家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「それがどうしたの!」

 

 ざわつく観客席から、よく通る大声が響いた。俺を含め会場の視点がただ一人に向いていく。

 

 席を立ちあがり拳を振りぬくのは、イドが着ていたフードに似せて作られた既製品ではなくハンドメイドであり、どこかで見たことがある顔立ちの女性が叫んでいた。

 

 「銀星が…イドが今まで魅せてくれた走りを否定できる人がいるの!?ファンサービスもダイナミックな走法も、孤独に戦い続けてきたレースも半獣だからって無かったことにする!?できる奴がいるなら出てこい、張り倒すよ!」

 

 会場がシン…と静まったタイミングで、思い出すことができた。あれは、競馬場近くの施設で観光客向けに乗馬体験のサービスを提供していた係りの者だ。クーラが想像以上に戻るのが遅く、何故か帰ってから遅れた理由がガールズトークとやつれ気味の顔で言っていたため印象に残っている。

 

 「酒場で毎度一杯ひっかける程度にゃ、稼がせてもらったんだよなぁ。勝過ぎて倍率低いけどよ」

 

 賭け札を持つ男がヒラヒラと見せびらかすようにそれを見せながら、口を開いた。ニヤリと笑う目元からなにを企んでいるか理解ができた。

 

 「オラァこちとら生活費賭けてんだぞ!都合が悪いからって運営側の都合で落とさせてたまるかぁ!」「ざけんなコラァ!返金騒動にさせてもらうぞ!」「半獣だからって大会に出場してはいけないなんて規約はねー筈だぁ!」「メルキオル商会に損害金取り立てるぞ!」

 

 手堅く賭けていた連中の野次や罵声が飛ぶ。その中に、イドを責めるようなものは一つもない。それはそうだ、理不尽にイドが負けて損害金をだすくらいならいくらでも叫び続けるだろう。だがそれ以上に、ある種欲とは違う熱のようなものを罵声から感じとれた。

 

 今まで稼がせてくれた恩返しとでも言うのか。イドが意図せず築いてきたものが観客から噴き出てきていた。不平や不満は勿論。だが、それ以上に理不尽に切り捨てられようとする者を護るような、レースのファンとして怒りが感じ取れていた。

 

 「半獣は…アレかもだけど、銀星はずっと正々堂々とやってきた!」

 

 女性の観客からも、声が飛び始める。

 

 「銀星ー!」「半獣がダメなら所属企業のメルキオル商会は責任をとれー!」「よく見たら耳可愛いじゃない!」「銀星、イド様の走りでパルークーレースにはまったの!今更妙なこと言って楽しみを邪魔をするな!」「愛してるー!だから負けるなー!」「へッポコ運営に守銭奴ども!選手の走りを台無しにするなー!」

 

 観客席から飛ぶ罵詈雑言や叫び声。だがその内容は、半獣だからと蔑まれてしかるものだと思われていたイドに向けたものではなかった。むしろその逆、イドが知らず知らずのうちに築き上げてきたものは、差別意識を覆すものだった。

 

 若者を中心に人気のパルークーレース。ダイナミックな走法で観客を魅了してきたイドの人気は、例え半獣だと身分が割れた後でも陰るものではなかったようだ。

 

 「よう、審判さんにメルキオル商会の犬っころ」

 

 イドと最後までしのぎを削っていた男が、商会の人間に近づく。その胸倉を掴んだ瞬間、体格差はあまりない筈なのにがっしりした上半身から出る腕力が商会の人間を引き寄せる。

 

 「アンタ等にはアンタ等の事情がある。雇われておいて敗北した責任もこちらにある。だが!男二匹、競い争い決した最後に余計な茶々入れるもんじゃあねえだろうが!仁も義もなけりゃせめて無様で無粋な真似はやめたらどうだい!ああ!?」

 

 「グァッ…異民族の分際で!調子に乗るな、貴様等なぞ我等がその気になればいくらでも…」

 

 「許しておやりなさい。いや、こちらが非礼を詫びるべきかな?」

 

