【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している   作:佐遊樹

4 / 8
囚縛、永遠の車輪(2/2)

『さあ今年もやって参りました! 大英雄トーラス様へ捧げる、トーラス闘技会です!』

 

 コロッセウム状の闘技場にアナウンスが響き渡った。

 一行に纏めると由緒だけはちゃんとしてるように聞こえるのがムカつく。

 ずらっと並ぶ参加者の中に紛れて俺はそう思った。

 

『来賓には王都管轄委員会の皆様にお越しいただいております! また特別協賛として、マスフィールド家より運営に多くの助けをいただきました!』

 

 ああ、なんか、魔王軍幹部にパーティ全員囚われて、明日には処刑だっていう絶体絶命のピンチで、平和になったら武闘会みたいなイベントを開催して胴元として儲けたいみたいな下らない冗談を言った気がする。

 その言葉をここまでバカバカしい形で実現したとなると……この変なところで芯を食ったことをしている感じ、ウチの戦士か?

 

『例年通り、試合は騎士トーナメント、冒険者トーナメントに分かれます。果たして最強の騎士は! 最強の冒険者は誰なのか!』

 

 周囲にはプレートアーマーなどで装備を固めた冒険者、甲冑を纏う騎士がいる。

 今回はアークライトと戦うのが目的なので、騎士は参加しない冒険者用のトーナメントへ参加する手はずとなった。

 いや俺冒険者になっちゃった。あくまで雇用者兼なんだけどね。

 

 観客席で俺を見てうちわみたいなの振ってる未踏のレミア(めっちゃ目立ってる。何で参加してないんだこいつみたいな目を向けられてる)を見て、俺は苦笑いを浮かべ手を振り返すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 開会式が終われば、参加者も自分の出番が近づくまでは自由に観戦していいことになっている。

 

「組み合わせとしては、アークライトさんと当たるなら決勝でしょうね」

 

 羊皮紙にメモしたトーナメント表を見せて、レミアが言う。

 

「お互いに決勝へ進むのは大前提か。このトーナメントという仕組みはやや非効率に感じるけどね。相性差で勝敗が決まりそうなものだ」

 

 反対側の隣で、白衣姿に帽子をかぶったエイミーが飲み物をすする。

 

「事前の一次試験でかなり振り落とされるみたいだからな。ある程度のラインは担保した上でなら……っていう感じなんだろう」

 

 俺も岩を砕けとか多方向からの攻撃を避けろとか試験で言われて大変だった。

 筆記がなくて本当に助かったと思う。文武両道の方針じゃなくて本当に良かった。

 

「しかしなんというか。闘技場がとにかく広いな」

「二種類同時に進めますからね。あ、双眼鏡要ります?」

「いや、一応は見えるから大丈夫」

 

 俺たちの眼前では、闘技場を半分に割って、半分で冒険者が、もう半分で騎士が試合を行っている。

 分断線に沿って最上級の防護結界が張られており、よほどのことがなければ隣の試合に影響が出ることはない。というかこれ対軍勢用の魔法だから傷をつけることすら難しいだろうな。

 

 こうして見ると分かるが、冒険者と騎士では、平均値に明らかに格の差がある。

 

 当然と言えば当然だ。俺の『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』のように、魔法を用いる冒険者は一定の練度になると汎用的な魔法から適合率の高い要素を抽出し、自分専用の固有魔法を組むことがある。ただし魔法自体使えない人の方が多いので、ほんの一握りのトップ層だけが固有魔法を持てる。

 この辺は変わってないみたいだ。

 つまりは騎士の定義も変わっていないのだろうと推測できる。

 

 騎士は叙勲の最低条件として固有魔法を保持する。

 

 冒険者のトップ層であることは、騎士になるための前提なのだ。

 ……とはいえ極まった領域の冒険者がその辺の一般騎士を薙ぎ払えるのも事実。一概に騎士の方が強いとは言い切れないが、役職(ジョブ)として見たときの上下関係はある。

 

 そんなことを考えていると、試合が終わり闘技場の整理が終わった後、二名の騎士が入ってくる。

 

「うわ、何かレベル違う人がいるんだけど……」

「ソラ・スペードソード。トーラスに最も近き戦乙女。『至高のソラ』と呼ばれる騎士です」

 

 紺色の髪を短く切りそろえた少女だ。甲冑を着ていても俺の肩ぐらいまでしか背丈のない、小柄な女騎士。

 フェイスガードに阻まれて素顔は見えないが、立ち振る舞いだけでも相当なツワモノなのはわかる。結構、マジで、強い。レミアとこの子が魔王との決戦の場にいたら、トーラスは犠牲にならずに済んだかもしれない。そういうレベルだ。

 

「ボクに装備を発注してきた子だね。見て分かるものなのかい?」

「いや、まあ……うん。分かるよあのレベルは」

 

 事実。

 試合は始まり、すぐ終わった。

 『至高のソラ』なる騎士が瞬時に間合いを詰め、腕を一振りしただけで、相手の長剣が根元から砕け散ったのだ。

 

『決まったー!! 『至高のソラ』、強い! 強すぎる! 解説としてあえて言いましょう! 一体何が起きたのでしょうか!? 正直分かりません! ですが結果は明白、勝者は明瞭! ソラ・スペードソードが一回戦を突破だー!!』

 

「相も変わらずですね」

「今年も騎士の方は塩試合になりそうじゃないか。これは冒険者の方に注目が集まるね、頑張りたまえ」

「はーい……」

 

