家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「はぁ…」

 

 月のような白銀の髪の毛。東方系の顔立ちに異国の衣装。そしてあまりにも…そう、人外じみた魅了を帯びた表情は憂いを帯びたため息をついた。人気の甘味専門店シュランツ、テーブル席に腰をかけた美女に通りすがりの男達は思わず声をかけそうになり、カップル客の男性の気を引きそれがきっかけとなり本日二組の恋仲が破局しかけていた。

 

 だが声をかけられるような雰囲気ではなかった。視線が注がれる先には、パンケーキ五枚重ねで季節の果物と生クリームとバターがマシマシの盛り盛り、好みでかけるシロップは用意された器を全てひっくり返し、もはやぶちまけているような見ているだけで胸やけがしそうなものが置かれている。

 

 他にもリンゴとシナモンのタルト。溶けたチョコレートに果物をつけて食べるフォンデ。まるで紐で結ばれたような砂糖をたっぷり練り込まれた柔らかめのプレッツェル。用意された紅茶にも融解限度まで砂糖が投入されている。

 

 帝都は他国よりも甘味が手に入りやすいとはいえ、これだけもの数が並べば大層な金額になる。しかも平気な顔してそれに食らい付いた男はお世辞にも綺麗な風貌とは言えないものであった。

 

 「そんな湿気たツラしやがるな。しょうがねえじゃねえか、野郎一人じゃ入り辛い店なんだから」

 

 「ですが師よ、何事にも限度というものがあるのでは?」

 

 「大丈夫大丈夫。こう見えて代金の支払いは俺もちだ」

 

 大口を開けて、大きく切りとったパンケーキを口の中に放り込む。そういうことではない、と言おうとしたのだがそんなことは分かりきった上で空とぼけた反応を飛ばしているのは分かる。なんだか馬鹿らしくなってきたというものだ。

 

 「なんか頼んでも良いぞ」

 

 「遠慮しておきます。見ているだけで胃が膨れる思いですので」

 

 「へえ、そうかい。こちとら、お前さんがそう考えているとは思えないがねぇ」

 

 ニヤニヤと、まったく我が師ながら嫌な男だ。このイルドガルにて私の仕込みは特に無ければ、目的達成に向けた帝都での仕込みも既に完了している。あとは、ウェンディ=アルザスとその部下達、そして竜狩り隊の二軍集団が現地で仕事をするだけだ。

 

 要するに、今は余暇と言える時間であった。さっさと帝都に向かってくれれば良いのだが、観光に時間を費やすどころか余計なことにまでお父様は首を突っ込んでいる。軌道修正を入れようにも、直接介入してしまえばお父様の帝都に向かう方針を変えかねない。間接的になにかをしてもその可能性が高い。

 

 まあ解決は待つだけで良い時間の問題であるし、大した問題ではない。待つのも楽しみの一つだと、自分自身に言い聞かせてはいるのだが漏れ出るのはため息ばかりであった。

 

 「頼んだのはこちらとはいえ、そんなに付き合いが嫌なら一も二もなくパルークーレースの応援に行けば良いじゃねえか。お前さんのキャラでないのは確かだが、偶にはそういうのも良いんじゃねえか?」

 

 「……あの雌蜥蜴と楽し気に連携しているのが不愉快なので」

 

 「何時ものことじゃねえか、なにを今更。たく、面倒くせぇなこいつ」

 

 何時ものこととは言っても、それは死闘に次ぐ死闘故に致し方なく力を借りている消極的協力関係である。だが今回は違う、お遊びの延長だ。悪竜ジークリンデがこの手の児戯に力を貸している事実は以外にすぎた。

 

 そして、自分にはその姿を自分自身に重ねてトレースすることができない。例えば、あの雌猫。共に旅をするのも、こんな洒落た店で甘味を楽しむのも、旅の他愛のない会話も、なんなら絞殺手前までいく危険な営みですらあの猫のポジションを自分に変えて妄想にふけることはできる。

 

 だがしかし、見知らぬ半獣と組んで棒を振り回し球を投げながら、街中を走り回る光景等どうあってもトレースができなかった。自分なら百パーセントしないであろう行いであり、自己という人格像の崩壊も著しい。

 

 「まさか、後悔している訳じゃあるめえよ」

 

 店内が刹那、蒼白い光に包まれる。客も従業員も、一瞬の出来事に何事かと不思議そうに周囲を見回すが特に異常がみられない店内に首を傾げていた。

 

