【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している   作:佐遊樹

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白焔、英雄に花束を(1/4)

「……正気かよ」

 

 この言葉を発したときに相手が正気であることはあんまりない。

 要するには口にするだけ無駄な、自分を慰めるための言葉にほかならないのだ。

 

「何が不満なんですか?」

「いや……不満というか疑問というか」

「ふむ。では問題ないだろう。少なくともマイナスの感情があるわけではなさそうだしね」

「えぇ…………」

 

 俺はうめき声を上げた。

 目の前では美少女が二人、好き勝手にくつろいでいる。

 

 部屋着でソファーに座り、本を読んでいるレミア。

 変わらず白衣を着て床に転がり羊皮紙に何やら書きつけているエイミー。

 

 ここが俺の生活スペースでなければ微笑ましい光景だ。

 まあ俺の生活スペースでも微笑ましい光景だけど。美少女と美人だし。

 ただ心の準備はできていないというか。

 

「それでカイム。夕飯はまだかい?」

「あ、私作るの手伝いましょうか。何がありますかねー」

「え、あ、はい……」

 

 分かってはいたがお前は飯作ったりしないのね。いや分かってはいたけど。

 

「もの言いたげな視線だね。この家を用意したのは誰だと思ってるんだい?」

「……つくりまあす!」

 

 それを言われちゃうと弱いんだよなあ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 いよいよ本格的に仕事──冒険者仲介業兼冒険者業である──を始めていくぞという矢先である。

 

 宿を引き払い、元々事業所として使う予定で借りた一軒家に荷物を運びこんでいるときのことだった。

 一階をオフィス、二階を生活スペースとして使う予定だったので、二階に荷物を置いて掃除でもするかと思っていたところ、なんか家の前に馬車が数台、いや数十台停車して、ドカドカ荷物を降ろし始めたのだ。

 

「すみません、カンタベリーさんのお宅ですよね」

「あ、はい」

「こちらレミア様のお荷物でして」

「は?」

「こっちはエイミー・マスフィールド様のお荷物です」

「は??」

 

 ドカドカドカドカ! と荷物が……荷物? なんか建築材が運ばれていく。

 トンテンカンカン! と事業所の左右やら二階やらが増設されていく。

 

「何なんですかねこれ」

「発注によるとこういう図面で事業所を拡大することになってますね~」

 

 業者の人に図面を見せられ、卒倒しそうになった。

 なんか借りた一軒家が四倍ぐらいの大きさになろうとしている。

 

「いやいやいやいやこれ借りた家……ていうか明らかに左右の家にはみ出てるっていうか飲み込んでるじゃないですか……」

「ああ、マスフィールドさんが土地ごと買い上げたそうですよ。左右の家も空き屋だったので土地ごと買ったそうです」

「財力の暴力!!」

 

 そういやあいつ金持ちオブ金持ちだったな。レミアもサクッとアークライトへの金用意してたし。

 仮にも商家の三男である俺がまったくもって足元にも及ばない。何なんだマジで。

 図面を見ると付箋がついている。二人が書いたのだろう。

 

『私の部屋はここで!』

『ボクはこっちかな。あとこの広いスペースは研究ラボにするから』

 

 既に部屋割りが決まっている。

 部屋割り!? はあ!?

 あいつら住む気かよ!!

 

「ということで工事中はちょっと、家には入れないんですけど……あ、カンタベリーさんのお荷物はこちらで預かっておきますので」

「……どうも」

 

 まあ広くなるならいいかなと思い直した。維持費とかそういうのを考えなければ超お得。何もしてないのに家がデカくなったんだし。

 なんかソシャゲのクソ広告で会社のビルがデカくなる時みたいだな、と思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そうして俺たちのパーティはどどんと一軒家を建てて、そこを拠点としたのだ。

 とはいえこちらの本業がまだ準備段階なので、三人で何かの依頼をこなしたりとかの段階までは至っていないが。

 

「では、こちらの要望としてはこれぐらいですね」

「承りました」

 

 冒険者ギルドの受付で、初日にお世話になった受付嬢さんに諸々の書類を渡す。

 ギルド公認で募集掲示板に枠を作ってもらえることになったのだ。

 

