【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している   作:佐遊樹

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邂逅、覚醒める日(2/2)

 カースド・ドラグーンのコアを回収して王都に戻る。

 冒険者ギルドの入り口では、受付嬢の人がレオ君たちと一緒に立っていて、俺を見つけて慌てて走ってきた。

 

「か、カンタベリーさんと……ええっ!? な、なんで未踏のレミアさんが……!?」

「あ、やっぱり有名なんだ」

「そうですね」

 

 さらっと流すね君。慣れてる感じか、凄いな。

 これがプロか。風格があるなあ……

 一方、受付嬢さんの驚愕の言葉を受けて、俺たちはそこはかとなく居心地が悪くなる。ていうか他の冒険者っぽい人たちもこっち見てるし。

 

「ひとまず、ご無事でよかったです……!」

 

 受付嬢さんが俺の手をぎゅっと握り、目を潤ませる。

 やべえ。俺この子のこと好きになっちゃう……

 

「本当にすみません……!」

 

 レオ君たちも申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「気にしなくていいよ。俺も無事だったし、そっちも無事だったんだから」

 

 そもそも初めての依頼でドラグーンと遭遇してるの、運が悪すぎる。

 マジでかわいそうだと思う。

 見たところ大層怖くはあったろうが、パーティ全員心が折れてはいないようだ。

 

「でも、本当によく無事でしたね」

「なんとかなるもんですね。あ、じゃあこれドラグーンのコアです」

「はいぃ!?」

 

 受付嬢さんが素っ頓狂な声を上げる。

 右手に載せたコアは、呪詛の塊とは思えない透き通るようなルビーだ。あ、素手で触んない方がいいみたいな話になってるのか?

 

「レオ君から大体聞いたと思うんですけど。ドラグーンの討伐をしていただいて」

「え?」

 

 受付嬢さんが顔面蒼白になった。さっきから面白いな。

 いや、今度は彼女だけじゃない。レオ君たちも『うわ……』みたいな顔になっている。

 おや? 何か話が変わってくる感じがする。

 

「とっ、討伐ですか? 俺たちと分かれた後?」

「うん」

「それはその、そちらの方に?」

「ああ、レミアに倒してもらった」

 

 次々に質問してきたレオ君のパーティもまた、俺の答えを聞いて完全に硬直している。

 え、何? どうしたの?

 

「……か、カンタベリーさん!」

 

 受付嬢さんが小声で俺を呼ぶ。

 レミアに会釈してから駆け寄った。

 

「はい、カンタベリーです。何でしょう」

「本当に『未踏』さんに討伐してもらったんですか?」

 

 あっ、ふーん。

 レミアより、未踏の方なんだな。

 受付嬢さんは俺とレミアを交互に見て、そっと唇を俺の耳に寄せる。

 

「あの人が入ってるパーティ『ミリオンベイビー』は、請求が高額で有名なんですよ……!」

 

 へ~。

 ん?

 

「……支払うの俺では?」

「はい! だから呼んだんです!!」

 

 ウケた。めっちゃ笑った。

 笑ってたら流石に長すぎたのか受付嬢さんに頭をぶったたかれた。

 

「もう! これは笑い事じゃないんですよ!」

「はっはっは、いやこれは失礼しました」

 

 俺はジャケットを羽織りなおすと、レミアの元へ戻る。

 いや面白いなあ。支払う側でわちゃわちゃする時が来るとは思わなかった。

 

「レミア、ひとまずありがとう。君は命の恩人だよ」

「いえ、そんな……私にできることをしたまでですから」

「それで、お礼はいくら程度になる?」

 

 一応世間話をしばらくやって身の上話とかして互いの好感度を高めてからそれとなく切り出そうかな、と思っていたのだがダルくなったのでやめた。

 

「いえ、いりませんよ。人助けですから」

 

