【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している   作:佐遊樹

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囚縛、永遠の車輪(1/2)

 窓から差し込む朝日で目を覚ます。

 ベッドに横たわったまま、昨日の出来事が夢でないだろうかと反芻する。

 英雄の前世を思い出して、なんか巻き込まれて、最終的には自分で決断した。

 

「……くあ」

 

 あくびをしながら起き上がり、サイドテーブルに置いていた水差しから冷や水を一杯呷る。

 冷たい水が喉から胃へと流れ込んでいくのが気持ちいい。

 昨日の戦闘で焦げてしまった服は捨て、持ち込んでいた別の服に着替える。

 変に目立たない、濃緑色のシャツに腕を通した。

 

 本分を忘れるわけにはいかない。

 俺はあくまでカンタベリー家の三男として、窓口役に王都へ来たのだ。

 ここからまた英雄になってどうたらこうたらではなく、仕事をしに来ている。

 

 気合を入れ直すと、腹ごしらえに一階で朝食を食べるべく、部屋のドアを開ける。

 可愛らしい私服姿のレミアが、廊下に背を預け佇んでいた。

 

「おはようございます。お寝坊さんですね」

「なんでここにいんの」

「今日からあなたと組むことになりましたから。隣の部屋に拠点を移しておいたんですよ。ほら、朝ごはん食べに行きましょっ」

 

 ……なんでここにいんの!?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 宿の一階で、おばちゃんが焼いてくれたパンをもしゃもしゃと食べる。

 隣に座ったレミアはサラダをつついていた。

 私服だと本当に、どこにでもいる町娘という感じだ。胸に押し上げられたブラウスが描く曲線から、やっとの思いで視線を引きはがしながらそう思った。

 

「朝からそれだけで足りるのか」

「朝に食べ過ぎると気分悪くなっちゃうんですよ」

「なるほどね」

 

 魔王が生きてた頃は食事取れないからって抜いて体力低下したらヤバかったから、全然食欲ない状態で無理やり詰め込むことが多々あった。

 そういう時代はもう終わってるんだな……と感慨深くなる。

 

「で、カイムさん」

「ん?」

「なんでじっとアルコールのメニューを見てるんですか」

 

 レミアは半眼になって俺を見ている。

 ……ハッ! 気づかなかった。身体が酒を求めていた。

 

「い、いや。こういう知らない名前が並んでるカタログみたいなの、読んでて楽しい……読んでて楽しくない?」

「ヘェ……そういうものなんですか」

 

 あんまり同意を得られていない反応だな。

 

「……答えなくてもいいけど。君が冒険者として働いてること、親御さんは?」

()()()()()()()()()()()()()()

「あ、そうなんだ。へえ~」

 

 相槌を打ちながら、背中を冷や汗が伝うのを感じた。

 噓じゃない。嘘をついている感じではない。だけど何か、言葉通りに受け取ってはいけないと直感が告げている。

 

「まあ、それはいいんですけど。今日のご予定は?」

 

 レミアは何かを区切るように、水を一杯飲んでから問うてくる。

 

「ちょっと仕事相手に呼ばれてるから、そこに行く。その後は空いてるから、ギルドで、依頼仲介しますっていう張り紙でも出そうかな~って感じ」

「なるほど、OKです。その仕事の呼び出しって私は行かない方がいいやつですかね」

「どっちでもいいと思う。え? でもなんで来るの?」

 

 当然の疑問に対して、レミアはフォークでビシイとこちらを指す。行儀が悪い。

 

「私とあなたの二人で組む以上、当たり前ですがカイムさんのお仕事が優先されるべきです。そういう時は一人で依頼を受けるか、宿で待っておくかになりますが……私もお手伝いできるなら、その仕事を終わらせて、二人で依頼を受ける時間を確保した方がいいじゃないですか」

「え!? 俺を前線に駆り出すつもりか」

「え!? なんで前線に出ないつもりなんですか」

 

 確かに人々の安寧を脅かす、高位の魔物、あるいは魔族が相手なら、まったく容赦せず殺すとは言った。

 しかし冒険者としてもう一度バリバリやりたい! とまでは言ってないし思ってもいない。

 

「俺はあくまで雇用者なんだよ。君が俺と組むんだとしたら、俺から君に専属として依頼をするか、マスフィールド家みたいに俺のところで仲介するかがメインになる」

「えぇっ!? あの魔法育てましょうよ~~!!」

 

 レミアがこちらの肩をつかんでガクガクと揺さぶり始めた。

 

「嫌だ! 悪いがあのレベルでもそれなりに満足はしている!」

「ちゃんと一緒に育てますから! ね!?」

「猫飼いたいみたいなノリで言うんじゃないよ!」

 

 そんな簡単に育たないから!