 冒険者の試合を見ると、そろそろ俺の番が迫っていた。

 席から立ち上がり、肩を回す。

 あれからいろいろ試したが、基本的に全力起動を10秒間実行すると、24時間のクールタイムが必要なことが分かった。厳密な数字ではないが、丸一日おけばまた再発動できるのは間違いない。

 秒数制限があるとトナメはマジできついな……

 

 

 ◇◇◇

 

 

 闘技場に立つ。

 向かいには皮の軽い装備を纏った冒険者がいる。

 彼はギラリとした眼光を向けてきた。

 

「おい、お前。カイム・カンタベリーっていったか」

「はい」

「英雄の再来って言われてるのは聞いた。だが、雇用者側なんだろ? この武闘会に何しに来た」

 

 うん。何で? って思うよね。

 

「理由は三つ。一つは宣伝」

「……は?」

「俺は王都で、冒険者相手に依頼の仲介業を営むつもりだ。王都外の依頼は腕の立つ冒険者を雇いにくいからな。条件を伝えつつ、足なんかも用意して、冒険者を各地に送る仕事をしたいと思ってる」

「お、おお、いいサービスじゃねえか。ちょっとその辺はウチのパーティも、王都に来る依頼だけだとペースが上がらなくて悩んでたからな……すみません後で詳しく聞いてもいいですか」

「構いませんよ」

 

 ビジネスの会話をしてしまった。

 互いにハッとし、丁寧な物腰になっていた冒険者が再び嘲笑を浮かべる。そのキャラ付けいるのか?

 

「で、あと二つは?」

「二つ目はこいつの試験運用だ」

 

 俺は腰に下げていた剣の柄を叩く。

 

「『深淵のエイミー』が作った最新鋭の剣だ」

「何……っ!? まさかそれは、あのソラ・スペードソードが使ってるのと同クラスの……!?」

「ああ。最高のコストパフォーマンスを追求した結果、高めのランチぐらいの値段で実戦に耐えうる剣に仕上げたらしい。連戦に使うことで耐久試験をしようと思っている」

「性能盛る方向性じゃねえのかよ!」

 

 うん……俺もなんか都合よく使われてるなって思うよ……

 

「じゃ、じゃあ三つ目は何だよ」

「それは──」

 

 俺は観客席を見上げた。

 レミアとエイミーがいる場所から少し離れたところ。

 大柄な金髪の男が、じっとこちらを見ている。

 

「ある男と、この場で雌雄を決しようと思っている」

「へえ。女でも賭けてるのか? それともプライド? 金? 意地?」

「……半分正解だ」

 

 プライドと意地、だろうな。

 アークライトに決闘を申し込まれ、レミアとエイミーについては本人たちの意思次第だし、そもそも俺が所有しているわけではないので賭けの対象とかではない。

 だがいざ、戦うかどうかを考えた時。

 

「向こうが真剣なら、こちらも真剣に応じたい」

「……! なるほどな。分かったぜ、お前はちゃんとここに立つ資格がある」

「ありがとう。助かるよ」

 

 話が終わるまで待ってくれていたアナウンサーが、開始を告げる。

 

『さあさあ話は終わったようです! カンタベリーさんのお仕事について興味のある人は、武闘会終了後にぜひお問い合わせをしてください! ですが今ここでは、その強さを見せてもらいましょう! 英雄の再来と呼ばれる男の実力は如何に!?』

 

 ブザーが鳴る。

 俺は身体に強化魔法を発動させ、長剣を引き抜き距離を詰める。

 対戦相手は短剣を引き抜きながら、器用に上体を倒してこちらの斬撃をかわした。

 

「シっ!」

 

 対戦相手が刃引かれた短剣を突き出す。首を振って紙一重に避ける。

 そのまま、()()()()()、両足を大地に固定し、俺は長剣で向こうの連撃を叩き落し続ける。

 

「……!」

 

 相手の表情に焦りが生じる。

 間合いが詰まらないからだろう。詰めさせない。

 

 初撃をかわされた時点でスピードが一定ラインに達しているのが分かった。単なる腕力で潰そうとすれば、スキを見て反撃されるだろう。

 だから有利な距離で、スピード勝負の領域で押しつぶす。

 圧倒的に勝つのではなく、派手に勝つのではなく、絶対に負けないように勝つ。

 

 剣戟の中を縫い踏み込もうとした刹那を見極め、短剣を押し込むように弾いて踏み込ませない。

 距離を操る。距離を操ればペースを保持できる。ペースを保持できれば、()()()()()()

 

「こいつ!」

 

 対戦相手が姿勢を無理に崩しながらも、ついに踏み込んだ。

 恐らくこういう勝負も経験してきたのだろう。

 スピードで勝る相手なら、リズムの裏を突いてくる。

 

 だから、整いつつあったペースを乱して、突然仕掛けてくる。

 だから、そこを迎え撃つ。

 切り返しが短剣を弾き飛ばした。手を離れくるくると回転し宙を舞った短剣が、遠く離れた地点に突き立つ。

 俺は切っ先を相手の喉元に向ける。

 

「素手で続行の意思は?」

「……ねえよ。もっと踏み込まなきゃいけなくなるじゃねえか」

 

 ひきつった笑みを浮かべ、相手が両手を上げ、降参の意思を示す。

 

『決まったー! カイム・カンタベリー、強い! 英雄と同じ魔法を使うと聞きましたが、未発動のまま圧勝! とんでもない新星が現れたかー!?』

 