「ではカンタベリーさん、何か質問はありますか? 気になることでもいいですよ」

「ありがたい話ではあるんですけど、まだ実績ないのに大丈夫かなとは思いますね」

「まあそのあたりは、都市管轄委員会の方にも認められちゃいましたからね」

 

 ああ、こないだの武闘会の一件か……

 

「冒険者は依頼をこなして日銭を稼ぎます。それができなければ干からびるだけです。強い冒険者はつまり、他の冒険者の食い扶持を奪うことになります」

「…………」

「ですがカンタベリーさんは、強い冒険者を王都の外に派遣できるように……もっと言えば、仕事を求めてる冒険者に、見合ったレベルの依頼を発注していくわけです。うまくいってほしいとみんな思ってますよ」

「が、がんばります」

「ふふっ、すみません。プレッシャーをかけちゃいましたか?」

 

 優しく微笑む受付嬢さんに、いやあと頭をかく。

 むしろありがたいよ。期待されないよりはずっと。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ギルドを出て街並みを歩く。

 活気づいた表通りは、多くの商店や露店が並んでいた。

 

「おお、再来君! 安くしとくよ、どうだい!」

「再来君じゃない! ほら持っていきなさい! 美味しいよ!」

「この石、ご利益あるらしいからね! つけときな!」

 

 俺の名前は再来君になっていた。

 まだ二つ名がついていないのでこのままでは『再来のカイム』になってしまう。誰の再来なのかさっぱり分からん。

 

 歩いているだけで店のおじさんやおばさんが俺の両腕に商品を放り込んでくる。拒否権がねえ。

 あっという間に食べ物やら小物やらが積み上がり、視界をふさがれた。

 

「これもつけとくよ!」

「ハハッ、どうも……これ何ですか? キメラっぽい動物ですけど」

「知らないのかい? トーラス様が飼ってたっていう神獣だよ!」

 

 飼ってた覚えねえなあ!

 ていうかこの、何? 頭が二つある虎に翼が生えて尻尾にも顔がついてる外見は、どう考えても魔獣の方だろ。

 えぇ……置かれた場所のせいで、こいつと至近距離で見つめ合いながら歩く羽目になったんだけど……

 その時だった。

 

「だからさあ! ぶつかってきて、飲み物こぼしといて、謝って終わりじゃ筋が通らんよなあって言ってんの!」

「ごっ、ごめんなさい」

 

 通りにいかつい男の声が響いた。

 周囲の人々がうわあ……みたいな表情で視線をそちらに向けた後、さっと顔を逸らしてその場から立ち去っていく。

 フ~ン。何かのトラブルか。

 

 コンコンと踵で地面を叩き、反響する振動で周囲の状況を把握する。

 俺が歩く歩道の先。背の高い人間二名。小柄な人間一名。向き合っている。声の出所も併せて考えると、二人が一人を恫喝しているな。

 

「ごめんなさいっ、そっ、あの、その、きゅ、急に曲がってくると、とは、お、思わなくて」

「何? 曲がっちゃ駄目だった? 曲がっちゃ駄目だったんですか~?」

「い、いえ、そういう、わけでは」

 

 あーこれ当たり屋じゃん。

 俺は鼻を鳴らすと、荷物を抱えたまま真っすぐ歩く。

 ドンと男の肩にぶつかり、抱えていた荷物が地面に散らばる。

 

「ああ、ごめんなさい。前が見えてなかったんで」

「あ!?」

 

 こちらに振り向き、そこで男たちの顔色が変わった。

 

「え、英雄の再来……」

「いや~申し訳ない。道を空けてもらえますかね」

「空けるって、何が……」

 

 散らばった貰い物を拾い集める前に、男に注げる。

 

「だから、俺がこれを拾って歩き出す前に、どけって言ってんだよ」

『!』

 

 明確に敵意を見せる。

 男二人は顔を見合わせ、それから渋い表情でその場からいなくなった。

 

 やっぱり地位と実力にもの言わせて人を動かすのは最高だな! 