 え? 話が違う。

 思わず受付嬢さんやレオ君たちの方に顔を向けるが、信じられないという顔をしていた。

 えぇ……どゆこと? 全然いい子じゃん。

 どうやら事情を察したらしく、レミアは口を開く

 

「ああ、はい。パーティーの方針は稼げるときに稼げって感じですけど、私はそんなにお金に興味がないので……」

「フーン。なるほどね、立派じゃないか。同い年ぐらいだと思うんだけど、俺なんかとは全然違うや」

「はい? カイムさんって、大人ですよね?」

「俺17」

「本当に同い年だったんですか!?」

 

 ほえー、と間抜けな声を上げてレミアが俺をじろじろ見てくる。

 

「しっかりしてるの、どっちかっていうとカイムさんの方だと思いますよ。ちゃんとした依頼の発注者って感じですもん。私なんか、適当に現れた魔物を片っ端から倒してるだけで全然……」

「それができるのが凄いんだよ。自分で食い扶持を稼いでるじゃないか」

 

 俺がそう言うと、レミアは数秒黙った。

 それから薄っぺらい紙で頑張って作った折り紙みたいな笑顔を浮かべる。

 

 

「別に、意味なんてないと思いますよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ドラグーンのコアは冒険者ギルド預かりとなった。

 換金されるシステムではあるのだが、今回はうかつに金を発生させてしまうと『ミリオンベイビー』に書類上で所有権破棄の確認を取らなくてはならないので、ダリ~となったのである。

 

「それじゃあ本当に、お世話になりました」

「旅に出るみたいな空気だけど、君たちまだしばらく王都だよね? 次も何か依頼があったら頼むよ」

 

 はい! と元気よく返事をして、レオ君たちは雑踏の中に消えていく。

 その背中を見送ってから、俺は冒険者ギルドに戻った。

 日が傾きつつある夕方、依頼帰りの冒険者たちでごった返している。見るからに同業ではない俺を一瞥して、あるものは愛想笑いを、あるものは侮蔑の視線を向けてくる。

 

「おい。カイム・カンタベリーだな」

「?」

 

 名を呼ばれて振り向く。

 ギルドの待合スペースの机を一つ占拠し、長椅子にごろんと横たわっている白衣姿の女がいた。

 長い紅髪で顔が隠れているものの、唇には茶色のタバコをくわえ、紫煙をくゆらせている。

 声を発したのはおそらく彼女だろう。にしてもすげえ怪しいというか何してんの? 普通に公共の迷惑だと思うんだが。ていうかその姿勢でよくタバコ吸えるな……

 

「えーと、あなたは?」

「マスフィールドの者だ。カンタベリー家に依頼を仲介してもらった」

「ああ、なるほど」

 

 どうやら依頼が達成されたかどうかの確認に来たようだ。

 

「ボクはエイミー・マスフィールド。今後も君を窓口にして依頼を出していくつもりだから」

「分かりました。えーっと」

「めんどくさいから、敬語とかはよしてくれたまえ」

「う、うっす……今回王都に、伝書鳩に就職しに来た。カイム・カンタベリーだ」

「フハッ! 君、口が悪いなあ」

 

 エイミーは笑ってから、右手で自分の髪をかき分ける。

 

()()付き合いになるかもしれないね。どーぞヨロシク────」

 

 そこで俺と視線を重ね、完全に硬直する。

 顔に何かついているだろうか。別段変わらない顔だと思うけど。前世とまったく同じ顔だし。

 エイミーは十数秒にわたりこちらをガン見し、タバコの灰がぽろりと落ちたのをきっかけにハッとした。

 

「あ、ああ。すまない。何でもない」

「あ、はい。じゃあとりあえず、俺は受付嬢さんに依頼の終了書類出してくるから……あ。晩飯とか行く?」

「……また今度、ね」

 

 フラれた。

 クソが。死にてえ。

 よく考えたらレオ君はハーレムパーティだったし、なんだか一気に死にたくなってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なんだそれは。ふざけるなよ。ボクの前にその顔で出てきて……クソッ……」