 反射的に放った蒼白い狐火と、小汚いコートの裾から現れた鉄鎖がパンケーキの上で衝突し、相殺された余波ではあるが誰一人それを目撃するものはいなかった。ただ肩をすくめる師と、不愉快な顔をした私の顔が並んでいるだけであろう。

 

 「それこそまさかですよ」

 

 この程度のアクシデント、今更なにを思い煩うこともあるまい。待ちに待った大願成就、一度味わった絶望を更に味合わせ、完膚なきまでに破壊され生まれ変わったお父様と私自身の殺し愛。他者の介入することもない、互いが互いに求め合う完璧な関係性。

 

 勝とうが負けようが、それ自体に問題はない。戦いの決着がついた時、私とお父様は一つの存在として永遠に完結することができる。滾る、といえば良いだろうが。このことを考えるだけで私は何時もはしたなく興奮してしまう。

 

 「私の人生も、他者の人生も、全て次の一手の為の布石です。ふふ……師よ、失礼を働きました。確かに私も後日、お父様に勝とうが負けようが全てを放棄するか生まれ変わるかの存在です。今のうちに、恩師には恩返しをした方が良いでしょうか」

 

 「ふっは、やれやれおっかねえ教え子をもったもんだぜ。しかしまあ、父子の愛情とでもいえば良いのか?今更ながらお前さんのランザに対する入れ込みようは半端ないねぇ。俺は家庭をもった覚えはねえからな。そういえば聞いたことがなかったな。お前にとってランザはどれだけ慕う相手なんだ?育ての親ということは聞いたがそれにしちゃ度が過ぎていやがるがそこのとこどうなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガスパルにとって。大なり小なり大抵のことは楽しむことができると自負していた。砂糖の塊のような甘味にも、苦みがはしる珍味も、なんなら昆虫を使ったゲテモノ料理も好きである。凡庸な物語から英雄譚、悲劇に喜劇と創作史実問わず物語も好きで、人と話し合うのも嫌いではない。長いこと人の世で暮らしている間に様々な趣味を得たものだ。

 

 だがそんな彼にも、片手で数える程ではあるが後悔というものが存在した。そして今日の後悔は、今まで片手で数え切れていた後悔が一つ増えてもう片方の手に生えた指を使わざる得なくなってしまったことであった。

 

 「師よまず一つ言っておくべきことがありますが家族愛というものは血の濃さよりも絆の力が強いという点があります私の両親はクソ野郎であったのですがこの大陸に来て異国の生き倒れであった私を拾ってくれたのはお父様であり育ててくれた恩義も感じておりますですがそれ以上に人間関係というのは相性というものが存在するのはご存知だとはおもいますがそれは性格面や主義主張以外にも人体を構成するこの身体にも関係しているのです生物というのは近親相姦を避ける為に年頃の女性は一番近い肉親である男親の体臭を忌避する特性が現れますが血の繋がりがないお父様と私はそれがありませんですがそれを踏まえて一つこんなことが言えるのでないでしょうかこれは持論ではあるのですが忌避する存在の体臭が避ける要素となるのであればそれに惹かれるということは身体の相性が抜群ということにもなります現に私はお父様の仕事で汗だくとなった衣服を何度も洗濯をしたことがありましたがその香りには毎回頭を殴られるような衝撃をうけていたものですあの頃は理性を働かせるのが必死でしたがそれは紛れもない真実であり逆に向こうもそう思っていてくれたとしてもおかしくはないとはおもいませんか?さて師には釈迦に説法となってしまったかもしれませんが重要なことなのでお話をした次第ですそんな相性最高な雄と雌なのにお父様は手をださず娘として精一杯育ててくれたましたそれはもう獣欲を退けた本当の愛情といえるのではないでしょうかあの性格上育つのを待ってからこちらに手をだそうや売ろうなんて下心もなかった筈ですし得難い愛情ですですが惜しむらくはそれがいきすぎてお父様は忌々しい他者と婚姻を結びもったないことにその子種で一子つくられてしまったのですこれは相性最高の私との関係において重大な裏切り行為でありますが災い転じて福となすというか結果的お父様は殺意というとびきりの愛憎を向けてくれることになった訳で仇とその関係という唯一無二の特別な存在となれたことでその絆はより深く海底よりも深い間柄となれたことで」

 