 嘘です、最悪です……ウワ~……

 

 ものすごい自己嫌悪に陥りながらしおしおと落ちた諸々を集めていると、視界の外から小さな手が伸びて、例のキメラ像を拾い上げた。

 

「あっ、あの」

「?」

「……ほ、本当は見えてましたよね」

「ん……まあ、気にしないでください」

 

 カツアゲされてた女の子だった。

 紺色の髪に片目は隠れ、もう片方の目もほとんど覆われている。服装は地味なものだ。いかにも弱そうで、カツアゲの対象として逆に不適切過ぎる。

 

「……す、すみません。助けて下さって。あの、えっと、わたし、その……な、なんとお礼をすればいいか」

「いえいえ、気にしないでくださいって」

「で、でもっ、その、わた、わたし、何かしらのお礼、ぐ、ぐらいは」

「あーそれじゃ……あっ」

 

 運ぶの手伝ってくれと言おうとしたがナンパじゃん!!

 あぶねえ……死ぬところだった。うわっそのために助けたんだみたいな顔されたら致命傷は免れなかったと思う。

 

「は、運ぶの、手伝った方がいいですよね。大変ですよね、大変で……大変でしょうし」

「おっ……あ、ああ、はい。できれば」

 

 向こうから言われたならノーカン! 余りにも自分の精神がちょろすぎて泣ける。

 あとすげえ勢いでどもるなこの子。

 

「だけど……ふふっ。こ、こんなにたくさん。カンタベリーさんのこと、み、みんな好きなんですね」

「断れない性格なのは直したいんですけどね……」

 

 名前を知られているのは不思議じゃない。こういうのをたくさんもらう程度には知名度があるからな。

 

「あっ、じゃあお名前を聞いても?」

「ふぇ?」

 

 少女は紺色の髪を揺らし、数秒逡巡してから。

 

「……えっと。く、クローバーです」

「え?」

「わた、わたしの名前。クローバーって、呼んでください」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 両手に抱えた食べ物を落ち着いて食べられる場所を探して歩いていると、英雄の銅像がある広場にたどり着いた。

 ベンチに腰かけて、抱えていた荷物を置く。

 

「食べ物、一緒に食べてくれません? これ全部食べちゃうと俺の腹部が破裂してしまうので」

「そ、それは、見たくないですね……」

 

 隣にちょこんと座ったクローバーさんは苦笑して、露店のホットドッグを手に持った。

 俺は荷物を整理して、どうしたもんかと唸る。謎に小物類が多いんだよな。何だこのネックレス。古代からよみがえった殺人民族とかが着けてそうだ。

 

 持ち帰って適当にレミアに押し付けようかな。

 実質的な諦めに至っていると、見れば英雄の銅像の前に何やら並べられたものがあった。

 

「ん? あれは……?」

 

 切り拓かれた魚や肉が、物干しざおに引っ掛けられ、トーラスの前に置かれている。

 何だろう。献上品的な?

 

「あ、あれは、トーラス干しです」

「なんて言いました?」

「えっと、天日干しのい、一種で。と、トーラスの栄養素が、食べ物にはいる、そうです」

 

 トーラスの栄養素って何? 入るわけねえだろ!!

 もうここまでくると怪しいビジネスになってるじゃねえか!!

 

「お、王都の、名物品、なんですよ? ……し、知りませんでした?」

「知らなかったし知りたくもなかったです……」

 

 突然うなだれた俺に、クローバーさんがわたわたする。

 

「えっ! あっ、あっ! ご、ごめんなさいっ!」

「いえ、クローバーさんのせいではないので、お気になさらず……」

 

 めちゃくちゃへこんでしまったな。

 

「あ、あのっ」

「?」

「お、お詫びに、他の。か、カンタベリーさんが、気に入ってくれそうな、ほ、ほかの場所……! 連れていきますから……!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 荷物を王都の荷物預かり所に預けて。

 それから連れてこられたのは武器屋だった。

 なんで??

 

「た、試し切りが、充実してるんですよっ……」

 

 にへへへと若干危ない表情で剣を物色するクローバーさん。

 可愛らしい小さな少女だったが、今凶器を漁る姿はどう見ても悪の組織幹部のサイコパスロリ枠だった。

 怖い。

 

「へ、へ~……どんなもんが……」

 

 恐る恐る武器棚を漁る。

 王都とはいえ既製品だ。オンリーワンの武器に比べるとあっ!! この短剣いい!! 値段の割にすごくいいぞ!!