 どうでもいいけどアナウンスが滅茶苦茶うまいな! 観客も大盛り上がりだ。

 それを考えると、なんかこのお祭りが……トーラスの童貞を慰める祭りが例年ちゃんと開かれてきたんだろうなあと思い、憂鬱になってきた。

 

「流石は英雄の再来……! 何もかもが早い……!」

「うるっせえよ!! 別の意味で聞こえんだよ! 早くねえって特に!!」

「おいおい、謙遜か?」

「早くないです! 英雄が早かったかどうかは知らんが俺は早くないです! 以上! 閉廷!」

 

 自分でも過剰反応なのはわかっているが止められず、とても悲しいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 続けて第二試合、第三試合も順調に勝利した。

 単純な身体強化魔法に絞って戦っても、経験値の差は絶大だ。

 

「決勝まで、固有魔法は温存しておくつもりかい?」

 

 準決勝まで時間が空いたので観客席で騎士の試合を眺めていると、ホットドックをむしゃむしゃ食べるエイミーが問うてくる。

 

「切り札にしておきたいんだ。あれを発動させるだけで、もう警戒されると思うし……あんまり連発するとガス欠にもなりかねない」

「フ~ン。まだまだ調整の余地があるということかな」

「そうなるな」

 

 という言い訳である。

 10秒縛りというヤバすぎる枷を明かしたくない。

 

「そういえば、レミアは何で出場しなかったんだ」

 

 これ以上掘り下げられたくなかったのでレミアに水を向ける。

 

「武闘会に出るなら、事前に調整とかがいると思うんですけど……その時間で、書類をまとめていたんです。だから調整不足になるだろうと思って出場を取りやめました」

「書類?」

「はい。ケジメです」

 

 レミアは持参したカバンを見せる。

 

「その……すみません、ご迷惑をおかけして。移籍のお話で」

「いや、俺も移籍には賛成しているから、向こうにかける迷惑は等分割ってことにしよう」

 

 結局は加担してるわけだしな。

 そう言うと、レミアは数秒目を閉じる。

 

「でも……やっぱり私の方で、ちゃんとお話ししておきたかったんです」

「……分かった。でも話がまとまらなかったら、俺も話し合いに参加するし、土下座とかするから」

「土下座はやめてください……」

 

 何をするのかは知らないが、彼女なりに、アークライトを説得したいのだろう。

 まだ17歳だ。そのあたりは衝動的に動いても仕方ない。俺もそういう時期が……いや別にまだ精神年齢もそんなに離れてないか……ていうか俺も結構衝動的に動いてるし。

 

「立派だねぇ~。ちゃんと自分のコトを自分で決められている。ボクには無理だな」

 

 ホットドックの包み紙を握りつぶしながら、エイミーが感心したような声を上げる。

 

「よく言うよ……あれだけはなれを使ってやりたい放題するなんて、ちゃんと自分で地位を確保してる証拠じゃないか」

「そう見えるかい?」

 

 数秒言葉を返せなかった。

 目を合わせていたエイミーの表情が、よくしゃべる彼女からは結びつかないほど、空虚なものだったからだ。

 

「……と。君もそろそろ試合の準備をしたまえ」

「あ、ああ」

「? エイミーさんもどこかに行かれるんですか?」

 

 俺に先んじて席から立ち上がるエイミーに、レミアが声をかける。

 

「レミア嬢。何度も言っているが、敬語は外していい。むしろボクは敬語が苦手なんだ。しかも君ほどの存在からとなると、正直違和感が強い」

「む……す、すみません。気をつけてはいるんですが。基本的に敬語でしか話したことがないので……」

「……そういうことならまあ、徐々に慣らしていけばいいさ」

「わかりま……ええと。分かったぜ!」

「敬語外すと随分キャラ変わったね。絶対に無理しすぎだよそれ」

 

 エイミーは紅髪をかき上げて、気だるげに観客席──その中でもお偉いさんがたが座るVIP席を見上げた。

 

「協賛、マスフィールド家だからね。ボクも挨拶しなきゃいけないらしいんだ」

「それで白衣の下は普通に服着てたんですね……」

「納得の仕方がおかしくないか」

 

 分からなくはないんだけどもさ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来てくれたか」

「…………」

 

 闘技場の廊下を歩き、顔パスで関係者用の通路に入ったエイミーは、マスフィールド家の当主と顔を合わせていた。

 

「毎年体調を崩して休まれていたからね。今年はどういう風の吹き回しかと思ったけど……」

 

 当主はそこで廊下を見渡し、他に人気のないことを確認してから、エイミーに顔を寄せる。

 

()()()()()()? 極端に肩入れするのは、エイミー様、あなたが嫌っていたことかと思いますが……」

「構わない。それより、二人きりの時も敬語は外していい。敬語は苦手だと言ったはずだ」

「……分かった。では挨拶に?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? いい加減挨拶ぐらいはしておくべきかと思ったし、それに」

「?」

 

 そこで言葉を切り、エイミーは鼻を鳴らす。

 

「気まぐれだよ。あの顔で生きてる人間を見たら……ボクも、何かやらなきゃって……それだけさ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来たか」

「ああ」

 

 準決勝も勝利した俺は、決勝の舞台に立っている。

 相対するは『ミリオンベイビー』のリーダー、『強壮のアークライト』である。

 

「ここでひねり潰す……と言いたかったが。見込みが甘かったらしい」

「?」

「アンタ、やるな。俺に手札を極限まで伏せた状態で来やがった」

 