 

「これも、宿命というやつなのか? まったく難儀だな……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レミアは宿に戻ると、一階の酒場で自分を呼ぶパーティメンバーを無視して、そのまま自室へ上がった。

 付き合いはあってないようなもの。レミアは金を稼ぐための有用な方法だったから、特別扱いをされている。言い方を変えれば、腫れもの扱いされている。

 確かに所属する『ミリオンベイビー』は、冒険者として平均的にレベルの高い面々がそろっている。だがその中でもレミアは頭一つも二つも飛びぬけて強かった。

 

 別に、意味なんてないのに。

 

 着替えもせずベッドに倒れ込む。金髪がふわりと頭の周りに広がる。目を閉じても、しばらく眠れそうにはなかった。中途半端な疲労感に意識が覚醒している。

 レミアは一日の出来事を反芻することにした。

 パーティメンバーと共に、いつも通りに依頼をこなして。

 いつも通り。英雄の白焔に憧れて、追いつきたくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()力──黒炎ですべてを焼き尽くした。

 

 別に、意味なんてないのに。

 

 分け前を確認する仲間をしり目に、独り飛行魔法で帰って。

 そこで、ドラグーンと鬼ごっこをする男を見つけた。

 

「……ふふ」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 無茶をする人だと大慌てでドラグーンを撃墜した。

 久しぶりに、生きている人間と会話をしたような気がした。

 

(カイムさん、か……)

 

 ああいった市井の人を守るのも、冒険者の役目だ。

 別段誇りを持っているわけではないレミアも、自分に対してまったく怯えず、遠巻きにもしない青年の姿を見れば、彼を守れたというのは少し誇らしかった。

 

(……でも、ドラグーン。どうしてあんなところに)

 

 第一級の敵が突然現れることは、ありえないわけではないのだが確率は低い。

 そこにレミアは引っ掛かりを覚えた。

 

 しかし。

 

 ピクリとレミアの眉が跳ねた。金髪をはためかせ、勢いよくベッドから身を起こす。

 直後、宿だけでなく町全体を震わせる、爆音と呼ぶべき笛の音が響いた。

 

「────ッ!? 警報!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 サイレンの出所は、冒険者ギルド。

 ならず者も混ざることから、王都の中枢部からは離れたところに建っていたのが救いか。

 

「な、なんで町中に魔物が!?」

 

 武器を持って慌てて立ち上がった冒険者が、現れた異形の腕の一振りで、鉄塊の如き大剣ごと吹き飛ばされた。

 回収されたコアを、封印施設へ輸送するまで保管する部屋から出てきたのは、病的なほど白い肌に、稲妻を散らす紫色の装甲を着込んだ長身痩躯の男だった。

 無論、見た目が近くとも、人間であるはずもない。

 

「魔物ではない。()()だ」

 

 無秩序に生まれ、簡単に討伐することのできる魔物とは違う。

 かつての大戦時に魔王直轄下で人類を虐殺して回った精鋭集団。それが魔族だ。

 

()()()()!? どうして……ッ!?」

 

 魔物は魔族が残した呪詛の結集体である。

 必然、魔物のコアとは、魔族の散り際の呪詛が凝縮されたものになる。

 だから理論上は……そのコアから、魔族を復活させることは、不可能ではない。今回以外にもいくつかの前例はある。

 しかし不完全な復活をしたり、途中段階で自壊したりなどで、脅威となる仕組みではなかった。

 

「私はネンバレーラ。20年にわたり、ずっとコアとして身を潜め、ついに……ついに。計画はうまくいった。コアの私ならば、簡単に入れてくれると思っていたぞ」

 

 侮蔑の笑みを浮かべ、ネンバレーラは目に見えないカマイタチで周囲の家屋を両断し、破壊して回る。

 

「早く逃げてください!」

 

 受付嬢が一般市民の避難を誘導する中、次々に冒険者が挑みかかっては無力化されていく。

 