 

「おや、今日はお連れさんがいらっしゃるんですか……って、再来殿!?」

 

 奥から出てきた店主が、クローバーさんを見て、それから俺を見る。

 

「意外な組み合わせですな……」

「たっ、助けてもらったので。お、お礼に紹介、しに来ました」

「初めまして。クローバーさんのご紹介に与りましたカイム・カンタベリーです。ところで特定の業者相手に定期的に装備の発注ができるといいと考えていたのですが、そういったビジネスはお考えでしょうか」

「ビジネスの勢いが凄い」

 

 俺は店主さんに詰め寄る。

 店主さんはチラとクローバーさんを見た。

 

「クローバーさん……?」

「あ、あの、えっと、その」

「ああ、いえ。大体分かりました。クローバーさんが紹介してくださったとのことですから、信頼はできますよ」

「ありがとうございます。後日またお伺いしますので、その時は何卒宜しくお願い致します」

「こちらこそ、ご多忙かとは思いますが、その時はよろしくお願いします」

 

 よし、アポも取れたし今日は思う存分武器見ちゃうぞ~!

 いやあ昔は聖剣やら魔剣やらがあったけど、他の投げ物とかは常に枯渇してたからな~。こういう風に武器に囲まれるのなんて久々だ。

 

「おっ、これは手持ちのランスか」

「そ、それ、いいですよねっ」

「こっちは大きな盾だな……お、地面を噛みとめるフックがついてる」

「ぼ、暴徒鎮圧用……! りゅ、流出品、ですかね」

 

 二人で武器を見て回りわいわいと時間を過ごす。

 

 

「うわっクローバーさんうまいですね投げナイフ!」

「にへへ……」

「俺も負けてられないな、よっと」

「! 上手……」

「昔取った杵柄ってやつですね」

「?」

「あ、ああ……そうかこっちにない言葉だったな……前に身につけた技術が発揮できることです」

「ええっと……と、トーラスの槍捌き、のこと、ですか?」

「どういうことわざ!? 何!?」

「は、反対の意味のやつは、トーラスの川流れって言って……」

「河童の存在を上書きしている!!」

 

 

「やっぱ剣いいですね」

「いい……」

「この装飾めっちゃオシャレじゃないですか」

「わ、分かります。本当は、剣も、着飾りたいはず、ですし」

「確かに……喋る剣ならそういうの言ってくれますけど、市販品だと流石に分かんないですからね」

「? 喋る、剣……ま、魔王大戦時代の、聖遺物?」

「…………封印、されてたり?」

「き、基本的に、は。彼らが、望んで……今は、王城の保管庫、です」

「そっか。そうですよね。うん……まあ、休みたいんでしょうね。相当に頑張ってくれたわけですし」

「……話して、みたいですか?」

「ふふ。まあ、機会があればぜひって感じですね」

 

 

 マジで他のとこに移ったりせず武器屋でずっと時間潰してた。

 普通に迷惑では? と思うが後日仕事の話で挽回すればいいか。

 

 そうしてクローバーさんも、だいぶん笑顔の割合が多くなってきた。

 どもるたびにしょげたような表情をしていたので、良かった。

 

「あ……」

「? どうしました、この仕込みナイフはかなり面白いギミックだと思いますけど、あんまりですか?」

 

 急にクローバーさんが顔を上げ、申し訳なさそうな表情をする。

 

「い、いえっ。その……ご、ごめんなさい……だいぶん時間を……こ、こんな、武器のことばっかり……話す女なんかに……」

「いえ。笑顔のカワイイ人だと思いました」

「ひゅふっ!?」

 

 何だ今の声。面白いな。

 

「も、もお……か、からかわないでくださいっ! に、二十歳なんですよ、これでも……!」

「うぇええええっ!? 年上だったんですか!?」

 

 今日一番びっくりした! そんなことあるんだ……

 

 俺が愕然としていたその時。

 店全体を震わせるようなサイレンが鳴り響いた。

 

「っ、え? 警報!?」

「────!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 店から飛び出すと、通りは逃げ惑う市民でごった返していた。

 

「な、何が……?」

「クローバーさんは避難を。俺は様子見に行ってきます」

「だ、だめ!」

「!」

 

 今日一番強い語調で、クローバーさんは俺を制止する。

 

「た、多分あそこ……」

 