『さあさあ、まずは騎士トーナメントの決勝からです────!』

 

「……確認しておきたい。そっちが勝ったら、俺はレミアとのコンビは解消する。それはいいけど、エイミーがどうするかは俺には何も約束できない」

「そもそも『深淵のエイミー』が他人に興味を示してるだけで異常事態なんだよ。つながりが太い細い以前に、つながりを持ってる人間を抱き込める時点で値千金だ」

「あっそうか俺が君のパーティに入ることも条件になってるんだったか……」

「忘れてたのか!? お前どうでもいいと思って──いや違う。お前、お前がどうでもいいのか?」

 

『最強が最強を証明するのか、それとも伝説に終止符が打たれるのか!』

 

「……」

「いや、つまんねえ雑談をしちまったな。どうせ試合はすぐに始まるんだ、集中を研ぎ澄ましておこうぜ」

「ああ、その通りだな」

 

 俺が装備しているのは、エイミー印の、コスパに優れた剣一本。

 向こうは巨大な大剣を背負っている。

 リーチの面でアークライトが有利なのは明白だが、取り回しの差はこちらに軍配が上がる。

 

 向こうも戦術を組み始めたのが分かる。

 佇まい、装備、視線から、戦闘パターンを読み取ろうとしている。望むところだ。

 俺とアークライトは邪魔なものを見聞きせず、お互いにお互いしか意識に浮上しなくなる。

 

『それでは騎士トーナメント決勝戦、試合開始────!!』

 

 直後。

 甲高い衝突音と共に、俺たちの真横で結界にヒビが走る。

 

「っ!」

「うおおおなんだあ!? ビックリした!」

 

 音の出所に振り向いて、それから目を疑った。

 甲冑を着込んだ騎士が()()()()()()()()()()

 

『し、試合終了!! 終了です!! なんという実力差か! 騎士トーナメント、栄えある一位はやはりこの騎士────』

 

 アナウンスが遠くに聞こえる。

 フェイスガード越しだが、確かにわかる。

 たった今騎士の頂点に立った女、ソラ・スペードソード。

 彼女がヒビの走った結界越しに、こちらを見つめている。

 

「英雄の再来、カイム・カンタベリー」

「っ」

 

 名を呼ばれ、ハッとする。

 

「貴公は英雄の再来と呼ばれる事実を、拒絶するか」

「……拒絶はしません。同じ魔法を使っているのならそう呼ばれるのは道理だと思います」

「そう。なら、いい」

 

 彼女はどこか満足したかのように頷くと、踵を返す。

 それから背中越しに語りかけてきた。

 

「覚えておいてほしい。先ほどのアナウンスは誤り」

「?」

「わたしは、終止符をいつか打たれる伝説ではない。わたしが、伝説に終止符を打つ」

 

 宣言して、騎士は去っていった。

 息を吐いて、正面に向き直る。アークライトがあきれたような表情を浮かべている。

 

「だから言ったろ。アンタ素質あるって」

「……うるせえよ」

 

 なんか本当にそうかもしれないと思って悲しくなってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『さあ結界の修復に若干の時間をいただきましたが!! ついに開始です、冒険者トーナメント決勝戦!!』

 

 時間を取って、改めてアークライトと向き合う。

 観客席ではレミアが緊張の面持ちでうちわを握っている。表情と持ってるものが釣り合ってない。

 

『例年優秀な成績を収めてきた『強壮のアークライト』がついに頂点へ手を届かせるか!?』

 

 VIP席に目をやると、長い紅髪の女が頬杖をついてこちらを見下ろしている。

 

『期待のルーキー、英雄の再来が栄光をつかみ取るのか!?』

 

 息を吐いた。

 身体に魔力が循環していく。

 

『それではっ!! 武闘会の最後を飾る決戦!! 開始です────!!』

 

 ブザーが鳴ったと同時。

 俺とアークライトは地面を砕いて接近し、互いの得物をぶつけ合う。

 

「正面から! 剛毅なヤローだぜ!」

 

 歓喜するような声を上げるアークライトと切り結ぶ。

 さすがによくやる。速度差は織り込み済みか。

 立ち位置の妙、一つの動作に込められた複数の狙いや、攻撃から攻撃へつなぐ速度が、明らかな手数の差を埋めて拮抗させている。

 

 こちらが三度斬撃を放つ間に向こうが一度剣を振るう、それぐらいのスピード差があるはずなのに、刃が届かない。

 思ってたより上手いな……

 

「正面の押し込み合いなら俺に分が──!」

 

 そう叫び、アークライトが俺の斬撃と大剣をかみ合わせる。

 ガチン! と音を立てて火花が散る。鍔迫り合いに持ち込まれた。重さでこちらの得物ごと砕くつもりなのだろう。

 腕力以前にこっちの剣が折れるな。

 

「付き合ってられるか!」

 

 常に押し込み続けているように見えても、人体はそこまで頑丈じゃない。呼吸の継ぎ目がある。

 アークライトの身体が微かに膨らんだ刹那、膝のバネを使い思い切り大剣を弾く。

 

「……っ!?」

 

 そのまま追撃しようとしたが、アークライトは身をよじって刺突を避け、間合いを取り直す。

 微かに一秒の静寂。

 直後、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 見世物としてはいい試合になってるだろうな。

 アークライトが首を鳴らして問う。

 

