてもちかけイド達を解放させることができるかもしれない。だがしかし、交渉と取引には百戦錬磨の商人連中、出来ることならばそんな不利な戦いにはおもむきたくはない。

 

 「ごめん、ランザ。足引っぱったかもしれない」

 

 「いや、お前の役目は俺もジークリンデも肩代わりできるものじゃない。そんなしょんぼりとした顔をするな……まあ、こういうのもなんだが勝負に負けても俺達に被害がある訳でもないしな。やるなら勝ちたいしイドは助けたいが、無理をするのも違うからな。なにより、お前はよく頑張っているよ」

 

 クーラの尻尾がピンと伸びる。照れくさそうに笑った後、寝台から降りて隣の寝台に座るこちらに近づいてきた。

 

 「なら、褒めてくれる?」

 

 こちらの膝に両手をおいて支えにし、こちらの顔をジッと見つめて来る。上目遣いをしながら耳を伏せて、頭を撫でてもらいそうにグイグイと寄せて来る。

 

 少し考えた後、頭を撫でまわしてやることにした。申し訳ないが意識して、なるべくクシャクシャと少し嫌がられるような感じに雑に撫でる。男の子にやるような対応をしながら、よくやったなと声をかけたがそれに嫌がることもなくむしろこちらにダイブをし腹部に辺りに頬を押し付けてきた。

 

 クーラを引きはがしながら考える。さて、どうしたものか。

 

 クーラのこちらに対する距離感は、どうにもおかしなことになっている。前々からボディタッチや同衾を求めることも多かったが、この前の山越えで病に侵された時看病をしてからさらに遠慮なく身体を寄せ付けてくるようになってきていた。

 

 前提としてではあるが、贔屓目なしに見てもこの娘はどうやら俺にその気がある。こういうのを自分で考えると痛いというか、無図痒いものがあるが恐らくは大きくは間違ってはいない。だがやはり倫理的にも年齢的にも、申し訳ない話ではあるがその気持ちに応じる訳にはいかない。

 

 あくまでこの娘と旅をする理由は、テンがなにかしら仕組んだこの娘に対する枷か呪いか、或いは他のなにかか、それをなんとかする為に共に行動をしているだけだ。その立場は対等を心がけているし、心の底から人妖のような化物にされたり利用されることがないようにしてやりたい。

 

 なによりクーラはまだ子供だし、血生臭い世界に身をおいている都合上仕方なくはあるが同年代の他の異性と交遊関係を持つことがない。この時期の惚れた腫れたは一過性な病のようなもの、妻子がいた年配者にそんな淡い思いを寄せても、それを受け入れてやるなんて言語道断だ。

 

 自意識過剰かもしれないが、求められるのは大人の対応だろう。しかしまあ恋愛は追われるよりも追いかける立場だったがまさかこのようなことになるなんてな。

 

 「なんで引きはがすのさ。ご褒美の延長なのに」

 

 膨れ面を見せるのが年相応の表情を見せる。もしかしたら、ここまでスキンシップを多くとろうとしてくるのは、幼少期からの過酷な半生が影響しているのかもしれない。他の子供が友達と遊んだり親に甘えたりしている時代に、その手の経験を得ることができなかった。

 

 さらにはレントの元にいた時代、社会の汚い裏側や手を汚すようなことをやってきたようである。周囲に気を許せる仲間も、いなかったかもしれない。

 

 テンとの関係が破綻し、子育ての経験も皆無となった。そんな俺に、この子にどのように接するのが正解なのか。親が子に対するように?それとも、あくまで旅の仲間としてつかず離れず?

 

 「延長線を許した覚えはないぞ」

 

 「ケチくさ!まったくもう、ランザは女心が分からないんだねぇ」

 

 腰に手をあてながら、胸を張りどこか姉を気取るような態度で呆れたように苦言を申す。それでも隣に座り、あの廃村でそうしたように肩に頭を預けてきた。

 

 「ねえ、ランザ。聞いたことなかったけどさ、もしテンとの関係に何らかの形でケジメをつけた後、ランザはその先どうするの?考えたことはある?」

 

 「先…か」

 

 考えたことは、なかった。テンと実力は離れ、まともに戦っても弄ばれているくらいの実力差だ。差し違える覚悟をもったとしてもまだ足りない、ジークリンデの力を借りてなおその地力の差だ。

 

 目の前のことに精一杯すぎて、クーラの質問を考えたことがなかった。だがここで、なにも考えていないなど言うべきではないだろう。例え嘘だとしても、即興だとしても言う必要がある。

 

 「前提として俺は、ジークリンデを連れ歩いているからな。どうあっても竜狩りには目をつけられるだろうし、帝国にはいられないだろう。連合王国の端っこに、俺が暮らしていた小さな村があるんだ。当時の家はもう人に渡っているかもしれないが、その近くにでも住んで妻と娘の墓でも守り生きていくさ」

 

 今更、家具職人として復帰できるとは思わない。恩師である親方の制止を振り切り修羅の道に足を踏み入れた不義理を働いた時点で、技量が衰えた等の理由以前にこの道に戻ることはできない。

 

 「小屋でも作って、畑でも耕して、自給自足しながら偶に村の人達と野菜と交換で魚でももらって。はは、退屈なもんだろ。ジークリンデは文句を言うかもしれないけどな」

 