 胸倉を掴まれていた男の顔が青ざめた。すぐに掴まれていた手を払い、服を慌てて整え恭しく頭を下げる。付き添いをつけて現れたのは、杖をついたいかにも好々爺といった老人であった。だがその服装は、きっちりと仕立てられたオーダーメイドで固められ落ち着いた茶の色合いながらどこか気品あるものだ。

 

 「この度は運営のみならず、我等の落ち度が大きい。場を沈めるにはこちらが折れるしかないであろう。すぐに運営は、イド選手の優勝を伝え混乱を沈めなさい」

 

 「しかしドーズ館長!たかが奴隷の半獣に譲歩したなど我等の格に…」

 

 「黙りなさい。君はこれ以上、失態の上塗りは避けた方が今後を考えると良いと思うがね。いいかい?我等メルキオル商会は、イルガルド支部は今後もお客様に愛される商館でなければならないのだよ。それに、私の顔にまで泥を塗って、今度の選挙に影響がでたら君に責任がとれるのかな?さあて、君がどれだけ損害を補填してくれるか見物じゃなあいか?」

 

 その責任という言葉の重さ、外様の俺達には分からない。だがしかし、商館の館長であり話を聞く限りでは政界進出の野望を持っているこの老人。商人として、それの不興を買うことは自身の進退に大きく左右するのだろう。主に、悪い方向にだ。

 

 言われた男も青ざめた顔を通り越して、文字通り血の気が引いている。胸倉から手を離された瞬間、ドサリとその場に座り込んだ。

 

 「さて、イド君。優勝をひとまず喜ばせてもらおうか。商館所属選手の活躍は、私にとっても喜びだ」

 

 男には興味を失ったように目をそらし、イドの方に向き直る。口調こそ穏やかであるがイドの額に脂汗が浮くのが見えた。それはそうだ、表向きはともかくその実態は奴隷とその雇用主。決して穏やかな関係ではないのだから。

 

 「さて、では君には大会規定通り優勝賞金と栄誉を受け取ることになるだろうが…本当に受けとってしまっても良いのかな?」

 

 「はい。そしてその賞金を貴方に返す。それで、契約完了。帝国法において、奴隷が解放される手段にのっとり自由になりたいと考えています」

 

 「おお、そうかそうか、もうそこまで溜まったか。では、契約内容を明記している公文書、或いはその写しを提示してもらえないかね?奴隷契約も雇用契約の一種、正規の手段を踏んでもらわないと手続きに支障がでるのでねぇ。では、近々正式な書類を用意してきてくれたまえよ」

 

 よくもまあ言うものだ。クーラから聞いていたが、偽装書類を用意して食い違いが問題になれば騒ぎにもなるが、その立場の違いや力関係のうえでその偽装書類の方が信頼されてしまう。そして、もうパルークーレースに使えないイドの行く先は二度と戻れない過酷な環境だ。

 

 だがこの為に、色々裏で動いてきた。ここからは、彼女の出番である。

 

 「なんだ?ありゃ」

 

 観客の誰かが、東門から押し寄せてくる一団に気がついた。門から反対側、メルキオル商会が管理しているあの資材置き場からも紺色の服装をした集団が押し寄せてくる。

 

 「おや、いかがしましたかな?この程度の騒ぎ、治安維持局が出張るまでもないと思いますがな」

 

 「この場での騒ぎも聞く必要がありそうですが、残念ながら別件です。ドーズ=イグ館長、貴方には金の密輸及び不正選挙疑惑で拘束させていただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石、金の密輸に絡む事件となれば治安維持局の対応は早い。多少の鼻薬を利かせても遥かに名誉と栄生、それにともなう報酬が手に入るのだから情報をリークさせた後の行動は速かった。

 

 イルガルドは大河に面した古代から続く都市である。大河というものは、人の生活に恩恵を与えるものであるがそれと同時に荒れ狂う時は人命も土地も全てを刈り取って荒らす厄介ものだ。

 

 それに対抗してイルガルドには、川が溢れて反乱するのを防ぐ、或いは防ぎきれなかった時の備えとして都市の地下には大規模な人口の地下水道が広がっている。一部では街中で井戸や用水路として使われているようであるが、その広大さは時の権力者すら把握しきれていないとも言われている程だ。

 