 「お、おいおいおいおい。分かった落ち着け、どうどうどう。待て…待て待て待てって」

 

 高速言語。周囲の人間は彼女がなにを言っているのか分からないだろうがその畳みかけるような物言いに人目が滅茶苦茶に集まってきやがった。だがそれを気にする様子もなければ止めることもない。

 

 「なにを待つ必要があるのでしょうか私はもう待ちきれないところまで我慢しているというのにまったくお父様は本当に焦らすのが得意なのですからでもそれはしょうがないことであり真なる愛憎の交流には必要不可欠であるので待つというのにこれ以上に待てを重ねては壊れてしまいかねません実はまだまだあるのですよお父様の良いところは彼は元々お酒を多く嗜んでいたようですが私がきてからはそれをやめたようでありそのことを一度聞いてみたら私の為にやめたとか話し出しそれだけ考え思ってくださっていたことに感涙の域にいたっておりですが本当は呑みたいのか最後の酒瓶はなかなか廃棄できなかったりしてそれがなかなか優柔不断ながらどこか可愛げがあったのですよそんなところもまた愛おしいというかですが失態だったのか事件の後酒を解禁しやけになってしまった結果あのリスムの娼館でエレミヤと獣のような交わりをかわしたりあれならば本当は私が共に生活している時に酒をしこたま飲ませて前後不覚にさせてしまえば後悔したものです今はあれが一番の後悔ですが今後はもうあんなことはおこらないでしょうああもうお父様こんな些事は早く片付けてくださいなお父様お待ちしておりますお父様お父様ああそうだいいとこといえばまだまだあるのですよこれはある日の釣りにいった時の話なのですが……」

 

 「会計お願いします」

 

 やれやれ、まだ三割程残っていたがこんな落ち着かない環境じゃ食う気もおきない。本当に、つくづく常識外れの教え子だこと。まあ、俺が仕込んだのは人妖の人工的な精製と細々した仕込みの詳細なやり方くらいだが。

 

 余談ではあるが、このあまりの光景に気圧されたのか、破局しそうなカップルの関係がまた持ち直したのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『二つ目のチェックポイントまでの道は複雑に絡み合う旧市街迷路の走破だァ!遠回りしてライバルを避けるか最短距離を突き抜け壮絶な争いを制するかはプレイヤー次第だぞ!』

 

 『ですがここからでは入り組み過ぎたせいで選手の様子はまだ見えませんね。さて、誰が最初に抜き出てくることになるか』

 

 『銀星が一番人気でありましたが、初参加の異邦人がまさかの第一チェックポイントで銀星抜き。チームメイトは脱落したものの順位は首位を保っているようです。彼の詳細な情報は……あーとお待たせいたしました!今届きました……名前は…チョウゼツ?ギゾク?イシカワ?サマ?あーと…よく分かりません謎の参加者Aとでもしておきましょうか?』

 

 『銀星が首位を護るか、Aが歴史を変えるか。私も楽しみになってきました。さて、誰が旧市街から最初に抜け出して来るのか見ものですね』

 

 実況からの声から、高所ではこの入り組んだ、二つめのチェックポイントを目指す複数の道はよく見えていないようだ。レースの観光客も、どのルートで応援チームが通るのか分からない為ここまでは来ていないようだ。時折、使用許可を得ることができなかった立ち入り禁止区域に入るのを防ぐ為に係員が通路を塞ぐように立っている。

 

 「こちらが最短ルートです!急ぎましょう!」

 

 イドの案内で旧市街を走る。後ろから追い上げて来た連中の猛攻を回避し、二位を走る俺達であるがあの男の後ろ姿がみえない。Aと名付けられたあの東邦人がどこまで先行しているのか、幸い旧市街から東門、そしてその先のゴールまではまだ抜けていないようであるが。

 

 「気づいているか?ランザ」

 

 ジークリンデの言葉に頷く。観光客が入らず、実況からは確認できず、さらには狭く入り組んだ地形。不正を仕掛けてくるにはこれ以上ない程の好条件だ。少し空気が先程までと違うような、そんな雰囲気さえ感じる。

 

 数分程走ったところで、曲がり角を通った瞬間頭上から複数の大量の植木鉢がイド目掛けて落とされてきた。イドの背中を蹴り飛ばし、手甲で鉢植えを砕いて防ぐ。陶器の類とはいえこんなものが頭に直撃したら無事ではすまない。

 