 

「お二人さん、朝から元気ねえ。パン冷めるわよ?」

 

 あきれたようにおばちゃんが仲裁してくれるまで、俺とレミアはコンビとしての基本的な方針の段階で激論を交わすのだった。

 ……ん!? よく考えたらコンビ組むこと自体なんか既定路線にされてないか?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ごめんくださーい」

 

 目的地は宿から王都を横切るように歩いた先、マスフィールド家邸宅のはなれだった。

 入口のドアを開けると、それだけで埃が無数に舞い散り、陽光に反射して煌めく。

 全然きれいな光景じゃない。俺もレミアもそろって服の袖で口元を覆った。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 出迎えてくれたのは、先日ギルドで顔を合わせたマスフィールド家の人。

 立ち上がった姿を見ると改めて異様な風体だった。地面に引きずるほど長い紅髪と、それに隠れてほとんど見えない三白眼。

 口にくわえたタバコから紫煙を立ち昇らせ、彼女は下着の上に白衣を着て何かの実験をしていた。

 濃い紫色のセクシーな下着だ。レミアほど豊満ではないものの、大人の魅力が出ている。

 

「ッ! オラァッ!」

「ぐわああっ! 急に眼を潰すな!」

「失礼ですよいきなり下着姿で出てくるなんて……!」

 

 向こうが失礼なのに何で俺に攻撃が飛んできてんだよ。おかしいだろ。

 

「まあ一番失礼なのは、それに気づいたうえで数秒間ガン見していたカイムさんですけど」

「フヒw」

 

 倒れ込んだ俺を、レミアが絶対零度のまなざしで見下ろしてくる。

 

「まったく……同じ魔法を使うのであれば、大英雄を見習ってほしいです」

「俺に君の理想を押し付けないでほしいけどな」

「…………………………………………」

 

 埃を払い立ち上がりながら言うと、レミアが急に黙り込んだ。

 

「あ? どうした?」

「……あっ、い、いえ。それでその、こちらの方は……?」

「エイミー・マスフィールドさん。カンタベリー家と仲良くしてくれてる家の人だよ」

 

 そういえば紹介がまだだったな。

 なるべく視界に入れないようにしながら名を言うと、エイミーさんはひらひらと手を振る。

 

「ああ。カンタベリー家と仲良くしているマスフィールド家と仲良くできていない、エイミー・マスフィールドとはボクのことさ。どーぞヨロシク」

 

 自己紹介を聞いて、俺もレミアも若干頬をひきつらせた。

 で、それにしても、なんで呼ばれたのかが分からない。

 昨日の依頼は、確かに付随して諸々のトラブルこそ起きたが、どちらかといえば俺とギルド間で話すべき問題だ。

 マスフィールド家が依頼していたカースド・ビーストに関しては問題なく決着したはずだが。

 

「ひとまずは席に座りたまえ。じきにお茶が来る」

 

 促され、俺とレミアは並んでソファーに座ろうとし、小さな文字や図面でびっしりと埋められた羊皮紙が散乱していて動けなくなる。

 その辺のものは全部どけていいよと言われ、恐る恐る拾い上げて傍の積まれた本の上に──うわっなんだこれ!? 魔導兵器の設計図か! えぇ、えぇえ!? こ、怖い……ほとんど軍事機密レベルじゃんこんなの……

 

「それにしても、別の女性。しかもとびきり特殊極まりないケースを連れてくるとはね。なかなかなプレイボーイだ。英雄の再来は伊達じゃないというわけかい?」

「え?」

 

 何か、ほとんど煽りじみた言葉が聞こえた。

 さくっとソファーに座っていたレミアが首をかしげる。

 

「あれ。カイムさんは私がいても大丈夫とは言っていましたが……何か認識の齟齬があるのでしょうか。お仕事、ですよね?」

「まさか。ご飯だよ、君が誘ったんじゃないか。また今度と言ったろう」

 