 なにせ街の外まで地下水道は伸びている上に、なにより増改築でも増やしているのかその内部構造は複雑怪奇。自分が以前イルガルドに潜り込んでいた時はテイムの力でこの地下をねぐらとする鼠や蝙蝠に助けてもらったがそれでも全体の四割程くらいしか把握していないだろう。

 

 そしてかつて聞いた話というのは、この地下水道を利用した金銀の密輸ということだ。

 

 南方大陸から運ばれて来る鉱山資源、その中でも希少価値が高い貴金属の一部を街に入る前に降ろす。一度別の保管場所に運んでから、街の外まで伸びた地下水道を利用してメルキオル商会まで運ぶ。街の外から出す時もその同じ手口で別の場所に運ぶのだろう。

 

 自然災害から人命を護る施設が腐敗の温床となっていた。まあもっとも、かつては自分もそれを利用させてもらっていた立場ではあるのだが。

 

 治安当局も馬鹿ではない。単純な手であればバレるのも時間の問題であっただろうが、パルークーレースという存在が事件の隠れ蓑となっていた。

 

 レースに再利用したり篝火に利用する、廃棄手前の樽や木箱。ついでに燃やしてしまおうと考えているゴミや木屑が詰まった木箱の奥底に潜む金や銀。それらは一度街の外にある倉庫に運ばれてしまわれる。

 

 一応何度か治安当局も確認にきていただろうが、うずたかく積まれた不用品だらけの樽や木箱にまさか貴重なものが隠されているとは思うまい。

 

 そしてレース当日。パルークーレースにはメルキオル商会からの要請で治安当局の人間も一部交通誘導や観客の安全確保に駆り出されているようである。人の目がレースに集まったタイミングで、ひっそりとメルキオル商会の人間が金や銀を回収して小屋の隠し部屋から入れる地下水道を通り商会に物を運ぶという訳だ。

 

 自分がリークしたものは、地下水道の密輸に使われるマップにメルキオル商会がその金銀を利用して選挙を有利に働かせようとした証拠である帳簿。それだけだと根拠が弱いため運ばれていた金銀に地下水道入口には拘束しておいた密輸の運び人までおいておいた。

 

 メルキオル商会に鼻薬をきかされていた上役も、怪しいところがありながらも目を見て見ぬふりをしていたようだがその密輸の内容が金や銀であるというのなら流石に動かざるえない。それだけ、貨幣鋳造に繋がる資源というのは厳しく取りしまわれるものなのだ。

 

 「もう、以外とランザも喧嘩っ早い性分なのかな」

 

 観客席からひっそりと事の成り行きを見守っていたが、商会の人間に手をあげそうになったのを見てひやひやした。だがしかし、銀星大好きお姉さんが一声あげてくれたおかげでなんとか話がこじれず進んでくれた。

 

 「ん、ありがとね」

 

 「毎度どうも。なんだかスパイか扇動者みたいで面白かったぜ」

 

 掛け金云々で最初に声をあげた男に銀貨を一枚握らせる。この男だって賭けていたのは本当のようだし、一人が声をあげれば周りがそれに続く大衆心理を利用して最初の一声をあげるサクラになってもらった。もっともお姉さんのお陰でそれはいらなかったかもしれないが、ダメ押しにはなっただろう。

 

 目の前で行われる逮捕劇に、レースを取材しに来たマスコミと思われる者達も食い入るように顛末をみている。そしてこれだけの関係者や観客にそれが広がればもう火消しに追われるどころの話ではない。イドに構う余裕なぞ、商会全体で消滅する。

 

 盗みだしておいた改竄される前の奴隷雇用契約書。観客席から混乱に紛れて近づきランザにこっそりと手渡した。

 

 そっとその場を離れると、ランザがイドに話しかけそれと同時に彼が走る。用意されていた賞金を掴ん戻り、ドーズ館長とやらに全て投げ渡した。それと同時に、ランザから手渡された契約書の規約に戻づく満了宣言をしそれを破り捨てる。

 

 向こうは向こうでドラマがあるが、裏方は別にそれを最後まで見ないでいい。あとは、大人達がかってに処理していくだけだろう。心残りはランザと共にレースに出れなかったことであるが、適材適所としてこれ以上ない成果をあげた筈だ。