 彼女が指さした先、黒煙を吹き上げる建物がある。

 あれは……宝石店か。

 

「お、王都で最近、活動してる……か、怪盗団」

「こんな派手に盗むのか、怪盗の風上にも置けないな……」

 

 怪盗団、もう少しオシャレかつスマートにやってほしいもんだな。

 

 即座にかけつけた騎士たちが、混乱に陥る通りで避難誘導を開始し始めた。

 その中の一人が、俺の姿を見て走ってくる。

 

「カンタベリー殿! 失礼、プライベートかとは思いますが……!」

「何か手伝えますか?」

「突然のことで、避難誘導で手いっぱいでして! 本隊もまだ到着しておらず、店の直近に逃げ遅れた市民がいないかを──」

 

 

「許可しません」

 

 

 氷のような声が脳に突き刺さった。

 振り向く。

 

 通りを抜けていく風に前髪がなびき、あらわになっていた。

 クローバーさんの金色の瞳が、俺をじっと見つめていた。

 

 それから彼女は、騎士に顔を向けた。

 

「こ、この区画の管轄者は、ろ、ロッド中隊長ですよね。ど、どこにいますか、取り次いでください」

「えっ、ええと、ロッド隊長にですか」

 

 突然上司を呼べと言われ、騎士が困惑する。

 通りの向こうに何かしらのハンドサインを送ると、ガシャガシャと鎧の擦れる音を立てて、長身の騎士がやって来る。

 

「何だこんな時に!」

「こ、こんにちは、ロッド卿」

「────」

 

 駆けつけた重装備の騎士は、クローバーさんの顔を見ると数秒硬直した。

 それから勢いよく片膝をつき、上官に対する最上級の礼を見せる。

 

「失礼しました! スペードソード卿!」

『!?』

 

 えっそうなの!? あの『至高のソラ』がこの子!?

 ガバリと振り向けば、彼女は懐から、見覚えのあるフェイスガードを取り出す。

 

「こっ、これがないと、緊張してしまって……」

「いやだとしても全然雰囲気とか、え、オーラとかも感じませんでしたよ!? あっ違うこれは悪口ではなくって」

「よ、よく言われるんです。ほ、本当に」

 

 そんなに違うことある!?

 だってあの日、闘技場で見た時は、もう本当に見ただけで分かるぐらいの!

 

「あ、あの。今日、楽しかった、です」

「……」

「あ、ありがとう……ござい、ましたっ」

 

 へにゃりと笑って。

 そのあどけない笑みが、フェイスガードに覆われる。

 同時、展開された魔力が服に付着し、簡易なアーマーを象る。

 

 

「────────」

 

 

 俺の目が節穴だった。

 疑ったではなく、俺の目は節穴だと確信した。

 節穴だったとしか思えない。

 

 さっきまで隣にいた少女はどこにもいない。

 

 そこにいた。

 

 

 見ただけで分かる、最強の騎士がいた。

 

 

「ロッド卿」

「ハッ!」

「指揮権はわたしが預かる。貴公らは全員、避難した市民たちの保護を」

「し、しかし怪盗団はまだ中にいるかと」

「全員わたしが鎮圧する」

 

 彼女が一歩、また一歩と戦場へ向かう。

 

「俺は──」

「カイム・カンタベリー。貴公は待機。特級騎士たるわたしの命令に違反することは、王都において重罪だ」

「っ!」

 

 振り向くこともなく告げられる。

 

「だけど避難誘導の手伝いぐらいは!」

「いいえ、不要。すぐに終わるので」

 

 そうして。

 『至高のソラ』が、戦場に立つ。

 建物から怪盗団らしき連中が飛び出した刹那、最強の騎士が唇を開く。

 

 

 

「『災禍鎖す凍獄(ガルドレイヴ)』」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 鎮圧は一瞬だった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 視界に入ってた都市の全てが凍った。

 世界が静止する。走る市民、袋を抱えた怪盗、叫ぶ騎士。

 飛んでいた鳥。宙を舞っていた葉。

 

 全部が凍り付いた。

 

 それから、怪盗団と、吹き上がる黒煙や炎を除いたすべてが、氷が砕け散り元に戻った。

 

「……ッ!?」

「やはり、わたしの氷の中でも意識を保つか」

 

 なんだ今の。

 広範囲にわたる瞬間的な凍結。それも、特定対象を指して持続させている。

 どんな理屈だよ。ウチの魔法使いクラス!? だけど、それを騎士が……!?