 俺とレミアは顔を見合わせた。

 あっデートのお誘い受諾されてたんだこれ!?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 はなれはすべての壁をぶち抜いて、丸ごと一つの実験室となっていた。

 まったく整理整頓はされていない。触っていないであろう場所には埃が積もっている。

 頼み込んで白衣の下に黒いシャツを着てもらった後、俺たちはエイミーと向き合う形でソファーに腰を落ち着けていた。

 

「その、掃除をしてもらったりはしないんですか」

「ん? 困るだろう。勝手にものを捨てられたりしたら、勢い余って屋敷を爆破しかねないよ」

 

 こんな状況だというのに、メイドさんがお茶を置くだけ置いて、さっさと出て行ってしまった辺りから予想はしていたが。

 どう考えても自由人だ。マスフィールド家は確かに研究に強いと聞く(うろ覚え)が、ここまでのふるまいを許されているのは確実に理由がある。

 

「それで、あの『未踏のレミア』とコンビを組んだのかい。ボクですら、一夜明けただけで噂を耳にしたよ」

 

 だしぬけにエイミーが言った。

 

「え……ここでどうやって噂を耳にするんだ。意外と外に出てるのか?」

「引きこもっているよりは外の方が好きだよ、むしろ。ただ今回は事情が違っている」

 

 そう言って彼女は地面に置いていた紙束を拾い上げ、こちらに差し出した。

 

「両親が置いていく新聞に載っていたのさ」

「新聞に載っていた!?」

 

 流石に絶叫した。

 レミアが新聞を受け取り、うわ~と声を上げる。

 

「本当ですね。『エースを失った『ミリオンベイビー』の面目は如何に』だそうですよ」

「一から十までお前が原因の記事じゃん……」

 

 しかもよく見ると一面を飾っていた。

 ほかにニュースないのかよ。暇な新聞社だな。

 

「それで、今後は君とそこのレミア嬢のコンビに、依頼を出せばいいのかな?」

「はい!」

「あ、いやまあ、二人で処理できるのなら多分……ただ、基本的に採取とかだと思うんで、そこは人手のあるパーティに仲介するよ」

 

 さすがに全部は受けてられねえよ。俺の仕事をする時間が消し飛ぶ。

 一理あると思ったのか、確かにとレミアもうなずく。

 

「私とカイムさんのダブル英雄コンビは多忙になるはずですからね」

「えっ……何? ダブル英雄コンビ?」

「はい。英雄を目指す私と、英雄と同じ魔法を使うカイムさん。これはもう……運命ですよ!」

 

 瞬間。

 その言葉を聞いて、エイミーがぴくりと眉を跳ねさせた。

 

「……ほう。同じ魔法か。私も見ていたよ」

 

 テーブルの上で湯気を上げる紅茶には触れることもせず、エイミーは細い指で自分の肘を叩く。

 

「しかし本当に同じ魔法かな? 再来と呼びたくなる気持ちは分かるが、彼の剣は()()宿()()()()()()()()

「……っ」

 

 そうだ。大英雄トーラスの二つ名は『白焔の騎士(フレアホワイト)』。

 次々に展開される刀剣群たちの悉くが浄化の焔を宿していたからに他ならない。

 

「いや失礼。今のは意地悪な質問だった」

「……いいよ。自分でもわかってる」

 

 手を組み、そこに視線を落とす。

 転生して、前世で使っていた魔法を使える理由は分かる。魔法とは発動者の魂に共鳴して発揮されるものだからだ。同じ魂なら同じ魔法への適性が宿って当然だろう。

 だが出力や精度までそのまま同じとはいかない。俺の、カイム・カンタベリーの練度不足に他ならない。

 

「ならコンビは組んでやっていくという前提で話していこうか」

「はい」

 

 俺より先にレミアが返事をした。

 

「懸念点として……どうするんだ。君たちはコンビ結成初日だが、知名度はかなり開きがある。そこのレミア嬢は大変に有名だ。となると、拠点は王都に置くとしても、どこまで遠征をするんだい」

「えっ?」

「定期的に依頼を出すかもしれないんだ。頻度のためにも確認しておきたいだろう?」

 

 そう言うと、エイミーがこちらに視線を向ける。

 

「例えば別の国は? 大陸の東へずっと行ったところ、マニメグスタン王国は範囲に入れるかい?」

 

 マニメグスタン! 懐かしいな。

 魔王を倒す旅でお世話になったところだ。砂漠の中にある国で厳しい環境だったが、みんな優しかった。覚えてるよ。王様が滅茶苦茶笑い声でかかったんだよな……

 せっかくだし依頼が来たのなら一度は行ってみたいかな、と返事をしようとして。

 

 

 

「エイミーさん、何言ってるんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「チッ」

 

 

 

 ?