 

 だがしかし、まだイドには問い詰めないといけないことがあった。荷物の中には、商会から奪い返してきた彼の数少ない所持品が詰められている。このことについて、謝罪があるか申し開きがあるか、それでこの事件の後味が激変しそうだ。

 

 「でも、まあ」

 

 人助けか。

 

 誰か、赤の他人を助ける余裕なんて自分にはなかったし、こんな機会が巡ってくるなんて考えたこともなかった。助けられたといえば、ランザと……レントにだ。

 

 レントは、最初から企みがあって違法な奴隷市場を襲撃したのか。それとも当初はまだ義憤のようなものがあったのか。袂の分かち方は最悪であったが、それでも差し伸べられた手の暖かさは忘れることなどできはしない。

 

 ランザは、命を狙った敵を命を張って護った。その理由は過去のトラウマに基づく行動ではあるのだが、だからといって早々できるものではない。キラービーから庇われた時に感じた彼の身体の厚さと熱さも刻まれたように思い出に残っている。

 

 では自分が今こうして、ランザの付き合いとはいえ人助けをした結果どうだろうか。なにか思うところでもあるだろうか。一仕事終えた感覚はあるが、それだけだ。多少の達成感とランザの役に立てた満足感だけである。イドに対して、問い詰めることがあるのは別にしてやはり特に思うところはない。

 

 自分は、冷たい半獣なのかもしれない。ある意味では、レントのことを笑えない。

 

 待ち合わせ場所である、競馬場近くの公園にて腰を降ろす。情報が伝達してきたのか、メルキオル商会館長逮捕の知らせは会場に行っていない周囲の人間にも噂として響いていた。まあ、イルガルド一の商会だし闘技場も競馬場も利権や関係として大きく絡んでいるだろう。もしかしたら、追加調査で何らかの不正や粗が出て来るかもしれないしね。

 

 まあそこまでいくと自分にはどうでも良い話だ。ランザ達はまだ混乱状態の現場から抜けられないだろうし、ここでゆったりと待つことにしよう。お腹がすいたら、近くに軽食を売っているところもあるだろう。

 

 「あっ……あの」

 

 「ん?ああ、こんにちは」

 

 空を眺めて考えことをしていたら、声をかけられた。お手製のフードつき銀星コスチュームに身を包んだこの前のお姉さんだ。しょんぼりした顔をしており、別に許可してもいないのに隣に座り込んだ。

 

 気まずい沈黙がしばらく続く。少し席を外そうかなと考えたが、それと同時に彼女が声をあげた。

 

 「銀星が、引退宣言をしました。それに半獣はともかく実は奴隷階級だったみたいで、晴れ晴れとした顔で引退宣言していて…それを喜ぶべきなのに、祝福してあげられなくて逃げてきちゃいました。それにメルキオル商会館長の逮捕劇、今後レースが行われなくなるんじゃないかっていう話もあって」

 

 全部知っている。事前知識があったため、その顛末に向けた絵図を描いたのは自分だからだ。ここまで好条件がそろうことはまずないとは思うが。

 

 「今日銀星と共に走っていたのは、貴女のご友人でした。ルール改正はともかく、なにか貴女も知っているんじゃないんですか?教えてください、お願いします」

 

 「ごめん、知っていることはないし、話すことはなにもないかな」

 

 興味はないとは言うが人様の事情だ。ベラベラ自分から話すのは筋違いだし、更に言えばこの人はあくまで銀星のファンというだけで、覚悟があるかはともかく踏み入っても良い理由にはならない。少なくとも、平和に育ち差別とは無縁でシュランツで偶には甘味を食べられるような幸せな生活を送るこの人には。

 

 「そもそも、他人様の事情に足を踏み込むのはよくないよ。それも、彼は半獣だしね。下手に首を突っ込めば大火傷だし、銀星もそれを望まないと思う」

 

 「何故そんなことを、言うんですか。知ろうとすることが、悪いことなんですか?」

 

 悪いこと、なんだよお姉さん。周囲に人の気配はない、自分のフードをめくりチラリと耳を見せてやる。他人にこれを見せることはまずないが、あの時いの一番に、なんなら自分が用意したサクラよりも前に声を張り上げたことに思うところがあるから見せた。