 イドは転ばなかった。流石の体幹ではあるが抗議の声すらあげることもできない。たった今自分に迫った危機を目の当たりにすれば荒事慣れしていない人物等そんなものだ。

 

 「ま…こちらが確実に勝を狙うならそれを読んで最短距離くらいには張るわな。オレでもそうする」

 

 路地に並ぶ建物の扉が開かれて、ガラの悪そうな男達が現れる。釘を打ち込んだ棍棒にナイフの類を手に持ち、進行方向と今まで来た道を塞ぎ始める。建物の二階からスリングショットを手に持つ腕に墨を入れた女が顔をだしてきた。凶器に慣れた今可愛い玩具であるが、それでも頭部に当てられれば充分な脅威でもある。

 

 「困るねー兄さん達。俺達の縄張りで勝手にレース会場にされちゃあさ。パルークーレース?ガキの遊びにみんな迷惑しているんだ!なあみんな!」

 

 釘棍棒を持った男が周囲に同意を求めるように叫んだ。周囲から下品な野次が飛び交い、嘲笑含みの抗議が飛ぶ。

 

 「ここの街区を使うことは、運営から許可が打診されている筈です」

 

 「はぁ?だから知らねえって言ってんだが?ノータリンが。あーなんか正論言ってますって顔がむかつくから取り合えずボコるか?現実ってやつ知ってみる?呑気に駆けっこしているだけの僕ちゃんに分からせちゃいますかー?」

 

 この配置、どう考えてもイドを狙い撃ちにした布陣で当たってきているのによくもまあ言うものだ。

 

 「ていうかそっちの姉さんマジ良いねぇ。野性味っていうの?好みなんだが。よし決めた、お前だけは助けてやろうか。その代わり今晩はお楽しみにさせてもらうけどよぉ」

 

 「おう、三下のクセに目利きは上等じゃねえか。だが……」

 

 ジークリンデがツカツカと釘棍棒の男に歩み寄る。間合いに入った瞬間、瞬時にジークリンデの手が動き男の股間部に手が触れた。

 

 「この大きさでオレが満足するか、産まれなおしてから出直せ短小野郎」

 

 思わず目を反らす。イドも、建物の方向を向いた。裏路地に悲鳴が響き渡り、股間部を握り潰された男の悲鳴があがる。あれはもう、去勢手術みたいなもんだろう。再起不能だな。

 

 「テメェ!」

 

 周囲が殺気立つ。ばっちいものを触った時のように壁に手をこすりつけていたジークリンデに周囲の意識が向いた。

 

 「現実か」

 

 イドが呟くように言う。静かに、しかしその声は取り囲む者達全員に聞こえたようであった。

 

 「本当の現実っていうのは、どうしようもないものですよ。産まれで、環境で、政治で、土地で、その人の人生なんて強風に飛ばされる木の葉のように翻弄する。ねえ、皆さん。ボクはこう見えて昔は豚を育てていたんですよ。生い立ちも気にしないで雇ってくれる人がいて、妹共々よく面倒をみてくれました」

 

 「はぁ?」

 

 「グロルダール公国。その名産品は、ワインと豚肉でした。それがダイヤモンドなんていうただ光を反射する石ころなんかに踊らされて、変わって、みんな破綻して。食肉生産なんてダイヤに比べると採算がとれないなんて、まさか日々の糧が得られる仕事よりも石ころ掘りが優先されるなんて考えたこともありませんでした。そして今は、こんなところで何故か駆けっこの真似事なんてさせられている。まあ、競技じたいは嫌いではないのですがね」

 

 イドが構える。走る為の、彼なりの戦いの構えだ。その狙いは、相も変わらない。障害等も気にしない最短距離の走破を狙っている。勝ためにだ。

 

 「貴方達が今のボクに立ちはだかることが現実というのであれば、その障害なんて今までと比べると大したものではない。悪いけど、ここは抜けさせてもらいます」

 

 ジークリンデが、ニヤリと笑った。睾丸を潰されて悶える男の足首を掴み武器のように振り回し集団に放り投げる。包囲が崩れかけたところで俺が走り込み、飛び膝蹴りで一人を吹き飛ばした。顎に当たったからしばらくはスープしか飲めない生活になるだろうが知ったことか。

 

 近くにいた二人組がこちらを挟むように攻撃してきたが、姿勢を低くして一人を足払いで転倒させる。横振りのナイフを回避して、腕を掴んで足払いで倒れた男の上に叩きつけた。潰れたカエルのような声をだして二人がうめき声をあげる。

 

 「ガードは道を切り開くのが役目だ!今のうちに行け!」

 

 「駆けっこから喧嘩、ガキのお遊びからクソガキのままごとだが走り合いにも飽きてきたところだ。おい、お遊びはお前に任すぜクソ雄二号。だがオレが戻った時に優勝してなければ今度はぶち殺す」

 

 走り出すイドが通り過ぎざま、手をだしてやる。パチンと音が二つ響き、タッチをしたイドが駆けていった。……二つ?