「──魔物じゃねえのかよ」

 

 その光景を、離れた家屋の屋上から眺めながら。

 ふんだくれるに違いないと浮かべていた笑みを引っ込めて、『ミリオンベイビー』のリーダーが唾を吐き捨てる。

 

「ズラかるぞ。どうせ騎士団が来て潰すだろ」

「おう」

 

 そうだな、とパーティメンバーも追随する。

 

「……おい、レミア。行くぞ」

「…………」

「おい、分かんだろ? 分かってんだろ?」

「何が、ですか」

 

 レミアのか細い声に、リーダーは肩をすくめる。

 

「割に合わねーんだよ、魔族の相手とか。そりゃ魔王を倒した英雄サマは冒険者だったぜ。でもあれは有力な騎士がみんな死んじまったからだし、英雄と一緒に戦ってた騎士もいた。んでよ、この時代で騎士を差し置いて、冒険者がわざわざ魔族と戦う理由なんてないでしょ」

 

 それは一面的には、確かに事実だった。

 しかしレミアは首を振り、静かに息を吐く。

 

「行きます」

「はあ!? ちょっ、おま」

 

 言葉の続きを聞かず、レミアは飛行魔法を起動させると、魔族が暴れまわっている冒険者ギルド前まで一気に加速した。

 

「ぬっ」

「砕けなさい!」

 

 破壊魔法を刹那に数十展開、連打する。

 

「面白い!」

「こっちは面白くもなんともありませんけど……!」

 

 絶えず撃ち込まれる魔法に対し、ネンバレーラは両腕を使い的確に防御をしていく。

 

(遠征帰りだから、残魔力量が少ない。一気に決める!)

 

 方針を即座に決定し、キッとネンバレーラを睨む。

 彼女の足下から黒い炎が伸び、魔族の足に絡みついて固定した。

 

「ほう!」

「恨まないでくださいね。『黒月投(フォルティ)────」

 

 その刹那。

 レミアの動きが止まった。

 放とうとした超圧縮魔力砲撃。仮に避けられるか、あるいは貫通すれば。

 

(──射線上に、市民が)

 

 その思考の空白は命とりだった。

 

「愚かな!!」

 

 気づけば眼前にネンバレーラの姿が迫っている。

 とっさの反応はズバ抜けていた。三重に及ぶ防御魔法を展開、描かれた盾が間に割って入る。

 だが瞬間的な生成故、強度が足りていない。魔族の鋭い手刀の突きが、瞬時に三重防御を突破。その切っ先がレミアに迫る。

 

(直撃する!?)

 

 悪条件が重なったことを言い訳にはできない。

 直撃したところで、良くて即死。悪ければ避難中の市民まで余波に巻き込まれる。

 そこまで思考がたどり着いた後、レミアは身体から力が抜けそうになるのを感じた。

 

 

(ああ)

 

(本当に)

 

(意味なんて、ずっと、なかったんだ)

 

 

 ネンバレーラが勝利の確信を眼光に宿す。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ギリギリセーーーーフ!!」

「きゃああっ!?」

 

 魔手が届く寸前、真横から猛ダッシュ→スライディングをした俺は、レミアを引っ捕まえて攻撃から逃れる。

 

「大丈夫か!?」

「えっ……あ、か、カイムさん!? なんで……!」

 

 レミアをひとまず地面に座らせ、俺は立ち上がる。魔族と視線が合った。

 何が平和だよふざけんな。普通に魔族いるじゃんか。

 その辺にポップするし簡単に殺せる魔物と違い、魔王直轄の戦闘兵として人類を殺戮して回った高位種族である魔族。こいつらがいるということは、魔王による統制の残骸があるってことになる。

 

「おや?」

「ん……」

 

 ネンバレーラとかいう魔族は俺の顔を見ると、首をかしげる。

 