「今の動き、アンタ……俺のこと調べたか?」

「当然だ、そっちは有名人だからな。ちょっと調べたら過去の戦いのデータも出てきた。魔法適性が低く、身体外部へ攻撃魔法として出力するタイプのものは使えないとあったよ」

「ハッ。人気者はつれーわ」

 

 肩をすくめ、しかしそれからアークライトは大剣を構えたまま腰を落とすと、獣のように低い姿勢を取った。

 

「ならここから先は何が始まるか分かるだろ?」

「ああ。お前の固有魔法だ」

「正解だ!」

 

 アークライトの脚部で、魔力が渦を巻く。

 

 

 

「『烈震噛む円環(グラウペスト)』──ッ!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 佳境を迎える試合を眺め、エイミーは退屈そうに飲み物をすする。

 

「……興味がない?」

いいや(ノン)

 

 マスフィールド家当主の問いに対して、グラスの中の氷をかき混ぜて音を鳴らし、紅髪の女は息を吐いた。

 

「ボクが見ているのは勝つか負けるかじゃない。証明できるか、できないかだ」

「……?」

 

 彼女の鋭い目が、闘技場へゆっくり注がれる。

 

(意味なんてない)

 

 ただ死んでいないだけだ。

 長い長い時の中に、すべては溶けるようにして消えていく。だが彼女だけ、溶けることができない。

 

(意味なんてない)

 

 今のエイミーは、大海の中で藁を探しずっと藻掻いているようなものだ。

 傍から見れば、諦めて沈んでしまえばいいのにと思うだろう。

 しかし。

 

(……一瞬だけでも、意味なんてものの味を押し付けてきて。おかげでボクは、このザマだ)

 

 再会の機会は失われた。

 だがそれでも、この世界に、変わらないものがあるのなら。

 あの温かさが永遠に地上を去ったわけでないのなら。

 

 そう自分に言い聞かせて、エイミーは今日も生きている(死んでない)

 

 

 ◇◇◇

 

 

 アークライトの脚部に渦巻いた魔力は、そのまま、()()()()()()()()()()()

 猛スピードで回転した車輪がガチン! と大地を噛み止め、爆発的にアークライトの身体を加速させる。

 

「っ!」

 

 通り過ぎざまの一撃。大質量の大剣にあるまじきスピードを、受け止めずにいなす。

 データ上では、やはりこの第一撃目で勝敗が決することが多かった。当然だ、速度差に目がついていけない。記録として読んではいたが、こうして見ると驚く!

 

「これが噂に名高い、『強壮状態』か……!」

 

 四方八方から迫る斬撃。見てからの防御では間に合わない。

 瞬時に積み重なっていく数十の攻撃を、極力衝撃を流して避けていく。

 

「……! 対応できるだと!?」

 

 アークライトがピタリと正面に静止して、訝し気にこちらを見る。

 もうどこから来るのかを、来る前に感じるしかない。地面を介して伝わる振動で、移動の方向性だけを感じて、その直線を頭の中で描く。

 常に数秒先の未来を予想しながら動けば、直撃はしない。

 

「アークライト、お前の固有魔法……特徴は持続時間の長さだな」

「ああ。確かに今は反応できているが、体力が切れるのは、そっちの方が先だぜ」

 

 なんて理不尽だ。記録にも、なぜここまで持続できるのかは理解不能とあった。

 だが、相対すれば分かった。カラクリは両足に部位を限定している点にある。

 

「この目で見てわかったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「! へえ、見ただけで理解した奴は久しぶりだな」

 

 吸い上げた魔力で車輪を回して移動し、移動した先でも魔力を吸い上げる。

 実に効率的な運用だと言わざるを得ない。

 何より、いつ切っても構わない切り札ってところが羨ましい。

 

 相手が先に切り札を切ったら、後追いで強壮状態に入り上から潰せる。

 相手より先に強壮状態に入らされてもスタミナ勝負で潰せる。

 ズルだと思う。ズルじゃない? ズルだろ! ズールズルズルズル!!

 

「だが、理解したところでどうしようもねえ。アンタが採れる選択肢は一つだけだ」

「そうだな。だけどその間に一つ聞きたい」

「?」

「それだけの強さがあって何故……レミアにこだわる」

 

 観客席に聞こえない程度の声量で問う。

 アークライトは大剣を突きつけ、嘲笑をあらわにした。

 

「強いやつを弱いやつが顎で使うのが世界のルールなんだ。我慢ならねえだろ。奴らは何もわかっちゃいない。平気で俺らを使い潰そうとする」

「……そうかも、しれない」

「そうなんだよ。俺を鍛えてくれた人、導いてくれた人、みんな末路は同じさ。だから、分かってるやつが使うしかねえだろ。特にあんな、生きるのが下手なくせに力だけが超強いやつは」

 

 ────そうか。

 アークライトの表情を見て、納得がいった。

 お前のそれは、庇護だったのか。

 

「騎士サマたちと違って、俺たちは自分で自分を守るしかねえ。独りだけ飛びぬけて強かろうと、いいように使い潰される。だから徒党を組むんだ、徒党を組んで、金を稼いで、自分たちを守る。生きるっていうのはそういうことだろうが!!」

 

 アークライトの身体がブレる。

 正面からの加速を、初めて、真っ向から受け止めた。

 

 バキッ、と剣が半ばで砕け散る。

 余波に吹き飛ばされ、闘技場を区切る防護結界に衝突する。

 試合が動いたことに歓声が上がる。その中で、レミアが悲鳴を上げるのが聞こえた。

 