 えっ、なくなったのあの国。えっ。

 

「内部分裂を起こして、クーデター軍が王族を処刑、一時的に政権を掌握しましたが……結局は治安が安定せず他国の介入を許し、主権を失って国家は霧散。住んでいた人たちもほとんどが新天地を目指して散り散りになったはずです。教科書にだって載ってますよ?」

「……無論、知っているさ。不勉強じゃないかを確認したかったんだ」

 

 うわしかも経緯が結構ショック。

 マジか~。うわ~……

 

「……フン。まあいいさ」

 

 エイミーは懐からタバコを取り出し、口にくわえると、マッチを擦って火をつける。

 その光景を眺めていて。

 

 ふと、気づく。

 

 

 あ゛!!

 これ英雄本人じゃないのかって疑われてるんだ俺!!

 

 

「いや~~はは~~」

 

 ドッと冷や汗が噴き出した。

 えっ、だけど、え? なんで疑われた?

 いやまあ同じ顔で同じ魔法だからそりゃ疑われて当然なんだけど。レミアがまったく疑ってないのが奇跡なんだよ。80年経っているとはいえ──

 

 ちょっと待て。

 80年経ってるから、もうほとんどの人が、英雄の魔法はおろか顔だって、直接見ていないはずだ。

 銅像ですらまるで違う顔になっていた。

 

 この状況で、どうやって俺が英雄本人だという疑いを持てる?

 

「…………」

「なんだい?」

 

 エイミーをじっと見つめる。

 彼女は最初の数秒、優しく微笑み、それからハッとしたように顔をそむけてしまった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから少したってから。

 

「邪魔するぞ」

 

 突然、はなれのドアがけ破られた。

 ガバリと振り向けば、金髪の男が一人、ずかずかと踏み入ってくる。

 かがまなければ入ってこれないほどの鍛え上げられた巨躯だ。露出した右肩には刺青が入っている。

 

「どちら様です?」

「おいおい。俺を知らねえとは新人か、引きこもりだな。アンタは有名な前者だ」

 

 男は俺の目の前に立ち、こちらを見下ろす。

 

「『ミリオンベイビー』のリーダー、アークライトだ。『未踏のレミア』と並び、『強壮のアークライト』と呼ばれている」

 

 へ~。レミアの元仲間か。

 俺は彼女に顔を寄せ、小声で尋ねる。

 

「なあ、最近は『二字熟語+名前』が二つ名の定番なのか? トーラスとは全然違うけど」

「え? 名前まで付けなきゃ分かんないじゃないですか、当たり前でしょ。白焔の~だとユーラシア共同体の中で何百人いると思ってるんですか」

 

 レミアの説明を聞いてかなりガックリ来た。

 二つ名のつけ方が移り変わってるのはいいけど、白焔にそんな集中してるのかよ……俺、付けられるなら『白焔のカイム』が良かったよ……

 

「ウチのエースをかっぱらったのはアンタだな」

「勝手についてきたんだけど……」

「どっちでもいい。返してもらわなきゃ困んだよ。予約いくつ入ってると思ってんだよ」

「…………まあ、それはそうだろうなあ」

 

 いやごもっともすぎるんだよな。

 一か月前には退職の意思確認を取っておくのがやっぱり無難というか、まさしくこういうトラブルを避けられるわけだし。

 とはいっても。

 

「ついでに一回分のレンタル料金もいただかなきゃいけねえ。払えるか? アンタで払えなかったら、アンタの家まで連れて行ってっもらわなきゃなんだよな~?」

 

 こいつ、めちゃくちゃ態度が悪い。

 さっきからずっと、レミアのことを備品か何かのように発言している。

 

「……アークライトさん。急な話になったのはすみません。ですが戻る気は──」

「わかってる、わかってるって。でも、お前が有名な冒険者になったのは、どこで経験を積んだからだ? 恩知らずはこの業界じゃやっていけねえよ」

 