 

 ジークリンデも手をだしていた。そしてその手をひらひらと軽く振る。

 

 「股間の感覚、気持ち悪いから拭ってやったぜ」

 

 「子供かお前は。まあ良い……念を込めて言っておくが、殺すなよ」

 

 「へいへい。まあ、ちょうどこんなのも良いと思ってたんだよなぁ」

 

 一応他の通路にも罠を張っていたのか、別方向や側路からもぞろぞろとチンピラが集まり包囲される。手には凶器を握りしめていた。まあ、大方イドを捕獲して棄権させるか最悪でも遅延させればメルキオル商会から謝礼が出るとでも伝えられたのだろう。

 

 「イドのチームメイトだけでも、捕まえれば金が手に入るんだ!たかが二人、やっちまえ!」

 

 狭い路地ではおのずと背中合わせになる。流石にジークリンデが負けるとは思えない、興にのりすぎてやりすぎない限りは心配はないがこいつと背中合わせになるのも奇妙な気分だった。

 

 「たかが二人なぁ。よう相棒、オレ達が組んでるのにその計算は頭が沸いているってのを教えてやらないとな」

 

 「頼むからやりすぎだけは勘弁してくれよ。一応、竜狩りの見張りが近くにいる前提で動いてくれ。なにかあったら、大会どころじゃないからな」

 

 「ごちゃごちゃとうるせえな!舐めやがって!やっちまえ!」

 

 木剣を振りかざし襲い掛かる先頭にいた男の手首を掴み、へし折る。奪った木剣で後続の連中の攻撃を防ぎながら蹴りと肘で沈めていく。背後のジークリンデも、力づくでねじ伏せているのか打撃音と悲鳴が聞こえていた。誰かが死んでいる気配はない、よし。

 

 だが、こいつらを片付けている間にイドに追いつくことはもう不可能だろう。あとは、あいつの実力次第だ。ここからは、陰ながら応援しておくとしよう。アイツが無事に勝の残ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つめのチェックポイントに到着する。ここは見通しの悪い路地裏を抜けたポイントの為見物客も多く、不正のしようがない。係りの者がボクを見て目を丸くしていた為、運営の全体か一部かともかく審判もある程度買収されているのだろう。

 

 裏路地の住民達に妨害されて時間がかかった分。後続のチームにも追いつかれていた。棍棒を避け、球を避け、障害物を無視して最短距離を駆ける。前半をランザさんとジークリンデさんの力に頼り足をなるべく温存していた為レース後半なのにいつも以上に動くことができる。

 

 ここからは観客も多く、正攻法で戦うことができる。だがしかし、懸念があるのはやはりあの男。実況の言葉を借りるとAについてだ。あの僅かな短距離での戦いでは敗北した。もしかしたら素の実力では劣っているかもしれない。

 

 だが関係ない。ここまで来たら、勝つだけなのだ。それ以上の気負いはいらない。

 

 『ああっと!見えた!捕らえた!先頭を走るAを銀星が視界にとらえる位置まで追いついたぞ!ここから先は東門の先、ゴールまでのラストヒートだぁ!だが一人、味方は脱落してしまったか!?ここで一騎討ちとなった!』

 

 「来たか。雑魚を蹴散らして」

 

 Aは軽く流しながら走っているのだろう。こちらに追いつかせようとしている。スタート地点は、東門か。相当に走りに自信があるらしい。だが……

 

 「勝ァああああああああああああああつ!」

 

 黄色い声援がやむ。銀星のファン達が、驚愕するような顔を浮かべていた。常に勝ち続け、クールな振る舞いを強制されていた。メルキオル商会が作る、銀星というキャラ作りの為だ。

 

 だが今のボクはただのイドだ。ボクの為に、この戦いを制させてもらう。

 

 最後の直進で、勝負だ。

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