「……分かったよ」

「……分かってくれたか? なら、アンタも来い。アンタもあいつと同じだ」

 

 折れた剣を放り捨て、立ち上がる。

 

「分かった、証明する」

「あ?」

 

 右手を伸ばし、握りつぶすように拳を固める。

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』」

 

 

「来やがったか……!」

 

 アークライトが車輪を高速回転させる。

 光の剣が背部に装填され、俺がそれを引き抜くより前に、こちらへ飛び掛かってくるのだ。

 

 だけど、俺は証明しなきゃいけない。

 

「お前の言葉は正しい。だけど一面的な正しさだ。誰かが誰かを使い潰し続けるだけが、この世界じゃない」

「あ?」

「なぜなら──」

 

 キッとアークライトを見据える。

 

「お前の言うお偉いさんたちを黙らせるぐらい、俺が強いからだ」

「──! 吠えたな、テメェ! じゃあやってみせろよ!」

「わかった。10秒で証明する」

 

 全力起動開始。

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)連弾機能拡張(アクティブアサルト)』」

 

 

 直後。

 アークライトが猛スピードで後退する。

 俺の背部から打ち出された光の剣を避けたのだ。

 

「えっ、ちょっ」

 

 地面に突き刺さった剣は、そのまま地面をえぐり抜いて、一切減速することなく彼へ襲い掛かり続ける。

 

「はあ!?」

 

 四方八方から飛び来る剣。

 縦横無尽に宙を舞う光の刃。

 必死に駆けずり回り大剣を振るおうとも、全方位はカバーできない。

 

「なん、だ、こりゃぁっ!?」

 

 アークライトの身体に無数の切り傷ができていく。

 速度にも手数にも対応できていないのだ。

 必死に車輪を回転させようとしたが、俺が操作する剣の内二本が車輪を貫通して地面に刺さる。杭を打ち込まれ、身動きが取れなくなるアークライト。続けて大剣を手から吹き飛ばす。

 

 ここまででいい──全力起動終了。反動に視界がぐらつく。

 操作を切り上げる。手の中に戻ってきた待機状態(アイドリング)の剣を握り、アークライトの元に歩み寄り、切っ先を突きつける。

 

「俺の勝ちだ」

「……っ!」

 

 7秒フラットで済んだ。

 あれから考えたが、一度起動したら10秒間止まれないのはあまりに効率が悪い。途中で切り上げて温存できないかと思い、やってみたが……これはこれで振れ幅に身体が耐えきれない。

 中断・再開は一度きりが限界だな。

 

『き、決まった────!! 『強壮のアークライト』敗れたり!! 王都に突然現れたルーキーはスーパールーキーだったああああああ!! 英雄の再来、カイム・カンタベリーの優ッ勝ッです!!』

 

 割れんばかりの歓声が耳をついた。

 だが、手を叩き足を踏み鳴らす観客たちには目もくれず、俺とアークライトは至近距離で見つめ合う。

 

「お前が徒党を組むのは間違っていない。だけど、手段に過ぎない。目的じゃないだろ」

「……!」

「まあ、なんだ。俺もうまいことやるよ。だから……()()()()()

 

 こうしか言いようがない。

 ただこれは、レミアの移籍先として、俺が信頼できるかどうかの話だったのだ。

 

 アークライトは、自分の身体を縫い留めていた剣群が光の粒子に還っていくのを眺めていた。

 

「……アンタ」

「?」

「英雄の、再来なんだな」

「そう言われてる」

 

 アークライトはふいと視線を逸らす。

 

「……フン。俺のとこより、アンタのとこにいた方が、将来的には安泰かもしれねえな」

「分かってくれたか?」

「意趣返しかテメェ!」

 

 そうだよ。分かってんじゃん。

 舌打ちをして、舌打ちをして、デカい舌打ちをマジでエンドレスに無限にし続けて俺の鼓膜を破ろうとした後、アークライトは渋々といった様子で頷く。

 

「わーったよ……様子がおかしかったらソッコー行くからな」

「定期的に来てくれていい。常に様子がおかしいだろあの子」

「それは分かる」

 

 頷くと、アークライトが、何か肩の力を抜いたかのように苦笑を浮かべる。

 

「にしても、人が悪いなアンタ。英雄の模倣って、基本形態だけじゃないのかよ」

「基本形態?」

「今やってただろ。パワーを犠牲にして身体を内部から作り替えることで極限の素早さを引き出す、トーラス・スピードフォルムじゃねえか」

「違う違う違う違う知らん知らん知らん知らん」

 

 なんでフォルムチェンジすることになってんだよ!

 どうなってる?

 みんな、ちゃんと英雄を実在の人物だと認識できてなくないか?