 恩知らずと言われ、レミアが言葉に詰まる。

 いや本当にそう思うよ! さすがに即で出て行っちゃうのは恩知らずすぎるって。

 

 ただし。

 

「恩を返すべき相手に恩を返せない人間が恩知らずであって、かつて恩があってもダルくなったら切るだろ……」

 

 正直な感想を口にすると、アークライトがブチっと頭から音を鳴らして、こちらに顔を向ける。

 

「おい」

「ん?」

「黙ってろ」

 

 ノータイムで拳が飛んできた。

 それを左手でパシっと受け止める。

 

「!?」

 

 手が出るのが早い。精神的なザコだな。

 拳を握りつぶそうと力を籠める。アークライトの顔色が変わる。もう遅い。

 だがその時、部屋の奥で実験に戻っていたはなれの主が声を上げる。

 

「待ちたまえ。ここはボクのラボだ。外でやってくれないか」

 

 ひょこっと顔を出して注意され、俺は息を吐き、手を離した。

 それからレミアの隣に並ぶ。気にするな、と視線で慰めると、彼女は唇をかんでうつむいた。

 苦労してんね君も。

 

「な……ッ!?」

 

 一方、アークライトはエイミーの顔を見て、驚愕に呼吸を凍らせている。

 

「……なるほど。なんでマスフィールドにと思ったら、アンタのラボに来るためだったか。意外だな。アンタが特定のパーティに入れ込むつもりか」

「違うよ。彼らの売り込みが成功したのさ。ボクは君を知らないけど、有名な引きこもりだからねえ? それはそうと、マスフィールド家にケンカを売ってもいいのかい?」

「ちゃんと説明したぜ。追っかけてる元メンバーがここにいるって説明したら、当主様は分かってくださった。ころっと信じてくれたぞ」

「フン。あのお人好し……」

 

 売り込んだ覚えはない。

 何を話しているのか不思議に思っていると、アークライトは突然なれなれしく肩に腕を回してきた。

 

「なるほど。へえ、分かった。いいぜ。レミアをくれてやってもいい」

 

 直後の言葉を聞いて、眉根を寄せる。

 なんだ? 随分急な心変わりだ。どうした。

 

「どうやら知らねえようだな。そこの女は『深淵のエイミー』。レミアが誰も到達したことのない高みへ至る者なら、そっちは誰も行くに行けねえ深い知識の海の底まで潜っちまってる女だ」

「ヘエ~」

 

 すごい人だったんだ。

 

「王国最強の騎士、ソラ・スペードソードは知ってるだろ。あの女の装備はすべて『深淵のエイミー』がイチから作ったんだ。ドラゴンのブレスが直撃しても無傷らしいぜ」

 

 本当にすごい人だった!

 

「そうでもない。ボクの作品として世に出た中では知名度こそ抜群だが、アレはソラ嬢の要望ラインが低かっただけだ。素材さえあればもっとやれるさ。クフフ……次壊れたときはチャンスだね……」

 

 すごい人だけど最低だ……

 エイミーへの評価が乱高下している俺に、ぐいとアークライトが顔を寄せ囁く。

 

「そこでだ。お前、俺と組め」

「は?」

「レミアといいエイミーといい、お前が引き寄せてる。俺は腕も立つが、一番自信があるのは人を見る目なんだよ。お前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんで俺のパーティに入れ。雑用とかはさせねえでやる。会計係とかでいいだろ」

 

 ……あ、ああなるほど!

 俺が入ればレミアもエイミーも釣れると思ってるのか!

 ちらりと見ると、二人は明らかに嫌そうな顔をしていた。彼女たちが口を開く前に、俺がまず手を上げる。

 

「ええと、アークライトさんだっけか。ちょっといいか」

「ああ。分かってくれたか?」

「君は品位が低くて人間として浅そうだけど、この二人とやっていけるか? そこが心配だ」

「…………あ゛?」

 

 交渉、まあ交渉というより恫喝だが、応じる応じない以前に。

 この少しの時間で二人のせいで散々疲弊した身としては、ちょっとそこを根本的に見落としているんじゃないかと思った。

 

「うわああああっ!? な、なにを煽り倒してんです!?」

「フッフハハハ! すごいな君! 真顔で言えることじゃないだろう!」

 