 もう、恋愛をする気はおきない。そして、家族をもてる気もしない。クーラと接していて分かったが、俺には自分でも分からないなにかが足りていないのかもしれない。家族と、子供と向き合ううえでなにかが欠落しているような気がする。

 

 それは、幼少時代のせいか。親の温もりは、首を締めにきた母親の手の暖かさだけだ。そして、その血は俺にも流れている。テンと、アリアとミーナと、そしてクーラ。特にクーラ、この子の首を無意識にとはいえ両手を重ね首を絞めてしまったことは忘れられない。

 

 人でなしに、家族を築く資格はないだろう。それに気づくのが遅かった。もしかしたら、テンだって俺の犠牲者と言えるのかもしれないのだ。

 

 「なら自分は、狩りでもしようかな。畑作と魚だけの生活だと、毎日の食事の彩が足りないんじゃない?」

 

 「クーラ」

 

 「ん?」

 

 「ついてくる前提なのか?」

 

 彼女は小さく首を傾げていた。なにを言っているんだこいつ、とでも言いたげな表情を向けている。この子にはもっと広い世界を知ってほしいのだが。そしてその中で、居場所をみいだしてほしい。こんな隠者のような生活に付き合わせて良い訳がない、ましてや俺の傍になどおいていいものか。

 

 「当たり前だよね。仲間なんだし、今更離れるなんて水臭くない?沢山教えてほしいことがあるし、沢山教えてあげたいこともある。連合王国のランザが暮らしていた場所にも興味があるし…一度はアリアさんとミーナちゃんの墓にも祈りを捧げておきたいしさ」

 

 「それは…」

 

 「離れるなんて言わないでよね」

 

 猫が額を押し付けてくるように、クーラもその額を腕にあて力を込めて顔をうずめてくる。その肩は少し震えており、思わず腕を回して安心させてやりたいと考えてしまった。そんな軽率な行動等、許されないのに。

 

 だがしかし、ここで突き放すこともできない。クーラがなにを考えて立ち位置を決めたのかは定かではないが、肉親にすがるように懐いてくる今のクーラを突き放すことはこの子の心が壊れてしまうような気がする。

 

 「自分には、ここしかない。それはテンの呪いなんて関係ないし、ランザの……仲間として寄り添いたいんだ」

 

 「ここしかないなんて言うな。まだ見ない土地も、まだ知りあえていない人も、お前には可能性が沢山あるんだ。なら、それを見つけるまで俺も付き合ってやる。だから、人生の選択肢をそのまま狭めるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、当たりをつけておいた待機場所で気配を探りながら、同時に昨夜のことを思い出す。人生の選択肢を狭めるな。ランザは、そう言った。

 

 確信に近いものを感じるが、ランザはやはりこちらからの好意を分かっていて、それを可能な限り配慮しながら最終的には遠ざけようとしているようだ。

 

 ランザの語りぶりから、その自給自足の生活を送る風景に自分がいないのは明らかだった。それは、狩りをするというこちらの申し出に困ったような一言を漏らしたことでよく分かる。

 

 疎まれつつも、その生活風景にナチュラルに組み込まれているジークリンデが妬ましい。自分はこんなに尽くして、慕っているのになんでランザはこちらを選んでくれないのか。

 

 テンという大きな障害が消えた後、その心の隙間に入り込んで、可能ならば共依存に近い関係に持ち込みたい。そんな風に企んでいたが、今のランザを見ているとそれも難しいと思える。その根底には、気づいているのかいないのか建前以上に他者を寄せ付けたくないと考えているのか。

 

 それでも、目的を果たした後すぐにさよならをしないという言葉を譲歩として引き出したことに喜ぶべきだろうか。いや、それは別れを先延ばしにしているだけにすぎない。

 

 ランザにとって家族とは、それだけ重たい枷なのか。自分には家族がいたことがないから、分からない。血の繋がりとは、仲間意識よりも尊く強いものなのか。

 

 考えることは、堂々と巡りその度に黒いモヤのようなものが心の奥底から湧き上がってくる。いけないな、今日は大切な役目があるのにイマイチ集中しきれていない。

 

 でも、自分はイドのことなんてどうでも良い。ランザが助けたいと言ったから、助けてやるだけだ。それだけで、この無駄と思える一連の作戦と作業にも価値がある。

 

 ……もしかしたら、この考えがいけないのかもしれない。ランザに尽くしたいと考え、対等に見せかけて彼の考えばかりを尊重することが。もっと、それこそ猫らしく我儘になるべきであろうか。

 

 我儘に、傲慢に、手を焼かせ、そして分からせられる。想像するだけで、口の端から唾液が垂れる程興奮を感じた。いっそランザがケダモノであったら、こんな風に悩まなくてすむのにな。この復讐の旅、その最中でストレス解消にでも使い潰してくれたならば…いや、そんなことをしないからこそ慕っている面もあるのだが。

 

 自分のことながら、複雑なものだ。この感情は。

 

 前方から人の気配と足音、松明の灯りが見えた。読みが当たっていたことを確信し、行動に移す。

 

 ランザの為に、今回はメルキオル商会に特大のババを引いてもらおうか。

 

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