 

「いやあ、そう考えると惜しかったんじゃねえかな俺。トーラスでいうところの第二形態まで引き出せたわけだしさあ」

「第二形態!?!?!?!?!?」

 

 俺の前世が小林幸子みたいになってる!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 決着はついた。

 冒険者組の優勝者であるカイムが壇上に上がり、賞品を受け取り、観客に向けて手を振っている。

 騎士組の優勝者であるソラ・スペードソードは、試合が終わった後即座に帰ってしまっていた。

 

(出力こそ低いが、彼と酷似した固有魔法)

 

 それをVIP席で眺めながら、エイミーは思考を巡らせている。

 

(どういう理屈なのかは分からない。本人は真似をしただけと言っていたが……固有魔法の形が似ている以上、魂の形質も似ているということだ。みんなそれが分かっているからこそ、英雄の再来と呼んでいるのだろう)

 

 しかし。

 

(似ている、だけか)

 

 決勝戦。

 ()()()()()()()()()()()()は、ついぞ現れなかった。

 言葉を選ばなければ、あれはまがい物。ハリボテの光の剣。そこからにじみ出る浄化の炎がない限り、ほど遠い。

 

(馬鹿かボクは。勝手に期待して……)

 

 自然と視線が下がっていってしまう。

 カイムが閉会式のMCと話す声が聞こえていたが、なぜか壇上に上がってきたレミアの声まで響き始めた。

 

『というわけで、私とカイムさんのコンビをよろしくお願いします!』

『いやそっちの宣伝はするつもりなかったんだけど!?』

『あの~そろそろ拡声器を返していただけませんかね~?』

「フフッ」

 

 いつの間にか閉会式を乗っ取っている二人の光景に、思わずエイミーは笑みを浮かべる。

 

「失礼、マスフィールド家当主様。お客様です」

 

 その時、音もなくVIP席に入ってきた男が、背後から声をかける。

 おお、と返事をしてエイミーの隣の席から当主が立ち上がった。

 

「どなたかな?」

「お前が当主か」

 

 弾かれたようにエイミーは振り返る。

 使用人のふりをして入ってきた男の手に、鈍く光る切っ先があることに気づいた。

 

「!!」

 

 身体が自然と動いた。

 

 エイミーは長い紅髪をひるがえして、当主の前に、両腕を広げて割って入っていた。

 

(何をしている??)

 

 自分の身体の動きに、自分で理解が及ばなかった。

 

(効率面では確かにいい。ボクなら、ナイフで刺されたぐらいじゃ死なない)

 

 だが、自分の正体を露見することになる。今の場所にはいられなくなるだろう。 

 

(じゃあ、なんで)

 

 そんなの分かり切っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(ああ、クソッ。トーラスのやつ、覚えてろ──)

 

 エイミーに向けて、ナイフを構えた男が突進する。

 

「これが裁きだ!」

 

 瞬間的な痛みに備えて、エイミーが息を止める。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『これが裁きだ!』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』ッ!!」

 

 

 いつもの動きをカット。

 光の剣も複数本ではなく、必要な一本だけに絞る。

 閉会式のMCや隣のレミアの認識が追いつく前に、光の剣をVIP席へ射出。

 

 開け放ちのように見えて展開されている防護結界に突き刺さり、ビシイとヒビが広がる。

 最速で、一直線に飛び込むには、この結界が邪魔だ。

 再起動可能時間は3秒フラット!

 やれるか!? やるしかねえよな!

 

 突き刺さった剣と俺をつなぐ焔の線。

 ワイヤーアンカーを引き戻す要領で一気に線を巻き取り、一秒未満でVIP席の防護結界に到着。

 よっぽどのことがない限り割れないらしいな。

 

 冗談じゃない。

 現代最強の騎士は、片手間みたいにヒビ入れてただろ。

 

 ()()()()()/()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 3秒間の全力起動をすべて一本の剣に注ぎ込む。

 剣を突き立てられていた防護壁が、そこを起点に融解する。

 刀身からあふれ出した魔力が大気をゆがめ、焦がしていく。

 

 コンマ数秒で、最上級の防護結界が解け落ち、大きな穴をあけた。

 

「でるうああああああああっ!!」

 

 VIP席に飛び込んだ俺は、勢いのまま、ナイフを突きだそうとする男に飛び蹴りを入れた。

 

「ぎゃぱ!!」

 

 吹っ飛んで壁に激突し、男は動かなくなる。

 全力起動解除。着地と同時、がくんと膝をつく。

 

「う、うおおおおおお…………」

 

 さすがにがんばりすぎた!

 10秒間、負荷を分散して展開するのが精いっぱいなのに、3秒間とはいえ圧縮してしまった。

 かぶりを振って立ち上がる。

 

「…………っ」

 

 エイミーと視線が重なった。

 

「大丈夫か? 怪我ないか?」

「────────ぁ」

 

 それだけ聞くのが精いっぱいだった。

 エイミーが口をぽかんと開けたまま、小さく、ほんの少しだけ頷くと同時。

 VIP席に警護の人たちがなだれ込んできた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 事情聴取を受けて宿に戻ると普通に日が暮れていた。

 なんでもマスフィールド家に仕事を取られた人だったらしい。逆恨みと一概に切って捨てることは、俺からはできないが、手段が誤ってはいると思う。

 

 そんなことを考えながら、ベッドに横たわりぐだぐだしていると、宿のおばちゃんに呼ばれた。

 

「カンタベリーさん、お客様よ。それも裏口がいいって」

「?」

 

 なんだろうと思って裏口の扉を開けると、そこにはばつの悪そうな表情を浮かべた『強壮のアークライト』が佇んでいる。

 

「え、もう様子見に来たのか」

「ちげえって! ……これ」

「ん?」

「さっき、帰り際、レミアのやつが渡してきたんだ……」

 

 見ればそれは、随分と重そうな革袋だった。

 どう考えてもお金がたんまり入っている。

 

「ウチに入ってから世話になった分、それと向こう一か月の賠償分。全部計算したらしい。羊皮紙の山だったぜ」

「あ~……なるほどな」

 

 これがケジメか。

 そうか、エースだからもともと稼いでたに決まってるわな。

 