 さっきまで不愉快そうにしてた二人が驚愕と爆笑を繰り出す。

 アークライトは完全にプッツンした表情で、俺から離れると、肩を震わせながら言う。

 

「……分かった。分かった。お前本当に死にてえんだな」

「そういうわけではないけど」

「英雄の再来だの言われて、身の程をわきまえなくなってるみてーだしな。この俺が直々に、強者の何たるかを教えてやるよ」

 

 む。

 ここで荒事はさすがにな。

 穏便に場所を移せないかと悩む俺に対して、アークライトは人差し指をビシイと突きつける。

 

「後悔しても遅いぜ! 白黒はっきりつけようじゃねえか!」

「……っ。別に俺に勝ったところで二人がお前のものになるわけじゃないけど」

「アンタのものじゃなくなるってだけだ。そっから先は俺が口説き落とせばいいんだよ」

 

 無理じゃねえかなあ。

 まあ本人がやる気を高めているのを頭ごなしに否定するのもなあ。

 そうぼーっと考えていた俺に対して。

 アークライトは、声高に宣言する。

 

 

「俺と勝負だ! トーラス記念闘技場で行われる、年に一度の祭典……トーラス武闘会でな!」

「ちょっとタイム」

 

 

 俺は眉間をもんだ。よくもんだ。

 聞こえた言葉が聞き間違いじゃないことがよく分かった。

 

「……トーラス記念闘技場は分かる。もう分かりたくないだけでわかるよ。でも、トーラス武闘会って何?」

「知らないんですか!?」

 

 驚愕の声を上げるレミアと、ヘエ~とわざとらしい相槌を打つエイミー。

 

「仕方あるまい、ボクが教えてあげよう。これは英雄トーラス子孫全員偽物説と合致する話なんだけどね」

「え? 何?」

 

 そう言ってエイミーはつらつらと語る。

 

 

「大英雄トーラスは嵐を巻き起こす魔族を鎮めた際、その領土の娘から夜這いされたのを、慎ましく断ったことがあるんだそうだ」

 

 もう知らない話になってる。

 美人からの夜這いなら絶対ノータイムでオーケー出してるよ。

 嵐を巻き起こす魔族……多分ヤンレヘッヘだよな。嘘じゃん。あの時疲れ果てて一人爆睡した俺を差し置いて、パーティのみんなは祝勝会に参加してたらしいじゃん。

 穴埋めに適当な話でっちあげやがったのか。マジか。あいつら絶対殺す。

 

 

「その時に大英雄トーラスはこう言ったそうだ。『私という剣は人類の未来を切り拓くためのもの。今はまだ鞘に収まる時ではありません。剣と鞘だけにね』と」

 

 言ってない言ってない言ってない! 言ってないぃぃ!!

 一瞬かっこいい雰囲気出してるけどこれスゲェ勢いの下ネタじゃない!? 夜這いに来た女の子に言ってるの単なるバカだよ! 名言として成立してないだろ!

 

 

「そうして、最期まで誰とも結ばれることなく大英雄は散った。その御霊へ捧げるために、王都に住む女の子は、成人前に一度は武闘会で踊り子をするんだ」

「山に住んでて生贄を要求してくる妖怪じゃん!?!?」

 

 最終的に対価要求しちゃってるじゃん! いい話の要素マジで何一つとして満たさなくなった!

 ん……? ていうかこれ、童貞のまま死んだのを慰める祭りってこと? え? はあ?

 ハアアアアアアア!?

 

 

「当初はそういう祭りだったんだけど、英雄の名がつく以上は腕試しも必要だろうということで、冒険者や騎士が参加するようにもなったんだ……って、もう聞いてないねこれ」

「ふざ……けんな……ッ!!」

 

 俺は頭を抱え苦悶の声を漏らす。

 もう再来と呼ばれるのすら断固阻止したい。

 だって童貞のまま死んだの大々的にバラされてる挙句、見知らぬ女の子踊らせて慰められる存在、最悪でしょ。

 

 今のところ、300人ぐらい奥さんがいてあちこちに子孫を残したとかいうデマを認めるか、王都在住全員に童貞煽りされるかの二択なんだけど。

 

 嫌だ。絶対に嫌だ!

 

 

 『英雄(こんなの)』だと思われたくねえよぉ………っ!!

 

 


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