「いや、見覚えが。そんなはずはないが。私、20年近く眠っていたし。私が活動していたころ、貴様はまだ生まれていないだろう」

「……まあ、そうだけど」

 

 既視感、あって当然だろうなあ。

 まあ、見た覚えがあるのはこっちもだ。名前がパッと出てこないってことは、そんなに強豪ではないのかなと思うけど。

 

「カンタベリーさん! 逃げてください!」

 

 視線を動かさないまま声の主を確認すると、受付嬢さんだった。煤に汚れた制服姿だ。その奥では、動けなくなっている冒険者を、レオ君のパーティが救助している。

 逃げて、か。善き人々はみんなそう言う。いつの時代も同じだな。

 

「いつの時代も、同じだ」

「……?」

 

 その時、周囲一帯を地獄に変えたネンバレーラが、両腕を広げて語る。

 

「同じだ。変わらない。貴様たちは脆弱で、愚鈍で、群衆にしかなり得ない。単独の強さなど持ちえない」

「負けた側の言うことか?」

「は?」

 

 結局負けた側が勝った側を馬鹿にしてどうすんねんと思っての発言だったが。

 なんか、場の空気が凍った。

 

「……は? おい。おいおいおい。貴様今言い返してきたか?」

「ちょ、ちょっとカイムさん! なんで挑発なんかしちゃうんですか!」

「え、挑発だったかな。なんか生まれたての子犬みたいに煩かったからつい……」

「それ! それですそれぇ! 言ってる傍から煽ってますって!」

 

 後ろでレミアが悲鳴を上げる。

 確かにネンバレーラが纏う空気感が変わった。キレていた。

 

「わかった。まず貴様から殺す」

 

 刹那。

 複数の『逃げて』という悲鳴が重なって、ネンバレーラがこちらに手を向ける。

 

 ……さて。

 今日だ。今日記憶を取り戻して、これだ。

 ざまあない。次の人生を始めたというのにコレかよ。結局変わってない。

 闘争の宿命から、逃れられてない。

 

 ……でも。

 三男坊としておとなしく過ごそうと思った。

 そういうのもいいじゃないかと思ったし、絶対に英雄と同一視はされたくないし。

 

 ……違う。

 ()()()()()()()()。それを理由に何かを見捨てるようなことは、絶対にできない。

 まあ同一視されるのは嫌だけど、だからと言って表舞台に立たずなんとかやっていくみたいなわけにもいかんので、その辺はバランスを考えていきたいね。

 

 

 なぜなら────

 

 

 ()()()()()()()()()/()()()()()()()()()

 

 

 知っている。

 戦場の感覚。命を削り合う鉄火場。

 闘争と勝利の女神がお帰りなさいと俺を出迎える幻覚が見えた。いつも愛してくれてありがとうよ。できれば二度とその顔を見たくなかったぜ。

 

 右手を伸ばす。何かをつかみ取るように伸ばし、確かに握りつぶす。

 

 ちなみに意味のない動作である。

 かっこいいからやっている。

 

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』」

 

 

 

 前世から付き合いのある魔法が起動した。

 前髪が熱風になぶられる。弾け飛んだ魔力たちが極彩色の光の粒子となって空間を彩る。

 

 光の粒子が結集し、形を象る。

 反りのない直剣が七本顕現し、俺の背部で翼のように展開される。

 

 こちらに飛んできたカマイタチを、背部から光の剣を抜刀し、一刀に斬り捨てた。

 両断されたカマイタチが砕け散り、霧散する。

 背後でレミアが息をのんだ。

 

「……っ!? そ、それはまさか……大英雄、『白焔の騎士(フレアホワイト)』トーラスと同じ魔法……!?」

 

 彼女の言葉に、冒険者や、市民たちが、俺を見る。

 光の剣を翼として展開した、全方位対応型即時抜刀攻撃可能自立稼働可能超絶操作難儀魔法。

 

「トーラスの、再来……!?」

「英雄様と同じ魔法……!」

「聖剣や魔剣を織り交ぜて戦う、超至近距離専門の必殺技巧……!」

 