「だが、これはアンタに渡す。あいつのために使ってやってくれ」

「……いいのかよ。キャンセル料とか」

「バカ。一人抜けたら回んなくなるのは徒党とは言わねえよ」

 

 アークライトは視線を重ねることなく、俺に革袋を押し付けて去っていく。

 

「何か伝えることは」

「もうちょい分け前を欲張れ、ってアンタが教えろ」

「わかった」

 

 小さくなっていくアークライトの背中を見ながら、俺は背後に声をかける。

 

「だってさ」

「…………」

 

 見れば、レミアは裏口のすぐそこでうずくまり、膝小僧を抱え、肩を震わせていた。

 

「……時々は顔を見せに行ってあげよう。きっと、向こうも安心するから」

 

 俺がしゃがみこみ、頭をなでながらそう言うと、レミアは顔を上げないまま、何度も、何度もうなずくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 隣の部屋までレミアを連れていき、寝かせてやった。

 明日は目が腫れるかもしれないが……まあ、喜びの涙でよかった。

 そう思いながら自分の部屋に入る。

 

「やあ。お帰り、カイム」

「うわぁっビックリした!!」

 

 俺のベッドに腰を下ろし、白衣姿でエイミーが何やら羊皮紙を眺めていた。

 完全に居座っている! なんだこの女。

 エイミーは俺に座るよう、ぽんぽんとベッドを叩く。

 

 無理。

 

 俺は備え付けの椅子に座った。

 同年代……同年代か? そういや年齢知らねえな。

 まあとにかく女性と同じベッドに座るのは、精神的なハードルが高い。

 

「つれないな。しかし、そういうところもらしいと言える」

「?」

 

 羊皮紙をぽいと床に捨て、エイミーは俺を正面から見つめる。

 ちらりと図面が見えたが、人体の魂になんか直接干渉しようとしているのが見えた。えっ!! コワ~……あんまり危ない研究はしないでくれよな……

 

「君とレミア嬢のコンビ」

「?」

「ボクが全面的に支援しよう。というか、ボクの装備は、これから全部君たちが使いたまえ」

「はあ!?」

「不思議ではあるまい。あの時VIP席にいた人間、全員君の名前と顔を覚えた。つながりができている。奇しくも君は、『強壮のアークライト』が恐れていた()()()()()相手に強く出られるようになった」

「そこは完全に偶然だけどな……見えたの、エイミーが刺されそうってだけだし……」

「…………ふふ。やはりね。そういうところだ」

 

 いや確かにつながりはできちゃったけども。

 だからといってさ、いくらなんでも急すぎるだろ。

 

「最強の騎士に装備つくってたような人がいきなり専属って、大丈夫なのかその、いろいろと」

 

「関係ないさ。君は……英雄の再来、なんだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「君がそう言うなら大丈夫だ。なんとでもなる」

 

「えぇ……そこまでする必要あるか?」

 

「うむ。だって────」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

(────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 エイミーは確かに見た。

 VIP席へと飛び込んでくるとき、彼の放った光の剣は、滲むように白焔を展開させたのを。

 

 現在の氏名、エイミー・マスフィールド。

 

 

 100年前の名前はA13号。魔王の生命維持のため造られた、生体型魔力貯蔵庫である。

 

 

 かつて少女だった頃、魔力が絶えない限りは生き続け、しかし最後は魔王のため干からびて死ぬことを定められていた少女は、英雄に助けられた。

 自決を迫る施設管理の魔族から庇われた。英雄は傷を負いながらもあっさりと魔族を倒し、それから言ったのだ。

 

『大丈夫か? 怪我ないか?』

 

 そして人生で初めて、抱きしめられて、温かさを知った。

 英雄の知り合いに保護された。同じ生体型の子供たちは、施設が奇襲を受けた際、A13号を残して廃棄処理されてしまっていた。彼らに呼ばれていたエイミーという愛称が、そのまま自分の名前になった。

 英雄は戦いが終わったら一緒に暮らそうかなんて言ってくれた。帰ってはこなかった。

 あの温かさは永久に失われたのだと思った。

 

 それからだましだまし、魔力を吸いながら、本来はいらない食事をして、人間のふりをして。

 誰ともかかわりたくなくて、定期的に名前を変えて。

 本来の目的の副産物である技術力で、様々な家がエイミーを欲し、そのたびに渡り歩いてきて。

 今はマスフィールドで、ずっと禁忌の研究を続けながら、誤魔化しの発明で気づけば名声を得て。

 

 無駄だと思っていたことに意味があった。

 こうして彼と引かれ合えた。

 本当にめぐりあわせがあるのかと懊悩しながらも組んできて、ほとんど組みあがりつつある、人間に対する究極的な延命案が、実を結ぼうとしている。

 出会いは自覚だった。死んでいないだけだった自分が、そこで、彼の輝きを見て、やっと生き始めた。

 

 女と少年は出会った。

 かつて少女だった女の前に、かつて恋焦がれた男と同じ顔で、同じ魂の輝きを持つ少年がいる。

 

 

「──だって、やっと出会えたのだからね…………」

 

 

 目の前に、生きてきた意味がある。

 だからエイミーは、あの日以来に、心の底から笑っている。

 

 

 英雄にしか縋れない少女が、80年かけて一枚のカードを引いた。

 

 

 







あと2話で一区切りだったのですが、ボーイミーツガール杯の最終日を迎えてしまいました。
明日明後日なんとか投稿して、当初の区切りまでは続けるつもりです。

素敵な杯を開催してくださり、ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。