 

「わたしがいる限り、貴公は再来であっても、英雄にはなれない」

「……あなたが英雄だから、ってわけではなさそうですね」

「然り」

 

 振り向くと、ソラ・スペードソードは、フェイスガード越しにこちらをじっと見る。

 

「貴公の人柄を知り、わたしの決意はさらに強いものになった」

「?」

「おかしいだろう。ただの善き人を英雄に仕立て上げるなど、あってはならない」

 

 ああ、なるほど。

 そういう考え方か。

 

「だから英雄譚は、わたしが終わらせる。犠牲を求める人々が絶えないのだからこそ、これ以上、かつて世界を救ってくれた善き人を、苛んではならない」

 

 いやそれは本当にそうだと思う。

 思う、けど。

 

「だが、君が犠牲になるということだ!」

「そのためにわたしは存在する。英雄譚を終わらせ、次の時代を切り拓くために。だから、そのためなら」

 

 一度言葉を切り。

 最強の騎士が、絶対零度の宣言を下す。

 

「白焔であろうと、氷に(とざ)す」

 

 ……!

 本気だ。

 この人は本気で、トーラスの時代を終わらせようとしている。

 

「別段、今の世界をすべて否定したいわけではない。彼の英雄譚には、美しさもある」

 

 スペードソードが、静かに唇を動かす。

 

 

 

「大英雄トーラスにこんな逸話がある。旅の途中、ある街を訪れた彼は、街の主である領主が不正に税を搾取していることを知った。トーラスは罪を暴くため、領主の屋敷への潜入を敢行した」

 

 え、そんなことあったかな? 

 いや悪徳領主を相手取ったのは一度や二度ではないが、屋敷への潜入はした覚えがない。正面から入って領主を問い詰めたら大体白状してくれたし、他は反撃して来たので正当防衛でボコボコにしてた。

 

 

「領主は街の若い娘を集めて、踊り子のまねごとをさせるのが好きだったそうだ。そこでトーラスは一計を案じ、自らネコミミダンサーとして潜入した。」

 

 知らないにゃあ。にゃんにゃん。にゃあじゃねーよ。

 一計を案じてって何? 智謀を巡らせたみたいな言い方だけど、変態そのものだよ。

 

 

「可愛らしいネコミミと流麗な踊りに領主は見惚れ、隙を見せた。そこで仲間が突入したが、領主は倉庫に立てこもった。トーラスは再び踊りを始め、領主が彼見たさに倉庫から顔を出したところを捕まえたそうだ」

「馬鹿の岩戸隠れじゃねーか!!」

 

 なんで領主は領主で騙されてるんだよ! おかしいだろ! 俺全然女顔じゃないからね!? あと身体も鍛えてたから、ムキムキの男がネコミミつけて踊ってたってことだが!?

 

 

「これほどの滅私奉公……素晴らしい人格なのは認める。トーラス個人は、わたしとしても見習うべきだと思っている。だが、だからといって、いつまでも縋っていてはいけない」

「縋れるか!? このエピソードで縋れるか!?」

 

 もう嫌だ。

 完全同意だ。一刻も早くトーラスの時代を終わらせてくれ。

 

「おれを……ころしてくれ……っ!!」

「?」

 

 俺は呻き声を上げてその場に蹲る。

 民衆がみんなネコミミダンサーの英雄を語り継ぐ時代はもう滅ぶか終わるかの二択しかないだろうが! おかしいだろ!

 

「とにかく。再来と謳われる貴公も、トーラスのような精神を有しているのだろう。だが、だからといってもう一度彼の末路を辿らせるわけにはいかない。わたしは、そんなものは見たくない」

「ネコミミダンサーの末路は俺も嫌だよ!! 見たくもないッッ!!」

 

 ああ、もう……何も思い出したくなかった。

 ここまでくると俺も素直にトーラスの逸話に感心してる側でありたかった!

 この世界は完全に狂っている!!

 

 

 『英雄(こんなの)』だと思われたくないいい……っっ!!

 

 

 路上に蹲り、俺は歯を食いしばって涙を流すのだった。

 


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