 

 酷く驚いた顔をしていたが、その目には嫌悪のようなものは浮いていなかった。大丈夫だとは思いつつもそのことに、どこか安堵を覚える自分もいる。

 

 「悪いことなんだよ。誰にだって踏み込まれたくない過去はあるもんだけど、面倒くさいことにそういうのがド級に重いんだよね自分達ってさ。好きだからだけで、半端な覚悟で踏み込まない方が身の為だよ。このイルガルドで平和に暮らしていきたいなら特にね」

 

 もしくは、半獣の方から人間に踏み込んでいける覚悟があるのならば話もまた違うだろうね。自分がそういうタイプだしさ。

 

 「悪いことは言わないから、忘れた方が良いと思う。でもどうしても忘れられないなら、全部捨てる覚悟で腹を決めるしかないんじゃないかな。少なくとも、銀星は……イドはイルガルドからは離れるだろうし。あとはお姉さんしだい、なにがあったかどうしても聞きたいなら本人から聞いてきなよ」

 

 立ち上がり、軽く伸びる。ランザ達がしばらく戻らないならば軽くこの辺りを散歩でもしてこよう。ここでうだうだとジメつかられるよりマシだ。

 

 「じゃあ、もう会うことも」

 

 「ありがとうございます」

 

 別れの言葉をかけようとしたら、それに被せられた。急にお礼を言われてキョトンとするが、なにに対しての礼を言われたのか分からないまま彼女は大きく頭を下げて走っていく。

 

 「なんでお礼?」

 

 はてさて、彼女の視点から見たところで自分がお礼を言われるようなことをしたつもりはまったくもってないのであるが。まあでも、この先どう選択して行動していくかはお姉さん次第だ。自分には自分の道があるし、わざわざ追いかけて理由を聞くのも野暮というものだろう。

 

 「熱心なファンの心理ってのは、やっぱりよく分からないなぁ」

 

 なんの関りのない人物にそこまで情熱を注ぐことができるのか。自分はランザが好きなのだが、やはり根本の問題で関係性は似て非なるものだろう。でも、自分の心の中で一つの言葉がストンと落ちて底に広がっていく感覚があった。

 

 「ありがとうか。どういたしまして、なんて言うほどおこがましくはないけどさ。お姉さんにはなんもしてない訳だし」

 

 だが、ランザ以外で純粋なお礼の言葉を向けられたのは久しぶりだった。モスコーで、ベレーザの恋愛感情に口を挟んだ時に会えて良かったと言われたことも思い出す。もし彼女が本気であり、イドに対して本気で寄り添うつもりがあるのだとしたら……。

 

 「上手くいくと良いね。お姉さん次第だけどさ」

 

 その後、なんとか混乱の渦中から抜けてきたランザとイドに合流することができた。ジークリンデは後は興味がねえとでも言わんばかりに人混みの中に消えてしまったらしいが、恐らくあの古い剣に戻っているのだろう。祭りの幕はもう引いたため、これ以上の介入はもうないか。

 

 イドと最後まで走りを競った、あの東邦系の男もいつの間にか姿を消したらしい。イドが賞金を運営から奪い連行されそうになる館長に叩きつけたこともあいまり、流石に表彰式は中止となったまま波乱の大会は中止になったそうだ。いつの間にか消えた男は、結局何者であったのか。

 

 人目を避けるように宿に戻る。自由の身となり半ば興奮状態のイドではあるが、こちらとしてはこれから裁判でも始める気分である。こいつには、自分とランザを騙した事実があるのだから。

 

 いや、真実を言わなかったと言った方が正しいか?どちらにせよ、提供された情報に故意の誤りがあったことは問い詰めなければならない。

 

 「これが、イド。貴方の言う妹さんで間違いないね?」

 

 商会で回収した、堅く閉じられた木箱をテーブルに置く。二重の鍵がかけてあったが、その封印が解かれているのは丸わかりだ。

 

 「弁明があるなら、聞こうかな」

 

 小箱を前にイドは、腹をくくったような顔で言葉を紡いだ。

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