 そして。

 彼ら彼女ら、この場に集った人類が皆。

 息を合わせて、その銘を口にする。

 

 

 

 

「「「『超滅却大紅蓮(ファイナル・スラッシュ・)地獄爆現魔法(ボルケーノ・ブラスター)~救済パワーを添えて~』!!!」」」

 

 

 

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん」

 

 全然知らない名前が聞こえた。

 聞こえなかったことにしたくなった。

 

「え? なんて言った? え?」

「……? 大英雄トーラスの必殺技と言えば、『超滅却大紅蓮(ファイナル・スラッシュ・)地獄爆現魔法(ボルケーノ・ブラスター)~救済パワーを添えて~』ですよ。これだから不勉強な人はっ」

「不勉強? これ勉強しなきゃダメな単語なのか?」

「はい。冒険者学校の教科書に出てきますし」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 俺は悲鳴を上げてのたうち回った。

 もう絶対に嫌になった。

 

「なんだ、それは。いや……それは、いやいやいやいや…………」

 

 地面を転がる俺を見て、ネンバレーラは両目をこれ以上なく見開いていた。

 あっ。そのアホ面は見覚えがあるわ。

 

「……違うんで。これはその、俺のオリジナル魔法なんで」

「で、でも本当にそっくりです! どうやってここまで……」

「オリジナルなんで。はい。そんな名前じゃないんで」

 

 砂を払って立ち上がる。

 英雄そっくりの魔法を見て完全に硬直していたネンバレーラが、ハッとする。

 

「……見掛け倒しなど!」

 

 加速しようとしたそいつの眼前に先んじて加速し、ピタっと静止する。

 

「思い出した」

「え」

()()()()()()()()()。ガイウスか誰か……おい。思い出せたか? 直接遭わずに済んだから、今日まで生き残れたんだな。逆説的に哀れな奴だ」

「…………!! まさか、そんな!?」

 

 慌てて距離を取ったネンバレーラが、両手を重ねて突き出す。

 生成される数百に及ぶカマイタチ。音速を越えて放たれるそれ。

 

 ここだな。

 全力起動、リミットは10秒間!

 

「いてはならないだろうお前はッ──!?」

 

 市民たちが悲鳴を上げ、た。多分。すぐに聞こえなくなった。

 片手の剣で片っ端から切り捨てる。衝突音と破砕音と斬撃音が混ぜこぜになって大気を揺らす。

 最後の一つを両断して、それからネンバレーラを真正面から見つめる。

 

「うそだ」

「俺嘘とかあんまつかないよ」

 

 距離を詰め、首を掴んで地面に引きずり倒した。

 

「まっ──」

「忠義お勤めご苦労様。今、楽にしてやる」

 

 何か言おうとしたネンバレーラの頭部を靴の底で踏み、コアを格納する胸部に『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』の切っ先を突き込む。

 致命傷だ。全力起動解除。

 

「ぎゅぶ、び、びびいいいいっ! あぎっ、ぐぽっ」

「…………」

「いだい! いいぎいいいっいぎぎぎ!! や゛っ、や゛め゛て゛く゛た゛さ゛い゛ぃぃぃ」

「…………」

 

 命乞いを叫ぶネンバレーラを、真上から見下ろす。

 

「魔王が、最期になんて言ったか知ってるか」

「うお゛ほ゛っ、い、いだぃ、いだいっっ」

「あいつはな、笑ってたんだよ。笑って言ったんだよ。『お前の負けだ』ってな」

 

 魔王の胸に聖剣が、俺の胸に魔剣が突き立てられた、終焉の戦場で。

 あいつは言った。

 

『血に汚れた手で未来をつかめば、それが赤く染まるなど、道理だろう』

『私の勝ちだよ、トーラス。人類史には未来永劫、()()()()()()()()()()()()()が刻まれる』

『ある者は願うだろう。この世界を壊す存在としての私を』

『ある者は憎むだろう。この世界を守ってしまった存在である君を』

『……君は生き残らねばならなかったんだよ、トーラス。君が自ら先頭に立ち、未来を切り拓かねばならなかったんだ』

『私の勝ちだ。この世界から、絶対的かつ恒久的な平和は失われた』

『そして争乱の種がほんの少しでも残る限り』

『私は、よみがえる』

『何度でも』

『何度でも』

 

 ああ、そうだろうな。

 表現自体は誇張してるだろと言わざるを得ないが。

 相討ちに持ち込めたにもかかわらず、俺の負けだった。

 魔王という脅威を、完全に打ち払えなかった。

 

 だからこそ。

 

「何度でも殺してやるよ」

 

 返り血に服が濡れる中、ぐいと上体を倒し、ネンバレーラに顔を寄せる。

 

「ヒッ……」

「お前たちが。魔王に類して、属するやつが現れるのなら。何度でも殺し尽くしてやる」

 

 商家の三男坊として平穏に生きていけるなら、それに越したことはない。

 だけどお前たちみたいな害獣がまた姿を現すのなら、処理する。

 血飛沫が道路を埋めた。ネンバレーラは動かなくなった。

 

 いつの時代も同じだ。

 善人を守るために、悪を討って、返り血に濡れる。

 

 それが英雄のお仕事だ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 封印施設の職員がコアを回収していくのを、ぼーっと眺める。

 受付嬢やらレオ君やらは『なんで依頼とか出してたんですか? 全部お前がやれよ……』みたいなことを言ってきたが、特に反論できなかったので屈辱的な論破を味わう羽目になった。

 隣で憮然とした表情のレミアが、口を開く。

 

「凄腕なんですね。それに、英雄トーラスと同じ戦い方をするなんて」

「あっはっは」

 

 疑われてはいないと思う。

 というか80年前に死んだ人間の転生体です、とかこっちから言い出してもはぐらかされたと思うだろう。

 

「やっぱり真似、したんですか」

「えっ」

「英雄のことを」

「……まあ、そうだな」

 

 でもあの必殺技の名前は普通に駄目だろ。死のうと思ったもん。

 若干トラウマになりかけている俺に対して、レミアは静かに語る。

 

「私もなんです」

「え?」

「英雄と同じ技が使えるのなら、魔王を殺せるから」

「はは、魔王だって殺せる攻撃が使えたとして、何に……」

 

 質問の途中でレミアは歩き出し、俺の正面に佇む。

 

「明日以降」

「?」

「パーティを抜けます。私とあなたで組みませんか」

「はあ!?」

「きっとあなたは、あなたなら、本当に英雄の領域にたどり着けると思うんです」

 

 ……まあ、確かに、全力起動したはずだったんだが、出力は落ちていた。面目ない。

 しかし、それがなんだっていうんだよ。

 

「おい、ちょっと冷静になってほしいんだが。俺はあくまで冒険者じゃなくて、依頼を出す側。で、君はもうエースパーティのエースなわけだろ」

 

「関係ないです」

 

「なんでよ」

 

「だって────」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

(────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 レミアは見ていた。

 絶望の修羅場において、カイムの左目が妖しい光を宿し、深紅へ染まったのを。

 

 自分の鼓動を感じた。心臓がうるさい。高鳴っている。

 

 

 魔王のコアを埋め込まれた心臓が、隣の存在を滅ぼそうと/滅ぼされたくないと叫んでいる。

 

 

 少女は少年と出会った。

 英雄に焦がれる少女の前に、英雄だった少年がいる。

 

 

「──やっと、出会えたんですから…………!」

 

 

 目の前に、生きてきた意味がいる。

 だからレミアは、人生で初めて、心の底から笑っている。

 

 

 英雄に殺されるべき少女が、運命のカードを引いた。

 

 




ボーイ・ミーツ・ガール

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